「自警団」 柊木 新生は、ゆっくりとコーヒーを含み、唇を結んだ。まるでその言葉を舌のうえに乗せ、氷砂糖のごとく溶かそうとでもいうのかのように。「そう。……いろいろな世界から来たひとが、この0世界には暮らしている。決して、犯罪がないわけじゃないでしょう? 現に――」 流鏑馬 明日は言わんとすることは、新生も察している。 彼女自身、以前にこのターミナルで危うく誘拐されかかったことがあったのだ。「けれど、犯罪対策といっても、他にもやるべきことが山積みの世界図書館には限界があると思うの」「だから、住民の手による防犯や治安維持のしくみがつくれないかというんだね」「ええ」 新生の目尻に、笑いじわが浮かんだ。「素晴らしいことだと思うよ。僕にできることがあれば協力しよう」 そう言われて、明日は、教師に褒められた子どものように、表情をやわらげた。「ありがとうございます。ただ、まだほんの思いつきだから……何人か、興味ありそうなひとに声をかけて、意見を聞いてみたいと思ってるの」 トラベラーズカフェで会ったヘルウェンディ・ブルックリンは、とても乗り気のようだった。「それってすっごくクール。絶対、そういうのって必要よ!」 聞けば、彼女も、ターミナルでちょっとガラの悪い連中にからまれたりして危ない目に遭ったことがあるらしい。 それに、と彼女は付け加えた。私、将来、警官になりたいと思ってるの。 坂上 健は、明日とヘルウェンディの会話を聞きつけて話に加わってきた。「興味あるな。俺も、警官志望だったし。話に混ぜてもらっていいかな?」「あら、ここにも、警察官志望者? たのもしいわね、将来の警官が2人もいるだなんて」「へえ。それって手当てとかでるの?」 虎部 隆の第一声はそれだった。「そのへんはまだ……そもそも、まだ出来てもいないし、どんな組織にするべきかはこれから考えていくところよ」「冗談、冗談。いいぜ、俺もターミナルの平和のために日夜戦い続けるか! ……週1くらいで」 どこまで冗談でどこまで本気かわからない。「なるほど。明日さんらしいアイデアだね。でも実現させるには、アリッサや理事会の協力も必要だよね」 三ツ屋 緑郎からはそんな返事が返ってきた。「そうね。そのあたりは三ツ屋くんが詳しいでしょう? 力を貸してほしいの」「詳しいってわけじゃないけど……でも、興味のある話だから僕も参加させて」 そんなわけで、明日もいれて計6人のロストナンバーが揃った。 実際にそのような組織を立ち上げるとしたら、いろいろと考えなければならないことは多い。「みんなが協力してくれたのはすごく嬉しいけれど、6人だけでできることじゃないと思うの。それに、私は、自警団をつくるのなら、仮にこのメンバーが後々いなくなっても――ヘンな言い方だけど、許して――、ほかの誰かが引き継いで、しっかり機能するような、そういう組織にしたいと思っていて」 明日は呼びかけに応えてくれた皆にそう言った。 それでは、いちど、各自がこの組織について思うところを考え、意見やアイデアを持ち寄ろうということになった。 そしてそれをもとに草案をまとめ、図書館に提出する。理事会の目に留まれば、実現への第一歩となるだろう。 ◆ ◆ ◆ 数日後。ターミナルの暦である水曜日のこと。 集まった6人は、カフェ『クリスタルパレス』へと向かった。 トラベラーズカフェは人が多くて騒がしいし、テーブルがオープンすぎる。聞かれて困る話ではないかもしれないが、できれば、この面々だけで、じっくりと話がしたかった。その点、あの店なら、頼めば奥まった静かなボックス席を提供してくれるだろう。「あら」「お休み?」 ところが、店のドアには休業の札がかかっているではないか。「ああ、明日さん、すみません。諸事情で臨時休業なんです」 ドアを開けて、ラファエル・フロイトが顔をのぞかせた。「……でも、よければどうぞ。ギャルソンがいないので接客はできないのですが、モリーオが植木を見に来てくれているので、お茶くらいはお出しできます」「わたしは店員じゃないんだよ」 ラファエルのうしろで、モリーオ・ノルドの笑う声が聞こえた。 6人はクリスタルパレスの奥、背の高い観葉植物に囲まれた席につく。 休業日なのがさいわいして、誰にも邪魔されず、ゆっくりと話し合うことができるだろう。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>流鏑馬 明日(cepb3731)ヘルウェンディ・ブルックリン(cxsh5984)虎部 隆(cuxx6990)坂上 健(czzp3547)三ツ屋 緑郎(ctwx8735)柊木 新生( cbea2051)=========
ずずずずずず……っ――、と音を立ててメロンソーダが啜られたが、虎部 隆の口元はそのまえで組んで手に遮られてよく見えない。 真上から照明が眼窩に影を落とす。 「やっこさん我々と事を構えるようだな。我々の動きが外部に知られてはまずい……やはり『組織』の動きに気をつけるべきだと思う。ああ、分かっているよ。ゾルベディ・ムサプンスタ。我と我らの女神の為に」 「悪いね、こんなものまで貸してもらって。しかしよくあったね」 「ええ、店員のミーティング用でして」 「あ、僕、ICレコーダー持ってるから一応録音しておくね。議事録つくるよ」 「俺、壱番世界のNPOのこと調べてきたんだけど……」 「助かるわ。みんなありがとう」 「明日こそ、よく提案してくれたと思うわ。私も不良に絡まれた事あったし……女こどもを悪質なナンパや恐喝から守ってあげなきゃ」 「おまえら完全スルーかよ!!!!」 秘密組織ごっこが完全に滑った隆のまえに、モリーオがシフォンケーキの皿をことり、と置いた。 「飲み物は紅茶でよかった?」 「手伝おう。モンブランは……緑郎くん? 流鏑馬くんが苺のチーズタルトだね」 柊木新生がケーキを配るのを手伝う。 健にはシブースト、ヘルウェンディにはベリータルトだ。 緑郎が記録のためのノートPCを開いた。 「じゃあ、はじめるかい」 と新生。 「とにかくいろいろ意見やアイデアを出してみようか。僕以外はみんな若い。世界が変革を迎えようとしている今、僕のような頭の固い人間ではなく、若いきみたちの柔軟な発想が何よりも大切だからね。どんなことでも、発言してみてほしい」 ●議題1:組織の規模と活動範囲 「……といっても、ハイ喋れじゃ話しにくいかな? そうだな……まず、みんなの『自警団』のイメージを聞かせてくれるかな」 「俺が考えたのは壱番世界のある犯罪防止非営利組織。アメリカのニューヨーク発祥だからヘルウェンディは知ってるんじゃないかな――」 健がとあるNPOの名をあげた。 「ああ、聞いたことあるわ。これ、バーガーショップの店長さんが、ご近所の治安をよくしたいと思ってはじめたのよね?」 「そう。民間人だけで組織されてて、今は世界的に活動してるんだ。一目でそれと分かる格好、非暴力、巡回による声掛け、清掃活動、資金源は勿論寄付。俺は明日の自警団の話を聞いてまっさきに連想したよ。……こまかなところはまた話し合うにしても、民間組織っていう考え方は違ってないかな?」 「俺もそのつもりだったぜー。『世界図書館の委任を受けた民間組織』って感じかな。基本的には独自の、私的な活動。でも図書館の意向には沿う」 隆が言った。 「そうね。図書館の公的な部門として設けようというイメージではないと思うわ」 と明日。この点はみな一致しているようだ。 新生がホワイトボードに要点を書き込む。 「規模は? 健の言ってるNPOはかなり大所帯だけど、いきなりはムリよね?」 「そうね。柊木さんはどう思ってました?」 「僕?」 今日はオブザーバーに徹するつもりだったけど、と前置きしたうえで、新生は、 「大体30人くらいを考えている」 と答えるのだった。 「私もそんなものね。多くても50人までかな」 「最初はどうしたって、それくらいが限界だと思うな。後々増えていくにしたってね。それに急に大人数が集まると脅威ととられるかも。体制についてはあとの議題だけど、最初からガチガチの組織を目指すんじゃなくて、地域密着型の、田舎の消防団とか青年団みたいな感じの集まりから始めていく方が理解が得られると思う」 緑郎が意見を述べた。 「ほんとのはじまりは、ここにいるメンバーだけで俺はいいと思うぜ。でも将来的にはターミナルとナラゴニアをカバーできる範囲の人員が要ればOK、かな?」 「今、虎部くんが言ったけど、活動範囲の問題があるね。これはどう考えるかで大きく組織の性質が変わりそうだという気がするよ。大きく分けてターミナルのみ、ターミナルと樹海、ナラゴニアを含む0世界全体という選択肢がある」 「あら。私はナラゴニアも含むと思ってたわ。……というのは、私はこの活動って、ターミナルとナラゴニアの架け橋になれると思ってるの」 ヘルウェンディが言うのへ、健と緑郎が意見を出した。 「でも今はまだターミナルとナラゴニアの間は移動の制限だってあるよな。どうしたって別組織にならざるをえないんじゃないか?」 「樹海はすごく広いからなあ。範囲にしても手に余るかも。環境も特殊だし、猟友会のような別組織があればいいんだろうけど」 緑郎は言ってからちょっと考えて、 「ナラゴニア含め地域毎に地区団員を一人選んで……地区団員はその地区の責任者になって地区凖団員を集める。準団員に手伝ってもらう形で、地域地域でそれぞれ活動してもらうっていう方法はあるかもね。地区団員を全員集める定期会合をやれば、情報も集まるしいいと思うんだ」 「おっ、それは良いんじゃないか? 俺たちが地区ごとに協力員を任命するってのもいいかと思うんだ。言ってみりゃ、岡っ引き式だな」 隆が賛同の意をあらわす。 「オカッピキって?」 「シェリフみたいなものかな。」 ヘルウェンディの疑問に新生が答えているあいだ、考えをまとめていたらしい明日が口を開いた。 「どのみち人数的にはナラゴニアや樹海は最初はカバーできないと思う。だから当初は具体的な相談があれば対応するというのでどうかしら。それと、三ツ屋くんの言うように樹海は特殊な場所で、市街地とは性質が違うわ。だから具体的にどんな活動するかにもよってくると思う」 ●議題2:活動内容 「よし、じゃあ、具体的な活動案を挙げていこう。流鏑馬くんのイメージは?」 「まずは治安維持のための巡回。たとえば朝・昼・晩。二人体制がいいかしら」 「賛成」 ヘルウェンディが手をあげる。巡回活動をする、という点では誰も異存はないようだ。 「頻度なんだけど、最低限週1回くらい、ではダメかな? 無理しすぎると続かないんじゃないかと思うんだ」 健が言った。 たしかに、ターミナル内を巡回するというだけでも、決して簡単なことではない。 「でも回数やらなきゃ目に止まらないよな。だから、週1回は必ずやるとして、やりたい奴がノートで募集をかけて集まる、とか。定期的にやるのも大事だけど、不定期の方が抑止効果がありそうだろ」 「それは面白いアイデアだね。必ず複数人でやるというのは徹底したいと思うな。不測の事態にそなえるべきだからね」 最低でも二人一組――、新生はホワイトボードに記した。 「俺はさあ、なんかこう、事務所を構えて、依頼や相談を受け付けるようにしたいぜ。便利屋ってほどじゃないけど、依頼がある限りできることはしたい」 隆が言った。 「そうね。個別に、相談への対応もやりたいと思う。住民のトラブルのようなものとか……世界図書館が対応しきれない事件的なものも含めて。それから……」 話すのに夢中で紅茶が冷めていくのもかまわず、明日は続けた。 「事件対応や治安維持以外に……0世界に初めて来たロストナンバーの中には、違う世界の『常識』に戸惑う人もいると思う。そんな場合の相談に乗ってあげられないかしら」 「ああ、それ! それは私も考えてたの。覚醒まもないロストナンバーのサポート、住むところや職の斡旋……それってすごく必要なことだと思うわ。0世界で暮らしていくうえの、お悩み相談窓口ね」 ヘルウェンディが賛意を示し、緑郎も頷く。 「良い案だね。でも相談を待つだけじゃなくて、こちらからの声かけも積極的にしていきたいな。ターミナルになじめなくて引き蘢り気味な人ってけっこういるみたいなんだ。見過ごされがちだけど、根深い問題があるような気がする」 「住民からの生活相談や、問題解決だね。それからターミナルの地域社会からこぼれおちたり、見過ごされたりしている人への対応……。他には?」 「私は、これから、元旅団員とのあいだに起こる問題って出てくるんじゃないかと思う。そういうときの仲裁とか、できればいいかなって。まだ樹海に逃げ込んだままの旅団員だっているのよね?」 ヘルウェンディの意見も、ボードに書き込まれた。 「ちょっと方向性が違うことなんだけどさ」 緑郎が手をあげた。 「避難訓練や防犯講習もできればいいかなって。あと、治安の幅広い意味で、町の緑化運動やゴミゼロイベントとか。非常時にそなえるって意味では資材庫の設置とかできればいいと思うよ」 「清掃イベントはいいよな! どんなことでもメンバーがノートで連絡し合って人が集まればやる、でどうだろう」 健が応えた。 「逆に、どんなことが期待されてるか、住人の意見を吸い上げる目安箱を置くとかね。それと……」 緑郎はちょっと声のトーンを変えて、言った。 「毎日一回、チャイ=ブレやアーカイブに異変が無いか確認するっていうのは」 「えっ」 他の皆の発想にはないアイデアだったようだ。 「要員の任命は厳選しないといけないけれどね」 と付け加える。 「なんにせよ、活動については定期的に図書館に報告する必要はあると思うね」 ホワイトボードに書き連ねられたアイデアの数々を見渡し、新生が言った。 「図書館側にも担当の連絡員を置いてもらう必要があるかもしれないよな。カウベルみたいな話しやすいやつにしてほしいけど」 隆は言うのだった。 ●議題3:組織体制 「人数を増やしていくときに、人事についてはどう考える?」 新生が振ると、それぞれ、意見を述べはじめた。 「俺は誰でも自警団に入っていいと思うし、関係もフラットで良いと思うけど」 と健。 「でも組織であるからには責任者や、最終的判断を下す人は必要だわ」 それに対して明日が言った。 「ボスは明日でいいじゃない」 ヘルウェンディがあっけらかんと言ったので、明日は微笑った。 「そうだとしても、いつか引き継ぐときがくるかもしれないわよね。だから指揮系統や組織の体制を考えておかないといけないと思うの。たとば、団長がいて、その下に副団長がいて、とか、そういうこと。人数が少ないうちはいいわ。でも数が増えてきたら、たとえば班分けして、班長を置くと言ったことも必要かもしれない」 「チームわけをして、それぞれリーダーを決めるのはいいかもしれないね。さっき三ツ屋くんや虎部くんがいった、担当地域制とも相性がいい」 「指揮系統で言うと、司令官は世界図書館館長がなるべきかな、と。現場指揮官も館長が任命して、3年くらいの任期制にすれば」 「えっ、図書館とは別の住民の組織なんじゃなかったの?」 「三ツ屋くんが言うのはシビリアンコントロールに近い考え方だね」 「そうです。日本の自衛隊の最高司令官が総理大臣なように、最終的には館長のコントロール下におかないと、暴走の可能性があるからね」 「俺はもっとゆるくていいと思うな。店の営業許可みたいな感じでさー、誰がなってるか、書類を図書館に届けて管理だけしてもらってればいいんじゃね?」 「許可証という話が出たけど、採用のこと、なにかイメージしてるかい?」 「希望者を面接して……研修を受けてもらうような感じ。目安だけど、団員の8割が賛成すれば入団可能、とか。柊木さんはどう思います?」 「やる気がある者は誰でも歓迎したいかな。そうは言っても能力的な適性があるのも事実だ。コロッセオを使って試験するという方法もあるけど……」 「ねえ、明日。ナラゴニアの人も入っていいわよね?」 「私は問題ないと思う。みんなが賛成するなら」 「うーん、俺もナラゴニア出身者が入ること自体は構わないと思うぜ。でもさっきも言ったけど、自由に移動できない以上、まったく同じようには活動できないよな?」 健の意見はもっともだった。 落としどころとしては ・担当地域を分け、ナラゴニアの団員はナラゴニアのみで活動することにする。 ・団員に限り、移動制限がないという権限を図書館から与えてもらう。 ・当面、ナラゴニア住人の入団は見合わせる。 の、3つの方向性が考えられたが、ここは大きな論点であるが、ここまでのみなの意見を総合すれば「ナラゴニアの団員はナラゴニアのみで活動することにする」のが妥当だろうか。 「ところで、拠点のような場所は必要だと思うの。なにかあったとき、駆け込んでもらえる駐在所的な意味も込めて」 と明日は言った。 「お店の一画を借りるなんて……無理ですか?」 控えめにラファエルに目線を投げたが、ちょっと申し訳なさそうな微笑が返される。 「会議のためのテーブルならいつでもお貸しできるんですが、常設の施設ということになれば、それは専用の場所を確保なさるべきでしょうね。店の治安が良くなりそうという期待もあるのですが、お客様にご迷惑にならないとも限りません。あくまでも、店舗ですので」 「そうよね……」 「遺跡は? 地下の都市遺跡なら空いている場所いっぱいあるだろ?」 隆が言った。 空エリアを探すなり物件を確保するなり、これはもう少し組織の輪郭が固まってからの話だろうか。 ●議題4:団員の権限 「やれることを明文化しよう」 健が提案した。 「俺たちはギアがあるから、誰でも攻撃手段を持ってる。だから自衛以上の攻撃は絶対しないし、出来ないということは確認しておかないと、私兵になってしまう」 「私刑は言語道断よ」 「そうね。正当防衛はいいけど、過度な暴力は禁止すべきだわ」 ヘルウェンディと明日が口を揃えた。 「捜査に関しても、あまり強引な取調べも避けたいと思うの」 「司法的権限は持たないということだね」 「ええ。治安維持のために現行犯を拘束するまで。あとはホワイトタワーへの引き渡すなりして……」 「処遇の決定権はあくまで図書館にある、と」 新生が明日の意見を整理した。 「わかるんだけど、権限がなくて何もできなかったら本末転倒じゃない? 有事の際は、ホワイトタワーの戦力を借り出すくらいはできたほうがいいかと思ってた。もちろんそのつど館長の許可はいるだろうけど」 現実問題として、現状でもターミナルで事件があれば、ロストナンバーたちはそれぞれに対処してきている。 権限なく、ただ単に犯人の確保と引渡しだけを行うというのなら、現状とさして変わるものではない。 とはいえ、特別な権限を付与しないことは、とりあえず設立することのハードルが下がる。図書館も認めやすいだろうからだ。 一方で、少なくとも捜査と拘束の権限は、実際問題として必要であろう。 「ただ……思うのだけど、『ファミリー』に関することだけは管轄外にしたほうがいいんじゃないかと思うの。いろいろ複雑だし……館長に任せるべきかな、って」 ヘルウェンディはそう付け加えた。 この点も、現実的には頷けるが、同義的・感情的には理解が得にくいかもしれなかった。すでに理事会という形で諸々の特権を持つかれらを、今以上に特別扱いすることになるからだ。 ●議題5:資金 避けて通れない問題として資金源をどうするかということがある。 「団員が冒険旅行の成功報酬を持ち寄るというのでは?」 と明日は言ったが、いつまでも手弁当というわけにもいかないだろう。団員の暮らしも圧迫されてしまう。 「でも会費を集めるというのが正攻法だろうな」 健は言った。彼はもとより、寄付による資金集めという考え方だ。 「会員を募るんだ。実働する正会員とは別に、『ファミリー』のような人たちに賛助会員になってもらい、寄付金額変えればいい。あと普通に一般の寄付を集める。あちこちのこういうカフェに募金箱置かせて貰えば良いんじゃね」 「資金は寄付を募る、っていうのは賛成。ロバート卿に頼んでもいいと思うわ。うちの父親が愛人と経営してるゲーセンからも流してもらえるよう交渉してみる。あそこもちょっとは社会貢献しなきゃ」 ヘルウェンディもそれには合意だ。 「そうね……。『ファミリー』や資産家のロストナンバーに賛同してもらうのは良いと思うわ」 「俺も賛成。きちんと帳簿をつけなきゃな。それと……個人的にはロバートから貰ってもいいと思うけど、そういう公的な?資金だけだと、行動を制限されちまいそうなのが心配だな。ここはけっこう大事なことだと思うぜ。ある程度の自治の形を維持するためにも、寄付に頼らずに団員の収入を使うとか、考えておかないと」 隆が言うのへ、新生も頷く。 「スポンサーは必要だが、その為に必要な活動が出来ないとなっては本末転倒だよねぇ」 それに寄付だけでは財政が安定しないことも懸念される。それには緑郎が「住民から保安税のような形で徴収するしくみ」と言ったようなものが必要になるかもしれない。ただ、資金を制度的に徴収するためには、組織が図書館の制度にはっきりと組み込まれている必要があるだろう。 「あとは、自警団の活動そのもので稼ぐってのがあるよな。事件があったら住民や図書館からの要請で出動するだろ。それに対する見舞金みたいのがもらえればいいんじゃないか」 隆のその意見はありうる方向性だ。 住民から報酬を受け取ると商売じみてしまうが、図書館からの報酬なら問題ない。つまり「自警団として冒険旅行の依頼を受ける」ようなものである。 「グッズ販売はどうかしら。ピンバッジとかTシャツとか、自警団オリジナルグッズを作って売上を活動費にあてるの」 ヘルウェンディのアイデアはなかなか想像するのが楽しいものだった。 本分を怠らない程度に、そうした資金集めのための活動や尽力は必要だろう。 * * * 話し合いは続いた。 すでにお茶の時間はすぎて、小腹が空く頃合だ。 モリーオとラファエルがありあわせの材料で食べ物をつくってくれた。 テーブルにカルボナーラとミートパイが並び、なお、さまざまな議題が検討される。 自警団はそれとわかる目印や服装のようなものを決めたほうがいいという話が出た。健はタスキとか、帽子とかをあげ、緑郎は腕章が良いのではないかと言った。 ヘルウェンディは団員募集のポスターをつくろうと言った。 「……だいたい、こんなところかな」 「考えないといけないこと、すごくたくさんあったね」 新生がホワイトボードを、緑郎がパソコンの画面を見ながら、言った。 「そうね。でもたくさん意見を聞かせてくれて、とても有意義だったと思うわ。みんな本当にありがとう」 明日は、自分の提案に真剣に向き合ってくれたみなに、心から礼を述べるのだった。 後日、この日の話し合いをまとめて、ひとつの草案が書かれた。 ターミナルのある水曜日につくられたので、仮にこれを「水曜日草案」と呼ぼう。 ============================ 「0世界自警団(仮称)」水曜日草案(第一稿) 0世界の治安を守るための自警団活動について提案する。 (1)自警団は、0世界住人有志による任意の団体。0世界の治安を守ることを目的とする。 (2)自警団は、ターミナルおよびナラゴニアの市街地を定期的に巡回する。巡回場所・頻度などは団員数などの状況により別途定める。 (3)自警団は世界図書館に任命を受けた団長によって統率され、団長が活動の責任を負う。団長は所定の任期があるが、再選は妨げられない。 (4)団内の役職の設置等は団内の合議によって定める。 (5)自警団は定期的に活動状況を世界図書館に報告する。 (6)自警団は0世界内で治安を乱すものを発見したら、そのものの行為をやめさせ、必要に応じて拘束するなどする。ただし、処遇は世界図書館の決定に従う。 (7)自警団は活動に際して、自己防衛と住人の安全を守るという活動の範囲を超えた、過度の暴力は用いない。 (8)自警団は活動に際して、その必要があると判断すれば世界図書館の協力を要請することができる。 (9)自警団には0世界の住人は誰でも入団を希望できる。希望者は現団員の8割以上の賛成があれば団員になれる。 (10)自警団は活動資金の寄付を受け付ける。 (11)自警団は、自警団として、世界図書館の依頼を受けることができる。その場合の成功報酬は自警団の活動報酬となる。 (12)最初の団長は流鏑馬明日である。 ============================
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