そのとき、司書たちは感じた。 ターミナルごと、軋んで揺らぐような、無数の轟音を。『導きの書』を抱きしめて、司書たちは天を仰ぐ。 ――予言はつねに、残酷な未来を映し出す。 しかし旅人たちは、何度もそれを凌駕してきた。その想いを武器として、運命のチェス盤が示す破滅のチェックメイトに抗ってきた。 だから。だから今度も。 だから――ああ、だけど。 *-*-* ……そもそも。「ねーねー、みなさ?ん! たまには世界司書有志で、美味しいものでも食べながら親睦を深めて親密度を高めましょうよぉ?。んねー、アドさん~。ルルーさん~。モリーオさん~。グラウゼさ~ん。緋穂た~ん。茶缶さ~ん(正式名称スルー)、ルティさーん、予祝之命さん~、にゃんこさ~ん、灯緒さ~ん、火城さぁん」 などと言い出したのは、無名の司書だった。気分転換になり、お互い仕事もはかどるだろうし、というのはまあ、後付け設定である。 クリスタル・パレスの定休日を活用すれば、店長のラファエル・フロイトも、セルフサービスを条件にリーズナブルな貸し切りに応じてくれるだろうし、そういうことならと、ギャルソンのシオン・ユングが休日出勤するのもやぶさかではなかろう。 ――という目論見のもと、世界司書たちによる非公式の『懇親会』はいきなり開催されたのだが。 おりしも、皆に飲み物が配られ、乾杯の音頭がなされたとき、第一報は入った。 ウォスティ・ベルによる宣戦布告と、キャンディポットの死亡、そしてホワイトタワー崩壊を。 いち早く50名のロストナンバーたちが、対処するために駆けつけたことも。 懇親会は中断され、カフェは慌ただしい情報収集の場となった。 息を詰め、第二報を待っていた彼らは、天空が割れたかのような、不吉な爆音を聞いた。「皆さん、下がってください!」 異変を察知したラファエルが、司書たちを壁際に避難させる。 喉を焼くような熱風。鉄骨がひしゃげ、硝子の破片が飛び散った。 観葉植物が次々に横倒しになる。鉢が割れ、土が散乱していく。 クリスタル・パレスの天井を突き破り、ナレンシフが一機、墜落したのだ。 *-*-*「……!!」 紫上緋穂は両手で口を押える。悲鳴がくぐもった。「店長!」「ラファエル!」 走り寄った無名の司書とモリーオ・ノルドが眉を寄せる。 ナレンシフが横倒しに床にめりこんだ際、ラファエルも足を巻き込まれていたのだ。「大丈夫……、じゃなさそうだな。痛むか?」 贖ノ森火城が、傷の具合をたしかめた。「たいしたことはありませんよ。骨折程度ですので」「程度ってあんた」「私はいいとして、中にいるかたがたが心配です。彼らのほうが重傷でしょう」『どれ』 アドは尻尾をひとふりし、するするとナレンシフをよじのぼる。上部に破損があり、そこから中を伺えたのだ。『あー、いるいる。工事現場の監督みたいなおっさんと、他にもいろんなのが大勢。オレより弱そうなのもいるぞー。非戦闘員をどっかに避難させようとして流れ弾に当たったってとこかぁ』「ドンガッシュ、さまと、世界樹旅団の……。皆様、お怪我をしていらっしゃるのですか?」 少しためらってから予祝之命は、ドンガッシュに「さま」をつけた。目隠しの奥から気遣わしげに問う。『んー。みんな、けっこう血まみれー』「それはいけない。シオン、早く皆さんの治療を」「おれじゃ無理だよ。止血くらいしかできねーぞ」 それでもシオンは救急箱を持ってきた。包帯と消毒薬と擦り傷用軟膏と胃薬があるくらいで、何とも心もとない。「その前に、ここから出してあげないとじゃないー?」 ルティ・シディが、コンコンと出入口らしき部分を叩く。「どうすれば開くのかしら」「開閉機能が壊れてるようだ……。だめだ、開かない」 グラウゼ・シオンが進みでて、二度、三度、銀色の機体に体当たりをした。 だが、びくともしない。「茶缶さんが、『とびらのすきまにせいぎょそうちがはさまってます』みたいなことを言ってる……、ような気がするの」 無名の司書が、宇治喜撰241673をふにゃんと抱えながら、よくわからない通訳(?)をした。「隙間――と言っても」 灯緒が、そっと前脚を伸ばし、冷たくなめらかな表層に触れる。「1ミリもないにゃあ」 黒猫にゃんこも、ぽふん、と、前脚を押し付けて思案顔になる。 大小の肉球が、銀の機体に並んだ。 *-*-*「皆さん、ご無事ですか!?」 ティアラ・アレンが駆け込んできた。画廊街近くに位置する古書店『Pandora』は、クリスタル・パレスからさほど遠くない。 ナレンシフの墜落が『Pandora』からも確認できたため、様子を見に来たのだという。 店内の惨状に息を呑むティアラには、非常に珍しい同行者がいた。「ロバート卿。意外なところでお会いしますね」 ヴァン・A・ルルーに言われ、ロバート・エルトダウンは苦笑する。「僕が古書店を訪ねるのは、そんなに意外かな? マツオ・バショウの『おくのほそ道』を読んでみたくなって――いや、それどころではないようだね」「ええ。開閉機能の故障で、負傷者の救出が困難になっていて」「……ふむ」 ロバート卿はみずからのギアを取り出した。金貨から放たれた光の刃は、ごく僅かな隙間をも貫通し、開閉をさまたげていた制御装置は撤去された。 扉が、開く。 満身創痍のドンガッシュが、ふらつきながら現れた。 額から、ぽたりぽたりと血が落ちる。「……ここは……?」 ドンガッシュは店内を見回した。「世界図書館の非戦闘員たちを保護している避難所のようだな……。壊してすまない」 ドンガッシュはおもむろに、右腕を巨大なショベルに、左腕をドリルに変えた。『世界建築士』の力により、みるみるうちに、破損した天井は元に戻っていく。 修復は、すぐになしえたが……。「ドンガッシュさん!」 がくり、と、ひざをついたドンガッシュが床にくずおれる前に、ラファエルが受け止めた。「シオン、止血を!」「お、おう。無茶すんじゃねぇよ、おっさん。傷、広がってんじゃんか」「治療などしなくていい。この地で果てるなら、これも運命だ。……だが」 ドンガッシュは、ナレンシフの中にいる旅団員たちを見やった。「他のものたちは保護してほしい。皆、戦意はないし、負傷もしている」「ドンガッシュのおじちゃん!」 ナレンシフの中から、純白の毛並みのユキヒョウの仔が、足を引きずり、出て来た。「やだよ。死んじゃやだよ。世界とかじゃなくて、みんなで住める大きな家をつくってくれるって言ったじゃないか」 大きな青い瞳に涙をためて、ユキヒョウの仔は、小さな頭をドンガッシュに擦りつける。 その愛らしさに、ふっと微笑んだロバートは、ユキヒョウに向かって手招きをした。「おいで。傷の手当をしなければ」 しかしユキヒョウは、警戒心をむき出しにして、じりりと後ずさる。「おいで」「やだ!」 かまわずに近づいて、抱き上げようとしたロバートは、手をしたたかに噛みつかれてしまった。 くっきりとついた歯型から、血があふれ出す。「あちゃー。怪我人が増えてやんの。消毒薬少ないのになー」 シオンは新しい脱脂綿を取り出した。「……まあ、なんだ。子ども好きなのに子どもからは好かれないひとってのは、いるよな、うん」「それはフォローのつもりかね? 僕も人並みに傷ついているのだが」「おまえたちなんか信じない。誰も信じない。世界樹旅団のやつらも、世界図書館のやつらも」 ユキヒョウは威嚇を続ける。「みんな、殺すつもりなんだ。ドンガッシュのおじちゃんも、ここにいるみんなも、全部ぜんぶ、殺すつもりなんだろう。近づくなよ!」 *-*-* 突然起こったその出来事に誰もが注目している中、風がはらはらと緋穂の導きの書をめくった。何気なくそれを覗きこんだ緋穂の瞳が驚きに見開かれる。「みんな! 大変!」 突然上げられた緋穂の大声に、その場にいた者達が振り返る。「あの落下したナレンシフに、クローディアが乗っているみたい!」「!?」「でね、不確定な未来なんだけど……」 彼女が言葉を続けようとしたその時、ふらぁっとナレンシフから出てきた人影があった。 今までと違い、シンプルなドレスに身をまとったその姿。ドレスやピンクがかった薄紫色の髪の一部を血で濡らして立つ彼女は、手に本を抱き、腰に細身の剣のようなものを下げている。その血は彼女自身のものなのか、他の旅団員のものなのか。 ゆらぁ……ゆらぁと揺れるように歩いているのは落下の衝撃でどこか痛めたからだろうか。 ゆっくりと、ゆっくりと彼女はこちらに近づいてくる。「細かい説明をしている暇はないけどっ……」 その姿を見て緋穂が声を上げる。一体彼女はどんな不確定な未来を見たと言うのか。「このままにしておくと、クローディアは旅団員に殺されちゃう!!」 騒動を聞きつけて駆けつけたロストナンバーたちは緋穂の叫び声のようなそれを聞いて、目を見開く。 クローディアが殺される? 世界図書館に亡命しようとするからか? それとも自分を監視していた従者たちを世界図書館に渡したからか? 憶測は留まることを知らない。ただ、今こちらにふらふらと近づいてくる彼女からは、殺気のようなものが感じられて。 とても投降しに来たとは思えないのだが……。 スチャッ。 立ち止まった彼女がおもむろに細身の剣を抜いた。そして軽い足取りでこちらへと向かってくる。(斬りかかって来る!?) 誰もがそう思った。しかし彼女は走りながら細身の剣を振り上げ、振り下ろす。 ブオッッ!! 発生したのは目視しにくい衝撃波。それはまっすぐに無防備な緋穂へと向かって――「きゃぁっ!?」 本能的に危険を察知した緋穂が腕で頭を隠そうとする。その時。「やめてください!!」 シュンッ!! 聞き覚えのある美しい声が、険のある言い方で発した大きな声。その喉から発せられた衝撃波が、クローディアが発したそれに向かって飛ぶ! ブワッ!! 辺りを生暖かい風が吹き抜けた。2つの衝撃波が相殺し合った余韻だ。「なぜこんなことをするのですか」 問うのはトラベルギアの力で緋穂を守ったユリアナ。普段は他人を傷つけることを厭う彼女だが、護るためには力を惜しまない。 ユリアナは報告書を読んでいて知っていた。【ビブリオプリンセス】クローディア・シェルの心が揺れ動いていることを。 なのになぜ彼女は攻撃をしてくるのか。「私には、6つの目がついているの」「……?」「だから、戦わねばならないの」 クローディアはぶんっと剣を振るようにしてから再び構える。本はいつの間にか腰に下げるようにしていた。 一体彼女の言葉はどういう意味なのだろう。 そして導きの書に現れた、不確定な未来――クローディアが旅団員に殺されるというもの。あれは……? 緋穂はクローディアの動きに注視しながらもさっと視線を動かした。周囲ではナレンシフから出てきた非戦闘員と思しき人達が手当を受けるかどうか迷っていたりしているようである。 だが、中にはいくつかこちらの動きを見ている者達もあった。自分達や仲間達の傷を気にするよりもこちらが気になる者達はどういう意図があるのだろうか。 クローディアがしていることは、ある意味世界図書館を警戒しているあのユキヒョウの仔と同じではないか。 では、なぜ――? 鋭い視線を向けているのは何人か、そしてそれはどういう意図なのか。 クローディアが本当にしたいことは何なのか……。======!注意!イベントシナリオ群『進撃のナラゴニア』について、以下のように参加のルールを定めさせていただきます。(0)パーソナルイベント『虹の妖精郷へ潜入せよ:第2ターン』および企画シナリオ『ナレンシフ強奪計画ファイナル~温泉ゼリーの下見仕立て観光風味~』にご参加の方は、参加できません。(1)抽選エントリーは、1キャラクターにつき、すべての通常シナリオ・パーティシナリオの中からいずれか1つのみ、エントリーできます。(2)通常シナリオへの参加は1キャラクターにつき1本のみで、通常シナリオに参加する方は、パーティシナリオには参加できません。(3)パーティシナリオには複数本参加していただいて構いません(抽選エントリーできるのは1つだけです。抽選後の空席は自由に参加できます。通常シナリオに参加した人は参加できません)。※誤ってご参加された場合、参加が取り消されることがあります。======
どうやってこの状況を知ったか、それは各人それぞれで異なるだろう。 例えばマルチェロ・キルシュ――ロキはホワイトタワー襲撃の知らせを受けて恋人の身を心配し、合流を図ろうとした際にナレンシフの墜落を目撃した。そして墜落場所が友人、シオンの職場だった為に駆けつけたのだ。そして偶然緋穂を発見し、駆け寄った。 「緋穂! 無事か!?」 「ロキ! 今のところ大丈夫だよっ!」 「安心しろ。守ってやるからな。妹を護るのが兄の勤め、って言うだろ」 緋穂を妹のように思っているロキと彼を兄のように思っている緋穂。ロキの言葉に緋穂はホッとしたような表情を浮かべ、彼の後ろに隠れる。 「ユリアナさん、コージーさん、ロキさん、風雅さん。誰か1人クローディアさんと本気で戦って戦いを引き延ばして下さい。監視者がいるってことだと思います……もしかしたら服にも何かついているかもしれないです。その人や物を見つけて排除しない限り、クローディアさんが殺されるって事だと思います……多分、クランチのスイッチで」 近くにいて騒ぎを聞きつけた吉備 サクラが低く呟いた。その言葉の途中で風雅 慎が飛び出す。 「悠長に話をしている暇はないはずだ。相手は本気で向かってきているだろう?」 今現在、クローディアと対峙しているのはユリアナのみだ。このままここで話を続けていては、戦闘慣れしていないという彼女一人に負担がかかってしまう。 それに慎は元々クローディアを抑えに回るつもりでいた。他は仲間を信頼して任せ、とりあえず己はユリアナとクローディアの前に飛び出す。 「私を止めようというの?」 クローディアが走りだし、慎を斬りつけようとする。だが慎はそれをひらりと交わし、挑発するようにクローディアを見た。 「問答無用か。ならオレも容赦はしない」 (この女をこのままにしておけば旅団に殺される……どこか知らない所で勝手にいなくなるなら邪魔はしないが) 目の前にいると放っておけない、それが慎の優しい所。 「……変身!!」 ――イグニッション―― 電子音と共に慎の身体に変化が訪れる。瞬く間に彼の身体は全身バトルスーツに包まれる。飛躍的に上がった身体能力は、彼女の持つ細身の剣くらいなら受け止めてもたいした傷にはならないだろう。 (最近旅団の連中に良いようにやられすぎだ。ここらでひとつでも奴らの思惑をぶち壊しておくか……例えば、そこの女を護り抜く、とかな) ふっと口元に笑みを浮かべ、慎はクローディアに接近する。剣の間合いを破って繰り出したパンチは、かろうじて避けた、と端から見える位置を狙って繰り出されていた。 (普通に考えれば、旅団の戦力として働いているか3人に監視されている。不審な行動をとれば殺される……ってとこか) 慎もクローディアの発した言葉について考えていた。ならば下手に素直に説得しないほうがいいと考え、戦いを引き受けたのだった。 *-*-* 「慎、手加減してくれてるな」 「……! そっか」 ロキの言葉にコージー・ヘルツォークは飛び出しそうになった身体を必死で押しとどめる。慎が本気でクローディアを倒そうとしているなら、力づくでも止めに入るつもりだった。けれども慎もクローディアの意図、皆の意図に気がついているようでほっと胸を撫で下ろす。予め相談とすり合わせが出来ないということがどれほど怖いか一同は感じていたが、これで少しは安心だ。 慎が時間を稼いでくれている間に、一同はそれぞれ意見を交わす。 「俺もクローディアに『部品』が埋まっているかもしれないって考えてた。もしそうなら……裏切れない理由に成りうる」 「おれは部品云々はよくわからないけれど、ちょっと違う気がするな」 「どういうことですか?」 サクラとロキの部品説に異を唱えたのはコージーだ。 「だったらカロとヒロには『部品』は埋まってないのか? クローディアを監視する側だったから? でもクローディアに元々仕えていたのだったら、裏切る可能性はあったわけで」 ホワイトタワーに収監されていたカロとヒロは助けだされて無事らしいという話を聞いていた。 「でも、クローディアさんは監視から逃れたがっていたわけですから、万が一双子が『部品』で殺されても、自分が解放されればよかったとか……」 「サクラ、本当にそう思ってる? 本当にクローディアはそんな子だと思うのか?」 「……」 諭すように詰め寄るコージーに慌てる心を悟られたかのようで、サクラは必死に自分の心を落ち着かせようとしている。 「まあ、落ち着けよ。それだけじゃ『部品』が埋まってないとは言い切れないし、念には念を入れた方がいい。人の命がかかってるんだ」 「うん、そうだな、ごめん」 ポンポンと肩を叩かれ、コージーも落ち着きを取り戻す。 「まずその監視者を見つけ出さないと」 「ああ」 「ゆりりん、お願いっ」 サクラはオウルフォームに姿を変えているセクタンを放ち、視界を共有する。まず探すのはこちらを見ている人間且つ何かを隠し持っていそうな人間。 (スイッチを持っている者がこちらの様子を見ている者の中にいる……?) ロキはトラベルギアを抜刀し、緋穂の護衛に専念する素振りを見せながらこちらを……否、クローディアを狙う視線に注意を払う。 「俺の身に何かあったら、緋穂を頼む」 同じく緋穂を守っているユリアナにだけ聞こえるように小声で告げて。ユリアナは了解したとばかりに小さく頷き返した。 *-*-* その間も慎はクローディアを抑えていた。剣を受け止め、あるいは後ろに飛び退って避け、パンチやキックをぎりぎり避けられるような場所へと繰り出す。クローディアは最初こそなぜ自分に攻撃を当てないのかと不思議そうに眉をしかめていたが、後方でコージー達がなにか相談をしているのを見て何となく悟ったようである。 「どうして……」 小さく呟いて、細工物のように美しい表情を曇らせた。 *-*-* 慎がクローディアを抑えてくれているおかげで、三人はその後方に集まっている者達を観察することができた。クリスタルパレスに集まって、旅団員達を手当をしている者達、説得をしている者達。未だ不安そうにそんな図書館側のロストナンバー達を見ている旅団員達、そしてこちらで繰り広げられている戦いを、何が起こっているのかと訝しげに、見ている者達――その中に、明らかに違う種類の視線が混じっているはずだ。三人は必死に目を凝らす。 (もしかしたら空中に何かあるのかもしれません……) サクラはゆりりんに指示を出し、周囲の空中の監視の目を確認、更に服に無線機や目の意匠その他科学的魔法的に監視するような装置があるか確認をする。だがそのようなものは見つからなかった。やっぱり監視者は、ナレンシフに乗ってきた旅団員に混ざっていると考えるのが妥当だろう。 「くっ……決め手に欠ける」 旅団員の中にはユキヒョウの仔のように図書館のロストナンバーを信用していない者もいて、そういった者がクローディアの動きを応援している場合もある。ゆえになかなか見ただけでの特定は難しかった。 *-*-* 「どうした? この程度か!」 戦っていると周りから見えるほうがクローディアにとって都合がいいだろう、そう考えて慎は衝撃波を身体で受け止める。多少怪我をしても問題ない、と傷を負う覚悟はしていた。 「私がそんなにクランチ様に信頼されていると思う? 私の能力に利用価値があるように見える?」 「……?」 なにか言いたいことがあるなら間接的な表現でも語りかけてくるだろう、慎のその考えは当たりだ。だがその自嘲するような台詞に込められた意味がわからない。 (どういうことだ? 自分はそれほどクランチに信用されていない、自分の力は利用価値がない、そう言っているのだろうがだから何だ?) 「……」 慎に上手く通じなかったことを悟ったのだろう。クローディアは慎を避けるように衝撃波を放った。 「きゃぁぁぁっ!」 「!」 悲鳴が聞こえた。緋穂の声だ。 「やめ……」 再びギアによる声の衝撃波で相殺しようと口を開いたユリアナ。だがそれよりも早く動いた影があった。 ロキだ。 緋穂の前に飛び出し、その身体で衝撃波を受ける。 どごっ! ザシュザシュっ! 腹部に重い衝撃が来たかと思えば、腕や足を風が切り刻んでいく。ふらつきはしたがぎゅっと脚に力を入れて、ロキは留まる。 「あ……ロ、キ……」 へたり込んだ緋穂が口元に手を当てて顔面を蒼白にしている。そんな彼女の肩を抱くようにしながらユリアナが旋律を紡いだ。温かいその旋律はロキの小さな擦過傷と切り傷を癒していく。 「大丈夫、だ。もう少し、我慢してくれよ、緋穂」 それまで監視者探しに向けていた意識をクローディアへと移す。彼女は再び剣を振りかぶり、衝撃波を放とうとしていた。 ロキはトラベルギアのナイフに意識を集中させる。それと同時に刃先に光が凝縮していく。慎がクローディアとの間合いを詰めようとしているのが見えた。彼女が剣を振り下ろすより早く、ロキが動いた。 「いけ! グングニル」 ギアで空中を突くようにする。すると刃先に凝っていた光が槍のように伸びクローディアの手元を目指す。 「私はクランチ様に有用だと判断されたかった……私の能力が有用ではないから、部品を埋め込む必要があると判断されなかっ……きゃぁぁぁぁぁっ!!」 光の槍がクローディアの手を貫いた。彼女はたまらずに剣を落とす。ガシャンと耳障りな音が響いた。 「! そうか!」 ロキはそこで、彼女の狙いを察した。 慎にのみ話して理解してもらっても、彼が叫んでそれを伝えれば監視者にも伝わってしまう。だから緋穂を攻撃して注意を自分に向けたのだ。勿論、誰かが緋穂を護るであろうと予測して。 そして彼女が伝えたかったのは――自分には部品が埋まっていないということ。 ロキは急いでそれをサクラとコージーに伝える。 「ああ、でもそれだと余計に誰が監視者かわからないです……」 焦りを色濃くするサクラの肩に、ゆりりんが舞い降りた。落ち着いて、とでも言うように。 「そうだサクラ、こっちを見ている旅団員に幻覚を見せられないか? 多分、あいつとあいつとあいつ!」 「それはできますけれど……なんであの三人に?」 「山勘。でも根拠はある」 あの三人は目に憎しみより冷静さが目立つのだ。クローディアを応援して観戦しているのだったら、憎しみが目立つはず。なのに妙に目が冷静な者がいておかしいと思ったのだ。 「なるほど、わかりました。ではどんな幻影を見せますか?」 「クローディアがこっちに寝返る幻影を頼むよ。そうしたらきっと、彼女を殺しに出てくるはずだろ?」 「わかりました。私は人を取り押えるのに向かないから……今から私がクローディアさんと戦います。その間に絶対監視者を取り押えて下さい、お願いします。私、クローディアさんを助けたい……友達になりたいんです」 サクラの真摯な言葉にコージーもロキも頷く。サクラは鉄パイプを見つけてきて、そして慎と戦っているクローディアを見た。その後ろの、コージーが指摘した三人を見て、幻覚を見せていく。 「こんなことになっちゃったけど! おれ、まだみんな仲良く出来ると思ってるからね!? だから! まず! おれはあんたたちをみーーんな助ける! そもそも怪我してるのに敵とか味方とかないっ!」 びしぃっと指を突きつけて、コージーが宣言した。 「………くす」 その大声を聞いて、慎と戦っているクローディアがかすかに微笑んだように見えた。 ざっ……! コージーの叫びは丁度タイミングが良かったのだろう、サクラの幻覚にかかった三人が、素早く飛び出してくる。その動きは一般人のものではない。 ただ、飛び出てきた先に目的の人物はいないけれど。 「慎さん! 私と代わってください!」 「わかった」 サクラの言葉の意図を察したのか、慎はクローディアの相手をサクラに譲ると飛び出てきた旅団員達を取り押さえに向かう。 ひゅんっ……! ロキのグングニルにで貫かれたのとは逆の手で剣を握ったクローディアがそれを振るう。 カンッ、カンッ!! 甲高い音を立てて、サクラは鉄パイプでそれを受けていく。逆の手だというのにクローディアの剣の威力はそこそこある。もしかしたら両利きなのかもしれない。 鉄パイプはすぐには斬り飛ばされないだろうが、サクラは力負けしないように必死だった。必死で剣を受けながら、訴える。 「お友達になれるかと思ったのに! どうしてこんなことするんですか! 酷いです! 嫌いです! もうあなたの事なんか知りません! どこか行っちゃって下さい!」 「そう……私はここでも必要とされないのね」 剣を受け止められながら、クローディアは傷ついたように、笑った。 *-*-* 飛び出してきた旅団員達は、本物のクローディアがいるのとは別の場所へ向かってきていた。 ある者は毒を塗ったナイフを手に、ある者は掌に魔法の闇を凝らせて。ある者は大きな鈍器を振りかぶって。 ロキとコージー、慎がそちらへ向かったが、彼らは幻影のクローディアしか見ていないようだ。彼女の始末が最優先なのだろう。 傷が癒えきっていないロキは、鈍器を振りかぶったまま走っている男の前にひょいと長い脚を出した。すると恐ろしく簡単に引っかかる。 つんとけつまづいた旅団員はその大きな鈍器の重さに引っ張られるようにして、派手にずざざざっと転んだ。もしかしたら顔面を強打したかもしれない。確かめるのは後にして、ロキはその旅団員を取り押さえる。 慎はその素早さと力を生かし、ロキよりも早く旅団員を取り押さえ、その場にあったテーブルクロスを引きちぎって拘束していた。そして彼が向き直ったのは魔法の闇を凝らせている男。 「避けろ!!」 魔法を放つ際の強まった殺気を敏感に感じて、慎は叫ぶと同時に駆けた。だが魔法の軌道上にいるコージーは避けようとしない。慎はふと視線の端に映ったものに気がついた。魔法の軌道上に、膝をついている緋穂と彼女を安心させるようにしているユリアナがいる。 そう、コージーが魔法を避ければ二人に当たるのだ。 (無茶だ!) 魔法がコージーを飲み込むのと慎がコージーを突き飛ばすのは、慎の方が早かった。 「うわっ!」 床を転がるようにしてコージーは魔法の軌道から逃れる。代わりに闇は慎にぶつかり、そして――。 「一気に行くぞ」 闇を霧散させながら現れた慎は手にしたカードを挿入する。耳慣れた機械音が響く。 ――ファイナル―― そしてそのまま魔法を使った旅団員に向かい……。 「はぁ……っ! インフィニット・アイテェェルッ!!」 必殺の一撃で、旅団員を伸した。そしてコージーを振り返る。 「俺なら多少は大丈夫だ。行け」 少しずつではあるがダメージは蓄積している。だがまだ動くのに支障はない程度だ。慎は本物のクローディアの方に顎をしゃくった。コージーがクローディアを気にしていることに気がついていたのだ。 「ありがと!」 コージーは礼を言い、サクラと大立ち回りを繰り広げているクローディアの方へ向かうのだった。それを見て慎は、今さっき伸した旅団員を担ぎあげて、先ほど拘束した旅団員のそばに下ろした。ロキの拘束している旅団員とともに同じ所にまとめるとつもりった。 *-*-* ザシュッ! クローディアの手にした剣が肉を貫いた。刃を伝って手元に鮮血が流れこむ。その事実に彼女は目を見開いていた。 カランカランカラン……。 サクラが手にしていた鉄パイプが床に転げ落ちる音が少し遅れて響いた。 少し離れた所で尻餅をついているサクラの目も、見開かれていた。 「サクラ、突き飛ばしちゃってゴメンな。本当は女の子に乱暴なことはしたくなかったんだけど、危なかったから」 「私のことよりコージーさん、自分のことを気にしてください!」 悲鳴のような声で叫ぶサクラ。だが腰が抜けたのか、そこから動くことは出来ない。 コージーの腹には、クローディアの剣が突き刺さっている。 「ほら、手、離して」 「……なん、で」 こわばって固まってしまったようなクローディアの指を、一本一本外して、コージーは剣から手を離させる。そして腹に剣を突き刺したまま、彼女の腰のホルダーから本を取り上げた。その間、クローディアが抵抗することはなかった。もしかしたら自分のした事の衝撃に、固まってしまったのかもしれない。 「身体が勝手に動いちゃったんだから、仕方ないよな?」 笑う、コージー。ぽたぽたと溢れる血が、足元に血だまりを作っていく。だが彼の能力のおかげか、血は流れているが内蔵には損傷が殆ど無さそうだ。血の量が多くて重傷に見えるが、実際の所そんなにダメージにはなっていない。クローディアがそれを知っているはずはないが。 『わしの加護を当てにしすぎじゃ』 コージーの力の源でもある守護者レオニスの声が聞こえる。普段はめったに口を挟んでこないのだが、さすがに今回ばかりは見かねたのだろう。 「だっておれ、殴れないよ」 非力で病弱な女の子なんだもん、にかっとコージーは笑った。 「私は貴方達に迷惑をかけた。酷いことも目論んだ。そしてこうして貴方を刺してしまった。それでも……」 「それでもおれはクローディアを守るよ」 つらそうに表情を歪めるクローディアの言葉を遮って、コージーは真顔で彼女を見つめた。と、どすん、と座り込んでしまう。 「流石に無茶しすぎです! 私の代わりに……」 「誰も殺したくないし、殺させたくないんだ」 動けるようになったサクラがオロオロしながらコージーの血を止めようと近寄ってくる。剣を抜こうかとも考えて、それでは逆に出血が増えてしまうと思い直して。 本当ならばクローディアは体勢を崩したサクラに細身の剣を突き刺すはずだった。けれどもすんでのところでコージーがサクラを突き飛ばして身代わりになったのだ。 「ねえ、貴女は私の力がすごいと言ったわ。皆に感謝されることに使えば、みんな私の力を必要としてくれるだろうと言った」 「言いました……けど」 今はそれどころではないのに、サクラはこれ以上血が流れないようにとせめてもの抵抗に自分の手をコージーの傷に押し当てながら、クローディアを見つめる。 「私に世界図書館に来いといったわ。それは今でも変わっていない?」 「……。クローディアさんが考えを変えてくれるなら」 少し考えるようにして、サクラは呟いた。同じ趣味を持つ者として友達になれるかもしれない、そう思ったのは事実だ。クローディアが力を使う方向性を変えてくれるのなら。 「私の本当にやりたいことを手伝ってくれるって言ったわよね」 「うん、言ったよ」 クローディアは今度はコージーに向き直る。コージーは刺さった剣をそのままにしながら「教えてくれる気になった?」と笑う。 「なんで笑っていられるの……どうしてそこまでして私を……」 「クローディア、それはもう聞かなくてもわかってるんじゃないのか?」 その声に振り返ってみれば、拘束した旅団員を一人引きずるようにしてロキがこちらに近づいてきていた。後ろから慎も二人を引きずってきている。 「……お前が危険を推してここまで来たのは何のためだ? 死に場所を探すためか? 違う! お前の望む未来が欲しいからじゃないのか!」 咎めるように、諫めるように、鼓舞するように慎が檄を飛ばす。 「諦めたくないんだろ! 怖くても最後まであがいてみせろ!」 「正直になってみたらいいんじゃないかな。監視者達はこうして気を失っている。三人とも捕まえた。多分クローディアが正直になっても、誰も咎めない」 ロキが辺りを見回す。離れたところにいる旅団員達は次々と手当を受けて、そこは世界樹旅団と世界図書館の別がなくなっている。 「貴方達を信じてもいいのね?」 ぐるり、彼女は四人を見回すようにして。 「カロとヒロは無事だよ。これも足りない?」 コージーが安心させるように告げると、クローディアはそれまでの緊張を解くように深く深く息をついた。そしてコージーから本を取り返す。 「貸して」 「死ぬのも攻撃するのもなしだよ?」 「……」 黙ったまま、クローディアは本を開くと何か呪文のようなものを唱えだした。本から生じた暖かい光が、コージーの傷に染みこんでいく。まず血が止まり、ゆっくりと傷がふさがっていた。 「血は止めてあるから、剣を抜いて」 「ああ」 ロキが血にまみれた剣に手を添え、一気に引きぬく。通常ならば血がが湧き出そうなものだが、それは杞憂に終わった。クローディアの言う通り、血は止まっているようだ。 抜いたそばから光の粒子がコージーの傷に触れて、塞いでいく。クローディアは息をついて口を開いた。 「失った血までは戻せないから、しばらくおとなしくしていたほうがいいわ。食欲があるなら造血効果のあるものを食べて」 「あはは、ごはんを食べる準備ならいつでもバッチリだよ!」 にかっと笑ってみせたコージーは、表情を穏やかなものに変えて。 「また会えて、よかった」 また会おうと約束したから。だからそう告げられるのがほんとうに嬉しい。 「……そうね」 素直じゃない本のお姫様は、小さく、だが歳相応に笑った。 *-*-* 「貴方達の傷も直させてちょうだい」 クローディアの申し出を受けてロキと慎、サクラも治療をしてもらった。暖かい光がゆっくりと三人を癒していく。 「私は誰かの役に立ちたかったの。カロとヒロに楽をさせてあげたかったの……でも、旅団では叶わなかった。言われるがままに力を示すテストを受けたけれど、きっと『使えれば儲けもの』程度だったんでしょう……」 「これからはきっと、そんな事はない。役に立ちたいと思えば、自分で考えて動く必要はあるがな」 「……ありがとう」 「知るか! …諦めるのが嫌いなだけだ」 彼女の礼の言葉がこそばゆかったのか、慎はそっぽを向いてしまった。 「旅団に一度戻ったのは何のため?」 「……カロとヒロのためよ」 コージーの問いに答えるか否か数瞬迷った後、彼女は言葉を紡いだ。 「彼らの分、咎めを受ける者が必要でしょう? でなければ二人がいずれ咎められる……出来れば二人には、もうそういうのとは無縁に過ごして欲しかったから。私なら、いくらでも……」 「そんな悲しいこと言わないでください!」 話を聞いて思わず叫んだのはサクラだ。乱れたおさげで必死に言い募る。 「お友達が傷ついたら、私も悲しいです!」 サクラの中では、もうすでにクローディアは友達と認識されたようであった。 「緋穂とも友だちになれそうだよな……っとあの二人も無事そうだ」 ロキが視線を緋穂とユリアナに移した時、その二人の表情がだんだんと青ざめていくのがわかった。 「いやあぁぁ……」 「なんでしょう、あれ、は……」 ふたりとも青ざめた顔で上空を見上げている。心なしか、今までも淀んでいた空気が更に淀んだ気がした。 「緋穂?」 「ユリアナさん?」 二人の視線を追うようにして、五人も上空を見る。 「「「!!!!!」」」 そこには恐ろしい光景が広がっていた。 特別なことのない限り表情の変わらぬ0世界の上空に浮かぶナラゴニア。そこから植物の根のような、蔓のようなものが無数に舞い降りてきているのだ。 ドス! ドスドスッ!! それらは容赦なく、0世界の地面へと突き刺さっていく。 「緋穂!」 ロキは妹分に駆け寄って、庇うように立つ。 いったい何が起こったのか、これからどうすればよいのか、誰にも分からなかった。 一つだけ確かなことは、一人の少女の心と命、そして未来を救えたことだけだった――。 【了】
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