ホワイトタワーの崩壊に伴い、コロッセオの訓練機能は一時的に凍結されていた。 そして、ナラゴニアおよびナレンシフの襲撃が全ターミナルに告げられた時、コロッセオの管理人リュカオスが真っ先に戦略拠点としてコロッセオの提供を申し出た。 ---襲撃直後。 管理人リュカオスはコロッセオを軍事拠点にする事をトラベラーズノート経由でアリッサに提案、僅かなやりとりを経てこれを受諾された。 古代の娯楽施設を模しているとは言え、対戦相手としてこれまで世界図書館の蓄積した強敵達のクローンを生産する能力を擁し、 さらには訓練のために過酷な環境をも人為的に作り出す事のできる施設は要塞として適切であると判断された。 かくしてコロッセオには近辺にいた多数のロストナンバー達が集結、 ナラゴニアの襲撃に対抗するための牙城として急拵えの要塞化が進められた。 ナレンシフの誘導に際して、ヴォロスの魔道士やインヤンガイの術者を模した訓練用クローンを並べ、上空に向かって一斉放火を行い誘導に成功する。 数十の飛行物体が取り巻く中、飛行物体群の砲撃を石造りの体で耐え、さらには幾通りもの術式でもってナレンシフ数機を撃墜した。 だが、コロッセオにまとわりつくナレシンフの数が倍々に増えて行き、それに伴って旗色が悪くなり始めた事を誰も知らぬままに時は経過する。 一発の実弾兵器が空中より投下された。 2mほどの鉄球に見える黒い物体は石造りの天井を易々と貫いて落下する。 闘技用施設の砂地に着弾したその物体はふるふると体を震わせると球体の一部に亀裂ができ、そこを支点にぐるりと開いた。 人の大きさを優に超えるダンゴムシ。と形容するのが相応しい。 愚鈍そうな体躯を裏切り、近くにいたドラゴニュートの戦士の頭を噛み千切り、ついでとばかりに斧を持ったジェロームの腕にのしかかって砕くと、致命傷を受けたそれぞれの訓練用クローンは霧のように掻き消えた。「オオォォォォ!!!!!!!」 咆哮とともにダンゴムシの甲殻を貫いたのは上空から弾丸のように甲殻へつっこんだ暴霊龍・ケイオスグラードである。 地面に激突した衝撃でケイオスグラード自身も霧散したが、ダンゴムシの動きもまたぴくぴくと数度震えて動かなくなった。「こいつは強敵だったな」 リュカオスがおそるおそる蟲の死骸へと近づき、手を翳す。 ごくり、と生唾を飲み込んだ。「ファージだ。……闘技場をマグマに変えろ、溶岩に沈めてトドメを刺す。見張りは次に備えろ、ファージを大量に投下されると厄介だぞ」 通常、ディラックの落とし子の一種である「ファージ」は動物や植物に寄生する。 この場合はそこらへんにいる虫にファージが寄生して蟲型のファージ変異獣へと変化を遂げた形になる。 そして、ナレンシフから投下されたということはコロッセオに対してファージを兵器として使用できるという意思表示に他ならない。 ファージの投下が断続的に続く。 鳥の変異獣、蛇の変異獣。さらには馬といった大型獣のファージまで投下される。 空中からは数ダースのナレンシフ、地上では投下されたファージ群の対応。 さらに、撃墜したナレンシフを内側から破った虎型のファージと、その周囲にまとわりつく1m足らずの無数のワームの姿を見た時、リュカオスはコロッセオの放棄を覚悟した。 トラベラーズノートによりアリッサに向けてコロッセオの彼我戦力の差が報告される。 ロストナンバーに人的被害の恐れがあるため、襲撃直後にコロッセオにいた非戦闘員の避難を優先し、コロッセオに残る戦力を避難に使用する作戦において、アリッサ館長は「任せます」と返答を行った。 コロッセオで戦っているロストナンバー達は決して集団戦に慣れては居ない。 個々の能力やトラベルギアにより、かろうじて烏合の衆であるデメリットを感じさせない程度の戦果をあげてはいるが、 それはつまり、不意に投下されるファージやワームの襲撃にどこかの区画が耐えられなくなった時、全戦線が崩壊する危険性を孕んでいるといえる。 普段は訓練の開始を告げるためのマイクを手にリュカオスは大きく深呼吸して息を整えて吐き出す。『現在、ターミナル各地で反撃・防衛戦線が築かれている。現時点をもってコロッセオの防衛優先度を下げ、彼らに合流する。各自、コロッセオから脱出し友軍の救助にあたってくれ。引き続き、訓練用クローンを戦力にしてここにナラゴニアの戦力の一部を食い止める。いいか、全員だ。全ロストナンバーは大至急コロッセオから脱出しろ。みんな、死ぬなよ!』 アナウンスから十分もしないうちに、訓練用のクローンを残してコロッセオの防衛にあたっていたロストナンバー達の姿が見えなくなる。 石造りのコロッセオは砲撃とワームやファージの攻撃によりあちこちが崩落しているため、脱出のために血道を開く必要はなかった。 だが、一人また一人と戦力が低下するに従い、目に見えてコロッセオ内にいるワームやファージの姿が増える。 やはりというべきか、それほどロストナンバー個々の戦力に頼っていた、という証左だった。 さらにリュカオスの主観的にとても長い時間が過ぎる。 客観的には最初の攻撃からそれほどの時間を待たずして、いつのまにか数え切れない程のナレンシフがコロッセオを取り囲んでいた。 脱出すらも許さず、全員を拿捕するつもりなのだろう。あるいは殺害か。 早めに放棄を決意したため、コロッセオにいる住人は訓練用クローンを制御するための制御室にいるリュカオス一人である。 後はワームやファージと戦っている者が、ただの訓練用クローンであると気付かれるまで一瞬でも多くの時間を稼げばいい。 最悪の場合でも世界図書館の被害は自分一人だと思えば気が楽だった。 リュカオスは目の前の機器にある赤いランプ~訓練用クローンのデータロード終了の合図~、が光るたびにレバーを引く。 次の、また次の、さらに次の訓練用クローンの準備を行い、出撃の準備が整う度に次々とコロッセオに『戦力』を送り込む。 兎型の獣人ブラン=カスターシェンの形をした訓練用クローンが薔薇をくわえ華麗にレイピアを天高く掲げた所で、走りこんできた虎型ファージに足を噛まれ、武器を空に向けていたため防ぐ事すら敵わず致命傷を受けた訓練用クローンは薔薇の花びらとともに霧散した。「…………」 訓練用クローンからブラン型の訓練用パターンを除去しつつ、リュカオスの額に大粒の汗が浮かんでいた。 思った以上にワームの出現量が多い。 横目に窓の外を見るとナレンシフの機体が横隊を為していた。「逃げ道すらないって事だな」 すでに闘技場はワームの姿で埋まりきっていた。 カーテンを閉めてはいるが透明なガラス窓越しにある制御室の存在に気付かれ襲撃されたら一溜まりもない。 息を潜め、それでも赤いランプが光ればレバーを倒す。 気付くな、気付くな。 レバーを倒す。 祈り虚しく、ワームの一匹が制御室の扉へ牙を向けた。 ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ 医務室の扉をあけると、すっかり破壊しつくされたという感のあるコロッセオの廊下が目に入る。 分かってはいたものの慣れ親しんだ風景がここまで物理的に損傷を受けて平気でいるのは難しい。 さらには崩れた壁の向こうに数機のナレンシフが見える。 あちこちにある壁の裂け目のどこを見てもナレンシフの姿が見えるということは、すっかり取り囲まれてしまったということだろう。 まだ気付かれてはいないがワームやファージの咆哮や気配はコロッセオ内部のあちこちに漂っている。 戦闘音が途切れてからしばらくの時間が経っているということは、稼動している訓練用クローンが極端に減っているということだろう。 あるいは既に全滅しているか。 どちらにしろ、無意味に廊下にいてワームに襲われても仕方ない。 クゥは踵を返して扉を閉める。 それと同時に、医務室のスピーカーから機械音が流れた。「こんにちハ、こちら世界司書ロイシュ・ノイエン。現在地は地下倉庫でス」 デスクにあるマイクの取り出し、地下倉庫に「アナウンス」がかかるよう設定し、口を開く。「こちら医務室。無事で良かった」 地下室でマイクを握る傍らのベッドには全裸に包帯を巻きつけられたリュカオス。 その横に世界司書ロイシュ・ノイエンがのんびりとお茶をすすっていた。「俺は全員脱出しろと言ったはずだが」「すみまセン。体力がないものデ、逃げる前にナレンシフに囲まれてしまッテ、地下室に隠れていましタ。倒れているリュカオスサンを見つけたので運んできましたガ、薬が足りないのデ、応急手当しかできていませン」 リュカオスの呟きに、のんびりとロイシュが応じた。「無事なら良かった」 思わずかけた声に、リュカオスが不満の声をあげる。 スピーカー越しにも彼が不本意であることが聞いて取れた。「クゥ、おまえもだ。なぜ医務室に残っている。クリスタルパレスから救助要請があったのだろう?」「うん。要請と同時に常勤の医務班全員に向かってもらった。非戦闘員が多いからクリスタルパレスにいた方が安全だし、指揮をルルーに預けたから彼なら医務班の安全に配慮してくれる」「向かって……って。なら、おまえ一人、何故残っている」「さっきまで大勢コロッセオで戦っていたからね。全員、逃げられたとは限らない。 誰かが来るかもしれない以上、私が医務室を放棄するわけにはいかないだろう」「非常事態だぞ」「非常事態だからだよ。ここで戦ったロストナンバーが最後の力を振り絞って医務室の扉を開けた時に、誰もいないなんて真似はできない」「そのために自分が死ぬ気か」「誰も死なせない気だよ。私の存在理由だ」「だが」「おっト、失礼」 いかにもドジによるものという口ぶりと、どうみても意図的な動作でロイシュが手を伸ばし、リュカオスの腕に繋がっている注射器の先を押し込んだ。 みるみるリュカオスの頭から血の気が引き、代わりに、大きな乗り物の上でゆっくり揺られるような感覚が頭を覆う。 非常事態に生存者の意識を飛ばすのはあまり得策ではないが言い争いの声はできるだけ抑えたい。と言うことだろう。「大丈夫、すぐに誰かが助けに来てくれますヨ」 ロイシュの微笑を最後の景色として、リュカオスの意識は混濁し眠りへと落ちていった。「お待たせしましタ。リュカオスサンはちょっとした手違いデ、少しだけ早めにお休みでス」「了解。生きて会おう」「がんばりまス。ところでクゥサン。導きの書にあなたの死亡の預言が出てきたのですガ」「是非、運命を変えたいものだね」「期待しまス」 やりとりが終了し、ロイシュは湯飲みの中に残ったお茶を飲み干した。 クゥがマイクのスイッチを切り、ややあってスピーカーからのノイズも途絶える。「さて。お待たせ、もうリュカオスに叱られることはないよ」 クゥはため息混じりに呟く。 ため息交じりの理由は、クゥとロイシュを除いても、脱出の指示に従わなかったロストナンバーがいたという事実。 そして彼らのいる場所が、ナレンシフに取り囲まれ、ワームやファージの闊歩するコロッセオという状況。 そのコロッセオには先ほどの戦闘で負傷した生存者がいるかも知れないという可能性。 少なくとも、地下倉庫ではロイシュとリュカオスが救助を待っている。「さて、みんな。私は今からひどく残酷な依頼をする。 兵士や戦士なら血路を開いてでも生きて帰れと言うべきだろうが、私は死ぬまで働いてくれ、と言う。 今から私達が行う第一目標はリュカオスの脱出だが、知っての通りコロッセオの中はワームやファージに蹂躙されているし、絶望的状況下で生存しているロストナンバーもいるはずだ。 私達が撤退するのは全ロストナンバーの無事を確認した後。つまり、コロッセオ内にいる全ての敵を撃破し施設内をくまなく探索した後にあたる。 先ほども言った通り、私達の戦力では掃討戦は不可能だ。ナレンシフの壁を強行突破するのも自殺行為。だから、私達が今から挑むのは絶望的な消耗戦になる。 それでも、最前線で戦ったロストナンバーが生きている可能性がある以上、私達は駆けつけなければならない。 どれほど絶望的な最前線で倒れようとも、必ず救いの手を伸ばそうとするものがいる事を身をもって証明しなければならない。 誰がいるのか、いや本当に誰かがいるかどうかも分からない状況だけど一人でも生存者がいる可能性があるなら尽力する。 だから、この最悪の状況下で私が君たちに出す指示は、命尽きるまで救助者を探し、指が動かなくなるまで治療にあたれ、だ。 最後の一歩は逃げるためではなく生存者に近付くために前に出ろ。 最後の声は恋人を呼ぶためではなく救助を呼ぶために使え。 最後の力は目の前で倒れる者の傷口に包帯を巻くために使え。 私達は、どれほど絶望的な状況であっても生きている限り、死神に敗北を認めるわけにはいかない。 このコロッセオで、このターミナルで、この0世界で。例え世界すら異なる地にいようとも、助けを求めれば必ず駆けつける。 必ず手を差し伸べる。なりふり構わず死に抗わせてやる! 神でも悪魔でも誓約でもない。これは私達の意地の慟哭だ。助けを求めるものは絶対に死なせない」 立ちあがり、乱暴に白衣を羽織る。「目標、地下倉庫。リュカオス達を助け出し訓練用クローンを再生産する。 訓練したこともない隊伍行動に気を取られる必要はない。 最大効率で生き延び、最後の最後までコロッセオを捜索し、死の淵にいる友の腕を無理矢理引っ張って助けて回れ。 死神というものが存在するならば、このターミナルで死神如きに好きにさせてたまるものか、一人でも多く生き延びさせる」======!注意!イベントシナリオ群『進撃のナラゴニア』について、以下のように参加のルールを定めさせていただきます。(0)パーソナルイベント『虹の妖精郷へ潜入せよ:第2ターン』および企画シナリオ『ナレンシフ強奪計画ファイナル~温泉ゼリーの下見仕立て観光風味~』にご参加の方は、参加できません。(1)抽選エントリーは、1キャラクターにつき、すべての通常シナリオ・パーティシナリオの中からいずれか1つのみ、エントリーできます。(2)通常シナリオへの参加は1キャラクターにつき1本のみで、通常シナリオに参加する方は、パーティシナリオには参加できません。(3)パーティシナリオには複数本参加していただいて構いません(抽選エントリーできるのは1つだけです。抽選後の空席は自由に参加できます。通常シナリオに参加した人は参加できません)。※誤ってご参加された場合、参加が取り消されることがあります。==============!注意2!当シナリオはワームやファージに取り囲まれ、非常に危険な状況になっています。プレイング次第で重傷・死亡等なんらかのステイタス異常に陥る可能性がありますので、あらかじめご了承下さい。========
――ターミナルが大変な事になっているのは君も承知の上だと思う。 ――闘技場にいる負傷者を探索して救助し、ここから脱出したい。 ――探索と移動を行う必要がある。君以上に適任な者が思い浮かばない。すまない、君の助けが欲しい。助けてくれ。 トラベラーズノートに向かってペンを走らせるクゥの手元を後ろから覗き込んだ少女は、ずっとそこにいたような口調で少女の声がする。 「『助けてくれ。危険な所に呼んで申し訳ないが、君が適任だ』……ふぅん、そんな相手がいたんだ。ところでクゥはここを動かないの?」 ある程度予想はしていたとは言え、死角から声がかかると本能的に体が震える。 その様をころころと笑う少女にクゥは視線を向けた。 「リーリス、逃げろと言っただろう」 「クゥだって逃げろって言われてたじゃない。邪魔にならないように今まで姿を消してあげてたんだからリーリスの方が良い子だよ。それより! 先に質問したのはリーリスだもん。ほら、答えて」 子供のようにスネてみせながら、そして子供がへりくつをこねるような口調でありながらもよく聞けば言葉の内容に筋が通っている分、説得するには子供よりもタチが悪い。 「コロッセオに何人か負傷しているロストナンバーがいるはずだ」 「うん、いるよ」 あっさりと答えてみせる。 リーリスが精神感応の枠を少し広げるだけであちこちに苦痛を訴える意識が存在していた。 ワームの奏でる精神活動の《雑音》が酷すぎるため、ひとつひとつ数えるのも場所を特定するのも骨が折れる。 なので、数えるのをあっさりと諦めていただけで、リーリスにはその存在を感じ取ることができた。 「ここの価値は定点活動にある。彼らが動けるならここに来るかも知れない。その時、この部屋をあけておくわけにはいかないんだ」 「知ってたけどクゥってたまに頑固だよね。わかった、じゃあリーリスが解決してあげる」 伸ばした少女の手はクゥの手元にあったマイクのスイッチを入れる。 すぅ、と息を吸い込んで。 『今から医務室を放棄して皆の救助に行くよー! 動けない人は動かないで隠れててね? 必ずそこまで助けに行くから! 書ける人はノートに居場所を書いて、書けない人も希望だけは捨てないで! 絶対助けに行くからね!』 一息に言い切るとパチン、とスイッチを切る。 「さぁ1分で支度して? ワームたちがすぐ来るよ? この放送を聞いた塵族はもうここには来ないもの」 ぱたぱたと走り、勝手知ったる医務室の扉から往診用のカバンを取り出して投げる。 一連の動作の途中で、無人のはずのベッドに向けて語りかけた。 「あと、そこの下級悪魔ちゃん。一緒に行くか、ここでワームに殺されるか選んでいいよ」 声の向けられたシーツの山が一瞬、ぴくっと震えた。 重なったシーツがもこもこっと盛り上がり、中から猫の頭が飛び出した。 ついでに蝙蝠のような羽根が出てくる。 「まだ闘技場に残ってるロストナンバーいたのか……」 「うう、オイラ、さっき0世界に来たばっかなのに、なんでいきなり最終戦争とかマジ勘弁……」 ふにゃあ、と鳴きそうに項垂れてるテリガンの羽をリーリスがぺちぺち叩く。 「泣いても、鳴いても、しょうがないんだからさっさと動くの。ああ、ほら、クゥ、机のトラベラーズノート忘れてるよ。さっき助けてって言ってたヒト? お返事来てるね「二分で行く」? あ、男の字。クゥ……もしかして……」 「お嬢ちゃんもなんかあんまり事態が緊迫してねぇぜ」 逼迫した空気をさておいて、テリガンがぶつぶつと書類を取り出した。 「さて、力の契約書だ。オイラと契約したら貴方の望む力を貸し与えてさしあげます、だぜ!」 「逼迫した事態で契約迫るのは悪魔の常道ね。ほいほい悪魔と契約すると面倒だからダメよ」 「いやいや、今回は非常事態ってコトで特別にいつもより二箱多く洗剤をつけ……」 ごうん。 爆発音がして、それから僅かに遅れて建造物が崩落する音がした。 説得して自分の足で向かわせることは不可能ではないだろうが、時間がかかることをリーリスは承知している。 定点の救助施設は確かに有効だ。しかし、それは敵がいる場合、往々にして攻撃目標をわざわざ示してやる行為に他ならない。 コロッセオの中にいるワームはほとんどが理性を持たないため効果はないだろうが、 その中に2,3体ほど効率的に探索活動を行っている者がいる。気付かれたら急襲されかねない。 「クゥが救いたいのは人? それともこの部屋? 人を助けたいなら、クゥもちゃんと努力して」 「……分かった。リーリス、君だけでも脱出できるなら脱出してくれ」 「あのね、クゥ。心配してくれるのは嬉しいし、いつもはクゥの言う事なら聞いてあげたいわ。でもね、今は私がクゥの保護者なの。……奴らは必ず来るよ。クゥから血の匂いがするもん……。だから離れない」 そう言ってきゅっと白衣の裾を握り締める。 すぅ、と一呼吸。リーリスはいつもの表情に戻り、テリガンを振り返った。 「それから、ええと、下級悪魔! さっきの契約書見せて」 「わざわざ下級ってつけなくても悪魔でいいじゃねーか」 テリガンの手元から書類をひったくるように奪い四秒かけて目を通す。 「緊急事態だし、書類の項目を追加してもいい? 一個でいいから」 「あー、まあ、それくらいなら……、いや返事の前に書いたよな。いや、いいんだけど」 手早くペンを走らせ、今度はペンごとクゥに押し付ける。 「二秒でサインして。そしたら部屋から出るの。全速力!」 リーリスに急かされるまま書類にペンが走り、そのまま往診鞄を持ち上げると部屋から飛び出す。 後ろで「あー! 代償を払う。のところが、代償を払うかどうか考えますってなってる!? と叫び声があがった。 極小のワームに覆い尽くされた廊下をひた走る。 煤を散らしたように廊下や壁面が黒く染まっていた。 ひとつひとつが極小のワームである。 こつこつ、と足音が刻まれ床に蠢く無数の極小ワームを踏み潰して移動するが、本来ならそれだけで足先から食い殺されてもおかしくない。 リーリスとテリガンは空中にいるし、クゥはテリガンとの契約で軽い防御の魔力結界を有していた。 リーリスの先導で闘技場をひたすらに移動する。 彼女は精神感応、つまりテレパスの一種で生命体の居場所を探している。 程近くまで来ているが、生存者の周囲にも無数の意味不明なノイズのような生物反応があり精細に生存者の位置を特定することは非常に困難になっていた。 「確かここらへんから意識の反応が……ああ、もう。ワームの意識がうるさくてよくわかんない!」 「よーし任せろ。ロストナンバーここらへんにはいないんだよな?」 テリガンがショットガンを構えてぶっぱなすと、極小ワームで黒く埋まった空間に、円形の穴が開いた。 次の瞬間、攻撃を察知した周囲のワームが一斉に襲ってくる。 壁に張り付いた黒いベールが広がって一行を包み込む。 「あ、バカ!」 「わ、わわわ!?」 リーリスが振り向いた時、テリガンの目の前にひゅおっと風が舞った。 その風にあおられた黒いベールがふわりと広がる。 次の瞬間、空気がこすれたような音がして人間大サイズの竜巻が発生し、飛び掛ってきたワームを吹き散らした。 クゥの横に中年の男が現れ、右手を掲げ二つ目の竜巻を招来する。 吹き散らされていく極小ワームを満足気に眺めた来訪者ティーロは、左手でクゥの頭をぽんぽんと叩いて「ようお待たせ」と笑った。 「助けに来たぜ。さっき、二分で行くって返事したけどよ。悪い、嘘ついた」 「嘘?」 「――せっかく呼んでもらったのに約束から七秒ほど遅刻した、おでん屋のおやじが思ったより頑固でな。避難させるのに手間取った。許してくれ」 「いや、助かった。ありがとう、この場に君がいてくれると本当に助かる」 「へへ。さて、こいつらどうにかするか」 無精ひげをなで、にやりと微笑む。 ティーロが手をかざすと廊下に烈風が吹き荒れた。 壁面を覆つくす漆黒の極小ワームの群れが次々に吹き飛ばされていく。 「あ、ティーロにーちゃん」 「なんだ、屋台にいたネコ? じゃねぇか。そういえばこっち来るっつってたな」 「待ち合わせしたんだけどしたんだけどしたんだけど、結局、コロッセオにきたのオイラだけだったんだぜ。みんな大丈夫かな」 「とりあえず、……ああ、そうだな。そこの扉の向こうに誰か生きてるみたいだ」 「今、誰と話したの?」 テリガンの問いに答えず、ティーロは扉を蹴破る。 「風の精霊と話したみたいね。……それはともかく、ねぇ、クゥ? さっきトラベラーズノートで呼んでたの、あのヒト?」 「ああ、探索と移動、この場に彼ほどの適任はいない」 「……信じられないっ! クゥには私がいるのに! 確かにあの時はまだ隠れていたけど、それよりクゥってば中年オヤジ趣味だったの!? そんなの聞いたことない!!」 「なんのことだ?」 姦しい叫び声を背中に聞きつつ、ティーロが蹴破った部屋にテリガンが入る。 室内は瓦礫に埋もれていたが、瓦礫から血まみれの右手が突き出ていた。 「うわわわわ、ス、スプラッタ!?」 「落ち着け、繋がってる」 腕の突き出た瓦礫を手でどけると血のにじむ肌が見える。 手を握るとその腕はびくっと震えて血のにじみが広がった。まだ生きている。 「おい、名前はいえるか」 「あ、もが……も……です。さむ……」 一気に瓦礫をどける。横たわるコンダクターの右腕と左わき腹に大きな穴が空いていた。 「え、コンダクター? ……うわ、この崩落に巻き込まれたの? よく生きてるなー」 「本棚が崩れて……、漫画落ちてきて、それ読んでたらまた崩れて、気持ち悪くなって逃げようとしたら今度は……、壁が……。ぷにこが……」 げぷ、っと口から血を吐く。 肺に血が入っているらしい。 「遅かったか。……言い残す事があれば聞くぜ」 「まぁまぁ、ええ、手は動きますか? オイラと力の契約をしませんか?」 「……」 「あ、意識失った。仕方ない。ティーロにーちゃん。こいつの名前知ってる?」 「長手道もがも、だ」 テリガンは強引にペンを持たせたもがもの腕を握り、聞いたとおりの名前を書くべく手を動かすと、名前を書き終わった途端にもがもの全身が薄く光り始めた。 「これでよし、と」 「なんだ、それ」 「よく聞いてくれた! オイラと【力の契約】すると、色々な魔法の力を手にいれることができます。にーちゃんもどう?」 「悪魔との契約みたいだな」 「オイラ、悪魔。悪魔」 「代償はなんだ?」 「さっき代償は払いませんって書き換えられた……。直してる時間がないから今日は出血大サービスだぜ」 軽口を叩きあう間にも、もがもの呼吸は安定に向かっていた。 瀕死にいたる人間の力を一時的に悪魔級の領域まで高めている。 相変わらず酷い傷だが、体にあいた穴から湯水のように流れ出ていた血は止まっていた。 「隅っこに引きずっとくか」 転がっていたセクタンをその額にちょこんと乗せた。 「持っていこうぜ。最後にはここから転移で逃げるつもりだ」 「ああ、そうだな。……え、オイラが持つの?」 ぶつぶつ言いつつ、肩を貸す形でテリガンはもがもを支える。 彼の意識はすでにトんでいるようで暴れられないのが救いといえば救いだった。 「ねぇ、おじちゃん。……それと、実況悪魔? そろそろ行かない? リーリス、退屈してきちゃった」 「実況悪魔!? こ、抗議する!」 騒ぐテリガンの背中を押して、ティーロは部屋から廊下へと戻った。 ――残りは? 生存者は? ……なるほど、世界樹旅団のヤツがうろついてんだな。 「ティーロにーちゃん。何、ぶつぶつ言ってんだ?」 「風の精霊達と話してんだよ。逃げ遅れたやつらは後一人、リュカオスじゃねぇってさ」 「じゃ、逃げちゃったんじゃねえ?」 「地下にいるからでしょ? おじちゃん。風の精霊を従えてるなら、風が通らないところは分からない。そうよね?」 二人の会話にリーリスが唐突に割り込む。 ティーロはにやりと微笑って正解、と口にした。 「大体あってる。あ、精霊は従えてるんじゃなくて、付きまとってるだけだ」 「ふーん。じゃ、あと三人を助けたら早くリュカオスのところまで行きましょ」 すたすたすた、とリーリスは先に歩いて行き、クゥの白衣を掴んで先を促す。 それを追いかけつつ、テリガンが小さく呟いた、 「ティーロにーちゃん。あのおじょーちゃん。なんか怖い」 「お嬢ちゃんを怒らせるようなことはしてねえと思うんだがなあ。あ、ちょっと待ってくれ。念のために」 ティーロは懐からラップを取り出して両手で細かく細かく引きちぎる。 「じゃ、よろしくな。風の精霊ちゃん達」 ティーロが合図するとふわっとラップの破片が全方位に向けて飛び散った。 「なぁに? あれ」 「オレの探索道具みたいなもんだ。これで闘技場内の探索ができる。あれ、ヘンなのいるぞ?」 「ヘンなのって?」 ティーロはもがもを助けた隣の部屋を指差す。 通常、部屋の壁があるため隣の部屋は見えないものだが、現状は崩落と亀裂のために、どの部屋も外部を垣間見ることができた。 「あれって、たしかラジカセ型の世界司書じゃねーか?」 「確か、DJとかEJとか……」 アヒャ。 「ん? 今、何か聞こえたぞ?」 『あひゃひゃひゃひゃひゃ!!!! よーぅ、おまえら! まだこの闘技場で生き残ってやがったのか! このEJことエコー・ジョイサウンド様もちーっとヤベぇかなって思って音量落としてビビっちまったぜぇ。しかし、生きてて何よりだ、よぉし、オレ様をここから助け』 がしゃん。 ティーロとテリガンの横をかすめ、石飛礫がラジカゼに直撃してぱたりと後ろへひっくり返る。 正確にスピーカー部分を貫いたらしく、ランプは明滅しているものの一切の音を出さなくなった。 「敵襲か!?」 ティーロが思わず振り返ると、フルモーションで何かを投げつけたようなポーズのリーリスがいた。 呆気に取られるティーロとテリガンの間を通り、リーリスはラジカセを踏み抜く。 完全に沈黙したと認識した後、リーリスは顔をあげて可愛く微笑んだ。 「これで助けるロストナンバーは全部よね。さ、リュカオス達のとこ、行こ」と。 「おい、ティーロにーちゃん。……あのお嬢ちゃんってば世界司書、壊したんじゃねぇか?」 テリガンの呟きに、リーリスがくるりと振り返った。 「リーリスだってあれが本当に世界司書さんなら壊したりしないけど、あのEJって司書は壊しても壊しても次が出てくるって報告書に描いてあったの。だから今回もきっと大丈夫よ」 無垢な笑顔できっぱりと言い切るリーリスに、テリガンの背筋にある種の寒気が走った。 要救助者がいないことが判明してから程なく、ティーロの転移魔法で一同は地下への入り口へと移動していた。 地下への入り口は偽装などはされていないが、鍵がかかっている。 どうしようか相談を始めると、声を聞きつけたらしく中から鍵が開く音がした。 「お待ちしておりましタ」 ロイシュの案内で地下へと降りる。 通路を折り始めると周囲の空気に濃密な血の香りが漂った。 程なくして、血臭の発生源たる一糸纏わぬリュカオスが大の字に倒れこんでいる姿が見える。 「おーい生きてるか? ……なんで全裸ァ!?」 思わず声を上げたティーロだったが問うつもりで見つめたロイシュはそっと視線を逸らす。 何があったのか詮索しない方が良い気がして、とりあえずティーロはリュカオスの男性たる象徴の部分へそっと葉っぱを乗せた。 「とりあえず、これで全員だな」 もがもを床に寝かせ、テリガンがふぅと毛皮に溜まった汗をぬぐうようなしぐさを行った。 良かったよかったと頷くロイシュに、リーリスが問いかける。 「ところで、あと一人は?」 「あと一人? ここには私とリュカオスさんの二人しかいませんガ」 「え、でも《精神》がもうひとつここから」 自分で言って、リーリスがクゥの横へと張り付く。 「お、おい、リーリス」 ロイシュとリュカオスに《力の契約》を求めるテリガンが、何事かと振り返る。 ティーロは無言でラップを千切り、空間へと投げ出した。 「お嬢ちゃん。もう一人がどこにいるか分かるか?」 「わかるわけないでしょ。この部屋の天井一枚隔てた上にはワームがうじゃうじゃいるのよ?」 「オレもだ。ワームの中に羽虫がいるな、あいつらがいると集中しにくくて」 「奴らは知恵が回るの。見た目が世界図書館と同じロストナンバーでもあれは世界樹旅団だよ? 精神感応すればすぐ分かる。こんな事で嘘はつかないもん」 軽口の中に緊迫感が混じる。 テリガンの背中でふわっと砂が舞い上がった。 「あ、あの柱!」 テリガンが指差した先に視線が集まる。 同時にその柱から無数の腕が生え、大量のナイフが投げ散らされた。 もがもとリュカオスの前にテリガンとロイシュ。 《力の契約》で得た魔力で何とかナイフを弾き落とす事に成功する。 クゥの前に立ちはだかったリーリスと、ナイフの矛先を風で吹き散らしたティーロ。 リーリスにとっては2、3本のナイフなどは何でもない。 だが、ティーロの方は数本のナイフが深く突き刺さった。 強引に引き抜くと、血が勢いよく吹き出る。 「ち、ミスった。撃て!」 ティーロの一喝で、テリガンが柱に向けてショットガンをぶっ放す。 ごうん、と音を立てて柱に穴が空いた。 「おい、ティーロにーちゃん。大丈夫か!?」 「気にするな。オレのミスだ。ぐっ、それよか、リュカオスともがも、こっちに……運んでくれ」 言われた通りにロイシュとテリガンが二人をティーロの傍へ置く。 その二人の体を覆うようにティーロは魔方陣を描き始めた。 「何をする気だ。動くな、今、止血する」 「さっきのネコの一発で相手は死んでねえ。でもここに残る理由もねえ。だったら戦うなんて暢気なマネできるか。さっさと逃げるぞ」 「ティーロにーちゃんの体がヤバいんじゃねぇかって言ってんだぜ!」 クゥに言葉をかけたティーロ、そのティーロにさらに言葉を重ねるテリガン。 だが、ティーロの動きは止まらない。 「オレは誰かを守るためにこの力を手に入れた。だから止めないでくれ」 げほっ、と咳き込む。 地下室の床に血が飛び散った。 ティーロの視界がかすむ。 ふと、彼の脳裏に現れたのは行き着けの屋台だった。 ああ、うまいおでん食いてえなぁ。なんて感想が浮かぶ。 同時にこういう時は綺麗なねーちゃんが出てきた方がいいかも、と少しだけ生き方に疑問を抱く。 意識を失わないため、ティーロは手を動かすのも、頭を動かすのも、ついでに口を動かすのも止めない。 「いつも行ってるおでん屋のおやじはさ、うまいモン作るしか能がねえけど、オレはああいう奴らが好きなんだ。なんでもねえ毎日送ってる奴らの日常を、オレは守りたい」 やがて、多分にティーロの血を混じらせた魔方陣が完成する。 「全員、同時に転移させるからな」 「オイラの魔力も貸してやるぜ!」 「………………」 ぶぅん、と魔方陣から光があがる。 「あのね、クゥ」 リーリスが口を開く。 「クゥが居なければこんな馬鹿らしい戦いに出ないよ、リーリスは? 旅団と図書館の何が違うの?」 問いかける調子のまま、リーリスは場にそぐわない無邪気な笑顔を向ける。 とん、っと地面を蹴り、リーリスが魔方陣を離れた。 「そうだ! クゥは私のものなんだから! 2人とも色目禁止! 特におじちゃん。たらしこむの禁止!!」 「おい、ティーロにーちゃん。あのお嬢ちゃんが! ……うわ、聞いてねえ!?」 テリガンが声を上げた時、ティーロの瞳が閉じていた。 口だけが動き、呪文を奏で続けている。 『逃がさん!』 床から砂が舞い上がり、男の声がする。 今度は柱からはっきりと形を変え、手を翳すと砂礫が魔方陣目掛けて射出された。 咄嗟にリーリスが腕を払うしぐさをすると、砂礫が弾き飛ばされる。 と、同時に瞳の色が赤く妖しく輝きだした。 ぶぅん、と空気がゆれ、ティーロの魔方陣が完成すると地下室から書き消える。 「間に合ったみたいね」 横目に部屋に残るロストナンバーがいないことを確認し、リーリスは微笑を浮かべた。 「おじちゃん。リーリスね、とっても怒ってるの」 「セネガンビアで世界図書館では遅れを取ったが、もう失策はないぞ」 「失策?」 リーリスの瞳が楽しげに歪む。 「おじちゃんの失策はね、今、私を相手にしてることよ。世界図書館の人はもう誰も見てないの」 世界樹旅団の戦士ショウは己の右腕を石柱に変えて踏み込んだ。 だんっ、と床を踏みしめ、リーリスへと突進を開始する。 「砂クズに変えてやる!」 「じゃあ、塵芥に変えてあげる」 ふわり、とリーリスの姿が書き消えた。 否、塵のレベルにまで体を細かく変化させる。 文字通り、霞を殴る形になったショウの腕が床にめりこむ。 ターゲットを失い、左右を見渡すショウがかっと目を見開いた。 げふっ、と乾いた咳のような音がして、ショウの体が内側から破裂した。 血すら流すことを許されず、彼の体は塵へと変わる。 崩れ落ちる己の体を呆然と見つけるショウに背を向け、リーリスが頭上に目をやると地下室の天井すら亀裂が現れ、上空にカモメが飛んでいる様が見て取れる。 さて、ここから無事に脱出するにはどうしたら良いだろうか、とあたりを見回した。 唐突に現れた全裸のリュカオスに医務班の女性陣が軽くパニックにおちいってる最中、リーリスがはぐれたと騒ぎ出したのはテリガンだった。 どうしようどうしよう、と慌てふためいている途中で、転移したと同時にぶっ倒れたティーロがゆらりと立ち上がる。 「あ、テイーロにーちゃん、リーリスが!」 テリガンの言葉の前に意識があるのかないのか、ティーロがぶつぶつと何事かを呟く。 ティーロの姿が消え、きっかり十秒後に再び現れる。 リーリスは何が起こったかわからないという表情でぽかんと一同を見渡した。 その後ろでティーロが腕を振り上げ、リーリスの頭をくしゃっと撫でた。 そのまま腕が頭からハズレ、ばったりと大の字に倒れる。 「応急手当班ー! 止血をー!!」 「わ、うわ、あれ……」 倒れたティーロを運ぼうとする大騒ぎの中で。 テリガンがぽかんと見上げた空の上。 0世界上空に鎮座するナラゴニアから、植物の根のようなものが無数に延びている。 その一つ一つがターミナルの地面に突き刺さり、地面を割って食い込み始めた。
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