「“懇親会”行きたかったわぁ~」 雑多な店内で、汚れたモップを片手に拗ねた声を出したのは世界司書のカウベル・カワードだった。今日はミニスカ魔女ルック。つまり博物屋のバイト中である。「クリスタル・パレスだろ? すぐそこだし、行ってくれば」 カウンターで椅子に凭れかかり分厚い本を眺めていた店主が、そっけなく言い放つ。「でも、呼ばれてないんだもの」 店主がちらりとカウベルを見た。「ハブられてるの?」――ベシャッ モップが床に叩きつけられた。「違うわよぅ! たまたまムメちゃんが声かけしてた時、その場にいなかったんだものぉ!!」 ちょっと涙目になって言ったのに、店主が既に本に目を戻してしまっていたので、カウベルは盛大に舌打ちをしてトラベラーズノートを開きだす。壱番世界的に言うと、バイト中に携帯を弄るような感覚だが、店主は気づいても止めなかった。 カウベルはペラペラとノートを繰ると、眉間に皺を寄せて今度は導きの書を開く。左手に器用に両方持ちながら、双方のページを何度も繰り直し読み返しする。「どうかした?」 店主が自分のトラベラーズノートをカウンターの裏から引きずりだすと同時に、カウベルが内容を読み上げる。「緊急・砲撃警報、送信者:リクレカ、送信先:全体、 導きの書にナラゴニアからターミナル全土への砲撃予言。各自警戒・対応を願います」「砲撃予言」 店主が呟く合間にも、トラベラーズノートには全体宛の状況報告メールが次々と入ってくる。「ウォスティ・ベルの宣戦布告。キャンディポット死亡。ホワイトタワー崩壊。旅団員・ワームのターミナル来襲」 カウベルは拾い上げるようにトピックを読み上げる。――ズズゥン……!!!! そう遠く無いところからの、大きな音と地響き。 店主の魔法で棚の物は一つも落ちない。が、店主は椅子から転げ落ちた。「クリスタル・パレスにナレンシフ墜落。負傷者若干の模様」「なんだって? 司書が集まってたんだろ?」「司書が集まっていて怪我人が少しなら、大丈夫じゃない?」 カウベルはドライなコメントをしつつ、まだ難しい顔をして導きの書とトラベラーズノートを見ていた。「手伝いに行かなくていいの。世界司書さん」 店内の防御魔法を調整しながら店主が声をかける。カウベルはノートを見て呟く。「バレンフォールおじいさまが、凄い武器をお持ちだとか。ただし大量のナレッジ・キューブが必要……」「で」 店主は心底嫌そうな顔で自分の目の前に突きつけられた銃口を見た。 左手に導きの書とトラベラーズノートを持ちながら、右手でどこかから銃を抜いたのだ。(ミニスカートの内側と見せかけて帽子の下とか……?) 店主は両手を上げながら銃の出所を想像した。「店長、ごめんなさい。アタシ持ち合わせがないから、有り金全部出してくださるぅ?」「私も一応世界図書館所属のツーリストだから、ヤブサカでは無いよ」「そう? ありがとぉ!」 カウベルは銃口を下げなかった。「……まだなにか?」「ええ、まだ何かあるんじゃないかと思って。そう秘密兵器とか。 どこかの科学者は巨大ロボに変身までするって言うじゃない??」「どこのかは知らないけど、私は巨大化しないよ?」「博物学者で魔法使いでしょう? 旅団もワームも一応生き物じゃないの?」「あれを生き物って呼んでいいかはわからないが……」 店内は外の騒がしさからは極力守られている。が、ノートに列挙される内容はドンドン過激になっていった。「……わかった。お前が嫌いそうな地味なやつならある」「地味」 カウベルは口を尖らせた。「まぁしょうがないんじゃなぁい。あるなら出して」「馬鹿」 店主は銃口を手で押しのけた。「これから作るんだよ」■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 「持ってきたわよぉー」 カウベルがリリイの許可の元『ジ・グローブ』から担いできたのは、ドアからどう出入りしたのかというほどの巨大な布のロールだった。 ターミナルの画廊街周辺は慌ただしく人が駆け回っているが、一角で数十名の人間が集められ待機させられていた。時々トラベラーズノートを覗いては近くの者と小声で話しあったりして何かを待っていた。 一団の前には、布の塊の他にもさまざまな物が置かれている。それは袋に詰まった麦の粒であったり、不気味な色の液体、綿にしては何となく目の粗いモコモコしたもの。他、多数。異臭もする。「はぁい、では集まってくれた皆さん、ありがとう。良く聞いてね? 皆さんもご存じのように、ターミナルは今、大変なことになっていまぁす」 小学校の先生のような説明口調のカウベルである。「駅舎の方面で旅団員が目撃されてたり、さっきはナレンシフが落っこちてきたし、ちょっと怖い状況だけど、私たちはこの街を守るわよぉー!」 と、腕を上げたカウベルだったが、博物屋の店主が出てくるとそそくさと場所を譲った。「えー皆さんにはー、ワーム向けの忌避剤を作って散布してもらいたいと思います。 忌避剤ってわかるかな、虫避けに虫の嫌いな匂いのする薬剤を撒いたりするヤツだ。 ここにある材料を使って、作る。こんなかんじの」 店主が見せたのは不気味な液体と同じ色をしたてるてる坊主のような物体だった。「作ったら適当にばら撒く。なるべく屋根の上とか高いとこに広く撒いてくれ」 そう言うとその忌避剤のてるてる坊主を適当な店の上に投げ上げた。「じゃあこっち集まって。一回作って見せるから。基本は布を切ってここにあるもの片っ端から詰めて縛って、液を染み込ませて完成。ちょっと乾かしてから撒く」 店主はザックリと説明しながら忌避剤をひとつ作り上げる。「なるべく協力して広範囲に撒けるように。あと、注意だが、これは極小型ワームにしか効かん。だから旅団員やちょっと大きめのワームが来たら効かないと思ったほうがいい」「大きめのワームやナレンシフはちゃんと他で撃ち落としてくれるらしいわ! あと怪我人は本に収納して告解室に運びこまれてるそうだけどぉ。なるべくお世話にならないように、十分に気をつけて活動してくださぁい!」 カウベルが続いて声をかける。「香房にも避難民がいるみたい……時々トラベラーズノートをチェックして、できるだけ自分で考えて最適な動きをしてくださぁい! 力仕事は自信があるから、アタシに声かけてねぇ」 そこまで言うとパンと手を打ち鳴らす。「では、各自最大の努力を!」 カウベルの足元で、店主から撒きあげたナレッジキューブの入った袋が忘れ去られて転がっていた。======!注意!イベントシナリオ群『進撃のナラゴニア』について、以下のように参加のルールを定めさせていただきます。(0)パーソナルイベント『虹の妖精郷へ潜入せよ:第2ターン』および企画シナリオ『ナレンシフ強奪計画ファイナル~温泉ゼリーの下見仕立て観光風味~』にご参加の方は、参加できません。(1)抽選エントリーは、1キャラクターにつき、すべての通常シナリオ・パーティシナリオの中からいずれか1つのみ、エントリーできます。(2)通常シナリオへの参加は1キャラクターにつき1本のみで、通常シナリオに参加する方は、パーティシナリオには参加できません。(3)パーティシナリオには複数本参加していただいて構いません(抽選エントリーできるのは1つだけです。抽選後の空席は自由に参加できます。通常シナリオに参加した人は参加できません)。※誤ってご参加された場合、参加が取り消されることがあります。======
1.みんなあつまれ! 「ん? なんかモフモフしたのいるなー。 お~いっ、そこのワンコロー! こっち、来ねぇかー? 一緒にテルテル作ろうぜっ!」 カウベルがトラベラーズノートで招集をかけたこと、また作業が路上だったことから避難中の住人たちが何だ何だと集まり、ターミナル防衛・てるてるチーム(誰かのつけた作業難易度は☆2だった)はドヤドヤとした大所帯となりつつある。ところどころでときの声が上がったり、新しく来た面々に作業の説明をしたり、現場はかなりにぎやかだ。 その中をモフモフと歩く白い生き物に前述の声をかけたのが、ツーリスト松本彩野が生み出した蛙戦士のカエル(主人はケロちゃんと呼ぶ)である。集まった人々は自然とある程度の人数のグループを作って作業をしている。今まとまりつつあるその班で、彩野の足元からひょいと顔を出した60cmのデフォルメされたカエルは、ターミナルのこの場ではさほど違和感なく存在している。 「うきゅ」 白いモフモフこと四色翼の精霊竜であるフラーダがどうする? とばかりに振り返り見上げたのは、世話人である姫宮 達子だ。 「そうね、こちらをお手伝いしましょ」 駆け回る人々に蹴飛ばされそうになりながらオロオロ歩くフラーダを軽く抱き上げ輪に加わる。 「お邪魔しますね。私とフラーダちゃんで出来ることはあるかしら?」 「おうおう、人は多いほうがいいだろこういうときは!」 元気に声をかけたのはコンダクターの鹿毛ヒナタ。サングラスで目元が見えなかったが、口は快活そうに笑っていた。 「人海戦術なら僕たちにお任せー」 『石海戦術ダロ、オレタチャ陽気ナガーゴイル! ッテナ』 「僕は石じゃないので、そのネーミングは盛大に却下」 ブレイク・エルスノールは、呼び出した従者ガーゴイルのラドとつっこみあう。 「おー。ラド × ブレのコンビは石海戦術やるらしいぞー。アッチが石ならコッチは鳥だーっ! 彩野~、描いてくれー!」 「……鳥海戦術……(ボソ)」 彩野がささっと描いた鳥が、立体的に浮かびあがったと思うとぱっと飛び立って、すぐ消えた。 「もっと時間がないと……」 描いたキャラクターの実体化時間は描いた時間に比例する。じっくり描かないと長くはもたないのだ。興味津々で覗きこんでいたヒナタにそう説明すると、傍らにいた小柄な女の子――ソア・ヒタネが力強く言った。 「ちょっと時間がかかっても凄いです! わたしは小さいから上手くてるてる坊主を屋根にあげられるか不安だったのですけど、お姉さんが鳥を描いて飛ばしてもらえばいいんですねぇ!」 「しかも超絵うめぇな! 俺がアトリエという名の城を手に入れた暁には是非遊びに来いよ!」 ヒナタが親指を立てて言う。 「あなたも絵を描かれるんですか?」 「おう! なかなか上手いんだぜ? ったく、今回も空襲とか何なの、いつだって戦争の犠牲者は慎ましい庶民だよ馬鹿なの(中略)アトリエと言う名の俺の城を、ここに築く前で良かったのか悪かったのか!!」 憎々しげにヒナタが彩野のことを忘れたかのように語り出す。 「ちょっと、しゃべってるなら手伝ってよ! 重いんだよコレ……!!!」 ヒナタの演説に口をはさんだのは青い鳥人――ツィーダだった。鋭い手の爪をひっかけたり、口にくわえて羽ばたいてみたりしているのは、司書のカウベルが軽々と担いでいた巨大布ロールの一つだ。 「……すいません個人的野望は置いときます頑張る」 そう言うとヒナタが布ロールの後ろを持つ。そしてロールの中ごろに一匹の鳩が降りてきて、爪で掴んで必死に羽ばたく。 「おうおう、そこの鳩ぽっぽ、あんたも手伝ってくれんのか?」 「クルル~(はっ、鳩吉軍曹であります!)」 「鳩語!?」 「はっ、鳩吉軍曹であります! だってよ」 「ごめんなさい、その子はしゃべれないんです」 カエルと綾野が布を担ぐ手を貸す。 「ううっやっと軽くなったよ。ありがとう。でも急いでね!」 ツィーダが焦った声で声をかけた。 「他の材料もみんなが取りにいったから大丈夫でしょう。落ち着いて」 「う、うん、でも守りたい場所があるんだ……」 声を暗くするツィーダに彩野はヒナタと顔を見合わせた。 ――ズズゥゥン…… 「そこ危ないわよぉー」 地響きに続いてカウベルの間延びした声が聞こえたかと思うと、どこかにまたナレンシフか空戦隊が落ちたのか、金属片がバラバラと空から降って来る。 「とうっ」 カウベルが軽い掛け声で投擲した何かが道の端まで大きな金属片を吹っ飛ばす。 「危険、あぶない」 小さなそんな呟きが聞こえたかと思うと、達子の胸元に抱き込まれたフラーダの目が緑に光る。 ――ブワァッ 舞い起きた強風が他の破片も人に当たらない範囲に吹き飛ばした。破片が運悪く窓に当たった店は若干の被害を受けたが、作業する人々に怪我はない。 「モフモフのやるじゃねえか!!」 「俺の魔法より速いとはやりおる…」 「きゃー! かわいい!!」 やんややんやの喝さいを受けるフラーダを達子だけが、 「あぶないでしょー! フラーダちゃん!!」 とギューっと抱きしめるのだった。ちょっとびっくりしちゃったわ。 「カウベルさん……かっこいいですね……」 薬ビンを抱えたソアがうっとりとブレイクの横で呟く。 「あ、フラーダくんの方じゃなくって……?」 紐の束をラドと一緒に抱えて首をかしげる。 「はい……あの私牛に変身ができるんです。それで、その牛のお姉さん……いえカウベルさんには何となく親近感といいますか、憧れてしまうんです。わたしもいつか、カウベルさんみたいな……かっこよくて頼りになる大人になれるでしょうか?」 確かにさっきの投擲は凄かったが、ほんわりと頬を染めてニコニコ話すソアには悪いが、ミニスカで投擲姿勢をとったせいでパンツ丸見えだったり、投げたのがどうも導きの書だったような気がして仕方ないので、ブレイクはちょっと引いていた。ラドのほうはラドで、振り返りカウベルの胸元とソアの胸元を見比べ。 「マァ、頑張リナヨ」 と、適当な励ましの声をかけた。ブレイクは小さくため息をついて呟く。 「やーだなー、本格的に戦争じゃないですか」 『怖気ヅイタカ?』 「まさか、ただちょっと驚いただけだよ。だってここはターミナルだよ?」 空を仰ぎ見ようとして顔を上げたが、視界のど真ん中に羽ばたくラドが来てしまい、ブレイクは苦笑して首を振った。 「まぁ、ターミナルだから。なんとかなるよね」 「おーい、各工程で役割分担の流れ作業にした方が効率良いんじゃねぇかと思うんだわ。 分担決めようぜー!」 ヒナタがこっちに手を振っている。 ソアとブレイク達は足を速めて布を広げている輪に駆け寄った。 2.分担しよう! 「これをこうやって……」 ツィーダがまだ液につけてない白いてるてる坊主を、両手の人差し指の爪の先で挟むと緑のラインでできた立方体が宙に現れ、てるてる坊主を囲み、てるてる坊主も宙に浮く。立方体の表面に格子が増えて来たと思うとそれがてるてる坊主を包むように張り付いた。 「こう…」 両の手を離していくと、てるてる坊主の形をした緑のラインが横に複製して並んでいく。 「えいっ」 ぱっと手を開くと全てが同形のてるてる坊主として実体化する。一気に10個くらいは増えた。 『おおおーーーーっ』 見ていた一同が拍手をする。 「じゃあ液を染み込ませる前に、ツィーダに増やしてもらう工程を入れてー」 「あとコレも!」 ツィーダの手元に緑のラインが現れたかと思うと一瞬でドライヤーの形になる。電源は自分の背中のあたりに差し込んだ。 「じゃ並べてドライヤーする係もいるなー」 「ねぇ、ボクは急いでいるんだからね!!」 ツィーダが叫ぶと青い羽根が舞った。ヒナタが眉を寄せて怒鳴り返す。 「っつったってよ! 一人で増やして漬けて乾かしてってできんのかよ、人手はいるだろうがっ!!」 ソアがオロオロと両者を見、フラーダも不安そうに世話人を見上げた。 「まぁケンカしてちゃいつまでたってもできないんじゃないかな。ツィーダさんの能力は確かに強力だけど、ほら、僕の『石海戦術』も乾かすときに並べるのとかさ、お手伝いできると思うんだよねぇ」 『地味ーナ仕事ダケドダナァ』 ブレイクは現出させるガーゴイルの数を増やしていた。増えたガーゴイル達はラドに従って後ろに控えている。 「私は、鳥海戦術の準備をしますね。ケロちゃんはてるてる坊主の形を作るくらいなら出来ると思います」 「あたぼうよ!」 「クルクルル~(僕は周りを見てくるね)」 「鳩吉は周囲を警戒するってよ」 「クルル~(御主人には絶対に手出しさせないよー。あと、ご主人の友達にもね!)」 彩野たちも挙手して自分の仕事を告げる。 「フラーダちゃんは臭いの大丈夫?」 達子は異臭を放っている忌避剤の液体を指差す。 「いやー」 フラーダは鼻を前脚で押えてイヤイヤした。 「じゃあ私が漬けるのやるわね! フラーダちゃんは布を切ってくれる?」 「フラーダ、ぬの、きる」 フラーダの瞳がまた緑色になったかと思うと、布が真空刃でスパスパ切れていく。 「じゃ、じゃあ私がドライヤーをかけます!」 ソアが両手をギュッと握って言う。 「ん、じゃあ、俺はフラーダくんの切った布で作成な。あんたみたいにぱぱっとはいかねぇがそれでも、ちっとは足しになるだろ?」 ヒナタがツィーダに向かって言うと、ツィーダはぷいと顔を反らした。 なにはともあれ地道な作業がスタートする。 「どうだ? 何かわからないこととか、あるか?」 博物屋の店主は各班の作業を見回っていたらしい。 成形チームではツィーダとヒナタとカエルが布に中身を詰めて縛る作業をしていた。ツィーダは複製を増やすだけだが、カエルの作るてるてる坊主の出来が意外に綺麗で、ヒナタはこっそりライバル心を燃やしていたとこだ。 「お、店長~。俺、この戦いが終わったら博物屋の骨格標本愛でるんだ…」 「はは、店は結構がっちり保護魔法かけてきたんだがなー、さっきアクシデントで窓が割れたからどうなってるかしらんよ」 ちょっと目が死んだかんじになったので、慌ててヒナタは話を変えた。 「ねぇ、何故にてるてる坊主状なの。一応まじない要素含むから?」 「んー」 横でこっそり話を聞いてたツィーダも気になったのかチラリと顔をあげる。 「頭の方に具が詰まってて重いだろ。で、うしろが羽根の変わり…つまり、えー、上手く飛ばしやすいようにだよ。投げると、高く飛んでこっち側下にして落ちて安定すんだろ」 店主がてるてる坊主を持ってジェスチャーし、最後は逆さまの状態で止まる。 「ええぇー逆さまじゃぁあん」 「色も気持ち黒っぽいし、雨が降りそうだよぉ」 ツィーダが口を挟むとヒナタがニヤリとして振り返る。 「さ、作業の手は止めてないよ!」 「物体複製か? なかなか凄いな。魔法だったら方法を聞いてみたかったが、魔法ではなさそうだな」 店主はツィーダの動作をひととおり見て勝手に納得すると、別の作業を見に行った。 「店主さん! この液体は何なの。不気味な色で、まるでワームの体液……想像したら鳥肌立った! あーやだやだー」 「きゅ? 寒い??」 達子がぼやくのを聞き、布を切っていたフラーダがてこてこと歩み寄る。 「あ、フラーダちゃんは気にしなくていいわよ」 「液体は、簡単には説明できないものでできてるよ」 店主はしゃがみこむとフラーダの体を撫でまわし(特に羽根の付け根のあたりを入念に確認)フラーダの魔法を見てウンウンと頷くと、また移動していった。 「なんの説明にもなってなかったけど、満足していっちゃったわ。何なのかしらもー。くっさいわぁああああ」 達子はフラーダが斬っている布を一つ失敬すると、口元にマスクになるように巻いた。 「ちょっとはマシかしらぁ」 「ガーゴイルに作業をさせてるんだな」 田植えのようなポーズでガーゴイルたちとてるてる坊主を並べていたブレイクは、体を起こすと「イテテテテ」と腰を押さえた。 「そりゃ魔導師ですから、使い魔にやらせるのが一番でしょう。といっても、私もやってるんですけどね」 「並べるのは地味に辛いよな。他の作業もつらいが臭いわ腰痛いわ、いいことない……」 「やたらと気持ちがこもってますね」 「さっきまでやらされてた」 ムスッと店主が言う。 「カウベルが『難しい手順のところこそ経験の無い人にやらせて熟練者を増やすべきです!』とかいって、変な形のてるてるを大勢で……私はずっと並べさせられてた……」 「はぁ……」 ブレイクは『オレタチャ陽気ナガーゴイル~♪石だから腰痛なんてナッシン♪(コーラス:ナッシン♪)』と歌いながら作業をしているガーゴイルを眺めた。 「店主さんも使い魔とかいないんですか」 「いたらよかったなー」 投げやりな口調で言われて、「はぁ」とブレイクはまた気のない相槌をした。 「はぁ、でもやっぱりカウベルさんがビシビシと指示を出してくださってるんですね。かっこいい……」 ツィーダからコードが伸びているちょっとシュールなドライヤーを端からかけていたソアがうっとりと言う。 「この戦いが終わって……皆さんが無事でいて……0世界に平和が戻りますように……! あとわたしもカウベルさんみたいに活躍できますように……!」 個人的な希望混じりの願かけをしながら、植物に水をやるように丹念にドライヤーを当てていく。暑さで流れる汗を手ぬぐいでぬぐう姿は労働への喜びと爽やかさを感じさせる。 「カウベルに憧れるような子がいるんだな……はやく芽を摘んでおいたほうがいいだろうか……」 ゴニョリと店主は口の中で言ったが、ソアの真剣な姿に何も言えず、仕上がっているてるてる坊主に目を落とした。 「ここらへんはもういいかんじだな。そろそろ散布にも行ってくれ」 その声を聞いた瞬間、ツィーダが駆けだした。 3.かがみ屋【月下】 ツィーダはカゴに乾いたてるてる坊主を詰めれるだけ詰め、液状の忌避剤も若干失敬すると、ヒナタ達が止めるのも待たずにある店の前まで駆けてきた……途中でナレッジキューブを求める男に会いキューブ全てを渡してきた。あれは役にたっただろうか? ――かがみ屋【月下】 AIである自分を作った今は亡き少女――ことりと唯一話せる大切な場所。 「ことりっ」 店の前に来ると辺りを見渡す。今のところ周囲にはワームの荒らした後も戦いの後もなかった。ツィーダはせっせと物質作成で簡単な階段を作成して屋根に上る。 ばっ。と。てるてる坊主をカゴからまき散らした。 「ハァ……ハァ……」 屋根はあまり高くはなかったが、遠くは無い場所で、戦闘や救助が行われているのが見える。また布を広げた一団もちらりと目の端に見えた。一緒に作業していたみんなが睨んでいるように思えて、ツィーダは階段を転げるように降りた。 ――ギギ…… 扉はいつかのように重い音を立てて開く。 中は背の扉の隙間からの光で白々しく映し出されていた。 「ちょっと、はやくドアをしめてよね」 「あ……」 店主の少年がキィキィと音を立てて車いすをこちらに向けた。 以前別れた時のような不満そうな顔をして、こちらを睨んでいる。 「避難、しなかったの」 ツィーダが声をかけると、皮肉げに口元を上げた。 「こんなときでもお客さんがいるからさぁ。ね、あなた前も来たよね」 「うん……あのここを守りに来たんだ。ボクにとって、大切な場所だから。ワームが入らないように、博物屋さんに教えて貰った忌避剤をお店の上に撒いて来た」 「ふぅん。まぁ勝手にやってくれてありがとうね。ついでに【月下】見てく?」 「あ……」 【月下】――あの鏡を覗きこめば、ことりに会える。 でも今、今ことりに会って、何が話せるだろう。 みんなで作っていたてるてる坊主を先に一人占めして自分の為にバラ撒いた。そんな自分を”鏡”に映すのが、ツィーダには怖かった。 「まだ……、ちゃんと最後まで、この店を守ってから……」 そうすれば、言い訳になる……いやそうしたらみんなに謝って、それから。 ツィーダは頭を振って気持ちを切り替える。 「奥に他に部屋は?」 「あるけどぉー。壁や窓が破られない限り、何かが入りこむことはないんじゃないかな」 「でも、旅団員とか、入ってくるかも。見せて貰ってもいい?」 「えぇー」 店主は嫌そうに顔をしかめた。 ――バンッ!! 「おらっ!! さっき誰かここに入っていったろ!?」 突然入り口の扉が開け放たれる。逆光で姿が確認できないが、敵意剥き出しで怒鳴りこんでくる。 「旅団員か!?」 だんだん光に慣れつつある目に男が銃を構えるのが見える。 ――ここで撃たれたらもしかしたら【月下】が……!!! 「やーめろーーーーーー!!!!!!!」 ツィーダはとっさに手に持っている忌避剤のボトルを投げた。 それはみごとに旅団員の頭に当たって。 ――パァン! 銃は後ろに倒れながら店外に撃たれた。旅団員は倒れて重いドアに挟まれたままぐったりしている。 「ヒュー。やるじゃん、鳥の人。でも何これ、クッサ、これを上に撒いてきたって??」 「うるさい!!」 茶化すように言う店主をツィーダが一喝した。 「今は非常時なんだ。……あの男は縛って店内に入れる。他の旅団員も略奪をしているというし、見られるとヤバイよ」 「臭いのに……」 店主は小さくぼやいたが車いすを動かして、ツィーダに手を貸した。 送信者:ツィーダ、送信先:全体、 さっき身勝手なことをして迷惑をかけた人にはゴメン。 今、かがみ屋【月下】に居る。中には店主とボクの二人。ワームの被害は周囲でも今のところ見当たらず。 ただ、旅団員の襲撃にあった。一人捕獲。 みんな注意して。 4.精霊竜と保護者と牛娘 ツィーダが駆けだしていった後、残された人々はぽかんとしていた。 「アイツ、いくら焦ってるからってこんな、これ、どうすんだよおい!!」 ヒナタが指差した先には乾かされるのを待つてるてる坊主たちと電源の抜けたドライヤーを持ってションボリと立つソアの姿があった。 「きゅ? フラーダ、風起こす??」 「あ、そうね、フラーダちゃん。うーんと、火とどっちがいいかしらぁ?」 「僕が火を出しますんで、フラーダくんが風をおこすんでどうです?? 僕ももう背中痛いんで並べるのヤですし」 「ズルイ! チョット派手ナ仕事!!」 ラドたちガーゴイルがブーブー言うのを無視して、ブレイクが火球を生み出す。 「あ、じゃあわたしは乾いたのから運びやすいようにまとめます! 他のところで出来上がってて散布待ちのてるてる坊主も回収してきます!」 ソアがグッと拳を作って駆けだす。 「作成班も布の残り捌いたらおしまいだなー。彩野さんはどうよ。散布班描けたかぁ?」 「もう少しですー」 道の隅に座って必死にスケッチブックに向かっていた彩野の周りには数十匹のカモメがクゥクゥと鳴きながら密集していた。餌が撒かれているらしくせわしなく足元をついばんでいる。 「クルックルルルルッ~ポポー!(ただいま偵察から戻りましたぁってウワァ、僕の仲間じゃないんですか、何でカモメなんですか!?)」 「鳩ポッポは何怒ってるんだ?」 「彩野が描いたのが鳩じゃなくてカモメなんで不満なんだってよ」 てるてる坊主の共同作業に何となく友情の芽生えつつあるヒナタとカエルがヒソヒソと会話する。 「クル~(あと、ツィーダさんは【月下】に入っていきました)」 「?」 ヒナタが無言でカエルの顔を見ると、カエルが答えた。 「青い鳥ンヤツは無事だそうで」 「ふーん、そりゃ良かったな。じゃ残りつくっちまうかー」 「なんだ。あんまり怒ってないのか」 「べっつにぃ。最初からアイツ焦ってたし、良かったんじゃね俺達が手伝ってやって早く行きたいとこいけたんだろ?」 「まぁ。あんなに怒ってたのに、思ったより大人なんですね」 白いてるてる坊主を受け取りにきた達子が口を挟む。 「うっせぇな! あんたクセェぞ!」 「ちょっと、その邪魔な口に忌避剤たっぷりの手ぇつっこんだげましょうか?」 達子が鬼の形相で言いてるてる坊主の一個をヒナタに投げつけてから作業に戻って行った。投げつけられたてるてる坊主には忌避剤の手形がくっきりついていて不気味だ。 「くさっ、こわっ」 ヒナタが嫌そうにてるてる坊主をつまんで山に戻す。 「はぁ、こんなにくっせぇのに、ご苦労なことで……」 「そっちを聞こえるように言ってあげたほうがいいんじゃねーの~」 カエルがつっこむとヒナタは黙って作業に戻った。 「本当に重くないんですか?」 達子が大きな大八車を引くソアに遠慮がちに声をかける。 「はぁい、力の強さは自慢なんですー。さっきもカウベルさんに褒められちゃった。えへへ……」 嬉しそうに言うソアは今は黒い牛の姿に変身している。子牛ではあるが、力は強く、大八車にはてるてる坊主と一緒に達子とフラーダも乗っていた。 「さ、この辺にも撒いちゃいましょう。フラーダちゃんは屋根の上まで飛んでいってね。気をつけて、敵が居たらすぐ逃げてくるのよ?」 「うきゅー!」 達子が真剣に言い含めるのに、フラーダはニコニコと返事をした。 普段もフラーダが出かける時は達子がいっぱい声をかけてくれる。そして、帰って来たら抱きしめてくれて甘いお菓子や美味しい料理をくれるのだ。 フラーダはちょっと涎を垂らしながら、前脚で器用にてるてる坊主を数個掴んでフヨフヨと空を飛んでいった。 「さぁ、こちらはこちらで!」 達子は元気な声を上げるとトラベルギアであるフライパンを手に持った。 ――スコーン! テニスかバドミントンのような要領で……達子はフラーダと逆の側の通りの屋根の上にてるてる坊主を打ちあげていく。 「わぁ、フラーダちゃんのおねえさん凄いです……」 「うふふ、器用なもんでしょ?」 ある意味フヨフヨと飛ぶフラーダより効率的に、進む大八車の上の達子はてるてる坊主を高く打ち出していく。――ときどき、誰かが願かけにか顔を描いたてるてる坊主があったのだが、打たれる瞬間が何とも物悲しい……が達子もソアも気づいてなかった。 「きゅ!! むこう、てき、いる!!」 「あわわ、戦闘ですか」 大八車がストップする。道の先の戦闘がちらりと見える。遠距離の武器を持つ者がいないらしく、近接の武器同士でぶつかっているようだ。傍に数名倒れている人も見える。 ――怖い! ソアはギュッと目を閉じる。しかしこちらの道を優先的に選んでもらったのはソアなのだった。こっちには避難所がある。だから少しでも早く、てるてる坊主を撒きに行きたかった。 「ソアさん! 私たちは戦闘には向かないわ! 迂回しましょう!!」 「でも、怪我人がいます……!!」 ソアは蹄に力を入れた。 ――みんな戦ってる。もっと危ない目に遭ってる人だっていっぱいいる。 「あなたがそういうなら、私たちを乗せてる場合じゃありません。そうね、このくらいならわたしとフラーダちゃんで何とかします。ソアさんは先に避難所に」 そう言って、達子はフライパンを片手に大八車から降りた。 「ええっ達子さん、でも私じゃ高くにてるてる坊主は飛ばせません……」 「避難所に居る人に頼めばいいでしょう? さっきトラベラーズノートで真剣に調べていたじゃない。大丈夫、あなたならできるわ」 ソアはもう一度蹄に力を入れる。体の中に力が巡るように。カウベルさんのようになれるように! 「わたし、やってみます!!」 ――ブモォーーーーッ!!!! ソアは高く鳴くと大八車を引いたまま凄いスピードで駆けだした。 「さて、ここは任せて先に行け、なんて死亡フラグみたいねフラーダちゃん」 「うきゅ? しぼうふらぐ? 食べれる??」 達子はうふふと笑うと、フライパンを右手に、左手にフラーダを抱いて駆けだす。 「そうね! 美味しく料理してしまいましょう!」 送信者:ソア・ヒタネ、送信先:全体、 【香房】手前でフラーダちゃんと保護者さんが交戦中。怪我人有。 こちらは先に【香房】とその先の避難所へ参ります。 高いところへ登れる方、飛べる方、力を貸してください! 5.石と鳥の戦術 『地味ーナ仕事ダナァ』 またラドがごちるのをブレイクは特に気にせず前を歩いた。 さすがに多量ともなると重くなったてるてる坊主はガーゴイル達がそれぞれ大きなかごを背負い持って歩いたり飛んだりしている。 「重い……」 一緒に歩いているカエルもガーゴイルに対抗するようにカゴを背負っていた。とはいっても、サイズのせいもありガーゴイルの半分以下の量である。 「あ、この辺は他の人もまだ撒いていないはずだわ。鳩吉お願いね」 「クルル~ クルックルッ(はいご主人様! おいカモ公ども、いくぞ!)」 『クァー!(サーイェッサー!』 彩野が鳩吉に声をかけると、カモメたちが鳩吉の先導で一つずつてるてる坊主を掴んで飛び、隊列を作って、順にてるてる坊主を投下していく。落とし終わった者から斜めに離脱していく姿が美しい。 「こっちも、なるべく高い所にね」 『イェッサーッテナ』 ガーゴイルたちは彩野達より広範囲に飛び回っているらしい。しばらくして戻ってきたガーゴイルがブレイクの持つ地図に散布範囲を示していく。全て撒き終わってしまったガーゴイルは一度作成場所に戻って他の作成班の作ったてるてる坊主を回収に飛んでいた。 『ヤッパリ、石海戦術ノガ優秀ダナッ!!』 「うるっせぇーこっちにもちょっとそのてるてる寄こせ、もう撒く分がねぇ」 『ハイヨーショウガネェナ!』 カエルとラドが案外仲良くやっているところを見て、彩野とブレイクは顔を合わせて笑った。 「クァックァッ(隊長! 道の先に旅団らしき人影! こちらには気づいておりません)」 「クルルルー!!(それはマズイ)」 「おい、彩野、先に敵だってよ! 俺は戦ってもいいけど、どうする?」 「ボクは構わないよ? 一応戦闘要員のつもりで着いてきたんだ」 「こちらはケロちゃんくらいしか戦闘ができません。あとはこれから描くしか……」 「うんわかった、カエルくんはご主人さまを守っていてね」 そう言うとブレイクが駆けだし、ラドが追従して飛ぶ。 相手が気づいた。 三人。 「ハァッ」 ブレイクがまず魔法ではなく剣で斬りかかる。相手の一人がダガーで受けた。 何か特殊能力のある相手なのかが、お互い判らない。 爪はまだ隠す。 もう一人の旅団員をラドの大鎌が襲う。跳んで避けた。焦った顔で何事か手をいくつかの形に組むと、炎が噴き出す。 『グェエ、コッチは魔導師カナ??』 三人目の旅団員の姿が突然はじける。 ズルリと黒く流動したかと思うと、ビュッと伸びて彩野を襲った。 その先端をカゴが受け止める。 ――ビュルビュルビュル!!!!! 黒いスライム状のそれは地面に落ちるとのたうった。 「おいおいおいワームかこれ!?」 てるてる坊主満載のカゴを割り込ませたカエルが剣を構えたまま嫌そうに身を引く。 「てるてる坊主がそれなりに効いてるみたいだけど……なにか、もっと大きくて、閉じ込められるような……」 綾野がトラベルギアの液晶ペンタブレットを取り出し、舞い戻ってきたガーゴイルの一匹を撮影、アレンジを加えながら模写してキャラクターに起こしだす。 その間カエルとガーゴイルがスライムの動きをてるてる坊主を使い巧みに止めていた。 「クルクルッ(突然ビュッと伸びるのは、ウゴウゴ動き出したところみたい! 今はあっちだから、あちらにテルテルを!!)」 鳩吉やカモメも状況を分析して伝えてくる。 「あっちはワームかぁ、大変な方を任せちゃって悪いねぇ」 ブレイクはそう言ったと思うと表情を消して、対峙するダガーの旅団員へと間合いを詰める。そこで魔法使いと戦っていたはずのラドが前に出て大きく一撃を振りおろし、ブレイクは身を返して剣を黄色く変化させ、魔法使いに雷を落とした。魔法使いはとっさにナイフを高く投げ、雷を避ける。 『オーイ、コッチモ躱サレチャッタヨ、メーンドイナー』 ラドが鎌を素ぶりしてから構えなおした。 「描けましたぁ!」 彩野が出現させたのはガーゴイルのような岩の肌を持ちながら、腕や胴体が何となく四角ぽく、壁のような姿をしたゴーレムだった。 「おっ、閉じ込め作戦か! てるてると一緒に詰めてやればコイツも参るんじゃねぇのっとぉ!」 カエルは伸びてきた触手を剣で受ける。 ――ズゥンズゥン ゴーレムが歩み寄るのに合わせ、できるだけワームの行動範囲を狭めるよう、カエルが触手の一つを引きつけながらゴーレムに駆けていく。 ガーゴイル達はてるてる坊主の入ったカゴを持ち上空待機。 ――ビュッ! 「ケロちゃん!!」 触手の一つがカエルの腕をかすめ、彩野が悲鳴を上げる。 「うぉりゃあああああああ」 カエルがそのまま渾身の走りでゴーレムの体を駆けのぼり、ワームが後を追う。 ――ドシャアアアアア 上から大量のてるてる坊主が落とされるとともに鳩吉軍曹率いるカモメの群れが一瞬視界を隠した、鳥たちが離れるとゴーレムが体をぴたりと閉じ合わせ、四角い箱状になる。 「ケロちゃん!!」 「おー生きてたぜー」 カエルはカモメに掴み咥えられし、ちょっとボロボロになりながら彩野に手を振った。 「無理しすぎだよぉ!」 「主人にかっこいいとこ見せないとな……」 彩野がギュっとカエルを抱きしめた。 ブレイクは無表情のまま鋭い剣撃を繰り返していた。属性魔法の載ったトラベルギアの細剣が鋭い太刀筋で相手を襲うとともに、魔法の一撃を加えていた。 だが、相手もしぶとい。 ラドが相手をしている魔法使いが回復の術も使えるらしく、またその発動が速い。大鎌の一撃は振りが大きい。避けられれば大きく時間を与えることになる。 『ダァァア、ブレイク、本気ダセヨ、コンナコトシテル暇ネェダロ! 殺ッチマエ!!』 ラドの声にブレイクがすっと目を細める。 ――バチィイイイイン 周囲にいきなり稲妻が走ったかと思うと、 「な……」 旅団員二人は倒れ痙攣しだした。 「降伏して貰おうと思ってたんだけどなぁ」 『殺シテナイノカ! 甘イヤツメ!』 「甘いかなー」 彩野達の戦闘も終わったらしく、こちらにガーゴイルの一部が飛んでくる。 とりあえずてるてる坊主の入ってないカゴにでもつっこんで、ガーゴイルに背負わせよう。 「おつかれさま! そっちに怪我人はいるかい? 僕はは誰も死なすつもりはないからね」 『手を抜いてたくせに!』 「はは、今日の場合、敵を含めて、かな?」 ターミナルの未曾有の危機に、一部の旅団員は投降し保護を受けているという。 今回の戦闘で恐らくターミナルの住人も多く減る。 少しくらい、敵に慈悲を加えてやってもいいんじゃないかと。 ブレイク本人はあまり意識していないが、珍しくそんなことを思っていた。 送信者:ブレイク・エルスノール、送信先:全体、 旅団員2人とワームと交戦。全員捕獲。 負傷はカエルくんくらいかな。 ワームの捕獲にだいぶてるてる坊主を消費しちゃった。 でも小型ワーム相手なら牽制にも使えて便利みたいだよ。 6.八岐大蛇 「店長さん見て見てー! これ俺の地元の神話の荒神ぃ!!」 ソレは一本の通りじゃ足らず、隣の通りに片足を降ろし、街並みを跨いでいた。 超巨大な、ヒュドラのように首の多いドラゴン。 「うーん、でかいな」 「8つの谷、8つの峰にまたがるほどとも言われてるよー!」 「そりゃさすがに過剰表現じゃないか?」 ドラゴンはヒナタのトラベルギアのサングラスの効果で、影から生み出されており、のっぺりと黒く、何故かゴムのような感触がする。 「周り壊さないようゴムっぽくしてるけど、多分もっと龍っぽいうろこうろこしたかんじでー、あと色は目と腹が赤!!」 ヒナタと博物屋の店主は首の根元に座り込んで話をしていた。ヒナタは一度博物屋店主に見せてやりたいと思っていたらしくテンションが高い。店主の方も巨体が歩くたびに揺れる中、布の切れはしに真剣に模写をしていたりする。 「視界良好。舟そのまま本丸の図書館方面に飛べ!」 ヒナタはオウルフォームのセクタン、舟の特殊能力で視界を共有し、進行方向を確認していた。 「店長さん、後で俺が絵に描いてあげっから、一旦止めたら? 揺れてる中下向いてると酔うぜ?」 「絵の腕は確かなんだよな? 彩野嬢も絵が達者だったが、彼女に頼んだ方が良かったりしないか?」 ちょっと失礼な店主である。 「色を塗らなければ大丈夫!」 ヒナタは歯を見せて軽やかに笑った。 八つある首のうち六つには口いっぱいにてるてる坊主を含ませてある。臭いを思い出すと可哀相な気もするが、ヒナタの影で有り生物ではないので良しとする。 ズンズンと響く足音とともに、時折口の隙間からポロポロとてるてる坊主が落ちている。 下に人が居ないことを祈る。 「ぐえっ前方にワーム発見。なんとも言えない形……」 「どこどこ」 「いやセクタン視点だからここからは見えないっすよ」 「絵……」 店主が呟くのがヒナタにもバッチリ聞こえた。 「で、ワームはどうするんだ? このドラゴンは攻撃できるのか?」 「八岐大蛇っすよ、攻撃はですね……」 空に浮かぶワームをてるてる坊主を含ませてない2本の首で追う。 牙を剥き交互に噛みつこうとするがかわされる。が、口の中からもうひとつ首がニュルっと生え、ワームに追いつき噛みつき咀嚼し飲み込んだ。 「今何か、生えなかった?」 「本物の大蛇には無い能力ですね。オリジナルです」 律義に店主に説明してやりながらも、ヒナタはワームを飲み込んだ大蛇の首を操りギュルギュルと雑巾絞りにする。 「うっわぁ」 「あ、今ちょっと引きました?! 俺コンダクターっすからね! いつでも全力投球じゃないと余裕ないっしょ!?」 「あ、うん、ごめんなさいね」 ちょっと真剣に詰め寄られたので店主は素直に謝った。でも雑巾絞りされたワームはどうなってどこいったのだろう……。 「よぅし第一目標地点発見。投下を開始しますよ!」 大蛇の首が図書館の方へ伸び、口が開かれる。そのまま首をゆっくりと横に振り回させる。 首をつたって店主の手元に1個てるてる坊主が落ちてきた。首を縛るのは紐じゃなくてピンクのリボンでニコニコした顔が刺繍されていた。勿論本体色はあの何とも言えない黒っぽいアレだが。 「まぁサボりというより願かけかなぁ。明日天気になぁれ」 店主は首の隙間から近くの屋根にてるてる坊主を投げる。そっと風の魔法に乗せて、そのてるてる坊主は頭を上に正しい方向に屋根の上に立つ。 「このまま駅舎の方回りますねー。あと他重要拠点あったら言ってください!」 ヒナタの声に店主がトラベラーズノートをチェックする。 「わりと街中はいいかんじみたいだね。交戦したところも上手くやったみたいだ」 「お、そっすか、そりゃ重畳重畳!」 嬉しそうなヒナタの声に店主も口元を上げた。 「第二地点到着。と、ありゃ旅団員か! 捕獲捕獲!!」 「旅団員も絞っちゃうのか!?」 「え?」 大蛇の首は駅舎周辺にいた旅団員一人を加えそのまま大きく振り上げられる。旅団員はお星さまになりました……ではなく、世界樹に向けて投擲された。 「運が良ければ木がクッションになって結果オーライ?」 「おまえ結構怖いやつだな」 店主がちょっと身を引いてる間にも、大蛇の首からてるてる坊主が駅舎に向かってバラバラと振りまかれた。 「んんん、こんな感じでミッションコンプリート? それともまだ追加あるかな??」 「とりあえず、引き上げるか。ツィーダが【月下】に、フラーダと保護者が【香房】に行ってるらしいし、様子を見にいかないとな」 「あーい、じゃそっちのほうまで様子見ながら歩いて解除しましょっかね!」 「頼んだ」 ゆっくりと歩みを進めはじめたところで、ヒナタが短く息を吸った。 「ちょ、店長さんヤバイ。あれなに」 「どうした?」 「ナラゴニアから……蔦みたいなものが伸びてきて、地面に突き刺さって……」 店主も大蛇の隙間から見た。 地上にいた幾人もその光景を目撃した。 これは何の前触れだ……? 送信者:鹿毛 ヒナタ、送信先:全体、 ……………………… ……………………… ……………………… (終)
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