ターミナル駅舎の2階あるトラベラーズ・カフェ。 ロストレイルが発着するプラットフォームを見下ろすこともできるテラス席を備えたカフェであり、冒険旅行に出かける前のロストナンバーが時間つぶしに立ち寄ることもあれば、帰ったばかりのロストナンバーが一休みに立ち寄ることもある。 様々な者が出入りするこの場所は、時に新たな旅の計画が持ち上がることがある。 そんなカフェのテーブルで書類を広げて考え込んでいる少年、冷泉律がいた。 生まれつき色素が薄く、髪や肌の色は日本人としては白く、目は茶色であった。 彼が読んでいる書類の最初のページにはこう書かれていた。 グレイズ・ドットの捜索申請 静かに書類を読んでいる律に、気安く声を掛けてきたものがいた。「あれ、それ前にも世界司書に申請してなかった?」 冷泉律とは対照的によく日焼けした小麦色の肌をした少年、桐島怜生であった。 その黒い目には生気が溢れている。「うん、ちょっと思うことがあってさ」「へー、知合いだったっけ?」「いや全然知らない人」「ほー、それなら何でまた」 律の目は書類から離れず怜生を見ることはないが、怜生は気にする風もなく律の前の椅子に腰掛けた。「身も蓋もなく言えば、俺の自己満足のお節介」「ほんと身も蓋もない!? んで、何がどうお節介なの?」 怜生はウェイトレスを呼び止めてコーヒーを注文する。「グレイズ・ドットさんは、元々の世界でストリート・チルドレンだったらしいんだ」「へー」「元々の世界で孤児。その世界から切り離されて図書館に流れ着いて所属。そこから世界樹旅団へと渡った後、世界樹消失で行方知れず。生まれた世界、図書館、旅団、と何度も所属コミニュティから切り離されてる」「なんか聞くだにハードな状況だなぁ」「本人が決めて動いた結果だし。それを他人である俺が、本人を良く知りもしないのに、手を差し出しても余計なお世話って言われる可能性が高そうなんだけどさ。どうしても気になるんだ」 律は読んでいた書類を纏めるとテーブルの上に置いた。「そんで律は見つけたとして、どうしたいわけ?」「上手く言えないんだけど、自然と笑えるようになってくれればいいなって思うんだ。グレイズさんの今の状況って、元々の世界に居た状況とほとんど変わらないと思う」「だなー」「今の状況を本人がどう思ってるかは解らない。だけど、もし万が一自分はこんな生き方しかできないとか今の状況がお似合いだとか諦めてるなら、そんなことないって伝えたいと思うんだ」「お人好しだなー。おまえ、図書館全員の世話するつもりかよ」 真剣に語る律を見て、怜生は苦笑していた。「まさか。そんなのできないし、する気もないよ。だた今回は俺以外にも、同じように思ってる人がいることを知っちゃったからかな」「へー、誰だよ」「リエ・フーさん、見た目はリエくんだけど、結構ロストナンバーしてるらしいから年上っぽい少年」「ああ、リエぴょんね」 律から出た名前に、思わず怜生は口走っていた。「えっ、知合い?」「まあ、リエぴょんとはちょっとな」「その呼び方、リエさんよく嫌がらないな」「ああもちろん嫌がるから、本人の前では時と場合を選んで使ってるさ!」「はぁ、まあいいけどさぁ」「で、リエぴょんもこのグレイズ・ドットを気にしてんの?」「みたいだよ。らしくないって自分でも言ってたけどさ。何か思うところはあるみたいだった」「それならリエぴょんに任せればいんじゃね?」 怜生が何気なく思い付いたことを口にする。ちょうど届いたコーヒーをウェイトレスにお礼を言って受取る。「うーん、それもそうかもしれないんだけどな。根拠ないけどリエさん素直じゃなさそうだから。気になるけどプライドが邪魔して自分からは動きそうにない感じがしたんだよな」「あー、ツンデレっぽいもんな。律とビミョーに通じる所あるんじゃね?」「抉るぞ?」「はい、話題転換! でも、探す方法は?」「トラベラーズノート頼り。これでグレイズ・ドットさん宛てにメッセージを送る」「え、持ってんの?」「さあ? でも、ノートをまだ持ってるなら、望みはあるかなって思う。全てを捨てて独りでいたいなら繋がりは捨てると思うし」「単に忘れてたとか捨てるの面倒とかもあるかもよー」「もちろんその可能性もある。だけど、そうじゃない可能性もある。それなら、俺は後者を信じて行動したいんだよ」「はー、ご立派なこって」「そんなんじゃないよ。最初に言っただろ、ただの自己満足だって」 気負った様子もなく律は苦笑した。「で、リエぴょんには伝えてんの?」「まだ伝えてない。申請通ったら伝えようと思ってる」「グレイズ・ドットに伝えるメッセージは、律よりリエぴょんからの方がいいんじゃねぇの?」「うーん、そこ少し悩んでるんだ。リエさん、頼めばメッセージ書いてくれるかな」「言うだけ言ってみればー?」「それもそうだな。それじゃあ、ちょっと頼んでみよう」「俺もついでに何か書いちゃおうかなー」「いいけど、こじれるようなこと書くなよ」「嫌だなー、俺はいつでも全力さ!」 にやっと笑う怜生を、律は呆れたように見返した。 そして、着々と申請を進めていた律の下に世界司書から予想外の情報が届いた。 グレイズ・ドットが、壱番世界でダイアナ・ベイフルックと行動をともにしている。「これってヤバくないか?」 その話を聞いた怜生が眉を顰めた。「うん。急いだ方がいいな。でも、これでトラベラーズノートで連絡を入れられる」「返事あると思うか?」「リエさんに頼んだメッセージの件はOKしてもらえた。これで返事がないなら、きっと他の誰が入れても駄目だと思う」 律はトラベラーズノートへと筆を走らせた。 「俺、凄く嫌な予感がすんだけど」 何時になく真剣な雰囲気で怜生は呟いていた。 世界計の修復をしていた間、ダイアナが何もせずに壱番世界に潜んでいたとはとても思えない。 世界樹旅団との決戦は、0世界での出来事だった。しかし、もし今度大きな戦いになるとすれば戦場となるのは。 壱番世界の何処かにあるトラベラーズノートに届いた幾つかのメッセージ。 その一つに、グレイズは見覚えがあった。「小虎」 グレイズの脳裏がいつぞやの光景を思い出す。そして、重なるようにあいつの姿が浮かび上がる。「はっ」 そんな自分を鼻で嘲笑うと、グレイズは魔法で生み出した氷を口に放り込んで、思い切り噛み砕いた。 グレイズ・ドットさんへ 貴方に直接会って話をしたいと思う人がいます。 ちなみに、その人は素直な性格じゃなさそうな人です。 心当たりや思う節があれば、返信お待ちしています。 ついででいいので、もし良ければ私も少し話をしてみたいと思います。 グレイズ・ドットへ 見てるー? 初対面でなんだけど、これ見てるなら返信してちょー。 現状、八方塞だと思うからさ。お人好し利用して現状打破してみたらどー? 野良犬野郎 俺にぶちのめされるのが怖くて逃げてやがんのかよ。 負け犬め悔しかったら正々堂々ツラ出して勝負しやがれ。 てめえへの貸し、まだ返してもらってねえぜ。 人と人との出会いは運命を変えていく。良くも悪くも。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者> 冷泉 律(cczu5385) 桐島 怜生(cpyt4647) リエ・フー(cfrd1035)=========
壱番世界に存在する日本、その南海にある30余の島々、小笠原諸島。 その中の一つに3人の少年が降り立った。 無言のままぴりぴりとした空気を纏っているのは、リエ・フー。 癖の強い黒髪と釣り目がちな金の瞳が、生意気そうな印象を与える美少年であった。 ファー付きフライトジャケットは暑いのか着ておらず、襟元を寛げた黒い人民服だけ着ていた。 「回りに人影はなさそうだ」 オウルフォームにしたセクタンの礼と視界を繋いで周辺を探索しているのは、冷泉律。 生まれつき色素が少ないせいなのだろうか、髪、肌、目の色が日本人にしては薄く、幼い頃より古武術を修めているその身体は鍛え込まれている。 「どーするよ、リエぴょん?」 一人軽口を叩いたのは、桐島怜生。 染めた茶髪、健康的な小麦色の肌、生気に溢れた目の色は黒。冷泉律と同じく幼い頃より古武術を修めているため身体は鍛えられている。 「あり、反応なし?」 思い詰めた表情のままリエは無言で佇んでいる。足元にはセクタンの楊貴妃が落ち着きなくうろうろしている。 「無理ないか。一番心配してたしな」 「でも、今からこの調子だと体が持たないだろ」 そう言った怜生は何事か閃くと、忍び足でそっと近寄ると楊貴妃を静かに持ち上げた。 そして、背後からリエの肩を軽く叩いた。反応のないリエにも諦めることなく繰り返していると。 「いい加減にしやっ」 青筋を浮かべたリエが勢い良く振り向けば、その視界は楊貴妃で埋まっていた。 そして、リエの唇は楊貴妃の口が塞いでいた。 「奪っちゃったー。今から、そんな調子だ」 得意気に笑う怜生の言葉は、足元に浮かんだ太極図によって中断された。 怜生が見事な速さで太極図から飛び出した直後、紅蓮の炎が噴き上がった。 「避けんな!」 「死ぬだろ?!」 放り出された楊貴妃は律に抱き上げられて、リエへ差し出された。 「肩に力が入り過ぎていると、いつも通りに動けなくなりますよ」 楊貴妃を受取ったリエの横で、律が用意していたレジャーシートを敷くと、怜生が手際良くビーチパラソルを広げた。 そして、怜生はトランプを掲げてみせる。 「リエぴょんもトランプしようぜ、2人だとできるゲームも限られるからさ」 「勝手にやってろ!」 「それなら、せめて座ればどうですか? ただ立っているだけというのは疲れますよ」 渋々とリエが浜辺に腰を下ろせば、怜生が何かを投げ付けてきた。難なくリエが掴んだそれはラップに包まれた御握りであった。 「食えるうちに食っとこうぜ」 「グレイズさんと会えば、食事を取ってる暇はなくなるでしょうし」 リエが目を向ければ、律はトランプを配る片手間に御握りを齧っている。 軽く舌打ちをすると、リエは御握りに齧り付いた。 「それの中身は梅干しな」 「明太子寄こせ」 口に広がる酸っぱさにリエはその秀麗な顔を顰めた。 律は突然手を止めると、すぐにトランプを片付け始めた。 その様子に気付いた怜生もすぐさま立ち上がりパラソルを畳み始めた。 「どっち?」 「海の方」 リエも無言で立ち上がり、服についた砂を払い落して海へ顔を向けた。 「数は?」 「3つ」 各々がギアを用意し戦闘態勢を整える。 「1人じゃねぇのか?」 礼の視界に切替えて、律は海面下の人影らしきものを注意深く見詰める。 「協力っていう名目の監視かもよ?」 一度も息継ぎをしないその姿に違和感を覚えた時、海面に影が浮き上がった。 それはグレイズ・トッドではなく人間でさえもなかった。木のような素材でできた3体の人形、それが海の中を浜辺へと進んでいるものの正体であった。 目も口もなく全身がつるりとした人形は、それぞれが赤、青、白と色付けされている。 「人形が3体、グレイズさんらしき人はいない」 静かに告げられた事実は、リエに衝撃を与えた。 「こっちと人数はぴったりだし、ここから招待してくれるかもよ?」 その様子に気が付いた怜生は、さり気なく軽口で気を紛らわそうとする。 「念のため、礼にはこのまま周辺を飛び回ってもらう。一先ず相手の出方を見よう」 そして、気を引き締める3人の前に海水を滴らせた3体の人形が立ち塞がった。 その中の白い人形が、一歩前へ進み出る。 そのつるりとした顔の表面に横線が走ると、逆光の中に誰かが映し出された。 「よぉ」 「グレイズ!」 思わず飛び出したリエの腕を掴んで、律は押し止めた。 「本物ですか?」 「信じる信じねぇは勝手にしろ。こっちは今暇じゃねぇんだ」 映りの悪いテレビのように人形の顔には何度も横線が走り、グレイズの声にも雑音が紛れ込む。 「それと、小虎以外は誰か知らねぇが余計なお世話だ。俺は好きでここにいる、勘違いすんな」 感情の籠らない冷たい声が辺りに響いた。 それに口火を切ったのは、言われた2人ではなく、リエであった。 「好きでいるだぁ? てめえの目的は仲間の復讐だろ。ババアと駆け落ちしてそれが叶うのか!」 「うるせぇ、小虎。今、相手してる暇はねぇ」 その気性を表すようにリエの言葉は燃えるように激しいが、対照的にグレイズの言葉は冷たく静かである。 「逃げんな!」 「逃げてねぇ。それに喧嘩なら、この前ので一勝一敗だ」 「利用されてるだけだって気付いてんだろ?」 「俺は裏切り者だ、今更戻れねぇし戻る気もねぇ」 2人の様子を見ながら、暇がないって割にはわざわざ人形使ってまで相手してくれてるな、と口の中で怜生は呟いた。 「俺はお前をダチだと思ってる! もう何も出来ずにダチを亡くすのはごめんなんだよ! てめぇだって解るだろ!」 リエは自分の想いをグレイズへとぶつけた。 「もし、つきまとわれんのが嫌なら、今ここで俺を殺しな。さもなきゃ、てめぇが死んだ後でもつきまとうぜ」 映像越しにもグレイズの大きな溜息が聞こえてきた。 「付き合いきれねぇな」 逆光のせいで表情は解らない。しかし、その口調は微かに和らいでいた。 「だからもう、そっちのお人好しども連れて壱番世界から逃げな。この世界なくなるかもしれねぇか」 電源を落としたように、不自然に人形の顔からグレイズの映像が途絶えた。 「グレイズ!」 白の人形に駆け寄ったリエが、その肩を掴んで揺さぶり出す。すると、それまで棒立ちをしていた赤と青の人形が、突然リエへと飛び掛かった。 しかし、続け様に放たれた氣弾が2体の人形を弾き飛ばした。 「部外者は部外者同士で仲良くしようぜ!」 砂浜に転がった人形へと怜生が踊り掛った。 「リエさん、礼によれば辺りに人影はありません。きっと近くにはいないと思います」 「畜生っ!」 リエが肩を掴んだまま叫んでいると、揺さ振れるままだった人形の両腕がいきなり動いた。 蛇のようにリエの体に絡み付くと、抱き潰すようにリエを締め上げた。 ギアを発動させようとしたリエは、自分を巻き込んでしまうことに一瞬の躊躇いが生じる。 その迷いを断ち切るように鋭い気合いが響くと、一挙に流れ込んできた空気にリエは思わず噎せていた。 「大丈夫ですか?」 「ありがとよ」 ギアの刀を納める律に掠れた声でリエは応えた。2人の前には真っ二つにされた白い人形が転がっている。 律がギアの刀で人形だけを斬り捨てたのだ。 「舐めた真似しやがって!」 苛立ちに任せてリエが人形の頭を踏み躙ると、そこに数字が浮かび上がった。 眉を顰める2人の前で、軽やかな電子音とともに数字が減り出す。 「リエさん、退いて!」 すぐにリエが足を退かせば、ギアの棍を律は全力で振り抜いた。 そして、空高く打ち上がった人形の頭は、輝いた次の瞬間に大爆発をしていた。 「自爆かよ、性質悪ぃな」 2人のいる場所まで爆風が届く中、リエは忌々しげに吐き捨てた。至近距離で炸裂していれば、文字通りリエの体は四散していただろう。 「助けて欲しいなんて思ってないからなツンデレども!」 2体の人形を相手にしている怜生が焦った声を出している。口調こそ軽いが2体同時は荷が重いようであった。 「大丈夫そうだな」 「なら勝手にしな」 「嘘です! 手伝ってください!」 リエの放つカマイタチが、大気を切り裂いて青い人形を襲う。 しかし、人形の両手が氷に覆われると見る間に鋭く尖り剣となり、それを振って人形はカマイタチを叩き落した。 「やるじゃねぇか」 「青は氷、赤は火っぽいぞ!」 赤い人形が両手から放つ火炎弾を、怜生はギアの氣弾で相殺している。 「さっさと消炭になりな!」 青の人形の足元に太極図が浮かぶと、炎が噴き上がり一瞬で人形を飲み込んだ。 しかし、炎に巻かれたまま人形が両手の氷剣を太極図へと突き刺せば、太極図が氷に覆われ砕け散った。 「何っ!」 炎を消した人形が氷剣を構えたままリエへと迫る。その間に滑り込んだ律が棍を人形へ振り下ろす。 人形が氷剣で棍を防いで動きを止めた瞬間、棍に手を滑らせた律は小刀を抜き取り、勢い良く斬り付けた。 しかし、もう一つの氷剣で、人形はその一撃を受け止めてみせた。 押し切ろうと律が力を込めた時、氷剣と打ち合っている棍と小刀が氷で覆われ出した。 それに気付いた律は態勢が崩れるのも構わず力任せに武器を引き剥した。その隙を逃さず人形が氷剣を突き出すが、突然にその動きを止めた。 「余所見すんなよ、つれねぇな!」 足元に浮かぶ太極図に呪縛された人形へ、再び無数のカマイタチが襲い掛った。 浜辺を走る二つの人影の間に、次々と火花が咲く。 赤い人形の放つ火弾を怜生の氣弾が狙い外さず撃ち落とす。 砂煙を上げて止まると、回し蹴りの動きで怜生は蓄積していた氣弾を放つ。 迫り来る火弾を軒並み打ち砕いた氣弾は、そのまま人形に直撃し弾き飛ばした。 「よし!」 喜んだのも束の間、すぐに立ち上がった人形が両手を掲げると火の玉が生れる。 それは瞬く間に数メートルの大きさに膨れ上がった。 「でか!?」 咄嗟に放ったギアの氣弾を物ともせず火炎の塊が怜生へと押し迫る。 横へ飛び出した怜生は、どうにか直撃は避けたが、爆発の余波に巻き上げられ砂浜へ放り出されていた。 浜辺に広がった爆風がカマイタチによる砂煙を吹き飛ばすと、そこには全身を氷で覆う人形がいた。 「便利なもんだな」 呆れるリエの前で、氷の膜が剥がれ落ちると人形は氷剣を構えた。 「あの氷は攻守を兼ねてるみたいですね」 棍より刀を引き抜いて律は構えた。 「こっちは俺に任せな。お前はアホを助けてやれ」 「大丈夫ですか?」 「俺には氷の方が相性が良いんだよ」 それでも律に迷いがあることを見抜いたリエは言葉を続ける。 「それに、氷を使う相手に負けたくねぇんだよ」 「リエさんも大概ですね。直ぐに戻ります」 苦笑した律は体を返すと、勢い良く駆け出した。 それを見届けたリエは酷薄な笑みを浮かべた。 「ダチとの再会を邪魔した礼だ。たっぷりと受取んな!」 リエのギアが強く輝いた。 巨大な火炎が浜辺に炸裂する。 転がりながら放つ怜生の氣弾は押し迫る火炎に悉く呑み込まれる。 人形の火炎弾は怜生の攻撃を防ぐ盾と同時に怜生を苛む剣でもあった。 絶え間ない人形の攻撃に怜生は反撃の機会を掴めなかった。 (セクタンの護りでいくしかないか) 見据える先で炎が再び膨れ上がり、怜生が覚悟を決めた瞬間。 火球の表面に線が走ると、人形の頭上で大爆発をした。 「ありがとな!」 「全部終わってからだ!」 立ち上がった怜生と並んで、律は刀を構える。 爆煙の中、無傷で佇む人形が片手を突き出すと紅蓮の炎が噴き出した。 それを左右に散って避けて、2人は人形へ全力で走り出す。 「おりゃあ!」 怜生が氣弾を連射すれば、人形は炎を広げて受け止める。その広げた炎の表面が波打つと、駆け寄る怜生に向けて次々と火球が放たれる。 両手を地面に付けると怜生は氣弾を炸裂させ、その反動で空へ飛び出した。怜生へと向けた赤人形の両手に火が灯る。 「こっちだ!」 その声に反応した人形は、直ぐにそちらへ火球を放った。 闘志を込めて振るったギアから氣の刃が放たれ、無作為に乱れ飛ぶ氣刃が幾つかの火球を斬り捨てる。 しかし、斬り損ねた数個の火球が律の体に直撃するが、怯まず律は突き進む。その焦げた服の隙間から薄らと光る紅玉が見えた。 「破っ!」 繰り出した刀が人形の胴体を突き刺す。間を置かず、律は刃を引抜いて後ろへと跳ぶ。 そこへ走り込んだ怜生の足が砂地を踏鳴らす。 「レオ・インパクト!」 刺し傷に寸分違わず拳を打ち込みながら氣弾を炸裂させる。破片を撒き散らして錐揉み状態で赤人形が吹っ飛ぶ。 「手応えあり!」 「恥しくないのか?」 「水差さないでくれる?!」 人形を見据えながら油断なく2人が構えていると、赤人形は燃え上り一筋の炎と成って流れるようにそこから逃げ出した。 「あり?」 「追うぞ!」 砂を蹴って2人は炎を追った。 砂に足を取られてリエは苦戦を強いられていた。 リエの持ち味は身軽さで相手を翻弄して隙を突くことであるが、砂浜ではそれが上手く活かせない。 青い人形は両手を氷剣に変えて、果敢にリエへと攻め込んでくる。 カマイタチは氷剣で防ぐ、炎は氷で防ぐ、動きを止めてカマイタチを浴びせても氷で身体を覆って防いでしまう。 律のギアが凍らされそうになっていたことを思えば、直接的な打撃は自分に被害が出るだろう。 このまま体力を温存しつつ長引かせて、2人を待つことも一つの手ではあるが。 (それじゃあ、腹の虫が収まらねぇんだよ!) 怒りに任せて放ったカマイタチが、人形の氷剣を弾いた。 (こんな人形で俺が大人しく引っ込むかもしれないなんて少しでも思いやがったこと) その空いた胴体の前に太極図を出現させて炎を噴き上げさせる。 「泣いて解るまで思い知らせてやろうじゃねぇか!」 威勢良く啖呵を切ったリエの前で、炎に巻かれた人形は突如として氷の欠片に成って砕けた。 そして、無数の氷片のままリエの元から逃げ出した。 「待ちやがれ!」 逃げ出した喧嘩相手をリエは憤怒の形相で追い掛けた。 一筋の炎と無数の氷片は、引き合うようにして同じ場所へ集まると人形の姿に戻った。 人形たちを追っていた3人は人形から少し離れた場所で集まり身構えた。 その3人の前で、人形は指を絡ませお互いの手を握り合った。 その重ねた手を3人へと向けて突き出すと、その手の周囲が揺らぎ白い靄のようなものが生まれる。 「火と氷なのに良く平気だな」 律が呟いた時、リエは反射的にギアを発動させていた。 3人の前に太極図が浮かんだ直後、透明な衝撃波が辺りを揺るがす爆音とともに放たれた。 圧倒的な衝撃を受け止めた太極図が壊れそうになるのを、ギアに意志を込めてリエが必死に支える。 「おらぁ!」 怜生が片足を砂浜へと突き刺して、蓄積していた氣弾を炸裂させる。 大量の砂が巻き上がったのとほぼ同時に太極図が崩れ、噴き上がった砂ごと3人は吹き飛ばされた。 「生きてるか!」 怜生は口に入った砂を吐き捨てながら叫んだ。 「生きてる!」 「勝手に殺すんじゃねぇ!」 砂塗れになってはいるが、リエも律もまだ戦えそうであった。 「合体攻撃ってか?」 「氷と火で水蒸気爆発ってとこだな」 確かに、乾いていたはずの空気は熱く湿り気を帯びて蒸し風呂のようになっている。 「何にせよ、次はどうします?」 同じ場所で人形たちは、再び握り合った手を掲げている。 「お守りで火や熱はある程度耐えられる」 プレゼント交換で貰った紅玉のお守りを服の上から律はそっと触れた。 「俺はジュゲムで一回なら平気だ」 そして、律は怜生と目を交わすと、リエへと顔を向けた。 「どうすんだ?」 「リエさん、もう一度さっきみたいに防げますか?」 「できるが、直撃は自信ねぇぞ」 律と怜生が再び目配せをする。 「外すなよ」 「動いてない的を外すわけないだろ」 律は一歩前に出ると、ギアを薙刀へと組み直した。その後ろで怜生は肩幅ほどに足を開き、弓を構える姿勢を取った。 「リエさんも後ろに。今度は私がやります」 「何する気だ?」 訝しむリエに対して、律は一言で応えた。 「斬ります」 赤と青の人形は互いの能力を反応させる。 まさに身を削る技であるが、心の無い人形たちは躊躇することなく水蒸気爆発を起こす。 そして、衝撃と爆風を収束させて3人へ再び放出する。 「破ーっ!」 律の意志に応じてギアである薙刀が強く輝き出す。上段に構えた薙刀を全力で振り下ろした。 ギアより迸った一筋の氣閃が、浜辺を揺るがして迫る衝撃を真っ二つに斬り開いた。 その間隙にカマイタチを捻じ込みながら、リエは流線形を意識して太極図を展開する。 「ぐぅっ!」 一瞬でも気を抜けば押し潰されそうな衝撃をリエは歯を食い縛って耐える。 「リエさん、邪魔した連中に負けるんですか?」 「っざけんなぁー!」 律の挑発がリエの負けん気に火を付ける。湧き上がるリエの戦意に反応して勾玉が輝けば、周囲の太極図も一斉に輝き出す。 「ここで燃えなきゃ男が廃る!」 怜生の意志に応じて、ギアが氣の弓矢を創り出す。 「もっともっと! もっとだぁー!」 怜生の高まる士気に引き摺られるようにギアの輝きが増大する。 その輝きが弾けた瞬間、純白の矢を怜生は番えていた。 そして、怜生の放った氣矢は荒れ狂う衝撃波を貫き、寸分の狂いもなく赤人形の胴体にある刺し傷を射抜いた。 瞬間、赤人形の矢傷から血潮のように紅蓮の炎が噴き出すと、人形たちが放っていた衝撃波が途切れた。 その機会を逃さず、律は大きく息を吸い込むと太極図をすり抜けて駆けた。 途端に高温の蒸気が律の体を襲う。体に浸み込む予想以上の熱気に律はその場に足を止めた。 そして、薙刀から小刀を取り外して放ると、薙刀で小刀を弾き飛ばした。 蒸した空気を裂いて、矢の如く飛んだ小刀が赤人形の頭部を貫くと、人形は溶けるように崩れて消えた。 残された青人形はすぐさま両手を氷剣に変えて律に襲い掛った。 そこにリエの放ったカマイタチが突き刺さる。たじろいた人形は氷で全身を覆って次の攻撃に備えた。 次々と放たれるカマイタチの後を追って、切り開かれた蒸気の中を怜生が走る。 そして、律の横で砂を蹴って跳び上がる。打ち合わせたように律は薙刀の刃を横にして振ると、怜生は刃を踏み台にしてカマイタチを浴びている人形の背後へと飛び出した。 動かない人形の背中へと氣弾を連射するが、それでも氷の鎧は砕けない。 「お固いのもほどほどにな!」 足のギアに蓄積しておいた氣弾を蹴り上げるように放てば、纏った氷ごと人形が弾き飛んだ。 低く滑るように飛ばされた人形の体がいきなりに空中で止まった。 「捕まえたぜ」 人形の下には太極図が浮かんでいる。その呪縛を解こうと、人形は纏った氷を鋭く尖らせて太極図を貫こうとする。 「その氷を」 その人形へと律が滑るように近付く。 「斬る!」 斬るという意志を込めた居合いの一閃と後を追って走る9つの剣閃。澄んだ音を響かせて、人形を覆っていた氷が砕け散った刹那。 剥ぎ出しになった青人形を閉じ込めるように無数の太極図が出現し、紅蓮の炎に人形は呑み込まれた。 太極図の檻の中の炎が薄れていくと、融け出している青人形が見える。 「折角だ。綺麗な花火にしてやるよ」 残忍な笑みを浮かべたリエが指を鳴らして呪縛の一部が緩んだ時。 太極図で閉じられた空間は爆発を起こし、中の人形は跡形もなく消し飛んでいた。 リエの前に差し出された紙コップから、懐かしさを覚える優しい香りが漂う。 「暖めた牛乳です。蜂蜜で甘くしてますから飲みやすいですよ」 「それ飲んで一休みしたら、さっさとターミナルに戻ろうぜ」 リエが目を向ければ、怜生と律も同じ紙コップを持っている。 「グレイズを探さねぇつもりか?」 「だからこそだろ」 怜生はちびちびと舐めるように飲んでいる。どうにも口の中を切ってしまったらしく、飲む度に顔を顰めている。 「最後、グレイズさんはこの世界がなくなるかもしれないと言いかけていました。世界の命運に関わるとなれば、間違いなく導きの書に予言がでるでしょう」 一息入れながら、律はゆっくりとコップを傾けている。 「それで、何かあるとしたら、絶対そこにグレイズもいるだろう」 「今度こそ会うためにも、一度戻って状況を整理しましょうか」 「てめぇら、まだグレイズに会うつもりか?」 黙って聞いていたリエが鋭い視線を2人へと向けた。 「当然だろ」 「リエさんには言ってなかったですけど、今回の件は私にとって自己満足みたいなものですから。一度拒否されたくらいで諦めないですよ」 「あいつは好きでババアの所にいるらしいぜ?」 馬鹿にするようにリエは鼻で笑ってみせた。 「初対面で本心を晒すような人には思えません」 誰かさんと似てるみたいだし、と律は口の中で呟いた。 「それならリエぴょんがもっと好きになってもらえばいいだけだろ。それとも、できない?」 挑発するように怜生はにやりと笑った。 「命懸けになるかもしれねぇぞ?」 リエの纏う空気が張り詰める。 「もう覚悟してます。誰かの命を背負うつもりなら、自分も命を懸けますよ」 その言葉に嘘はなく、律は気負った様子もなく泰然としていた。 「むしろ命懸けにならないようにしようぜ。俺は嫌がらせでリエぴょんとグレちゃうを仲良くさせたいだけだしさ。グレちゃうの仕出かす事に比べたら、こんな嫌がらせ可愛いもんでしょ。そのせいで恨まれたって憎まれたっていいもーん」 「おい、それ誰と誰のことだ?」 「何の事かなー?」 リエの睨みにも怜生はすっ呆けてみせる。 「それで、リエさんはどうしたいんですか?」 「この流れでNOはないだろ?」 2人の視線を受けて、リエの口元に不遜な笑みが浮かんだ。 「くだらねぇ寝言をぬかす負け犬野郎は、俺が直々に出向いてブン殴って目を覚ましてやるだけだ」 「リエさん、牛乳嫌いでしたか?」 「もしかして、猫舌とか?」 「ち、ちち、違ぇよ! あ、甘いのが苦手なんだよ!」 「うんうん、そういうことにしとこうか」 「まさに語るに落ちてますね」 「違ぇって言ってんだろぉがっ!!」 動き出した運命、その行く末はまだ見えず。 それぞれの信じるもの、願うもの、譲れぬもの。 伸ばした手は何を掴めるのだろうか。
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