オープニング

 ――日本・知床 某所。

 自然豊かな知床に、今日も観光客がやってくる。彼らは濃厚な自然の香りを胸いっぱいに吸い込みながら景色をたんのうしていた。……が。妙にでかい木が1本、どーんとたっていた。
 なんだろう、と不思議に思いながら見ていると、茂みががさがさと動き始める。
「おいっ、狐が……狐がたくさん走ってきているぞ! 」
 観光客の1人が叫び、騒然となる。が、その声は彼方此方であがる。よく見れば何十頭もの狐がこちらへとやって来ているではないか!!
「ど、どういうことなんだ……? 」
 別の観光客が言ったとおり、彼らは不思議な事に二足歩行だった。それに、妙にのりのりなダンスのステップで近づいてきていた。おまけに、どこからとも無く軽快な音楽が聞こえてくる。
 あっけにとられていると、狐達は隊列を整え、リズムに合わせて踊り出したではないか! しかも、なじみのある踊りのように思えた。
「なっ?! 狐が踊っているだと……!? 」
「まさか狐がこの民謡を踊るなんて」
「言うな! 笑いがこみ上げてくる! 」
 狐たちはどうだ、といわんばかりの輝かしい笑顔で踊り続ける。いつのまにか、夜行性であるはずのフクロウたちが掛け声をかけ、辺りはまるで祭のようだった。
 いつのまにか、観光客たちも一緒に踊り出していた。しかし、地獄のように続く踊りに耐え切れず、観光客たちはいつしか1人、また1人と笑い死にしていくのだった……。

 その惨劇を遠くで見ている者がいた。年は10歳かそこいらの愛らしい双子の女の子だった。大人しそうな少女はこれでよかったのだろうか、と不安げに見つめ、勝気そうな少女はこれでいいんだ、と小さく微笑む。そして、木製スマートフォンもどきにこう、打ち込む。

――知床にて、作戦成功。

*****

 予言された未来は、世界樹旅団によってもたらされる。
 世界司書が知った出来事はまだ不確定な未来だ。しかし、このままでは確実に訪れる出来事でもあるのだ。
 壱番世界各地の「世界遺産」をターゲットに、何組かの旅団のパーティーが襲来することが判明した。かれらは「世界樹の苗」と呼ばれる植物のようなものを植え付けることが任務のようだ。その苗木は急速に成長し、やがて、司書が予言したような惨劇を引き起こす。
 言うまでもなく……「世界樹の苗」とは、世界樹旅団を統べるという謎の存在「世界樹」の分体だ。
 だが、この作戦を事前に察知したことにより、世界図書館のロストナンバーたちは、苗木が植え付けられてすぐの頃に到着することができるだろう。周辺の壱番世界の人々を逃がす時間は十分に確保できるはずだ。
 むろんそのあとで、苗木は滅ぼさねばならない。苗木は吸い上げた壱番世界の『歴史』や『自然環境』の情報をもとに反撃してくるであろうし、旅団のツーリストも黙ってはいない。
 司書は、引き続き、戦うことになるはずの、敵について告げる。

*****

 集まったロストナンバーたちに、世界司書は『起こるかもしれない未来』を伝える。しかし、その内容が内容なだけに、彼らは笑いを必死に堪えている。
「……いや、ね? 確かに笑えるけど……、それでたくさんの人が死んでしまうかもしれないんだよ。お前さん達が世界樹の苗をどうにかしなきゃ、いけないのさ」
 身長60センチほどの妖精っぽい老婆が、テーブルに腰掛け、足をぷらぷらさせながら溜め息をつく。彼女は『導きの書』を開きながら言葉を続けた。
「お前さん達に向かってもらうのは、壱番世界の日本。北海道の知床だね。そこは自然豊かで、陸と海の食物連鎖が見ることが出来る貴重な自然遺産さね」
 しかし、世界樹旅団はそこへ世界樹の苗を植え、侵食しようと考えているのだ。因みに先程語られた未来は<第三段階>に達した時の事だという。
 だが、事前に察知できたというアドバンテージは大きい。幸い、観光客がやってくる時間までには充分時間がある。何かしらの手を打っておくことであの辺りに近づかないようになるだろう。
「今のうちに向かえば、実はなっていてもまだ中身が出ていない。これは、本当にいい事さね」
 老婆は愉快そうにからからと笑いながら『導きの書』を捲った。

 今回、知床へやってくる旅団ツーリストは双子。1人は大人しく、戦闘を好まない性格で、動物を操る事が出きる少女。もう1人は……なんというか、俗に言う『男の娘』で、2人ともキャンディポットと似た格好をしている、という。
「2人が持っている瓶の中身はワームじゃない。煙幕弾と催涙弾だからね。あと、弟の方は笛を奏でることで踊りを踊らせる能力を持っているよ」
 そこまでいうと、彼女は『導きの書』を捲る。そして、集まったロストナンバー達にそっと、こう言った。
「実を言うと、この2人。戦闘は得意ではない。おまけに元来踊る事が大好きだから、踊りや音楽で勝負して勝つ事が出来たら……撤退するかもしれないね。或いは、説得するか、だな」
 ただ、双子の姉は説得に応じる率が高いものの、弟の方は世界樹への忠誠も篤いため説得はちょっと難しいかもしれないそうだ。
 因みに、姉の方が動物を呼び、弟がその動物たちを躍らせて世界樹に近づけないようにするとの事。
「あと、狐たちも踊りが大好きだ。彼らはたくさん踊って満足すれば、昇天する。まぁ、彼らは命の力が具現化したような存在だからねぇ」
 あるいは神様への贈り物をしたら、有利に事を進めることができるかもしれない、と世界司書は語る。
 舞台は北海道・知床。ということは…? それを聞き、ロストナンバーたちは色々と考える。
「ともかく、お前さんたちの力で知床を守っておくれ。任せたよ」
 老婆は人数分のチケットを渡し、笑顔で1つ頷いた。

 ――ナレンシフ内。
 2人の女の子が、窓から知床の自然を眺めていた。いや、1人はよくみると少年のようだった。
「ねぇ、ホリィ……本当にやっちゃうの? こんな事したら動物さんたちが……」
 少女が三つ編みを揺らし、不安げに言う。が、少年はにっこり笑って
「そうだよ、マリィ。世界樹さまのためだもん。ちょっとの犠牲は付き物さ」
 と、どこか寂しげに言う。そんな片割れの様子に、戸惑っていた少女だったが……やがて1つ頷いた。その手には苗木のような物が握られていた。


*****

 !注意!
イベントシナリオ群『侵略の植樹』は、同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによる『侵略の植樹』シナリオへの複数参加(抽選へのエントリー含む)はご遠慮下さい。

品目シナリオ 管理番号1886
クリエイター菊華 伴(wymv2309)
クリエイターコメント菊華です。
今回は知床で狐と握手! ……じゃなかった。知床で双子の旅団ツーリストと踊っていただきます。戦闘が苦手な方推奨だと思ってくださいね。

司書情報整理
・旅団ツーリストは双子の姉弟。外見年齢は10歳ほど。
・2人ともキャンディポットと同じような格好をしている。
 マリィ
 (大人しく、戦いを好まない。動物を操れる三つ編み娘)
 ホリィ
 (やや好戦的。笛を奏でることで踊らせる力を持つ男の娘)
・2人で共有している瓶の中身は煙幕弾と催涙弾。
・双子も狐達も一緒に満足するまで踊り続ければどうにかなるかもしれない。
・狐たちは気合と共に踊り続ける。梟たちが合いの手を入れて盛り上げる。
・説得するならばホリィを重点的に。
・観光客などが近づかないよう、何かしら工夫があるといいかもしれない。

 因みにOPに描かれていた『神々への贈り物』に関してのヒントはこのシナリオの舞台です。そこから導き出してください。これを渡すと狐たちとのダンスバトル(?)に有利になります。

 先ほども言いましたが『戦闘が苦手な方推奨』です。園丁も戦闘ではなく踊りで侵攻させてしまっても面白いだろう、と考えてこの双子を知床へ派遣しました。とにかく、踊ってぱーっと盛り上げて、双子を諦めさせちゃいましょう!

それではよろしくお願いします。

参加者
ゼシカ・ホーエンハイム(cahu8675)コンダクター 女 5歳 迷子
旧校舎のアイドル・ススムくん(cepw2062)ロストメモリー その他 100歳 学校の精霊・旧校舎のアイドル
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
キリル・ディクローズ(crhc3278)ツーリスト 男 12歳 手紙屋

ノベル

起:さぁ、策を張れ! 観光客を遠ざけろ!

 ――知床・某所。

 五月の新鮮な風を受け、観光客たちは新芽輝く知床を楽しんでいた。が、彼らの目に入ったのはこう書かれた看板やポスターであった。

――日未明、周辺でヒグマの親子が目撃されました。地元猟友会の探索が終了するまで周囲に近づかないでください。

 彼らは不思議に思いながらもそのあたりには近づかないよう、心がける事にした。熊は確かに危険だからである。
 また、別の観光客グループは「コロポックルって本当に居たんだ! 」という話題で盛り上がっていた。と、言うのも彼らは散策中に少女のコロポックルに出会い、このような忠告を受けた、という。

 ――この先に入っちゃダメ。良くないことが起きるわ。コロポックルはカムイの遣いだから言う事聞かなきゃめっ、なの!

 そして蕗の葉っぱに隠れ、あっという間に消えた、とも。「かわいい! 」とか色々はしゃいでいたものの、コロポックルの言葉には真剣に耳を傾け、その場から立ち去る事にした。
 あと、ついでだがなぜか立ち入る事が出来ない場所が発生した、とかなんとか噂が上がったのだが……原因は全てここへと訪れた『図書館側の』ロストナンバー達によるものである。

 観光客たちが立ち去る様子を見、一安心する影が4つ。
「看板、看板立ててきたよ」
「こっちもうまくいったでやんす」
 ツーリストであるキリル・ディクローズと旧校舎のアイドル・ススムくんの言葉に、同じくツーリストであるシーアールシー ゼロとコンダクターのゼシカ・ホーエンハイムは頷いた。
 『熊出没注意』のポスターや看板を用意したのはススムくんとキリルである。2人は手分けしてポスターと看板を立て、観光客を遠ざける事にしていた。そしてゼシカはコロポックルに変装して注意を促し、トラベルギアであるじょうろをつかって蕗を巨大化させて撤退した。こうする事により消えたように見せかけるためである。最後にゼロが透明なドームで物理的にシャットアウトした。
「これで、観光客さんを近づけなくするのです」
「これで安心して踊れるわね 」
 ゼロとゼシカが顔を見合わせて頷き、キリルもまたドームを見……世界樹の苗木に目を移した。
世界樹の苗木は大きく成長していた。その枝には丸々と肥えた実が……。これが割れたとき、中から狐が出てくるのだ。
(根付く、根付くためには……その土地の命、命を犠牲にしないといけない? )
 不安げにキリルが見上げるその傍に、世界樹旅団のツーリストがいた。愛らしい衣服に身を包んだ、双子の女の子、に見える。が、片一方は良く見ると、少年らしい。
「うーん、さすが双子。そっくりでやんすねぇ」
 遠くから見ていたススムくんがマジマジと見ていると、ゼシカが「あっ……」と思わず声を上げた。他のメンバーも彼女が指差す先を見ると、愛らしい動物たちが世界樹の苗木の周りに集まっている。
 どことなく哀しげな顔の少女が動物たちになにやら話しかけ、動物たちは黙って頷いて、警戒しているようだった。
 一方、傍らにいる強気な少女は笛を片手に辺りを見渡していた。まだ、動物たちを躍らせてはいないようだ。その後ろでは、木の実が風に揺れていた。様子からして、<第三形態>へ移行するのも時間の問題であろう。
「観光客さん、観光客さんは遠ざけた、よ。だから、大丈夫! 」
 キリルが安堵の息を漏らすも、すぐに表情を引き締める。これからが本題なのだ。4人は静かに、世界樹の苗木がある方向へと歩き始めた。

「このまま、『図書館』の人が来ません様に……」
 必死の思いで祈るマリィの傍で、ホリィが小さく溜め息をつく。彼はスカートを揺らし、震える片割れの傍にしゃがんだ。
「その方が楽だけど、そうも行かないよ。世界樹さまの邪魔をしにくるに決まってる。疲れるまでこの笛で躍らせて、退散させるから大丈夫だよ」
 安心させようと笑うホリィ。しかし、マリィは躊躇う。動物たちはそんな彼らを心配するように見つめていたが、マリィが首を横にふると警戒に戻った。
「……なんかに、覆われたみたいね」
 うっすらと何かを見たのか、マリィが呟く。ホリィは首をかしげたものの、「気のせいだよ」と苦笑する。
「マリィは心配しすぎなんだよ。大丈夫、マリィはぼくが守るから……」
 そう言ってホリィがマリィの手を取り、にっこり笑った時、1匹の狐がケーンッ! と鳴いた。続いて何匹もの狐が声を上げる。2人が立ち上がると、眼前に4人の見知らぬ男女が立っているのが見えた。そのうち1人はどうみても人体模型であったが。
「お兄さんたちが、『図書館』の人たち? 悪いけど、世界樹さまの邪魔をしないでさっさと帰ってくれないかな」
「それは、出来ない、出来ない相談だよ」
 キリルが首を振り、寂しげに双子を見つめる。その傍を通り抜け、ゼロがふわり、といつもどおりの優しい笑顔で一礼する。
「こんにちはなのです。ゼロはゼロなのです」
 そして、少し話そう、と穏やかに誘う。たくさんの動物たちに見つめられる中、ゼシカとススムくんは少し後ろに下がって周囲を警戒してみた。
 気弱そうな少女は心配そうに4人を見、勝気そうな少女が生意気な雰囲気を纏って彼らと対峙している。
(警戒、されてるの)
(それはしょうがないでやんしょ……)
 2人は小声で話し合い、ススム君が前に出る。彼はアルカイックスマイルで双子の前に現われ、少し驚かせる。
「わっちは旧校舎のアイドル・ススムくんってぇ名前のケチな人体模型でやんす。お嬢たちのお名前は? 」
「……ぼくはホリィ。こっちがマリィだよ」
 少し考え、答えるホリィ。マリィは傍らで会釈し、ホリィの陰に隠れてしまった。こうしてみると愛らしい双子の姉妹に見えるが、やはりホリィは良く見ると少年であった。
 双子に釣られるようにゼシカとキリルも名乗る。それを聞き、ホリィは4人を見るなり、こう言い放った。
「じゃ、ばいばい」
 そしてマリィに頷く。が、マリィは首をふった。
「ばいばい、じゃないよ、ホリィ。い、一応、話してみようよ。もしかしたら、話したら諦めてくれるかもしれないよ? 」
 彼女の言葉に、ホリィはうーん、と考える。キリルとゼシカは小さく微笑んでマリィとホリィに近づいた。
「みゅ……僕も、僕らもお話、お話したい」
「……時間を、ちょうだい?」
 2人の言葉に、双子は顔を見合わせる。
「ねぇ、お話してみようよ、ホリィ」
「しかたないなぁ。いいよ、マリィ」
 マリィの言葉にホリィは渋々頷く。こうしてゼロたちは双子を説得するチャンスを手にした。

 ……が、僅かにホリィの口元が綻んだ事に、気付いた者はいなかった。


承:説得してみよう
 最初に動いたのはゼシカだった。彼女はマリィへと歩み寄る。すると、心配したのか狐の1匹がマリィに寄り添った。
「だいじょうぶ。お姉さんに悪い事はしないわ」
 ゼシカが優しく語り掛けると、狐はゼシカに一度だけ尻尾を振った。
「え、ええと、アナタは、ゼシカちゃん、だね」
 マリィの問い掛けに、ゼシカは頷く。そして、少女はそっと口を開いた。青い瞳が寂しげにゆれ、マリィの視線と交わる。
「お姉さんたちは帰るおうちが欲しいのよね。苗木を植えれば、ここがおうちになるんじゃないかって思ったのよね? 」
 ゼシカの問い掛けに、マリィは小さく首を振る。
「じゃあ、どうして……? 」
「世界樹さまが、情報を欲しがっているから、よ。世界樹さまは、私達双子を助けてくれた。だから……恩返しがしたいの」
 震える声で答え、マリィは身を縮める。その様子から、今でも悩んでいるという事がゼシカには解った。
「だとしても、動物さんたちを利用するのはいけないわ。音楽や踊りって誰かに強制されたり、ましてや操られてするものじゃないもの……」
「それは解ってる! 」
 思わず声を上げるマリィ。それに身を怯ませるゼシカではあったが、彼女は、マリィが今にも泣きそうになっているように思えた。
「でも……でも……、私には、この方法しか、世界樹さまに応えられる力が無いのよ」
 自分より幼い少女の呼びかけに、マリィは悲しげに答える。その表情に、ゼシカの目が優しいものになる。そっとマリィの手を取り、ゼシカはこう、問いかける。
「お姉さんは優しいから、ホントはわかってるんでしょ? 」
 その問い掛けに、マリィの瞳が震えた。

 一方、キリル、ススムくん、ゼロの3人はホリィを相手にしていた。
「世界樹がそのまま育つとこの地の多くの生物が苦しみ、安寧が減少するのです」
 みんなもこの地の動物達の苦しみは本意ではないと思う、とゼロが言えば、ホリィはふん、とそっぽを向く。
「それはしょうがない事だよ。世界樹さまが食事してるんだもの。僕らがお肉を食べる為に動物の命を貰うのと、一緒だと思うけど? 」
 その言葉に首を振り、ゼロは負けじと
「チャイ=ブレにそれが可能なのです、世界樹も園丁さんの方針次第では他を不要に傷つけずに生存可能ではないでしょうか? 」
 と返す。これにはホリィも少し考えるも、「それでいいだろうか? 」とも言える表情を浮べ、首を振る。
「うーん、手強いでやんすねぇ」
 ススムくんがかたり、と首を傾けると今度はキリルが口を開いた。
「踊る、踊るの、好き? きつねがいっぱい、みんなと一緒、一緒に踊るの、もっと好き? 」
「うん。それは大好きだよ。だって、踊ってると嫌な事みーんな忘れちゃうし、心もあったかくなるんだもん」
 踊りの話題になると、ホリィは目をキラキラとさせる。片手に笛を持ち、彼は楽しげに口を開いた。
「そんな気持ちをおすそ分けする為に、ぼくの力はあるんだよ。すごいでしょ? 」
「なら、……ちょっとの犠牲も、だめ、だめだよ」
 かぶりをふり、切実な目でキリルが訴える。彼はじぃ、と見つめ返すホリィの眼差しを怖く思いながらも、必死に勇気を振り絞った。
「犠牲……、犠牲になった人とは、もう楽しく踊れない、踊れなくなる。犠牲……、犠牲になった人が眠ってしまった地では、きみたちも楽しく踊れない、踊れなくなる! 」
 それはとても哀しいことだから、とキリルは言う。が、ホリィは不思議そうな顔をして返す。
「そんな事はないよ? 踊りながら死ねるんだもん、それはそれで幸せじゃないかな? ぼくが知る限り、そんな人たちは皆笑顔だった。世界は手に入るし、彼らも幸せに眠れる。僕らも幸せ。違う? 」
 ホリィはくすくす笑いながらキリル達を見返す。不安げに見つめるマリィに、ホリィはにっこりし、
「ねぇ、マリィ。マリィもそう思うよね? 」
 その問い掛けに、ゼシカが表情を曇らせる。マリィはゼシカとキリル達、ホリィを躊躇うように何度も見比べる。
「幸せに犠牲は付き物なんて哀しい事言わないで。犠牲になる側にだって幸せになる権利はあるのよ」
「犠牲……、犠牲になる人がいなければ、もっと、もっとたくさんの人や動物、たくさんの命と踊れる、踊れるんだ」
「私達の為に犠牲になってって、ここにいる動物達の前で言える……?」
 ゼシカとキリルが幼いながら真剣な表情で訴えかける。マリィはそれに頷こうとするも、ホリィの目を見ると躊躇ってしまう。しかし、キリルは1つ頷いて、こう、付け足した。
「踊る、踊るのは楽しいよ。楽しいことは、みんな、みんな一緒にやりたい」
 ススムくんも、ゼロも、ゼシカも、同じ思いで2人を見つめる。わからない、というようなホリィの目を見、ゼロは内心で溜め息をつく。しかし、マリィは1つ意を決したように頷いた。
「ホリィ、帰ろう。この人たちの言うとおりだよ……」
「えっ?! 」
「私達が間違っているよ、ホリィ。やっぱり、楽しい事は、みんなでいっしょがいいよ」
 マリィの言葉に、ホリィが哀しげに目を伏せる。
(……これは)
 交渉が成功した? とススムくんは首を傾げる。しかし、彼の耳は……確かに、何かの実が割れる音を、捉えていた。

 ――グバッ!

 液体めいた音を立て、世界樹の実から淡く輝く狐や、梟が現れる。その様子に身構えるゼロ達にホリィが楽しげに笑い声を立てる。
「あー、おもしろーい♪ キミ達が説得してくるのはお見通しだって。そんな簡単に落ちるホリィちゃんじゃないんだよーっだ! 」
 ホリィはそう言うと笛を取り出し、奏ではじめる。それに合わせて狐達は踊り、梟もまた囃子のように歌い始める。
「こうなったら、ダンスで勝負なのです! ゼロたちが勝ったら、敗北を理由に撤退するといいのです! 」
 ゼロがそう言って指を突きつける。が、その視線の先、マリィはごめんなさい、と謝る様に踊っている。彼女が呼んでいた動物たちもまた、気持ちが伝わっているのか、表情が曇っている。
「ちょっとまって! 」
 ゼシカの声で、笛が止まる。動物たちもまた踊りをやめ、ゼロたちは思い出したかのようにそれぞれ色々な物を取り出した。
「北海道ってのは熊の神さまがいらっしゃった、というか全てに神さまがいらっしゃった気がするでやんす」
「あと、知床には、『斜里の老狐』って言う、神様、神様として崇拝されていた狐、狐がいたんだって」
 ススムくんがお菓子と熊の縫いぐるみ、キリルが軍鶏肉や軍鶏の縫いぐるみを差し出す。ゼシカもまたりっぱな鮭を取り出した。
「知床はお魚が美味しいのよね」
「以前何かで読んだのです。彼の地で神々に最も喜ばれる贈り物とされていたそうなのです」
 最後にゼロがふわふわの房がついた棒を取り出した。これはイナウと言う物アイヌ民族の人々が神様への捧げ物として作った物である。
(神さま、説得がうまくいって世界樹が根付かないようお願いするでやんす)
 熱心に拝むススムくんにつられ、ゼシカたちも手を合わせる。
 こうして捧げられた物を見、ホリィの表情が険しくなった。その中に、狐たちが欲していた物があったからだった。

転:新緑のダンスホール!
 狐達はお菓子や熊や軍鶏の縫いぐるみ、鮭にも喜んでいた。が、それ以上に喜んだのは軍鶏の肉だった。一番好評だったのはイナウで、狐たちはうれしそうにそれを見つめる。梟たちもまた、贈り物に満足したようだった。
『おお、こんなにすてきなイナウをもらえるとは……』
『こっちのお肉も美味しい! 我々の事をよく調べてくれたな』
 狐達は思い思いに贈り物を食べたり、眺めたり、抱きしめたり。その様子にマリィが顔を綻ばせ、何度も頷く。
「『図書館』のみんなは、博学なんだね。ぼく、わからないだろうとおもったけど……」
 そんな事をいうホリィであったが、狐たちはほくほく顔。その様子にゼロ達もまたほっとしたり、ハイタッチ。
「さぁ、どうです? ダンスバトルするです! 」
『もちろんだとも。我々の踊りに、着いてこれるかな? 』
「ダンスバトルには乗り気なんだね? だったら、僕も手加減なんてしないから! 」
 狐達の声に、ホリィが頷く。マリィもこれならば、と笑顔になり、動物たちと一緒に踊り始めた。

 梟たちの囃子を心地良く思いながら、ふとススムくんはある事に気付く。
(これは、ソーラン節でやんすね? )
運動会や体育祭でやってるのを見たことがある彼としては、踊り易いものだった。北海道の祭を知らず、仲間であるコンダクター達からも雪祭りやら花火しか聞け出せなかったものの、これならば大丈夫だ。
「自慢じゃないでやんすがわっちは高級檜材でやんす」
 だから睡眠も呼吸も飲食も不要で延々踊り続けられる、とちゃきちゃき、からから、気合の入った踊りを見せる。その傍ではゼロもまた激しい踊りをみせていた。切れのある足裁きに狐達も目を見張る。
(世界樹がこれ以上育つ前に決着をつけるのです)
 この動きのより、狐や双子たちを迅速に疲労させる作戦だ。ちなみにゼロ自身は元来疲れなど関係しない体質であるために、問題は無い。
 この2人の存在は、確かに双子たちには脅威であった。『疲れ』を知らない、ということはその分踊り続けられる、という事。そんなロストナンバーがここを訪れる事までは見抜けなかったホリィであった。
 一方、その激しい踊りに必死についていくゼシカとキリル。特に小柄なゼシカには少しきついらしい。それでも曲調の穏やかなものに変わると、その可憐なステップを披露する。
「ゼシね、キツネさん達と仲良くなりたいの。楽しく踊りましょ」
『ああ、踊ろう!』
 狐の手を取り、ゼシカは楽しく翻る。たとえ足が痛くても、少女は踊り続ける。自分たちが負けたら動物たちやここに暮らす人々が大変な事のなってしまうから……。
 そしてキリルはトラベルギアである光の鞭をリボンのようにくるくるまわし、ぴょんぴょんと跳ねるように踊っていた。
「ほっぷ、すてっぷ、じゃんぷ! ほっぷ、すてっぷ、じゃんぷ! 」
 尻尾も同じように弾み、狐たちも楽しんでいるようだ。その様子を見ながら、キリルはホリィに笑いかける。と、彼もまた自然な笑顔で答えてくれる。マリィも心から楽しんでいるようで、明るい表情になっていた。
(本当に、本当に踊りが好き、好きなんだね)
 自然と口元が綻んでいると、また曲調が変わった。今度はまた、早めの曲らしい。ホリィもキリル達を疲れさせる作戦に出たらしい。キリルはゼシカを気遣いながらも笑顔で一緒に踊るのだった。

「まだまだいくでやんす! 」
「ゼロも負けないです! 」
 疲れを知らないススムくんとゼロは息の合った動きで狐達を翻弄する。その確かな華麗さと力強さを併せ持った踊りに、狐達も梟たちも気合が入る。しかし、少しずつ疲れの色が見え始めた。
「楽しい、楽しいから、もっと、もっと踊ろう! 」
 キリルがくるり、と回ってステップを踏む。尻尾が愛らしく揺れ、負けじと狐達もくるっとターン。
「お姉ちゃんとも、一緒に踊りたい、な」
 ゼシカがマリィへと手を伸ばせば、マリィもまた笑顔で受け取る。二人は動物たちと一緒にスカートを翻し、愛らしい踊りを披露するのであった。
(ふぅん、みんなやるじゃん! )
 1人笛を奏で続けていたホリィは、内心で笑うとステップを踏みつつも更に楽しくなっていた。最初、ゼシカたちを疲れさせて追い出すつもりであったが、踊っているうちにどうでもよくなっていた。
(世界樹さまに貢献できないのは、残念だね。でも、皆で楽しくなっちゃったから、いいや)
 そう思っていると、ふと、4人の言葉が脳裏を過ぎる。そして……ほろ苦い何かが、ホリィの胸に広がった。

 踊れば踊るほど、動物たちも賑わいを見せる。そして、ホリィの演奏も益々冴え、まるで森全体が音を奏でているようだった。自然のダンスホールと化したそこに、図書館側も、世界樹旅団も関係なかった。

「みんなで踊ると楽しいでやんす! お嬢たちもさあ! 」
 ススムくんがマリィとホリィに手を伸べる。喜んで受け取るホリィと少し躊躇うマリィ。ゼシカは笑顔で頷くとマリィも漸くススムくんの手を取る。と、彼は軽々と2人を肩車し、踊りの渦へと溶け込んだ。
「なんだか、いい気持ちなのです」
「そうだね、1つ! 1つになってる! 」
 ゼロが満足げに笑うと、キリルも頷く。その傍らでゼシカが頷いていると、狐の1匹が薄っすらと透けて見えていた。よく見ると世界樹の実から現れた狐達は満足げな表情を浮べ、少しずつ消え始めていた。
「き、狐さん?!」
『おお、お嬢ちゃん。心配しなくても良い。我らは我らの世界に戻るだけ故に』
 狐の1匹がゼシカにそういい、そっと頭を撫でる。彼らは頷き合うと捧げ物を持って一塊に集まった。それを見たホリィは演奏を止める。
「……どうやら、決着がついたようだね、マリィ」
「そうみたいだね、ホリィ」
 双子もまた、何かを悟る。それでも何もせず、彼らもまた狐達の方を見た。狐達は共に踊った面々に笑いかけながら、ゆっくり消えていく。
『一緒に踊ってくれて、有難う。我らはとても幸せだった。ありがとう、踊り手たちよ……』
 その言葉を残し、狐と梟は全員音も無く姿を消した。そして、ホリィとマリィはゼシカ達に降参する、と言った。


結:また、一緒に……。
 全てが終わり、まずゼロ達が行ったのは世界樹の苗木の撤去だった。ゼロが用意した道具を使い、テキパキと燃やす。あっという間に苗木は燃えてしまった。その様子を双子は黙ってみていた物の、マリィは安堵した表情を浮かべていた。

 踊り疲れたのだろう、ホリィとマリィは木の根元に座り込んでいた。心配するかのように動物たちが寄り添っている。そこへゼシカがやってきて、双子や動物たちに木の実や花を編んで作ったペンダントを持ってくる。
「いい匂いだね」
「ありがとう。ふふ、みんな頑張ったから、ご褒美なの」
 ゼシカはそう言って二人の首にかける。敵であったはずなのに、と戸惑うものの、ススムくんは首をふった。
「皆で踊れて楽しかったでやんすよ。あ、ずっと踊って笛を吹いて、お腹減ったでやんしょう? 」
 と、彼は持ってきたお菓子を広げる。そして、ホリィはお礼に、と紅茶を入れてくれた。
「すごく、すごくいい匂い! 飲んでいいの? 」
「うん。何も危ない物は入っていないから、安心してね」
 キリルが飲んでみると、それはとても美味しかった。花のような風味が鼻腔を抜けていく。心安らぐ味に、思わず頬が緩んだ。
「いっぱい踊って、いっぱい笑って、楽しかったです。ゼロたちの勝利ですけど、これはこれで楽しいのでよかった、です」
 ゼロもまた満足げに笑い、白銀の髪を揺らす。5月の爽やかな風が火照った体に気持ちよく、6人と動物たちはどこか満ち足りた気分でお茶を楽しんでいた。
「うーん、しかし……わっちは少し踊り足りないでやんす」
「えっ? まだ踊りたいの? 」
 ススムくんの一言に驚いたように目を丸くするホリィ。ゼロを除く他のメンバーもまた僅かにきょとん、としてしまう。
「そういえば、ゼシカさん、足は大丈夫、ですか? 」
「あら、少し腫れているわね」
 ゼロの言葉に、マリィが頷く。確かに疲れで足を痛めていたゼシカはそれを堪えていたようだった。それはいけない、とマリィが冷たいタオルを少女の足に巻く。
「ありがとう」
「ううん、いいのよ。私たちを止めてくれたお礼……には足りないけど」
 ゼシカの礼に、マリィは恥ずかしそうに笑った。

 しばらくして、ゼロは透明なドームを片付ける。双子がナレンシフに乗って帰れるようにするためだ。動物たちも解散し、その場には6人のロストナンバー達だけが残っていた。
 ナレンシフの前で、双子は4人に「ありがとう」と笑顔で言った。
「……今度会うときは、踊りじゃなくて、戦いになるかもしれない。でも、今日の事は忘れないよ」
 ホリィはそういい、マリィの手を繋ぐ。マリィも小さく頷き、
「また、一緒に踊りたいと私たちは思ってるし、一緒に遊びたいって、思うの。今度は対決じゃなくて、ね?」
「うん! 僕も、僕もそうおもうよ! 」
 キリルが笑顔になれば、ゼシカもまた頷き、2人に笑いかける。ゼロやススムくんも気持ちは同じであった。
 しばし無言で見詰め合っていた6人であったが、双子は手を振ってナレンシフに飛び乗り、ドアが閉まる。そして、ひゅうううん、とあっという間に消えていってしまった。その飛んでいく様をゼシカ達は手を振って見送るのであった。

 ナレンシフの中。双子は遠ざかる知床を見つつ、小さく溜め息をついた。世界樹の苗木は倒されてしまい、任務は遂行できなかった。しかし、楽しい思い出は出来た。首に掛けられたペンダントを見つめ、ホリィは頷く。
「マリィ、ごめんね。ぼくが間違ってたよ……」
「もういいよ、ホリィ。すべて終ったんだもの」
 2人は手を握り、外を見る。そして、これから先の事を少しだけ考えた。他のメンバーは世界樹の苗木を守れただろうか。そして、その苗木は……。
(どうなるんだろうな、旅団。このままで、いいのかな? )
(嫌な予感がする。このままじゃ、みんなだめになっちゃうかも……)
 僅かな不安が、2人の脳裏を過ぎる。小さな双子は、せめて共に踊ったあの4人とは、戦いたくない、また一緒に笑い会いたい、と願うのだった。

「これで、知床の平和、平和は守られた、ね」
 キリルがポツリ、と呟けばゼロも頷く。が、彼女が考えていたのは別の事だった。
(世界樹は飢え、チャイ=ブレは食通なのかもしれないのです? )
 ふう、と、脳裏の奥底から浮んだのは、ちょっとした考察。それは、チャイ=ブレが今世界を喰わないのは、肥え太らせた後で喰う気なのでは……? という事。しかし、それを口に出す事は無く、ゼロは1人首を捻る。
「おや? 」
 あたりをぼんやりと見ていたススムくんが声を上げる。不思議に思った3人が問おうとしたものの、彼は指をたてて「しー」と注意を促す。そして指差した先には、本物の熊の親子が遠くを歩いていた。
(かわいい……)
(親子、親子だね)
(守れてよかった、です)
(これで、よかったでやんすよ)
 4人は思わず笑顔になりつつも、ゆっくりとその場を後にする。静かな凱旋であるものの、彼らは心から満ち足りていた。

 こうして、知床の平和は4人のロストナンバーによって守られた。立ち去るその背中を見つめるのは、森の住人たる動物たち。そして、見つめ続ける木々だけ。けれども、4人にはそれだけでよかった。
(また、一緒に踊ろうね! )
 その小さな願いが叶えられるかは、わからない。けれども、願わずにはいられない旅人たちであった。

(終)

クリエイターコメント菊華です。
まずは、皆様お疲れさまでした。
お陰で知床の平和を守る事が出来ました。

今回、狐への捧げ物への「最善の回答」は「イナウ」でした。正解された方のお陰で判定が有利になりました。

 このような対決もたまにはいいかな? と思い出してみた訳ですが、楽しいプレイングのお陰で賑やかなリプレイとなりました。本当に有難うございます。

 被害もない状態でのクリアです! 補足になりますがポスターと看板は撤去済みとなっておりますのでご安心を。

 それでは、また縁がありましたらよろしくお願いします。今回は本当にありがとうございました!
公開日時2012-05-29(火) 19:30

 

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