「いやー、白黒してたのが急に一面みどりになってビックリだよなー」 トラベラーズカフェのテーブルでコージー・ヘルツォークはキース・サバインと月見里 眞仁と共に、今カフェ内でも話題沸騰の樹海について話していた。「……んーでも、あの木、切れるのかな?」「なにか考えているのかぁ?」 キースの問いにコージーは頷いて。「いや、ほらさ、ナラゴニアまで、遠いみたいだろ? ロストレイルで行ったくらいだし。途中にさ、いくつか休める小屋みたいなの、あったらどうかなって思って。探検で遠征するにも、休憩地点ってあったほうがいいだろ?」「確かに、あったら便利だろうなぁ」 眞仁もコップ片手に頷いた。「てことで、丸太小屋とか、広場とか、作りに行かないか?」 まあ、話の流れかからしてそうなることはわかっていたとでも言うように、キースと眞仁は「ああ」と笑って頷いて。「材料の木材は、樹海の木で出来ると思うけど、水源は探しに行かなきゃな」「建物立てる土地だけでも見つけて、あわよくば建物も作ってしまいたいねぇ。そうしたら、今後もっといろんなことできそうだよねー」「建物のことは任せろー、これでも大工だから。設計は……うん、多分、何とかなる! そうだな、あわよくば建物作っちまいたいな」 わくわくと夢は広がる。自然声も大きくなっていって……。「こんにちは、コージーさん。それじゃバンガローみたいなおうちを作るんですか?」 デザインや裁縫に造詣の深い女子高生の吉備 サクラ。「こんにちは、はじめましてー。あ、あのっ、土木作業って聞こえたんですけど、ぼくも連れて行ってもらえませんか……?」 地ならしや穴を掘ることが得意なディガー。「あ、小屋とか作るんだー。じゃ、ぼくも、入ろうかなー。あ、ぼく、バナー。よろしくだよー」 物品の制作が得意なバナー。「こんにちは、コージーさん。ぼくもお手伝い、させて欲しいな。あ、土木作業、はしたことないんだけど…。水を探したり、食材探しとかなら、手伝えるかな……?」 植物であり、その足で土壌の善し悪しがわかるニワトコ。 いつのまにやらテーブルは、漏れ聞いた話を聞いた人たちに覗きこまれていて。「おおっ、こんなに集まってくれた!」 賑やかになったテーブルでは挨拶が交わされ、ああでもないこうでもないとまだ見ぬ小屋への夢と希望が広がるのだった。 *-*-* 目的はナラゴニアへ向かう中継地点に小屋を作ること。つまりナラゴニア方面へ一直線に向かえばよいのだが、それではワームや好戦的な旅団員に出会う可能性が高くなる。故に一同は比較的安全な方向を探し、蛇行するように移動していた。少し時間はかかってしまったが、なんとか目的地に近い場所に到着することが出来た。 具体的に長い距離を測る方法がなかったために完全に中間地点というわけにはいかなかったが、それでも途中立ち寄るのに良さげな距離であると目測で感じる。「木の実はあったねー」「美味しそうな果実もね。この近くにもあるかな?」 バナーとディガーが手に持ってきた木の実と果実を下ろす。ここに来るまでに木の実や果実、キノコなどは見つけることが出来た。「この辺りにも探せば有りそうですね」 サクラがあたりの木々を見渡すと、確かに目にはいるものはあった。 この場所は少しばかり他の場所より開けてはいるが、それでも小屋を建てるにはスペースが足りない。木を切り倒して切り株をどける作業も必要になりそうだ。「……」「どうした? ニワトコ」 ニワトコが怪訝そうな顔をして黙り込んでいたのに気がついたコージーが彼の顔を覗きこむと、ニワトコは不思議そうに首を傾げた。「おかしいんだ。水を感じないっていうか……ここまでの間、水源の気配が全然なくて」 ニワトコは素足で歩きながら、足の裏から樹海の土壌を感じ取っていた。しかし水源はおろか、水の気配が全然しないのだ。 植物があるところには水があるはずなのに、なぜだろうか。「水はとりあえず持ち寄ったもので何とかするしかないかなぁ」「果実を絞ってジュースにしてもいいんじゃないか?」 と、キースと眞仁。念の為に食料と水を多めに持参したのが功を奏した。建築にどれだけかかるかわからないが、果実で喉を潤せばなんとかなるだろう。ここを常時使えるようにするには、水源を何とかしたいところではあるが、自然にないのならば別の方法を考えるしかない。「よし、はじめるか!」 こうして、小屋作りは始まったのである。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>キース・サバイン(cvav6757)月見里 眞仁(crrr3426)吉備 サクラ(cnxm1610)ディガー(creh4322)バナー(cptd2674)ニワトコ(cauv4259)コージー・ヘルツォーク(cwmx5477)
樹海の中で安全地帯となる場所を作りたい――その思いが彼らを動かした。 ターミナルと樹海のほぼ中間となる地点に場所を定め、さあ何から始めようか、そんな時。 「皆さんすいません。私は一度ターミナルへ戻りますね」 「え?」 そういってドングリフォームのゆりりんに、拠点となる場所に緑のしるしを付けさせたのは吉備 サクラ。荷物の中から拠点で使うものを引っ張りだし、再び背負う。どうやらすぐにターミナルへ戻るつもりらしい。 「ちょっと考えがあるんです。必ず戻ってきますから、作業進めておいてください」 「うん、それはいいけど。一人で大丈夫?」 コージー・ヘルツォークの問いに「来た道を戻るだけですから」と頷いて、サクラは戻っていった。果たして何をするつもりなのだろうか。 一方、残った者達はそれぞれの特技を生かしてやれることから取り組むことにする。とはいえまずは何にせよ小屋を立てるスペースを確保しなくてはならない。樹海は文字通り樹木だらけなのだから。 「まずは小屋の材料の木材集めと運搬をしようかなぁ」 「そうだな、切り株は掘り起こす必要があるよな」 斧を取り出すキース・サバイン。メガネを掛ける月見里 眞仁。眞仁は左右で視力が違いすぎるため、念のためにということだ。 「そういえば気を切るけれど……ニワトコくん、大丈夫かなぁ? もしダメそうだったら、見えないように木を切るよぉ」 ふと斧を握って思うキース。念の為に問えば大丈夫だという答えが返ってきた。故郷の植物とは別のものという思いもあるが、それと同時に。 「べつの方法で役にたてる生き方を与えてもらえるなら、この木たちもしあわせだとおもうんだ」 そっと、近くの樹の幹に触れて、ニワトコ。そして優しい瞳でキースを見やる。 「心配してくれて、ありがとうね」 「うん。仲間だしねぇ」 にっこりほっこり、いい雰囲気が流れる。周りの者も思わず笑顔になって。 「じゃ、始めようか」 「うん、ぼくも、手伝うよー」 コージーの声掛けに答えたバナーは持ってきた袋からノコギリとハンマーとカンナを出して。とにかく、ぼくもがんばるよとやる気満々。 「あと、場合によってはぼくの歯で木を削ることもできるから、でかい木を切りたかったら、言ってほしいなー」 「それは頼もしいなぁ」 「掘削だったら任せて下さいね」 こちらはディガー。じつはいきなり樹海ができて、掘りに行きたくてウズウズしていたのだ。チェス盤の大地だった頃は掘削しに行く事ができなかったため、今回はあわよくば白黒の面が出てこないか期待しているらしい。果たしてどうなることか。 「今なら掘っていいんですよね? 楽しみだなぁ……」 「と言うことは地下にも部屋を作るのか?」 「地下の方が安全じゃないですか? 地下二階……ううん、ここは三階を目指すべきかな……!」 地下が安全というのは主観ではあるが、コージーの言葉に答えるディガーの夢は広がる。 「まずは木を切り倒すのかなぁ?」 「いや、どれくらいの広さが要るか測っておこう。コージーさん!」 すぐにでも木を切り倒してしまいそうなバナーを止めて眞仁は立案者のコージーを呼ぶ。寄ってきた彼と額を突き合わせるようにして地面に棒で図を描く。 「小屋と、ちょっとした庭みたいになる場所。あ、切り株イスに出来ないか?」 「そんなにでかくない木ならおれ引っこ抜けるから、その後バナーに椅子に加工してもらったらどうかな?」 「いいね。ここだと、眠るための場所、台所、ちょっとした広間だと思うんだけれど」 「ディガーが地下室を作ってくれるから、地下は食料貯蔵に使えるかもな」 まるで子供が将来の理想の部屋を描くかのごとく、地面に描かれた図は広がっていく。 出来上がった図があまりに豪華になりすぎて、覗き込んだ他のメンバーとともに笑ったりもして。 「長く住むわけじゃないから、あまりでかい豪邸を作っても意味ないよなー」 コージーが笑いながら余分と思える部分を削って。するとだいたいちょうどいいと思われる広さの小屋の見取り図が出来た。それを元に、眞仁が大体の広さと縮尺を計算していく。 「なんとなく、地鎮祭をやりたい気分だな」 「地鎮祭……?」 その言葉に首を傾げたのはニワトコだけではない。ツーリストには特に馴染みのない言葉だろう。眞仁はポリポリと頬をかいた。 「いや、な。壱番世界だと毎回そうしてきたから。工事をはじめる前にその土地の神を鎮め、土地を利用させてもらうことの許しを得るんだ」 「土地の神? 0世界だと……チャイ=ブレ?」 「「……、……」」 バナーの上げた名前に何となく固まる仲間たち。いや、そうなんだろうけど、なんとなく、なんとなく……微妙な感じ。 「ま、まあ始めようか」 眞仁が立ち上がってトラベルギアの巻尺を取り出す。さっとディガーが動いて片方を抑えて。測る準備は万端。 「土地確保に時間、かかるよね。その間にぼく、周りの観察にいってくるよ。果実やキノコも取ってくるね」 「ぼくもいくよー。気の上に登って、色々採ってくるよー」 名乗りを上げたのはニワトコとバナー。手持ち無沙汰になっている時間はもったいない! ならば他のことで動くのみ。 「ニワトコ、ついでに一番日当たりのよさそうな場所、探しておいてよ!」 「うん、わかった!」 コージーの頼みに、ニワトコは笑顔で快諾した。 *-*-* 木々が密集した特有の匂いにはもう慣れたけれども、不思議なのは土から水源を感知できない点。木々自体に必要な水分はあるようなのだが。 (樹海ってふしぎ。こんなにも植物がたくさんあるのに、水がなくてもへいきだなんて。急に出てきたくらいだから、やっぱり普通のものとは違うのかな?) 0世界は時間が停滞した世界だから、植物はこれ以上成長したり枯れたりしないのかも、なんて考えながらニワトコは歩む。雨もふらないから水源もないのかな、なんて思ったりもして。 その間にバナーはひょいひょいっと特技を生かして木を登っていく。 「わぁ、すごいや」 ニワトコが感心するほどに、木の実の成っている木から木へ渡りゆくバナー。持ってきた空っぽの鞄に次々と木の実を詰め込んで。ニワトコも負けじと手の届く高さにある果実にそっと手を伸ばして。この辺にはぶどうやりんご、梨などの果実が成っているようだ。 「飲み物がないと大変だから、汁気の多そうな実を多めにしたほうがいいかな?」 ニワトコも持ってきた手提げにりんごや梨を詰めるが、当然ながら汁気のある果実は重くて。両手で手提げを下げるのがやっとだ。 「バナーさん、ぼく、いったんもどる、ね……?」 木の上のどこかにいるはずのバナーに声をかける。すると……。 がさがさ。 がさがさ。 がさっ! 「わぁっ!?」 突然目の前に逆さに顔を出したバナーに驚いたニワトコは、思わず持っていた手提げを落としてしまった。ゴロゴロゴロ……幾つかの果実が地面に散らばる。 「ごめんごめん、驚かせちゃったねー」 「だいじょうぶ、ちょっとびっくりしただけだよ」 バナーに悪気はなく、木の上を伝ってきたほうが早かったからそうしただけである。木から降りて果実を拾うのを手伝いながら謝るとそれがわかったのか、ニワトコもおっとり笑んで拾ってもらった果実を受け取った。 「ぼくも鞄がいっぱいになったから、丁度一度戻ろうと思っていたんだよー」 「じゃあ、一度もどって次はぼく、キノコ探すね」 「ぼくは上の方のみかんでも取ろうかなー。もっと向こうの方へ行けば、ライチとかさくらんぼもありそうだったよー」 木の上から見ると、場所によって色々な気が生えていたようである。暑い地方の木もあれば、そうでない場所の木も生えている。 樹海って不思議。 *-*-* カーン、カーン。 斧が木を打つ小気味の良い音が響く。 「たおれるよぉー」 キースが声を上げて退避を促す。 ミシミシミシ……ドサァ。 これでもう何本目だろうか、なかなかに太い木を倒した。 引き抜けるサイズの木はコージーが怪力で根っこから引きぬいてくれるので、キースはもっぱら太い木の担当。眞仁は倒されたり抜かれた木の枝葉を切り落とし、皮を剥いて建材として使えるものと薪にするものとに分ける。ディガーはだんだんと作られていくスペースに残った切り株を掘り出したり、地ならしを担当していた。 実に役割分担が良くてできて、効率的に作業が進められている。とはいえさすがに家を建てるスペースを作るだけでもかなりの時間を要し、体力をも奪っていく。通常だったら夜になれば必然的に作業はおしまいとなるが、0世界は時間の停滞した世界。変わらない空は時間の経過を曖昧にする。 誰もが作業に夢中で、その高揚感は疲労を曖昧にする。飛ばしすぎると身体が持たなくなる、それはわかっているけれど作業を止める理由がない。気持ちが昂ぶっていて、もっともっと作業をしたい。 そんな夢中になりすぎた彼らを止めたのはニワトコだった。彼はしっかりと時間を考えて、みんなに休憩を取らせることを考えていた。 「みんな、明日に備えて休憩、しよう?」 「もうそんなに働きましたっけ?」 「そうだねぇー。休憩しようかぁー」 ディガーとキースが顔を見合わせた時、コージーのお腹も限界を訴え、ぐるるるるーと盛大に鳴り響いた。 「あはは、腹は正直だよ」 どっと笑いがわく。火をおこしての簡単な食事だけれど、現地で採れたものの味見はこれからこの小屋を使うにあたって重要になる。これも仕事だ……と言えば聞こえがいいかな? 持ってきた食材とバナーとニワトコが採ってきた食材で簡単な夕飯。 キースが木の実を選んで、幾つかをすりつぶして粉にする。それを少量の水と共にこねて、成型して焼いてみればカンパンのようなものができた。多少の歯ごたえはあるが、長期保存ができそうである。果汁や果肉を混ぜれば味のバリエーションも楽しめるかもしれない。アレンジとしてバターとイースト菌を加えて練ってみれば、ちょっと大味のパンもできそうだ。 キースは持参した紙の一枚に丸印をつける。これが拠点。 「バナー君、この木の実は拠点から見てどの方向にあったかなぁ?」 「そうだねー、この辺かなー」 バナーに示された位置に木の実の絵を書いて。同じようにニワトコにも果実の在り処を聞いて記していく。 その間に眞仁はきのこ料理を作っていた。持ち込んだ鍋にコンソメのキューブを落として簡単にコンソメスープ。壱番世界で言うしめじや舞茸、エリンギ、えのきなんてものが手に入って。これにかき混ぜたたまごなんて入れたらもっと美味しそうなんだけどと思ったりもして。それでも誰かが持ち込んだベーコンを小さく切って入れたら、とても美味しそうなスープになった。 隣では盛大にお腹を鳴らしながらコージーが木の枝に刺した椎茸っぽいキノコを焼いていた。その香ばしいいい香りがあたりにただよい、食欲を刺激する。待ちきれずにコージーがかぶりついた。 「あふ、あつっ……でもうまい!」 「コージーさん、ずるいです」 ディガーもまけじとキノコを火で炙る。ニワトコはそんな光景を楽しそうに見ながらフルーツを切って、ひとくち。 「おいしい」 みんなと食べるご飯はおいしいものだというのが、味がわからずともよく分かる時間だ。 「ところでさ」 スープとキノコ、果物の食事を一番に終えたコージーが口を開く。 「……サクラ、どうしてるかな?」 それは皆が気にかけていることだった。 *-*-* 樹海からターミナルへと戻ったサクラは、海派旗袍に着替えて精神を集中させていた。 (私は中華三千盤の軍師メイメイ……説得するの、理詰めで) 彼女は拠点の水源について、レディ・カリスを説得して何とかしてもらうつもりでいた。それには理詰めで押し切ることが必要と考え、対面を希望したのだが……。 「なら、館長に合わせてください!」 レディ・カリスとの面会は叶わず、アリッサになら会えるということになった。応接室で待たされる間、精神を集中させているのである。 コンコン。 軽やかなノックが響き、扉が開く。 「待たせてごめんね」 明るい声とともに入室してきたアリッサがサクラの向かいに腰を下ろし、そして不思議そうに首を傾げた。 「サクラさん、樹海に向かったって聞いてるけど、どうしたの? なにかあった?」 その言葉を受けてサクラはスイッチを入れる。流れるように出てくる口上は、何度も頭の中でシミュレーションしたものだ。 「ターミナルと世界樹の中間に、誰でも利用できる拠点を作りたいのです。それには水場が要ります。あそこは元々碁盤状で水がなかった。あの場に水場のみのチェンバーを作れませんか。チャイ=ブレの契約者の1人であるレディ・カリスなら、可能と思い参上しました」 「……、……」 サクラは言葉を止めない。説得には勢いも大事なのだ。 「チャイ=ブレは世界樹の情報を吸収中です。レディ・カリスの血で起こして願ったとしても大惨事になる可能性は低いでしょう。例えそうなったとしても、今なら全てのロストナンバーがレディ・カリスの味方をして世界を救おうとするでしょう……今落とし仔が目覚める可能性は天文学的に低いと思いますが」 「……、……」 アリッサはサクラの流れるような言葉に圧倒されているのか、じっとその言葉を聞いている。 「私は今、図書館にも世界樹にも依ることができない人が集える場所が必要だと思います。ただの通過点としてだけではない可能性をあの場所に感じます。だからそこが恒常的に存在できるよう水場の準備をしたいのです。愛しい人を亡くした憎悪は相手を目にしていては癒せません。反乱拠点になる可能性は監視をすれば事足ります。二百年前の為政者の行いを知るレディ・カリスと館長なら、善意と策略を等分に持たねば人を善く導けぬとお知りでしょう?」 「……、……」 「……、……」 言い切ったサクラとアリッサの間に沈黙が降りる。アリッサは姿勢を正し、そしてしっかりとサクラの瞳を見つめて口を開く。 「ひとつだけ確認させてね。サクラさんは『図書館にも世界樹にも依ることができない人が集える場所』って言ったよね。それって、コージーさんたちにも話した? 私は、コージーさんの計画は『樹海の探索のための拠点』をつくることだと思ったけど、違う? サクラさんの言ってることだとまったく話が違ってきちゃうよ。きちんと話し合いができてないなら、それがサクラさんの善意でも、結果として『サクラさんがコージーさんの計画を利用した』ことになっちゃうよ。そんなつもりじゃなくてもね」 「!」 「それに、チェンバーをつくるには資金がいるけど、サクラさんはそれが『図書館が負担すべき責任がある』って言ってるよね。私は『樹海の探索のための拠点』をつくるなら、図書館が資金を援助してもいいと思う。でも『図書館にも世界樹にも依ることができない人が集える場所』のためにそれをするなら、レディ・カリスやロバート卿を説得するのに時間がかかるかな。考えてみて。ある家の子どもが、『自分は家出するけど、家出中の生活費は親が負担すべき』って言うのってヘンだよね?」 「それは……。私は、拠点に水を引くのにどうしたら良いか、考えていて」 「うん、それはわかる。けれどどこかで考えが違う方向に行っちゃったのか、説得することばかりか考えていて、ちょっとずれちゃったのかな。大丈夫、サクラさんに悪気がなかったってことはわかっているから」 「館長……」 にこり、微笑んだアリッサを見てサクラは息をついて。確かにアリッサの言うとおりだ。最初はただあの拠点には水が必要だと考えて、それで自分が何とか力になれないかと考えたのだ。それだけだったはずなのだ。いつのまにこんなに話を大きくしてしまったのだろう。 「でも、チェンバーをつくるより、ターミナルから直接、水を引いたほうが早いかな、とも思うな。重労働だけど。とにかく、もう一回、みんなと相談してきてね」 「! じゃあ、ターミナルから水を引く許可は出してもらえるんですね?」 「そうね。代案を出しておいてそれはダメ、なんて言えないもの」 「わかりました、ありがとうございます!」 サクラは勢い良く頭を下げて、そしてソファから立ち上がる。びっくりしたゆりりんがころんとソファから落ちた。 「サクラさん、すぐに戻るの!? 休んでいかなくて大丈夫!?」 「朗報は早く伝えて相談したいですから! 失礼します!」 慌てて部屋を出たサクラの足取りは軽かった。重労働になるということは後日の工事になるだろうが、水が引けるとわかれば皆も喜ぶに違いない。仲間たちの喜ぶ顔が早く見たい。そして拠点の内装を手がけるのも楽しみで仕方ないのだ。 「拠点の完成が楽しみね。なんて名前が付けられるのかしら」 窓から樹海を見下ろしながら、アリッサは笑んで呟いた。 *-*-* 一眠りして翌日(?)、本格的に木材を組み立てる作業をはじめることになった。バナーと眞仁の相談で、釘不要の作り方をすることにする。木と木を噛みあわせて組み立てる方法だ。 太めの柱を立てるのにはコージーとキースが大きな木を運んで、ディガーが待ってましたとばかりに穴を掘る。 「とりあえず柱を埋めるだけでいいからな? 地下室は完全に小屋の場所が決まってからで」 「わ、わかってますよ」 うっかり掘りたいだけ掘りそうになってしまった。ディガーはコージーの言葉に手を止めて。 眞仁の指示で柱と土台を作っていく一同。 「天幕張るのとはやっぱちがうよなー」 「人の家ってこんなふうにつくられるんだね」 「日本的なのは見逃してくれ……」 感心したようなコージーとニワトコの言葉に眞仁は苦笑して。宮大工を目指している彼だから、壱番世界日本風になってしまうのは仕方がない。 細かい削りにはバナーが対応していた。彼の手腕が遺憾なく発揮され、細かい指示にも対応していく。 みんなで協力して何とか土台を作ったら、ディガーの本領発揮。 「木がこんなにあるのに、水は無いなんて不思議だね……でもきっと掘れば出てくるんじゃないかな?」 なんて言いながら掘る。掘る。掘る! みんながちょっと休憩している間にも夢中で掘る! (0世界は停まった世界なんだよね。でも木は生きてるから、栄養が必要で……でも停まってるから栄養はどこにもなくて……うーん……わかんないや) 考えてもわからないから、掘って掘って掘りまくる。時折土を見ても、虫などはいないみたいで。なんだかやっぱり不思議な場所だ。 地上では木材の組立が行われ、狩りの木材置き場が空になりそうだったらまた木を伐採して木材を作る。それを繰り返しているからゆっくりではあるけど着実に小屋作りは進んでいく。 「果肉入りのジュース作ったよー」 ジュースミキサーと水を多めに持ち込んだバナーが声を上げる。休憩代わりに水分と糖分補給。もぎたての果実で作ったジュースは香り高く、果肉もフレッシュでとても美味しい。 「水かぁ……アリッサに頼んで雨を降らせてもらってもこっちまで届かないのかな? 溜め池作るのもいいかなって思ったんだけど」 ジュースを一気に飲み干したコージーが呟く。天候を変えられるのはターミナルの空だけだということを彼らは知らない。 「果実は採れたんだよねぇ? ということは木の中には水があるのかなぁ……」 「穴を開けてみようー」 キースとバナーは近くの木に、バナーのギアであるラジカルドライバーで穴を開けて。しばらく待ってみればじんわりと水がしみだしてきた。 「下に木を加工して受け皿を作っておいてみるよぉ。ちょうど、ゴムの木からゴムをとる要領だねぇ。量は取れないかもしれないけどー」 時間もかかるが一応木の中には木が必要な水分が流れているらしいということは分かった。 「! 良い事思い付いたよ!」 と、泥にまみれたディガーが明るい表情で続ける。 「ここに水がないなら、ターミナルから水道を引けばいいんだ……!」 やっぱり掘削である。 「「え」」 誰もが「それは……」と思ったその時。 「そのとおりです!」 女性の声が響いた。聞き覚えのあるその声に皆が振り返れば、そこに立っていたのはサクラ。フラフラではあるが瞳には光が灯っている。 「え、その通りって?」 「ターミナルから水を引くんです」 「っていうかサクラ、どこ行ってたの」 眞仁の問いに答え、コージーに導かれて切り株で作った椅子に座らさせるサクラ。バナーからジュースを受け取って、一気に飲み干すと「はぁー」と息をついて。 「ターミナルに行って、館長に会って来ました」 「「ええっ!?」」 「本当は、レディ・カリスに会うつもりだったんですけど」 「「ええっ!?」」 何も聞かされていなかった六人は、サクラのその言葉に驚いて目を丸くする。サクラは自分が考えて実行したことを素直に話した。それは誰も考えていなかったことであり、一同を驚かせた。 「何の相談もしないでごめんなさい。でも、私も役に立ちたかったんです。いい案だと思ったんです」 「素直に話してくれてありがとうな!」 コージーがぽんとサクラの背中を叩いた。誰もが彼女を責めなかった。それは彼女がしっかりと話し、自分の非を認めたからである。 「ねえねえ、そのお話、水を引くのとどうつながるの?」 ニワトコのわくわくした声に、サクラはそれがですね、と続ける。 「水だけのチェンバーを作るよりも、ターミナルから水を引いた方がいいって館長がおっしゃったんです!」 「それってぼくの考えと同じだ!」 「はい」 ディガーが思わず声を上げたのも無理は無いだろう。そしてターミナルから水を引くということは。 「重労働になるけれどといってましたけど、水を引けるなら重労働の価値はあると思うんです」 「掘削だ!!」 ディガーの大好きな掘削が思う存分出来るということで。テンションも上がる。他の皆は、水を引けるとわかって大喜びだ。 「けれどもまずは小屋を完成させてからですね。結構形になってますね」 サクラが作りかけの小屋に視線を移す。 「……日本風ですね」 「そこは勘弁してくれ」 付け加えられた言葉に眞仁が頭を掻いて、どっと笑いが起こった。 *-*-* 「よし、負けないからな!」 なんて言ってスコップを手に一緒になって地下を掘り進めたコージーだったが、さすがにディガーの掘削への熱意には勝てずに泥だらけになって地下から出てくる。 「コージーさん、そのままこっち来ないでくださいね!」 内装を手がけるサクラから厳しい注意が飛ぶも、さすがに綺麗な小屋の中を汚すわけには行かないと、コージーも納得して注意深く外へ出る。外で服についた泥をはたいていると、切り株に座って地図に印をつけているニワトコが目に入った。 「わかりやすい図だな!」 「わっ……! コージーさん!」 後から突然声をかけたものだから、ニワトコは飛び上がって握っていた地図をクシャッとしてしまって。 「あ……」 「わ、悪い!」 慌てて二人で地図を伸ばして笑い合う。地図にはどの辺で何が採れるかの印が付けられていた。 「ここがりんごで、ここがぶどうで、ここが梨。ライチとさくらんぼはここで、しいたけみたいなキノコはこの辺だよ」 皆が小屋を立てている間、力仕事に向かないニワトコは拠点周辺の食べられるものを調べていた。ここを拠点にするならば、これは重要な情報である。しばらく滞在する自分達だけではなく、このあとここに来る人達のために地図を小屋においておきたい。 「じゃあ、ニワトコお勧めの、日当たりの良い場所は? 小さな畑と花壇、作れたらいいなあと思って」 「小屋の周りの木が無くなったから、日当たり良くなったと思うけど……えっとね、お庭はちょうど日当たりがいいみたい」 「そっか、なら気持ちよく休めるなー……あ、そうだ」 「?」 何かを思いついたようにコージーは荷物置き場に行くと、2リットルのペットボトルに入った水を持ってきて、ニワトコに渡す。 「お水?」 「多めに持ってきたんだ。水が食事だって聞いたから」 「! ありがとう……!」 コージーの気遣いが嬉しくて、ニワトコはペットボトルを抱きしめて笑んだ。 セクタンのトレモに指示を出して上からの様子を見ている眞仁に近づき、コージーは作業の進捗状況を確認する。 「二階建てで櫓、というか屋根裏部屋の四方に窓を設置する方向でいこうかな、と」 「いいね! っていうかこれ、本当に釘使ってないのか?」 壁となっている木を触ってみればどこにも釘は見えず、けれどもがっちりと組み合わさっていて頑丈な出来だ。 「ああ。木と木をうまく組み合わせると頑丈になるんだ。変形にはめりこみで対応してる」 「詳しいことはよくわからないけど、すごいな! すごいのはわかる!」 コージーの鼓舞は皆の力となる。作業しているそれぞれの場所を回って、進捗を確認しつつ、何がしか褒めるのだ。それがわざわざ褒める場所を探して褒めているのではなく、心から感心しているのがわかるから皆も嬉しいのだ。 「キース、そっちはどうだ?」 「ん、だいぶ形になってきたでしょぉー」 「ああ。そういえば、動物見かけなかったな」 コージーの言葉にキースは持ち上げていた木材を下ろして汗を拭う。 「そうだねぇー。俺の勘でも全然わからないから、いないんじゃないかなぁ」 「そっか。動物がいれば食料調達に役立ったかもしれないのにな」 確かに肉が食べられないのは残念なことである。だがいないものは仕方がない。樹海には動物がいないものとして諦めるしかないのだ。 「今度は肉を持って来たいねぇ」 「干し肉だけじゃなく、普通の肉も食べたいよな!」 ぐぅ~……。 ぐぅ~……。 そんな話をしていたら二人のお腹が反応してしまった。お腹はいつでも正直だ。 *-*-* 休息と睡眠は取りつつも作業に集中できる環境のお陰で、それほど大きな屋敷を作るわけでもないこともあってか順調に作業は進んでいた。力仕事には向かないがサポートに徹したサクラとニワトコのおかげもある。 ほぼ出来上がった小屋は、木そのものの色をしている。それを見てニワトコぽんと手を叩いた。 「他の人が使う時に小屋を見つけやすいように、屋根を目立つ色に塗ったりするのはどうかな。空を飛ぶ人には見付けやすいかも」 「そうだな。次に来るときにペンキを持ってくるかな」 何色がいいだろう、仕上げをしながら眞仁は思案する。それもまた楽しい。 「月見里君ー」 と、ニワトコの横にすっと進み出たのはキース。屋根の上にいる眞仁に声をかけて。 「月見里君は確か、測量できるよねー?」 「ああ」 「ターミナルとナラゴニアの頂上までの角度と、ターミナルを北とした時のナラゴニアの方角見ておいてくれないかなぁ? この二つが分かったら、ここの位置を地図として書けると思うんだぁ」 なるほど、樹海で迷わずに小屋を見つけられるための地図を作っておこうという事だ。これに加えて初日から作っていた食べ物地図もあれば、かなり快適になるだろう。小屋に残しておく分と、ターミナルに持っていく分書き写すのがいい。 「任せろ」 眞仁は快諾し、早速方向わ見定め始める。正確な距離を出すことはできずとも、こうして出来上がった地図は後々樹海を訪れる者を助けるだろう。 室内ではディガーが地下室の最終確認をしており、バナーが地下室への入口の扉を作っていた。玄関横の地面にある扉から、地下へとおりられる。地下へ降りるためのはしごも、バナーが木々を利用してうまく作ってくれていた。地下3階までの3つ分。 そう、ディガーはなんと地下3階まで掘り進んでしまったのである。 さすがに地上部とまるまる同じ広さとまではいかないが、ちょっとした荷物置き場や貯蔵庫には十分になる広さだ。もしかしたら、地下で眠るほうが落ち着くという者もいるかもしれないし。 「うわ、すごいなー!」 地下に降りてみたコージーが感嘆の声を上げる。彼の身長では少し屈まねばならなかったが、それでも十分だ。しっかり固められた土の壁はひんやりと冷気をまとっている。 「このハシゴも丈夫だ!」 「壊れたら洒落にならないからねー。予備にもう一つ二つ作っておこうかー」 手先が器用なバナーにかかればスピード仕上げである。 「「「うわっ」」」 はしごを使って地上階へ上がった三人が思わず声を上げたのは、地下で感動している間に地上の部屋が随分と様変わりしていたからだ。 「どうですか?」 サクラが得意げに笑む。 玄関を上がってリビングに当たる場所には大きなラグマットが敷かれており、そこでごろ寝もできそうだ。 木の扉で開閉する窓には可愛いカーテンが取り付けられていて、空気の入れ替えにと開けられた窓からそよいでくる風に揺らいでいる。 玄関マットはリバーシブルの可愛い手作り品で、タペストリーは前から用意していたのかパッチワークの見事な品だ。 「二階にも部屋があるから必要ないかなと思ったんですけど、こんなのも取り付けてもらいました」 サクラが壁に寄っていたカーテンのようなものを引っ張ると、上方の壁と壁に突っ張り棒のように張られた木を、ブラスチックの輪っかに吊り下げられたカーテンがすべり、カーテンレールの代わりになる。そして床まで届く長いカーテンは、リビングの3分の1を仕切った。 「女性とか、他にも部屋を仕切って使わないといけなくなった時のためにです」 「すごっ、そこまで考えてなかったよ」 いかに野外での宿泊とはいえ快適に過ごして欲しい、その思いが現れている。 他にもサクラは不織布で作ったボックス(折りたたみ式)などを持ち込んでおり、アウトドアに不慣れな女性にも十分に休んで貰えそうな空間になっていた。 あとは無事に水道が引かれれば完成だろうか。 作ったカンパンや残った木の実、地図などを置き、一同は外に出てみる。 そっと見あげれば、日本風の二階建て+屋根裏櫓つき。しかも地下三階の豪華な小屋が出来上がっていた。 屋根の色を塗って、水道が引かれれば完全に完成といえるだろう。 扉を開ければ木の香り。 玄関横には地下室への扉があって、一段高くなったそこは広いリビング。二階にも一部屋あって、屋根裏は四方が窓になっている櫓っぽい作り。 リビングに設えられた棚には、地図が二枚。ターミナルとナラゴニア、拠点の方向がわかりやすいものと、手描きの書き込みが優しい食べ物の在り処の地図。 リビングは女性も安心のパーテーションがついていて、収納ボックスも置かれている。 外にはちょっとした庭と、これから畑と花壇にしたいなと思うスペース。 いくら普通の住宅を作るのと違うとはいえこれらを数日で作ってしまうのだから、大したものだ。それも皆、全員で協力したからだろう。 「なんだか感慨深い……!」 「完成したねー」 ディガーが感動している横で、パナーは何故か踊っている。 「できたねぇ」 「すてきなおうちだとおもうよ」 キースもニワトコも、目を輝かせて建物を見上げて。 「快適にするにはまだまだ改善余地がありそうですね。あれもこれも持ち込みたいですし……」 サクラはまた色々作って持ってきたいと考えているようだ。 「乾杯しよう」 コージーが荷物からワインとチーズを出してきて、皆に配る。けれども眞仁とコージー以外の外見年齢が未成年のメンバーは葡萄ジュースで。 「完成おめでとう。ありがとう。乾杯!」 「「乾杯!!」」 コップを高く掲げて、完成を喜び合う。 チーズもワインも葡萄ジュースも、今まで飲んだどれよりも美味しくて。疲れた体によく染みる。 心地よい疲労感を感じながら一息ついたその時。思い出したというように眞仁が口を開いた。 「そういえば名前を決めないと。看板作っておいたんだ。後は名前を入れるだけ」 「名前かー……」 そういえば名前がないと呼ぶのに困る。首を傾げたり腕を組んだりする。沈黙が広がるそんな中で口輪開いたのはコージーだった。 「『宿木』っていうのはどうだろう? ひとときの休息が出来る場所ってわかればいいかなと思って」 確かにそれは、この計画を思いついた時の主旨と同じだ。ならば大きく反対する者もいるはずはなく。 「いいねー」 「いいんじゃないかなぁ」 賛成を受けて、バナーが丁寧に彫って、彫り跡を葉っぱの汁を使って色づければ、看板の完成! 「よし、これで一応完成!」 こうしてこの日、樹海の拠点『宿木』が完成したことを、ターミナルに戻った一同は揃ってアリッサへと報告した。 全員の顔がやり遂げたという達成感でいっぱいだったと、アリッサは嬉しそうに語っていた。 【了】
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