国の平和を祈り、人々が願いを思い浮かべる、そんな新年のお祭り。 *-*-*「今年も年越し特別便がでるんだって。だからー……」 世界司書の紫上 緋穂はなんだかウキウキしているようだ。それもそのはず、この時期の特別便では世界司書が異世界へ行く事が許されるのだから。「ヴォロスの、シャハル王国の新年行事に参加してみない?」 昨年の拗ね顔とは裏腹に、緋穂は笑顔で集まった者達に声をかけた。「一年中、花が咲き乱れる国……でしたよね? 報告書で拝見して、ぜひ一度訪れてみたかったのです!」 真っ先に反応したのはユリアナ・エイジェルステットだ。白い頬を上気させて、銀色の髪を揺らして嬉しそうだ。「そうそう、花がいっぱいの国だよ。シャハル王国は殆どの地域が温暖なんだけど、一地域だけ、雪が降る地域があるんだ」「あ……わたくし、先日訪れました」 なぜか頬を染めて遠慮がちに口を開いたのは、十二単姿の夢幻の宮。小さく手を上げている。「雪の中に咲く花はとても素敵でございますよ」「うん。夢幻の宮さん達が行った村とは少し離れた所に、街があってね。そこの平原にも雪がつもるらしいんだけど、その街で毎年行われている新年の行事があるんだって」 緋穂によれば、その街では火を灯した蝋燭を燭台に乗せて雪原に並べる。燭台による二本の列で雪の積もった平原に道を創りだすのだ。その光景はとても幻想的で見ているだけで飽きない。 だが、見ているだけではない。この道は新年の祭のメインとして使われるのだ。 この道を『異国の服装をして歩く』というのがこの祭のメイン。 何故こんなことをするのかというと、この街は過去に外交上の拠点として使われた関係で、他国より酷い内部攻撃を受けて壊滅状態になったことがあると言われている。漸く街が立ち直るめどがついた時、人々は願った。『もう二度とあんな悲劇が起こりませんように』と。 そこでキャラバンにも協力してもらい、異国の衣装を集めての行列を行うことにした。 込める思いは『国の平和』。『他国との関係がうまくいきますように』。「だからね、異国の衣装ならなんでもいいんだけど、折角だから、壱番世界の和装にしない?」「! いいですね、着てみたいです」「そうでございますね、紫上様とわたくしの持っている衣装を利用すれば……」 緋穂の提案に頷くユリアナと夢幻の宮。和装なら、ヴォロスの人達からも珍しく映るかもしれない。 晴れ着に羽織袴、十二単に束帯、狩衣に直衣、随身姿に直垂、袿袴姿に白拍子姿、衵姿に更には白無垢まで。 和装ならなんでも可、ただし浴衣は寒いよという事に三人の相談はまとまった。「行列の後は少し休憩を取って、最後にフラワーシャワーがあるんだって」 フラワーシャワー……花びらを撒いて新年を祝いつつ祭の最後を飾るのだが、このフラワーシャワー、稀に舞い落ちる時に雪の結晶が花びらに付着することがあるらしい。 その花びらを手に取り、溶ける瞬間を見ながら願い事をすれば、手の熱から伝わった願いが天に届いて叶えられる……そんな素敵な言い伝えがある。「花びらにつく雪の結晶は目視できるサイズだから安心して。上手くキャッチして、新年最初の個人的な願い事をしちゃおうよ!」 あなたの掌にもきっと、そっと花びらが舞い落ちるだろう――。======●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
雪原に蝋燭の優しい明かりが灯る。多種多様の服装をした団体が、行列の始まりを今か今かと待っていた。 「あの……写真、ここの人たちには見つからないように撮って貰っても良い? それとみんなで集合写真とか……駄目なのかしら。内緒で来ちゃったけど、出来れば形に残して持って帰りたいのよね」 「あの、緋穂さん……後で内緒で写真、お願いできます? 携帯とかここの人に見せちゃ駄目なのは分かってますけど……こういう格好をしたって、見せたい人が居るんです」 行列の開始を待っている間、振袖姿の緋穂にそっと話しかけたのは臼木 桂花と吉備 サクラだった。二人共その手にデジカメと携帯を持っている。乙女が見せたい相手といえばそう、恋する相手だ。緋穂とてそんな乙女心を無碍にする様な非情さは持っていない。 「仕方ないなぁ。順番に、ね」 こっそり二人を物陰に連れて行き、まずは桂花から。 桂花が着ているのは、クリーム地に金糸で松竹梅と鶺鴒が描かれている色打掛け。差し色の赤がまた色気を醸し出している。頭には旦那様からもらったという銀色の簪が愛の証のように鎮座していて。その簪と同じ鶺鴒の模様の色打掛けに、彼女はごきげんだ。 続けてサクラ。こちらは十二単を着ていた。似合うと思う衣装をとお任せしたら、上がピンクで段々とグラデーション掛かる色合わせの十二単を着せられたのだ。重い、が……なりきってしまえばなんとかなるのではというのは緋穂の言。 「折角だし、みんなで記念撮影しちゃう?」 呼ばれたマルチェロ・キルシュ――ロキは、以前緋穂が見立てた、濃紺無地の着物と羽織姿。金色の髪を結っている組紐も、和服によく似合っている。 花篝は自身の所持している壺装束を着用していた。赤系に桜の文様が彼女の可愛らしさを引き立てる。景色を存分に眺めるために、市女笠は外して。 夢幻の宮は花篝と同じく壺装束、ユリアナは袿袴姿だ。 緋穂とユリアナが交代でデジカメで写真を撮る。 「後でみんなの分プリントするわね」 今日の桂花はなんだかとても優しい気分なのだ。 *-*-* ゆっくりと、行列がスタートしていく。祭に集まった人々が灯りの道の両脇に集まり、祈るようにその光景を見ている。 雪道は事前に程よく踏み固められていて、行列に加わる人達の不自由にならないようになっていた……が。 「……きゃっ!?」 元ネタのない、素のままでコスプレをするという事態にガチガチに緊張し、両手両足を同時に踏み出したサクラは衣装の重さも手伝ってかぺちゃっと雪道に伏してしまう。その様子を見て心配そうに彼女を引き起こしたのはロキ。 「サクラ、大丈夫か?」 「あ、ありがとうございますっ」 何とか起き上がったサクラの衣装についた雪を、桂花とロキが払ってやって。その間にサクラは自分自身の調子を整える。 「……そうか、そうですよねっ! お祭りの時代行列に参加しているんだと思えば! 私は……、私は……。はい、もう大丈夫です……やれます!」 なりきってしまえば緊張なんて無くなって、装束の重さだってへっちゃらだ。それがなりきりコスプレイヤーの本領。 危なげない歩き方になったサクラを見てホッとしたのか、桂花は隣を歩く緋穂に零す。 「実はね、インヤンガイで押しかけ女房してるの。もう結婚式とかしなさそうなんだけど……1回花嫁衣裳着たいなって思ったの」 「写真はその人に見せるんだ?」 ロキと桂花に挟まれるように歩いていた緋穂の言葉に、桂花ははにかむように微笑んだ。 最後尾を夢幻の宮と並んで歩く花篝は、前を歩く皆の姿を見て懐かしそうに目を細めた。 「こうして見ておりますと、わたくしの故郷に帰ってきたような心地がしてきます」 「故郷、でございますか」 ぽつりと夢幻の宮が相槌を打つようにしたのを見て、花篝はそっと視線を移して。実は夢幻の宮の噂を聞いて、前々から話してみたいと思っていたのだ。 「夢幻の宮様の世界は、やはりわたくしの世界と似ているのでしょうか。わたくしの世界にはいわゆる妖怪がおりましたが、夢幻の宮様の世界ではどうでしょうか」 「わたくしの世界には、怨霊が出没することがございました。人と人との戦いも、ございましたが……似ているのかもしれませぬ」 どこか懐かしそうに微笑む夢幻の宮に、花篝は気になっていた質問をぶつけることにした。 「故郷を見つけて帰りたいと思っていらっしゃるのでしょうか」 その質問に「そうですね……」と短く考えた夢幻の宮は、複雑そうな表情を向けた。 「帰属するかどうかは別問題として、わたくしがいなくなったあと国がどうなっているのかは気になりますね」 その後も他愛もない話をしながら、二人は互いに懐かしい故郷を見出しているようだった。 「今年は参加できてよかったな」 「うん! ロキも一緒で嬉しい!」 「俺も嬉しいよ」 緋穂と並んで歩くロキは、妹分の特別便参加を自分のことの様に喜んでいた。去年、彼女が仕事に追われて泣く泣く参加を諦めたことを知っていたからだ。その気持ちが通じたのだろう、緋穂も嬉しそうに笑った。 「あっ!」 「っと……ヘルブリンディ、落ちるなよ?」 肩に乗ったセクタンが傾くのにふたりで思わず反応して。当の本セクタンは全く悪びれた様子なく、ロキの肩に座り直したようだ。 人々の平和への願いがこもった視線は、じっと行列を見つめている。 *-*-* ひらひらはらはら、雪とともに花びらが舞い降りる。 あちらこちらで喜びの声と、悔しさと再チャレンジを試みる声が上がっていた。 両手を合わせて掬うように花びらを受け止めたサクラは、結晶が付いているのを確認してそっと胸元に引き寄せる。 「ロイドさんの恋人になれますように、インヤンガイの映画会社に就職できますように、ずっと2人で幸せに暮らせますように」 告げるのは心からの願い。切なる思い。叶え、叶え――。 桂花は右手を持ち上げて、花びらを掴んだ。冷たい感触が手の内を満たす。胸元にそっと引き寄せて呟くのは、優しい願い。 「貴方と一生幸せに過ごせますように、家族全員で幸せな生活を送れますように」 見つけた幸せが、ずっと続けばいいと願って。 ロキが戦乱と聞いて真っ先に連想したのは、やはりターミナルだ。 手にとった花びらをきゅっと握りしめて、0世界に関わる皆――ツーリストも、コンダクターも、勿論ロストメモリーも――が幸せな一年を過ごせるようにと願う。 願った後、付け加えるのは個人的な願い。願わなくとも実現させるつもりでいるけれども、折角だから。 (恋人と、末永く幸せに……) どこの世界でも変わりのない花の美しさに圧倒されながら、花篝は花びらを手に取る。 「皆様の行く未来が、蝋燭で照らされたこの道のように、明るいものでありますように」 言い換えれば、帰属したい者の望みが叶うように、もう争いが起こらないように、皆が平和に暮らしていけるように――欲張りでしょうかと花びらに笑いかけると、すでに結晶は溶けた後だった。 儚さが、美を際立てる一因なのだろうと思いを馳せて。 すっと大気に溶けて、皆の願いは天へと昇っていく。 誰からともなく願いの行き先を確認するように空を眺め、そっと微笑を浮かべた。 願いが叶いますように。 素晴らしい一年となりますように。 【了】
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