「諸君、真紅の薔薇には白昼の陽光と闇夜の月光のどちらが相応しいと思うかね?」 ブランが口にした時、世界図書館の広間にいた誰もが完全に無視を決め込んだ。「咲いて散るのが運命である大輪の華なれば、闇夜を照らすことこそ相応しいのではないかね?」 いそいそと片づけを始める司書、依内容頼掲示板をわざとらしく音読するツーリスト、独り言を言い始めるコンダクター。 誰もが「とりあえず長話が終わったら誰かが三行くらいにまとめてくれた要約を聞くか」程度に考えている。 そんな観衆の思惑を知ってか知らずが、ブラン=カスターシェンの言葉は留まるところを知らない。「だが陽光の下にあって尚更に光り輝く存在があるのも我々は知っている。そんな薔薇にどのような美辞麗句を持って賛しようとも霧の中にあって煙を探すに匹敵する愚かしさであることは疑いようがない/ (省略) /そもそも美とは状況、いわゆるシチュエーションに限定されるものだろうか? 否、我輩はそうは考えない。しかしその時、その瞬間のみの美しさというものは確実に存在する。採取された人参をそのまま食べれば当然に美味であろうが、意趣を凝らした料理人が至上の包丁さばきと炎の芸術で持って調理したそれの方が旨かったからといって採取したての人参のそれは美味ではないというのだろうか? はたまた残念な腕の料理人が人参の存在意義を汚したからといって人参はその不名誉を引き受ける事になろうか?/ (省略) /大海原には浪漫がある、万人が認めるであろう摂理だ。だがそれは広大という一点におけるものではない、深海に広がる空間とそれに息づく無数の生命が作りだした自然と生命の調和、ハーモニー、旋律、芸術! 一匹の魚が藻屑の欠片を食すことから潮力の満ち引きにおける果てしない宇宙の影響にいたるまで微に入り細に入りて完成する芸術というものがあるのだ/ (省略) /この時、火力はできるだけ強くする。鍋を煽り火で直接炙ることで不要な油を飛ばし、かつ、ご飯をパラリとさせるのだ。短時間勝負は火力勝負。勿論、強すぎる火力は食材の味を損なう。それを僅かな時間で仕上げるには、そう油通りと下ゆでこそが/ (省略) /我輩の故郷ではこのような大自然のショーがあれば貴族平民を問わず総出で見物に向かい、己の住む世界の偉大さと自らの卑小さを再認識してこそ、我輩のように巨大な器を持った偉大なるツーリストが育まれるのではないかと我輩はそう信仰するのだ/ (省略) /紅茶をいっぱい、所望したいが良いかね?」 身振り手振りを交えつつ二、三時間軽く話し続けたブランはついに紅茶を所望した。 大勢のロストナンバーでにぎわっていた広間はすでにどうしても用事があるものを除いてすっからかんになっている。「あのうさぎさん、何を言ってるんですか?」 頭の上に?マークをたっぷりと浮かべつつ、魔法少女大隊のメイベルが傍にいた司書をつつく。 ポリポリと頭をかきつつ返事したシドの格好はその場で一人だけ南国だった。「もう少し待ってくれ。終わったら三行くらいにまとめるから。そうだな、あと二時間ってとこか」 シドの予想をはるかに超え、ブランが話を終えるためには約五時間ほどの時間と紅茶をポットで二杯、人参一本とスコーン3つを擁した。 すべてを耳にしたシドは手元のメモにさらさらとペンを走らせる。 ―― BiBのある島では数年に一度、島が一つ水没する自然現象がある。 ―― その時、夜明けに紙張りの熱気球――天灯――を空に飛ばす行事がある。 ―― 今回、年越し便のタイミングと会うから、海水浴ついでに見に行かないか?「ブランの言いたいこと」と言うタイトルのシドのメモに軽く目を通し、メイベルはなんであんなに長々と話したのだろうという疑問がぬぐえない。 だが、少なくとも言いたい事は理解できた。「あ、三行ですね。ところでシドさん。この天灯ってなんですか?」「見た目は行燈、だが非常に軽く作ってあって中で灯を焚くと上昇気流で天に昇っていくシロモノだ。たくさんあると綺麗だぜ。島が水没するったって建物がなくなるところから、足首浸かるくらいの所まで様々だ。飛ばすのは比較的浅瀬だな」「ふぅん、じゃ、私、ナラゴニアの人を誘って行ってみようかな。リシーさん来てくれるかな。世界図書館の人は誰か行くんですか?」「ブラン――ええと、さっきのウサギとロストナンバーが何人か。あと、ブランがアリッサに声かけてたな。『ウィリアムをどうにかできるならいけるんだけど』とか何とか。クゥも行くハズだったんだが昏睡が目覚めるかどうか。……まぁ、何人か行くと思うから仲良くしてやってくれ」「はーい。ところで、水没するんですよね? ボートかなんかあるんですか?」「たしか、現地の作法では……」 資料があったはず、とシドは本棚から分厚い書物を取りだした。 参考資料として描かれている挿絵にいる男女の姿は……。「あーっ! これ面白そう! そっか、この時期ってこの海域は真夏なんですね! じゃ、参加する人はナラゴニアも、世界図書館の人もみーんな……」 メイベルが邪気なく笑顔で宣言する。「みーんな、水着着用ですね! わー、楽しみです! 新しい水着買ってこなきゃっ!」 長手道メイベルが元気に帰り支度を始めた頃、ブランは「そういえば……」とエピソードを手繰りはじめた。 そのエピソードは特に関係ないので割愛とする。================●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
夜明け前、海は一日のうちで最も暗い。 日の出と共に始まる以上、下準備は夜が白み始めた頃に完成する。 ほんのり白む空の下、ちゃぷちゃぷと音をたて移動するのは0世界からの旅客。 「ミズ・メイベル、お足元お気をつけて」 「ありがとう、ミスター」 ヴィンセントの手を借り、長手道メイベル伍長はかつて道路だった浅瀬を行く。 膝元まで水位があがっている中、メイベルはこのために新調した真っ赤な水着が着れて密かに笑顔を隠せない。 「なんで水着前提なんだ、ボートはどうしたボートはァ!?」 足元まで海水につけ、マフ・タークスがぶつくさとボヤく。 「別に海は嫌いじゃねーが、海水は毛皮に溜まるとガサつくんだよっ」 むすっとした表情で一向に続く。先ほど膨らませた浮き輪はすでにマフの脇の下に抱えられていた。 「浮き輪?」 「勘違いすんな、泳げねェんじゃねェよ」 同行するリシー・ハット軍曹の呟きに敏感に反応し、マフのつっこみが炸裂する。 リシー・ハット軍曹も自らのイメージカラーであるグリーンを基調にしたビキニをまとい、両手で人の頭ほどのサイズの紙製の点灯を抱えている。 足を取る水の抵抗を楽しみつつ祭りの会場へ着くと、ものすごい数の人体模型がやんややんやと騒ぎまくっていた。 百、二百、いやもっと ちょっとしたホラー映画もかくやと言う程、人体模型が犇いている。 数々の人体模型はビキニもいればトランクス水着もおり、はてはタオルを腰に巻いた湯浴みスタイルや貝殻を股間と胸部につけただけのものと千差万別。 よく目を凝らしてみると同じ水着をまとった人体模型はひとつとしてなく、見分ける指標にもなっているようだった。 あまりのホラーな光景に魔法少女二人をエスコートしていたヴィンセントが凍り付いていると、その中の一体が器用に水をかきわけて近づいてくる。 「ヴィンセントの旦那でやんすね? ターミナルの方々は特等席がありやす、わっちが案内するでやんす-!」 海女スタイルで何故か大きなタライを抱えた人体模型ススムくんに先導されたのは、より人だかりの多い一角だった。 「わっちらの団結の証、急造の櫓でやんす」 胸を張るススム君の言う通り、木製の建造物が組まれちょっとした休憩スペースになっている。 難点はその素材である木がすべてススム君であるため、床部分はともかく、その下を覗くと水着で微笑む人体模型が折り重なった建造物というちょっという地獄絵図と化していることくらいだった。 ほんのそれだけで現地の人間が近寄って来ず、ここらへんにいるのはターミナルの住民ばかりとなっている。 その中で、見知った顔を見つけると、ヴィンセントは挨拶として丁寧に頭を下げた。 「ミズ・ベイフルック、執事殿への策、功を奏したようで何よりです」 大きな椅子にクッションを敷いて夜明けを待つその人物はにっこりと微笑み返してきた。 「ありがとう。でも水着で来てるのはナイショよ」 ギギグギギ、ギュギギ、ギュー 「畏まりました」 ギィギー、ギギー、ギュイー 「ところで先ほどから聞こえるこの声は?」 ギー 「え?」 指摘され、アリッサがきょろきょろと見回しギーギーという音の出所を確かめる。 椅子の下や周りにそれらしいものはない。 「……あ」 慌てて立ち上がったアリッサはそれまで座っていたクッションを持ち上げる。 クッションにはゴーグルとシュノーケルがついており、どこかからギーギーと鳴き声がする。 「てっきりススムくんが気を効かせてくれたのかと」 「ギー!《痛いです》」 トラベルギアの通訳でようやく意思を伝えた謎のクッションことニヒツはアリッサの手から逃れようともがき、その試みに成功し、そのまま落下してじゃぼんと波音を立てると 、潮をたっぷり吸ったずぶぬれの毛皮へと変貌を遂げた。 「ギュグギュー」 「大変! 毛皮が残念なことに!」 「ギギー《べとべとします》」 うんうん、わかるわかると頷くマフ。 「……ギュギー?《猫?》」 「山猫だ。ただの猫と一緒にすんな」 え、どう違うの? さぁ? という魔法少女二人の会話を聞こえなかったフリをしつつ、マフがニヒツを持ち上げると毛皮が吸っていた海水がざばーっと音を立てて落下した。 「洗って陰干しいたしましょう」 「ギュギギー《……マジメですね。故郷の町長を思い出します》」 残念仕様の毛皮から海水を振り払うヴィンセントに、ニヒツが小さく鳴いた。 「ミズ・レーヌ、ご快気、おめでとうございます」 果汁ジュースをクゥに渡し、ヴィンセントは折り目正しく一礼する。 「ありがとう。あまり自覚症状はないんだ」 「夜明けでやんすー!」やんすー」やんすー!」 唐突に、人体模型のススムくんがはるか彼方から夜明けを告げた その声を合図に一発の花火が打ちあがり、現地の村長が最初の天灯を空へ放す それを皮切りに 一斉に無数の天灯が空へと舞い上がった 「壮観ですね……、皆にも見せたい」 ヴィンセントが小さく呟き、デジタルカメラのシャッターを切る ファインダー越しの無数の光に満足し、彼自身もオウルフォーム・セクタン型の天灯を空へと放った。 ヴィンセントのオウルセクタン、ガラハッドがそれを追いかけて宙へと舞い上がる。 「壱番世界で天灯と言えば湯円でやんす」やんす!」 「清芝麻湯円は有名でやんすが、バラ、ゼリー、チョコレート、今は美味しけりゃ何でも入れるそうでやんす。わっちらブルーインブルーの新しい味覚にもチャレンジするでやんす」やんす!」やんす!!」 「魚肉餡は普通すぎでやんす。もっとかっ飛んだ中身が必要でやんす……」「マーマレードとしめサバはどうでやんしょ?」「昆布に餡子とか」「ナマコに珈琲なんてのも」 数々のススム君が汁椀に入った団子を配り歩いている。 少しずつ中身がエスカレートしていくのは聞いてはいけない。 「ギー《パペット?》」 ニヒツが小さく鳴いて、どこからか取り出した小さな猫型の天灯を空へ放す。 「ギュギー《猫さんたちと仲良くなれマスヨウニ》」 ニヒツはどこにあるか分からない目を閉じて天へ祈った。 「ブランの旦那たちもお1つ如何でやんすか」 「新製品でやんす」「貝と白菜を黄粉で捏ねてみたでやんす」 椀を進められるブランはすました顔で受け取り一口すする。 彼はすました顔のまま、耳の先までものすごい冷や汗をかいている。 「料理番のわっちらの一人が燃えたでやんすー!」 「防火服を着込んで支えるでやんす!」 「防火服の中身が燃えたら次のわっちに交代するでやんす」 わらわらと料理番のススム君が騒ぐ中、とあるススム君集団の中で赤褌のススム君が手をあげた。 「さあ、分かっておりやすね? 来た時よりも美しくでやんすよ!」「ゴミを拾うでやんす」「荷物や散らばったわっちを全回収でやんす!」「お土産も忘れてはいけないでやんす」 清掃しながら木彫りのススムくん人形を海岸周囲に点々と設置されていく。 「魔除けでやんす!」 遠ざかる光の群れにヴィンセントは追憶の中、記憶の彼方の人物へ小さく呟く。 「……彼は私が守ります。お会いしたいでしょうが、どうか彼が納得して終わるその日まで好きにさせてあげて下さい。見守って下さい。彼を慕う者達が居ます。私にとっても大切な友人です。貴女と彼の幸せを心から願います」 目を閉じたヴィンセントの背後を、ブランと、彼を追いかける肉食獣マフが駆け抜けていった。
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