オープニング

 クージョン・アルパークは愛する人の様子を見て、その変化にどう対応すべきか考えていた。一番大事な人だもの。一目みればわかる。
「ダイアナさんのことを考えているのかい?」
 その問いにカンタレラは素直に頷いて、ぽつぽつと語りはじめた。
「ダイアナ様は、さみしいのかなって。なにがあったのかわからないけど、結局旦那さんも信じることができないままだったのは、きっと深い絶望だと思う。カンタレラも、ずっと誰も信じられなかった。でも信じたい人ができた。希望も生まれた。カンタレラも誰かの支えになりたい。ダイアナ様の救いに、支えになって、ダイアナ様を絶望から救い上げたい」
 ダイアナの真意は想像するしか無い。けれどもクージョンは思う。自分はそんな彼女のひたむきさに惹かれたのかもしれない、と。いつも子供っぽい可愛さのある彼女ののそんな意外な強さに魅力を感じているんだと。
 妖精郷で、遺跡で何があったか報告書を読んで知っているクージョンとしては、カンタレラの気持ちに沿いたい。だが、闇雲に進むのではカンタレラがダイアナと共に破滅するのは目に見える。それだけはどうしても避けなければ。
 そしてカンタレラの想いをかなえる為に何をすべきか。
「ねえ、カンタレラ。僕たちはまず知るべきなんじゃないかな……すべてを。そうすればダイアナさんが何故こんなことをしたのか、そして今どこにいるのか、その手がかりがつかめるんじゃないかな?」
 ジョヴァンニ・コルレオーネやジュリエッタ・凛・アヴェルリーノもダイアナのことが気になると言っている。


 アリッサに願い出て、四人は妖精郷の再調査をしたのだが……残念ながら妖精郷ではめぼしい収穫は得られなかったのだ。


 *-*-*


「そういえば、壱番世界に……」
 めぼしい収穫はなかったとアリッサに報告をしたクージョン達。すると同席していたレディ・カリスがまるで今、思い出したかのように口にしたのだ。


 リチャードとダイアナが、かつて暮らしていた別邸があるということを。


「その別邸は調べたのかね?」
「いいえ。今、思い出したくらいですから」
 ジョヴァンニの問いに首を振るレディ・カリス。
「ただし何か見つかるとは限りません。念の為に調べてみる、というスタンスで臨むのが良いでしょう」
「何も出てこなくてもがっかりしないでね?」
 レディ・カリスの言葉をアリッサが補足して苦笑する。これだけ調べても何も出て来なかったのだ、必ず出てくるなんて保証はなくて。
「だが、何もしないよりましじゃ。出てきたら儲けものくらいの気持ちでおればいいのじゃろう?」
 心得ているとばかりに頷くジュリエッタ。アリッサもレディ・カリスも安心したように息をついた。
「別邸の敷地内ならばどこを探しても構いません」
「危険はないと思うから……ってはっきり言えればよかったんだけど、中が今どうなっているのかわからないから、一応気をつけてね」
 レディ・カリスとアリッサに見送られて、四人はリチャードとダイアナがかつて暮らしていた別邸へと赴くのだった。



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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
クージョン・アルパーク(cepv6285)
カンタレラ(cryt9397)
ジョヴァンニ・コルレオーネ(ctnc6517)
ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)
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品目企画シナリオ 管理番号2419
クリエイター天音みゆ(weys1093)
クリエイターコメントこの度このシナリオを担当させていただくことになりました、天音みゆです。
よろしくお願いいたします。

さて、舞台はかつて老婦人が夫と共に暮らしていた別邸です。
広さ的にはベイフルック邸と同じ位の規模と考えて良いでしょう。
探索において、主な危険は老朽化くらいですが、真実を暴いてしまうことで危険に近づく場合もあります。

オープニングがあっさりしているのは、自由度が高いというか、別邸の敷地に限りますが自由に動けるからだったりします。
といっても何もないとプレイングに迷うと思いますので、いくつか書いておきます。

●プレイングのヒント
・どの部屋(場所)の
・どんなところを
・どんなふうに
探すのか、具体的に書いていただいたほうが、成功率は高いです。
ただしプレイングの文字数には限りがありますので、この方法ですと書ける場所は限られてくると思います。
抽象的に、たくさんの場所を探すプレイングをかけてくださっても構いません。
数カ所を狙い撃ちするか、手広く探すか、それは参加者様のお好みでどうぞ。

何に注目するか、どんなものを見つけたいかなどありましたら、書いておくといいと思います。
自分だったらどこら何を隠すか、と考えてみるのも一興かと思います。


●どんな部屋があるの?
二人の寝室や大広間、使用人部屋や書庫、書斎に子供向けの遊技場、客間やダイニングや庭やその他いろいろありますので、
「こんなところに何かありそう!」と思ったら狙ってみてください。


さて、何が見つかるでしょうか。
それとも、何も見つからないでしょうか。
老婦人の心の匣は、開くのでしょうか。

参加者
カンタレラ(cryt9397)ロストメモリー 女 29歳 妖精郷、妖精郷内の孤児院の管理人
クージョン・アルパーク(cepv6285)ロストメモリー 男 20歳 吟遊創造家→妖精卿の教師
ジョヴァンニ・コルレオーネ(ctnc6517)コンダクター 男 73歳 ご隠居
ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)コンダクター 女 16歳 女子大生

ノベル

 門の外から見る限り、別邸は建物自体は最低限の手は入れられているようだったが、門から屋敷の入口までの通路の左右に本来はあるべき緑は伸び放題、あるいは枯れ果てていて無残な有様だった。それはそこまでは手が回らなかったのか、あるいはあえてそうしているのか、ただ単に興味を惹かれないだけか。
 リチャードにとっては恐らく理想の塊であった妖精郷以外どうでも良かったのだろう。だが、ダイアナにとってはどうだろうか。ここに集った四人のロストナンバー達は、その老婦人の心の奥を探るために敷地へと足を踏み入れる。

 バチッ!

 扉に伸ばしたジョヴァンニ・コルレオーネの手を電流のようなものが走り抜けた。ジョヴァンニはそれを予想していたようで、一つ頷く。
「やはり侵入者を追い払う仕掛けのようなものが設置されているようじゃ」
「結界かのう?」
 同じく結界があるだろうと予測していたジュリエッタ・凛・アヴェルリーノも扉に手を触れる。やはりバチッと弾かれた。
「どうやって開けようか?」
 考えるように首を傾けたクージョン・アルパークの横にはしっかりとカンタレラが寄り添っている。
「正しい解き方はダイアナ殿にしかわからぬのじゃろう? ならば正面から実力行使で突破するしかあるまい」
「なるほど。結界に力をぶつけて『壊す』つもりかのう」
 ジュリエッタの言葉に頷くジョヴァンニ。普通の武器では結界や封印に太刀打ちすることはできないだろう。だがトラベルギアの持つ力ならどうだろうか。一人ならともかく、四人の力を一点に集めれば、もしかして――。
「カンタレラも協力するのだ」
「そうだね。中に入れないことには調査どころではないからね」
 庭も怪しかったが自由に出入りできる以上、簡単に出入りできなくなっている屋敷の方が怪しい。何か隠されている確率は高いように思えた。
 他の三人の同意を受け、ジュリエッタはギアの小太刀を取り出す。
「危ないから少し下がってほしいのじゃ」
 三人が少し離れたのを確認すると、ジュリエッタは小太刀を上に向けて念じる。よく威力が弱かったり落下位置を間違えることがあるが、今回は出来る限り高威力を出したいところだ。
「やあっ!」

 バリバリバリッ!

 雷が扉を覆う封印結界を震わせたのを見て、すかさずジョヴァンニ、カンタレラ、クージョンが動いた。


 *-*-*


「広いお屋敷なのだ。どこからどうやって探すのだ?」
「手分けしようか」
 カンタレラの問に、答えたクージョンの提案で、二組に分かれて探索を行うことにした。
「ノートで随時連絡は取り合おうぞ」
「そうだね」
 向かったのは一階のダンスホール。人が住まなくなって久しい屋敷なのに最低限の手入れが行き渡っているのは、定期的に人を寄越して掃除させていたからだろう。例えば、ダイアナに従う腹心のロストナンバーとか。
 クージョンがダンスホールの扉を開ける。中は薄暗くて少し埃っぽい。このホールでダンスパーティはどのくらい開かれたのだろうか?
 篤志家だったリチャードが、どのくらいパーティを重視したのかはわからない。それでも全く使わなかったということはないだろう。クージョンはカンタレラと共にホールの真ん中へと進み出る。
「廃墟には廃墟の趣があるよね。ここでリチャードさんとダイアナさんの出会いがあったのかな?」
 ここは『二人が使っていた別邸』だとレディ・カリスは言った。だとすれば二人が結婚してから住み替えた屋敷なのかもしれない。二人の出会いはベイフルック本邸だったのかもしれないが、その出会いを今ここで想像してみるのも悪くはない。
「ダンスホールにはどんな音楽が流れたんだろう? リチャードさんは二階、ダイアナさんは招かれる方だよね。2人は一目見て惹かれあうんだ。そしてどちらともなく手を取り合い中央へ向かう……」
 クージョンはカンタレラの手を取り、ワルツのステップを踏む。巧みなリードでカンタレラを美しく舞わせる。
「というのはどうだろう?」
「カンタレラは思うのだ。ダイアナ様はリチャード様を愛していたのではと」
 クージョンのリードにゆっくり身体を預けながら、カンタレラは彼の顔を見上げる。
「愛を持たず単なる道具としてしか考えていない相手を殺したところで、それは罪とは異なるのではないか? 愛する相手を殺すからこそ、ダイアナ様は罪悪を感じたのではないだろうか」
「罪悪感、ね……人の心の裡を知るのは容易では無いけれども。次にいこうか」
 クージョンは彼女の手をとったまま、優雅に導く。次に向かうのは――さて、どこにしようか。


 *-*-*


「カリス殿達に聞いたのじゃが、彼女は侵入を防ぐ結界や石になる魔法を掛けていたらしいのう。妖精郷のような大掛かりな理想郷を作る前に、彼女がここで実験をしていた可能性もあるのではないじゃろうか? その場所、入り口を見つけたいのじゃ。何か彼女の本心を知る手がかりがあるかもしれぬしのう」
「そうじゃのう……いくつか気になる場所はある。何か見つかるといいのじゃが」
 ジュリエッタとジョヴァンニはお互いのオウルフォームセクタン、マルゲリータとルクレツィアを屋敷の外に飛ばし、視界を共有しながら屋敷の中を行く。
 外から見た感じと中から見た感じで不自然な場所はないか、それを探してた。廊下の端にあった二階に上る階段を登りながら、トントンと壁を叩いてみるジュリエッタ。二人は階段を上がり切ると、すぐ側の部屋の扉を開けた。
 ゲストルームだったのか、その部屋はベッドと小さな机と椅子が置かれただけのこじんまりとした部屋だった。念の為にクローゼットも開けてみたが、特に変わったものがあるでもなし。
 そのまま廊下の両脇にある部屋を順に巡っていたその時、二人の脳裏を何か違和感のようなものが走った。
「ジュリエッタ嬢……」
 ジョヴァンニがルクレツィアの瞳に映る屋敷の外観と、自身の瞳で捉えた屋敷の内側の様子を見比べているその間に、ジュリエッタはクローゼットへと駆け寄った。
「こらこらジュリエッタ嬢。元気なのは結構じゃが、多少は警戒を……」
「……このクローゼット、他に比べて奥行きが狭いと思うのじゃ」
 ジョヴァンニはたしなめかけた言葉を引っ込めて、ジュリエッタの後ろからクローゼットを覗きこむ。仕込杖で軽く叩けば、中身の詰まった壁の音とはまた違った音がした。
「なるほど……違和感の正体がわかったかもしれぬ」
 ふむ、と自らの言葉に頷いて、ジョヴァンニはルクレツィアの視点から屋敷の外観をもう一度眺め、そしてその違和感の正体に確証を持つ。
「屋敷の外から見た様子に比べると、部屋が狭いと思ったのじゃよ。きっとこの奥に隠された空間があるに違いあるまい」
「なるほど。じゃあわたくしのギアで……」
「待つのじゃ、ジュリエッタ嬢」
 おもむろにギアを取り出しすジュリエッタをジョヴァンニが柔らかくたしなめた。
「こういうのは正式な手順というものがあるはずじゃ」
 きちんと手順を踏むのが様式美だ。力づくで壊してなにか仕掛けが作動して彼女を危険に陥らせる訳にはいかないと、皆まではいわぬがジョヴァンニはクローゼットの周辺に視線を移した。
 その視線の先には据付の棚。棚の上の壁には絵画が飾られていて、その近くには数枚の絵皿が置かれている。よくよく棚と壁を確認してみれば、以前何かを飾っていたと思われる跡がかある。そこに絵画と絵皿を移動してみる。反応がなければ今度は順番を変えて、正しい答えが出るまで何度も何度も。
「おおっ……」
 何パターンか試した後、クローゼット内にいたジュリエッタが声を上げた。先ほど力づくで壊そうかと考えた壁が音もなくスライドして開いたのだ。
「正解のようじゃの」
「なるほど、仕掛けを解いたのじゃな。さすがジョヴァンニ卿!」
 二人でそっと壁の向こうを覗きこむ。薄暗くこもった空気が室内へと放たれている。そこには下へと向かう階段があった。


 *-*-*


 カンタレラとクージョンは、リチャードとダイアナの寝室だったと思しき広い部屋を探索していた。
「こういう所は2重扉や隠し引き出しなどが遊び心で付いてるかもね」
「二重底の下には人に見せられないものが隠されているという決まりなのだ」
 二人で寄り添いながら、サイドテーブルや鏡台の引き出しなどを漁る。古びた化粧品の瓶、古びたメモ帳、蝋燭のストック……それらを目にすると、彼の人がここで暮らしていたのがだいぶ前であるということが改めて実感できた。
「本当の意味で夫婦が自分達のためだけに使用していた邸宅ならば、なにか残っていそうなものなのだ」
 カンタレラはキングサイズのベッドにわざとらしく2つ並べられた枕をぽふぽふと触ってから放る。クージョンがそれを受け止めて、そっとベッドの上においた。
「クージョン! なにか挟まっているのだ!」
 カンタレラの目に写ったのは、スプリングと板の間に挟まっている革製の物体。クージョンがそっとそれを引きぬく。古い皮の感触がクージョンの指先を覆う。
「カンタレラ、手帳のようだよ」
「読んでみるのだ!」
 クージョンの手元を覗きこむようにくっついてきたカンタレラをそのままに、彼は手帳を繰る。古い紙を破ってしまわないよう、慎重に。

 ――子供達が遊びに来る。エイミーから花冠。

 ――キッズルームでコリン、ジョージ、イヴの誕生日を祝う。プレゼントは兵隊の人形とぬいぐるみ。

「これは……孤児院の記録かな?」
「でもリチャード様はあまり子供個人のことを覚えていないようだったのだ」
 確かに妖精郷の子供のことはダイアナに任せっぱなしのようだった。だとすれば、これはダイアナがリチャードの為に作った覚書なのかもしれない。リチャードのあの様子が昔からならば、妻であるダイアナは秘書のような役目をすることもあっただろうから。
「ダイアナさんはリチャードさんの側にいつも付き従っていたみたいだね。きっときちんとした秘書もいたんだろうけれど、一番近くにいる自分が覚えたほうが早いって事もあったはずだから」
「やはりダイアナ様はリチャード様を愛して……」
「結論を付けるのはまだ早いよ」
 クージョンはそっと自分の人差し指をカンタレラの唇に押し当てて。
「カンタレラ……その人のことを知ろうとしたら、その人になりきってみて考えるといいと言うよ」
「……クージョン?」
「僕たちで夫婦の生活を再現してみたらダイアナさんが日々何を思いながら過ごしていたか、糸口がつかめるような気がするんだ!」
 クージョンはカンタレラを抱きすくめるようにして、傍らのベッドへと寝かせる。彼女の頭の横に手をついて、覆いかぶさるようにして。
「きっと新婚の頃は日々も甘く蕩ける様な愛を囁きあっていたに違いない。夜の明けるまで……ね」
「クージョン……」
 ギシ、とベッドがきしんだのは彼が体重を動かしたから。カンタレラの唇にそっと自分の唇を押し付けたクージョンは、その隙間に舌を滑り込ませて、絡ませる。
 甘い吐息が漏れる。
 キシリ……彼の手がカンタレラの豊かな双丘へと伸びる。
「あっ……」
 キスの合間に悩ましい艶声が上がり、再び落とされるキスにカンタレラは蕩けるような瞳で迫っている彼の顔見つめる。
 リチャードとダイアナの新婚当時を体現するように、二人は視線を、舌を、身体を絡め合って愛を確かめ合う。
「クージョ……!?」
 と、カンタレラが悩ましげに身体を捻ったその時、すっと身体を支えるものがなくなった気がした。そう、ベッドの端に寝かされていたため、ベッドから滑り落ちそうになったのだ。
「カンタレラ!」
「わっ……」
 クージヨンに抱きしめられるようにして、二人でバランスを崩してベッドサイドへと落ちる。クージョンの腕の中に抱きすくめられたので、カンタレラにはそれほど衝撃が伝わらなかった。
「クージョン! 大丈夫なのか? クージョン?」
 慌てて声をかけるも、彼から返答が帰ってこず。思わず名前を繰り返した。すると彼はぽつりとカンタレラの名を呼び、見て、とベッドの下を指す。
「床になにか書かれている。魔法陣みたいだ」
「魔法陣! ダイアナ様が書いたものかもしれない。早くベッドを動かしてみるのだ!」
 魔法陣を踏まないように二人で苦労してベッドを動かす。すると出てきたのは、やはり古びた魔法陣だった。
「クージョン、乗ってもいいか?」
「カンタレラ、待って。何が起こるかわからない。何が起きても僕は君を守るけれど、念の為に二人にもノートで知らせておこう」
 ダイアナのことがなにかわかるかもしれない、ダイアナの心に近づきたい、カンタレラはその一心で動いている。反対にカンタレラを危ない目に合わせたくないクージョンは、不安定になっている彼女を守るべく慎重になって。
「よし、エアメールは送っておいたよ。準備はいいね?」
 頷き合い、肩を抱いて寄り添うようにして二人は魔法陣へと足を踏み出した。


 *-*-*


 セクタンを呼び戻して階段から先、暗闇内の視界を確保したジョヴァンニとジュリエッタ。ジョヴァンニが紳士らしくジュリエッタを気遣い、手をとって、先に階段を降りる。
「ダイアナ殿は何をそこまで思い詰めておったのかのう……夫殿よりも自身の目的を選んでしまったのは確かじゃが、逆に未練があったからこそ殺めたのじゃろうか。男女の機微とは分からぬのう……とはいえ、カリス殿の涙を見てしまったのじゃ。彼女達の呪縛を解いてやらねばのう」
「ダイアナは夫君を愛していたとわしは思いたい。この先に何か手がかりがあればよいのだが……」
 二人が石造りの階段を降りて行く音が反響している。だが階段はそれほど長いものではなかった。下りきると右手部分が部屋への入り口となっていたのだ。
「これは……」
「やはり夫殿達には気づかれぬようにしていたのじゃな」
 そこは書斎のようになっていた。ただ、窓はない。上手くごまかされた空間にその部屋は存在しているのだ。
 部屋の中には本棚と机と椅子のセット。そして小さな祭壇のようなもの。
「手当りしだい触れるではないぞ、ジュリエッタ嬢」
 念のために声をかけて、ジョヴァンニは本棚を覗きこむ。そこには古今東西の魔術やオカルトに関する本を始めとして、年代記のようなものや地方の民話のような物がある。そっと手にとる。何度も読み込んだのだろう、読み込まれた本特有の跡がついていた。パラパラとめくってみる。
「これは……」
 年代記、民話、何冊も何冊も手にとってめくる。そのどれもに共通している単語があって、ジョヴァンニの手は止まらない。
「これらはディラックに関する本じゃな」
 もう一冊、と手を伸ばした本。それには背表紙にタイトルが入っていない。だがそれを開いたジョヴァンニにはそれがなんだかわかった。
「『虚無の詩篇』……!」
 ジョヴァンニが以前目を通したのとは違う手書きのものであったが、内容は「虚無の詩篇」と同じ。とすればダイアナが書き写して持ち込んだのだろうか。
「ジョヴァンニ卿!」
 ジュリエッタの呼ぶ声が聞こえて、ジョヴァンニは一度「虚無の詩篇」を閉じた。そして彼女の声が聞こえた机の方へと歩みゆく。
「これを見て欲しいのじゃ」
 ジュリエッタは机の引き出しを全部開けていた。驚くのはその中身で。入っていたのは日記帳と思しきものが、引き出し全てにぎっしり。
「ダイアナ殿の日記のようじゃ。だが途中で終わっておる」
 彼女が嫁いできてからずっと日記を書いていたのだとすると、引き出しの中だけでは収まらないはずだ。恐らくどこかで書くのをやめたのだろう。新しい日記は上の段に入っていた。とすれば一番古い日記は――。
 ジョヴァンニとジュリエッタは一番下の大きな引き出しから、大量に入っている日記帳を引っ張りだした。年度を確認しながら古いものを古いものをと辿っていく。
「これじゃ」
 引き出しの中の最後の一冊――日記の中の最初の一冊。二人はそれを机の上において、そっと表紙をめくる。


 ――今日から日記を始めます。新しい日々が、輝かしいものとなることを祈って。


 冒頭はそんな言葉で始められていた。


 ――リチャード様の絵姿を拝見致しました。とても凛々しくて素敵なお顔立ちで、この方に嫁ぐと思うと動悸が激しくなります。
 ――政略結婚の駒になるのはわかっていたけれど……でも、お相手に恋することができた私は幸せです。


 結婚か決まった頃のダイアナが記したものだろう。若々しい乙女の、結婚相手に期待を持った様子がかいま見えるものだった。
 夜会で婚約者だとお披露目されて嬉しかった。体調を崩した時にお見舞いが送られてきて嬉しかった。こまめに贈り物が送られてきて――ダイアナはそれらをすべてリチャードの意志から行われたものだと信じていたようだ。
 だが、実際結婚してベイフルック家に入ってみると、夢見心地でリチャードの腕の中にいられたのは最初の数日だけだったようだ。


 ――リチャード様はわたしが思っていた方と少し違うみたい。でも、政略結婚なのだから、ここから愛していただけるように努力いたします。


 けれども日を追うごとに、リチャードはぼんやりとした、蒙昧な男だということがダイアナにもわかってきたようだった。かつての見舞いや贈り物は全て気を利かせた執事たちの采配によるもので、リチャード自身は彼らに全て任せきりだったのだ。


 ――ヴァネッサ様……どうしてわたしに冷たく当たるのでしょうか? 義理の姉妹として仲良く出来ればと思っているのに……。


 加えて義理の姉妹となったヴァネッサがダイアナを影でいじめていた様な記述が増えた。何が気に入らなかったのかはヴァネッサにしかわからないが、ダイアナが心を痛めていたのは記述の通りで。一人でベイフルック家に嫁いだダイアナは、『ひとりぼっち』だったのだ。段々と孤独になっていった。
 そうそう気軽に屋敷外に出られるわけでもなかったものだから、ダイアナは逃げ場を屋敷の中に見つけるしかなかった。そんな時彼女が見つけた逃げ場が、


 ――書庫はとても落ち着きます。誰も来ないし、静かに本を読んでいるだけで時間が過ぎていくから……。


 そう、図書室だった。
 そこで彼女は運命の出会いをする。


 ――素晴らしい本を見つけました! ディラックという人が書いた本のようです。


 ダイアナは「虚無の詩篇」と出逢ったのだ。そして、それを段々と読み込んでいった。
「む……?」
 その後の記述を読んでいくうちに、ジョヴァンニは思わず声を漏らした。


 ――ディラック様……なんて素晴らしいのでしょう。彼のことを調べれば調べるほど、その凄さに感嘆させられるばかりです。


 最初は、尊敬。


 ――ああ、ディラック様……なぜわたしはディラック様と同じ時間に生まれなかったのでしょう?


 次第に憧れに。


 ――ああ、お会いしたい。お会いしたい。わたしの心を孤独から救い出してくださったディラック様。


 そして、恋情に。
 リチャードへの期待を裏切られ、ヴァネッサに執拗に虐められ、心の置き場を無くした彼女の唯一の救いであったディラック。
 尊敬が崇拝に似た愛情へ変わるまで、それほど時間はかからなかった。
 ディラックは、孤独な女の心の隙間に入り込んだのだ。


 ――あなたにお会いできるなら、わたしはなんでも致します。


 狂おしいまでの愛情が、行間からも感じられて。ジョヴァンニもジュリエッタも息を呑んだ。
「なんでもする……夫殺しも、ということなのじゃな……」
 ぽつり、ジュリエッタが呟いた。
 よく考えて見れば、この日記が書かれた頃から永い永い間、ダイアナはディラックへの思いを抱いていたのだ。ディラックに会うために、すこしずつ少しずつ準備を積み重ねて、機会を伺ってきたのだ。
 衝動的な思いで起こした行動ではない。年季の入った、孤独な女性を支えてきた唯一の願いがディラックを復活させることなのだ。
「……ダイアナは、リチャードを愛していたからこそ殺したのかもしれん。愛していたからこそ、裏切りが許せなかったのじゃろう……もっとも、これはわしの想像ではあるが」
 ダイアナがリチャードを愛していた。それは確かだ。裏切られたと思い込むまでは。
 もう一冊、ジュリエッタが日記に手を伸ばしたその時。


 どがぁぁぁっ!!


 何かが落下する巨大な物音とともに、地面が揺れた。
「ジュリエッタ嬢!」
 バランスを崩したジュリエッタを支え、ジョヴァンニは揺れが収まるのを待つ。幸いにして揺れは一瞬のことだった。
「何があったのじゃ?」
「とりあえず上に戻って様子を見ようかのう」
 二人は注意深く階段を昇り、クローゼットから出る。窓から差し込む日差しが少し眩しく感じた。


「「!?」」


 と、窓の外にありえない光景を見て、二人は窓に駆け寄った。言葉がすぐには出てこない。
「ロストレイル……」
 ぽつり、ジュリエッタの口から漏れたとおり、ロストレイルの車両が一両、屋敷前の庭に『落ちていた』。
「……! ダイアナ!」
「え……その足元にいるのはティア殿に見えるのじゃが……」
 ロストレイルの側に立っているのは、老婦人。ロストレイルから誰かの身体を引っ張りだそうとしている。少し離れた所に、金髪の少女が倒れていた。ジョヴァンニとジュリエッタには見覚えがある。あれはツーリストの少女、ティリクティアだ。
 二人は顔を見合わせて部屋を掛け出る。そして急いで階段を降りて玄関扉を開ける。
「ダイアナ!」
「ダイアナ殿!」
 だが時既に遅く。
 二人が扉を開けた瞬間、ダイアナはロストレイルから下ろした金髪の男性の身体とともに歪んだ空間の穴へと消えていってしまった。
 残されたティリクティアは気絶しているのか、ピクリとも動かない。彼女に駆け寄り、ジュリエッタが抱え起こす。
「ティア殿、ティア殿!」
 揺すっても叩いても彼女は目覚めそうにない。だが息はしている。
「クージョン殿達に連絡を……ん?」
 ノートを開いたジョヴァンニが届いていたエアメールに気づいた。内容に目を通して「無茶を……」と呟く。
「クージョン君達が怪しい魔法陣をみつけたようじゃ。わしらも向かおう」
 ジョヴァンニはすっとティリクティアを抱き上げ、ジュリエッタは先んじて扉を開けるべく、先導にと走った。


 *-*-*


 魔法陣によってクージョンとカンタレラが飛ばされたのは、ホールのような大きな空間だった。それがどこに位置しているのか、知るすべはない。ただ沢山の魔法陣の上に祭壇のようなものが用意されており、その祭壇を取り囲むように大きな燭台が等間隔に置かれている。
 そして。
「クージョン……」
「ここがどこであれ、僕たちは招かれざる客だろうからね」
 二人ににじり寄ってくるのは2体の巨大な玩具の兵隊たち。妖精郷にいたような可愛らしいものではなく、武器も磨きぬかれた本物の『番人』。
 クージョンはカンタレラを庇うようにしてにじり寄ってくる兵隊と同じように後退していく。兵隊たちもすぐに危害を加えるつもりはないのか、二人の進路を阻むようにしているだけだ。
 どのくらいそうして睨み合っていただろう。突然、閉鎖された空間に風が吹き込んできた。
 祭壇の側の空間が歪んで、次の瞬間、人が現れていたのだ。
 その人物は上品な佇まいに似合わぬ作業をしていた。祭壇の上に男性の身体を横たえているのだ。
「ダイアナ様!」
 カンタレラが叫んだ。あらん限りの声を張って、逢いたかった人の名前を呼ばわる。
「ダイアナ様、ダイアナ様!」
「カンタレラ!」
 クージョンが制するも、カンタレラは今にも飛び出しそうだ。
 ダイアナ様の心を知りたい、ダイアナ様の力になりたい、そう願うカンタレラの声が聞こえているのだろうか。一瞬、ダイアナが振り返った。
「ダイアナ様!」
 カンタレラがたまらず駆け出す。
 巨大な兵隊がそれを許すはずもなく、刺突剣を振り上げる。
「カンタレラ!」
 追いついたクージョンが彼女の手を引き、自分の胸に抱きすくめる。
 カンタレラを狙っていた兵隊は剣を振り下ろすのを止めない。標的の上に覆いかぶさるようになったクージョンの背中を人間離れした力で突き刺す!

 どんっ!

「……クージョン?」
「カンタレラ……無事、かい?」
 口の端から紅色を垂らしながら、クージョンが微笑む。だから、カンタレラも微笑んだ。
「無事、だぞ」
 その腰に深々と、もう1体の兵隊の刺突剣が刺さっていたけれども、彼を心配させたくなかったから、微笑んだ。
「よかっ、た……」
 カンタレラを抱えたまま、ドサリ、クージョンは床に倒れ伏した。カンタレラはクージョンを揺り起こそうと試みるが、身体に力が入らない。まぶたが重い。
 ダイアナはそんな二人には興味が無いようで、さっと手を振り上げる。すると何かの魔術が行使されたのか、祭壇を取り囲む蝋燭全てに炎が灯された。


 *-*-*


「クージョン君、カンタレラ嬢!?」
 魔法陣に乗ってやってきた、気絶したままのティリクティアを抱いたジョヴァンニとジュリエッタ。二人が見たのは血の海に倒れているクージョンとカンタレラ、そして祭壇に向かって敬礼している巨大な玩具の兵隊の姿だった。
「ダイアナ殿!」
「その隣におるのは……」
 倒れている二人に駆け寄った後、視線を祭壇に投げたジュリエッタが声を上げた。ダイアナは、金髪に青い瞳の壮年男性を伴っていた。こちらの声は聞こえていないようで、彼女は膝を折って男性を見上げている。


「ああ……どれだけあなたにまみえる日を待ち望んでいたことでしょう……わたしは、あなたにずっと、ずっとお会いしたかったのです……ディラック様」
「よくぞ我の復活を成し遂げてくれた。大儀である」


 その男性は優しそうな風貌をしているのに瞳だけはやたらギラギラしていて。口の端を吊り上げて笑むと、もはや元の身体の優しげな表情は失われていくようだった。
「ディラック、じゃと……」
「ということは、あれはヘンリーの肉体ということじゃな」
 そう、今少し前、ここでディラックの復活が成し遂げられてしまったのだ。すべての準備は整えられていたのだろう。後は肉体を手に入れるだけだったのだ。孤独な女が何百年もかけて準備をしたのだ、抜かりなどあるはずはない。
「ディラック様、参りましょう」
 ダイアナが空間を捻じ曲げる。転移魔法だ。だがそれをジョヴァンニ達が黙ってみているはずはない。
「待つのじゃ!」
「ダイアナ!」
 ジュリエッタが祭壇へ向かって走りだそうとする。だが素早く兵隊が彼女の前を塞いだ。ジョヴァンニも同じように道を塞がれている。
 その隙に、ダイアナとディラックの姿が穴へと消えていく。まるで長年離れていた恋人同士が漸く出会えたかのように、寄り添って、二人一緒に――。
「……わしらだけで無理はできん。この二人も癒し手に見せねばならん。我々は今見たことを知らせに戻ろう」
 冷静に状況を分析したジョヴァンニの言葉に、ジュリエッタはギアをしまって同意を示す。
「ティア殿もなにか知っているかもしれないからのう……」
 クージョンとカンタレラの容態も心配だ。二人はノートで0世界に救援を求め、今見たばかりの事象を伝えるのだった。


 果たしてダイアナとディラックは、どこへと向かったのだろうか。

クリエイターコメントご参加ありがとうございました。
ノベルお届けいたします。

クージョンさんとカンタレラさんは痛い思いさせてしまってごめんなさいっ。

みなさん、着眼点はお見事でした。
よって、ダイアナの過去と儀式場への道が開かれました。

……文字数足りないよ!?
ということになり、詰め込みましたのでわかりにくい点があるかもしれませんが、
ダイアナの心の内が伝わっていれば幸いです。

ディラックが復活してしまい、この後どうなるかわかりませんが……皆さんの活躍が全てですのでがんばってくださいませ。

このたびはご参加、ありがとうございました。
公開日時2013-02-11(月) 19:30

 

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