マホロバの文化は壱番世界の日本に酷似している。「それは知っていたが……こういった行事まで同じなのか」 資料を手に世界司書ツギメ・シュタインはそう呟いた。 新年に行われる行事は多い。マホロバでもそれは同じで、その中に初詣も含まれていた。「あの、その……」「どうした、ササキ」 赤いツインテールを揺らしながらもじもじしている新米世界司書に気が付き、声をかける。ササキは猫の尻尾をぴんと立てて何かを言いかけたが、すぐにまた元に戻ってしまった。「……なるほど。行きたいなら行っても良いんだぞ」「へっ!?」「特別便の行き先にここが選ばれた。だから……」「いえ!」 ササキは机に身を乗り出す。 ナラゴニアとの戦いとその後の記憶障害でツギメは疲れ果て、休暇を取りようやくここまで回復した。回復して早々職場復帰したツギメに対し、ササキは嬉しさ半分心配半分だったのだ。 だからこそ。「先輩も、一緒に!」 勇気を出し、大きな声でそう言った。 大きな鳥居の先に石畳が続き、左右に砂利が敷かれている。出店類の姿はなく、代わりに美しい椿がその道を飾っていた。 マホロバでは珍しく人工栽培ではない椿に彩られた神社にはうっすらと雪が積もり、静謐な空気が漂っている。 階段をのぼり、拝殿に辿り着いてから振り返ると歩いてきた道と椿たちがよく見えた。その下に広がる街はここに不釣合いなほど近未来的だったが、さほど不自然さはない。 今は人の姿もまばらだが、元旦になればそれはもう賑わうことだろう。 ――そう、異世界人が混ざっていても気がつかないくらい。●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
新しい年を迎えて間もないマホロバの神社。 がやがやと賑やかな様子にササキと共に歩いていたゼシカ・ホーエンハイムは瞳を輝かせた。 普段は教会のミサに参加して正月を過ごす少女にとって、初詣をするということは初めての体験なのだ。振袖を着て鳥居をくぐり、神様へお願い事をする。それを考えただけでわくわくした。 「そうか、ゼシは初めての初詣か」 シュマイト・ハーケズヤは小さな友人に和んだ様子で視線を向ける。 「うん、すごく沢山の人が参加するのね。……ふわふわさん、ゼシお姉さんに見える?」 ほんのりと頬を赤く染め、ゼシカは振袖の袖を摘んでくるりと回った。 白をベースとした生地の下部に濃桃と薄桃の花と波模様が流れ、桃色の帯はリボンのように結われている。首周りには白いフェザーストールが巻かれ、傾けた頬を柔らかくくすぐった。 「似合っているとも。可愛く、そして美しいな」 シュマイトは友人の着こなしにほうと息を吐く。 対してシュマイトは振袖と帯に幾何学的な模様を配したものを身に纏っていた。色は椿に合わせて緑。帯は雪の白。 数日前に0世界の服屋へ足を運んだのだが、自分では選びきれないほどの生地、柄がそこには溢れていた。 好きな色の帯を選んでいい、柄も気になったものでいい、と店員のアドバイスを受けたが、結局ぴんと来ずとりあえず色だけでも合わせようとこれを選んだのである。 店員はもっと着飾らせたがっていたが、これでいい。あまり可愛いものはガラではないというより苦手なのだ。それでも強く勧められて、頭に赤い髪飾りを添えられたが。 「ツギメさんツギメさん!」 前を行く黒い振袖を身に纏った長身の女性、ツギメに声を掛けたのは藤枝 竜。 ロストレイルに乗っている間も一緒に行動していたが、こうして屋外をしっかりと歩く姿を目にし、不意にじわりときた。その感情に任せ、振り返ったツギメに飛びつく。 「起きてよかったです! 倒れちゃったって聞いて、二度とツギメさんとお話できなかったら……! って私草葉の陰から心配してました。うええええ~~~!!」 「心配をかけたな……大丈夫、今はこうしてぴんぴんしている。こうして竜の頭を撫でることも出来るぞ」 涙目になったままぐしゅぐしゅと顔を擦り付ける竜の頭に手をのせ、髪を乱さないようゆっくりと撫でる。 竜の髪は初めて会った時より伸び、セミロングほどの長さになっていた。その大人らしさと子供のように心配する様子の差にツギメはくすりと笑う。 「ほら、折角の晴れ着だ。笑顔を見せてくれ」 デフォルメされた可愛い角の龍が火を噴いている振袖と炎柄の帯、ファー代わりのマフラーにはいつも着けている炎の形のブローチが光っている。 少し形の崩れた竜のそれを直し、ツギメは再び笑い掛けた。 「お加減はいかがですか、ツギメ様。宜しければお手をどうぞ」 「ああ、ジューン。大丈夫だ、体調も――」 がくんと体勢を崩したツギメの手をジューンが取る。 「……調子は良いが、下駄への慣れはいささか足らないようだ」 そう言って顔を上げれば、ジューンの頭にはいつものヘッドドレス。 それに合うよう紺に染められた着物には白い桜が描かれていた。他の皆に比べて地味ではあるが、それはジューンが望んだことだった。 昨日リリイの店へ赴いた際、着物という衣装カテゴリーに詳しくないことをリリイに伝えると簡単に説明してもらえた。そこでジューンは「前合せの民族衣装」とそれを認識したが、どうにも華やかなものに見える。 ジューンはアンドロイドであり、そして乳母である。 故にあまりに華美な服装は自分に相応しくない、と思っていた。 そこで選んでもらったのが赤でも緑でもないこの振袖だ。リリイは黒色の落ち着いたものも見せてくれたが、こちらをジューンは気に入った。 「よい振袖だな」 「……お褒めに預かり光栄です」 ツギメの言葉にジューンは手を引きながら微笑んだ。 ● 参拝客の列に並び、少しずつ前へと進んでゆく。 「ツギメさんが元気に頑張れますように!」 お賽銭を勢い良く賽銭箱に入れ……シュートした竜は、パンパンと元気に手を叩いて願い事を言った。 心の中ではなくしっかりきっちりと口に出たそれに、ツギメは少し照れた顔で頬を掻く。 そしてお賽銭をもう一度。 「現代叙事詩に帰れますように!」 更にもう一度。 「今年もドラゴン年になりますように!」 更に更にもう一度。 「ちょっとは大人の女性に近づけますように!」 あと一回、と思ったところで指先が財布の底を掻いた。 「えとえと、あと~、あー! お賽銭足りないですよ~!」 思わず漏れた笑いが6人を包む。 照れ隠しに笑っていた竜だったが、境内の端で甘酒を配っているのを見つけ、るんるんと走っていった。 次はゼシカの番だ。願い事は初詣すると決めた時からはっきりしている。 (ゼシの大好きな人達が元気で幸せでありますように) これまで出会った人たちも、これから出会う人たちも。 みんなみんな幸せでありますように。笑顔を忘れませんように。手を叩き、ゼシカはそう心をこめて祈った。 「……これでいいのよね、司書さん」 「ああ、きっと神様にも届いたと思うぞ」 あまりにも一生懸命な姿にツギメは頭を撫で、次の者へ順番を譲る。 ゼシカの希望でそのまま境内を少し散歩することにした。あまり見たことのなかった椿に見入り、落ちていたものを髪飾りにしてみたり、絵馬にアシュレーを描いてみたり。 手を繋いで歩く親子連れを見て少し羨ましくもなったりしたが―― 「ゼシね、大きくなったらパパの跡を継いで孤児院の先生になりたい。それでね、ママみたいにうんと美人で優しい人になって大好きな郵便屋さんのお嫁さんになるの」 小さな誓いを立てて、ゼシカは笑みを浮かべた。 「なるほど、分かりました」 参拝客を観察していたジューンは頷く。 (子供たちが健やかに成長しますように、新世界・新知識に接することができますように、次のオーバーホール前にセブンズゲートへ戻れますように) 望むものを心の中で口にする。 子供たちのことを祈った時に浮かんだのは、今育てている双子の顔。 お土産も買いたいと考えていたのを思い出し、階段を下りてお守りを見る。どうやら厄除けのご利益が一番強いらしい。 「赤2つと水色を1つ下さい。リベラとエミリナ、それにエーリヒのお土産はこれにしようと思います」 紙袋に入れられたお守りを大事にしまう。喜んでくれるだろうか。 シュマイトは願いではなく抱負を胸の内に抱いていた。 今まで出会ってきた大切な友人たち。その友人との絆を失いたくない。 そうやって望む未来は「願う」のではなく「叶える」ものだと彼女は思っていた。 だから願い事はせず、シュマイトは絵馬に自分の気持ちを書き込む。 一文字ずつ、しっかりと。 ――「大切な友人達との仲をこれからも続ける」 ● 甘酒でぽわぽわした竜を連れ、一行は帰路につく。 シュマイトとジューンはマホロバ見学をし、有意義な会話と……食用ゲルの天ぷらを手に入れた。これも土産になるだろうか。 ゼシカは頭の椿を揺らし、アシュレーと戯れながら歩いていく。 そんな中、誰からともなく新しい年への想いが口から出た。 「……良い一年になりますように!」
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