壱番世界、中国・北京市内にその城はある。 ユネスコの世界文化遺産のひとつに選ばれ、世界最大の宮殿として今も国内外から高い関心を寄せられる故宮『紫禁城』。 現在は『故宮博物院』として一般にも公開されているその城だったが、見ればあちこちにどす黒い染みの跡がみえる。 やがて城門からうつろな目をした兵士が蟻のように大量に排出され、それぞれが武器を振りかざし、叫んだ。「この城は我ら清朝の天の城である!」「汚らわしき異人どもは即刻退去せよ!」 行き過ぎる一般人は、何事かと彼らを見やった。 そして掛け声とともに、惨劇は開始される――。 紫禁城の中心地、【太和殿】の玉座に、皇族だけが身につけることをゆるされる明黄色の龍袍(ろんぱお)をまとった若い女の姿があった。 髪や服を大粒の貴石で飾り、両手の薬指と小指には吉祥紋を刻んだ爪飾りをつけている。 瞳には強い光をたたえ、唇を引き結び、玉座から王城を見渡す姿は凛として美しい。 そして言葉には、鋭利な響きを含んでいた。「蓮英(れんえい)」「はい、皇太后様」 暗紅の補服に身を包んだ宦官(かんがん)が走り寄り、身をかがめて女――皇太后の脇にひざをつく。「異人どもの粛清はまだ終わらぬのか」「申しわけございません。現在すべての八旗を展開させ周囲の制圧を続けておりますが、皇太后様には今しばらくお待ちいただきたく……」「正確に答えよ。『しばらく』とは、どれほどのことじゃ」「はっ。明朝までには、城外近辺の異人を駆逐できる見通しと聞き及んでおります」 はた目には同じ年頃の主従だが、権威の差は圧倒的であるようだった。「嘆かわしいことじゃ。皇帝亡き後、清朝がよもや諸外国に踏みにじられていようとは」 女は玉座から立ちあがり、龍袍のすそをひるがえして臣下が居並ぶ階段をおりていく。「すべての兵に伝えよ。明朝までに制圧が叶わぬ場合、役立たずの首はないと思えと」「はっ。すぐに伝えましてございます」 若い宦官がその言葉を受けて退出するのを見送り、皇太后は腹心に告げる。「領侍衛府(りょうじえふ)を集めよ。八旗の力及ばぬ場合、予がみずから兵を率い、異人の首を切り落としてくれよう」 蓮英は皇太后の手を取り、うやうやしく頭を垂れた。「皇太后様みずからお出ましになるなど、とんでもないことにございます。ご安心ください。清朝随一の軍事力と苗木の力をもって、必ずやお望みの結果を献上してご覧にいれます」 振り返った腹心は玉座の後ろに着床した世界樹の苗木を見あげ、笑みを浮かべた。 樹は天井を突き破らんばかりに成長し、今なお、その枝葉を伸ばし続けていた――。 ◆ ◆ ◆ ◆ 予言された未来は、世界樹旅団によってもたらされる。 世界司書が知った出来事はまだ不確定な未来だ。しかし、このままでは確実に訪れる出来事でもあるのだ。 壱番世界各地の「世界遺産」をターゲットに、何組かの旅団のパーティーが襲来することが判明した。かれらは「世界樹の苗」と呼ばれる植物のようなものを植え付けることが任務のようだ。その苗木は急速に成長し、やがて、司書が予言したような惨劇を引き起こす。 言うまでもなく……「世界樹の苗」とは、世界樹旅団を統べるという謎の存在「世界樹」の分体だ。 だが、この作戦を事前に察知したことにより、世界図書館のロストナンバーたちは、苗木が植え付けられてすぐの頃に到着することができるだろう。周辺の壱番世界の人々を逃がす時間は十分に確保できるはずだ。 むろんそのあとで、苗木は滅ぼさねばならない。苗木は吸い上げた壱番世界の『歴史』や『自然環境』の情報をもとに反撃してくるであろうし、旅団のツーリストも黙ってはいない。 司書は、引き続き、戦うことになるはずの、敵について告げる。 ◆ ◆ ◆ ◆「どうやら蘇った敵には、現代人がみな『異人』と映るようです」 洋装を身にまとい、バイクや車に乗って移動する者は彼らの知る同志ではない、ということらしい。「紫禁城へは苗木の着床後すぐに到着できます。城は現在『故宮博物院』として公開されていますから、もともと、開城までの時刻に一般人が立ち入ることはありません」 ロストレイルは開場時間前に現地に到着することができる。 つまり城内への入場をあらかじめ制限することで、一般人への被害を最小限に食い止めることができるのだ。「城外の一般人の避難が終わるころには、苗木の成長は<第3段階>に達し、城内には『実』から生み出された【皇太后】と【八旗】、【領侍衛府】と呼ばれる兵力の布陣が完了する見通しです」 予言に現れていた女は清朝末期の女帝・西太后(せいたいこう)。土地の記憶を苗が吸いあげ、若い女の姿として再びこの世に蘇らせた。太和殿の玉座に就き、『実』から生み出された臣下を統率する。 【八旗】は八つの旗の下に編成された軍隊で、城内の各所に配置される。城内に踏み入れば、いやおうなく八旗の兵と対峙するはめになるだろう。「また、西太后お抱えの近衛兵【領侍衛府】が【太和殿】の周囲に結界を張っているため、地中・上空からの進入は叶いません」 各門を守る四将軍を倒さない限り、【太和殿】へ踏み込むことは不可能だという。「それと、女の腹心としてかしづいていた宦官・李蓮英(りれんえい)ですが、世界樹旅団のウォスティ・ベルが変身した姿のようです。宦官に扮した二名の旅団員を偵察として城内に放っており、兵力の再配備を西太后に進言します」 戦況を鑑み、彼の進言で兵力が効率的に運用されるという。「攻略を開始する位置はみなさまにお任せいたします。しかしどの位置から攻略をはじめたとしても、【領侍衛府】の将軍を必ず1人倒さなければ、【太和殿】への門は開かないということをお忘れなく」 敵の数が多く、混戦となる可能性もあるが、最優先事項は『苗木の殲滅』だ。 苗木の侵略を阻むことができれば、『実』から生み出されたものは全て消滅させることができる。「長時間の戦闘、連戦が続く可能性もあります。ある程度の備え、体力配分をご考慮ください」 「必ず、みなさま揃ってお戻りになられますよう」と、目隠し姿の司書は頭を下げ、旅人たちを見送った。========!注意!イベントシナリオ群『侵略の植樹』は、、同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによる『侵略の植樹』シナリオへの複数参加(抽選へのエントリー含む)はご遠慮下さい。========
ACT.1◆東華門――青き竜を討て 紫禁城には、9999の部屋と、半間の部屋があるとされる。 これは、天上の天宮が10000間あるという伝説をふまえたうえで、人間である 皇帝が同じであることは畏れ多いために半間少なくした――らし い。 しかし、完成の翌年に落雷による火事が起こり、その後も幾度かの天災に見舞われたため、多少、部屋数は減ったようだ。とはいっても、1955年 に行われた調査によると8662もの部屋を確認できたそうだから、その壮大なスケールはさして減じてはいないのだが。 「人々の祈りとマツリガミを――大いなる意思をつくる。それは、どの世界でも変わらないな」 雪・ウーヴェイル・サツキガハラは、「カミオロシ」を行った。盤古・伏羲・女ァZとして信仰されてきたモノの召還である。8人全員がカミから引き出した力を借りることにより、身体能力の底上げと防御力の増強、妖術への耐性がなされた。 「これはまた、おまえに似合う舞台だな、緋」 雪は、シンイェに騎乗した阮緋を振り返る。緋は友人であり、背中を預けるに足る相手と思っている。だが、今日は、それぞれ別方向から攻めるつもりだ。それも、信頼の裏打ちがあってのこと。 緋は東へ向かうという。故郷での宿敵と同じ『青龍』の名を冠する敵に興味を持ったようだ。純粋な闘争心が、彼を包んでいる。 「城攻めか。仕掛けは気に喰わぬが久方ぶりだ、存分に駆けさせてもらう」 東を見やるシンイェは、すでに速駆けの体勢だった。 「参ろうか、伴よ」 「うむ」 緋の言葉を号令代わりに、強靭な蹄が跳躍せんばかりに地を蹴った。 雑魚は跳ね飛ばし、踏み潰し蹴散らし、段差のある場もそのまま突っ切って、門へと駆け抜けるつもりだ。 その後姿を、雪は見送る。 彼は、北へ行こうとしていた。 リエ・フーと煌白燕とラグレスは、西に向かった。 「東にふたり。西には3人か。そして、雪が北へ行くと言うのなら」 李飛龍は、南を目指すことにした。 「『龍』ゆえに、東に向かわせてもらおうかと思ってはいたのだがな」 そう、苦笑いしながら。 桐島怜生の事前準備は凝っていた。元朝伝国璽と清二十五寶璽の敕命之寶、そして、皇帝と宦官の衣装を、ナレッジキューブで作成し、持込んだの である。 髪はすでに、黒髪に戻している。 怜生はまず、宦官の衣装に着替えた。態度には出さないが、内心、超ノリノリで。 ◆ ◆ ◆ 空気が震える。 東門をくぐれば、そこにはすでに八旗のひとつが蟻の這う隙間もないほど固めていた。 そこを圧して征くのは、シンイェと阮緋である。 怒号と雄叫びが交錯するなかを、影の蹄が、容赦なく兵士を踏み越えてゆく。阮緋が青龍偃月刀をふるえば、突進してきた兵士たちの武器が弾かれ、首や手が斬り落とされて宙を舞った。 それは鬼神が戦場を駆ける様と見えたが、不思議に血なまぐささを感じないのは、その動きの演舞のような滑らかさゆえか、あるいは、返り討ちにあう八旗の兵士たちがまことの血肉を持つ人ではないからかもしれない。 かれらはかつてはこの地に実際に存在していたのだろう。その『記憶』を、あの世界樹の苗木が再現した。阮緋が前方へ目を遣れば、すでに太和殿の屋根を破って、その梢が茂っているのが見えた。 刀剣や矛を手に迫る兵士たちの頭を越えて、後方から青い炎の矢が飛来する。史実とは異なり、妖術を操る輩が混じっているのだ。 ぶわり、と闇が翻った。 シンイェの身体の一部が崩れ、影の霧となって阮緋の周囲に漂う。それは襲いくる火炎の矢を吸収することで阮緋を護った。 シンイェとともにある限り、敵の攻撃が阮緋に届くことはなさそうだ。 ゆえに阮緋の目は先程からただひとり――敵の将を探している。 そのものは鮮やかな青い甲冑ゆえに、見つけるのは困難ではなかった。 「馬上から失礼する、青龍の名を持つものよ」 声を張り上げながら、阮緋が腕をふるえば、トラベルギアの鈴の音がひらめく。幻の馬影がいななきととも奔り、それに怯んだ兵士たちの中を、荒波をかき分けて進むようにふたりは吶喊した。 「高瑚の白虎、征東将軍・阮亮道、御相手仕る!」 「――」 それにいらえがあったかどうか。 精悍な浅黒い肌の壮年だ。切れ長の目に鋭い眼光を宿した青竜将軍は、手にした棍を力いっぱい、足元の石畳に叩きつける。 大地が応じた。 土煙とともに尖った岩石が床を突き破る。それは八旗の兵士たちを無慈悲に巻き込みながら、まっすぐに阮緋へ向かってくる。 それまで人馬一体となって駆けていた阮緋とシンイェだったが、その瞬間、阮緋はシンイェの背から跳躍。一方シンイェはそのまま身を低く黒い河水のように岩石を避けながら進む。なんの言葉をかわしたわけでもないのに、互いの動きと考えをふたりは承知しているようだ。 岩石の先端から先端へ、阮緋は飛び移って将軍へと近づいていった。 その足に嵌まった飾りが鈴の音をふるわせると、雷をまとった虎があらわれて、獰猛な咆哮とともに敵将へ襲いかかった。 「まやかしを」 青竜将軍は低くつぶやき、棍にて地を打つ。 石柱がそそりたち、石壁が生えて阮緋の攻撃を阻むが、そのときすでに、阮緋は宮殿の柱を蹴って、石壁の向こうにまわりこんでいる。 「足は速いようだな」 将軍の反応も、しかし素早かった。 向き直り、棍を降りおろした――、が。 「!?」 手ごたえが違うのだ。見れば、岩石の槍は数本、突出しただけでその先へ伸びていない。槍の列が止まったところ、石畳のうえに抉ったような亀裂を、彼は見た。 「まさか、地脈を」 「いかにも」 阮緋が跳んだ。 そこへ駆けこんでくるシンイェ。 影の馬の背を蹴って、さらに高度を増した阮緋が横なぎにふるった刃は、到底、防ぎ切れる角度でも速度でもなかった。 斬――! 甲冑ごと、真一文字に斬り裂いた。 阮緋は、青竜将軍の技が、地脈に力を送りこみ、大地を隆起させるものと察し、その流れを寸断するよう地面を先に斬ったのである。 膝から崩れた敗将の血が、その亀裂へと流れ込んでゆく。 同時に、重々しい、門が開く音が響いた。 阮緋は再び漆黒の相棒の背にまたがり、中枢を目指して駆けていった。 ◆ ◆ ◆ 一転。 あとには、累々とよこたわる敗者の屍と、死に切れぬものの呻きだけ。 その中から、よろよろと身を起こしたものがいる。 生き残った兵がいた。 彼は周囲を見渡し、おのれが課された使命をまっとうできなかったことを知った。すでに異人は中央へ向かってしまったようだ。 彼は傷ついた体をおして、敵を追わんとする。そのときだ。 「お主! そこのお主だ!」 声をかけてきたのは、宦官のようだ。 「異人は先へ?」 問いかけに、肯ずれば、相手は深刻そうに眉根を寄せる。 「李蓮英だ」 そして語った。 李蓮英が異人と通じていた。私は西太后様の勅命で蓮英を調べていたのだ、と――。 「先の異人達も蓮英の手引きだ。私は直に西太后様に報告へ行く。裏切者が何を言おうと、決して持ち場を離れぬよう城中の全兵に伝えてくれ。皆がお 主を信じるようこれを託そう」 差し出された敕命之寶に、兵は息を呑んだ。 「頼むぞ、清朝の命運はお主に掛っている」 いかに直属の密偵とはいえ、敕命之寶とはあまりに劇的に過ぎよう。 だが今ここにあるのはすべて真のことではない。 世界中の苗が再現した『歴史』の、いびつな贋作でしかないのだから。 かけてゆく兵を見送り、宦官は――いや、怜生は次なる策の仕掛けへと、すでに意識を向かわせている。 ACT.2◆西華門――白き虎の咆哮 「広い宮殿だな……。私の居た宮殿などでは、まるで敵わぬ」 そのぶんどこか血なまぐさいような気がするがな、と、紫禁城に圧倒される煌白燕。 彼女がもといた世界の風景と、前近代の中国大陸は風俗は似通っているから、目には親しい。しかし、白燕の世界が小国乱立する乱世であったのに対して、清朝は広大な国土を領有し、退廃と爛熟にまどろんだ大国だった。 「まったく、素晴らしいものですね」 ラグレスは上機嫌に見えた。 回廊に置かれていた大きな白磁の壺にしげしげと見入り、柱や戸口にいちいち凝らされている細工に感嘆の息を漏らす。ひときわ、この眺めを楽しんでいるようだ。もっとも、その表情は能面のように変化がないのだが。 「これぞ芸術。これぞ東洋の神秘。これぞ――」 言いながら、つかつかと歩み行き、戸口をくぐる――と、そこは外郭の回廊と内郭の回廊に挟まれた広場であり……そこには八旗の一軍が勢ぞろいしていた。 一糸乱れぬ動きで、ラグレスへ武器を向ける。 「……。これぞ……当地ならではの趣向を凝らした兵士の歓待とはこれまた重畳。あらゆる意味で、私、異人でございますれば」 「雑魚は頼めるか」 そっと、ラグレスの背後からリエ・フーが囁く。 「なにか考えが?」 と白燕。 「虎は虎が噛み殺す。ここを譲る気はねえ」 リエ・フーは言った。 兵士たちの後方、白い鎧の敵将が見える。鎮西将軍・白虎だ。 「承りました」 ラグレスは優雅に微笑むと、つい、と歩みを進めた。 その先に待ち受けるのが刃の海ではなく、花咲く庭園ででもあるかのように。 むろん、押し寄せてきたのは花の香まじる薫風などでない。兵士たちの怒号と、矛の切っ先だった。 「熱い歓迎、痛み入ります」 ぐにゃり、とラグレスの体は不自然に曲がって、攻撃を避ける。 ステッキを回しながら、彼は歩みを止めない。 「確かに我が故国は斯様な文化圏へ諸々やらかした模様にて弁解の余地は皆無。さりとてそれは、そも似て非なる異世界にあらば遠慮の義理もございませんゆえ悪しからず」 そして、ステッキを持ったままの腕をゴムのように長く伸ばし、ムチのようにしならせて、兵士たちを打ち据えた。 腕を戻し、するりとステッキを、その鞘の部分を抜いて仕込杖の中身をあらわにする。 「武人への礼儀として可能な限り剣でお相手する次第。しかし騎士道は存じません。所詮召使の身ゆえ」 白刃がぎらりと閃く。 「東洋の剣術を拝見したく」 「良いだろう。どのみち兵団には兵団を」 白燕がさっと手を振ると、彼女の全面に、目に見えないガラス板に貼りつくようにして幾枚ものカードが浮かび上がった。 「弓兵」 カードの何枚かが裏返ると、膝を折って弓に矢をつがえた兵の列が、白燕の前に出現する。そして一斉に矢を射かけたのだ。 「重装歩兵」 盾に槍を持つ重装備の兵たちが、あらわれ、向かってきた敵兵とぶつかる。たちまちそこは剣戟の巷と化した。 「騎兵」 さらにカードがくるりと回り、馬に乗った兵団が土煙とともに駆けてゆく。それが八旗の兵を蹴散らしてゆくとき、すでにそこに白燕とリエの姿はない。 「これは幻術なのか」 「そんなところだ。脆いものだが、混乱くらいはさせられよう」 騎兵のなかに、一騎だけ、兵士ではなく白燕とリエを乗せた馬がいる。 白燕は脆い幻などというが、リエはこの馬が幻とは思えなかった。 「異人どもが!」 前方に、吼える男。 いかにも血気盛んな偉丈夫である。 男が幅広の剣を天へと掲げた。 瞬間、轟音と閃光とが、紫禁城の東区域を満たした。 白虎将軍が呼んだ雷撃である。 「どこ狙ってる!」 リエは直撃は免れている。 トラベルギアが呼ぶ真空の刃を放ちながら、駆けた。 そこへ、将軍の放つ雷撃の第二陣、第三陣が遅いかかるも、リエの脚は速かった。 「どうしたその程度か、本気で遊んでくれよ白虎の大将!」 「ちょこまかと!」 「こっちだ、こっち!」 リエは回廊の中へと駆けこむ。そのままさっと柱の陰へ。 「なんのつもりだ」 そこは一軍の将である。リエが建物に誘い込もうとしているのはあきらかだった。が、彼はその思考を続けることはかなわかった。 白燕が長剣を手に挑んできたからである。 白燕は、剣術も巧みであった。将軍と対等に斬り結ぶ。 「やるな、女」 「貴様も。だが将たるもの、目の前の敵だけでなく、つねに戦場を見渡さなくては」 「なに――」 鋭い突いてくる。 受け止める。鍔迫り合いのような格好になる。 力を逃がすように、くるりとふたりの位置が反転する。そこで、白燕が思い切り、甲冑の胴を蹴った。 「っ!」 うしろによろめいたところで、脚をひっかけられた。 したたかに床で頭を打つ。 「ざまァみろ!」 走り去るリエの姿。 「小僧! この鎮西将軍を愚弄するか」 立ち上がり、剣を振り上げて雷撃を―― (……) そのときすでに、彼は自分が回廊の中に誘い込まれているのを知った。 白燕と斬り結んでいるうちに、一歩、一歩とここへ近づいていた――否、連れてこられたのだ。 カッと閃いた閃光が、回廊の闇を照らす。その光が床を濡らした水に反射する。リエがあらかじめ仕掛けたワナだ。気付いたときにはもう遅い。自らが放った雷撃に感電し、白虎の体がもんどりうって倒れる。 そのうえに、輝く対極図が浮かび上がった。 リエのトラベルギアが、逆巻く紅蓮の炎を召喚する。 西の門が、開いてゆくのを、ラグレスは見ていた。 うっかり妖術の直撃をくらって爆裂四散してしまい、うねうねと再生しながら、彼は西の将が倒れたことを悟る。 ACT.3■午門――鳳凰を喰らう「龍」 一方こちらは南面である。 午門を抜けて目にする光景こそは、おそらく多くの人が紫禁城と言って想像するものと思っていいだろう。 ツアーパンフレットでは表紙にもなるし、テレビクルーがくれば必ず撮影する。映画のなかでもよく目にする、それは紫禁城の真正面の眺めだ。 今、そこを一人の男が歩んでいる。 李 飛龍は、映画俳優でもあったから、アカデミー賞を獲得した有名な映画で、この場所が印象的なシーンの舞台に選ばれたことを覚えていた。 「ふむ」 飛龍は顎をなでる。 まさに、その眺めは壮観と言っていい。 壮麗な宮殿の建築の話ではない。それもそうだが、その門前の広場を埋め尽くす100人の兵士の陣形が、である。 この門から入るのを選んだのは飛龍一人。 ゆえに、この100人の兵を相手どるのも彼一人だ。 「100人か。……ま、これぐらい、片付けないとな」 愛用のヌンチャクを手にする。 そして…… アクション! ――と、どこかで声がかかったような気がするのはもちろん錯覚だ。 繰り広げられているのは映画の撮影ではなく、本物の戦いなのだから。しかし、アクション映画のワンシーンだと言っても通じるくらい、飛龍の動きはムダがなく、美しかった。 迸る気合の声。カンフー映画そのままの、激しくもなめらかな動きで振るわれるヌンチャクが、次から次へと兵士たちを倒してゆく。 1対100、だ。 だが。 「たとえ、雑魚が100人集まろうが、雑魚は雑魚だ」 ヌンチャクが風を裂く。 踏み込んできた敵の腹を蹴る。 振るわれる剣を避ける。 セクタンが火を噴く。 雄叫びとともに、また一人、敵の脳天が割られる。 間髪いれず、別の敵が倒される。 台本などあるはずもないのに、まるで殺陣のように、面白いように飛龍は敵を打倒していった。 むろん、まったくの無傷でいられるはずもなく、たちまち彼の功夫着はあちこちが裂けて血がにじんだ。それでも、彼の前進を止められるものはいなかったのだ。 「やめい!」 胴間声がかかった。 ざっ、と兵士たちの群れが二手に割れる。 そこに、真っ赤な甲冑に身を包んだ人物がいる。 立派な髭に、隻眼の、背の高い男だ。 「鎮南将軍、朱雀」 名乗りをあげる。 男がもつ槍の先端――刃が、ごう、と炎に包まれた。 「ボスの登場か」 飛龍は、血のまじった汗をぬぐった。 「李飛龍だ。悪いが、貴様を倒して、先に進ませてもらう」 ぼろぼろになっていた功夫着を脱ぎ捨てる。鋼の肉体があらわになった。 空気が、緊張に凍りつく。 それはほんの数秒のことだったはずだが、まるで数時間に及んだように錯覚された。 仕掛けたのは、どちらからだったか。 朱雀将軍の槍が、火炎の尾を引き、弧を描いて飛龍に襲いかかった。 飛龍はヌンチャクで第一撃を弾いたものの、間合いのある槍に対して、打撃のためには近接を余儀なくなれるヌンチャクはあまりに不利に見える。 実際、二撃、三撃と繰り出されるのへ、飛龍がどんどん圧されているように見えた。 四撃目、ついに切っ先が身体をかすった。肉をえぐられたうえ傷口を焼かれ、飛龍が顔を歪める。 「もらった!」 すぐさま次の攻撃がくる。 突きだした槍を手元に戻す寸暇を惜しみ、将軍は大きく槍を回転させて、飛龍を斬ることを選んだ。 そのため、飛龍が間合に飛び込むのを許してしまう。 「っ!?」 あまりに速い。 なぜなら、この機会をずっとうかがっていたからだ。槍を持つ手をヌンチャクが撃つ。しびれて、すぐに切り返せない。 甲冑の腹に、拳が埋まる。思わず体を折った。 瞬間、飛龍は背後にまわりこみ、その首を抱え込んでいた。 気合の声が迸る。 万力のような締めあげに、たちまち、朱雀は意識を手放している。 どう、と将軍の体が崩れた。 カット! ――と、聞えたのも、もちろん錯覚だ。 ACT.4■神武門――堕つる北方七宿 同じ頃。 北の神武門でも、たった一人の戦いに身を投じているものがいた。 雪・ウーヴェイル・サツキガハラを駆り立てているのは、騎士の矜持に他ならない。 (苦痛を強いられる無辜の民がいるというのなら、見過ごすわけにはいかない) 雪は剣の達人であったし、カミオロシによる力の底上げを得てもいる。 だから100人の兵を相手取るのも不可能ではなかった。だがひとつ誤算があったとすれば、この門を守る将軍が、他の方面とはやや色を異にしていたことである。 「ほっほっほっ。たった一人であらわれて酔狂な、と思うたが、なかなかどうして、楽しませてくれるものですねえ」 他3門を守る将軍が武人であったのに、この鎮北将軍は宦官なのだ。戦場に似合わぬぞろりとした黒衣で、采配を手に雪の戦いぶりを眺めている。容貌は冴えない中年男であるが、宦官特有の、あやしい、ぬめるような空気をまとっていた。 彼――玄武将軍が采配を振るうたびに、戦場には霧が立ち込めて視界をふさいだかと思えば、冷たい雨が叩きつけるように降ったり、足元が泥濘にかわるなどして、雪を苦しめた。 のみならず、配下がかしづき、うやうやしく巻物を広げると、玄武は筆を手にさらさらと絵を描く。それは山海経などに語られる妖魅や怪異のすがたであり、描かれたものはそばから巻物を抜け出て、雪へと襲いかかるのだった。 「面妖な!」 雪の太刀に霊力がまとわせられていなかったなら、術によりつくられた怪異を斬ることなどかなわず、なすすべなく貪り食われていただろう。 「やむをえん、か」 妖術の援護を受けながら斬りかかってくる兵たちの相手をしながら、雪は決断する。 「日に何度もオロすのは疲れるんだが」 ここで消耗し切ってしまえば、あとの戦いに貢献できなくなる。 しかし、ここで将軍を落とせなければ、この作戦の本懐がかなわなくなってしまうのだ。 ならば躊躇する理由はない。 雪の周囲の空気が、輝きを増したようだ。 「!? これは」 玄武が、さすがに術師だ、なんらかの気配を感じたようである。 空気が輝きを増すとはおかしな表現だが、そうとしかいえない現象だった。 雪の動きが、それまでの無駄のない太刀さばきから、舞うようなものに変わっている。 あたかも剣舞のようだ。 「やめさせなさい」 玄武は妖魅を放った。 雪の動きがなんらかの術式だとみなしたのだ。だが、放たれた妖魅は気圧されたように雪の周辺をぐるぐるまわるばかりで、襲いかかろうとしない。 「きたれ――」 雪の体が、内から発光したような、そんな気がした。 そして、彼を中心に、目に見えないエネルギーの凄まじい迸りが起こったのだ。周囲にいた兵士たちが吹き飛ばされ、妖魅が蒸発するように消えた。 「ば、ばかな。何なのです。こんな、力――」 白い光に包まれた雪が、爪先で地を蹴った。 彼の姿が消える。いや、跳躍したのだ。信じがたい高さまで飛んだ。すでに人の身体能力ではない。 圧倒的な力をもつなにかが、彼の中にいるのを玄武は感じていた。 着地する。 同時に、大勢の兵士が倒されている。何がどうなったのか、誰にも理解できない。理解する暇さえ与えずに、雪は進む。 「ひっ、く、くるな!」 玄武が采配を雪へと向けた。 そこから、大量の水が噴射する。水流は竜の姿となって、凶暴なあぎとを開き、うねりながら襲いかかる。 だが。 「――!」 雪の太刀が、水の竜を斬った。 ありえないことだが、太刀が水を斬ったのだ。 いや、水を操っていた妖術そのものを斬ったというべきか。 「覚悟!」 力を失い、ただの水に戻った竜が、北門の広場に雨となって降り注いだ。 時ならぬ驟雨に濡れるのもいとわず、その雨のヴェールさえ斬り裂いて、雪は駆けた。 玄武が、悲鳴をあげた。 雪がさらに加速する。 もはや人が認識できる動きではない。 雪の視点で見れば、降り注ぐ雨は、空中に静止した無数のちいさな水の球だったろう。 その中を、聖なる刃が滑るような太刀筋を描き、玄武を斬っていた。 ACT.5■太和殿――西太后と呼ばれた女 4人の将軍が討ち取られた。 結界は弾け飛び、門は開かれる。 太和殿は……8人のロストナンバーを迎え入れた。 「何故です。兵たちは何をしているのですか。領侍衛府が倒れたのです。健在の八旗をすぐに――」 李蓮英が命じるも、殿内には混乱と戸惑いしかなかった。 怜生の播いた種は功を奏したようだ。指揮系統が混乱している。 蓮英は……いや、ウォスティ・ベルは、その可能性に気付いたようだ。 世界図書館のロストナンバー。してやられました。 そのときだった。高らかな蹄の音が、宮殿にこだまする。 「貴様ら、気に喰わぬ」 扉を突き破って、飛び込んできたのはシンイェだ。むろんその背には阮緋がいる。一番乗りがこのふたりだ。 「死者の誇りを愚弄するか」 「いいえ」 衣の裾を翻して、ウォスティはシンイェに踏み殺されるのを避けた。 「私たちはただ、この世界の豊富な『歴史』を利用しただけです」 「それが不遜だというのだ」 阮緋が馬上から偃月刀を振るうも、ウォスティは以外に素早かった。 「なぜです。『歴史』とは、フローからストックへ変じてすでに蓄積された情報にすぎない。あなたの言うことは単なる情緒的な――」 ぽつ、と、その額に穴が開いた。 はっと見開かれた目から、急速に光が失われてゆく。 つつ……と垂れる血。 「死者を冒涜すんじゃねーよ」 怜生だった。 彼の氣弾が命中し、額を撃ち抜いたのだ ゆっくりと崩れていこうとするその身を、しかし倒れることさえ、阮緋は許さなかった。 まっすぐに振り下ろした偃月刀が、ウォスティ・ベルをまっぷたつにしていた。 ◆ ◆ ◆ 玉座の間は、静かであった。 苗木は……もはやこの大きさのものを苗木などと呼んでもいいものだろうか、というほどの巨樹になり、しかも、不気味な脈動にうごめいていた。 そのまえで、西太后は玉座に座し、しかしそのおもてに苛つきを隠そうともしていなかった。 「誰ぞ! 誰ぞおらぬか!」 ふいに、彼女は甲高い声を張り上げた。 その声が、無人の宮中に響く。 傍仕えが一人もいないなど、あるはずもないことだ。 しかし誰の姿もない。 いや、今、ひとりの影が、彼女のまえに姿を見せる。 「どうなっておる。報告を…………。そなた!」 西太后は相手をにらみつけた。 あらわれたのは金髪に青い目の、まぎれもない「異人」だったからだ。 「複製と言えど陛下へのお目通りが適うとは幸甚の至り」 ラグレスは優雅に一礼。 「陛下の軍は、大変な珍味でございました。それだけでも参った甲斐があるというものです」 西太后の、宝玉きらめく爪飾りをつけた手が、ラグレスへ向けられると目に見えぬ衝撃波のようなものが放たれたようだ。不気味な音とともに、彼の体に大きな穴が開いた。常人なら死んでいた。 「蓮英! 蓮英はどこか!」 「いまだあの奸臣の名を呼ぶか。己が部下の真偽も見極められんとは!」 阮緋だった。シンイェとともにあらわれた。 「なんと……騎馬のまま殿上に……なんたる無礼」 「ほう。馬がいかんなら、あの樹は何だ」 シンイェが言った。 どくり、と苗木がうごめく。 「今の貴方を支えているモノは醜悪なその樹だけ。貴方はその樹を護らされているだけだ。それが貴方の在り方だったのか」 「何だと」 「今を生きる者を踏み躙る所以が貴方のどこにある」 「それは予こそがこの清朝を統べるものだからだ」 「それは違う」 淡々と、シンイェは語った。 「すでにここは貴方の城ではない。あなたの国は時の彼方だ。護るべきものはここにはなく、今にはない」 「何を――」 「黙れい!!」 一喝。 鋭い声が、空気をふるわせた。 だん、と音を立てて前方の門が開く。 雷鳴が轟いた。 その閃光を背景にひとりの男が立っている。 「誰の許しを得て、皇后が皇帝の玉座に居座り軍を動かす」 ゆっくりと歩み入ってくる。 「清朝を興したのは誰ぞ。清朝は誰のものぞ。その正統な後継は誰ぞ」 男の装束は、まぎれもなく皇帝のものであった。 その手を開き、国璽を示す。 「朕の名を言うてみよ」 「……まさか」 西太后は目を見開く。 「朕の名を言うてみよ」 男は繰り返した。 「太宗――」 乾いた声で、彼女は言った。 そう、その男こそ、誰あろう太宗、愛新覚羅皇太極。 手にした元朝伝国璽がその証。 後金朝の皇帝ヌルハチの皇太子にして、2代皇帝――実質的に、清朝を成立させた人物だ。 「これより全ての指揮は朕が執る。異存あるまいな? そこは太宗たる朕の場所ぞ!」 「た、太宗……」 「何をしておる。そこをどけ」 「太宗が何ゆえおまえのような若造か!」 「いや、それは若いときの姿でよみがえった的な設定で……って、うりゃーーー!!」 怜生は、皇帝のコスプレのまま、西太后へ突進する。 妖力が放たれるのは織り込み済み。一度だけならセクタンが護ってくれる! 同時に、室内にも稲妻が躍った。 阮緋の駆る雷虎が奔り、灯火を破壊した。闇が舞い降りる。 怜生の体当たり。 反対側から近づく影は――飛龍だ。手刀が西太后の意識を奪った。 「やれやれ。西太后が妖術とはな……。映画にしてもB級すぎる」 言いながら、飛龍は玉座を振り仰ぐ。 「これが世界樹か。さて」 ヌンチャクを手に近づく。 彼が踏み出した瞬間、巨樹の幹から蔦のようなものが跳び出し、彼に襲いかかってきた。 「!」 そこへ、割って入ってきたのは雪だった。 「お、おい」 「私に構うな」 「おまえ……すいぶんつらそうだぞ」 「いささか疲れただけだ」 雪は満身創痍と言ってよかった。しかしその身で、飛龍に向かってきた蔦を受け止めている。 「お手伝いしますよ」 ラグレスが(傷はすっかり再生しているようだ)加勢に入る。 シンイェもだ。 かれらが蔦を防いでいるあいだに、飛龍は巨樹へと迫る。 「小狼(シャオラン)」 セクタンに声をかけた。 「燃やせるか?」 ◆ ◆ ◆ 「……っ」 ものの燃える匂いに、目を覚ました。 西太后は悲鳴をあげた。 燃えている。 樹が――あの樹が燃えている。 「慌てるな。建物は燃やさない。燃えちまったところは直すってよ。そういうことができるやつらがいるんだ」 そのときはじめて、西太后は自分が膝枕に寝かされていたことを知る。 「……誰ぞ」 「てめえの息子――だって言ったらどうする」 リエはふっと微笑んだ。 「何をバカな」 「バカじゃねぇさ。……てめぇが愛した国はもうねえ。変わっちまったんだよ、時代が」 「……」 リエの傍には白燕がいて、ふたりを見守っている。 その頬にも、世界中の苗木を燃やす火の色が映り込んでいた。 「でもな。国がなくたって……てめえが命を賭して守り抜いた民は連綿と生き続けて、あとに子孫を残してる。王朝が途絶えても魂と誇りは変わらず受け継がれる。あんたが礎になったから俺の国がある。あんたがいたから、この国があって、俺が生まれたんだから……俺もあんたの息子みたいなもんだろ?」 「……」 「君主はみなそうだ。民草は、君主にとって子も同然。……貴方も、そうだったはずだが」 「……予は――」 リエは、そっと、西太后を立たせた。 そして、宮殿の外を望める門のほうへと歩かせる。 「見てみな。今もこの国は、綺麗だろ」 「……」 白燕は、世界中の苗木が燃え落ち、崩れてゆくのを見た。 同時に、西太后の気配がどんどん希薄になっていることも気づいている。 「この世の中では滅びは必至。今は貴女の役割は終わった。過去へ。歴史の中へ帰るがいい」 そう、声をかけた。 消えてゆく。 世界中の苗が『歴史』から呼び戻した存在は、苗木が滅びるとともに、消えるのだ。 「謝謝」 リエは最後に言った。 「謝謝、老仏爺」 西太后にはさまざまに陰惨な逸話が伝えられているが、一方で、そのどれもが、明確な証拠のない、史実とは言えないものだという説がある。 「西太后は悪女じゃねえ。無能な夫と息子に成り代わり斜陽の王朝を支えた女傑だ。俺は尊敬してる」 帰りのロストレイルでリエがぽつりとつぶやいたのへ、 「為政者は誤解されやすいものだからな」 白燕はそう応じた。 西太后は「老仏爺(ラオフォイエ)」という称号でも呼ばれており、「老仏爺」とは「仏のように慈悲深い」という意味だという。
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