「《海賊法》にもとづき、ジェロームを反逆者とみなす……だと? おいぼれが戯言を」 偉丈夫は、布告をせせら笑った。「よかろう。ならば今より、この俺こそが新たな法だ。海賊王の幻想に縛られた時代は終わりを迎え、海原は次なる支配者を迎え入れるだろう。この俺、ジェロームこそが海賊王をも超える海賊皇帝として、すべての海に君臨するのだ」 消息を絶ったロストナンバー、日和坂 綾のゆくえを追ってブルーインブルーへ向かった特命派遣隊は、彼女が列強海賊ジェロームに捕らわれたことを知った。 しかもその裏には、別の列強海賊・“赤毛の魔女”フランチェスカの謀略があったのだ。 最強の海賊と言われたジェロームは、フランチェスカのはたらきにより、今や全海賊から、海賊社会の秩序を脅かす反逆者とみなされてしまった。孤立したジェロームがとった方策は、ジャンクヘヴンへの急遽の進軍。 海上都市同盟を滅ぼしてしまえば、海賊間で孤立しようと関係なく、ジェロームの覇権は確立する。 微妙なパワーバランスを保っていたブルーインブルーの海の平穏は、一挙に戦乱へと傾いたのである。 ここに、特命派遣隊の成果が生きてくる。 ひとつは、ジェローム進軍の情報を誰より早く得たということ。 次に、進軍を開始したジェロームの拠点にして旗艦・ジェロームポリスの現在地を把握していること。 最後に、ジャンクヘヴンで亡きレイナルド宰相の遺した「ジャコビニの幽霊船」を入手したこと。「このまま放置すればジェローム軍は海上都市群へと迫り、ブルーインブルー全土を巻き込む戦争が始まってしまう。そうなればジャンクヘヴンは、当然、世界図書館の助力を乞う。けれどその段階に至っては状況の泥沼化はいっそう進んでいるだろう。そうなるより先にジェローム軍を壊滅させることは、かえって、事態をきれいに収束させることができるはずだ」 特命派遣隊の大使として同地に赴いていた世界司書の判断を、世界図書館も支持した。 どのみち、ジェロームポリスには日和坂 綾が捕らわれているのだ。戦いへの関与は避けられなかった。 作戦はこうだ。まず「ジャコビニの幽霊船」がジェロームポリスに近づき、周辺海域に霧を発生させる。 霧にまぎれ、ジェロームポリスに上陸したロストナンバーが騒ぎを起こし、都市に混乱を招く。その隙に、複数のゲリラ部隊が都市内に散る。ジェロームの軍団は、当人の絶対的なカリスマ性のもと、「鋼鉄将軍」と呼ばれる直属の指揮官によって統率されているという。この指揮官たちを討ち取ることができれば、軍団は自然と崩壊してゆくだろう。逆に、かれらが存命であれば、ジェロームポリスを失っても、残党が再び組織されるおそれがあるため、指揮官を倒すことは重要な意味を持っていた。 この作戦はジェロームポリスが同盟の海上都市に近づく前の海域で行われる。 静かな海に霧が満ちるとき――ブルーインブルーの歴史の1頁が、書き換えられるのだ。●洋上の蜘蛛花 そこは、背が低い建物ばかりの区画だった。 いい加減な造りの木造家屋が雑多に詰め込まれた街並み。けれど貧民窟と呼ぶほど薄汚れてはおらず、海賊の本拠地ながら真っ当な暮らし向きを窺わせる。 下町らしく入り組んだ細道に、人気はない。 既にあちこちで騒ぎが起きていることは街のどこに居ても気付きそうなものなのに、それらから耳を塞ぐかのように家々の扉は閉ざされている。 そんな不自然な静けさの只中を進むと、やがて半円形の広場に出た。 鐘楼が天に突き出た石造りの建物がそのまま突き当たりになっていて、左右を確かめると更に道が続いている。「そこのアンタ達」 どちらへ行くべきかと逡巡する暇もなく、気だるげな女の呼び声がした。 どうも頭上――鐘楼の辺り――から旅人達に向けられたもののようだ。「そう、アンタ達のことさ。何処に行こうってんだい? そんなに慌ててさ」 声の主は鐘の傍に寝転んでいるらしい。魚や海獣、蜘蛛などのパターンが編み込まれた赤、黄、白、緑の布を服代わりに胸や腰に巻いたり垂らしたりしている、生っ白い肌の女。一見すると踊り子のような風体だ。 その女は、癖のある黒髪をくるくると弄びながら、場末の酒場の給仕のように馴れ馴れしく、尚も語り掛けてきた。「何を急いでんのか知らないけどね。ここらでちょいと落ち着いたほうが身の為ってもんだよ。さもないと」 女は言葉を一旦切ってから、毛でも抜くような仕草で腕を振った。 次の瞬間、左右の道に面していた家屋の上半分が、ある直線を境にずるりと滑り落ちる。それは、まるで巨大且つ鋭利な刃で撫で斬りにでもしたような断面をなぞり、やがて自重で地面に叩き付けられた。そして、すぐに残された本体をも巻き込んでけたたましく崩壊し、残骸は山となって細道を埋め尽くした。「ほうら危ないとこだった。あら……おやおや、道が塞がっちまったねえ」 女はわざわざたちこめる埃を覗き込んでから、大袈裟に首を傾げて見せた。 そして、「ねえ。アンタ達、さ」 女はゆらりと立ち上がると、鐘の元から宙へ、一歩踏み出した。ぎっと何かが締まる音が聞こえる。 女は――落ちない。「このまま回れ右して帰るってわけには……やっぱりいかないのかい?」 二歩、三歩と大股で空中を進みながら、気だるげだった女の声は、次第に鋭さを帯び始める。「アタシもね、喧嘩しないで済むんならそのほうが…………って」 女が更に何事か言おうとした矢先、広場を囲む建物の扉が、次々と開いた。中からは様々な身形の如何にも海賊然とした屈強な男達が「お嬢!」「加勢しやす!」などと威勢良く言いながら、わらわらとあぶくのように涌いて出た。 ざっと二十人ほどだろうか。当然ながら思い思いに得物を携えている。 お嬢――先ほどから宙を闊歩している女――は、肩を竦めた。「やれやれ、やらないわけにいかなくなっちまった。これでも一応立場ってもんがあるからさ。悪いんだけど――」 言葉を切った女は蜘蛛のように素早く飛び退り、鐘楼の元へと戻った。 そして何を思ったか恭しく一礼する。と、同時に鐘が鳴った。 その音に反応したものか、衝撃によるものか、鐘が揺動する度に、先程女が歩いていた空中に張り巡らされた細い鋼糸が震えて、きらりきらりと照り返す。 「ジェローム海賊団は鋼鉄将軍がひとり、”グレヴィレア(蜘蛛花)”のアラクネーだ。蜘蛛の巣へようこそ、客人方。存分に――切り刻んであげる」 十指全てに指輪を嵌めた両の手を構え、アラクネーは酷薄な笑みを浮かべた。!注意!イベントシナリオ群『決戦!ジェロームポリス』は同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによる『決戦!ジェロームポリス』シナリオ、およびパーティシナリオ『【決戦!ジェロームポリス】軍艦都市炎上』への複数参加(抽選へのエントリー含む)はご遠慮下さい。●特別ルールイベントシナリオ群『決戦!ジェロームポリス』において、1つの通常シナリオの参加者は1つのチームとして行動するものとします。通常シナリオでは、各チーム(各シナリオ)ごとに、1人の敵指揮官と戦います。登場する将軍についての情報はオープニングを参照して下さい。なお、全シナリオのうち1チームのみ、全軍を統率する“鉄の皇帝”ジェロームその人とまみえるチャンスがあります。ジェローム団の首魁、列強海賊最強の男と戦う誉れを狙う方は参加決定後、3月31日10:00までに、プレイングを編集して「ジェロームにたどりつくための手段」を書くようにして下さい。4月1日23:00までに事務局が「全シナリオ参加者のプレイング内容」を確認したうえ、もっとも妥当なプレイングを書いていた人のいるチームが、ジェロームに遭遇したと判定します。※3月31日10:00~4月1日23:00まで、プレイング編集はご遠慮下さい。キャラクターシートの内容は参照しません。※ジェロームに遭遇した場合、当該シナリオ参加者には告知されます。告知のなかった場合、シナリオ中でジェロームには会えません。
「あーらら。わらわらとおいでなすってまぁ……」 ハギノは面倒臭そうに溜息を吐きながら、自分達を囲む連中と、周囲に視線を巡らせた。断たれた道を進むのなら瓦礫を乗り越えるしかない。しかし、そんな暇などないことを広場に沿う陣形で徐々に迫り来る海賊達と、頭上の女将軍の存在が示している。 四方に分散するよりは一方向に全員であたったほうが、その後の展開は楽だ。問題はアラクネーの動きだが。 「健サン。剣かナイフは持ってマセンカ?」 「ごめん。今日は無いんだ」 カール・ボナーレは鋼糸への対策へと思い至り、坂上健に小声で話しかける。健はといえばガスマスクを被るなり、懐からふたつ手榴弾を取り出して手元を確かめている。 「来るぞ!」 肩を竦めるカールに気付かず健が叫ぶと、左翼の五名ほどがちらに押し寄せてくる。健は手榴弾のピンを二本とも抜き、適切な間を計ってひとつは左翼に、もうひとつは前方と右翼の間に放り投げた。 左翼では煙幕が爆ぜて海賊の呼気を乱し、他方では閃光が海賊の目を焼く。 その間に健はトンファーを構え、身を低くして左翼に突撃した。 「地上部隊はこっちで片付ける! アラクネーは任せた!」 「でかしたわ健ちゃん!」 これに便乗したのは蜘蛛の魔女である。蜘蛛の魔女は伏したかと思うと背に生えた八本足で地を滑るように駆け、健が海賊を叩き伏せる脇を擦り抜けた。壁を登るつもりのようだ。 カールとハギノも互いに目配せし、各々得物を携えてふたりに続いた。 その一部始終を鐘の元で眺めていたアラクネーが、徐に右手を前方に伸ばした時、不意に高圧的な声を掛けられた。 「待ちなさいよ」 アラクネーは手を止めて、その主――異形の少女が居るほうを射抜くように見る。そこは広場を挟んで鐘楼台のほぼ真向かいにあたる、建物の屋上だ。 「随分お早いお着きで。背中の脚は伊達じゃないってことかい」 「ふふん。蜘蛛の巣があんたの独壇場だと思ったら大間違いよ」 アラクネーは「へええ」と嬉しそうに口元を歪めた。それが如何なる類いの笑みなのか蜘蛛の魔女には知る由もない。が、興味もないので構わず口上を続けた。 「私の名前は蜘蛛の魔女。蜘蛛の真似事をして遊んでるあんたに教育してやるわ。本物の――蜘蛛の戦いって奴をね!」 「ふふ、お手柔らかに頼むよ。先生?」 両者は殆ど同時に動き出す。 「グレヴィレアの二つ名は私のものよ! キキキキキ!」 「力尽くで奪ってみな!」 互いに時計回りに飛んだので距離は保たれたまま、蜘蛛の魔女は掌から白く照る糸を宙――正確にはそこに張り巡らされた鋼糸の上――に放射した。 一方、アラクネーの鋼糸は――下で旅人と海賊が交戦している傍の家屋に向けられた。 その一部始終を、更に上空からオウルセクタン『ポッポ』の眼で視ていた健は、例えるなら高所から落ちる時のような嫌な焦燥感を覚えた。 「二人とも逃げろ!」 「ホワイ?」 「あ、崩れるんすか」 「ノー!」 警告から察したカールとハギノは、蹴散らしていた海賊を突き放して健共々早々に広場の中央付近へと退散する。三人の後を引き止めようとするように、べきっと嫌な音が木霊して、直後には家屋ががらがらと崩壊する音が追いかけてきた。 (鋼糸使いかよ。憧れなくはないけど) だが、健の憧憬は、憐れにも逃げ遅れた海賊達の断末魔と共に残骸に埋没していく。 「一振りでお家が真っ二つすか……恐ろしいこって」 ハギノは先程に輪をかけて情けない声音と口調で、肩を落とした。だが、その視線は常に周囲に向けられている。 「もーこれだから糸使いは厄介なんすよー」 戦忍は、引き続き現状分析に努めていた。ようやく視力を回復した他の手下達もアラクネーのやり方に怯み、俄かに隙ができた今が好機である。弱音ばかり吐くのは、アラクネーを意識してのことだろう。 (でも……糸じゃ斬れないものもある) ハギノはちらりと鐘を見てにやりと笑ってから、残りの海賊の群に飛び込んだ。 それにしてもと、カールはハギノの背を見送りながら思った。 僅か一棟が破壊されただけで、広場は酷い有様である。 木材や瓦礫が散乱し、しかも結果としてそれを引き起こしたアラクネーの部下のみが巻き込まれて圧死している。催涙弾で身動きの取れなくなった者や、旅人達に撃退された者ばかりだった。 カールは眉をひそめた。 アラクネーは、やはり海賊なのだ。当初戦いを疎んじた理由は不明だが、元より単独で臨むつもりだったのかも知れない。しかし、勝ちの目が見えない戦をする手合いかといえば、答えは否だ。つまり――余程自信があるということ。 (ミー達も舐められたものデス) 幸いとすべきか否か。瓦礫の飛散によって、当初カールが警戒していた地上部分の罠がないことは確認できた。ならば遠慮は要らない。早々に残りの手下どもを討ち、アラクネーを打倒するのみ。 いつしか我に返った健がハギノに続くのを見て、カールもその後を追った。 アラクネーが次々と放つ鋼糸を、蜘蛛の魔女は自身が展開した蜘蛛糸の上を自在に移動し、ことごとくを避けて翻弄していた。 「流石にひと味違うねえ。本物の蜘蛛とやらは」 「この程度で驚くなんて底が知れるわね!」 現在、鋼糸の蜘蛛の巣の実に四分の一が蜘蛛の魔女の粘着糸に上書きされていた。それは蜘蛛の脚を持つ者にしか移動できぬ、いわば蜘蛛の魔女の絶対領域である。蜘蛛の魔女は鋼糸による攻撃を避けながら、徐々にこの領域を広げつつあった。 一見すると蜘蛛の魔女が優勢。このまま運べば、やがては他の旅人達が駆けつけるだろう。だが、蜘蛛の魔女は懐に飛び込む隙を窺ってもいた。 その機を見出す為か。徐に蜘蛛の魔女が小馬鹿にした眼で鋼鉄将軍を見ながら、笑い出した。 「そういえば、あんたの名前だけど……ぷぷっ」 次の一手を打とうとしていたアラクネーが、何事かと片眉を吊り上げる。 「言うに事欠いてアラクネーだって、アラクネー。だっさ~い。たかが人間の分際で神話の怪物の名前を名乗るだなんてさぁ」 蜘蛛の魔女は、大層愉快そうにキキキと笑い声を上げた。対するアラクネーは、ぼんやりとその様を眺めている。これまででもっとも大きな隙だ。 「キキっ――」 この好機を逃がす手はない。蜘蛛の魔女は這ったまま恐るべき素早さで「ふうん」などと気のない声をあげるアラクネーの元へ、一気に距離を詰める。しかし、アラクネーは蜘蛛の魔女が到達する前に右手を上げた。蜘蛛の魔女の耳元でひゅっと音がし、その幼い頬の薄皮が一文字に破れる。 (でもそれだけ!) 敵が目測を誤ったとみた蜘蛛の魔女は宙に跳ねた。 「そうかい。アタシは神話の怪物なんだねえ」 「そんなことも知らないんだ!」 感心したように頷くアラクネーを見下ろしながら蜘蛛の魔女は己の優位を確信し、会心の笑みを添えて大きく爪を振りかぶった。その先端には麻痺毒が塗られている。振り下ろせば、あとは好きにできる。 「生憎初耳さ。だけど――」 アラクネーは今しがた振り切った手を握り胸元に寄せ、いよいよ蜘蛛の魔女が爪を振り下ろした時、アラクネーは擦れ違うように跳んだ。 「――そいつはいい!」 「かはっ!?」 禍々しい爪はアラクネーの肩を抉ったが、同時に蜘蛛の魔女は喉元に鋭い激痛と強烈な圧迫感を覚え、呻く。 蜘蛛の魔女が仰け反る間にアラクネーは曲芸じみた身のこなしで背後へ回り込む。蜘蛛の肢との距離を保つ為のものか背中に片足を押し当て、蜘蛛の魔女の身体を支えながら、か細い首を締め上げた。 「こんなおかしな名前にも箔が付くってもんじゃないか」 「自慢になら……ない、わ、よ……うっ!」 「いいや、なるね」 ぎりりと鋼糸が締まる。蜘蛛の魔女の首筋から血が滲む。 「海賊ってのは――嘘でもはったりでも、それこそ神話だろうと構いやしない――とにかくびびらせた奴が勝つのさ。……ああ、ちょいと子供には難しかったかい? ごめんね? 子・蜘・蛛、ちゃん」 アラクネーは、幼子をあやすように甘い声で囁いた。 「よくも……」 「お?」 不意に、蜘蛛の魔女が声のトーンを落とした。アラクネーの側からは見えないが、その顔は猛烈な怒りを顕わにしている。 「よくも馬鹿にしたわねー!?」 「おっと――」 蜘蛛の魔女は更に首が絞まるのも厭わず身をよじり、蜘蛛の脚を滅茶苦茶に振り回した。図らずも鋼糸がそれに引っかかり断たれる。 解放された蜘蛛の魔女は振り向き様、飛び退く憎き敵の脇腹を爪で引き裂いた。 辛くも後退し足場を定めたアラクネーは、微かにバランスを崩しながらも先刻の蜘蛛の魔女のように声高に笑った。 「はは、確かに馬鹿ぢからだ」 蜘蛛の魔女は余裕の欠片もなく、ただ殺意を込めてアラクネーを睨んだ。 「絶っ対に許さない!」 カットラスを左のトンファーで受け止めながら、ここまでの遣り取りが空から見下ろしていた健は、けれど蜘蛛の魔女の怒号が頭上から聞こえたので、奇妙な感覚にやや戸惑った。 「どこ見てやがる小僧!」 「うるさいな! 今忙しいんだ!」 既に脱しているとは言え仲間が危機に陥ったせいか、健は気が立っていた。すぐに剣を引いた海賊が次なる斬撃を繰り出そうとするも、健の右のトンファーであえなく撃沈する。 海賊達は数でこそ勝っているものの、所詮はロストナンバーの敵ではなかった。健ひとりならば多少はてこずったかも知れないが、ハギノとカールという戦闘のプロがふたりも居ると呆気ないものである。 視界の隅でハギノが最後のひとりを蹴り飛ばしたことに気付き、健は蜘蛛の巣を見上げた。加勢に向かわなくてはならない。 (空中戦が出来ない以上、やることはひとつだよなぁ) 特異な技能や能力を持たない健が上へ行くには鐘楼台へ登るしかない。周囲を見回して鐘楼台の入り口を認めると、どうやら討ち漏らしたらしい手下の一人が中々の俊足でまさにそちらに向かっていた。後で鉢合わせるならどのみち止めなくてはならない。 「でも――」 建物ごとばっさりと斬られる恐怖が脳裏をよぎる。仮に手下が巻き込まれようとお構いなしなのは先刻承知している。 「ええい、男は度胸!」 ガスマスクを外して逡巡を振り払い、覚悟を決めて健は手下の後を追った。 「行かせテいいんデスカ?」 「まーなるようになるでしょ」 「ユーも人が悪いネ」 「いやいやーてかそんなことより」 「オーケー、援護は任せてクダサーイ」 「よろしくー」 そうして、カールとハギノも思い思いの場所へ散る。 奇しくもこの時、ハギノの走り方は健が追いかけた海賊と同じだった。 健の見立て通り、アラクネーは体捌きに精細さを欠いていた。 さしもの鋼鉄将軍にも毒が効き始めているのだ。それでも動き回ることができるのは耐性があるものか、持ち前の胆力のなせる業か。 多分にわざとらしく、アラクネーは額を押さえながら、バランスを崩すまいと上体をふらりふらり前後させている。誘い受けのようにも思えるその仕草は、少なくとも蜘蛛の魔女の神経を逆撫でするには充分だった。 蜘蛛の魔女は、怨敵を今一度引き裂き噛みしだいてくれようと十の爪を広げて疾走する。麻痺毒が効いているのなら、さっきのような不覚はとらない。 「なあんてね」 アラクネーは、ぐん、と不自然に上方へ跳ぶというよりは宙に段でもあるように駆け上がり、蜘蛛の魔女の頭上を越えた。 勢い余り僅かに停止に手間取った蜘蛛の魔女もまた、それに対抗すべく手近な建物に糸を放ちながら飛び退こうとした矢先。先に上体を先に振り向くと――幾筋か煌く鋼糸がゆらいで天へと伸びている様が視界を掠めた。 本能的に危機を直感し、肌が泡立つ。 体内が瞬時に冷え込むような錯覚を覚えた瞬間、ばん、と何かが弾けて。蜘蛛の魔女はびくんと身を強張らせた。 「――あっ」 続けてばし、ばん、と背面から鳴る度、音に呼応して蜘蛛の魔女は痙攣する。 やけ耳元で響く音の正体は見るまでもない。やがて弾けたそれは、蜘蛛の魔女の視界にも投げ出された。硬い黒毛に覆われた、鋭い形状の脚。 「あ……あ! あ、あ、ああああああああああ!」 蜘蛛の魔女の悲鳴が、広場中に木霊した。彼女を蜘蛛の化身たらしめているその脚は、僅かに片側の二本が残るのみ。自らが張った蜘蛛の巣でさえ満足に歩けぬ。 「やっぱりガキだね。せっかくいいモン持ってるのにさ」 アラクネーは、やや離れた位置に下りながら、蜘蛛の魔女が展開した粘着糸をちらりと見て「勿体ない」と呆れたように言った。 蜘蛛の魔女は粘着糸と鋼糸の境界でへたり込み、はらはらと涙を流している。 「そんなんじゃグレヴィレアの名はやれないね」 「……で。そっちのアンタは?」 今しがた上がってきたばかりのハギノは、蜘蛛の魔女が止めを刺されぬようにと、苦無を構えていた。 「あーやっぱり気付いてました? 流石すねー」 だが、ハギノの存在が感知されているとなれば、それ自体が牽制になり得る。 「そりゃあ自分の巣のことだ。蚊が乗ったって判るさね」 「蚊は酷いなー。でも身軽さなら蚊にも負けませんですよー」 「ハギノちゃん! あんたの凄い忍法とかで何とか出来ないの!?」 今や無力化された蜘蛛の魔女が、涙声でヒステリックに言った。 「はいはい今やってるとこすよーっとと、落ちる落ちる」 ハギノは冗談とも本気ともつかぬ適当な返事をしながら、先程アラクネーがふらついたのを見ていたらしく、それを真似て大袈裟にバランスを崩してみせた。アラクネーは振り向き様に腕を引く。それを見越していたハギノは間を合わせて苦無を投げる。アラクネーは避ける為に身をよじり、結果、鋼糸はハギノの傍でだらりと垂れた。 「やー油断も隙もない。でも、ま、なんですか。糸が力を伝え、滑車の原理で力を増幅――の根本は変わらんでしょ?」 ハギノはへらへらしながら、鋼糸のタネに触れる。 「糸はねぇ、ぴんと張ってないと役に立たないんすよ。同じく、滑らん滑車も役立たずっと」 「……食えない坊やだこと」 思わぬ強敵との遭遇を愉しんでいるのか。ただの虚勢か。何れにせよアラクネーの眼は、ハギノを値踏みしている。食えないのはお互い様だ。 ――相手にとって不足無し。 「名を聞こうか」 「”七草”が一、ハギノ。いざ尋常に勝負願いますよっと」 ハギノが名乗りを上げた瞬間、広場のどこかで銃声が鳴り響いた。 追っていた海賊の後姿は、既に見えない。ミネルヴァの眼が伝える外の状況を悪化させない為にも、不安要素は予め排除しておきたいのだが。 健が白衣をがちゃがちゃ鳴らしながら階段を駆け上がっている最中、聞き覚えのある銃声が聞こえてきた。直後――建物全体が重苦しい地響きと共に揺動する。 「!?」 不安と焦りも手伝って健は浮き足立った。しかし、銃声はカールの銃弾がアラクネーの巣の一部を撃ち破ったものだ。鋼糸で建物が斬られたわけではない。 しかし、ならば何故揺れた。 「……って今はそれどころじゃないよな。急げ!」 気を取り直した健は、やがて屋上に出た。再び銃声が鳴り、その度に建物が揺れる。 「なんなんだ? 一体……」 鋼糸がばちりと貫かれ、蜘蛛の巣に大穴が空く。 「これデ、ふたつ」 カールは瓦礫の陰で上の様子を窺った。真上は蜘蛛の魔女が展開した粘着糸があってアラクネーは近寄れず、ここなら気付かれ難い。更に、最前にも生じた穴によってアラクネーの行動範囲はかなり狭められていた。とは言え、やり過ぎては上で戦うハギノも動き辛くなりかねない。となれば、次の標的は。 他ならぬアラクネーそのものだ。 「よろしくお願いシマース……」 小声で念じたカールの周囲に、弾力のある風が巻き起こった。 アラクネーは苦無をかわしながら、恐らく自らが置かれた苦境に、舌打ちした。 「どこら辺が尋常なんだい!」 「またまた。想定内でしょ、っと」 ハギノは放たれた鋼糸を大回りに避ける動作を、そのまま苦無投げに転じる。アラクネーもそれを飛び退いて避けながら次の手を打とうとする。 そこに三度目、四度目の銃声が鳴った。カールの狙撃である。アラクネーは即座に手を引き、所在を留めず回避に徹するしかなかった。 「ったく忙しいったら!」 アラクネーはハギノに鋼糸を飛ばす。苦し紛れと見られたそれをハギノが避けがてら再び苦無を放つところにもう一本鋼糸を張り、軌道を逸らせた。 「なんと」 ハギノは遠距離戦を決め込む意図を逆手に取られ、少し慌てた。 女将軍はその僅かな隙を逃がさず、蜘蛛の魔女の居るほうに腕を振るう。 「あらっまずい」 アラクネーが手先を伸ばし、ぐいっと引くと――蜘蛛の魔女の真下の鋼糸が大きく開いた。 「ノオー!」 唐突な展開に慌てて飛び出したカールは、落ちてくる蜘蛛の魔女をなんとか受け止めることに成功した。風の精霊の助けもあって、カールの腕にも損傷はない。 「ふう。大丈夫デスカ?」 元より小柄だが蜘蛛の肢を殆ど失った蜘蛛の魔女は殊更に小さく感じられた。命に別状は無さそうだが、余程ショックだったのか震えながら眼を見開いて涙を流し続けている。 「……とにかく安全な場所ヘ」 カールは警戒すべく見上げると、丁度アラクネーが開いた掌を振りあげていた。 「オー!?」 蜘蛛の魔女を抱えたこの状況では、応戦が――。 「間に合ってねっと!」 ハギノが投げた苦無は見事命中し、アラクネーの掌を半ば突き破った。しかしアラクネーは苦痛に眉間を歪めつつも、もう一方の手を振り上げる。 「まだだよ!」 「うっそ」 「崩れるぞーっ!」 今度は鐘楼からカールに向けて健の叫び声があがった。前に見た建物を崩す動作と酷似していた為、健は逸早く察知できたのだ。 「またデスカー!?」 ハギノの援護で一拍の間があったことも手伝い、カールは蜘蛛の魔女を抱きかかえたまま間近の建物から離れ、事無きを得た。 建物が無為に崩壊する音に舌打ちしたアラクネーは後退するが、ちゅんと頬が割かれたところで足を止めた。 「ホールドアップ!」 カールの威嚇射撃が頬を掠めたものだ。 既にハギノも次の構えに移り、油断無くアラクネーの出方を窺っている。 「……ち」 「ユーはワンダフルなレディデスネ」 「そいつはどうも」 アラクネーは眼下のカールと眼前のハギノの動きを交互に見遣りながら応じる。 「デスガ」 「!」 カールは次々と拳銃を抜いては宙に放りあげた。 「ミーの奥の手――避けられマスカネ?」 カールの前で弧を描く五丁の拳銃、その内ふたつが握られる度、銃声も重なる。 アラクネーが始めの二発を避けたところへ、多分に漏れずハギノが苦無を投げる。同時にカールが次の二発を撃ち込むが、これを苦無共々側転で避けたアラクネーは、カールの眼前で浮いている三丁の拳銃目掛けて腕を振るう。しかし鋼糸はカールの間近でぐにゃりと軌道を歪められ、カールの肩をぴしゃりと叩くに留まった。 「なっ!?」 風の精霊の存在など知らず、ただ驚嘆するアラクネーに向け、更にカールが此度撃ち込んだ弾丸は――六発だった。うち一丁は装填された弾丸全てを発射するトラベルギアの拳銃である。先刻と同じ二発を避けるつもりで跳んだアラクネーは太腿に数発弾丸がついに命中し、姿勢を崩した。 そこに追い討ちをとハギノが苦無を構えるが、アラクネーが鐘楼前の辺りにしがみついたのを見て、また、鐘楼で起きていることを見て、手を止めた。 「動くんじゃねぇ! こいつがどうなってもいいのか!」 直後、鐘楼から厳つい脅し文句が聞こえてきた。 ハギノだけでなく、カールもそちらに眼を向ける。 鐘の真横で、健が手下の一人に刃物を突きつけられ、両手を上げていた。健は酷く気の毒な笑顔と申しわけ無さそうな目で、仲間達を見ていた。 カールもハギノも無言で、各々の得物を手放す。 「お嬢、今のうちに」 「余計なんだよ」 手下の威勢の良い声にアラクネーは溜息を吐き、刺すように言い放った。 「……へ?」 「邪魔だっつってんのさ。ハナっから」 手下が意味を理解しないうち、アラクネーは見せ付けるように手を握った。 「うおっ!?」 「わ、ちょ、俺にそっちの気は」 突然、手下は健に背後から抱きつく姿勢になり、巻き込まれた健も不自然な姿勢で固まってしまった。まるで二人纏めて何かに縛り上げられたように。 事実、健達を拘束していたのは手下の両腕と、何本もの鋼糸だった。予め仕掛けられていたのだろう。 「下手に動けばなます切りだ。じっとしてな」 「は、はひ……」 アラクネーは鐘楼に背を向けたまま手下と健に声を掛ける。当の健は少々無理な姿勢を維持している為か、あるいは恐怖のせいか、震えがその身を襲った。 傷の痛みを堪えているのか、時折アラクネーが身を強張らせると、健の全身を捕らえた鋼糸が僅かに締まり、服や首筋が薄く破れる。 「なんなんだいアンタ達。これじゃあ他の将軍連中と喧嘩するようなもんだ」 「カールさん聞きました? 僕ら鋼鉄将軍になれるみたいすよー」 「HAHAHA、光栄デース」 「黙りな」 「はい……」 「ソーリー……」 ぎりりと鋼糸が締まる音が響き、健が「うぐっ」と呻く。 アラクネーに、最早笑みはない。 「特に……ハギノとか言ったかい。アンタみたいのが一番面倒なんだ。もう充分遊んだろう。下の兄さんも一緒にさ。さっきの嬢ちゃん連れて帰っとくれ」 「んーそういうわけにいかないんすよ」 「健サンだけ残して帰れないネ。それニ」 「こっちはまだ遊び足りないんで――」 「そうかい!」 ハギノがにやりと懐から苦無を取り出し、カールが地に落ちた銃を拾い、アラクネーが鋼糸を引き、手下と健は恐怖で目を瞑った――次の瞬間。 真っ先に誰もが耳にしたのは、ぶちぶちと鋼糸が千切れる音だった。 続いて鐘が手前に大きく傾いたかと思うと、そのまま宙に浮き、ごぉんと鐘楼台の角に直撃する。そして少しだけ弾んだそれは――あろうことか、アラクネーの頭上に迫った。 「なんだっ、て――?」 急に広くなった鐘楼台には、事態を飲み込めないながらも無事な姿の健。そして手下が、どろんと胡散臭い煙に巻かれ――それはハギノの姿になる。 ただ刮目するばかりのアラクネーに、ハギノはおどけてみせた。 「奇遇すねぇ? 僕も罠は大好きですよっと。鋼といえども糸は糸。鉄の塊には――勝てませんでしょ?」 鐘楼に仕掛けられた罠は、元々ふたつ。鐘の落下と侵入者の拘束を担うそれらを、ハギノの分身は一緒くたに纏めていたのだ。 それでもと立ち上がったアラクネーにカールの銃弾が穿たれ、結果、何れを避けることも叶わなかった。 鐘は、落下の勢いで張り巡らされた鋼糸を突き破る。蜘蛛の巣は大方が千切れ飛び、広場の空が開けた。同時に、鐘が落ちて、ごぉんと一度、鳴り響いた。 戦いの終わりを告げる、乱暴な鐘の音だった。 鐘楼台の入り口の前で横倒しになった鐘に、女将軍が背をもたれて座している。 傷だらけでひしゃげた両手足と頭部の流血は、彼女が何もできぬことを雄弁に物語っていた。 「末期の言葉ハ、ありマスカ?」 ゆっくりと撃鉄を下ろし、銃口を向けて問うのは間近に居たカールだ。 「別に」 アラクネーは短く答え、荒い息を吐きながらカールを見据えた。 「殺るなら、痛っ……とっとと殺っとくれよ色男。女を焦らすもんじゃない」 「そうデスネ……判りマシタ。すぐニ――」 「待ってくれ!」 「健サン?」 カールが引き金に指を掛けたところで、必死の形相の健が二人の間に割り込んできた。鐘楼台から駆け下りてきたのか、息を切らせている。 「なぁ……やっぱり殺さなきゃ駄目なのか?」 「なっ」 「はあ?」 カールのみならず、アラクネーも呆気にとられたようだった。 「へー」 蜘蛛の魔女を背負って瓦礫の陰から出てきたハギノは、気の抜けた顔で、ぼんやりとその様子を窺っていた。 「俺、アンタは自分自身の旗の下で戦える人間に思える」 「健サン、それハ」 「俺はジェローム海賊団のアンタじゃなく、アンタ自身の海賊旗を掲げたアンタとなら、もう一度戦ってみたいと思う」 カールがたしなめようとするも、健の顔を見て諦めたように首を振った。 「くくくっ……よしとくれよ。傷に響くじゃないか」 「わ、笑うなよ! 俺は本気で言ってんだ!」 「くっくっくっいてっ、だってさあ! あっはっはっはっはっ」 アラクネーは屈託のない笑い声を上げた。 実のところ健の胸中は複雑だ。アラクネーが自らを慕う手下をいとも容易く切り捨てたことが、この言葉を苦いものにしている。だから、笑われて余計ムキになったのかも知れない。 やがて漸く笑いが収まったアラクネーは一息吐いた後、健に言った。 「呆れたおぼっちゃんだこと。ちょいとアンタ、耳貸しな」 「へ? 俺?」 健がつい乗りで顔を近付けようとしたので、流石に見かねたカールが健の肩を掴む。 「心配ないよ。何も出来やしない」 アラクネーの言葉は九割九分事実だが、それでも直前まで殺し合っていた相手の言葉を鵜呑みにするなど、無防備も甚だしい。カールは「気を付けテ」と一言だけ添えて、健を解放する代わり、再度アラクネーに銃口を向ける。 健も、今度は用心深く、ゆっくりと進み出て身を屈めた。そうして鋼鉄将軍の顔に己の横顔を近づける。血と汗と、花の香りが健の鼻をついた。 アラクネーの囁きはカールには聞こえなかったが、健は何やら顔を強張らせて固まっていた。そしてアラクネーは――健の頬に口付けした。 まるでそれが合図のように、鐘楼台の屋根が鐘の傍に降ってきた。 「おわっ!?」 突然の轟音に健が立ち上がった。 鳴動は止むことなく、鐘楼台ががらがらと崩れ落ちてくる。 「おや、遅かったねえ……」 「いつ作動させたのデスカ!?」 「そりゃアンタ達さ」 「何を言っテ……――マサカ!」 カールは唐突に理解した。これは、アラクネーの蜘蛛の巣が一定以上切れた時点で作動する、最悪の罠。即ち鐘楼台の崩壊――否、下手をすれば広場を囲う建物全てが。 「ちょっと、何ぐずぐずやってんの!」 「急ぐっすよー」 後ろから、その場駆け足をするハギノと、彼に背負われた蜘蛛の魔女がカールと健を急かした。蜘蛛の魔女はハギノの肩越しに満身創痍のアラクネーを見て、「ふん」と鼻を鳴らす。 それに気付いたものかどうか、アラクネーは遠くのふたりを一瞥して、笑った。 「……」 カールは帽子のつばを下げて暫し黙してから、健に声を掛ける。 「行きまショウ。ここは危険デス!」 「で、でも!」 「健サン!」 「っ……」 健はカールに手を引かれながら、一度だけアラクネーを振り返った。 鋼鉄将軍は妖艶な笑みを浮かべ、つやのない瞳で、こちらを見送っていた。 崩落は進む。広場の四方八方で、建物は時に壁ごと剥がれ、時に雪崩の如く滑り落ちて、そこらじゅうに瓦礫が積み重なっていく。 四人は迫り来る瓦礫を逃れて来た道を目指し、広場を駆け抜けていった。 走る健の頭の中で、アラクネーの言葉がいつまでも木霊する。 『アタシが生き延びるってことは、この海で必ず誰か死ぬってことだ。アンタ、人殺しの片棒担ごうってのかい?』 それは耳鳴りのように、いつまでも健の頬にこびりついていた。
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