そのとき、司書たちは感じた。 ターミナルごと、軋んで揺らぐような、無数の轟音を。『導きの書』を抱きしめて、司書たちは天を仰ぐ。 ――予言はつねに、残酷な未来を映し出す。 しかし旅人たちは、何度もそれを凌駕してきた。その想いを武器として、運命のチェス盤が示す破滅のチェックメイトに抗ってきた。 だから。だから今度も。 だから――ああ、だけど。 † † † ……そもそも。「ねーねー、みなさ〜ん! たまには世界司書有志で、美味しいものでも食べながら親睦を深めて親密度を高めましょうよぉ〜。んねー、アドさん〜。ルルーさん〜。モリーオさん〜。グラウゼさ〜ん。緋穂た〜ん。茶缶さ〜ん(正式名称スルー)、ルティさーん、予祝之命さん〜、にゃんこさ〜ん、灯緒さ〜ん、火城さぁん」 などと言い出したのは、無名の司書だった。気分転換になり、お互い仕事もはかどるだろうし、というのはまあ、後付け設定である。 クリスタル・パレスの定休日を活用すれば、店長のラファエル・フロイトも、セルフサービスを条件にリーズナブルな貸し切りに応じてくれるだろうし、そういうことならと、ギャルソンのシオン・ユングが休日出勤するのもやぶさかではなかろう。 ――という目論見のもと、世界司書たちによる非公式の『懇親会』はいきなり開催されたのだが。 おりしも、皆に飲み物が配られ、乾杯の音頭がなされたとき、第一報は入った。 ウォスティ・ベルによる宣戦布告と、キャンディポットの死亡、そしてホワイトタワー崩壊を。 いち早く50名のロストナンバーたちが、対処するために駆けつけたことも。 懇親会は中断され、カフェは慌ただしい情報収集の場となった。 息を詰め、第二報を待っていた彼らは、天空が割れたかのような、不吉な爆音を聞いた。「皆さん、下がってください!」 異変を察知したラファエルが、司書たちを壁際に避難させる。 喉を焼くような熱風。鉄骨がひしゃげ、硝子の破片が飛び散った。 観葉植物が次々に横倒しになる。鉢が割れ、土が散乱していく。 クリスタル・パレスの天井を突き破り、ナレンシフが一機、墜落したのだ。 † † †「……!!」 紫上緋穂は両手で口を押える。悲鳴がくぐもった。「店長!」「ラファエル!」 走り寄った無名の司書とモリーオ・ノルドが眉を寄せる。 ナレンシフが横倒しに床にめりこんだ際、ラファエルも足を巻き込まれていたのだ。「大丈夫……、じゃなさそうだな。痛むか?」 贖ノ森火城が、傷の具合をたしかめた。「たいしたことはありませんよ。骨折程度ですので」「程度ってあんた」「私はいいとして、中にいるかたがたが心配です。彼らのほうが重傷でしょう」『どれ』 アドは尻尾をひとふりし、するするとナレンシフをよじのぼる。上部に破損があり、そこから中を伺えたのだ。『あー、いるいる。工事現場の監督みたいなおっさんと、他にもいろんなのが大勢。オレより弱そうなのもいるぞー。非戦闘員をどっかに避難させようとして流れ弾に当たったってとこかぁ』「ドンガッシュ、さまと、世界樹旅団の……。皆様、お怪我をしていらっしゃるのですか?」 少しためらってから予祝之命は、ドンガッシュに「さま」をつけた。目隠しの奥から気遣わしげに問う。『んー。みんな、けっこう血まみれー』「それはいけない。シオン、早く皆さんの治療を」「おれじゃ無理だよ。止血くらいしかできねーぞ」 それでもシオンは救急箱を持ってきた。包帯と消毒薬と擦り傷用軟膏と胃薬があるくらいで、何とも心もとない。「その前に、ここから出してあげないとじゃないー?」 ルティ・シディが、コンコンと出入口らしき部分を叩く。「どうすれば開くのかしら」「開閉機能が壊れてるようだ……。だめだ、開かない」 グラウゼ・シオンが進みでて、二度、三度、銀色の機体に体当たりをした。 だが、びくともしない。「茶缶さんが、『とびらのすきまにせいぎょそうちがはさまってます』みたいなことを言ってる……、ような気がするの」 無名の司書が、宇治喜撰241673をふにゃんと抱えながら、よくわからない通訳(?)をした。「隙間――と言っても」 灯緒が、そっと前脚を伸ばし、冷たくなめらかな表層に触れる。「1ミリもないにゃあ」 黒猫にゃんこも、ぽふん、と、前脚を押し付けて思案顔になる。 大小の肉球が、銀の機体に並んだ。 † † †「皆さん、ご無事ですか!?」 ティアラ・アレンが駆け込んできた。画廊街近くに位置する古書店『Pandora』は、クリスタル・パレスからさほど遠くない。 ナレンシフの墜落が『Pandora』からも確認できたため、様子を見に来たのだという。 店内の惨状に息を呑むティアラには、非常に珍しい同行者がいた。「ロバート卿。意外なところでお会いしますね」 ヴァン・A・ルルーに言われ、ロバート・エルトダウンは苦笑する。「僕が古書店を訪ねるのは、そんなに意外かな? マツオ・バショウの『おくのほそ道』を読んでみたくなって――いや、それどころではないようだね」「ええ。開閉機能の故障で、負傷者の救出が困難になっていて」「……ふむ」 ロバート卿はみずからのギアを取り出した。金貨から放たれた光の刃は、ごく僅かな隙間をも貫通し、開閉をさまたげていた制御装置は撤去された。 扉が、開く。 満身創痍のドンガッシュが、ふらつきながら現れた。 額から、ぽたりぽたりと血が落ちる。「……ここは……?」 ドンガッシュは店内を見回した。「世界図書館の非戦闘員たちを保護している避難所のようだな……。壊してすまない」 ドンガッシュはおもむろに、右腕を巨大なショベルに、左腕をドリルに変えた。『世界建築士』の力により、みるみるうちに、破損した天井は元に戻っていく。 修復は、すぐになしえたが……。「ドンガッシュさん!」 がくり、と、ひざをついたドンガッシュが床にくずおれる前に、ラファエルが受け止めた。「シオン、止血を!」「お、おう。無茶すんじゃねぇよ、おっさん。傷、広がってんじゃんか」「治療などしなくていい。この地で果てるなら、これも運命だ。……だが」 ドンガッシュは、ナレンシフの中にいる旅団員たちを見やった。「他のものたちは保護してほしい。皆、戦意はないし、負傷もしている」「ドンガッシュのおじちゃん!」 ナレンシフの中から、純白の毛並みのユキヒョウの仔が、足を引きずり、出て来た。「やだよ。死んじゃやだよ。世界とかじゃなくて、みんなで住める大きな家をつくってくれるって言ったじゃないか」 大きな青い瞳に涙をためて、ユキヒョウの仔は、小さな頭をドンガッシュに擦りつける。 その愛らしさに、ふっと微笑んだロバートは、ユキヒョウに向かって手招きをした。「おいで。傷の手当をしなければ」 しかしユキヒョウは、警戒心をむき出しにして、じりりと後ずさる。「おいで」「やだ!」 かまわずに近づいて、抱き上げようとしたロバートは、手をしたたかに噛みつかれてしまった。 くっきりとついた歯型から、血があふれ出す。「あちゃー。怪我人が増えてやんの。消毒薬少ないのになー」 シオンは新しい脱脂綿を取り出した。「……まあ、なんだ。子ども好きなのに子どもからは好かれないひとってのは、いるよな、うん」「それはフォローのつもりかね? 僕も人並みに傷ついているのだが」「おまえたちなんか信じない。誰も信じない。世界樹旅団のやつらも、世界図書館のやつらも」 ユキヒョウは威嚇を続ける。「みんな、殺すつもりなんだ。ドンガッシュのおじちゃんも、ここにいるみんなも、全部ぜんぶ、殺すつもりなんだろう。近づくなよ!」 † † † クリスタル・パレスにもナレンシフ内部にも負傷者があふれ、いままさに生命の危機に陥りつつあるものもいる。 素人の応急処置では到底しのげるものでもなく、ルルーは医療班の手配をしていた。 その視線が導きの書に落とされ、そして、「医務室部隊がすぐ近くまで来ています。しかし、どうやら彼らはワームに阻まれて辿り着けないようですね」 鋭い爪がなぞるのは、彼らが置かれている状況だった。 部隊とこことを阻むワームは、直接的な物理攻撃を仕掛けてくるタイプではなかった。 一見すると、ソレはただの《巨大な黒いキューブ》のようにしかみえず、ただ、そこに在るだけとも言える。 だが、キューブの脇を抜けて回避を試みようとすれば、瞬く間にキューブが吐き出す黒い霧に巻かれて内部へと取り込まれてしまうのだ。 そうして広がるのは、足下が浸水して川となった巨大な闇色の凍れる迷宮。 うかつに足を踏み入れれば、ありとあらゆるものの生命力が削られ、自身の内にある悲嘆、裏切り、痛み、そういった記憶に絡め取られ、囚われる。 そのまま身動きが取れなくなれば、体はやがて氷漬けとなって死に至るだろう。 ゆえに、内部を策もなしに闇雲に進むことは叶わず、中に入った者たちは外から仲間に引っ張り出されて九死に一生を得るという事態になっていた。「まるで、そう、コキュートスのようです。地獄の最下層を流れる嘆きの川……永久氷壁の牢獄とも言えるかもしれません」 では、一体どうすればいいのか。 漠然とした不安感が広がる中、ルルーの黒いつぶらな瞳が閃く。「ですが、このキューブ内部にはごく一部にだけ《抜け穴》が存在すると、《導きの書》は告げています。己の一番深い《嘆き》と対峙したその先に、ソレは姿を現すのだとも」 そうして、彼は告げる。「ワームを倒すのではなく、迷宮に道筋を作り、医務室部隊をこちらまで連れてきていただくため、どなたか、この特殊な糸玉《アリアドネの糸》を持ち、迷宮を攻略してくださいませんか?」======!注意!イベントシナリオ群『進撃のナラゴニア』について、以下のように参加のルールを定めさせていただきます。(0)パーソナルイベント『虹の妖精郷へ潜入せよ:第2ターン』および企画シナリオ『ナレンシフ強奪計画ファイナル~温泉ゼリーの下見仕立て観光風味~』にご参加の方は、参加できません。(1)抽選エントリーは、1キャラクターにつき、すべての通常シナリオ・パーティシナリオの中からいずれか1つのみ、エントリーできます。(2)通常シナリオへの参加は1キャラクターにつき1本のみで、通常シナリオに参加する方は、パーティシナリオには参加できません。(3)パーティシナリオには複数本参加していただいて構いません(抽選エントリーできるのは1つだけです。抽選後の空席は自由に参加できます。通常シナリオに参加した人は参加できません)。※誤ってご参加された場合、参加が取り消されることがあります。======
この冷たさは、心が感じる冷たさなんだ。 * 自ら望み、迷宮へ一歩踏み込んだ瞬間から、足下を浸す水流の存在とともに、肺すらも凍りつかせるのではないかという冷気に見舞われた。 押し寄せてくるのは、圧倒的な孤独。 圧倒的な空虚感。 「黒いキューブのワーム、その内部か……不気味なもんだな」 メルヒオールは闇色の世界を見回すが、かろうじて薄ボンヤリと浮かび上がるのはゴツゴツとした氷の壁ばかりだ。 何がどうと言うことはないのだが、ひたすらに無機質だという、ただそれだけのことがひどく心をざわつかせる。 羽織っていた魔法学校教師用ローブの裾を左手で引き寄せて、水を吸った重みにわずかに顔をしかめた。 「みんなで慎重に進んでいった方がいいよな」 最後尾を歩いてくれるメルヒオールの気配を温かく感じながら、秋吉亮はフォックスフォームのセクタン・コン太を抱きしめ、仲間達を見回す。 「きみは大丈夫?」 「わたしは平気。それに、これでちゃんとみんなと繋がっているし」 気遣ってくれた亮に、南雲マリアは自分の右手を挙げて、頷き、答えた。 ルルーから託された《アリアドネの糸》は、十分な長さを保ちながらも、全員の指先や手首、腕などに絡まりながら伸びていて、今はもう見えなくなっている《外界》と《自分たち》をも繋いでくれている。 誰かひとりが糸の端を持つのではなく、全員を結んではどうかと、提案したのは亮だ。 「川を渡る時に、水に流されないように一本のロープでお互いの身体を繋ぐといいって話を聞いてたんだ。それを思い出して」 「こんな発想なかったわ。一蓮托生って、こういう時使ったらいいのかしら」 「こういう場所で迷子を作らないってのは大事だろうな」 互いが糸で繋がれていることに、メルヒオールは若干のむずがゆさを感じないわけではない。 それでも、そうすることがいいと思えた。 「早く辿り着かないとね」 マリアはきゅっと口元を引き結び、真っ直ぐ前を見据えた。 その瞬間、視界がほのかな明るさを増す。 蛍のような光球がふわりと辺りに散らばり、舞い、常闇の迷宮を照らし出し、同時に、ふわりとした温かいものに身体が包まれるのを感じた。 「あ」 小さく声をあげれば、先頭を歩くヴィヴァーシュ・ソレイユが、ゆっくりと肩越しに振り返り、頷きをマリアに返してくれる。 その彼は、マリアや亮、メルヒオールから視線を外し、遠く、この光が届かない闇の向こうに目を向け、耳を澄ませているようだった。 何を聞いているのか。 何を感じようとしているのか。 思い切って尋ねようとマリアが口を開き掛けたところで、ようやくヴィヴァーシュはぽつりと呟きを落とす。 「……悲しみや裏切りの記憶を求めるこの場所は、ひどく趣味が悪いですね……あるいは、淋しい、というべきかもしれませんが」 「淋しいって、なんで?」 素朴な問いを投げるマリアに、彼はやはり前を向いたままで答えを口にする。 「同類を求めて引き込み、凍り付かせて、自身の孤独や自身の中の穴を埋めようという意思を感じますから」 「ワームに意思らしいモノはないんじゃなかったか?」 メルヒオールの言葉には、軽く首を傾げて告げる。 「取り込まれた人間の意思を反映している、という可能性もありますから」 「誰かがそうしてるって?」 「ルルーさんの導きの書は、抜け道の存在を示唆しておりました。その抜け道は、必ずしも“物理的”な要素のみで構成されているとは限らないかと」 己の一番深い《嘆き》を対峙したその先に、ソレは姿を現す――あの曖昧な言葉の真実は、まだ分からない。 そもそもうかつに近づけば取り込まれ、氷漬けにされてしまうこの迷宮で、いったいどう進むことが正解なのか。 「とにかく我々は進むことで必ず目的は達成されるのですから……行きましょう」 川底には一体なにが敷き詰められているのか。 石とも砂ともつかない奇妙な感触を感じながら、今はまだ足首ほどの深さしかない川の中を、4人は歩き出す―― * この冷たさは、心が感じる痛みそのものなんだ。 * 闇は果てしない。 医務室部隊の名を叫んでみたり、誰かいないのかと声を張り上げてみても、ソレは空しく氷の壁に反響するだけだ。 いつしか川の深さは膝下にまでなっていて、水の抵抗が強くなってきていた。 足の先から、水の冷たさが這い上がり、染みこんでくる。 ヴィヴァーシュとメルヒオールの魔法のおかげで、多少なりとも寒さは緩和されるが、抗いようのないモノがここにはあった。 気を抜けば、足を取られ、凍り付いて動けなくなってしまいで、しかもどうしたわけか、この中を歩いていても何かが起こる気配、何かが変化する気配を感じられないでいるのが不安を煽る。 危険は承知できた。 怪我をするかもしれない覚悟もした。 ただひたすら進むだけという状況にむしろ不安感が増していく。 亮が抱くその想いを察したのか、後ろからメルヒオールの声がやってくる。 「迷路と迷宮の違いを知っているか?」 その言葉の抑揚、問いかけに、亮も、そしてマリアまでが、かつて受けた授業の風景を思い出す。 教壇に立ち、教科書に手を置いて、そうして自分の中にある知識を語って聞かせてくれる、好きだった教師の姿が浮かび、重なった。 「先生、迷路と迷宮って同じモノじゃないんですか?」 「わたしも、違いなんて考えたことないです、先生」 「……」 一瞬、灯された明かりの中で、メルヒオールが奇妙な顔をする。 困ったような眩しいような驚いたような、とにかく不思議な表情だったが、ソレも溜息ひとつついたところで、ぶっきらぼうなモノに変わってしまった。 「迷宮ってのは、本来選択肢がないんだ」 「へ?」 「え? どういうことですか?」 「迷宮の定義は、“秩序だった一本道”だ。分岐もないし、行き止まりもない。他にもいくつか定義はあるが、そのルールを否定すれば迷路になる」 「なら、一本道なのに、糸が必要な理由ってなんですか?」 ごく素朴な亮の疑問にも、難なく答えを返す。 「自分で考えろ、って言いたいところだが、まあいい。迷宮の中心から脱出するには、行きと同じ道を辿る必要があるから、だ」 まるで課外授業のようだ。 そう亮が口にしかけたところで、 「……何か、来ますね」 3人のやりとりを穏やかに受け止め、背で聞きながら進んでいたヴィヴァーシュが、警戒した声をあげて足を止めた。 黒い霧がやってくる。 遠く、闇の向こうから、水面から立ち上り、霧が這い寄り、彼らが目視した時にはもうすでに凄まじい勢いでもって、魔法で生み出していた光源すべてを飲み込み、巻き込み、4人へと襲いかかっていた―― * この冷たさで、呼吸が止まってしまう。 * 闇色の霧に取り巻かれ、メルヒオールは自分の意識が何ものかに絡め取られていくのを感じた。 ぬくもりの一切が奪われ、冷気が浸透し、ソレは厭が応にも自身の石化した右腕の存在を意識させる。 忘れられるモノではないが、意識の外に置いておかなければ立ちゆかない時もあるというのに、ソレが許されない。 「うっ……」 川の流れに足を捉え、咄嗟に氷壁へ左手をついた、その皮膚にビリッとした痛みが走る。 冷たすぎて熱い。 この冷たさは、生きながら石に変わる恐怖の痛みだ。 すぐにでも離れたいのに、壁についた手を引き剥がせない。 足が動かせない。 指先から、冷たい痛みが神経を遡って心臓に向けて浸食してくる。 これは、そう――あの魔女の、異様なほど赤く虚ろな瞳と、熱した鉄のごとき痛みを与える赤い舌の感触。 耳の奥から、不意に《少女》の声が蘇る。 あなたは私のモノ、私だけのモノ、大好きよ、せんせぇ、大好きだから、ねえ、みんなみぃんな私だけのモノにしてあげるから…… 「……ひ、っ……」 魂に刻まれた《痛み》が、そう簡単に消えることはない。 ゆっくりと時間を掛けて、右手の爪の先から、口づけ手は皮膚が燃え上がって石と化す――気を失うことすら許されず、喉から血が滲むほどに絶望の叫びをあげながら、魔女になぶられ続けた、アレが今自分を再び襲っている。 動かない。 動けない。 自分が自分でなくなっていく。 ペキパキと微かな音を立てながら、自分の身体が凍り付いていく、どこまでもどこまでも、黒い氷に奪われていって―― メルヒオールは壁についた手を見る。 黒い氷像となりつつある自分の左手を、その指を、見て、見て、見て――気づく、思い出す。 そこには、指輪が嵌まっている。 ――先生! かつて石化し砕けもした指輪が、今は小さな星が散らばる石を嵌め込んだ銀の輝きを取り戻して、故郷と自分を繋いでくれている。 そうだ。 愛しいモノたちが待っている。 今は見失ってしまっている大切な故郷――そこだけではない、この世界にも、自分の生徒はいて、待ってくれているのだ。 凍り付いている場合ではない。 立ち止まっている場合でもない。 右手は石化した、でもまだ左手は動く、足も動く、考えることができるし、進むこともできる、冷たさも暖かさもいろいろなものがちゃんと感じられる。 誰かのために、何かをしたいと望み、動ける自分もいる。 「いくか」 顔を上げた。 自分を取り巻いていた闇の繭が溶けて、視界が大きく開ける。 「“先生の根性無し!”とか、あいつら平気で言いやがるからな……」 口の端が、わずかに緩む。 照れくさいから絶対に口には出さないが、愛おしい生徒たちのためにも、ここで閉じてしまうわけにはいかない。 進む。 容赦のない生徒たちの、憎まれ口とともにあふれさせる賑やかでどこか人なつこい笑顔に向けて、歩き出す。 マリアの手の中には、何もない。 抱いていたはずのぬくもりがふっと掻き消えた、そのどうしようもない喪失感が大きすぎて、この手をどこにやったらいいのかと戸惑う。 「……どこ?」 ここはどこ、という意味だったはずなのに、幼い自分が途方に暮れた声で告げるのは別の問い。 「どこにいったの?」 小さな子供でしかない自分が、迷子のように必死に声をはりあげる。 「ねえ、どこにいっちゃったの? わたしがいない間に、どこ行っちゃったの…っ!?」 グレーハウンドは、姉妹のように自分と育ってきた、生まれた時から傍にいてくれた存在だった。 彼女が自分の前からいなくなるなんて、自分よりも先に死んでしまうだなんて、考えたこともなかった。 なのに。 どうして自分はお別れを言えなかったの、どうして自分だけ会えなかったの、どうしてどうして、どうしてママだけがお別れできたの、どうしてわたしをおいていくの、どうして。 泣いて泣いて泣いて、叫んで、抱き締めてくれる母親に、ひたすら感情をぶつけた。 ママだけずるい。 どうして、わたしはお別れ言えないの。 どうして、どうして、どうして、と、繰り返しては、八つ当たりして、たぶん、責めてもいた。 でも、黙って自分を受け止めてくれた母が、ホントはとても悲しんでいたこと、大切に大切に、祖母犬母犬の代から大切に過ごしてきた母が、特別な思い入れを持って接してきた母が、哀しくないはずがないのにヒドイ言葉で傷つけてしまったと気づいたのはずっと後だ。 後悔。 あの日責めて傷つけたまま、受け止めてくれた母に一言謝りたいと思ってソレができないまま、自分はこの世界にきてしまった。 もしこうなるって分かっていたら、もっと早くに伝えたはずだった。 ――ヒドイよね、ヒドイ、自分のことばっかりで、意地を張って、甘えたまんまで…… ヒドイと、思う度に身体がどんどん冷えていく。 どんどん重くなっていく。 指の先から心臓に向かって、黒く凍り付いていくのを感じる。 このままいっそ、凍り付いてしまえば―― 「……ちが、う」 こわばって動かない唇を震わせ、マリアは言葉にする。 母は抱き締めてくれた。 そのぬくもりがあったから、だから自分も誰かのために何かしたい、逃げずに立ち向かおうっとなれたから、自分はソレをちゃんと母に伝えなくちゃいけない。 「行かなくちゃ」 マリアは目を開け、顔を上げ、まっすぐに前を見据える。 あの時の後悔は、まだ自分の内側にわだかまっている。 でもその自分から目を逸らしたりしないから、行ける、大丈夫、先に進める。 「見ててね、頑張るから」 自分を取り巻いていた氷が、パキンと割れる音がした。 流れに足が取られて思うように動かないと感じる内に、いつの間にか亮はひとりで闇の中に佇んでいた。 ずしん、と身体が重くなる。 動けない、そう感じた瞬間、足を取られ、水を跳ね上げ、セクタンもろともに水面に向かって大きく転倒した。 「あ」 冷たさに全身を貫かれ、けっして深くはないはずなのに、まともに立ち上がることができず、水面に顔を上げるだけで精一杯だった。 手をついて、膝をついて、失敗したと笑って立ち上がればいいだけなのに、できない、動けない、動かない――その瞬間、亮の中でふくれあがった不安が弾ける。 膝に走る激痛。 無様に転倒し、そのまま地面で蹲り、起き上がることができなかった、あの日がフラッシュバックする。 膝を抱えて、呻いて、痛みと訳の分からない感情でにじんだ視界は、空じゃなくてグラウンドの地面ばかり映していた。 ――もう走れないんだよ…… 声が聞こえる。 ――諦めろ。おまえにはもう、ムリなんだ。 ウソだ、ウソだって言ってください、先生。俺はまだ走りたい、走れる、大丈夫なンです、きっとすぐに戻りますから、先生、先生、先生……! 走れない。二度と、このままトラックに選手として足を踏み入れることはできない。 陸上の世界に留まることはできない、ライバルと競うこともできない、風を感じて、自分の限界を超えたいと願うことすらできない。 思い通りには、この足はもう動いてはくれない。 一度壊れてしまったら、二度ともとには戻らない。 戻れないなら、もういっそ、このままずっとこの場所に、いっそ凍り付いて締まったら、この悲しさも苦しさも怖さも何もかも感じずにすむのだろうか―― 「んぶっ!?」 目を閉じて、流れに身を任せようとした瞬間、ぼふんっと自分の頭に落下してきた。 慌てて手をつき、顔を上げ、身体を起こせば、腕の中に収まってきたコン太が、ずぶぬれの亮の頬に自分の鼻をすり寄せてくる。 息をすることすら忘れかけていた亮に、息の仕方を教えてくれる。 「……なあ、覚えてるか、コン太……おまえさ、あの時も俺の頭に落ちてきたよな」 ターミナルに来て間もない頃、トラベルギアのシューズをうまく扱えずに見事な転倒を披露し、医務室へと運ばれたことがあった。 あの時、自分の中にため込まれていた痛みや不安や怖さを、医務室のスタッフは確かに受け止め、そして分かち合ってくれた。 同情ではなく、心で自分と向き合ってくれた。 「俺はあの時のこと、忘れられない……あの時、俺はさ、あの先生のおかげで確かに救われたんだと思う」 その恩はとてもとても大きくて、そしていま医務室の人々が自分たちを待っていてくれて、医務室の人たちを待っている人たちもいるのだから、ほんの少しでいい、恩を返したい、役に立ちたい、やり遂げたい。 「行こう、コン太。俺たちみんなで、絶対に彼らの元に辿り着こう!」 アリアドネの糸が、自分たちを繋いでくれる。 足は動く、身体も動く、激痛だと思った膝の痛みもじわじわと引いて、ちゃんと今自分は自分の足で立ち上がり、進むことができる。 亮を覆っていた薄氷の割れる音が闇に響き、視界がふと明るくなった。 闇に取り込まれ、精霊の存在が掻き消された違和感に、ヴィヴァーシュは眉を顰める。 何かに絡め取られていて、身体がうまく動かない。 動こうとすれば、右目に激痛が走った。 贄を求め、兄を喰らい、自分をも喰らおうとした古の闇精霊の、あの光景が自分を取り巻いていく。 なぜ、という想いは消えない。 優しかった、愛してくれた、慈しんでくれた、大切な大切な、光の象徴とも言えた兄の存在。 何故、という問いは消えたりしない。 ――ヴィー! 大きく温かな手が、自分に伸ばされた。 ――ヴィー、生きろ! 闇精霊のチカラに取り込まれ、おぞましく禍々しい《爪》によって、生きながら兄は細切れになっていった。 切り刻まれ、血に塗れ、腕を、方を、腹を、足を、あらゆる場所を引き裂かれ、食われていきながら、それでも必死に、自分に生きろと叫び続けた。 死ぬべきは、自分なのに。 定められた通りに、その運命に従って、贄となる覚悟をして生きてきたのに。 愛していると、信じていると、だから生きろと、兄は笑った。 城主であるべきは、兄なのだ。 兄が生きて、兄が笑って、兄が兄でいるために、自分が贄となれるなら、ソレを受け入れることだってできていたのに。 どうして、何故、兄はあの日、あの場所に居たのだろう。 どうして、自分はあれほどに非力だったのだろう。 奪われた右眼がどくどくと拍動し、熱く、冷たく、重く、激しく、狂おしく、痛みを訴えてくる。 ――死ぬべきは、おまえだったのに…… 声が聞こえる、呪詛の声だ、生き残るべきではなかったと、責める声が、自身の内側からあふれ出す。 あふれて、いっそ、この焼けつく後悔の痛みと共に、凍り付いてしまえたら、自分が誰かの身代わりになってしまえたら。 ――なぜ、まだ生きている? 問いが、問いを呼ぶ。 問いが耳の奥でグルグルと巡り巡って、ヴィヴァーシュは平衡感覚を失い、眩暈による酩酊状態へと陥っていく。 深い眠りの誘いがやってくる。 いっそこのまますべてを閉ざしてしまえたら、この闇に身を委ねられたらと、そう思いさえする。 だが、ふと指先に絡む《糸》が、目に止まった。 アリアドネの糸、一蓮托生という言葉で自分たちを繋いだ、糸の存在が、ヴィヴァーシュに自身の役目を思い出させる。 「……そう、でした……」 自分だけなら、きっと諦めも早かっただろう。 ここまでなのだと、足を止めて息をすることも辞めてしまったかもしれない。 だが、今自分はひとりではない。 なすべきことが待っている。 何より自分は繋がっていて、もしも自分が囚われたままでいれば、この糸で繋がる全員の足を止めることになり、停滞し、そうなれば、助かるはずの命がこぼれ落ちていくことになるのだ。 依頼が自分のために達成されない――ソレを厭うのは、責任感だとか正義感であるとか、そういった類いのモノではなくて、むしろ、そう、意地のような、自分勝手に近い想いから来るものだ。 「与えられたこの命は、ここで失っていいモノではありませんから……」 兄のおかげでいま自分は生きている。 傷はうずくけれど、大切な存在が失われてしまった重みに窒息しかけたこともありはしたけれど、正解などもしかするとどこにもないのかもしれないけれど。 進むことを、抗うことを、選ぶ。 「私はここで終わりはしません」 パリン、と、氷が割れる音がした。 * この冷たさで、もうどこにも行けない―― * 「戻れたか?」 「はい!」 「大丈夫です!」 メルヒオールの言葉に、亮も、マリアも、アリアドネの糸で繋がる手を挙げ、答える。 いつのまにか水深は更に深まり、いつのまにか腰の辺りまで来ている。 「どうやらあの霧は私達をここまで運んでくれたようですね」 ヴィヴァーシュの言葉に示されるまま、彼の指を折って視線を向けた先――無限に広がる氷の迷宮の最中、川の流れの中にひときわ巨大な氷像があった。 周りにもいくつか氷の像ができているけれど、いま目の前にあるのは、等身大をはるかに超えて視界を塞ぐほどのものだ。 「……なんだろう、人のカタチ?」 目を眇めて呟く亮の前で、光球が数を増やしながら高く舞い上がっていき、その全体像を浮かび上がらせる。 半身を川の中に鎮め、醜悪な三面の顔をさらす魔王そのものとしか思えない存在感で聳え立つ。 「……ダンテの神曲に、すべてのヒントはあったのかもしれません」 ヴィヴァーシュは、かつて目にした壱番世界のイタリアの詩人が綴った物語を思い起こす。 地獄の最下層、氷に幽閉された魔王の身体を足台にして、詩人ふたりはまっすぐに地表へ向けて登り、岩穴を抜けて地獄の最下層から脱出したのだという。 ここが迷宮の中心、取り込まれた者たちが、おそらくは辿り着く迷宮の最深部なのだろう。 「あの霧に襲われて、抗えなけりゃそのまんま氷漬け。だが、あの霧に飲まれなければ、ここまで来られないってことか」 メルヒオールの言葉に、マリアは微かに首を傾げる。 「あの霧が、抜け道っていうことだったのかしら……」 それらに、ヴィヴァーシュは“おそらく”と告げ、 「やはり、どなたかの意思が反映しているとしか思えません……この段階でそれが何によるモノなのかは分かりませんが……」 「あそこ、あそこ!」 ずっと氷像を見つめていた亮が、その瞳を大きく見開き、叫ぶ。 ――嫌い、大嫌い、ダメで、裏切られた、否定されて、誰も見てくれない、誰も…… ――どうして、どうしてわたしは、どうして、あの時…… ――分かってる、ダメなんだ、どうしてもっと早く言えなかったんだろう…ごめん…… ――助けなんて、いらない……自分なんか、なんの役にも立てない 耳を澄ませば、微かな、けれど様々な思いが、声が、呟きが、痛みが、闇色の世界にあふれてだしてるのが分かる。 目を凝らさなければ、近づかなければ、気づけなかったが、魔王の氷像周辺では、幾人も人々が、首まで水に浸かりながらいままさに永久氷壁の一部となりかけていたのだ。 彼らが、取り込まれた医療部隊の面々だと、その羽織った白衣や周囲に散らばり浮く医療道具で分かる。 「ダメじゃない、ダメなんかじゃない、俺はあなたたちに救われたんだ!」 声を張り上げ、水の中をこいで、亮は氷像に取り込まれてゆく彼らに手を伸ばす。 しっかりと踏みしめ、足を蹴れば、トラベルギアの能力で風は起き、水は跳ね上がり、彼らへと続く道になる。 「あなたたちを心から必要としている人のために、私達は迎えに来たんです」 ヴィヴァーシュが、風の精霊を操り、亮の跳ね上げた水を空間に固定し、堰き止めた。 露わになったガラス色のような地面に、水の浮力を失ったスタッフの凍えた身体が横たえられていく。 「だいたい、そんなところにいたら、風邪引くぞ!」 メルヒオールが『温熱の呪文』によって生み出すのは、熱のかたまりだ。 芯から冷え切ったカラダを温める、やわらかなぬくもりと光を闇の世界に注ぎ込む。 「いいって思ったこと、すればいいんだもの」 マリアは彼らの手を取り、言葉を落としていく。 「守ってくれる人がいるんだから、守れる自分がいるんだから、信じられるのよ」 いじめられてた子を助けたために、自分が次のターゲットになったことはあった。助けたはずの子も、自分が再びいじめられるのを怖がって、加害者側に荷担もした。 ソレを裏切りというかもしれない。 けれどさほど不快な記憶として残っていないのは、ソレは、その時にも友人たちが影ながら自分を守ってくれていたから、そこに感謝があるから。 「ねえ、ぜんぶぜんぶ否定なんてしなくていいの!」 「……あの時の恩返し、させてください」 亮もまたさらに言葉を繋いで。 想いが、熱が、優しさが、ぬくもりが、心地よさが、絶望の氷を溶かしていく。 「……来てくれて、ありがとう……」 悪い夢から醒めたかのような、最初は虚ろに、けれど次第にはっきりと瞳に力を取り戻し、医務室部隊のスタッフは、ふっと口元を笑みのカタチに緩めた。 「行きましょう、この迷宮の向こうで待ってる人たちのために」 4人が繋いだ《アリアドネの糸》は、そのまま命をも繋ぐ糸となる。 道はできた。 あとはもう、この糸を辿って行くだけだ。 * この冷たさがいずれぬくもりに変えられるなら、痛みもきっと癒えて消える…… * 「医療部隊がきたぞー!」 医務室部隊を連れて、クリスタル・パレスへ帰還した面々に、わっと大きな歓声が上がる。 ありがとうの声が、よくやったの労いが、助かったの安堵が、負傷者であふれてはいても活気となって周囲を包み込む。 「……よし、もう一仕事だ! コン太、俺たちも医療部隊のお手伝いだ」 「わたしも行く!」 「……次の、なすべきことに移りましょうか」 「休んでるヒマはないってことだな」 全身が氷の迷宮でずぶ濡れだが、そんなモノは風の精霊に依頼すれば一瞬で乾いてしまう。 多少の擦り傷など意にも介さない。 亮が、マリアが、ヴィヴァーシュが、メルヒオールが、進んで自らの役割を見出し、すぐに動き出す。 「あ」 盛大な爆発の後に、爆煙が空一面に広がった。 もうもうと立ちこめたソレが晴れていけば、今度はクリスタル・パレスの天井から透明な水晶龍が空へ飛び立ち、黒龍や蛇龍もあらわれ、広大な空を4体の龍の姿が覆う。 ひときわ高い応援の歓声が、地上から発せられた。 世界図書館に、風が吹いている。 事態を好転に向かわせる、よい風が。 その想いが人々の間に広まりつつあった。 だが。 だが、しかし―― 最初に誰が気がついたのかは、解らない。 しかし、確かに彼らは気付き、そして不安そうに辺りを見渡し始めた。 言い様のない圧迫感を感じる世界図書館の員と同じく、多くの旅団員も動きを止めていく。 その顔は目を見開き恐怖に怯え、しかし、口端は勝利を確信したようにつり上げている、歪な表情だ。 波一つない水面に一滴の雫が落とされた様に広がる静寂は、ほんの数秒の事だ。手に持っていたナイフをうっかり落とし危険を感じた瞬間の、あのぞくりとする危機感。それを誰もが感じ取り自然と空を、青空に浮かぶ〝彷徨える森と庭園の都市・ナラゴニア〟を見上げる。 大地に伸びる筈の根が行き場を失い幾重にも絡み合う。 動く筈のない根は生き物の様に、擬態して気がつかなかったイモムシが蠢いた様に見えた。 そう、気がついた時には頬を風が突き抜けていく。 誰も、逃げろとは言わない。 世界と世界がぶつかるこの戦場で、いったい何処に逃げろというのか! 君は覚えているだろうか。この戦いが始まるきっかけとなった、ホワイトタワーの襲撃を。 崩壊するホワイトタワーからコタロ・ムラタナによって救出された魔法少女が語った、彼女たちの故郷たる世界を滅ぼした時の事を。 彼女は言った。 「空を埋め尽くしたワームの群れとナレンシフの大編隊の事を」 そして、彼女はこうも言った。 「世界樹の根が下ろされ、世界が吸収されてゆく光景を、よく覚えています」 目の前に広がる光景はまさにそれだ。 ナラゴニアから伸びる幾つもの木の根は深々とターミナルに突き刺さり、貫き、絡みついていた。
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