ブルーインブルー、辺境海域。 海上都市サイレスタで、「人魚」が捕獲されたという報らせは、ブルーインブルーの人々のみならず、世界図書館にとっても驚くべきニュースだった。 ヴォロスと違い、ブルーインブルーでは人間以外の知的生物は見つかっていなかった。「人魚型の海魔」はいても、会話ができるような人魚はいないと思われていたのである。だがこの「人魚」は言葉を解し、知性をもつという。本当ならばこれは“ファーストコンタクト”なのだ。 現地に赴いたロストナンバーは、そこで、捕獲された人魚が、「フルラ＝ミーレ王国」の「三十七番目の姫、パルラベル」であること。彼女たちの国が「グラン＝グロラス＝レゲンツァーン王国」なる異種族の国に侵略を受けたため、救援をもとめて人類の海域までやってきたことを知る。 そして「グラン＝グロラス＝レゲンツァーン王国」は海魔を操るわざを持ち、その軍勢がサイレスタに迫っていることも……。 先だっての経緯から、ジャンクヘヴン率いる海上都市同盟とは距離を置いてきた世界図書館ではあるが、パルラベル姫と会ったロストナンバーたちは彼女に協力したい意志を見せた。 ほどなくサイレスタに押し寄せると思われる海魔の群れを看過すれば、海上都市同盟にも被害が出よう。ジェローム海賊団の壊滅により平穏さを取り戻したブルーインブルーの海に、またも血が流れることになる。「というわけでだな。まだ海上都市同盟は、海魔の群れがやってくることを知らねーわけだ」 世界司書・アドは、ロストナンバーたちからの報告を受けると、図書館ホールに人を集めて言った。「なので、ササッと行って、パパッと海魔を退治してくるだけなら、俺たちの活動はジャンクヘヴンになんの影響も及ぼさない。が、結果的には海上都市同盟を守ったことになる。人知れず戦うヒーローってぇやつだな。問題は海魔の群れがどのくらいの規模か今いちわからないことだが……とにかく、可能な限り退治してきてくれ。チケットの手配は他の司書にも頼んでいる。希望者全員に行ってもらえないかもしれないが、なるべく善処はするからな。興味があれば挙手してほしい」 ◆ ◆ ◆ ヴォウッヴォオ～ウゥ！ 波間から顔を見せた北斗の声には、切迫した色があった。 ロストナンバーたちは瞬時にその意味を悟り、甲板に緊張が走る。 さいはて海域をまっすぐ進むその船は、ジョヴァンニ・コルレオーネの呼びかけで集まった５人の旅人のものだった。 平穏な航海が続くなか、北斗が斥候として航路の先を見に行った。彼が慌てて戻ってきたということは。「なにかきやがる」 望遠鏡をのぞき、オルグ・ラルヴァローグが言った。「ちょうどよい。のんびりした船旅にも飽きはじめていた頃じゃ」 ジョヴァンニが水平線へ視線を投げた。 白波が飛沫をあげているのが見てとれる。それは、見渡す限りに広がり、こちらへ押し寄せてきつつあるようだ。「大きな鮫の群れだって！」 甲板に戻った北斗の話を聞いて、マグロ・マーシュランドが振り返った。「ねーねー、仕留めたら食べていいの？」 瞳を輝かせている。「そうじゃの。今宵のディナーはフカフレのスープといこうか」「んん、なんだありゃ。海の上にもなにかいる。あいつらは……」 オルグの望遠鏡の視界に見えたのは、船――なのだろうか……いや、違う、なにかの甲羅のようなものだ。おそらく海魔だろう。その背のうえに、人型の一団がいるのが見える。「ふむ。情報では人魚の国を襲った敵国は海魔を操る種族と聞く。どうやら連中の部隊と行き当たったというわけか」 数分後。 ジョヴァンニたちの船は、水面下からの鮫型海魔の突撃を受け、まるで嵐の中の小船のごとき揺れに苛まれていた。 さらには、全身に鱗をもつ、魚人たちが射掛ける矢の雨が空から降り注いできていた。 だが、遅れをとるばかりのロストナンバーではない。 反撃もまた熾烈であった。 さいはての海に海魔の血が広がる。「……？ あっちからなにかくるのです」 戦いのさなか、シーアールシー ゼロがなにかに気づいた。「なに、新手か？」「おおきいのです」 次の瞬間。 海面が大きく盛り上がった。 とっさに手近ななにかにしがみつかなければ、海に放り出されていただろう。「こ、これは……！」「ヴォウオ～ウ！」「わー、クジラさんだ～」 巨大だ。 山ほどもある巨大な海魔だった。「なんだ、この海魔、味方を……！？」 マストにしがみつきながら、オルグが言った。 クジラ型海魔は、サメ型海魔といわず、海に投げ出された魚人といわず、構わず呑みこんでいるではないか。「ふむ。あれは敵の制御を受けてはおらぬようじゃの。野良の海魔なのか、それとも……」「落ち着いてんな、じーさん。けど、これはこれで厄介だぜ。三つ巴だ」 水平線に、海魔の咆哮が響いた。＝＝＝＝＝＝＝＝＝！注意！企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル（チケットは返却されます）になる場合があります。＜参加予定者＞ジョヴァンニ・コルレオーネ(ctnc6517)オルグ・ラルヴァローグ(cuxr9072)マグロ・マーシュランド(csts1958)シーアールシー ゼロ(czzf6499)北斗(cymp6222)＝＝＝＝＝＝＝＝＝
１ 「チッ、血の匂いで引きつけちまったか！？」 クジラ海魔の出現により、海は阿鼻叫喚の様相だ。海面は大きく波打ち、船は大揺れ。オルグは帆綱を掴んで転ばないようにしながら、仲間に向かって言った。 「どうする！ どっちを先に潰すにしろ、どっちかに不意を付かれるのは笑えねぇよな……。だが互いが潰し合うのを待つわけにも行かねぇ」 「乱戦だね。故郷で狩りしてた時もこんな事あったなぁ。こうゆう時、慌てて手当たり次第攻撃するのは危険だよ。取り囲まれて大変な事になっちゃう」 マグロが応じた。 「とりあえず今は、鯨さんを下手に刺激しないほうがいいんじゃないかなあ」 『クジラは魚人の手下じゃないみたいだ。戦わないのもありだと思うんだ』 マグロの考えに、北斗が意見を付け加える。 「ふむ。そうじゃの」 ジョヴァンニは仕込杖の刃を抜き放つ。 そしてすばやく振るうと、空気を裂いて衝撃波が奔った。それは、いつのまにか船体に登りつき、船縁から上がってこようとしていた魚人に命中してそれを再び波間へと追い落とす。 「ジョヴァンニさん」 「わかっておるよ」 声をかけてきたシーアルシー ゼロに、ジョヴァンニは頷く。 「わしらはなりゆきで人魚姫に与し、あの魚人たちと対立しておる。じゃが事情をすべて詳らかに知っているわけでもない。ならばいたずらにかのものたちに遺恨を残すのは得策ではない……そうじゃな？」 それはゼロが、航海の途上、仲間たちに話していたことだった。 魚人たちが海魔を操り、人魚の国や人類の海上都市を脅かしていることは事実。だがかれらにもかれらの大儀があるかもしれないのだ。 「ゼロは、やはり共闘を申し込んでみるべきだと思うのです」 「問答無用で襲い掛かってきたのは連中のほうだぜ」 「『人魚』や『人間』に敵対的でも、『そうでないもの』になら対応は変わるかもしれないのです。現に海魔とは共存しているのです」 「なにごとも試してみなくてはわからん。当たって砕けろじゃ」 「砕けるのです」 そう言い残すと、ゼロは無造作に、船縁からひょい、と飛び降りて行ってしまう。 「ゼロ殿の首尾はともかく、船は守らねばならんの」 立て続けに襲い掛かってくる振動は、鮫海魔が喫水下の船体に激突を繰り返していることを意味していた。船底に穴が開けられてしまえばかなり不利だ。 「海の中の敵は任せて！」 マグロが勇んで飛び込んでゆく。 「よし、頼んだ。北斗はクジラの動きに気をつけていてくれるか！」 『わかったよ』 北斗とオルグ、そしてジョヴァンニは、船縁につく。 降り注ぐ矢の雨――オルグが天へ手を向ければ、放たれた波動に、飛来する矢が次々に発火する。『蝕みの黒炎』により、矢は船に到達するまえに燃え尽きてしまうのだった。 海面が盛り上がる。 クジラ海魔に匹敵する――いや、それより大きいかもしれないなにかが海を割って出現するに至り、魚人たちの表情を読みにくいおもてにさえ、驚愕の色が浮かんだようだった。 むろんそれはゼロであった。 海よりいでしは、さながら白き女神である。 「ゼロはゼロなのです」 天上より降る、その声。 「みなさんはなんという方々なのでしょう。魚人とお呼びしていいかどうか、失礼にあたってはいけないのです」 魚人たちは、かれらの指揮官と見られるものに、指示を仰いでいるようだった。 指揮官は、甲羅の海魔の背の頂で、海棲生物の骨でつくったらしい甲冑をまとい、大仰な槍を武器として携えていた。 「面妖ナル怪異ヨ。ワレラガ海を統ベル『アビイス』ト知ラヌト申スカ」 人類とは発声器官が異なるのか、聞き苦しい声ではあったが、それは言語を発した。 「それではアビイスのみなさん。あのクジラのような海魔はみなさんの操っているものではないのです？」 「イカニモ、ハグレ海魔デアロウ」 「このままでは双方に打撃があるのです。協力して追い返したほうがよいと思うのです」 ゼロは訴えかけたが、残念ながら、魚人たち――アビイス族、というのだろうか、かれらには伝わらなかったようだ。 弓兵たちはゼロに向かって矢を射掛け、サメ海魔の一部がゼロへと襲い掛かる。 むろん、そんなものがゼロを脅かすことはなかったが、彼女は世の不条理をなげくかのように――ことさら表情にはあらわれなかったけれど――少し身を引く。 マグロか北斗のような、あきらかに人魚でも人類でもないものの声なら聞いただろうか？ いや、この状況ではあまり差はなかっただろう。 ――と、ゼロは船の上でジョヴァンニが彼女に向かって手を振るのを見た。 サメ。それは北斗が海で出会う数少ない敵のひとつだ。 サメの群れをまえにして、本能的に、北斗の肌がぴりぴりと緊張を感じてしまう。 『サメとシャチには出会いたくないんだよ。おいらを食おうと襲ってくるんだ』 そんなことをひとりごちながら……、北斗は海面を睨んだ。 さいわい、クジラはまだ少し離れた場所にいる。 目下の災難は、やはりサメであった。 マグロのように海に飛び込んでゆくのは腰が引けた。北斗には別の武器がある。 「ブオォオオオオ！！！」 重力を操る北斗の超能力が、船に体当たりしようと突進してきていたサメを捕らえた。 サメの身体はそのまま水面より上に持ち上げられる。こうなってはどうすることもできない。ジタバタと尾ひれを振るばかりのところ、その胴体が音を立てて爆ぜた！ マグロの放った炸裂弾だ。 動かなくなったサメの身体が、海に沈んでゆく。マグロが波間から北斗に手を振った。 ２ 「相談じゃがゼロ嬢、あの鯨なのじゃが」 ジョヴァンがゼロへ言った。 「動きを抑えることが先決じゃ。鯨は海の中では王者じゃが、あの巨体が浜へ乗り上げてしまえば身動きできん。壱番世界でもしばしば、そういうことがある。浜辺に鯨が打ち上げられて、戻すのに一苦労するということが」 「なるほどなのです。ですが、ここまで航海してきたところ、クジラを打ち上げられるほどの浜辺のある陸地はなかったのです」 「そうじゃの。じゃから、要は、動けなくなればよいのでな……」 ジョヴァンニとゼロがなにやら相談しているのを尻目に、オルグは魚人たち相手に奮戦中。 甲板に次々乗り込んでこようとする連中へ、トラベルギアから光の刃を放っては海へと返す。 「まるでモグラ叩き……いや、半漁人叩きか」 「オルグくん！」 後方からジョヴァンニの声。 「一人でいい、捕虜が取りたい」 「やれやれ、人使いの荒いじーさんだぜ。ほら、よっと！」 光刃をすんでのところで避け、甲板への到達に成功した魚人がひとり。そいつは腰に提げていた曲刀を抜いて斬り掛かってきたが、オルグは剣で受け止める。火花を散らし、刃を弾くと、すれちがうように踏み込んで肘鉄をくらわせ、態勢を崩した魚人の腹を思い切り蹴り突けた。 呻きをあげて甲板に転がった魚人を、次に襲ったのは植物の蔦である。 ジョヴァンニの杖が生み出す蔦が魚人の身体の自由を奪った。 「上出来じゃよ、オルグくん」 「そいつぁ、どうも」 応えながら、オルグは、次なる敵と斬り結んでいる。 ジョヴァンニは、蔦に花を咲かせる。その香りには強い催眠作用が宿っており、ぐったりと、魚人は意識を失った。これで自害されるおそれもあるまい。ジョヴァンニは魚人をひきずると、蔦をマストにしっかりと結びつけた。 一方、海中のマグロは、船上の北斗と連携して、着実に、サメ海魔を仕留めていた。 マグロが泳げば、サメ海魔は当然、彼女を追ってくる。 「ほーら、こっちだよ～」 からかうように泳ぐ姿に、北斗は感嘆せざるをえない。サメに追いかけられてあんなに楽しそうにしていられるなんて！ 類稀な泳力を駆使し、マグロはサメの追撃をひらりとひらりとかわす。時に複数匹に挟み撃ちにされても、さっと身をひいてサメ同士の追突事故に導いたり、あやうく噛まれる！というところで、実はそれはマグロの罠で、噛み付こうとした顎をマグロの銛の切っ先がざっくりと斬り裂いたりした。 そうして傷つき、疲弊したサメが、北斗の能力の射程へ導かれると、重力操作によってサメは海から持ち上げられ、とどめの炸裂弾を撃ち込まれるという段取りだ。 同じパターンを繰り返しても、そこは知恵のない海魔のこと、ひっかかってくれるのだった。 「やったね、これでエースだよ！」 マグロは笑った。 『余裕だなぁ……。ん――』 北斗は気づいた。 はっと目が見開かれる。 『いけない、こっちへくる！』 クジラ海魔だった。 その巨体が、ぐんぐん近づいてきていた。思いのほかスピードが速い。それにその進路は……この船にまっすぐ向かってきている。 『こ、こうなったら……』 北斗は海をのぞきこんだ。 サメが待つ海。怖くないと言えば嘘になる。しかし。 ヴ、ヴオオオオオオオオオオオ！ 雄たけびをあげると、彼は飛び込んだのだ！ そのまま船の下へともぐりこむ。 『船を退避させるよ、みんな掴まって！』 ありったけの力を込め、精神を集中――、そして超能力を開放する！ 船の喫水線が下がってゆく……いや、浮いているのだ。北斗の力で船そのものが海面から浮かびあがった！ 「うっわ～！」 北斗は自身も浮かせているので、船底に張り付き、さながら船を背負って浮かんだような格好になる。 彼のひれにはマグロがぶらさがって、歓声をあげていた。 「飛んでるよ～！ すっごーい！」 アトラクションかなにかを楽しむようにきゃっきゃと笑った。 船はそのまま、空中を滑るように動いた。海を行くときの何倍もの速度だ。いわば緊急旋回。そこへ突っ込んでくるクジラ。すんでのところでクジラをかわした……！ 「！！！！」 船がクジラを避けたため、その進路上に立つことになったのは、魚人たちの甲羅海魔だった。 魚人が蜘蛛の子を散らすように、甲羅のうえから海中に飛び込み、退避するのが見える。だが、海に逃げたものたちをまちうけていたのは、海水がなだれこむ巨大な巨大な奈落。天地に開いたトンネルのように、大きく開かれたクジラの口が、なにもかもを呑み込んでしまうのだった。 「ヴォオオオオ……」 クジラを避けた船は、再び、着水。 大きなものを動かして、北斗はぐったりと、疲れたようだ。 マグロは興奮冷めやらぬといった様子。 甲板では船縁にしがみついていたオルグが、魚人たちがクジラに呑まれるのを見て思わず言った。 「……なんて言うか、海魔って何でもアリなんだな」 「ちと暴れすぎじゃよ。海を汚すのは心が痛むが……やむなしか。……北斗くん、マグロ嬢、海から上がるんじゃ！」 ジョヴァンニが声を張った。 甲板には、まだひとり、魚人の戦士が健在。 急旋回の衝撃に、動けずにいたが、態勢を立て直して、襲い掛かってくる。オルグがそれに応戦した。 「人魚だけじゃなく、おまえたちみたいな種族もいたなんてな。ブルーインブルーにゃまだ冒険のし甲斐がありそうだ！」 不敵に笑みを浮かべながら、オルグは敵と刃をまじえる。海賊もさながらの剣戟だ。 「コノ海ハスベテワレラノモノニナルノダ。『天啓』ガ、ワレラガ王ニ降リ下ッタノダカラナ！」 魚人は言った。 「天啓……？ へええ、神様からお告げでもあったのかい」 「天カラノ恵ミノ品ダ。王ガ力ヲ授カッタ！」 「そいつぁ……興味深い。あとでもっと詳しく聞かせてもらうぜ！」 一瞬の隙に、踏み込む。一息に詰める間合い。刃の軌跡が光の弧を描き、魚人の曲刀を弾き飛ばした。音を立てて甲板を滑ってゆく剣。返す刀で、魚人を袈裟懸けに斬る。それで勝負はついた。 どう、と倒れる魚人。 「捕虜２号だ」 オルグは言い捨てた。 ３ 北斗とマグロが船上に戻るや、ジョヴァンニは杖から植物性の毒を生み出し、海へと撒いた。アルカロイド系の即効性の強い毒素だ。 クジラは当然、海水を通してこの毒にさらされる。毒には生物の身体をマヒさせる作用があった。とはいえ、膨大な海水に比して、いくら大量の毒を流しても拡散してしまう。だが、マヒさせなくてもよいのだ。クジラがそれを嫌って、その場所へ追い込まれされすれば。 そして。 クジラよりも巨大なものが、さらにその大きさを増してそこに立つ。ゼロである。 もはや途方もない大きさに達したゼロが、スカートの裾をつまみあげる。それは小川のせせらぎに遊ぶ少女が、水面に流れてきた花をすくうかのような所作だったが、この場合、彼女がスカートの中にすくいあげたのがクジラであった。 ジョヴァンニの毒に追われて、逃げたクジラは白く巨大な少女のスカートの中に追い込まれたのである。 スカートは布地であるから、海の水は生地を抜け落ちてゆく。まるで金魚すくいのように、クジラだけが残った。 「海魔もすごいが、ゼロもでたらめだな」 オルグが述べた感想ももっともだ。彼女以外に、誰がスカートの中にクジラをすくえるだろう。 「鯨くん」 ジョヴァンニは呼びかける。 「戦う意志さえ奪えば殺す必要はない。儂は君が見境なく暴れる理由を知りたいだけじゃ」 呼びかけが通じたものかどうか。 魚人たちは海魔を操れるようだが、それは動物を調教する要領だろう。海魔とは、あくまでも野生の動物。人語を解したり、知能があるわけではない。 しかし、いらえがなくとも、ジョヴァンニは答を手に入れていた。 「……あの傷か」 その身が半ば以上、海中にあっては気づかなかったが、陸（ゼロのスカートの上なのだが）にあっては、その白い腹があらわになる。そこに、いくつもの傷が穿たれているのが見てとれた。 どうやら海魔は、なにかと戦って傷を負い、そのせいで暴れていたということらしい。 『ちょっとかわいそうだね』 と北斗。 「ふむ。人魚に与し、魚人に仇なすモノであれば、それは儂らの仲間ということになるが……どちらでもない、この海にただ生きる命のひとつということか。なにと喧嘩をしたかしらんが……海に帰してやるのがよかろうかの。じゃがまた暴れ回っては困る。人に災いなせば討伐せざるをえぬし、魚人どもに捕まって手駒にされてもいかんしの」 「なんにせよ、傷は手当してやったほうがよさそうだな」 オルグは言った。 オルグの魔法『癒しの白炎』ならそれが可能だ。 もっとも相手が巨体なので、いくぶん手間かもしれないが。 「クジラの傷の手当てなんて、初めてかもしれねぇなぁ」 そう言って笑った。 それから、しばしの時間をかけて、クジラの傷の治療が行われた。 「マグロ嬢」 ジョヴァンニは、マグロに話しかけた。 「……あの傷。なんじゃと思う」 「うーん？ ……僕の炸裂弾に似てるね？」 「そうじゃの。火傷のようじゃ。儂が思うに……銃撃、それも相当大きな、ロケット砲のようなもので撃たれたように見えるんじゃが……はて、ブルーインブルーにそのような兵器があったかのう……」 ジョヴァンニは、首を傾げた。 傷の手当を終えると、クジラは海に帰されることになった。 再び、ゼロの出番だ。 このまま付近にいては、人類や魚人に遭遇するおそれがある。少し離れたところへ行ってもらおう、ということで、ゼロが遠くに放り投げることになった。 ゼロは「他者を傷つけない」とさだめられている。乱暴に見えて、安全な方法なのだった。 「ばいばーーーい！」 ぽーい、と放り投げられて、水平線の彼方に消えるクジラへ、マグロが無邪気に手を振るのであった。 ＊ かくして、クジラ海魔と、魚人率いるサメ海魔の群れとの三つ巴の戦いは決着し、ロストナンバーたちは寄港の途についた。 成果は、魚人の捕虜である。 「なぜ、人魚の国を攻めようと考えたのです？」 ゼロが捕虜に尋ねた。 「王ガ決メタカラダ」 「人魚の王国が存在しては、アビイスのみなさんが脅かされる理由があるのですか？」 ゼロは続けた。 「ゼロたち『旅人』は、みなさんにも協力できるかもしれないのです。お困りのことがあったら相談してほしいのです。戦争以外にも解決の方法があるかもしれないのです」 「ソウデハナイ。王ガ決メタノダ。ワレワレニコソ、スベテノ海ヲ支配スル権限ガアルノダト」 「それは」 ゼロの無邪気にして深遠なる瞳が、魚人をじっと見つめ、そして言った。 「沈没した大陸の文明に関係あるのです？」 「『底ナル都市』ハワレラガ聖域。カツテ海ヲ統ベタ神々の都市ダッタト言ワレル。ソノ聖域ヲ守ルワレワレナレバ、天ヨリ力ヲ与エラレタノダ……！」 「ゼロは行ってみたいのです。ゼロたちが、みなさんの国を訪問します。それで話し合いをしましょうなのです」 ゼロは言ったが、魚人は、耳障りな声で不敵に笑うばかりだった。 「こいつぁ、いよいよ……って感じかね」 ゼロが魚人と話すのを聞きながら、オルグはひとりごちた。 「ジェロームが研究していたやつだろ。前の館長も興味を持っていた、ブルーインブルーの古代文明。連中の国はその遺跡にあるってことだ。そりゃあ、行くしかないよな……へへっ、腕が鳴るぜ！」 「ふむ。しかしオルグくん。それがかの『沈没大陸』の遺跡だとすると、すなわち……」 「みなさんの国はどこにあるのです？」 「答エルト思ウカ」 「ヒントだけでもいいのです」 「『最モ深キ都』ハ、深キ海ノ、サラナル深ミダ。陸ノモノドモニハ辿リツケナドデキヌワ！」 ゲタゲタと、魚人は笑った。 「左様。深海にあるということじゃろうのう……」 海魔を操る魚人――アビイス族は深海より来るものたち。 その都市は、古代文明の遺跡にある。 入手した情報は、さらなる冒険の予感を孕んでいるのだった。 （了）
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