――? ? ? 緑豊かなその場所で、『彼女』は小さく微笑んだ。目の前には、赤い蕾をつけた茂みが横たわり、風もないのに少し震えている。(うまくいっても、いかなくても) 『彼女』は乾いた唇をちろり、と舐めながらそれを見つめる。どこか慈しみにも、狂気にも見える眼差しを見、傍らの少年は僅かに肩を竦めた。*************** ――アーカイヴ遺跡。 ダイアナ等の捜索をしたい、と集まったロストナンバー達が、館長であるアリッサ・ベイフルックの許可を得てそこへと降りていた。 しかし、ダイアナに繋がるような物はなかなか見つからず、誰もが諦めかけていた。そんな時、捜査をしていた1人、シーアールシーゼロが何かを見つけたのだった。「これは何なのです?」「ちょっと見せて」 後ろからリーリス・キャロンが赤い瞳をキラリ、とさせて近寄る。ゼロが拾った物を手渡せば、他のメンバーがわらわらと集まってくる。 白い少女が拾ったのは、ボロボロになった一枚の紙切れ。そこに書かれた内容も、汚れ等で掠れて読みづらい。黒い目をぱちぱちさせて一一 一が内容を読もうと試みる。「えーっと『壱番世界』に、『世界樹の』っと……ここから先が極端に読みづらいです」「あ、最後の方『花が咲いた』と読めませんか?」 ラス・アイシュメルが破れ目を指差した。確かに、そう読めそうだな、と一が小さく声を上げる。ティリクティアがそれを受け取ると何故だろう、少し嫌な予感がした。無意識に胸元へと手を添える。「どうした?」 ヴェニンフ隆樹が問いかけるも、彼女は「大丈夫よ」と首を振る。しかし、その掠れた文字を見る度にその予感が膨れ上がる。「もしかしたら、手掛かりかもしれないわ。とりあえずそれを持って行きましょう?」 彼女の提案に、一同は頷く。そして、一旦ターミナルへと戻る事にした。 ティリクティアの予感が当たるとも知らず。* ****** ゼロ達を出迎えたのは、エルフっぽい世界司書のグラウゼ・シオンだった。彼は手を上げて挨拶するも、真剣な声でこう言った。「このままアリッサ館長のトコに来てもらう。……お前たちに重大な任務についてもらいたいんでね」 グラウゼに案内されるがまま館長室へ案内される。中ではアリッサが不安げな表情で佇んでいた。傍らでは彼女の相棒であるフォックスタン、ホリデイが寄り添うように立っていた。「皆に、行って来てもらいたい場所があるの。『導きの書』に、もしかしたら……」「ダイアナさんにつながるような予言が出たのです?」 ゼロの問いかけに、アリッサが1つ頷く。グラウゼは腰に下げていた『導きの書』を取り出し、ゆっくりと読み上げた。 舞台は壱番世界・日本の小笠原諸島。近年世界遺産にも登録された島々だ。そのとある島で、新種の薔薇が発見された。その為、大学の教授らがその薔薇を採取しようとその島を訪れる、という。「そこまでは良かったんだがな。そいつは、どうやらダイアナさんがこっそり育てていた生物の一部っぽいんだ」 教授達はその薔薇を採取しようとした際、その生き物に襲われる、という。ダイアナが戻った時には既に怪我人も出る、とも。その上、どうやら助けに入る助手たちまでも巻き込まれてしまうらしい。「今からいけば、教授たちはその生き物に出くわすことなく撤退できるみたい。なんとかして追い払ってから……その生き物を見てきて欲しいの。可能ならば大伯母様をここに戻して欲しいけれど……」 ブルネットの髪を揺らし、アリッサがゼロ達を見つめる。何故ダイアナがこのような事をしたのか、色々と知りたいと思う反面、怖くも思う。そんな彼女をどうにか励まそうと、傍らのホリデイがしっぽを振って飛びついた。「因みに、その生き物の正体はよく解らない。……危険な依頼になるかとおもうが、気をつけてほしい」 グラウゼがそういい、チケットを人数分取り出す。そして、ゼロ、リーリス、一、ラス、ティリクティア、隆樹の目を見、しっかりとした口調で言った。「補足だが、行方が解らなかったグレイズ・トッドさんが、ダイアナさんと一緒に行動しているっぽいんだよ」「えっ……?!」 その言葉に、一同表情が強ばる。マキシマム・トレインウォー以来行方知れずとなっていた少年の名が思わぬ所で出、予想外だった、と言わんばかりの反応だ。「まぁ、場合によっては遭遇するかも……しれないな。その時は彼も可能な限り保護して欲しいと思うが……」 そう言いながらチケットと弁当の入ったバスケットをゼロ達に手渡し、彼は祈るように言う。「決して無理はするなよ、皆」=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>シーアールシー ゼロ(czzf6499)リーリス・キャロン(chse2070)一一 一(cexe9619)ラス・アイシュメル(cbvh3637)ティリクティア(curp9866)ヴェンニフ 隆樹(cxds1507)
起:花眠る島にて ――壱番世界・小笠原諸島。 小柄な少年が、金色の目を細めてため息をつく。辺りでは長閑に鳥が歌い、風に揺られて薔薇の茂みが揺れている。短く切った青い髪を揺れるがままに、彼は木にもたれ掛かった。 (ここんトコ、進展なし、と) 辺りに透明な猫達の気配を覚えつつも、少年はもう一度ため息をつく。思えば、遠くへ来てしまった気がし、僅かに疲れたような気がした。それでも首を横に振り、絡みつく迷いを振り切るかのように拳を握り締めた。 自分はもう図書館には戻れない。戻るつもりもない。自分は裏切り者なのだから。グレイズ・トッドはどこか遠くを見、呟いた。 「今は、てめぇらに会ってる場合じゃねぇんだよ」 その頃、図書館から派遣された調査隊もまた、島に上陸していた。目的は予言に出て来た大学教授たちを立ち退かせ、未知の生物について調査すること。そして可能であるならばダイアナ・ベイフルック及びグレイズ・トッド両名を0世界へ連行する事なのだが……。 「さて……」 教授たちの場所などを探ろうと、ラス・アイシュメルが呪言で鴉を産み出し、解き放つ。木漏れ日の中を舞う黒い影は、あっという間に散らばった。 「……っ!」 陽光に、豊かな金髪が揺れて跳ね上がる。ティリクティアは僅かに痛む頭を抑え、その場にしゃがみこんだ。 「だ、大丈夫?!」 一一 一が駆け寄り、他のメンバー達も集まってくる。ティリクティアは呼吸を整え、シーアールシーゼロから水を貰うとゆっくりと飲み、落ち着いた所で漸く言葉を紡ぎ出した。 「『視』えたわ、色々と……」 彼女は額を押さえつつ未来予知で見えた事を話す。その内容を一同は黙って聞いた。 暫く沈黙が続いたものの、最初に口を開いたのはリーリス・キャロンだった。彼女は赤い瞳を細めて、楽しげに話す。 「でも、先ずは大学の先生達をどうにかしましょ? リーリスは大学の先生たちとお話して帰って貰うようお願いするね」 「僕にもあてがある。任せてもらえないか?」 ヴェニンフ 隆樹もまた一歩出る。それにリーリスはいつものように楽しげに微笑む。と、今度は一が手を挙げた。 「ちょっと工作してみようと思うんだけど、どうかな?」 「色々手を打っていた方がいいと思いますし……」 ラスが他にアイデアは無いか、と仲間に問えばティリクティアとゼロは彼らに頷いた。 まず、ラスが鴉たちから得た情報を元に一が土砂を利用して妨害工作を施す。その他、拠点らしき場所で備品を壊しておく。そして、リーリスと隆樹は大学教授たちの方へと向かった。 (だけど、全てはダイアナの掌で踊らされているだけかもしれない) 一がそう思ったのは、謎の生き物に関しての推測が原因だった。彼女の他、仲間たちも薔薇は『世界樹の苗木』かそれに類似する物ではないか。その上チャイ=ブレに由来する何かが融合しているのでは、と。そして、世界樹の苗の知識はチャイブレに吸収され、目覚めの一助になる、とも。 (開花を防いだとしても自分達を通じて一連の情報が吸収されるでしょうね。それでも……あの花は咲かせてはいけない) 彼女は顔を上げ、工作に精を出す。少しでも良い結果を残せるように。そうしている内に、ちらり、と今回の事に関連する事件に携わっている仲間を想う。どうか、うまくいきますように、と。 一が進路を絶ったおかげか、大学教授たちは足止めをくらっていた。他の道を探そうと助手が2手に別れようとする。が、そこへふわっ、とリーリスが姿を現した。 「だ、誰だね君は!?」 「こんにちは、先生。ごきげんいかが?」 リーリスがくすり、と笑うと彼らは警戒を徐々に解いていく。魅了の力は音もなく広がり、大学教授たちは問われるがままに「発見された薔薇を調査しに来た」事を告げた。それに、リーリスは首をかしげる。 「あれ? リーリス、そんなの見てないよ?」 そう言いながら、筆頭だろう学者に歩み寄ると、リーリスはそっと触れた。途端にめまいに襲われたのは、この少女が学者から吸精したからだろう。 リーリスが「大丈夫?」と学者を気遣っている合間に、木陰に隠れていた隆樹が行動を開始する。 (ヴェニンフ、案があるんだろ? 任せたぞ) すると、隆樹の意識はヴェニンフへと移り変わり、音もなく学者たちに触れていく。その間に彼によって『目的の記憶』が捕食されていく。リーリスの魅了によって動きが取れない学者一行は為すがまま記憶を食べられ、彼が木陰に戻った時には我に返ったように進路を変える。 「観光客かもしれないが、ここは無人島だよ。無茶をしないようにね」 学者はリーリスに礼を述べると仲間達と共に退散した。リーリスと隆樹は顔を見合わせる。何か言いたげな彼に、リーリスはくすり、と笑う。 「言っておくけど、リーリスの能力はおねだりだけよ?」 彼女はそう言ってふわっ、と鳩へ変化する。隆樹は肩を竦めるとゼロ達のいる場所へと向かい始めた。 妨害工作を終えた一は、先に薔薇の調査へ向かっていたゼロ、ティリクティア、ラス達に合流していた。4人はダイアナの猫やからくり人形、そしてグレイズに注意を払いつつ薔薇を探す。 (この調査、危険しかなさそうだ。警戒して、し過ぎることはないな) ラスはアーカイヴ遺跡で発見されたメモの内容を思い出し、気を引き締める。薔薇の正体に世界樹が絡むなら、チャイ=ブレが見抜けなかったのも頷けるからだ。 ティリクティアや一は花が開く前に対処した方がいい、と考えていた。放置すると世界がダメージを受けるかもしれない、とゼロも考察していた。 ティリクティアの第六感とラスが放った鴉のおかげもあり、薔薇は苦労なく見つける事ができた。しかし、4人はむやみに動かない。 『薔薇を見つけても、手を出すな』 隆樹からのメールにそうあったのもあるし、なにより、ティリクティアの予言により、グレイズの位置やダイアナの登場する頃合等も分かっていたのだから。 「グレイズは、薔薇の近くにある木の上にいるわ。薔薇に手を出そうとしたら偽物を持って逃げたり、フェイクで騙したりする。あと、捕まえても、体の一部を切ってでも逃げようとするわ。ダイアナは、薔薇に手を出した時姿を現すけど……」 巫女姫の予言に、一同は僅かに息を呑む。グレイズは、捕まるぐらいなら死ぬ気なのかもしれない、と感じたのもある。が、ティリクティアが言い淀む姿も心配だった。 一行はこの予言を元に薔薇周辺の調査を行う事にしていた。その為、ティリクティアの予言に『視られ』ていたとも知らず、グレイズは隆樹と鳩から姿を戻したリーリスが4人に合流した後も暫し監視するに止めていたのであった。 薔薇の花はどれもリーリスの瞳よりも深い紅だった。まるでベルベットのような印象を抱かせるほど、傷もなく上質な花びらがきつく巻かれている。まだ目覚める時ではない、とでも言うように。 その姿に、身を潜めていた隆樹はふん、と鼻を鳴らした。彼は他の世界を侵食するイグシストやそれに味方する者を認めていない。だから、切実にこう思うのだ。 ――この命を捨ててでも、全力で阻止してやる、と。 リーリスは精神感応で辺りを伺う。グレイズが薔薇を注意深く見ている今、薔薇を塵に変える事は難しいだろう。それに、他の仲間の目もある。彼女は僅かに唇を舐めて溜息を吐いた。 (この薔薇は、咲かせちゃいけない) ラスは茂みに触れる前に、こっそり薔薇に近づいた。そして、自分の手の甲をおもむろに取り出したトラベルギアである鉄杭で貫いた。グレイズは見ていたものの、何が目的なのか見当がつかず、身動きが取れない。 薔薇に降り注ぐ赤い雨。それをもってナレッジキューブから変化させた『菌』を与える。呪言で弱らせ、根頭癌腫病に感染させようというのだ。うまくいけばいいが、と思いながら彼は薔薇を見つめ……、気配が動くのを感じ取った。 承:対峙の時 (何か、しやがったな) ラスが何か与えようとした時、グレイズが動き出そうとする。しかし、その時既に対策は打たれていた。どこからともなく現れた鴉が、少年に襲い掛かる! 「くそっ!」 舌打ちし、鴉につつかれながらも飛び降りるグレイズ。彼は自分の着地点に近く、更にか弱そうな金髪の少女に目をつけると、素早くトラベルギアを起動させ、氷の剣を生み出した。 頭上で、鴉の声がする。同時に、幾つもの気配が襲いかかろうとしたのが見えた。 「猫!?」 小声でティリクティアが囁き、身を翻す。と、きつく拘束されてしまう。ちらりと見えた青い髪で、相手が誰だかはっきりした。 一、リーリス、ラスは動きを止め、声の方を見た。金色の目の少年が、きつく一行を睨んでいる。 「グレイズさん、ですか?」 ゼロの言葉に、グレイズ・トッドは答えない。彼は氷の剣をティリクティアの首元に突きつけ、一向に叫ぶ。 「この島から、今すぐ離れる。でなければ……わかってるな」 「やれるものなら、やってみなさい」 ティリクティアが、巫女姫たる凛々しい声で答え、グレイズが更に締め上げる。 「お前、立場分かってんのかよ?」 囁くように威嚇するも、ティリクティアはキッ、と睨み返す。修羅場をそれなりにくぐり抜けてきた姫君は、そう簡単に震え上がったりしない。 「それはできないのです。ゼロとしては、ダイアナさんの話も聞きたいし、これもどうにかしたいのです」 ゼロがいつもの調子でのんびりと語る。どこか緊張感が抜けるような気がしたが、グレイズは本気である事を剣で見せつけた。姫君の細く白い首筋に、朱色の線がうっすらと滲む。 「そんな事で引き下がると思ってるの? もう少し状況を見たほうがいいと思うな、リーリスは」 ふぅん、と興味なさそうにリーリスが言いながらも、くすっ、と笑って薔薇へと然りげ無く歩み寄った。近づくな、と叫ぼうとしたグレイズだが、ただ口がパクパク動くだけ。何故だろう、体が言う事を聞かない。妙に動きが鈍くなってしまっている。 (焦っているのか、俺は?!) それでも引き下がらせようとグレイズは睨みを効かせる。そんな姿に、様子を伺っていた隆樹は頃合じゃないな、と緊迫した周辺に瞳を細めた。彼としてはグレイズよりダイアナを倒す事が優先事項であるらしい。 (猫の気配はあるが、動き出してないな。薔薇に直接攻撃をしていないからか?) 確かに、ラスが何か施したのは解る。しかし、猫達はそれが呪言であるとは察知できなかったのかもしれない。取り敢えず、ダイアナが出てくるまで彼は様子を伺う事にした。 (ダイアナが登場するのは、薔薇に攻撃された時。ティリクティアさんが言っていましたね) 一は動けずにいた。今、下手に動くとティリクティアの命が危ない。こんな状況で動けず、悔しさで胸が一杯になる。 (この状態でダイアナが現れても、きっと動けない) 仲間の命が、優先だから。その辺りがどうも『探偵』になりきれないのは、何故だろうか。苦味を覚えながらふと、脳裏を過ぎったのはロバート・エルトダウンや現在に至るまでに絡む一連の事件。 (今までの事を考えると、彼の今回の行動は有り得ない。本来思想的に対立する筈なのに、ダイアナに協力するのは何故?) この状況を放って置く事は出来ない。彼に関わっているだろう『探偵』達にすべてを委ね、今ここで自分に出来る事をやるしかない。一は注意深くグレイズを観察した。 (こいつら、最初から俺の存在を……?!) 張り詰めた空気の中、グレイズは僅かに余裕を持っているように見える探索者達の様子から、そんな風に悟った。でなければ、あのような行動に出ないかもしれない、と。 探索者が自分に気づかない状態で薔薇を見つけたならば、氷の壁と炎を使ってフェイクを作って撹乱するつもりだったし、薔薇より自分を先に見つけたならば、フェイクを持って薔薇から引き離すつもりだった。人質を取るのは奥の手のつもりだった。しかし……。 「そうやって、ダイアナが来るまでの時間を稼ぐつもり?」 ティリクティアの静かな声に、グレイズは答えない。彼としては、探索者達を追い払いたいだけである。黙っていると、今度は様子を見ていたゼロが口を開いた。 「グレイズさんは、結局どうしたいのです? ダイアナさんに協力して、何を得するのですか?」 何時ものように穏やかに、伸びやかに問うゼロ。彼女の声色に調子を狂わされそうになりながらも、グレイズはだんまりを決め込んだ。彼としてはただ利害が一致しただけであるのだから。 「……世界樹の苗を、ダイアナに渡したのはあなたですね?」 一の言葉にも、グレイズは答えない。それを肯定と捉えた一はため息を1つ吐いて少年の金色の目を見据えた。 「チャイ=ブレのようなモノが情報を吸収して成長する間の見張り役。差し詰めそんな具合でしょう。……ダイアナが目的の物を手にしたら、あなたは捨てられるのではないですか?」 グレイズがぐっ、とティリクティアに氷の刃を押し付ける。それ以上言うな、と言うことだろうか。傍らのラスが、少年にそっと、問いかける。 「今なら、間に合います。投降しませんか?」 「誰が!」 グレイズが吠え、鋭い視線を一へと投げる。そしてその隙が、近郊を崩す!! (頃合かな?) リーリスがくすり、と笑う。赤い瞳を細め、仲間やグレイズの意識が自分にないのをいい事に薔薇へと接近する。そして大胆にも花に触れ、念じる。 (リーリスが塵に変えてあげる!) しかし、霧散していく傍から薔薇は増えていく。根元にあった病的なコブも消え失せ、そのまま増えていく。ボロボロの薔薇が生えては塵になり、を繰り返す。 「どういうこと?」 不思議に思っているそばから、地面が揺れた。好機、と睨んだ隆樹が影の刃を伸ばす。ヴェニンフにバラを食べてもらおうとしたのだ。 (根ごと抉り取れば……!) 所が、抉る事ができない。何かが阻み、影の刃が押し返される。いや、情報を貪られているような、底知れない恐怖が襲いかかり、隆樹は身を竦めた。同時に、無数の気配がリーリスや彼に襲い掛かる。 「野郎!!」 グレイズが吠え、ティリクティアへ剣を突き立てようとしたとき、風が起こった。 「おやめなさい、グレイズ」 凛とした声が響く。見えない気配が、引いていく。目の前に現れた老婦人の姿に、ラス達は更に警戒を強めた。 「ダイアナ・ベイフルック……さん」 ラスの言葉に答えるかのように、老婦人は笑顔で挨拶した。 「ご機嫌よう、皆さん」 その出で立ちはスマートで、これから社交界にでも出かけるような雰囲気だった。何故だろう、前よりも顔色がよく、胸を張っているように思えるのは……。 その頃、0世界・司書室。ティリクティアから紙切れの文章を解読するよう依頼された世界司書達が、急ピッチで作業を進めていた。その内、一人の世界司書が別の紙に読み取った文章を書き写し、リベル・セヴァンはそれを読んで確信した。 彼女はすぐさま依頼人であるティリクティア達へメールを送った。しかし、その文章が読まれた頃には、全て……。 転:老婦人はかく語りき 潮風に、木々が騒めく。その中、ダイアナは上品な笑顔で立っている。 (そうしていられるのも、今の内だけだ!) 隆樹が物陰から動き出し、死角から襲い掛かる。魔力を含めた全力で(ヴェニンフさえ込めて)急所へ向けて連撃を放つも、猫たちに阻まれる。 「随分と物騒なお出迎えね」 ダイアナがくすり、と笑って手をかざす。と、衝撃波があたりを襲った。それをひらり、と交わし、隆樹は再び襲いかかる。 臨戦態勢に入った仲間たちだが、グレイズがティリクティアを人質に取っている以上、どうする事も出来ない。しかし、巫女姫は隙を付き、グレイズの手へと思いっきり噛み付いた。 「なっ?!」 ひるむグレイズを突き飛ばし、ティリクティアは一達の元へ戻る。その間にもリーリスはくすり、と笑って魅了の力を全力で撒き散らした。仲間の動きを支援し、グレイズとダイアナの動きを鈍らせる為に。 そうしながらも薔薇を喰らおうとしているのだが、無尽蔵に生えてくる。食べても食べても追いつかない。 (なんか、嫌な感じがする) リーリスは薔薇の塵化をやめ、挑む隆樹を見た。彼は軽やかに舞い、ダイアナを襲うも、ゼロと一、ラスは消極的なようだった。特にゼロは、対話できないかと思っていたのだから。 「覚悟!」 「野郎……っ!」 隆樹から影が幾筋も伸び、ダイアナを包み込もうとする。グレイズは負けじと飛びかかり、氷の剣を振るう。同時に、左手から青い炎が巻き上がり、影を焼く。その痛みにヴェニンフが僅かに呻いたような気がした。 「ダイアナに触れさせねぇよ」 グレイズが吠え、氷の剣を構える。その後ろではダイアナが呪文を完成させ、隆樹へと手を伸ばす。と、彼の体へと圧力がかかり、近くの大木へと貼り付けられた。 「……?!」 リーリスは内心で舌打ちした。彼女は、ダイアナを目撃した時点で魅了の力を更に強化していたのだ。それでも、ダイアナの指は、淀みなく動いていた。 誰も動けないうちに、隆樹は見えない力によって拘束される。それに気圧されそうになりながらも、口を開く者がいた。 「待つです。ゼロは、ダイアナさんとお話したいです」 ゼロが静かに言うと、ダイアナは彼女にそっと笑いかけた。一も、ティリクティアもそれに賛成らしく、頷く。ラスはそれでも身構えて警戒し、隆樹はどうにかして魔術から逃れようと画策していた。 (ともかく、考えとか読めたらいいけど) リーリスは仕方なく、ゼロ達の方へ歩み寄った。少しでも、自分の流れに巻き込めるように、魅了と精神感応の力を総動員して。 一は、じっと、ダイアナを見つめた。彼女はロバートだけで無く、ホワイトタワーの囚人や眼前の老婦人との対話対決から、【ロストナンバーの無関心】に対する『ファミリー』の憤りも、少しではあるが理解を示し始めていた。が、それでも彼らの行動・選択は正しいと思えない。 様々な憶測や心配事が、胸の中をよぎる。ロバートとダイアナが何故手を組んでいるのかが、妙に引っかかる。 (ヘンリーを殺しはロバート、仮死状態はダイアナの魔法。だとして、ロバートの目的はヘンリーの仮死状態の解除及び壱番世界の為の【完全な殺害】で、ダイアナの目的は仮死状態のヘンリーの入手し、利用する事?) でも、それだと、妙にチグハグな気がした。壱番世界の為に、何故ヘンリーを完全に殺さねばならないのだろう? それに、ダイアナはどうヘンリーを利用しようというのか。 「ダイアナさん、改めてお久しぶりなのです」 ゼロが礼儀正しく挨拶する。そして、純粋な目で言葉を紡ぐ。 「単刀直入に、望みが何なのか、教えて欲しいのです」 そういう傍から、ティリクティアが真剣な目でダイアナを見る。 「……貴方の目的は、ディラックを目覚めさせる事ね?」 そうはさせない、と手を握り締めるティリクティア。ダイアナは暫く黙っていたが、ややあって、ふふ、と上品な笑い声を零した。 「敏いわね、お嬢ちゃん。私は、貴方のような子が大好きよ」 「巫山戯ないでっ」 ティリクティアが叫ぶが、グレイズが睨みを効かせている。それに、下手に動けば隆樹の二の舞である。両手に持ったトラベルギアの花柄ハリセンも、短刀も使えず、巫女姫は歯噛みした。ダイアナはそんな少女にくすり、と笑い、「そうね……」と瞳を細める。 「いいでしょう。せっかくですし、話しましょうか。何故、わたしがあの方を目覚めさせようとしているんかを」 老婦人は、まるで子供たちに御伽噺を聴かせるような声色で、ゆっくりと話し始めた。それは、彼女がベイフルック家へ嫁いだ所から始まる、長い長い物語だった。 花嫁は、一人ぼっちだった。アイルランドからベイフルック家へ政略結婚で嫁いできたものの、毎日が息苦しく、淋しい物だった。小姑であるヴァネッサにあれやこれやといびられ、こき使われ、夫であるリチャードは愚昧で貴族の男としては無能とも言えた。 愛情が薄い夫では拠り所になるは筈もなく、それでも献身的に尽くしてきたが、やがてそんな日々に疲れ果ててしまった。彼女は、ベイフルック家の蔵書を読み耽る事だけが心の安らぎになっていた。 ある日、彼女が何時ものように本を読もうとあれこれ見ていた時、1つの本と出会う。そこに記されていたのは錬金術師・ディラックの事だった。最初は、ちょっとした好奇心で読み始めたのだが、次第にディラックを尊敬し、次第にのめり込んでいったのだ。まるで、おとぎ話の王子に恋する、乙女のように。 そんな情愛とも取れる感情が積もっていき、いつしか、彼女はディラックに『会いたい』と思うようになっていた。いつの日にかディラックを復活させたい、と。その事だけを心の支えにし、何十年、何百年と蔵書を調べ、準備を整え、策を張り巡らして生きていた。 「……そう。あの方にお会いする時の為に、それだけの為にこれまで生きて来たのです」 「それだけの為に……ですって……?」 うっとりと語るダイアナに、ティリクティアが静かに身を震わせる。ゼロはどこか寂しげにダイアナを見つめ、リーリスは少し肩を竦める。 「自分の求めるもの意外に何の関心も抱かない。愚かで身勝手なロストナンバー。己を取り繕う。わたし達の罪を最後まで完成させる。……おばちゃんの言葉は、全部自分自身を指してるんだね」 呆れたような、興ざめしたような、そんな冷たくも甘い声。赤い瞳でダイアナを睨む。そうしながらも、彼女は老婦人の思考を読み取ろうとする。 「おばちゃんの自殺に巻き込まないでくれるかな? 迷惑なのよ」 「あなたにはわからないのよ、あの方の素晴らしさが」 ダイアナは嗜めるようにリーリスを見やる。少女はくすり、と笑うも、内心では首を傾げていた。思考と話している事が重なって聞こえるのだ。 「くっ……」 目の前にダイアナがいながら、行動に移すことができず、隆樹には睨みつける事しか出来なかった。ヴェニンフごと動きを封じられ、力を発揮する事ができない。 (困りましたね、ここまでダイアナの力が強いとは) 脳裏にヴェニンフの声が響く。何時になく悔しげなそれに、奥歯が軋む。比較的近くにいるラスにもどうする事ができず、ただ、例の生き物や猫、グレイズを警戒するしかない。 (……それにしても) 静かに、一が考える。ダイアナが、あっさりと全てを話しすぎているのだ。もう少し抵抗するかはぐらかされるのでは、と思っていた。けれども、ティリクティアに目的を当てられ、ダイアナは自ら経緯を話した。 (あからさますぎる。まるで、既に何もかもを成功させているような……) 一の背中に、冷たいものが流れる。心拍数が上がり、ぞくり、と身震いが起こり、脳裏にふと、嫌な考えが浮かぶ。 ――もう、既に『何か』が始まろうとしているのでは? 「皆に事情を話して知恵を募れば、誰かを傷つけず望みをかなえる手段も見つかるかもしれないのです」 自分も協力する、とゼロがいうも、ダイアナは首を振る。彼女は穏やかな笑顔でこう言った。 「気持ちだけ、受け取っておくわね、ゼロさん。でも、もう『叶う』のよ。残念ね、あなた達に会わせる事が出来なくて」 そういうと、彼女はリーリスを見た。 「お嬢さん、わたしの心を引きつけようとするなんておしゃまね。でも、そう言った術は殿方だけになさい」 「?!」 リーリスは僅かに唇を噛む。ダイアナはハッキリと彼女の力を見抜き、レジストしていたのだ。そうしているうちに、ダイアナはすっ、と手を虚空に翳して『門』を呼び出す。 「何処へ行く気なの?!」 一が叫ぶも、ダイアナはふふ、と笑うだけ。彼女は一を見つめると、静かにこう告げた。 「可愛い探偵のお嬢さん。色々考えているようだけれども、全てはもう直ぐ明らかになるわ。その時、貴方の考えが合っていたか答え合わせをしてご覧なさいな」 彼女はそう言うと、もう一度くすり、と笑う。そして、丁寧に一礼し、身を翻す。 「そろそろ時間だわ。お別れね、皆さんご機嫌よう」 「させないっ!」 ティリクティアが叫び、ダイアナを追いかけた。が、老婦人はトラベルギア『グィネヴィアの贈り物』を起動させ、ストールを霧へと変える。それに紛れてどこかへ行くつもりなのだろう。 「行かせません!」 一もまた追いかけようとするが、グレイズが邪魔をする。彼もまた青い炎と氷をぶつけて更に霧を濃くしようとする。それを裂くように現れる、幾筋もの黒い影。 「逃がすか!!」 漸く動けるようになったが隆樹が、あらゆる力を込めてダイアナに襲い掛かる。が、ダイアナは滑らかな手の動きだけでそれを防いでしまう。しかし、ティリクティアのハリセンがすぐさま襲い掛かる。 「しつこい子は嫌いですよ」 ダイアナが『門』を潜る。再び打たん、とティクティリアが追いかけ、少女もまた『門』を潜ってしまい、そこで『門』が閉じる。後一歩の所で一はくぐり損ない、その場に倒れてしまう。同時に巻き込まれてしまうグレイズ。 「おいっ!」 「こ、これは事故なんですっ!」 グレイズの叫びに一が反論する。彼らが潜ろうとした瞬間に『門』は消えうせ、同時に、地面が揺れる音がした。しかし、それに気づいたのは……この2人だけだった。 結:開花と共に『王』は目覚める 「なぁんか、面白くない」 リーリスがつん、と眉を顰める。ダイアナと対峙している間に、薔薇の蕾は綻び、開いていた。1つ、2つとゆっくり開いていたが、やがて音もなく次々に咲き始めた。その場に残った者達は、濃霧の中それに気づかなかったが、確かに、異変は始まっていた。 「なっ?!」 最初に気づいたのは、隆樹だった。いつの間にか蔓が幾つも伸びていたのだ。そして、素早くロストナンバー達に襲いかかってきたではないか! (つまりは……用済みって訳かよっ!) グレイズが氷のナイフで応戦し、隆樹もまたトラベルギアの【二十徳】でなぎ払う。リーリスも蔓を塵化させて身を守り、一がどうにかして逃げようとする。 「こっちですっ!」 ゼロが叫び、呼び寄せようとする。自分が超巨大化して、島を宇宙へ光速で投げてしまおうかとも考えていたが、間に合わなかった。せめて今いる仲間だけでも、どうにかして逃がしたい。ゼロはそれ故に霧の外へと出ようとした。けれども、濃くて周りが見えない。 「これならっ!」 ラスがナレッジキューブを数多の情報へと変えてばらまく。と、それに食らいつく蔓。しかし、それでは満足できないのか、グレイズが勢いよく引っ張られていく! 「どういう事です? ……あれは……!」 ゼロが振り返ると、そこには……背中に薔薇をはやしたような、チャイ=ブレのような物がいた。いつの間にか土の中から現れ、大きな口を開けている。濃かった霧が徐々に晴れていく中、彼女が見たのは、蔓によって口へと投げ込まれたグレイズと一、隆樹の姿だった。 誰も何もできず、飲み込まれた3人。そして、発光。眩しくてラス達が目を覆うと、いつの間にか霧は全て晴れていた。目を開くと、そこにいたのは、薄赤い肌をした、直立しているような、ワームだった。僅かに揺らめく幻影が、赤い衣服を纏った紳士を形作る。 整った顔立ちは、どこか若き日のリチャードにも、成長したグレイズにも思える。そして、その幻影の向こうに、薔薇の茂みを生やした、巨大なワームがにたり、と笑っている。 ――ご機嫌よう。実にいい夢とご馳走だったよ。 まるでそう言っているかのように幻影の貴公子は笑う。身動きが取れずにいるリーリスとラス、ゼロを尻目に、彼は虚空へと手を伸ばし、軽く念じる。すると、ダイアナの時と同じように『門』が開いた。 怪物はまた、にたり、と笑う。その3人を挑発でもしているのだろうか。彼は暫く見つめていたが、やがて開いた『門』の中へと飛び込んでしまう。 「おいかけるです」 「なんだか面白くなってきたかも」 「そんな悠長な!」 ゼロ、リーリス、ラスもすかさず追いかける。次々に『門』へと飛び込み、閉じた時には、誰もその島に残っていなかった。ただ、散らばった赤い花弁だけが、確かにそこに、『何か』がいた証拠だった。 その頃、ティリクティアは1人ダイアナと対峙していた。ダイアナは、小さな少女が一人で飛び込んできた事に、驚いた様子もなく微笑む。 「貴方一人で、何ができるというの? もう、歯車は止まらなくてよ」 「それでも、ディラックを復活させる訳にはいかない!」 ティリクティアのハリセンをストールで払うと、ダイアナはそっと、ティリクティアの鳩尾に触れた。途端に、ショックが走り膝をつく。 「!?」 激痛が、腹部から全身に広がる。焼けるような感覚がし、ティリクティアは意識が朦朧としていくのを感じる。それでもダイアナを止めなければ、と立ち上がろうと何度も身を起こす。 「……本当に敏い子。もう少し早く出会っていればよかったわ」 「ううぅ……」 痛みに呻く少女に、ダイアナが言う。けれども彼女は上品にストールを纏い直すと、ティクティリアに背を向ける。 「ダイアナ……」 ティリクティアが、それでも追いかけようと立ち上がる。が、直ぐに膝を付き、今度こそ床に伏した。同時に駆け巡る灼熱のような痛み。悔しげに地面を毟れば、うっすらと紅の線が走った。全身が痛い。痛くてたまらない。痛さのあまりに意識を失いかけたその時、彼女の脳裏に、高い塔と、赤い怪物が映った。 (……あれは?) 同時に、ティリクティアは気づいてしまう。斜陽の中、瓦礫に塗れた壱番世界の風景に。そして、ただ立ち尽くす塔の上から、ケープを纏った老婦人が微笑を浮かべ、その傍らで一人の男が甲高く笑う姿に。 男は、柔らかそうな淡い茶色の髪と、穏やかな海を思わせる青い瞳が印象的だった。なぜだろうか、その目に宿る雰囲気がどこかアリッサに似ている気がした。 「……ダイアナと、ディラック……?」 巫女姫の意識は、そこで暗転した。 ――? ? ? ふと、一は目を覚ました。真っ暗な闇の中なのに、自分の姿ははっきりと見えた。だけど、頭の中はぼんやりとしている。 (あれ? 私は確かダイアナを追いかけようとして……) 濃霧の中、ダイアナに追いつけず、グレイズにぶつかった所まではどうにか覚えている。しかし、ここはどこなのだろうか? 「……うぅっ」 ふと、振り返ると、そこにグレイズがいた。彼は気を失っているようで、魘されているようでもあった。その傍らには、隆樹が頭を押さえて蹲っていた。 「大丈夫ですか?」 「ああ、かろうじてな」 隆樹はため息をつき、その場に座る。自分たちの居場所がわからない以上、下手に動かない方がいい、と判断したのだろう。 (ヴェニンフでも食べられない、か。……さて) 彼はこの状況をどう打破しようかと考えながらも、悔しさに身を焦がし、そっと呟いた。 ――絶対に、イグシストを、潰す! ――? ? ? 「ここはっ?!」 『門』の先に出た途端、ラスの足元が空を切ろうとした。それを助けたのは、ゼロの手。リーリスはと言うと、二人の傍であたりを見渡していた。 「すっごく高い場所みたいね。ほら、あそこにアイツがいる」 彼女が指差した先、先ほどの怪物が赤い薔薇を、緑の茂みを風に揺らせて佇んでいた。そして、ゼロが呟く。 「見覚えがあるです。ここは、東京スカイツリーのような気がするです」 どうしますか? と視線で問うゼロ。リーリスとラスは顔を見合わせた。 謎の生き物に飲まれたグレイズ、一、隆樹は無事なのだろうか。そして、ダイアナを追いかけたティリクティアは……? その事を気にしながらラスがノートを開くと、リベル・セヴァンからメールが届いていた。そこには、メモの解読が終了した事と、その内容が書かれていた。けれども、既に手遅れだった。 「メモには何が書かれてたです?」 ゼロの言葉に、ラスとリーリスは黙ってノートを差す。そこには、こう、書かれていた。 リベル・セヴァンです。 依頼されていたメモの解読が終わりました。この情報が、皆様の役に立つ事を実に願います。皆さん、よろしくお願いします。 (メモの内容) 壱番世界へ向かう。 細胞を育てるのに適した場所があり、攻める際もやりやすい。 世界樹の苗木を組み合わせれば早く成長するかもしれない 花が咲いた時、時は熟す 「……花が咲いた時、時は熟す……」 「あの子が言っていた通り、開花が目覚めだったのね」 ラスが目を見開き、リーリスがため息をつく。喰らいつくせなかった薔薇が、脳裏をよぎり、少し面白くない気分になっていく。同時に心底から燃える、チャイ=ブレへの憎悪。その傍らで、ゼロはぽつり、と呟く。 ――全ては、ダイアナさんの掌に転がされた『夢』だったのでしょうか? (終)
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