「《海賊法》にもとづき、ジェロームを反逆者とみなす……だと? おいぼれが戯言を」 偉丈夫は、布告をせせら笑った。「よかろう。ならば今より、この俺こそが新たな法だ。海賊王の幻想に縛られた時代は終わりを迎え、海原は次なる支配者を迎え入れるだろう。この俺、ジェロームこそが海賊王をも超える海賊皇帝として、すべての海に君臨するのだ」 消息を絶ったロストナンバー、日和坂 綾のゆくえを追ってブルーインブルーへ向かった特命派遣隊は、彼女が列強海賊ジェロームに捕らわれたことを知った。 しかもその裏には、別の列強海賊・“赤毛の魔女”フランチェスカの謀略があったのだ。 最強の海賊と言われたジェロームは、フランチェスカのはたらきにより、今や全海賊から、海賊社会の秩序を脅かす反逆者とみなされてしまった。孤立したジェロームがとった方策は、ジャンクヘヴンへの急遽の進軍。 海上都市同盟を滅ぼしてしまえば、海賊間で孤立しようと関係なく、ジェロームの覇権は確立する。 微妙なパワーバランスを保っていたブルーインブルーの海の平穏は、一挙に戦乱へと傾いたのである。 ここに、特命派遣隊の成果が生きてくる。 ひとつは、ジェローム進軍の情報を誰より早く得たということ。 次に、進軍を開始したジェロームの拠点にして旗艦・ジェロームポリスの現在地を把握していること。 最後に、ジャンクヘヴンで亡きレイナルド宰相の遺した「ジャコビニの幽霊船」を入手したこと。「このまま放置すればジェローム軍は海上都市群へと迫り、ブルーインブルー全土を巻き込む戦争が始まってしまう。そうなればジャンクヘヴンは、当然、世界図書館の助力を乞う。けれどその段階に至っては状況の泥沼化はいっそう進んでいるだろう。そうなるより先にジェローム軍を壊滅させることは、かえって、事態をきれいに収束させることができるはずだ」 特命派遣隊の大使として同地に赴いていた世界司書の判断を、世界図書館も支持した。 どのみち、ジェロームポリスには日和坂 綾が捕らわれているのだ。戦いへの関与は避けられなかった。 作戦はこうだ。まず「ジャコビニの幽霊船」がジェロームポリスに近づき、周辺海域に霧を発生させる。 霧にまぎれ、ジェロームポリスに上陸したロストナンバーが騒ぎを起こし、都市に混乱を招く。その隙に、複数のゲリラ部隊が都市内に散る。ジェロームの軍団は、当人の絶対的なカリスマ性のもと、「鋼鉄将軍」と呼ばれる直属の指揮官によって統率されているという。この指揮官たちを討ち取ることができれば、軍団は自然と崩壊してゆくだろう。逆に、かれらが存命であれば、ジェロームポリスを失っても、残党が再び組織されるおそれがあるため、指揮官を倒すことは重要な意味を持っていた。 この作戦はジェロームポリスが同盟の海上都市に近づく前の海域で行われる。 静かな海に霧が満ちるとき――ブルーインブルーの歴史の1頁が、書き換えられるのだ。 ※ ※ ※ 君たちが扉を開けると渦巻いた白い冷気がゆっくりと広がり、足元を通り抜けていく。今まで通り抜けてきた通路とは違い、天井や壁に張り付いた氷や、廊下の隅にある雪が輝く通路を見て、君たちは眩しさに目を細める。 日和坂綾の行方を追ってブルーインブルーへ向かった特命派遣隊よりもずっと前、前館長エドマンド・エルトダウンの行方を追っていた時にも、第一次ブルーインブルー特命派遣隊がここ軍艦都市ジェロームポリスに突入している。その時に手に入れた情報や地図を元に、君たちは一つの目的を共有しここまでやってきた。 日和坂綾を助ける事も、ジェローム達を捕まえる事も重要だが、まず第一にこの軍艦都市ジェロームポリスの進軍を止めるべきだと思った君たちは動力機関を停止させる事、そして、古代文明の燃料となる虹色の貝殻を奪取する事が必要だと考えた。しかし、古代文明を利用したジェロームポリスといえど動力機関は石炭燃料で稼働しており、一つの都市と変わらぬ大きさを誇るジェロームポリスを動かすのに必要な熱量は膨大な為、動力機関はいくつもある。そこで君たちは、動力機関を直接叩くのではなく、間接的に動力機関を停止させる事、すなわち、冷却機関を破壊する事にした。都市全体に張り巡らされた冷却水を送る装置の大元である冷却機関はそう多くない。恐らく、冷却室も兼ねて食料と虹色の貝殻も保管されているはずだ。燃料になるとはいえ、所詮は貝。大量に保管するとなれば、食品と同じ扱いだろう。 肌寒さを感じる廊下は進むにつれ吐く息の白さが際立つ。頬や鼻にちりちりとした痛みがし始め、廊下の先に人影が見え、君たちは足を止める。己の背丈よりも大きな武器を手に、こちらに背を向けて佇む黒髪の男、その左右には海賊達が綺麗に並び弩を構えていた。しかし、君たちに気がついているはずの海賊たちは一向に攻撃をしてこない。罠だろうか。そうだったとしても今更他の道を探している時間はない。 君たちは慎重に歩を進め、氷に覆われた広場へと足を踏み入れる。左右には廊下があり、右手の廊下は扉らしきものが見え、左手は檻扉に阻まれた階段が見えた。当然、どちらも鍵がかかっているだろう。左右の通路より奥に行くにつれ、壁を覆う氷の厚みが増していき、前方の壁は完全に氷に覆われている。臨戦態勢の海賊たちは鋭い視線を君たちに向け続け、凍った壁に近寄らせるつもりは無い様だが、目的地への扉は彼らの背後にある。見えなくとも、氷に覆われ隠されようともここで彼らが待ち伏せていた事が、この先が冷却室だと知らせている。 様子を伺っていると男の持つ武器がジジ、バチと白い火花を散らしている事に気がついた。180はあるだろう男の背丈よりも長く、槍の穂先に斧頭、その反対側には鍵爪のような突起。つるりとした鉄板に包まれた形状に惑わされたが、武器はハルバード、それも石突きを爪付きメイスにした攻撃特化型だ。「来ると思っていたぞ、ジャンクヘヴンの傭兵」 瞬間、男は武器を振り上げ前方の壁に向かって叩きつける。ひゅぉう、と肌を切り裂くような冷気が君たちに向かって吹いてくる。爆発とは違う白煙が辺りに広がり漂う中パキパキと音を立てて壁に氷が広がっていく。その一撃で、この部屋を覆う氷は全て彼の仕業だと、誰もが察した。今のブルーインブルーの技術では到底作れない筈の武器は、沈没大陸の技術を研究者に復旧させたものだろう。そして、そんな貴重な武器を所持している男は、鋼鉄将軍の一人に違いない。 振り向き様ハルバードを一閃し辺りの靄をかき消すと、氷に突き立てる。ジジ、と小さな火花を散らすハルバードが、男の顔についた傷を照らす。男の後ろ、分厚い氷の中に鉄の皇帝の海賊旗に誰かが小さく息を飲んだ。扉を塞ぐように氷の中に閉じ込められた海賊旗、それはまるで、死者を海へと還す棺桶のようだった。「あの小娘同様、お前たちには色々世話になったものだ。ジェローム様に暴言を吐き、製造工場での妨害、メイリウムの学者含め約二百人を連れジェロームポリスの一部を奪取しての大脱走、石版や古代文明の資料……。そして、海賊旗を全て燃やし尽くすという宣戦布告……!」 男の感情に反応するかのようにバヂヂ、と火花が散る。 君は覚えているだろうか。それとも読んでいないだろうか。捕われている日和坂綾が、ジェロームの海賊旗を燃やした報告書に書かれていたジェロームの部下の事を。黒髪に、顔の傷のある男の事を、知っているだろうか。「捕虜は一人いれば十分だ。生きて帰れると思うな。ジャンクヘヴンの傭兵」 ハルバードを持つ手に力が入りバキバキと氷が鳴ると、その場にいる海賊達も弩を構えなおす。頭上からカンカンと遠い音が聞こえるあたり、見えない場所にも海賊は潜んでいそうだ。 当たり前か。ここは、彼らの拠点。彼らの方が有利。どんな罠があってもおかしくない。「鋼鉄将軍が一人、『氷雷の獅子』レオニダス・アラギル。参るッ!」 ※ ※ ※ !注意!イベントシナリオ群『決戦!ジェロームポリス』は同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによる『決戦!ジェロームポリス』シナリオ、およびパーティシナリオ『【決戦!ジェロームポリス】軍艦都市炎上』への複数参加(抽選へのエントリー含む)はご遠慮下さい。●特別ルールイベントシナリオ群『決戦!ジェロームポリス』において、1つの通常シナリオの参加者は1つのチームとして行動するものとします。通常シナリオでは、各チーム(各シナリオ)ごとに、1人の敵指揮官と戦います。登場する将軍についての情報はオープニングを参照して下さい。なお、全シナリオのうち1チームのみ、全軍を統率する“鉄の皇帝”ジェロームその人とまみえるチャンスがあります。ジェローム団の首魁、列強海賊最強の男と戦う誉れを狙う方は参加決定後、3月31日10:00までに、プレイングを編集して「ジェロームにたどりつくための手段」を書くようにして下さい。4月1日23:00までに事務局が「全シナリオ参加者のプレイング内容」を確認したうえ、もっとも妥当なプレイングを書いていた人のいるチームが、ジェロームに遭遇したと判定します。※3月31日10:00~4月1日23:00まで、プレイング編集はご遠慮下さい。キャラクターシートの内容は参照しません。※ジェロームに遭遇した場合、当該シナリオ参加者には告知されます。告知のなかった場合、シナリオ中でジェロームには会えません。★おしらせ★判定の結果、このシナリオに参加したチームが、ジェロームと遭遇する可能性があります。鋼鉄将軍を撃破できた場合、ジェロームに相対することになりますので、そのためのプレイングもご準備下さい。(現在の、ジェロームに会うためのプレイングは消していただいて結構です)
はぁ、と一息吐けばふわふわの綿飴が一つ増える。そんな可愛らしい出来事とは程遠い光景がそこにはあった。ちりちりと肌を刺すような冷たさの中、ジャンクヘヴンの傭兵達と鋼鉄将軍とその部下達は睨み合う。ゆるゆると広がり、薄まっては消えていく吐息は絶える事がない。ヂヂ、ばちと小さな火花を散らすハルバードの音だけがする。 動き出す兆候は、何もなかった。誰一人微動だにせず、にらみ合っていた最中、急激な動きを見せたのはレオニダスだった。殺気、気配、それとも僅かな影の動きか。レオニダスが何を察したのかなど確認のしようのない事だが、長い間戦いの中に身を投じて来た彼の行動は、条件反射とも言えよう。危険を感じた瞬間、レオニダスは無意識のうちに自身の武器を持ち上げ、上空から襲いかかるハーデのナイフを防いだ。小さな短刀と大きなハルバードがせめぎ合い、金属のぶつかり合う音は開戦の合図となった。 弩を構えていた海賊達は一斉に構えていた矢を放つ。矢を放った海賊が立ち上がると、その足元には既に膝を付き、弩を構える海賊がいた。弩は矢を装填するのに時間がかかる為、横に広がっていた弩部隊は縦にも列をなし、すぐに放てるよう装填した状態で待機しているのだ。矢を放った海賊は敵を見据えたまま後方へと移動し、身を低くしてから矢を装填する。流れるように、無駄な動きの一切ない彼らの行動は素早く正確だ。放たれ続ける矢は横殴りの雨の様に、傭兵達へまっすぐに飛んでいく。しかし、多くの海賊が放つ矢の殆どは二人の男によって塞がれる。 両手にサブマシンガンを持つ古城はグリップで繋がった二丁のサブマシンガンを器用に使い分ける。交互にトリガーを引き弾切れさせる事なく適当に乱射し続けて、矢を打ち砕く。狙いなど定めなくとも数撃ちゃ当たるという戦法は、勿論いくつかの矢を落とし損ねる。銃弾の壁を通り抜けた幸運の矢はコタロの放つ、たった一枚の紙切れに全て燃やし尽くされる。どんなに矢の数が多くとも所詮は手動装填。数もサブマシンガンとは比べものにならず、まして見たこともない攻撃で矢を燃やされては焼け石に水だ。 弩と矢筒を放り投げた数人の海賊達は雄叫びを上げ、剣を片手に向かってきた。 「ははッ、熱いねぇ。俺達を恨みてぇなら、今のうち好きなだけ恨んどけ。俺が、全部まとめてぶっ壊してやるよ」 サブマシンガンの銃口を上に向け、軽口を叩く古城へと襲いかかる海賊の前に柊が飛び出し、振り下ろされた剣を篭手で受け止めた。 「接近戦なら、俺とやろうよ」 どこか楽しそうな声でそう言うと、柊は足甲を海賊の脇腹に叩き込む。ごふっ、と苦しそうな声を漏らし身体から力が抜けた海賊の手首を掴み、ひねり上げて剣を手から落とす。からん、と剣の落ちる音が聞こえた頃には海賊が一人、地面に転がっていた。 期せずして柊が古城の壁になると、古城はヘッドホンから流れるクラシックに耳を傾ける。あてもなく銃弾を放ち、飛んでくる矢や氷塊を適当に壊していると、天井から人が落ちてくる。身動き一つしない海賊を見た古城は顔を上げると、ほぼ垂直の壁面、氷に覆われていない場所に少しだけある出っ張りを足がかりに、コタロが壁に張り付いている姿を見つけ、古城は口笛を鳴らす。分厚い氷に覆われた色のない無機質な壁面はコタロの存在により壁や天井の距離感がはっきりとわかる。 改めてフロアを見渡すと天井は高く、ビルにして三階ほどだろうか。天井らしき物は見当たらず暗闇の中に剥き出しのパイプと、走り回る人影が見えた。古城が天井を見上げていると視界を数本の矢が横切る。その矢はコタロに向うが彼は頼りない足場を物ともせず矢を避け、蛇行しながらも上へ上へと飛び、足場がしっかりした場所を見つけると片手でボウガンを放つ。コタロがボウガンを放つ度に上空からボロボロと急所を打ち抜かれた海賊が落ちる。よくよく目を凝らしてみれば壁は途中で途切れ、天井と壁の間に空間があるようだ。古城が壁を登り切るコタロを見上げていると、暫くして上から海賊が一人落ちてきた。それが最後だったのか、コタロのボウガンの先端が見えると、古城の背後から敵の悲鳴が聞こえだす。敵の援護射撃場所を奪い利用するコタロの行動に古城が楽しそうに笑い声を上げた。 味方がいるはずの場所から攻撃され、海賊の動きも慌ただしくなる。コタロのいる場所を取り返そうとせずとも、無人の場所に人を送り込めばまだ援護射撃は続行できる、そう判断したのだろう。バタバタと動き周り、古城と柊に向けて弩を構えている海賊の後ろで数人がコタロへと狙いを定める間、数人が両脇にある通路へと消えていった。 壁の上に人影が見えると、古城は左手のサブマシンガンの乱射先を空洞へと向ける。目の前にいる相手には一丁あれば十分だ。壁の上に向ける銃弾も威嚇になれば、当てる必要はない。不規則に絶えず攻撃される場所から狙うくらいなら、あの場所を放棄し目の前に戻ってくるだろう。 とはいえ、既に一つの問題が発生している。コタロと違い、海賊たちは壁の上へ向かうのにこの場所を離れ――両脇にある通路を使用した。ならば、当然、別の通路へもいけるはずだ。 「援軍が来る前に終わらせてぇよなァ」 古城がそう呟き、同じ事を危惧していたコタロも揃ってレオニダスと剣を交え続けているハーデを見た。 身体を軸にし円弧を描くように振り回されるハルバードを避けながらハーデはレオニダスに向けて何ども短剣を突きつける。幾度も刃を交えた二人の身体には小さな切り傷が至るところについていた。獲物が大きいため動きは察しやすいが、縦横無尽に振り回すハルバードは徐々に勢いを増し、視界を奪われる程の風圧も追加される。大きさや重さを感じさせないハルバードの動きは凄まじく、一瞬の隙が命取りになる攻防が続き、絶え間なく互いの刃を防ぎ弾く音が鳴り続ける。 地面に叩きつけられ勢いをなくしたハルバードを踏み台にし、ハーデはレオニダスとの距離を詰める。武器の上を駆け抜け、僅かに、レオニダスの腕が引かれるのを見たハーデは短剣に光の刃を纏わせ、瞬時にその場から移動する。しかし、レオニダスの死角へと瞬間移動したつもりが、何故か微妙にずれた位置に移動してしまう。方々に放たれる雷撃のいくつかがハーデに迫り、光の刃で切りつけ霧散させる。 ――まただ……。いったい、どうなっている?―― レオニダスとの攻防を始めてからというもの、ハーデは自分の身体に違和感を感じていた。はじめは些細な、勘違いかと思う程度の軽い違和感だったが、戦いを続けるにつれその違和感ははっきりとしだし、今では確固たる異常として認識できている。 視界が鮮明になりすぎたり、光の刃の出現タイミングがずれたり、物体移動では引き寄せようとした物とは違う物が手元にあり、今のように瞬間移動の行き先がずれていたりするのだ。面倒なのはこれらの症状が常に起きているのではなく状態にもムラがある事だ。発生条件もわからず規則性も見当たらない。どの異常が起きるのかすら検討もつかない。故に、ハーデが行動を起こし異常が認識できて初めて、おかしい事に気がつける。 ――この、大事な時に……―― レオニダスのハルバードは氷雷を発生させる巨大な装置の他、柄の部分には手を護る手甲がついている。加えてレオニダスはガントレットも装着しており、手元をはっきりと見ることはできないが、ハーデはレオニダスの僅かな動きからハルバードから放たれる氷と雷の発動条件を見極めた。腕を手前に引いたら雷が、腕を捻れば氷塊が噴射され、戦斧を叩きつければ辺り一面に氷が広がる。これにのみ威力に差異があり場合によっては地面から突き出す氷も出現した。敵の攻撃方法がわかった今、攻撃を先読みし避けることは容易いが、ハーデはそこから先へ踏み込めずにいる。 これはレオニダスも同じだ。一瞬で消え、どこに現れるかわからない移動も、今まで傷一つ付いた事のない古代遺産の武器を欠けさせた光る刃も知った今、ハーデの動きに注意すればいい。使われなければ、いつもどおり戦えばいいだけだ。だというのに、移動と武器がない今ですら、ハーデの動きを捉えきれず手応えのある一撃をくらわせられずにいる。 二人の攻防は息をつく暇もなく、自分自身のタイミングすらまともに合わせられないハーデにはレオニダスから距離を取るのも難しい。ハーデに狙いを定めている弩部隊は隙あらば、たとえハーデがレオニダスの側にいたとしても矢を放ってくる。中途半端な場所に移動すれば瞬時に矢が放たれ、万が一、ハーデが誰かの側に転移してしまった場合、負わなくてもいい怪我を他の人にまで負わせてしまう事になる。特にこの戦いが始まってからずっと、壁際で佇んでいるグレイズの側に行ってしまったら目も当てられない。グレイズは右腕に氷を纏わせ、自分に向かってくる矢や氷塊は切り落としているが、積極的に戦いに参加せず、そんなグレイズを驚異だと思えないからか、海賊たちも彼に向けて攻撃をしかける素振りは見えない。 ひゅぉ、と足元から冷たい空気が吹き上げ、ハーデは顔の前で両腕を交差させ後方へ飛び退くと、ブーツの先をかすめ石突の爪が氷に刺さり罅を入れる。 腕の筋肉が動いたら、来る。雷撃も氷塊も光の刃に切れぬものはない、しかし、光の刃には使用時間の制限がある。タイミングがずれた事でどれだけ無駄に発動したのか、もはやわからない。 ――何か、何か突破口はないか―― その瞬間、ゴォゥと頭上で音がし辺りが赤く染まる。髪の毛や頬に熱さを感じながら、誰もが顔を見上げると濁流が渦巻くような炎が燃え盛っていた。突如現れた炎は広がる氷を溶かし、水滴を蒸発させる。瞬く間に霧が広がり辺りはまるでミストサウナの様にべたべたと身体にまとわりつき、視界を悪くする。 どこからともなく飛んでくる矢と銃弾に撃たれ海賊達は声を上げて倒れていく。周囲が見えない事が急速に不安をかきたて、霧を毒ガスの類ではないのかと悲鳴にも似た声が上がると、レオニダスの怒号が飛んだ。落ち着き、近くの者と互いの背を合わせて身を守れと叫ぶ。部下に指示をだしながらも、視界を少しでも確保しハーデがどこから攻撃してきてもわかるようハルバードを振り回す。その姿を、壁の上から霧に狼狽える海賊たちをボウガンで射抜くコタロだけがはっきりと見据えていた。姿のはっきりとわかる海賊が見えなくなり、コタロのボウガンがレオニダスに標準をあわせると、霧の中に二つの光が灯る。ハーデだ。 このチャンスを、ハーデは見逃さなかった。 多少場所がずれたとしても構わない。発動が遅れるのなら、出してから斬りつければいい。両手の短剣に光の刃を宿したハーデは部屋の奥、氷に包まれた海賊旗へと駆け抜けると、分厚い氷に覆われた冷却室への扉を斬り開く。 封鎖されていた扉に亀裂が入り、新しい風が入り込むと霧の流れが変わる。レオニダスは足元を切り裂くように流れる風の流れを見た瞬間、駆け出していた。視界が悪くても冷却室の扉がどこにあるかはわかる。そこに、あるはずのない光の筋を二つ見つけレオニダスはハルバードを大きく振り上げた。 少しばかり遠くとも、攻撃さえすれば扉から離れる。まだ、海賊旗を斬られるわけには、冷却室に侵入されるのも早い。振り上げたハルバードを地面に向けて戦斧を叩きつけようとするが、視界に矢が飛んでくるのが見えたレオニダスは手早くハルバードを持ち直し軌道を変え、矢を叩き落としてしまう。向きの変わったハルバードは遠心力が働き元の位置に戻すのにも、動きを止めて構えなおすにも余計な時間がかかる。ゴトン、と氷の扉が倒れ、ぽっかりと開いた穴にグレイズと古城が消えていくのを見たレオニダスは低い雄叫びを上げ、再度ハルバードを構えながら駆け出した。ゴロゴロと転がる氷が反射する中に見慣れた海賊旗の模様を見つけ、レオニダスの声がまた大きく轟く。 扉の側に立つすハーデめがけハルバードを振り下ろす。刃も下から突き上げる氷柱をも避けたハーデは輝きを失った短剣を振りかざす。怒りからか、先程よりスピードはあるがおお振りの攻撃を繰り出すレオニダスにハーデが声をかける。 「旗は風と共に靡くもの。旗を凍らせた時にお前の死は定まっていた」 レオニダスがハーデの顔を睨みつけると、彼女の後ろを駆け抜けるコタロが見え、ぎちと音が聞こえる程ハルバードを握る手に力が入る。 「自分の望みに従ってここで果てるがいい、海賊!」 「面白い事を言う……。それは、お前の望みだろう、傭兵!」 「何を、馬鹿な事を!」 「知っているぞ、お前のようなやつを、よく知っている。戦いに生き、戦場に生き、それ以外に生きる術を知らぬ者だ!」 霧が晴れ、辺に海賊達の屍が広がる中ハーデとレオニダスの刃は音を立て合う。 「海賊になればいいだろう! 毎日が戦場だ! 殺して、狙われて、いつまでも戦うがいい!」 「誰が、海賊になど!」 「何を拒む、何が違う!」 振り下ろされた戦斧を避けたせいで冷却室への扉が半分ほど氷に塞がれてしまい、ハーデは小さく舌打ちする。 「戦いの中にいなければ生きていけないのだろう!? 美しいものを求め綺麗事を言ったところで、お前たち自身は何も変らぬ! 傭兵も海賊も軍人も、ただの呼称だ!」 ギィン、と音が鳴り、下から振り上げたハルバードに短剣が一つ弾き飛ばされた。 頭上で回転するハルバードを横目にハーデは冷却室への扉を確認する。自分めがけて戦斧は振り下ろされる。避けないと当たる、しかし、避けたら冷却室への道を塞がれてしまう。 「我らの望みはただ一つ、ジェローム様の命令に従う事! ジェローム様がブルーインブルーを支配するのなら、この命など惜しくはない! そこに我らは居なくても構わぬ! ……だが!」 避けるか否か、冷却室に三人が向かった今、自分は目の前の敵を倒すべきだと、ハーデは瞬時に考え、答えを導きだした。しかし、この、一瞬の迷いがハーデに不運を呼んだ。 「それはここで果てる事ではない! 戦いの最中! 今この瞬間! 戦場で! 死にたいのはお前だろう、傭兵!」 ハルバードが振り下ろされた瞬間、ハーデは瞬間移動をしていた。しかし、彼女が移動したのは目と鼻の先、ハルバードの目の前だった。地面から突き上げる氷柱に腹部を突き上げられる最中、驚いた顔のレオニダスとハーデが顔を見合わせたが、レオニダスの追撃は止まらない。ハルバードを持ち上げ身体が浮き上がったハーデに槍先を突き刺すと腕を捻り、身体へと引く。ハルバードは雷撃と氷塊を同時に発しハーデを空高く放り投げた。雷の様に鋭く、辺に広がり突き進む氷はまさに、氷雷。 石突を地面に刺しハルバードを立てたレオニダスは再度氷に塞がれた扉から遠くに横たわるハーデを、そして、ずっとそこにいた柊へと視線を移す。 「……お前もまた、戦場にしか生きられない者か?」 「んー、違うんじゃないかな。家族もいるし、趣味もあるし、ちゃんと帰りたいって思う場所もあるよ。……ただ」 腰を落とし、柊が構えを取る。手甲と足甲についた青い宝石がきらりと輝いた。 「俺は目の前にいる強そうな相手と戦えればそれでオッケー」 「……お前も、海賊に向いている様だ」 名の通り冷却室は隣のフロアより格段に寒く、薄暗かった。普通に呼吸をするだけで鼻や喉の奥がツンとし、凍りつくのではと思うくらいだ。 室内は隣のフロアと同じ位の高さに天井があり、むき出しのパイプが沢山見えた。ごうんごうんと動く大きな機械を眺め、散乱する食料品と壊れた木箱を横目にコタロが奥へ進むと、古城が銃を乱射し敵対意志のある海賊を片付けていた。古城の周りには壊れた木箱と中に入っていたのだろう食料品が沢山散らばっている。稼働している機械も見上げる程大きいが、冷却室に入ってから――結構散らかっていたが、積み上げられた木箱は沢山あった。冷却室の規模や機械の大きさから管理室の数と、ほかの部屋に続く道はどれくらいあるだろうかと考えていると 「あれ、こっち来たんだ」 と、不思議そうな声をかけられた。急に話しかけられ、コタロが戸惑っているのも気にせず古城は言葉を続ける。 「てっきり、レオニダスを先に倒すのを優先すると思ってたからよ? こっちきたのもびっくりだけど、戻らないのもちょっとびっくりだぜ」 「あ……、あぁ、それ、か。元々、任務は冷却室の破壊。鋼鉄将軍はであったら倒せ、だ。何より……、この作戦は奇襲、時間との勝負……」 「奇襲? あー、あーあー。そっかそっか。そうなるのか。そういやおまえ、ジェローム側か。ちょっとおまえの考えきかせてくれねぇ?」 「え、……え?」 マフラーを指先で摘み、口元を隠すような仕草をするコタロをよそに、古城はぺらぺらと喋り続ける。 「いやな、おまえ軍人なんだろ? 俺は、まぁテロリスト? ギャング? そっち側でさ、こう、一箇所の拠点を護るってしねぇんだよ。ボスだけ守って、拠点はあっちこっち動く。だからジェロームがどう考えてどう動くのか、サッパリわかんねぇんだよ。その点おまえはジェロームと同じ……この場所を護る思考回路がわかるんだろ?」 「あ……あぁ、そういう、事、か」 ジェローム側と言われ、一瞬、裏切り者だと言われたのかと体を強ばらせたコタロだが、古城が任務について聞いていると理解し、心の底からホッとした声を漏らす。とはいえ、話すことが苦手なコタロは何を説明していいのかわからず、言葉を詰まらせる。 「なんだ、説明苦手か? 俺が聞きたい事を聞くぜ? んーーと、あ、ジェロームがどこにいると思うんだ?」 「……パ、レス」 「即答かよ。なんでだ?」 「基本、最高指揮官は、戦場には居ないと判断。居るのならば、戦火の及ばぬ……離れ。じぇ、ジェロームの指揮能力が、優れていれば、尚更。鋼鉄将軍も、いる、己の本陣で、自ら戦場へ赴く様な、愚を犯しは、しない……筈。ま、また、今回の上陸作戦、は、相手にとっては不測の事態。これを考慮し、当人の生活域から、然程、離れていないと、推察……される」 「おー。それで奇襲、か。んじゃ、パレスへはどう行く?」 「え……こ、ここから」 「ココって、冷却室だぜ?」 古城が首を傾げると、コタロは首を竦め落ち着きなく視線を泳がせる。 「え……ええとだ、な。見てのとおり、冷却室は食糧保存庫を、兼ねており、厨房が、近くにある筈だ。第一次派遣隊の情報から、厨房と、パレスは、ジェロームポリス内で……同じ、中枢部区域に存在する。故に……冷却室とパレスは然程離れては、いないと……判断」 「だが、今はあっちこっちでドンパチやってるんだぜ。近いとはいえ、どうやってパレスに行く?」 口元を歪め不敵な笑みを浮かべ古城がコタロを見ると、コタロはすっと人差し指を突き出す。誘われるように古城が指し示す方向、天井を見上げると大小様々な剥き出しのパイプが絡み合っていた。 「これも、第一次派遣隊の情報から……だが、ジェロームポリス内部は、あの様な、剥き出しのパイプが多くあり、ここの……冷却室のパイプは、ほぼ確実に、パレスへ、繋がっている……筈」 だんだんと小さく、自信なさげに言う声を聞きながら、古城はついさっきコタロが身体一つで壁を登って行ったのを思い出す。 「なる、ほ、ど。なるほどなるほど。つまり、おまえなら……コタロなら行けるってわけだ……」 にまにまと笑い、古城はじっとコタロを見るとこう続けた。 「言い方を変えると、コタロじゃなくちゃぁ行けねぇって事だよなァ?」 「は……あ、いや。自分……」 自分以外にも行ける人はいるだろう、むしろもっと適任の人がいるんじゃと続けようとしたが、早い段階で古城の言葉に遮られる。 「ちょぉおっと、頼みがあるんだ」 陽気な口調とは裏腹に鋭い視線を向けてきた古城にコタロは言葉を飲み込む。少し間を開け、おどおどとした雰囲気が薄れたコタロの青い瞳が鈍く光る。 「……それは、任務に関係している事か?」 「もちろんだ」 中身を示しているのだろう木箱のマークや絵柄を確認しながらグレイズは手当たり次第に木箱を開け、中身を確認していった。隣のフロアでは飛んでくる矢や氷塊は右手に纏った氷の剣で壊していたグレイズだが、積極的に戦いに赴かなかったせいか、海賊達が向かってくる事はなかった。喧嘩っ早い性格ではあるが、死に急いでいるわけではないグレイズは戦わなくて済むのなら都合が良いと高みの見物を決め込み、冷却室にはちゃっかり一番乗りで侵入した。いつもは裸足で歩いている彼だが、いくら氷を操れ寒さに強いとはいえキンキンに冷えた氷の上を裸足で歩く気にはなれず、氷の魔法で作った靴を履いている。今は適当に木箱を壊し、ここに保管されているという貝殻を探している。大事な物らしいその貝殻をちょろまかそうと探しているが、幾つ木箱を開けてもそれらしいものが見つからず、ちっと舌打ちを鳴らす。 単純作業を繰り返しているとふいに、海賊たちは自分が子供だったから見逃したのだろうかと思いつく。ガキだから放っておいても構わない、どうせ戦えないと思われたのだろうかと次々考えが湧きだし、馬鹿にされたかという思いがふつふつと湧き出してきたグレイズは目の前にある木箱を思いっきり蹴飛ばした。中には何も入っていなかったのか、木箱はつーーーと氷の上を滑り、ゴン、と丸窓のついた扉にぶつかった。びっしりとついた霜を削り、窓から部屋を覗き込むと、中にも木箱が山積みにされていた。水の入った桶や芋の入った籠と小さなナイフがいくつか見える。奥の方に階段も見えるが部屋に人は見当たらない。 「厨房? いや、食材の下処理場、か?」 グレイズが扉に手を伸ばすが、しっかりと鍵がかかっている扉はビクともせずちっと舌打ちをする。 「面倒くせぇな」 呟きながら、グレイズは鍵穴に合わせ氷で鍵を複製すると扉の鍵をあっさりと開けてしまう。ゆっくりと、音を立てないように扉を開け、窓からは見えなかった場所に人がいない事を確認してやっと、グレイズは安心して部屋の中へと入る。冷却室から入ったせいか暖かく感じる部屋はやはり、料理に使う食材のした処理をする部屋のようだ。皮むき様だろうナイフを手に取り、木箱の蓋をよけると良い香りのする果実を見つけ、グレイズはひょいと果実を取ると一口齧ってみた。が、香りとは裏腹に味のない、ただ水っぽいだけの果実で、ぷっと吐き出してしまう。 「ちっ、生じゃ食えねぇのかよ」 ドザごろごろ、と音がして振り返ると籠と芋が転がり、階段に料理人らしき男がぽかんとした顔で立ち尽くしている。忌々しそうにグレイズは舌打ちし、手に持っていた果実を男に投げつけ、同時に男へと駆け寄った。適当に投げた果実が壁にぶつかり果汁を飛散させると、男がひっと悲鳴を上げて身を縮こませる。戦闘経験などないのだろう、怯えきった男にグレイズはナイフを突きつけた。 「た、助けてくれ……」 「貝殻はどこだ」 「か……かいが、ら? あ、あぁ。燃料の、貝殻か?」 「燃料?」 グレイズの眉間に皺がより不機嫌そうな顔が一層険しくなると、男は小さな声で慌てて喋り続ける。 「そこ、れ、れれれ冷却室の、機械を動かす、貝殻だろッ? 虹色の! それなら、奥、おくにある。木箱に赤い丸がついているから、すぐ、わかる」 突きつけられたナイフを凝視する男はほんの少しだけ顔を動かし、グレイズが通ってきた扉を示す。 ちっと舌打ちしたグレイズはナイフで男のエプロンを切り裂きロープの代わりにして男の身体を縛りつけた。自分を殺すつもりで向かってくる相手ならまだしも、抵抗する意思のない奴を殺し、海賊に目をつけられてはたまったものではない。料理以外したことのなさそうな男を転がし、冷却室へ戻るとグレイズは赤い丸のついた木箱を探しながら奥へと足を進める。ごうん、ごうんと機械の音が大きくなるのに合わせ、壁や床の氷が無くなってきた。 冷却室の中だという事を忘れそうな熱を感じる機械の傍で、グレイズはやっと赤い丸のついた木箱を見つけた。蓋を開けると大きさの不揃いな虹色の貝殻が一杯詰まっており、グレイズは貝殻を適当に掴み取るとポケットにしまい込む。燃料だというこの貝殻をどう使うのか、いまいちはっきりしないグレイズはここに置いてあるという事はこの機械に使っているんだろうと考え、機械の辺りを調べだす。 幾つかの書類やメモ書きを見つけ、内容を確認したグレイズはまた舌打ちをする。大切な貝殻らしいと聞き、てっきり食べたら強くなれるとか、高く売れるとかを期待していたのだが、先程聞いたまま、虹色の貝殻はただの燃料、機械を動かす為のガソリンや灯油みたいなものだった。 側に立つとじっとりと汗をかきそうな程の熱量を発している機械は、冷却装置の動力源らしい。持っていてもしょうがないかとは思うが手ぶらで帰るのも悔し気がし、いつか何かの役に立つだろうとグレイズは虹色の貝殻をそのまま持って帰る事にした。 カンカン、と頭上から金属を叩くような音が聞こえグレイズが上を見上げると、大きなパイプについた階段を古城が降りてきた。 「お、丁度良かったぜ。おまえの用事は済んだか? そろそろブッこわすから巻き込まれない様に逃げたほうがいいぜ?」 逃げろ、と言われグレイズが舌打ちすると、腹の底に響くような轟音がし爆風に煽られる。キーンと耳を劈く音がいつまでも残る。すぐ傍で爆発が起きた事に驚き、グレイズが足を止めていると今度は遠くで爆発音が聞こえだす。あちこちでボン、ボボンと音が聞こえ、ゆらゆらとした振動を感じるあたり、本当に派手に爆発させているようだ。 巻き込まれないように逃げろとは言われたが、どこに爆発物があり、いつ爆発するのかもわからない状態ではどうしようもい。仕方なく古城の後をついて歩くと、そういえばもう一人いた事を思い出し、グレイズが辺りをキョロキョロと見渡すがあるのは散乱した木箱と食料くらいだ。 「コタロならちょっとお使い頼んだぜ」 古城が楽しそうに言うと、グレイズは返事代わりに舌打ちをする。別に聞いてねぇよ、と言いたげに古城を睨みつけるが、楽しそうに破壊を続ける姿にグレイズはまた、舌打ちをする。 ――気に入らねぇな、この男 派手に爆発する割には、あまり壊れていない冷却室。銃を乱射していた割に死体が少なかったフロア。爆発させる事ができるのなら、その爆発なり射撃なりであのめんどくせぇ鋼鉄将軍とやらを仕留めればいいものを、この男はそれをしなかった。グレイズのようにたかみの見物をしていたわけではない。戦いに参加している風を装い、その実、何もしていなかったようなものだ。何かを企み周りを利用する。それが、グレイズは堪らなく気に入らない。 グレイズは飢えた野犬のような視線を古城にぶつけるが、相手はこちらを気にもせず、石ころでサッカーをする少年のように、木箱や破片を足で蹴り飛ばす。氷の上をつーーーと滑り古城に蹴られた木箱はゴン、ゴゴンと音を立てて塞がれた入口の前に溜まっていく。 なにするんだとグレイズが見ていると、古城は手を拳銃の形にし木箱に狙いを定める。 「BANG」 呟き、拳銃をかたどった手が本当に撃ったかの様に動かされると、木箱が爆発し氷の壁が破壊された。 目の前に立つ男を見据えたまま、柊は両手を膝に置き乱れた呼吸を整えようとしている。ハルバードを真っ直ぐに立てたレオニダスもまた、遠目に見ても呼吸が荒いのが解るほど肩を揺らし、時折咳き込んでいる。 「いやぁ、まいったね」 発する言葉とは違い柊の口調は柔らかく、顔も笑顔を浮べている。 強い奴と戦いたかった柊は、レオニダスとの手合わせが楽しくてしょうがなかった。ハルバードと戦うのははじめてだし、こちらを殺す気でかかってくる人と戦う事など、滅多にできる事じゃない。霧が発生してから数がぐんとへった彼の部下は手合わせしている間、弩も構えず事の成り行きを見守っている。誰にも邪魔されず、心おきなく戦え、幸いにもハルバードの刃はハーデとやりあった為切れ味が悪く、斬る事ができなくなっている。斬るよりも叩きつけ、抉るのが主な攻撃になっていたが、柊もそこまで深く攻撃を受けるような事はない。 殺す気でかかってくる以上、柊も殺す気でやりあってはいるが、本気で殺すつもりはない。柊はまだ、人殺しにはなりたくないのだ。よって、必然的に柊の狙いはレオニダスよりも彼の武器、ハルバードになる。ハーデの負わせた傷と消耗した体力の事を考えても、柊が優位だった、のだが、ギアの効果を試した結果、想像以上に体力を奪われてしまい今では五分五分、といったところだ。 「ぶっつけ本番で、やっちゃだめだね」 気を放つ、という攻撃方法を始めてやってみた柊は、最初こそうまく扱えなかった。しかし、実践の中で何ども使ううちにコツを掴み、元々バトルセンスのよい柊はあっというまに気を放つ攻撃方法を自分のものにした。だが、一撃を喰らう度、相手に拳を叩き込む度にもっと強くなりたいと柊は思いギアの効果が上がり、放つ気も増える。拳に気を纏わせるのとは違い、実体化させて放った気はその分消耗した。 「二、三回……いや、あと一撃でっかいのを当てたら壊れそうなんだけどなぁ」 「さっきの言葉、撤回しよう」 レオニダスが声を張り上げて言う。柊は膝から手を離し身体を起こすと、まっすぐに立ち直った。 「海賊に向いている、というやつだ」 「そう? 残念……だ」 柊の声をかき消すように、ばたばたと新手の海賊たちがフロアに入ってきた。ざっと数えても、最初にこのフロアに入ったときと同じくらいの人数が柊に向けて弩を構える。 「……まいったね」 眉をひそめて笑い、あまり困っていなさそうに言う。こんな状況でも柊は強い奴と戦える事に胸を躍らせているのだ。柊が構えを取ると、ふら、と隣に人影が現れる。 「楽しそうだな、混ぜてもらってもいいか?」 傷口を抑えふらついた足取りのハーデが、言いながら一本の短剣を握り締める。 「おはよーう。これだけ人数いるし、ひとりくらい増えてもいいんじゃないかな?」 「それは、よかった」 ため息混じりにそう答えたハーデは鋭い視線でレオニダスを睨みつける。 「あれで生きている、か。これは、こちらも部が悪い」 目に見えて大きな傷を負っているのはハーデだけだが、柊もレオニダスも見えないところに深い傷を抱えている。満身創痍の三人が向き合い、いつ仕掛けようかと睨み合っていると爆発音と共に爆風が吹き混んだ。 「あれェ? まだ終わってなかった?」 茶化すように言うなり、古城はサブマシンガンを乱射して増援の弩部隊を蹴散らす。古城の行動に促される様にハーデと柊もレオニダスへと飛びかかる。一対一でも防ぐのが精一杯だったレオニダスは、柊とハーデのコンビネーションに翻弄され、実にあっさりとバランスを崩してしまう。柊が渾身の一撃をハルバードに叩き込むと機械の破片が散らばる。古代遺跡の機械が外れ、ただのハルバードとなった己の武器を、レオニダスは手早く持ち変え、渾身のフルスイングをする。 「その首、頂く!」 ハーデの短剣がレオニダスの首をかすめ、柊とハーデもまた、レオニダスのハルバードに吹き飛ばされていた。 <つづく>
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