お正月。それはどこだって新しい気持ちで迎えたい物である。その為、人々は年の瀬になるとわくわくしながら準備に励み、新年を祝う。 そう、それが猥雑な空気を孕む世界、インヤンガイであっても……。「よう、何処へ行くか決まったかい?」 そう、声をかけてくる者がいた。エルフっぽい世界司書のグラウゼ・シオンである。彼はシンプルな上着を纏い、片手にチケットを持ってそこにいた。「実はな、俺はインヤンガイに行こうと思っているんだ。なんでもある街区で新年早々運試しができるようでな」 グラウゼの話によると、その街区では毎年、広場に干支のモニュメントを置くという。そして、新年早々入口からそこまで伸びる300mの直線を走り、最初にモニュメント前にいる街区の長の所まで来た人に商品が渡されるそうだ。「今年は水晶で作られた蛇の飾りが付いた瓶と、その街区で使える商品券だそうだ。瓶の中身はその当日までのお楽しみらしい。 ちょいと面白そうだと思って参加しようと思うんだが、君もどうだい?」 グラウゼが笑いかける。ロストナンバーたちがどうしようかと悩んでいると、彼はこうも言った。「まぁ、会場にはランタンも飾られているし、参加者や見物客にはお汁粉やお茶が振舞われるんだってさ。食べ放題らしいし、それが目当てでもいいんじゃないかな?」 少し興味を持ったところで、更に話を聞いてみると、今回の賞品である瓶はインヤンガイでも有名な水晶細工師によって作られた物だという。 瓶に飾られた蛇は、幸福を招くと言われる白銀蛇がモチーフで、透明ながら光の加減で七色に輝くらしい。その上、まるで生きているかのような印象すらあるとも。 その瓶の中身も噂ではあるが「極上の老酒だ」という者もいれば「絶品の水蜜桃酒だ」と言う者も。中には「寿命が伸びる水じゃないか?」と考える者もいるとか……。「兎も角、瓶の中身も外見も注目されてるってことさ。勿論、俺も欲しいと思っているよ」 グラウゼがにやりと笑う。どうやらやる気満々らしい。そんな姿を見ていると、自分も参加してみようかな、という気分になってくる。 いよいよロストレイルが出発する。たまには思い切って走ってみるのも悪くはないだろう。たとえそれが新年早々だったり、目当てが賞品だったとしても。・・・・・・・・・・・●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい
序:緊張感のないスタート前 ――インヤンガイ・レース会場。 まだ暗いその中に、幾つものランタンがほんのりと輝く。参加者たちがスタートを今か今かと待ちかねている中、一人の男が携帯端末を弄りながら呟く。 「寒っ! なんでインヤンガイまで来て、走らなきゃいけねえんだ……」 俺は嫌だぞ、と言いながらティーロ・ベラドンナは溜息を付いた。が、そうは問屋が下ろさない、とばかりに首根っこを掴む者がいた。顔見知りの臼木 桂花が、ぐいっ、とそこを引っ張る。 「何いってるの、ここまで来ておいて」 「そうですよ。せっかくですし、楽しみましょうよ」 桂花に合わせて楽しげに言ったのは舞原 絵奈だった。彼女も、このレースを楽しみにしていたようで、やる気は十分なようだ。 そんな女性陣はとても華やかな姿をしていた。桂花は淡い桜色っぽいチャイナドレスに、繊細な銀鳥の簪で髪を結い上げ、年相応の色香を放っている。絵奈は赤をベースとした、愛らしい花柄の和装だが、下の方が丈の短いスカートのようになっていた。それに黒いニーハイソックスと、こちらも愛らしくも色っぽい。 参加者の多くが男性であったからか、注目の的になっているようで、口笛を吹くもの、写真を撮るもの、はたまた声をかけてくる者など様々だ。そんな彼らを適当にあしらいつつ、グラウゼ・シオンが3人にお茶を渡した。 「スタートは今から10分後だ。誰が1位になっても恨みっこなしだぜ? あ、そうそう! 瓶の中身については表彰の時に教えてもらえるんだとさ」 「それは益々楽しみですねっ!」 絵奈が頑張りますよ! と拳を突き上げてやる気を漲らせる。その横で、桂花はふと、考えた事を口にした。 「所で司書さん。勿論妨害ありなのよ、ね……?」 人生は山アリ谷アリって言うじゃない、とにっこりする桂花。しかしその目はどう見ても獲物を狩る猛禽の目。本気で賞品を狙っているらしい。傍らで相棒のドッグタン・ポチが震えているように見える。「ま、改造した奴らもいるしなぁ」と強ばった笑顔で答えるグラウゼ。 「見てるだけでいいじゃんかよぉ……」 携帯端末でゲームをしつつ呟くティーロの首根っこを掴んだまま、桂花は不敵な笑みを浮かべる。絵奈とグラウゼはそんな様子に苦笑するしかなかった。 破:いざ、勝負の時! 何処かへ飲みに行かないか、とぼやくティーロだったが、桂花に引きずられるようにスタートラインへと連れて行かれる。絵奈が「観念しましょうよ」と苦笑していると、グラウゼがぽつり。 「言っておくが、この近辺の屋台村はこれが終わるまで閉まってるぞ。客が来ないから」 「ま、マジかよ」 そんなやり取りをしている内に、スタートまでのこり1分を切った。絵奈は多くの人を見、作戦をねる。 (この人ごみだと、普通に言ったら押しつぶされそう) 彼女はちゃっちゃと陣を作り、自分のスピードと耐久力を通常時の2倍程になるよう、強化する。なんだかズルしているようで罪悪感を覚えるが、これもまぁ、実力だと思うことにした。 絵奈の傍らで、ティーロが欠伸を噛み殺す。彼は300m先を見据えると、遮蔽物がない事に気がついた。 (物陰で瞬間移動は難しそうだな。そいじゃ、こっちの手にしますか) 顔を上げると、既にスタートまで残り30秒。桂花は何故かトラベルギアである二丁のプラスチック製拳銃を握りしめていた。 「全力で行くわよ。ポチ、きっちりしがみついてらっしゃい!」 同時に鳴らされるスタートの合図。沢山の人が走り出す中、絵奈は押しつぶされそうになりながらも正々堂々突っ走っていく。が、その目の端で飛ぶ白銀の煌き。 「えっ?!」 「はあああっ!」 桂花が、二丁の拳銃から氷結弾を乱射しながら激走していた。そして、ティーロは地面すれすれという超低空飛行で進んでいた。 (ま、桂花と絵奈に花を持たせてやりてぇなー、なんてね?) どうにかこうにか氷結弾が逸れた場所を弾むように走る絵奈。そんな彼女に続こうとする相手をこっそり魔法でティーロが転ばせる。まぁ、凍りついた地面のせいで転倒者が続出しているわけなんだが。 後ろで悲鳴が飛び交い、阿鼻叫喚になりかけているのを振り切って、桂花は只管乱射し、走り続けていた。目的はただ1つ。賞品の目玉である水晶細工のついた瓶のみ! (あの瓶は綺麗だもの。絶対に家に持ち帰りたいわ! それにお酒だって……!!) 絵奈も必死に走るが、桂花はいつの間にかトップになっていて、追いつけない。3人のロストナンバーたちが上位争いをしている最中、只中でポツリ呟く奴が1人。 「……毎年凄い事になるって、言わなかったが、まぁ、いいか」 騒動の沈静化なんて最初から諦めていたグラウゼが、裸足で突っ走っていた。本人曰く、氷とか平気らしい。それでも、彼は只管ゴールを目指す桂花の背中を眩しげに追うだけだった。 そして、ゴールへと疾風のように飛び込むチャイナドレスの女性と、和装の乙女。どうやら、桂花と絵奈が1位と2位になったらしい。やや遅れてゴールしたティーロとグラウゼは、紙吹雪の中、嬉しそうに飛び跳ねる桂花と、目を回すポチ、心から祝福の言葉をかける絵奈の弾けるような笑顔に笑い合うのだった。 「ま、いいもん見れたからいいとするかな」 「そうだな」 2人は何気なく拳をぶつけ合う。そして、街区の長だろう初老の女性が、参加者全員のゴールを確認し、桂花を呼んだ。彼女は、綺麗な蛇の水晶細工が付いた瓶を受け取ると、本当に嬉しそうに頬を寄せた。街区の長はそんな彼女に笑顔で言った。 「中身は幸運を呼ぶと伝えられる金木犀酒です。どうぞ、香りと甘みをご堪能ください」 急:勝負の後は卓を囲んで。 ――レース会場に隣接した屋台村にて。 「うーん、最高!!」 桂花は、賞品として貰った瓶の中身を4口ぶん残し、全員で飲む事にした(因みに、未成年である絵奈の分は小瓶に入れて20歳まで取っておく事になった)。彼女曰く、幸運は独り占めし過ぎると逃げてしまうから、だそうな。桂花は内心でくすり、と笑い、大切そうに瓶を抱きしめる。 (家族みんなでお猪口1杯ずつ楽しめる以上は要らないのよ) また、商品券はここにいるメンバーでの食事に使う事にし、4人の囲んだテーブルには美味しそうな良医が並ぶ。勿論、無料で振舞われているお汁粉も一緒だ。 「とてもいい匂いですね」 絵奈は杯から香る匂いに瞳を細める。ティーロが興味深そうに口にすると、品の良い甘味と蕩けるような口あたりに表情が緩む。桂花もグラウゼも優しい顔になり、当たりに優しい金木犀の香りが漂う。 「ま、珍しいモンらしい上に美味いし、新年っぽいしいいんじゃね?」 ティーロが水餃子を食べつつにっ、と笑うと桂花はくすり、とメガネを正して笑う。 「そういえば、誰かさんはなんかやってるように思えたけど?」 じっ、と見られても「さあね」と飄々とした様子でかわすティーロにグラウゼが肩を竦める。まぁまぁ、と宥めつつお汁粉を1口。全力疾走で疲れた体を、小豆の風味と餅の柔らかさが癒してくれるような気がした。 「走ったあとのお汁粉は格別ですっ」 そんな彼女の傍らで、ティーロは辛口の純米酒に口にし、こっちもイケるぞ、とばかりに杯を開ける。グラウゼは楽しげな3人の様子に笑顔を浮かべつつ、今年も皆が無事に旅をし続けられますように、と祈るのだった。 (終)
このライターへメールを送る