「エト、もし宜しければ皆さん『おとし玉』を見に行きませんカ……?」 そう話を切り出したロイシュ・ノイエンは、場の不思議な雰囲気に困惑した。 原因は主に2つ。1つは『おとし玉』の単語そのもの。多くのロストナンバーは『球体が落下する』という意味からこの年末限定の旅行、年越し特別便に行くだけの付加価値が見いだせず、一部のロストナンバー、主に壱番世界の日本文化を知るコンダクターは『正月に子供へ与える金銭イベント』と認識しており、ロイシュの言葉を信じるならその様子をわざわざ見学するイベントに、同じく行く意味があるのかと考えあぐねいてしまったのだ。「ア、こちらはいつもの事なので、モウ痛くないですし大丈夫ですヨ?」 さするロイシュの鼻は内出血を起こしている。先程自身の持ってきた荷物の上に転び、器用に留め金部分に顔をぶつけたのが原因で、赤鼻のトナカイならぬ黒鼻の世界史書が出来上がっていた。それがもう1つの原因で、本当に大丈夫なのかと心配している人も少なからず居たのだ。その空気を解きほぐそうとロイシュは発言を続ける。「その『おとし玉』、地元の言葉だと『Ball drop』ですネ。場所はアメリカのニューヨークにあるタイムズスクウェアで、毎年そこの名所であるワン・タイムズクウェアビルを中心に、日付の変わる1分前からカウントを初めて新年を集まっタ100万人以上の人達と一緒に祝うイベントなんデス」 そこまで内容を聞いて一部の人は納得した。ニューヨークのカウントダウンは世界的にも名の知れたイベントだ。イベントだけではなく街も世界有数の規模を誇り、カウントダウンまでの間も遊びや観光に事欠かない場所だ。確かに年末のイベントとして十分にふさわしい場所だ。 そして100万人の来場者という部分から、他のロストナンバー達もこのイベントがかなりの大規模であり、旅人の外套と合わせれば少々見た目が人と離れていても目立つことは少なくて済みそうだ。ひとまず誤解が解けたと感じホッとロイシュは胸をなでおろす。「人ごみが苦手な方はファミリーのロバート・エルトダウン氏が購入して下さった、広告塔の見えるホテルの一等室で休むこともできまスヨ。当日ロバート氏はいらっしゃらないので、その部屋には私が待機しておりマス」 ちなみにロイシュが持ってきた荷物は旅行カバンだ。世界司書になって初めての旅行らしく、銀色のスーツケースは磨いたように輝いている。ちなみに服も地元に合わせた地味な衣装で、恐らく帽子をかぶれば殆ど人ごみで分からなくなるだろう。「この0世界に最も縁のある場所もありますが、見ず知らずの大勢の人達と、1つの節目を分かち合うイベントは中々出会えないと私は思いまスヨ」 そう言って黒鼻のまま、あなたもいかがですかとロイシュは2種類のチケット、何時もの往復用とイベント会場への入場用チケットを差し出したのだった。●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
「やぁ、そこのモノクルかけたじいさん、そうだ、あんただよ」 呼びかけたのは露店の店主、それはこの時期のニューヨークでよく見かける、世界有数のカウントダウン『ボールドロップ』のグッズショップだ。目にも鮮やかなコバルトブルーの看板の下で、同じカラーのスティックバルーンやシルクハットに似せた帽子が倒れそうに所狭しと並べられているのが見える。 「どうだいかわいい孫への土産に」 「いや、遠慮しておこう。すでに孫への物は買っておるのでな」 月並みな売り込みもやんわりと断りつつ、ジョヴァンニ・コルレオーネは小脇に抱えていた物を店主へ見せる。 「でかいな、コミコンでも行ったのかい?」 「正規品じゃよ。ちと骨は折れたがこのサイズなら抱き心地もよいじゃろうて」 「そうか、映画は昔よく見たんだがな」 それは50cmを超えるぬいぐるみ。それは初めて見る相手には雪玉を、知った人間にはマシュマロを何個も重ねた小太りで愛嬌のあるデフォルメタイプの人形だ。こっそりセーラーのカラーがイベントのメインカラーとお揃いなのはちょっとした偶然だ。 「ならホテルに戻りなじいさん。こっから先はボールを見に来たやつらでごった返してマシュマロが潰れるぞ」 「では、そうさせてもらおうかのぅ」 会話をそこそこにホテルの方向へと彼は向かう。ホテルが会場に近い場所もあって、歩みを進めるほどに人も露店も増えていき、カラーもどんどんとその存在感を増していく。 この高揚とした人混みも、増えていくネオンカラーのきらびやかも、人の多い都会独特の雰囲気が成せるもので、それは緑溢れる湖水の避暑地とは対極的な場所だ。避暑地自体は彼の妻、ルクレツィアの静養での大切な思い出の場所でもあるが、この華やかな都会も新婚時代の夢として同じく思い入れのある場所なのだ。 そんな思いも胸に秘めつつ、少し雰囲気を楽しむように彼は町の景色を、彼はホテルに戻るしばしの間、街の雰囲気を楽しんだそうだ。 「あのビルにいろんな映像が出るんだ。屋上には山ほどの人間で黒山の人だかりだ」 まるで自分はハリウッドの新参スターみたいだと、虎部 隆の気持ちはこれ以上なく浮足立っていた。 最上階のパノラマビューを兼ね備えたスイートルームは、シャンデリアが温かく照らす広大な空間を、狭さを感じさせないよう最小限に抑えられた調度品は、申し分ない高級感とゆとりを彼らに提供していた。 「フランに喜んでもらおう」 そんな気持ちで彼女を誘い、舞台も衣装もきっちり決めて、いつものひょうきんさを呈しながらも、その実は彼女に壱番世界を案内しようと矢継ぎ早に説明している。しかしどこか説明に熱が入るのか、はたまた世界有数のイベントに立ち会える興奮からか、視線はワン・タイムズスクエアにご執心のようだ。 そんな熱狂的な彼の様子に彼女、フラン・ショコラは苦笑する。正直なところこういう0世界やヴォロスで見られないイベントよりも、こうして隆が誘ってくれたという事実が一番嬉しいのだ。だから今は彼の楽しみを削がないように、その横で静かに耳を傾けていた。 「お、ボールが上がってきたぞ、もうすぐカウントダウンだ」 2人で窓側へ寄る。ここからは階下の喧騒は聞こえない。ワン・タイムズスクエアの時計盤の下、特設ステージを中心に居るカウントダウンの見物客は、もはや青と黒の塊だ。そしてその全員が今花火と共にきらきらと降下するクリスタルボールを見に来ているのだ。 「あ」 そしてボールが降り切ったのだろう、動かなくなったのかな? そう思った瞬間、 「……綺麗」 大量の花火が一際に、ワン・タイムズスクエアに降り注いだ。 こうして壱番世界が2013年を迎えたことを、フランは感じたのだ。 「フラン」 ふと隆に呼びかけられた。 「え?」 突然のことに思わずフランが振り返れば、パンッ、と何かが弾けた音が聴こえた。 思わず目をぎゅっと閉じ、身を縮こませた体に触れたのは、はらりはらりと薄い紙吹雪だった。 ちらりと薄く眼を開ければ空になったクラッカーを持った隆が、本当はサプライズのつもりで撃ったのだろうがにやにやと意地悪そうにその顔を浮かべていた。 「新年おめでとう。今年もよろしく」 そして次に差し出したのは、グラスに注いだ淡い色のシャンメリーだった。そんな映画にありそうな動作を必死にまねた行動に、チョットだけ毒気を抜かれた模様。 「えと、あ、おどろかせて悪かったよ。その、な、サプライズだったんだよ、だからそんなにびっくりしなくても、さ」 そんな彼女の表情にやっと気づいて慌てて隆が言いつくろうとする。先程まではあんなに流暢だったのに、と思いつつちょっと厳しすぎたかしらと思いながら、 「今日は誘ってくれてありがとうございます、これはお礼です」 今日までの感謝を込めて、彼女は彼の頬にキスをした。 「お帰りなさいデス。どうでしたカ?」 「ふむ、やはり何事も始まる瞬間というものは引き締まるものじゃ」 隆がフランにフレンチキスをもらって暫く後に、ジョヴァンニはホテルへと戻り、そんな彼をロイシュが迎えた。彼らは臨場感を楽しむためにホテルの近くでカウントダウンを見ていたのだ。そしてジョヴァンニだけは故郷のイタリアへ新年最初の絵葉書を届けに、あえてホテルの外のポストへ投函に行っていた。 「昨年も一年無事、過ごせましたネ」 「そう、昨年は色々な事があった。ロストナンバーとして覚醒し色々な者達と出会い、別れ……」 「……」 彼というのは今は亡きリチャード卿のこと。その経緯も彼の思い入れも、資料を調べれば幾らでも存在し、そしてこうして対峙する今からも感じるからこそ。彼もあえてその名は口にしなかった。 「彼の死は儂の心に影を落とした。もう一度ダイアナに会い、彼女の口から卿への想いを聞き出すまで死ぬわけにいかん」 「……大変ですヨ」 「何、晩年にさしかかろうと目的あればこそ人生に張りがでるというもの。そうではないかねロイシュ君?」 彼はこれから危険な選択を選ぶのは目に見えていた、それはだれにも止められないことを知っているからこそ、最もロストナンバーの安全を重んじる司書はただただ優しく微笑んだ。 「サテ、そろそろ上に戻りませんカ? 上で虎部さん達と乾杯しましョウ」 切り替えるようにロイシュはホテルへとジョヴァンニを促す。 「そうさせてもらおうかのぅ」 ジョヴァンニは快く応じた。勿論彼は死に行くつもりは微塵も無い。彼には帰る場所があり、待っててくれる家族が彼には在り、そして何よりもその幸せを誰よりも身に染みて感じていたのだから。 ふとジョヴァンニが後ろを振り返れば、すでに特設ステージは片づけ始められていた。カウントダウンの余韻を残しながらも、人々はワン・タイムズスクエアから離れていく。その多くの人達は殆どがホテルや家族の居るわが家に戻るのだろう、もしくは明日の糧の為に職場へ戻る人も居るのかもしれない。しかしその人達は全員、明日の為に行動してるのだろう、と。 そんな彼らと同じように、彼も目的を持ちながら、今日の余韻を英気に換える為にホテルへと戻って行ったのだった。 【Fin】
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