(……ここは、……どこ?) 朦朧とした意識、視界は混濁し動きままならぬ身体に感じるは揺り籠のごとき浮遊感、だが不思議と不安はない。(案ずることはない……、此は汝のあるべき場) 厚みのある意志が――を揺らす。 混濁した視界は徐々に晴れ、星海の瞬きが知覚に触れる。(……綺麗ね……) ――の意識が世界を揺らす。‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡「因果とは……世界の有り様、汝がそれを歪めるというのであらば――それは『奇跡』に他ならない」‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ 宇治喜撰の前のスクリーンに作戦の概要が映し出される。 ヴォロスにある旅団の研究施設で近日中に竜刻を利用したファージが完成すると言う予言が出た。 :order_4_lostnumbers → 旅団の研究施設を破壊してください :warning→ 高エネルギー反応:submission → 研究員を捕縛、もしくは殺害してください → 製造中のファージを破壊してください :remarks → 研究員A個体名「マスカローゼ」 → 研究員B個体名「メンタピ」 予言では研究員はたったの二人である。また、いずれも過去の遭遇で図書館側に退けられた者である。 手練れのロストナンバーであれば十分に対応できることが予測された。警戒するべきは伏兵、もしくは援軍の到着であろう。 宇治喜撰は、ロストレイル号を軸にした少人数による電撃奇襲作戦を提案し、図書館に承認された。 ロストレイル号はディラックの空から研究施設上に直接出現し、戦闘員を降下させる。プラットホームを展開する余裕は無い。これは旅団の園丁による遠見に対抗するためである。 ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡『ヴォロス星海』――天空にあり、彼方と此方を分かつ位相。(……ヴォロスから放逐された今ならわかる。――龍よ……そなたはディラックの空で闘っていたのだな) 研究施設の中一人物思いに吹けるのは、彼の地で魔神と呼ばれしもの。 その視界に映るのはガラス張りの窓越しに見える星海と一人の少女 同室にある少女は、竜刻を魔力の込もった敷布で丹念に磨いていた。 くすんだ色合いのエプロンをかけ、三角巾で髪を押さえる野暮ったい格好は、およそ高級感のあるワンピースの上に羽織るものではない。だが、なるほどどうしてお仕着せを来たハウスメイド風情とみれば、得心のいかないこともない。 額より滴る汗を掃除用の布手袋で拭い顔を上げる少女。労働に上気にした面貌は、高貴さよりも朴訥さを感じさせるものである。面体を覆う仮面を除けば。 少女の手によって輝きを増す64の竜刻。少女は、自らのなした成果を満足したのか腰に両手をあて『よし!』と頷く。(これは……魔術儀式というよりは、掃除婦の煤払いだな) 魔神は苦笑した。 「メンタピ殿、如何なさいましたか?」「他意ない。そらを眺めていた、彼の地にあっては見れぬものがここにはある。……そなたは何か感じぬか?」「謎かけですか? ……星が綺麗ですね。それが如何しました?」 三角巾を頭に載せたまま小首を傾げ答える少女。「戯言だ聞き流せ」(所詮は村娘が深淵に触れることは叶わぬか。……因果とはかも残酷なものか、これがこのような村娘風情に与える運命か) 魔神が感じた情は憐憫。運命に通じる彼には、人の過去と未来が見える。「戯ればかりは困ります。ドクタークランチも少々焦れておりました。その……魔女大隊との共闘もありますので」「……なれば調整を急ぐとしよう。そなたはそれで良いのか?」「……是非もありません? 何故です?」(世迷いごとを……、因果の内にある余にはありようをかえることなどできぬ)――中空に浮かぶ、球形の巨大竜刻――――直下にて生まれたままの姿を晒すマスカローゼ……否全てがではない、左胸部一体に広がろ歪な塊――ワーム。……生きる術を奪われた彼女に宛てがわれた作り物の魂魄。 34種136枚の竜刻が舞、巨大竜刻と少女の裸身を照らす。魔神の竜刻の発した光は巨大竜刻に反射され主の体を染める。 巨大竜刻の周りに配された、64の竜刻が虹光を発し研究施設全体が鳴動――否、龍の咆哮が上がり……光と音は消えた。 「調整は順調だ……マスカローゼ。後数度あらば……時至るであろうよ」 珠のような汗を流すマスカローゼに、タオルを手渡し語りかける魔神。「そう……それは楽しみね。この力があれば……世界図書館……存在を抹消してあげる」 肩からタオルを羽織り、笑みを浮かべる少女。「さあ、私といきましょう……『叢雲』」 眼に宿るのは、黒く沈んだ憎しみの炎。……作り物の色。少女は、竜刻を誘うように手を差し伸べた。――ヴォロスより放逐された二者は、星海にあって彼の地の天蓋に住まう龍、その背に居た。‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡――の意識は微睡みの中に消える。
――ヴォロスの大地、遙か晴天の彼方、雲海を超えた星海の果て ――今、叢雲なる因果が巡る ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ 「メンタピにマスカローゼ……、よくは知らないが捕らえるか息の根を止めればいいんだな?」 革ジャケットを身にまとった彫りの深い美丈夫――風雅 慎は、キャビンの壁に体を預け『全力でやれる相手だといいがな』と嘯く。 「駄目だ、殺すのはダメだ。絶対に連れて帰るんだ」 コンパートメント席に座し敷設の机に肘を付き指組をしながら答えるのは、学生服姿の少年――虎部 隆。 「言うねえ少年。言っとくが捕らえんのはただ殺すより難しいんだぜ? おまえにその実力があんのか?」 口の端を吊り上げ皮肉げな言葉を吐く風雅。 「ガタッ」と椅子を蹴り立ち上がると、虎部は挑発的な調子で言葉返す。 「顔だけがおっさんのあんたに、ガキ呼ばわりされたくないっすね」 「ほぉ……、上等ーじゃねえか!」 喜色で挑発を受ける風雅。口元には肉食獣を思わせる獰猛な笑みが浮かんだ。 「そこまでだ、隆」 一触即発の雰囲気に割って入ったのは、ヘンリーネックのカジュアルシャツがセンスを感じさせる少年――相沢 優。 「いいかげんにしろよ。此処に来てからお前少し変だぞ」 (世界樹旅団……、メンタピは覚醒前に隆が麻雀で戦ったって前に隆が言った人だよな。隆がこの調子なのは……やはりマスカローゼも覚醒前に?) 「風雅さん、すみません。こいつちょっと神経質になってるんです」 「優! ……俺は神経質になんかなってない」 「隆!!」 虎部は親友の誰何を無視し不貞腐れたように席に座り、車窓からヴォロスの星海を眺める。 僅か2歳年下の若者の行動を見、苦笑を浮かべる風雅。 「いいさ、覚悟を決めてんだろ。まあ好きにやんな」 「相沢、それでは……レナと私がメンタピ担当か? 殺す予定がないなら、マスカローゼはそちらでどうにかしろ。私に任せたら殺すことしか出来ないぞ」 男どもの悶着を何処吹く風、装備の入念にメンテナンスする浅黒い肌の女性――ハーデ・ビラールが平坦な口調で物騒な言葉を吐く。 サバイバルナイフとダガー各2本、破片手榴弾3、鉄板入り軍靴――魔神一体と女一人を弑するには十分な兵装。 「ハーデさん、そうしてもらえると助かります。できればメンタピも捕獲したいですね」 「おっとデカブツは俺もやるぜ」 「実力に自信ありだな」 「俺の得意分野だからな、女のあんたよりはやれるぜ」 風雅の質なのか、挑発気な言葉を忘れない。 「ふん……、戦闘に男も女も関係あるか。勝利した奴が強いそれだけだ」 ハーデは軽く流す。 「くっ、違いねえ、あんた中々できるな」 戦争屋と闘士、戦いに生きたものに間にのみ通じる共通言語か見るものが卒倒しかね無い笑みを浮かべる二人。 「作戦の第一義を忘れてはいけませんわ、彼らが行なっている作戦……竜の化性を創生する。これを止めなければなりませんわ」 コンパートメントの片隅で脚を伸ばして座り、入念に魔法カードの手入れをする女性――レナ・フォルトゥスがたしなめる。 ……しかしじゃれる男性陣に比べ女性陣の準備のなんと念入りなことか。 「任務失敗時に被害は想像されるものだけでも甚大。今回の役目は重大なものですわ」 『俺を信じてくれ、……もし君が運命に打ち勝てるとしたなら、例えどこに行こうといつか必ず助け出す』 ヴォロスの星空を眺める虎部の脳裏には、自らの言葉がエコーのように響いていた。 ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ――ヴォロス星海、世界樹旅団研究施設 メンタピとマスカローゼ――世界樹旅団にあって有数の力を持つ二者の間には、甘やかな匂いを発する林檎のパイ、簡素なケトルに入った紅茶がのった木製の質素な机。 エプロン姿の少女が紅茶をティーカップに紅茶を注ぐ。 「マスカローゼ、いかなる乱心か?」 手渡されたティーカップを、訝しげな表情を睨むメンタピ。 「紅茶は口に合いませんか? ドクタークランチにはだいぶ躾けられたのですが」 後ろ手にエプロンを解きながらマスカローゼ。 「そうではない。余が申しているのは何故そなたが、このような真似をしているということだ」 「任務はほぼ完了。あとは時間の問題です。手も空きましたし、同僚の労をいたわろうと思ったのですが、何かおかしいですか?」 ……不思議そうに首を傾げる仮面の少女に、困惑の表情を浮かべる魔神、あまりにシュール。……もっともその表情が続いた時間は僅か。 緊張に表情を引き締める魔神、同じく緊張に身を固めながらも暗い喜悦が浮かべる少女。 「ふむ……、どうやら世界図書館どもが余らに気づいたようだな。労いは奴らを血に沈めてから受けようぞ」 「そのようですね……、ロストナンバー共……叢雲の贄にしてあげるわ」 ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ――研究施設入り口 叢雲の背が作る大地に降下するロストナンバー達を悠然と迎えうつのは、ヴォロスの魔神――メンタピ。 5mを越す巨躯の周囲には、34種136枚の竜刻が整然と配牌されている。 「来たか、矮小なるロストナンバー共よ。余の名はメンタピ、慧龍の門人にしてヴォロスにあって魔神と呼ばれたものよ。故あって世界樹旅団に属する……そなたらの敵対者だ」 巨躯の魔神から重き音声を持ってロストナンバーを迎える。 内腑まで震わせる振動に、割って入ったのは少年の声。 「メンタピ久しぶりだな、お姫様はどこだ?」 「余を呼び捨てながら女の尻を追うとは何たる無礼よ……、久しいな小僧よ」 「質問に答えろよ、メンタピ」 旧友に話しかけるような軽口、だが眼差しは鋭い。 「ククク……良かろうそなたには貸しがひとつある、マスカローゼは余の背後、研究所の深奥にいる……だが、そなたがそこに辿り着くことはない」 「なぜならば、そなたらは余の前に骸を晒すのが定めよ。さあ足掻いてみせよ」 どうしたとばかりに挑発的に手を掲げるのみで、構え一つとらぬ余裕の体の魔神。 「そうかよ……いきなり大勢でおしかけて悪かったなデカブツ。謝りついでに……、しばらく眠ってもらうぞ」 疾く駆けたのは風雅、アイテール・ドライバーを腰にあてるとカードをインサートし高らかに叫ぶ。 「変身!!」 『IGNITION』 ------------------------------------------------- 風雅 慎は仮面バトラーである。神秘の力イグニッション・バックル にカードをインサートすることによって、希望の闘士 『常に輝き続ける者』アイテールへと姿を変えるのだ。 ------------------------------------------------- 「アイテール・キィィイイイック!!」 変身の勢いに任せ飛び蹴りを放つ、アイテールとなった風雅のキック力はゆうに5t。 並の人間であれば即死するであろう蹴りは、メンタピの直前中空を歪ませ止まる。 「なかなかの蹴りだ……だがそれでは余の『絶一門』は破れぬ。そら、反撃だ受け取るが良い」 竜刻が二枚輝く……メンタピが指を弾くと凄まじい衝撃波が放たれた。 風雅は舌打ち交じりに逆足で結界を蹴り中空に飛び間合いを取った……衝撃波は空を切り大地を穿ち霧散した。 「対子程度は躱すか……、興冷めせずにすみそうだな」 魔神の口元から忍笑いが漏れた。 ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ 『疾きものよ、風舞し乙女Sylph、その速度を私達に貸して――アクセラレーション』 『強きものよ、大地を支えしものGnome、その力を私達に貸して――パワースペル』 レナの精神に構成される二重の呪言、小規模魔法を心象に形成し解き放つ超高度魔術『連続魔術(デュアル・マジック)』 魔術師の加護が淡い輝き放ち、魔神へ疾駆するロストナンバーを包み込む。 先陣を駆けるのは黒い影、豹のごとき疾駆が空間に溶け消える。 「魔女大隊が僭越にも余に忠言をしおったな。瞬間移動は出現先を埋めれば無力とな。ふん……舐めるでないわ瞬間移動など読み筋よ」 拳を天に突き上げ、九枚の竜刻を掴み魔神が吠える。 「直列励起するメーアの咆哮、今此処に顕現せよ――一気通貫」 ハーデの姿が魔神の背後に結像した瞬間、うねりをあげた緑色のエネルギー流が天に向けそそりたちハーデの姿を飲み込んだ。 瞬間移動したハーデの間隙を埋め飛ぶセクタン・タイムの放つ火炎弾が、魔神に直撃、炎上させる。 「ハーデさん!! よくも!」 炎弾に包まれるメンタピの死角となる足元を狙いすました相沢の一閃……渾身の一太刀は虚しく空を切った。 火炎に視界を塞がれている筈の魔神の足は、太刀筋に合わせ一歩引かれていた。 「ぬるま湯程度が余に通じると思ったか、余を愚弄をするのも大概にせよ」 憤慨する魔神、皮膚にまとう装束に焦げ跡一つない。 「仕置だな……『槓』」 中を舞う四枚の竜刻が結合、音が衝撃となって弾ける。 咄嗟に剣を構え防御壁を展開する相沢。 防御壁の展開する空間が、竜刻の衝撃に揺れ歪み……エネルギーを相殺し砕ける。 「一撃で防御壁が……なんて、なんて力だ」 「ククク、防御はましのようだな……『槓』」 魔神は面白がるように笑う。 さらなる四枚の竜刻が結合、先に倍する合計八枚の竜刻が重衝撃を放った。 「ぐっ……」 防壁ごと押され、相沢の足が地面を徐々に削る。 (二重防御壁でも……持たない!) 「クハハハ、やるではないか簡易術式では失礼であったか、……相似せし魔力の重奏よ、壊音となって爆ぜよ――三槓子」 多重に響く魔力の爆裂、防御壁ごと衝撃波に砕かれ為す術もなく相沢の体は地を転げる。 「ふはははははは!! 三槓子を受け未だ姿を残したか……ロストナンバー貴様に敬意を表し、最上位術式にて冥府に送ってやろうぞ」 魔神が両の腕を、上天に掲げた。 四種十六枚の竜刻――結合し四つ純魔力の結晶体となった竜刻が烈光を放ちながら魔神の両手に収まる。 竜刻を掲げる魔神の腕は、胸元まで降り……竜刻が一際強く輝いた。 「受けるがよい……――四槓子」 超エネルギーの結晶体が轟音を放ち、地面を大気を削り溶かし穿つ。 ――『Fire ON!』 ロストナンバーに迫る轟音、アイテール・ドライバーの電子音が軽快に響いた。 「ここはコイツの出番か……!――アイテール・ファイアァァァ・ナックル!!!!」 紅き闘士へと姿を変じた風雅の拳が超エネルギーと交錯、竜刻の結晶を一つ撃ちぬき砕く。 ひらりとカードが舞、結晶体のひとつに触れた。 結晶体は青色光を放ち失墜する。 「切り札の一つですけど、仕方ありませんわね」 レナのはなったアンチマジック・シールの魔法カードが術式の力を削る。 「優、後二役だあれなら返せるんだろ」 「すまない隆、大丈夫だ」 トラベルギアの剣を支えに立ち上がり、竜刻の結晶を睨む相沢。 光の膜が広がり、メンタピの術を押し返し――メンタピを爆煙に帰す。 無論、この程度の衝撃で魔神たるメンタピが傷つくことはない。 だが、最上位術式が破られた衝撃は、魔神をしても一瞬の間隙を生んだ。 動揺した視線が映すのは、かつて自らを制した少年の悪戯っぽい笑み。 「ところでメンタピ、俺の失敬しといた予備の白牌・数牌を見てくれ。こいつをどう思う?」 「なに……まさかきさま……」 「龍……役牌のみ 」 ――再度の爆発 「なんと、なんということ。ロストナンバー、貴様ら如きが我が龍牌の深奥に……」 「倒した相手の生死も確認せずに我語り、戦地において動揺。魔神といってもその程度か?」 叫ぶメンタピの前に、黒き死神の姿が結像した。 光の刃は円弧となって一閃、魔神は両の腕と胴を横一文字に両断された。 ――叢雲の咆哮が星界を貫く。背を揺らす振動は生命力に溢れ、もはや時至るまで猶予などないと告げた。 斬られた胴を腰に乗せたまま勃立する魔神に相対し、油断なく身構えるハーデ。 「虎部、相沢。諦めるようなら私がマスカローゼを殺すぞ!」 本心であり彼女一流の激励であろう、その背中は『先にいけ』と語っている。 逡巡は僅か――首肯する間も惜しみ、コンダクター二人は研究所に駆け出す。 「……余がみすみす見逃すとでも思ったか!!」 両断された腕を痛痒もなくふるい、駆けるコンダクターへ術式を放つ魔神。 「まさか、何も対策していないとでも思われました?」 クスリと笑みを浮かべレナが魔術を唱える。 『大地をつなぐ見えざる力、束縛の糸よ彼の者を捕らえなさい――グラビドン』 魔術によって発生した高重力が術式を失墜させた。 仲間の支援を受けた虎部、相沢の姿は研究所に消える。 僅かな間に両断された体は接合し残る三人の異能者と対峙する魔神 星界を仰ぎ奇っ怪な笑いと共に宣言した。 「カカカ……、ククク……よかろうよかろう、余はそなたらを天鳳級と認めた。余が死力をもって葬送してくれるわ」 ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ――研究所内 「隆、さっきのはいつのまに覚えたんだ?」 「ああ……、メンタピの術ってパーツを組み替えるということで竜刻の力の指向性を決めるという龍牌の原理の応用だろ。だったら誰でも竜刻の力が使えんじゃないかってね。図書館の資料も調べたけど、ぶっちゃけぶっつけ本番だった」 「あそこまで見え切ってるのに、ぶっつけ本番だったのか……まあ隆らしいな」 戯言は緊張の裏返しか、友の発言に苦笑を浮かべる相沢。虎部も笑みを返した。 駆ける通路の先には、巨大な竜刻が見える。研究所の深奥――竜刻の間の扉は、二人を迎え入れるように腕を大きく開いていた。 竜刻の間――中空に浮かぶ球形の巨大竜刻、直下に佇む仮面の少女に64の竜刻が臣下の如く頭を垂れていた。 ――何よりも早く二者の間を飛んだのは、虎部の叫び。 「マスカローゼ、あんたは……フランだな!?」 ――一寸前では疑惑、今は確信……正面から見据えた少女の姿、心に残る姿を仮面如きで見誤りはしない。 返す言葉は早く鋭利な線――音よりも早く虎部の思いより遅い。 金属音が弾け飛んだ。薄皮一枚……寸前で相沢の防鏡壁が無拍子で放たれたナイフを弾いた。 「ロストナンバートラベ……、うふふふ、あーーーはははははははははっは」 マスカローゼの狂笑が虚空に響く。 「ドクタークランチ、貴方に感謝致します。憎い、憎い、憎んでも憎みきれぬこの男にこんなところで逢えるなんて」 異常なまで憎しみに彩られた哄笑が竜刻の間を支配し、狂想の熱に侵された視線が虎部を捕らえはなさない。 「凄い……こんな強い感情をみたことがない、どうする隆、何か策はあるのか?」 緊張に喉をならし傍らの親友を見る相沢。 「ヒステリー爆発させてるだけだ、なんとかなる」 いつもの根拠のない笑みを浮かべると、虎部はマスカローゼ目掛け走り――そして、飛ぶ。 ナイフを構え、加虐の期待に震え笑みを浮かべるマスカローゼ。 虎部が着地した点は、マスカローゼではなく直前の地面。 その体勢はあたかも潰された蛙……そう、虎部は渾身のフライング土下座を敢行したのだ。 「えーと、とりあえずゴメン。助けに行けなくてごめんよ」 頭を地面にこれでもかと擦りつけながら、謝罪の言葉を吐く虎部。 虎部の不意打ちに場の空気が、なんとも言えない静寂に包まれる。 (凄い……マスカローゼの毒気が抜けたような気がする……? これは隆のペースか?) 「……顔あげなさい」 見上げる虎部の視界に入るのは笑みを浮かべたマスカローゼ。 「……フラン?」 「蹴りにくいのよ、その格好」 マスカローゼの笑みが吊り上がり凶相に戻る、 サッカーボールを蹴り上げるような鋭い垂直蹴りが虎部の胴を抉り体を空へ弾く。ヒールが地面を捻り悲鳴があがる、スカートが翻り、後ろ回し蹴り気味の踵落としが中空にある虎部の頭部に炸裂する。これでもかと地面に叩きつけられた虎部は、ゴムマリのようにはね相沢の後ろの壁に激突、人型の穴を開けた。 「隆!!」 吹き飛ばされた虎部の元へ、悠然と歩を進めるマスカローゼ。 「そこをどきなさい、ロストナンバー。少しでも長生きがしたいならね」 相沢の答えは、後手に虎部を庇い構えられたトラベルギア。 「そう、早死が希望なら叶えてあげるわ」 相沢は、冷たい視線を青眼に押し言葉だけを返す。 「マスカローゼ、何故そこまで世界図書館を……隆を憎む」 「時間稼ぎかしら? いいわ座興に答えてあげる、――――私はあなた達に全てを奪われたの、平穏な生活、優しい友達、当たり前の未来、私の命脈……あの男に騙されてね」 「憎まないわけないじゃない、だから与えてあげるわ。私の味わった苦痛を。奪ってあげる、あなた達が大切にしてるものもいらないものも全て……そう全てをね」 マスカローゼの仮面からねっとりと這い寄り纏わりつくような悪意が滲む、気持ち悪さに視線を背けそうになる、堪えるのが精一杯だ。 (なんだこの人は、尋常じゃない。隆……早く起きてくれ) 「……旅団は世界樹の苗床をこの世界に決めたのか? 何故故郷を?」 「そんなこと知らないわ、私はあなた達から奪えればいい」 脂汗が滲んだ。 言葉に詰まる相沢の肩を瓦礫の中から立ち上がった虎部が掴む。 「優……すまん。ところでさ、さっきの蹴りでフランのパンツ見えなかった?」 「隆、お前なにいってんだ」 「……勿体つけんな、むっつりスケベ。綾っちには言わねえから後で教えろよな」 軽く相沢の肩を押し、マスカローゼと対峙する虎部。 「お別れの時間はいらないでしょ? お友達が貴方に追いつくのは、今から貴方を嬲り殺しにする時間よりずっと短いわ」 交錯する虎部とマスカローゼ。 一方の武器は苦痛を与えるため加減された拳、一方の武器は真剣の言葉。 「フラン、よかった。生きてたんだな」 「敵対するようになった?そんな事は生きてる事実の前ではどうでもいい事だ」 「君を救えなかったことが、ずっと俺の中で引っかかってたから」 虎部が言葉を発するたび、マスカローゼの拳が肉爆ぜ骨砕き、少年の鮮血が床を濡らした。 「……もっともっと足掻きなさいよ。悲鳴をあげなさい、そんな言葉は聞いても楽しくないわ」 マスカローゼは苛立たしげにはき捨てる。 「君が……フランが苦しんでいるなら、俺が救ってやる。フランとそう約束したからな。この先だって何度でも救うさ。皆が幸せになるやり方でさ。方法はこれから考えんだ、それなのに君を傷つけるわけ無いだろう」 ぼこぼこに腫れて見れた顔じゃない虎部の顔。根性で無理やり浮かべる笑顔には、見るものを信頼させずには得ない強い力があった。 (……何故この男の言葉を無視できない。何故、この男を嬲っているのに心が喜びに沸かない……むしろ……) 呼気が一つ漏れる、仮面の少女は拳を止め腰に留めたナイフを手に取った。 「もう……いいわ、殺してあげる」 逆手に構えられた白刃、踏み込むマスカローゼに、虎部がごく自然に倒れかかった。 反射的に虎部を抱きとめるマスカローゼを、虎部が強く抱きしめ返す。虎部の体温が……鼓動がマスカローゼに伝わる。 「いいじゃん敵同士でも……仲良くしようぜ」 虎部の鼓動にあわせ高鳴る鼓動、マスカローゼは湧き上がる感情を無視しつぶやいた。 「……冴えない遺言ね」 少女は白刃を振り下ろし、少年の命脈を刺し貫く。 「やめて!!!」 ――刹那、少女の悲鳴と硝子が砕けるような音が響いた。 マスカローゼは、自らの言の葉と砕け塵となった刃を見つめ呆けたように立ち尽くす。 「……フラン」 虎部は見た……仮面を付けない眼から流れる涙を。ぼこぼこになった顔に優しい笑みを浮かべ少女の涙を拭う。 男の指と濡れた肌の感触に驚愕と動揺の表情を浮かべ、ヒステリックな金切り声を上げるマスカローゼ。 嫌々するように首を振る少女、その腕に先ほどまでの力はなく、虎部をはねのけることができない。 「やめて……私からこれ以上何を奪うつもりなの!」 その一瞬、虎部の脳裏に閃光が走る。 (そうそう、お前、マスカローゼの知り合いなのか? ってことは、あの女がドクタークランチにあんなことされたのは全部お前のせいってわけだ) 「シャドウが言ってたけどクランチに何をされた? 今でも竜刻を胸に秘めているのか? 誰かに取り出されたならそいつうらやま、じゃなくて許せぬ!」 肩を強く掴み、真剣な眼差しで問いただす虎部。 (『今でも竜刻を胸に秘めているのか?』……………?) 必死な虎部は、マスカローゼの顔から凍りつくように表情が消えることに気付けなかった。 ――マスカローゼの貫手が虎部の腹部に刺さる……、鮮血に彩られる白い手が虎部の背から覗く。 反射的に触れた腹部、内側が爆ぜべしゃりとした感触。 内腑が引き裂かれ行き場のなくなった血液が、口腔に広がる……たまらない鉄の臭い。 吐血し崩れ落ちる虎部、足元に血溜まり、目蓋が猛烈に重くなり意識が朦朧とする。 「……何故か分からないけど貴方の言葉に心が揺れたわ。でもそれは上っ面の言葉で私を騙すつもりだったんでしょ。私にしたことを覚えてない人が何を言ってるの?」 「あなたが奪ったんでしょ!!!!! 私の竜刻を!! 私の命を!!!――――許さない、許さない、ユルサナイ――――――――!!!!」 絶叫と共にマスカローゼの仮面が弾け飛ぶ、仮面の眼窩の下には醜く爛れたファージが巣食う。封を解かれたファージは、マスカローゼの肌を侵食し斑に染めた。 巨大竜刻が薄っすらと光を放ち64の竜刻が共鳴する、マスカローゼの服の胸部がはじけた――心臓に成り代わり巣食っていたファージが露わとなり巨大竜刻と接合する。 咆哮が竜刻の間の天蓋を吹き飛ばす。 虚幻要塞『叢雲』――起動シーケンス―――― 否定を叫ぶ力は虎部には残ってない、ただ口腔の血に泡が混じり溢れこぼれた。 ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ 紅き闘士の拳と猛き魔神の拳が交錯した、鋼を打ち付ける音が断続的に響く。 魔術師の加護をえた闘士の拳が魔神の腕を打ち上げる、一瞬つくった間隙に飛び込む風雅。 だがそれは魔神のブラフ、四条の光線が闘士を弾き飛ばす。 『独龍牌』――心象にて4つの人格を配し、同時に4つの術式を行使する超高位術。 吹き飛ぶ闘士と入れ替わり魔神と切り結ぶハーデ。 (死角への瞬間移動は魔神に予見され隙を付かれる、正面からの高速戦闘で体を崩す) 魔神の脚部へ倒れこむように放った飛び回し蹴りが炸裂する。ハーデが如何に精強であるとはいえ鉄板入り軍靴程度で魔神が怯むことはない。ハーデの狙いは頭上の竜刻。蹴り足で反動をつけ月面宙返り。擦過音とともに真円の弧が輝き竜刻を砕いた。 自由落下するハーデの背を目掛け魔神の拳が迫る――刹那、瞬間移動で体勢だけを入れ替えたハーデはナイフをつきだし剛拳に光の刃を放つ。 魔神が嗤った。魔神の拳が揺らぎ消える……幻術による囮。魔神の口腔の緑色の燐光がきらめき本命たる術式が……自爆した。 「レナ!!」 魔神の口腔に破裂手榴弾をアポーツしハーデが仲間を呼び叫ぶ。 「わかっておりますわ、ハーデさん」 十字に投じられたディスインテグレートの魔法カードがメンタピの両腕に突き刺さる。 原子分解の術によって、メンタピの両腕を灰塵と化し――瞬き一つの時間で再生した。 「なっ!?」 途切れた攻めの手――メンタピの放った『ライジング・サン(国士無双)』の衝撃がロストナンバーのを弾き飛ばした。 「……でかい上に、魔法……だと? 運命を呪いたくなってきたぜ……」 吹き飛ばされた体をおこし風雅がぼやく。 「ククク、どうしたロストナンバーそこまでか、所詮そなたらはここで果つる定めよ」 悠然と迫る魔神。 「……神様気取りか。でかすぎて周りを見下ろすことしかできないみたいだな」 「教えてやる。運命は変えられる。一人じゃ無理でも、仲間が手を組めば。それが人間だ。運命を握るのは神でも、ましてや悪魔でもない!!」 魔神を指さし見得を切る風雅、脳裏にあるのは――今なお運命と戦う友の姿。 「ククク、カカカ、よくぞ、よくぞ言ったわロストナンバー。チャイ・ブレの犬に過ぎぬ貴様らが『奇跡』とな。よかろう! 我が師慧龍の冠した究極の術に耐え見せよ、貴様らが運命の奴隷でない証を示すのだ」 空を舞う竜刻、そのすべてが魔神の腕に沈む。 魔神の皮膚は赫赫と染まり、空間そのものを揺らす超エネルギーが魔神の腕に集まる。 「ああ……見せてやるぜ、人間の力をよ」 『Final mode』 アイテール・ドライバーの電子音。 ------------------------------------------------- 紅の闘士は光輝燦爛たる白金の闘士へと変じる。 ファイナル・アイテール、常に輝きたるもの。 運命を貫く闘士の真の姿である。 ------------------------------------------------- ――ロストナンバーと魔神、最後の交錯……その時、研究所の天蓋が弾け竜の咆哮が響く。 「何をしてるマスカローゼ!! 叢雲はまだ起動せぬ! 今動かせば力を振るう間もなく崩れるぞ!!!」 驚愕を浮かべる魔神……致命的な隙だ。 ハーデの姿が魔神の眼前に結像する。 振り下ろされる光の刃、魔神の手が光の刃を掴む。 「ぬるいわ! このままナイフごと貴様を消失させてくれる」 筋肉の律動、光の刃がナイフごと消失する。 間一髪、ナイフを捨て身を沈めたハーデ、爆光に紛れ魔神の腕を蹴りあげる。 無力な蹴りなど相手にせぬ、魔神はそう断じたのか攻撃を無視しハーデに掴みかかる。魔力の篭った魔神の腕は音もなく、ハーデの脚から伸びる光の刃に切り飛ばされる。 「貪欲なるもの、その空虚なる欲望を満たせ――バキューム」 魔術師の呪言が流れる。切り飛ばされた魔神の魔力の源は、魔術師の術によって制御を奪われた。 「風雅さん、今ですわ」 「上出来だ。……あとはまかせろ!」 空を舞う、白金の闘士。 今こそ放つアイテール最強の必殺技! 「インフィニット・アイテェェェェーーーーーーーール!!!」 風雅の飛び蹴りがメンタピに炸裂。その瞬間、星界をまばゆい光が覆った。 「クハハ、余を倒すとは素晴らしい人間よ。なれば起こしてみせよ『奇跡』をな!」 凄まじい光の奔流……消失するメンタピの体。光となって消える胴と首が光の刃で切断される。 「お前には、まだ聞きたいことがあるタルヴィンのためにもな」 ――生首だけとなった魔神メンタピはハーデに捕獲された。 「いくぞ、時間がない」 ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ――叢雲が鳴動し研究施設は崩落する。 メンタピを排した三人が竜刻の間に至った。 竜刻の間――少女の足元、血溜まりに沈む虎部、トラベルギア支えに膝立ちで対峙する相沢。 マスカローゼの仮面はなく、収斂する醜いファージが体を斑に染める。露わになった胸から生えるファージがへその緒のように巨大竜刻と接合していた。 戦士達は悟った、言葉の時は過ぎ刃によって決するしかないことを。 勝負をしかけたのは、魔術師。心象で形成した無数の火球をマスカローゼの目掛け解き放つ。 空を焦がし飛来する火球は、マスカローゼの一瞥で空へ掻き消える。 (それは囮、本命は……) 火球に紛れ放たれた楔が、マスカローゼの周囲に五芒を作る。マスカローゼは青色のフィールドに包まれた。 「アンチマジック・フィールド、あなたの能力は封じましたわ。……これでお終いですわ『武器召喚術「星の弓」』」 魔術によって召喚された弓から流星の如き矢が放たれた。 ファージの少女が一歩踏み出し五芒の線を踏む、ただそれだけの行為で青色は砕ける。 ファージの少女が拳を中に突き出す、圧縮し打ち出された空気が星の矢を打ち砕く。 「う……そ……」 呆然と立ち尽くす魔術師、星の矢を打ち砕いた威力が迫る。 「レナさん! 危ない」 咄嗟に間に入り魔術師を庇う相沢、トラベルギアを構え防壁を発生させようとする。 『防壁……それを禁じる』マスカローゼが嗄れた声でつぶやいた。 相沢のトラベルギアから防壁は発生しなかった。驚愕の表情を浮かべる間もなく相沢とレナは吹き飛ばされる。 「おとなしくしてな、すぐにネンネさせてやるからよ」 サンダー・アイテールへ変身した風雅が、フェイントを混じえた華麗なフットワークでマスカローゼに迫る。 『変身……それを禁じる』マスカローゼが呟く。 変身が強制解除される、驚愕の表情を浮かべた風雅をファージの放つ衝撃が吹き飛ばす。 ――圧倒的な高次元異能による蹂躙。 超然と佇むマスカローゼの腹部から光の刃が生えた、刃はやたらめたらに動きマスカローゼの内腑を撹拌する。 「これが魔女大隊の力になるなら尚更起動は見過ごせんっ! タルヴィンの世界は私が守る!」 マスカローゼは何が起きたか気づくことなく、虎部の作った血溜まりに自らのものを混ぜ崩れ落ちた。 ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ 竜刻と一体化したマスカローゼが倒れると叢雲は、その存在を希薄化させ空間に溶け始めた。 消失する龍の大地、落下するロストナンバー達をロストレイル号が迎えたのは間一髪であった。 その後ロストナンバー虎部は、レナの回復術によって一命を取り留めたものの三日間昏睡状態から目覚めることがなかった。 彼が目覚めた時、傍らにあったのは少女の仮面――背面に塗布されたあの時の封印タグ。 ―――これを受け取って欲しい ―――これは? ―――約束の証だ 壁が鳴った。 ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ――ヴォロス 「今日も晴れね、もう乾季は終わりのころなのに」 叢雲とはまさに雲である、その変化に気づいたものはまだ少ない。 ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ――ナラゴニア 「ククク、よくやったマスカローゼよ。叢雲の力、我が手中となったわ」 ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ (……ここは、……どこ?) 朦朧とした意識、視界は混濁し動きままならぬ身体に感じるは揺り籠のごとき浮遊感、だが不思議と不安はない。 (案ずることはない……、此は汝のあるべき場) 厚みのある意志がフランを揺らす。 混濁した視界は徐々に晴れ、星海の瞬きが知覚に触れる。 (……綺麗……) フランの意識が世界を揺らす。 フランの意識は微睡みの中に消えた。 -続-
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