年越し特別便に乗り込む客でごったがえす年の瀬のプラットホーム。 そこに、仕立屋の女主人リリイ・ハムレットの姿があった。 声を掛けると、彼女もまた特別便に乗り込むところだという。 ヴォロスに向かうのだと告げ、やや大きめのトランクには防寒具を詰めていると教えてくれた。「先日仕立てを受けたお客さまに聞いたのだけれど、ヴォロスのある寒冷地に、年の初めの三日間だけ大きな市場がたつそうよ」 その市場では食料や日用品をはじめ、ヴォロス中から集まった各地の名品や珍品が集うらしい。 リリイは、そこでどうしても手に入れたい生地があるのだと言った。「特定の部族に伝わる織物で、とても精緻な紋様があしらわれているの。模様は部族ごと、作り手ごとに特徴が異なるから、できれば自分の目で選びたいわ」 旅人に生地の調達を依頼することもあるが、そういった独特の素材は自分の目で選ばなければ意味がないという彼女なりのこだわりだ。「そういえば、貴方はどこへ向かうか決まっているの? もし行き先に迷っているのなら、市場までご一緒にどうかしら」 そう誘うと、仕立屋は現地でのスケジュールを教えてくれた。 ヴォロス到着は現地時刻の早朝。 夜も明けきらないころに市場を訪れ、暁星の下での買い物を楽しむ。「早朝の市場は薄闇にランタンの明りがともされて幻想的なのですって。この光景を見るために訪れるひともいるそうよ」 市場での買い物は各自自由行動の予定だが、ほかの者と誘い合わせて巡るのも楽しいかもしれない。「お買い物が終わったら、市場でふるまっている『雑煮みくじ』を一緒にいただきましょう」 『雑煮みくじ』というのはこの地方に伝わる伝統の年越し雑煮のことだ。 各々の椀に入った団子によって吉兆を占うもので、団子の中には五色に見立てた品がひとつずつ入れられている。 それぞれの中身の意味はこうだ。 ----------------------------------------- 『湖晶石(青)』……群青色の鉱石は叡智の祝福。 向学心が増し、より知性が研ぎ澄まされていくことを示唆する。 『焔雫(紅)』……辛みをともなう紅の丸薬は健康の祝福。 怪我や病を退け、心身ともに健康で過ごせる年となる兆し。 『華蜜糖(黄)』……花の蜜を固めた黄金の飴は愛情の祝福。 家庭円満、甘い恋のおとずれや現在の恋の進展を示す。 『虹貝(白)』……七色に艶めく貝殻は未来の祝福。 夢の実現、思い描く理想に着実に近づける年となる兆し。 『幼鬼の角(黒)』……小さな角に似た植物の実は幸運の祝福。 不運を退け、不思議な幸運に導かれる年となる予兆。 ----------------------------------------- また、山すそにある市場からは初日の出も拝めるという。「銀嶺からのぞく日の出はとても美しいと聞いているわ。せっかくの機会ですもの。お買い物もお雑煮も、初日の出も存分に楽しめたら素敵ね」 そうそう、とリリイは言葉を継いだ。「現地では雪がちらつくこともあるようだから、体調を崩さないようしっかり準備をしてきてちょうだい」 「私はまだ用意が残っているから」と続け、「またのちほど、約束の時刻に会いましょう」 仕立屋は手短に告げ、翠のドレスをひるがえして優雅に去っていった。●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
ターミナルを出発した一行は、夜闇に沈むヴォロスに到着していた。 市場では薄闇に灯るランタンの明かりが、地上の星のようにあちこちで瞬いている。 「すごい……なんて綺麗なんだろう……」 幻想的な雰囲気に圧倒され、ファーコートに身を包んだ舞原絵奈が感嘆の声をもらす。 「早朝の市場って、活気があってうずうずしちゃう!」 お気に入りのストールを身にまとったサシャ・エルガシャは、目を輝かせながら周囲を見渡した。 暖かな飲食物を販売する者があれば、どうやって運んだのか家具を商っている者もいる。 「売り物であれば、形を問わずなんでもあるのじゃな」 大道芸人を囲む輪からどっと響く笑い声を聞き、軽装の天摯は興味深げに見守っている。 「陽が昇るまでの時間が惜しいわ。ここからは、しばし自由行動としましょう」 リリイの声に頷き、三人は待ち合わせ時刻と場所を決めた後、目的の店を探しに向かった。 「ああ、憧れのリリイ様と旅行なんて夢みたい……!」 サシャは喧騒のなか、喜びを隠しきれずにいた。 美しく、大人の女性であるリリイはサシャの憧れのひとなのだ。 「自分で使う生地は自分で選びたいだなんて、リリイ様はほんとプロフェッショナルね。尊敬しちゃうなあ」 見送った背中を思い出しながら歩いていると、食料品を扱う店が並んだ一角に、硝子瓶の並ぶ店を見つけた。 「いらっしゃい、お嬢ちゃん。うちの自慢の蜂蜜はどうだい?」 足を止めたサシャに、店主が声をかける。 「これ、全部蜂蜜なんですか?」 「そうさ。ここにあるのは、すべて違う花から採れた蜂蜜さ」 ちょうどお菓子作り用の蜂蜜を探していたのだ。 どれを買い求めようか迷っていると、店主が小さじを渡してくれた。 選ぶなら実際に味わうのが早いと、試食をさせてくれるらしい。 サシャはお言葉に甘えて、次から次へとふるまわれる蜂蜜を味わっていく。 「どれも甘くて美味しい!」 ひとしきり堪能した後、薫り高くさっぱりしたもの、濃密な味のもの等、いくつか選んで買い求めた。 仲の良い友達と想い人へは、別の店で民芸品のペンダントを購入する。 「気に入ってくれるといいんだけれど……」 手渡す者たちの顔を思い浮かべつつ、サシャは残った時間も店を見てまわることにした。 「この市場、いったいどれだけの店が並んでるのかな」 行けども、行けども続く出店の多さに、絵奈は辟易していた。 料理のレパートリーを増やしたいと調味料を探していたのだが、あちこちに調味料の店があり、見かけるたびに買いこんでしまう。 気がつけば持参した買い物袋は調味料に占拠されているではないか。 「調味料を買うのはもうやめよう……」 なにか面白い店はないかと歩いていると、本屋を集めた一角にたどりついた。 店頭にある本の背表紙を眺め、その中の一冊を手にとる。 表紙にはタイトルが書かれているようだが、絵奈の知らない文字で、読むことができない。 店主はただの使いで店番をやっているらしく、本の内容については良く知らないという。 ――もしかしたら、世界図書館にこの文字の辞書があるかも。 そこには古の恋物語が眠っているのか。 はたまた、いかめしい精神論が語られているのか。 なんであれ読み解くには面白そうだ。 謎の本を買い求めたころには待ち合わせの時刻が迫っていた。 約束の場所に向かう途中、雑貨屋の前で思わず足を止める。 「こ、これ、ください……!」 ひとめ見て気に入ったそれは、四葉のクローバーの形をした宝石箱だった。 宝石箱にはオルゴールが付いており、開くと軽やかな音楽が流れる。 店主から渡された包みを大事に抱えると、絵奈は待ち合わせ場所に急いだ。 リリイの誘いに応じて来たものの、天摯は目当てがあって市場を訪れたのではなかった。 物欲が強いわけでもなく、人々の喧騒を眺めながら、あてどなく歩く。 「かわいい同居人と、かわいくない同居人になんぞ土産でも購って帰るとするかのう」 贈る相手がいれば、買い物もそれなりに楽しめるというものだ。 天摯は同居人たちの顔を思い浮かべながら、あちこちの店を冷やかしてまわる。 装飾品を扱う店はいくつも見かけたが、なかでも気に入ったのは琥珀専門で扱う店だった。 指輪、腕輪、首飾り。 数ある装飾品のどれもに、大小の琥珀があしらわれている。 「ほお。これはまた見事な首飾りじゃ」 聞けば魔除けの細工もので、身に着けていると加護が得られるという。 首飾りとともに手にしたのはブローチだ。 わずかに重みを感じさせる銀細工に、小粒の琥珀を使っている。 「スーツの胸元を飾るには良いかのお」 天摯は二品を買い求め、また別の店を見てまわる。 そうして、自ら染めた糸で店主が手ずから織ったというショールと、硝子職人の店で見初めた切り子のグラスを買い足し、皆で示し合わせた場所へ向かう。 一同は『雑煮みくじ』をふるまっている天幕で待ち合わせをしていた。 合流した旅人たちは冷えた身体を温めるべく、そろって雑煮をいただくことにする。 出発前に説明があったように、この雑煮は椀に入った団子によって吉兆を占うことができた。 「ワタシが狙うのはもちろん華蜜糖!」 今年こそは二百年越しのKIRINにサヨナラするのだ、と意気込むサシャが手にしたのは『幼鬼の角(黒)』だった。 温かくて美味しいと雑煮をほおばる絵奈とリリイの杯には『焔雫(紅)』。 そして、占いなどどうでもよいわと雑煮をすする天摯の杯に『華蜜糖(黄)』が入っていた。 恨めしそうに見つめるサシャに、天摯が告げる。 「そんなに欲しいのなら、ぬしにやろうかえ?」 「私のも、健康運かあ」 「あら。健康はすべての資本よ。私はこの結果を歓迎するわ」 得心がいかないという絵奈だったが、健康でなければひとの役にたつこともできないと思えば無難な結果かもしれない。 「貴方の幸運の祝福も、恋愛に関わることかもしれない。そう考えたら、かえって楽しみではなくて?」 リリイに微笑みかけられ、サシャは頷く。 なにごとも前向きにとらえる姿勢を見習いたいと、心の中で反省する。 恋は、占いによって叶うものではないのだから。 天幕をでると夜闇はすっかりなりをひそめていた。 地平から淡く朝焼けが迫りつつある。 「そろそろ、日の出の時間だわ」 リリイに誘われた場所で空を臨んでいると、やがて山の端から黄金の光がこぼれ、周囲からわあっと歓声があがる。 ゆっくりと昇る初日の出を見つめながら、サシャは以前リリイにかけられた言葉を思い返していた。 ――リリイ様はワタシの憧れで目標だけど、いろんな経験を積んでうんと頑張ったら、もっとワタシらしいワタシに近付けるよね? 絵奈はまばゆい光に目を細めながら、心の中で誓いをたてる。 ――今年はもっと、皆さんの力になれるような自分になる。 あらゆる経験を積み重ね、自らを高めていきたい。 そうして近しいひとたちの笑顔はもちろん、これから出会うひとたちの笑顔をも守っていきたい。 「まァ、新しき年もまた佳き一年であればよいわえ」 初日を見つめる天摯の表情は穏やかで、まなざしはやさしい。 永い時を生きてきたからこそ、何事もなく過ぎゆく時が尊いということを知っている。 地平が茜色に染まる。 世界が目覚めていく。 四名はそれぞれの思いを胸に、新しい年の訪れを感じていた。 了
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