ブルーインブルー、辺境海域。 海上都市サイレスタで、「人魚」が捕獲されたという報らせは、ブルーインブルーの人々のみならず、世界図書館にとっても驚くべきニュースだった。 ヴォロスと違い、ブルーインブルーでは人間以外の知的生物は見つかっていなかった。「人魚型の海魔」はいても、会話ができるような人魚はいないと思われていたのである。だがこの「人魚」は言葉を解し、知性をもつという。本当ならばこれは“ファーストコンタクト”なのだ。 現地に赴いたロストナンバーは、そこで、捕獲された人魚が、「フルラ=ミーレ王国」の「三十七番目の姫、パルラベル」であること。彼女たちの国が「グラン=グロラス=レゲンツァーン王国」なる異種族の国に侵略を受けたため、救援をもとめて人類の海域までやってきたことを知る。 そして「グラン=グロラス=レゲンツァーン王国」は海魔を操るわざを持ち、その軍勢がサイレスタに迫っていることも……。 先だっての経緯から、ジャンクヘヴン率いる海上都市同盟とは距離を置いてきた世界図書館ではあるが、パルラベル姫と会ったロストナンバーたちは彼女に協力したい意志を見せた。 ほどなくサイレスタに押し寄せると思われる海魔の群れを看過すれば、海上都市同盟にも被害が出よう。ジェローム海賊団の壊滅により平穏さを取り戻したブルーインブルーの海に、またも血が流れることになる。「というわけでだな。まだ海上都市同盟は、海魔の群れがやってくることを知らねーわけだ」 世界司書・アドは、ロストナンバーたちからの報告を受けると、図書館ホールに人を集めて言った。「なので、ササッと行って、パパッと海魔を退治してくるだけなら、俺たちの活動はジャンクヘヴンになんの影響も及ぼさない。が、結果的には海上都市同盟を守ったことになる。人知れず戦うヒーローってぇやつだな。問題は海魔の群れがどのくらいの規模か今いちわからないことだが……とにかく、可能な限り退治してきてくれ。チケットの手配は他の司書にも頼んでいる。希望者全員に行ってもらえないかもしれないが、なるべく善処はするからな。興味があれば挙手してほしい」…………「なぁ、パルラベル姫の姉妹に関する依頼ってないか?」 司書室を訪れた古城 蒔也の問いに、小柄な妖精の老婆は1つ頷いた。「ああ、丁度いい所に来たね。お前さん達ならば、きっと彼女を救えると思うよ」 老婆はぴょこん、と椅子から飛び降りると、『導きの書』を手に彼を呼ぶ。「頼りになりそうな仲間を1分以内に呼び寄せな。時間がない」 蒔也の呼びかけに応じたメンバーが揃うと、老婆は『導きの書』を開いた。「お前さん達に助けてもらいたいのは、パルラベル姫の姉……25番目の姫君だ。彼女は勇敢な姫君でね、国では“無頼の碧玉”と呼ばれている程、腕っ節が強い」 そのお姫様が、大勢の『人魚型の海魔』に取り囲まれ、命を落とす、という予言が出ているのだ。「今からいけば、間に合う。けれども相手は醜悪で狡猾な人魚型海魔だ。全部で60から70はいるかもしれない」 もっと沢山いたようだが、その姉姫・サロメッタが一人で三叉槍を奮い倒していたらしい。しかし、疲労した所で隙を突かれてしまうそうだ。「因みに、彼女はどうやら民を追ってきた連中を追い払うために、殿を勤めていたようだ。幸い、彼女が守っていた仲間たちは既に安全な所へ避難している。 だから、サロメッタ姫の救出と、敵の殲滅に力を注いで欲しい」 老婆の言葉に、蒔也達は力強く頷く。そして、チケットを受け取るとすぐさま準備を整え、ロストレイルへと乗り込むのだった。 ――ブルーインブルー。 晴れた空の下、緑色の髪を靡かせ、一人戦う人魚の女性がいた。周りには醜悪な顔と、フジツボが付着しているような、ゴツゴツしたウロコを纏った、人魚型の海魔が漂っている。 彼女の周りがうっすらと赤いのは、敵の血による物だろうか。それとも……彼女自身の血だろうか。「くっ、数が多い。けれど、皆を守らねば……」 サロメッタは、愛用の三叉槍を握り締め、敵を睨みつける。けれども、体は傷だらけで、体力もかなり消耗している。「ここは、守りきらなくては。絶対に!」 姫は叫ぶ。大切な仲間を守るために。けれども、徐々に、徐々に追い詰められていく。(パルラベル……お前は無事なのか?) ふと、妹姫の事を思いながらも、彼女は敵の攻撃を匠に防いでいた。 果たして、ロストナンバー達はサロメッタを助けることができるのだろうか?=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ムジカ・アンジェロ(cfbd6806)由良 久秀(cfvw5302)古城 蒔也(crhn3859)ネイパルム(craz6180)
序:遭遇 ――ブルーインブルー・某海域。 4人のロストナンバー達が『導きの書』に現れた場所へ近づいた時、微かに血の臭いを覚えた。恐らく、人魚型海魔の物であろう、と推測する。彼らは戦闘の準備を念入りに行いつつ、其々色々な思いを持っていた。 (早く見てぇよなぁ、美しい人魚ちゃん達の麗しき王国ってやつを……) 自分の手でフルラ=ミーレ王国を破壊したい、と考える古城 蒔也は、潮風の中で瞳を細める。御伽噺のような美しい国が崩壊する様など、見逃せるわけがない。叶うことならば自分の手で『それ』を美しく彩ることができるのならば……とすら思う。その為にパルラベルやその姉妹に恩を売っておくのは悪い手ではないだろう、と。 (ま、今度パルラベルちゃんに会った時の土産話に仕えるし。そんじゃーま、お姫サマの前では適当に猫かぶっときますか) 蒔也はキラキラ輝く海を見渡し、ふふっ、と小さく笑う。一見、ただ笑っているようにしか見えないが、その内心は他人からすればちょっと物騒なのかもしれない。 そんな事を考えているとは露知らず、ムジカ・アンジェロは真剣な表情で辺りを見渡す。そろそろ、例の海域に差し掛かる頃だろう、と予測した彼は傍らでこめかみを抑える由良 久秀をちらり、と見た。 「なんで俺をここへ連れてきた」 「勿論、手は少しでも多い方がいいからさ」 ムジカはそう言いながら肩をすくめつつ、またあたりの様子を見た。彼はパルラベルに助力する事を約束した。彼女の姉君を捨て置く事など、ムジカには出来なかった。 一方、久秀は依頼の内容だけ聞いて去るつもりだった。が、こうしてムジカに引っ張り出されここにいる。喧嘩は不慣れだし、まっとうな戦闘技術も無い。ついでに言えば正義感や義憤もない彼だが、今からは陸へ戻れそうもない。 (とりあえず、無事に帰る事が出来れば) と写真を撮りながらあたりを見渡すと……遠くに光る物が見えた。赤竜の男、ネイパルムがぽつり、上空で呟く。 「どうやら、向こうさんから来たようだぜ」 恐らく、波で察知したのだろう。スピード型と雑魚型であろう人魚型海魔が近づいてくる。よく見ると、さほど遠くない距離に緑色の髪の女性が見えた。あれがサロメッタだろう。彼女はどうにか三叉槍で戦っているようだが、疲労しているようだった。 「一人で動けそうにみえねぇな」 「手伝おう」 ネイパルムが翼を広げ、ムジカがトラベルギアである詩銃の引き金を引く。何発か放たれる事に音もなく速やかに凍りつく水面。その様子に久秀が目を丸くし、僅かに動揺したようだった。 「それじゃー、はじめますかぁ?」 楽しげに弾む蒔也の声に、ネイパルムはやれやれ、と肩を竦め、銃を持つと更に力強く羽ばたく。それを見、ムジカもまたサングラスの奥にある緑色の瞳を細め、詩銃を構えるのだった。 「くっ、数が多すぎる……」 血に染まった手で必死に三叉槍を握り締め、サロメッタは歯噛みした。体は傷だらけで、あちらこちらに敵の爪痕が残っている。 (こんな姿を姉妹に見せたら、きっと怒るだろうな。特に……) 険しい表情で敵の攻撃をさばきつつも、脳裏に浮かぶ姉妹の顔。彼女の意識は、徐々に薄れかけていた。が、鈍くも乾いた音で意識がはっきりする。空に浮かぶ、赤い男。そして、傍らを見れば、赤い翼を背負った青年がそばにいた。 ネイパルムが勢いよく風を切る。あっという間にスピード型海魔が届かないであろう距離までくると、彼は口元を綻ばせた。 「やらせはしねぇよ、雑魚ども」 再び、銃声音。ネイパルムが狙った海魔達は確実に傷を負い、彼を敵と認識した者達が姫から離れていく。一方、詩銃で皮膚の薄い部分を傷つけたムジカは、己の血で翼を作り、姫の救出にあたっていた。 「!? 貴方は……?」 「話は後だ」 ムジカはすっ、と抱えあげようとする。が、思ったよりも重く、一人では難しい。しかし、丁度いいタイミングで敵が味方に引き付けられている。 久秀がカメラのようにボウガンを構え、近寄ろうとしたパワー型の脳天を射止める。リズミカルな音を立てて刺さる矢が、雑魚型を沈めていく。 そして、響き渡るサブマシンガンの唸り声。蒔也がいい笑顔で己のトラベルギアを起動させ、乱射している。それにより雑魚型は次々に倒れていき、海は更に赤く染まっていく。ブクブクと沈んでいくその様子に、彼の口元が僅かに綻んだ。 「手伝おうか?」 「頼む。このお姫様は……」 サロメッタは思ったよりも長身で、筋肉のつき方も靭やかだった。まるで陸上競技のアスリートを想像させるが、その割に胸はやや大きい。そんな事を抜かしても、細めのムジカ一人では抱えるのが難しかった。 近づいたネイパルムに、ムジカは苦笑すると、協力し合いどうにか船へと上げる。 「!? そ、空……?」 ふわり、と浮かんで船に上げられ、サロメッタは目を白黒させる。しかし、彼女は救助された、と分かると少し落ち着きを取り戻した。どうにか船上に乗せられると二人に頭を下げる。 ムジカが彼女に対し、簡単に事情説明と妹姫・パルラベルの無事を知らせれば、サロメッタの表情が幾分か明るくなる。ネイパルムはそんな様子にふぅ、と息を吐いた。僅かに背中が痛むのは、久々に思いっきり飛んだからだろうか。 「……っ、おらよ、下がってな!」 ここからが本番だ、とばかりにグレネードランチャーを取り出すと、トラベルギアである小型弾薬ケースで弾をつくり出す。取り出すのは、着水程度の衝撃で爆発する機雷弾だ。 「仲間も、無事なんだな」 「安全なところへ避難しているそうだ。あとは、おれたちにまかせるといい」 ムジカはそう言うと、機嫌よさそうに氷上で戦う蒔也の元へと駆けつけた。その背中を見送りつつ傍らで身を休めるサロメッタを見、久秀はボウガンを片手に内心ため息をついた。積極的に彼女と関わる気は無いし、人外相手には苦手意識がある。それに、清楚で儚げな女性を好む彼としては、凛々しく、硬派なサロメッタはある意味対極の存在だった。 (さて……) 迫り来る海魔を写真に収め、序でに更なる敵の接近がないか見ていく久秀。僅かに荒れる波間に、人魚型海魔が見える他には、驚異となりそうな物は確認できなかった。 (雑魚型が、2割ほど落ちたか) そんな感想を漏らしつつも、彼は再びボウガンを構えた。今の所、反撃を喰らうほど接近を許していない。この調子で終わってくれればいいが、となんとなく思った。 破:揺れる戦場 ムジカの詩銃によって、船の周りは凍りついて足場が出来ていた。このお陰で船への直接攻撃までの時間稼ぎができただけで無く、津波での転覆や船底からの攻撃を予防できた。 (彼らは、戦いのプロなのかもしれんな) サロメッタは傷付いた体を船の壁に預け、4人の戦う姿を見ていた。その中で、彼女の目を引いたのは、ツンツン頭の青年だった。彼の銀色の目に宿る『何か』が、サロメッタにはどこか引っかかって気になった。 (あの男は……) 「そーらよっ!」 掛け声とともに響く水の音。蒔也が網を投げ入れたのだ。ムジカもまた赤い翼で空を舞い、詩銃で迫り来るスピード型海魔を狙い打っていく。しかし、何匹かは網も、弾も避けていく。しかし、それを阻んだのは久秀のボウガンだった。的確に仕留められた海魔達はゆらゆらと水底へと沈んでいく。 そして再び響く激しい爆発音。離れた所に広がる波は機雷弾が破裂した痕だった。ネイパルムのグレネードランチャーから放たれるそれが、雑魚型・パワー型・スピード型関係なく巻き込んで炸裂し、蒔也が口笛を吹く。 (ったく、あのツンツン頭は……) 一体何を考えているのか、と思うと内心胃がキリキリしてくるようでもあるが、それでもこうして依頼に付き合っている辺り、ネイパルムは若干お人好しなのかもしれない。 「また近づいてきたか」 久秀がボウガンで狙いを定め、網から逃れた海魔を狙い撃ちにしていく。数だけが問題の雑魚型なら、頭を射抜くだけで倒せるので楽なのだが、パワー型はそうも行かない。 (無駄に体力だけあるようだな) 彼が放ったボウガンを何発も受けながら、パワー型海魔は船へと迫っていく。それを確認したネイパルムがふん、と鼻を鳴らした。 「しょうがねぇなぁ」 機雷弾を使えば、バブルパルスの影響を船が受けそうな距離まで来ている。そう判断した彼はピストルでパワー型を攻撃した。速度が遅い分充分狙いやすく、どうにか、鈍い音を立てて沈めることに成功する。 (ふぅ、危ない危ない) 久秀は額に浮かんだ汗をぬぐい、ボウガンの矢を見た。前もって蒔也に頼んで、半分は爆発するように仕掛けてある。それらは全て、蒔也が望んだ時爆発するのだ。「爆破するときは一声かけてくれ」とは言ってあるものの、早く使い切りたいのが本音だった。 (中々いい調子だな) 蒔也は波間に響く派手な音色に、終始ご満悦だった。次々とカラフルなスーパーボールを投げ入れれば、飛沫と共に爆発音。潮風に血潮と火薬の匂いが混ざって行く。こうして網の中へと追い込んでいるのだ。 「こっちだ」 スピード型の鰭に注意しながら、ムジカが詩銃でそれを撃つ。彼もまた網の中へと海魔を追い込んでいる。 ムジカがざっとあたりを見渡したところ、新たな海魔はいないようだった。まだ遠くに2、3匹のパワー型と思わしき海魔はいるものの、目立った動きは見せていない。 「まだまだ足りねぇなぁ」 顔を上げれば、蒔也がマシンガンを高らかに鳴らしながら海魔を追い込んでいく。体験した事のない恐怖なのだろうか、そのゴツゴツとした鱗に覆われた顔が、歪んでいるような気がする。 (もしかしたら、この海魔を操っている魚人が……) ムジカは追い込みつつも再び辺りを見渡す。もし、魚人がいるならば何故人魚の国を襲撃するのか、聞いてみたかった。 魚人の姿を見つける事はできなかったものの、彼は念の為に一発引き金を引く。同時に広がる高い音。魚人による音波の操縦を妨害する為に音響弾を使ったのだ。 しかし、海魔達の行動に変化は見られず、蒔也はスーパーボールを手で弄びつつ笑う。 「変わった様子はねぇな」 「今回は、外れたか」 ムジカは内心ため息を吐きながら再び海魔の追い込みに向かった。 「まだまだ落ち着きそうもねぇな」 ネイパルムは目を細め、ピストルを構える。海魔の中には賢いモノもいたのか、機雷弾を空中で爆破させようと、モリを投げる物がいた。しかし、そこは戦歴の猛者。対策もちゃんと考えていた。 彼は別方向へとグレネードを放ち、それを囮にして敵を狙い打つ。そのお陰で遠くにいるパワー型や様子を伺っている雑魚型をきれいに掃除する事ができた。 (それにしても、人魚の姫君って多すぎだろ……) ふと、ちらりとサロメッタがいるだろう船を見て思う。話には100人のお姫様がいるらしいのだが。 (人魚なだけに、魚の卵みたく一度に大量に生まれるのかねぇ) 思わずそんな事が頭をよぎるが、そんな事よりも今は戦闘が先だ。ネイパルムはふぅ、と一息つくと再びピストルを構えた。 氷に阻まれ、近づけない海魔達。その様子に少し余裕を感じていた久秀であったが、そこへ空を切る音がした。何本ものモリが、彼目掛けて飛んでくるではないか! 慌てて下がると、汗で額に張り付いた黒髪を払った。 「なっ!? 呪われろ、怪物!」 久秀がそう零した時、澄んだ金属音がした。いつの間にか、傷だらけのサロメッタが三叉槍でそのモリを払っていたのだ。 「無粋な海魔どもめ……」 冷たい声が、サロメッタから漏れる。久秀は僅かに下がった所から再び攻撃しつつ、小さく何か呟いた。しかし、何といったかはボウガンと波の音にかき消され、誰もわからなかった。 彼ら4人の的確な行動が、人魚型海魔達の悲運だった。スピード型の体当たり程度では氷は割れず、パワー型が迫ろうとすれば、グレネードランチャーによって放たれた機雷弾によって阻まれ、多くの雑魚型はマシンガンや銃の餌食となっていく。 次々に網の中へと追い込まれ、網を逃れてもボウガンに打ち抜かれ……。次第に、海魔達の影は水面から数を減らしていた。 「仕上げといこうか」 ムジカの声に、蒔也が口笛を吹く。彼はまるでオーケストラを指揮するように手を振るうと、にっ、と笑った。 「イッツ・ショータイム! 爆破の時間だ!!」 「なっ?!」 久秀があわててボウガンの矢を放ち、爆発するように仕向けた物が残っていないか確認する。……が、わからなくなっていたので残り少ない矢を手早く遠くへ打ち込んでしまう。 ムジカと蒔也によって網に追い込まれた多くの海魔が、網を切ろうと奮闘する。が、威嚇するようにムジカが詩銃を放ち、抜け出したスピード型も氷への体当たりがうまくいかず久秀のボウガンやネイパルムのピストルの餌食となっていた。 ムジカが高く舞い上がり、蒔也は仕上げとばかりにパチンッ、と指を鳴らす。そして……!! ――バァーーーンッ!! 派手な爆発音と共に水柱が上がり、氷を、船を、5人を濡らしていく。中には爆発の威力によって天高く舞い上がる海魔もいたが、五体満足ではなかった。大きな波紋が広がり、網を逃れた筈の海魔達もまた、巻き込まれていく。 蒔也はその様子に、悠然とした表情で呟いた。 「醜い海魔も爆発する瞬間だけは綺麗だよなぁ。……そう、思わねぇか?」 水の細かな泡が弾ける音、潮騒、海鳥の鳴く声。それらにかき消されて蒔也の言葉は誰にも聞こえてはいなかった。ただ、楽しげに笑う彼の姿を、一人見つめるサロメッタの姿を、振り返ったムジカは見ていた。その目は、なにかを推し量ろうとするような目であった。 しばらくタイムラグの後、再び大きな爆発音。蒔也が振り返ると、ネイパルムがグレネードランチャーを放っていた。 「あれで、最後じゃねぇかな。ったく、厄介なモンだぜ」 どうやら、津波を起こそうとしていた奴がいたらしく、対応してくれたようだ。久秀とムジカが再び警戒するように辺りをみたが、ネイパルムが言ったとおり、津波を起こそうとしたパワー型海魔が最後らしい。 「あーあ、もっと派手にやりたかったなぁ」 「これで未だ足りねぇのかよ、ツンツン頭」 少し物足りなさそうに蒔也が呟けば、ネイパルムが肩を竦める。やっと終わった、と久秀が安堵の息を吐けば、ムジカがありがと、と僅かに微笑む。そんな4人の無事を、サロメッタは嬉しそうに喜ぶ。 4人が手際よく戦ったが故か、予想より早く海魔の群れを殲滅する事ができた。サロメッタは蒔也、ムジカ、ネイパルムが船に戻ると、深々と4人に頭を下げて礼を述べた。 「貴方がたには、心から感謝する。……助けてくれて、本当にありがとう。あの時、助けられなかったら、私はきっとあのまま沈んでいただろう」 その時、ムジカはふと、ある事に気づいた。サロメッタの手首に巻かれたブレスレッドに、見覚えのある意匠がある事に。 急:僅かな交流の中で 氷を溶かした上で、船は戦場となった場所から少し移動する事にした。血の臭いを嗅ぎつけて新たな敵が来ては大変だからだ。 パルラベルに会った事のある蒔也とムジカが、彼女の無事を伝えれば、サロメッタはふぅ、と安堵の息を吐いた。引き締まっていた表情が、幾分、柔和となって優しい笑顔を浮かべた。 「ムジカ殿とマキヤ殿は、私の妹に会っていたそうだな。姉妹揃って世話になっていたとは……」 「まぁ、あのお姫サマとはちょっとした友達ってトコだな」 蒔也がそういえば、サロメッタは小さな声で「頼もしい友を得たようだな」と呟く。それに彼も笑うが、その裏では何を思っているかなど判らないだろう。 「これも何かの縁なのかもしれんな。重ね重ね、感謝する」 「ところで、少し聞きたい。そのブレスレットの事なんだが」 ムジカがサロメッタの手にある飾りを見て問う。装飾の一部に、『太陽と月の天秤』があしらわれている物があった為、気になっていたのだ。パルラベルはその謂れを知らなかったのだが、もしかしたら、彼女は知っているかもしれない。そう思ったのだ。 だが、サロメッタは少し考え、済まなそうにこう答えた。 「この意匠は、海で見つかる品物についている事が多い。私の記憶が確かならば、魚人達がこれと同じ意匠のついた飾りをつけていたのを見た事があるな。それ以上に知っている事はないんだ」 「そうか……」 少し残念そうにムジカがため息をつく。その少し離れた所から久秀が写真を取れば、サロメッタは気にした様子もなく彼を見る。やはり人外が苦手である久秀としては、あまり関わりたくない相手であったが、僅かな間だけ目が合った。それだけでサロメッタは何かを感じ取り、向き直る。久秀は気づかなかったが、彼女は少し苦笑したようだった。 しばらくの間、彼らが話す様子を見ていたネイパルムであったが、どうにかサロメッタを助ける事ができて安心していた。王族とはいえ、姫は多いのだ。報酬なんて期待はしていない。けれども、こうして助けられただけでも、少し報われたような気がした。 そんな中、ムジカは傍らにいたジェリーフィッシュタン、ザウエルが遊ぶ様子を見つつ海を眺めた。今回は、海魔を操る魚人の姿を見なかった。もし、見かけていれば水中呼吸を活用し追跡したかった所だが……。 (もしかしたら、今後仲間が遭遇するかもしれない。その時、わかるかもしれないが……) やはり、少しばかり魚人達の目的が気になるムジカであった。 「……何も、お礼が出来なくて申し訳ない。せめて、これを受け取って欲しい」 別れ際、サロメッタはそういって徐に腰に吊るしていた革袋らしき物からころん、と何かを取り出した。それは、貝殻を加工したモノであろうペンダントヘッドであった。 「手慰みに、時々作っていた物だ。丁度4つある。要らなければ、海に捨てても構わない」 彼女はそう言うと、僅かにはにかんでそう言った。その、僅かな表情、その一瞬だけは……久秀が好むような、清楚な女性の顔だった。 こうして、4人の戦いは終わる。サロメッタはその後無事に仲間たちと合流し、彼らもまた、サロメッタとパルラベルの無事を喜んだ。4人は彼らに見送られながら港へ向かい、停留所へと向かった。 これは後日談になるのだが、久秀が今回撮った写真を現像していると、奇妙な物が写りこんでいた。戦闘直前と、戦闘後に撮った物の各一枚ずつに、見覚えのない影が……。それは、鱗に覆われた顔と、魚のような鰭を持つ耳。そして、うっすらと見えるぎょろり、とした目は……、確かに久秀達を、サロメッタを睨みつけていた。 (終)
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