コージー・ヘルツォークは再びカフェに仲間たちを集めていた。 バナー、月見里 眞仁、ディガー、ニワトコ、吉備 サクラ、キース・サバイン。そう、以前樹海の真ん中に休憩や宿泊の出来る施設『宿木』を作った面子である。 今回彼らを集めたのは、小屋を完成させたいからだ。いや、小屋自体は完成しているのだが、樹海には水がない。故に実はターミナルから水を引くという重大作業が残っているのだ。「えっと……今度は水路を作るんですよね? 僕にも掘らせて……じゃなくてお手伝いさせてください!」 掘削大好きなティガーの言うとおり、ターミナルから水路を引くことが今回の目的の一つだ。水路といってもそんなに大きなものは無理なので小規模になるが、穴を掘ってターミナルから小屋まで水を引くのだ。「俺も小屋の完成を最後までお手伝いさせて貰いたいんだぁ」「俺も完成までの手伝いをしたい。力仕事は得意だしな」「とにかく、ぼくも、今回も参加するよー」 キースも眞仁もバナーも、やっぱり最後まで加わりたいというのは同じ気持で。「力仕事はあまり得意じゃないので、水路作りはどこまでお手伝いできるか不安ですけど、料理は普通くらいに作れると思うので、パーティ準備頑張ります!」「内装にもっと凝りたければ、自由にしてくれて構わないからな!」 サクラの言葉にコージーが笑顔を返す。サクラの技術を活かせば、もっと過ごしやすい小屋になるだろう。「ぼくも完成までのお手伝いしたいな。パーティもすごく楽しそうだし。果物とか木の実とか……料理の材料をとってくるのなら、まかせて」 ニワトコもにこり、笑んで。全員完成に前向きになっているその時。「それはいわゆる一つの人助け、人助けでやんすな?!」 突然ニョキッと姿を表したのは旧校舎のアイドル・ススムくん。「分かりやした、まだまだ千体には遠く及びやせんが、更に数十体は増やして水路作りに協力させていただきやす」 話を聞いていて、手助けしてくれる気になったらしい。「あ、ススムも手伝いに来てくれるのか! 一人で百人力? 2百人力? だもんな。頼もしいよ! 一緒に頑張ろうな」 突然の闖入者に嫌な顔一つせず、むしろ戦力になると喜んで笑うのがコージーの懐の大きい所。 さあ、この8人で、快適に過ごせる小屋を完成させてパーティをしよう! *-*-* 一応許可はもらっていたけれど、念の為にアリッサにこれから水路の工事を始めるとつげたコージー。そんな彼にアリッサは笑顔を向ける。「今後、樹海を探索しようとする人たちみんなにとって役に立つ場所になると思う。図書館でも利用させてもらうこともあるかもしれないし、頑張ってね」「頑張って完成させるから、出来上がったらアリッサも利用してみてくれよな」「そうね、スケジュールの都合がついたら一度遊びに行ってみたいわね」 にっこり笑って、アリッサはコージーを送り出した。 *-*-* 一方。一同が小屋に到着する前に、小屋の前には2つの影があった。「なんなのじゃ、ここは……誰かの家かの?」「でも、樹海の中に家って……おかしくない? 人の気配とかしないよ?」 金色のさらさらの髪を後頭部で一つに結った、7歳くらいの少女が、年に似合わぬ口調で小屋を見上げる。 傍らに立つ金髪の、12歳くらいの少年が、少女の言葉に疑問を挟んだ。「まあいいのじゃ。わらわはつかれたのじゃ。あがらせてもらうぞ」「あ、エルミーヌ、待って!」「相変わらずとろいのう、ジョセフ」 すたすたと小屋に上がり込むエルミーヌに、困惑したようについていくジョセフ。「図書館の者がつくったのかのう……」「勝手に入ってよかったのか、な……」「……そんなこと、いいつつ、お主、ねむくなっ……zzzzZZZZ」「……zzzzZZZZZ」 ナラゴニアからきたと思しき二人連れは、どうやら疲労による眠気に耐えられなくなってしまったようだ。 小屋を訪れるロストナンバー達が、白雪姫を見つけた七人の小人のごとく驚くのは、この少し後のことである。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ニワトコ(cauv4259)吉備 サクラ(cnxm1610)キース・サバイン(cvav6757)旧校舎のアイドル・ススムくん(cepw2062)バナー(cptd2674)月見里 眞仁(crrr3426)ディガー(creh4322)コージー・ヘルツォーク(cwmx5477)
樹海の真ん中に、樹海を旅する者達が自由に利用できるようにと作られた小屋……いや、小屋というにはあまりにもしっかりと作られたその施設は名を『宿木』という。 しかしこの施設、0世界の樹海という場所にあるという特徴から、1つだけ整え切れていない設備があった。 そう、『水』である。 この樹海では水の確保が困難なため、ターミナルから水を引いてくるしかなさそうなのだ。 アリッサには許可を得てあるので、後は実際に水路を作るだけなのだが、これがまた簡単に済む作業ではなく。ターミナルから樹海の真ん中まで水路を引くために穴を掘り、それを整えていく――なかなかに気の遠くなるような重労働だ。 今回作る水路は船を通したり遊びに使ったりするものではなく用水確保のためなので大きなものにする必要はないが、それでも労力は必要である。 「やっとわっちらも五百体まで増えたでやんす! 名前の通り千体になるまであと半分! 気合を入れて出動するでやんすよ~」 そんな貴重な労力として、ターミナルにいる旧校舎のアイドル・ススムくん全五百体が駆けつけてくれたものだから、心強い。 「ススム、頼むな!」 「「「はいでやんす!」」」 コージー・ヘルツォークがうち一体の肩を叩くと、五百体全てが返事をした。圧巻というか……ちょっと怖い。 「わっちらは飲食不要でやんすから、目印に向いているでやんす! サンバのリズムで踊るでやんすよ。所謂一つのワーム避けでやんす」 ワームが踊るススムくんを避けてくれるかは分からないが、確かに目印にはなりそうだ。 ススムくんが提案したのは、次のススムくんに向かって真っ直ぐ掘っていくだけで、最短距離で水路が掘れるという方法。 まずは総勢五百体のススムくんが宿木に向かって猛ダッシュ。 ↓ 宿木からターミナルに戻るにあたり、なるべく最短距離で直進のルートを割り出す。 ↓ 岩や木など通せないものは迂回して、進路の角度を変える基点毎にススムくん一体を配置。 ↓ 次のススムくんに向かって掘るだけで、最短距離で水路が掘れるヽ(=´▽`=)ノ 「なるほど、それはいいな!」 さすがに自分の使い方(?)をよく心得ている。コージーは思わず感嘆の声をもらした。そしてふと、思いついたことを口にする。 「そうだ、折角水路を設けるんだから、ところどころに水飲み場を作るのはどうだろう?」 「そういう加工だったらお任せだよー」 ひょいと顔を出したのはバナーだ。手先の器用な彼にかかれば素敵な水飲み場ができるに違いない。 「もともとねー、木の板をいっぱい使って、水が大地に吸収されないように、水路にはめ込もうと思っていたんだよー。だから、その合間に木材使って小さな溜池みたいなの作ればいいのかなー」 「そうそう、支線? とはちょっと違うか。水飲み用の小さな溜池と、あと柄杓とかあれば便利かもしれないなー」 ほわほわと、打ち合わせをしていた皆の頭の中に、素敵な出来上がり想像図が湧き上がる。うん、楽しみだ。 「水路のコースにある木から使いたいから、ススムくん、全部の木を避けなくても大丈夫だよー」 「わかりやしたっ!」 「じゃあ、水路は掘って、木をはめ込んで作ることに決定かな?」 一応石積み水路も土水路も地下水路も考えてきたのは月見里 眞仁。土水路の技術は今回のように木をはめる際に応用できそうだ。 (そういや、俺の出身県、地下水路あったな。マンボっていうやつ) などとふと思い出したりもして。もしかしたら、水路が日常的にある世界から来たツーリストなんかもいるかもしれない。もしいたとしたら、懐かしがってもらえそうだ。 「しかし、水路工事の前に発掘調査しなくていいのが新鮮。俺の出身地、工事前に調査するからな」 「樹海は存在自体未知な感じですからね。調査してもする度に状態が変わったりしそうです。ああ……ここから宿木まで掘削し放題……楽しみだなぁ……」 眞仁の言葉にうっとりとこれからの作業に思いを馳せたのはディガー。今回の水路工事、一番わくわくしているのは他の誰でもない、彼であろう。なにせ、ターミナルから宿木まで、水路に使う幅だけではあるが掘削し放題なのだ。 「途中の溜池も掘っていいんですか!? あと、水路を辿れば宿木につくから、側を歩きやすいようにちょっと均した方がいいかな?」 わくわくどきどきうっとり夢無限大。ディガーの落ち着かない様子に、皆笑顔だ。貴重な戦力、そして大切な友人の楽しみを、誰も邪魔しようなんて思わない。 「それじゃあススムは宿木からここまでの目印を頼むな」 「方向確認は任せてくれ。トレモ飛ばして上空から方向確認するな」 「了解でやんす」 コージーが指揮を取り、眞仁はオウルフォームのセクタン、トレモを飛ばす。ススムくん達は頷いたかと思うと一斉に宿木まで走りだした。 「壮観だねー」 バナーがのんびりと、五百体のススムくんが駆け行く背中を見守って呟いた。 ススムくんによる目印の配置が完了したら、掘削作業の開始だ。 *-*-* 一方、パーティの準備と小屋の仕上げにとりかかるキース・サバインとニワトコ、吉備 サクラは、水路組が相談を始める前に一足先に宿木へと向かっていた。キースは眞仁から赤いペンキをあずかってきている。眞仁はこのペンキを屋根に濡れば、目立って目印になるだろうと考えたのだ。 (今回は、水路作る方の人手は足りそうだからねぇ。パーティの準備をして水路担当のみんなをおどろかせよぉ) パーティ用の食材や調味料、地下で貯蔵する分のお酒とチーズと干し肉の詰まったリュックを背負い、リュックの脇に鍋とフライパンを下げて先頭を歩くキース。手には眞仁から預かったペンキの缶と刷毛のセット。大荷物だが、どれも必要な物だ、置いていくわけにはいかない。 「今回は何往復もして食材やその他運びこむつもりでしたが、ススムさんのおかげで助かっちゃいました」 大荷物といえばサクラもキースとどっこいどっこいで、食材や調味料を始めとして、保存用の缶詰、瓶詰、ビスケットなどから予備の裁縫道具にテーブルクロスまで入っている。ちなみに予定では、この他に可愛いベッドカバーや調理器具各種、カトラリーセットに鉈、抱きまくらサイズのセクタン縫いぐるみ8種(お手製)も入っている。 一度に持ちきれなかった品物は、本当に何往復もして自力で運ぶつもりだったが、目印になるために一度宿木に集合するススムくん達に持ってもらったらどうだというコージーの提案で、サクラの荷物はすべて一度に宿木まで運ばれることになったのだ。 こうして細かいことに誰かが気づき、誰かと誰かが助けあっている所を見るとこの作業も楽しく平和に行えそうだと思えてくる。 「ぼくも荷物を持つのを手伝うよ」 「ありがとうございます、ニワトコさん」 現地で果物調達を担当しようと考えていたニワトコは、サクラが手に持っていた荷物を受け取って。どうやらその中には、往路で食材探しをしなくてもいいよう、自分たち三人用の食材と水が入っているようだ。 「ニワトコさんの分、水多めに持って来ましたので安心してください」 「俺も、調理用の水の他にニワトコ君の分も持ってきたんだなぁ。水路ができるまで、おなかがすくだろうしねぇ」 「……! ふたりとも、ありがとう!」 サクラとキースの言葉に、ニワトコは感激して、はにかむように笑む。自分でも少し水は持ってきていたが、多いに越したことはないし。何よりこうして気遣って貰えることが嬉しかった。 「もう少し進んだら、少し休憩しましょうか」 「そうだねぇ」 歩きづめの三人が途中で休憩がてら軽食を食べることを決めた時。 ドドドドドド……!!! 三人の近くをものすごい勢いで『何か』が走り抜けていく。その列はかなり長い。 「え……ススムくん、だよね……」 ニワトコが、その「何か」が立てる風に流される長い髪を抑えながらポツリと呟いた。 そう、五百体のススムくんが駆け抜けていったのだった。 *-*-* 「えーと、方向はっと」 移動するススムくんと共にトレモが飛ぶ。その視界を共有しながら、眞仁がススムくんの配置を確認。 「45人目のススムくん、もう50cmくらい右かなー」 修正点を伝えると、伝言ゲームのようにターミナルの水路始点にいる500番目のススムくんが499番目のススムくんに向かって走りだす。 気の長い作業のように思えるが、やはりどう引くかという道筋は、大切であるからして。もちろん誰ひとり嫌な顔はしない。 この作業が行われている間に、コージーとディガーとバナーの三人は、木を切りに向かっていた。水路と重なってしまう場所に生えている木を取り除くためだ。該当の木には、ススムくんが想い人を待つ少年のごとく、または振られた悲しみを隠さず黄昏れる男のごとく、寄りかかって立っている。 「芸が細かいな」 ススムくんに笑わせてもらった所で、ディガーが木の周りをギアである鈍い銀色のシャベルを使って掘る。根をあらわにするのが目的だ。 ある程度根があらわになったら、コージーがその幹を抱え込むようにして、持ち前の怪力を発揮して思い切り引っ張る! 「ぐぬぬぬぬぬぬ……」 引き上げられていく幹と根。まだ土が絡まっているところはディガーが掘り出し、バナーが根を切っていく。 「あとちょっとで全部切れるからねー。勢い余って倒れこまないようにねー」 「了解っ……」 急に根が全部切れればコージーの引っ張る力への抵抗がなくなり、彼はそのまま倒れこんで木の幹の下敷きになってしまうかもしれない。それを防ぐためにバナーはコージーの返事を待ってから、残る根を切った。 「わっ……」 それでもやはり抵抗がなくなるとぐらつくようで、慌ててススムくんとディガーがコージーの背中に回って彼を支える。 「っと……セーフ。ありがとな」 なんとか幹を地面において、笑いあう四人。協力しあって一つのことをやり遂げるって、やっぱりなんか、いい。 「よーし、今度はぼくの本領発揮だよー」 横に倒した幹からまず枝を切り落とす。見よう見まねでコージーとディガー、ススムくんも手伝って。その間にバナーは皮を剥いでいく。皮を剥ぐと木目と木肌色が姿を表し、目にも明るくなる。 とりあえず運びやすい大きさに切って、置いておく。もちろんこの一本から取れる板だけでは足りないので、次の木を伐採しにいかねばならない。 目印となるススムくんを置いて、三人は次の木を目指すことにした。まずは木を抜いて、運びやすい大きさに加工する。そこまでは数人の協力が必要な作業だからだ。 「頑張るぞー!」 「おー!」 「おー」 ディガーの独り言だったつぶやきに、前を歩いていたコージーとバナーが片手をぐーにして上げたものだから。びっくりして目を見開いたディガーを振り返って、二人がいたずらっぽく笑ってみせた。 *-*-* ぼぼ等間隔に並んでいるススムくんを横目に見つつ、三人は無事に宿木へと到着した。ニワトコはススムくんの数をこっそり数えていたが、100体を超えたあたりで数えるのをやめてしまった。 「小屋に異常がないか、確認しないとねぇ」 「屋根のペンキはお任せしますね!」 「あれ……?」 キースとサクラがとりあえず荷物を置こうと入り口に向かうのに後ろから付いていったニワトコは、小さな違和感に気がついた。 「ニワトコ君、どうしたんだい?」 「土が、新しい、乾ききっていない土が落ちてるんだ」 足を止めたキースの前を指すニワトコ。確かに、乾ききった土ではなく、ついさっき誰かの靴から落ちたような、そんな若干湿った土が玄関に落ちている。 「誰か来たのかなぁ?」 しゃがんでそっと土を指ですくうキース。たしかに若干湿った土だ。玄関には乾いた土埃もあったが、こちらは以前自分たちが来た時のものだろうと推察できる。 「あ……!」 「サクラさん?」 「しーっ」 先に室内に入ったサクラが声を上げた。けれどもその声は、まるで途中で口をふさがれたかのように響き渡らずにいて。何が起こったのかと驚いたニワトコが声を掛け、キースが立ち上がると、静かにするようにという意図が伝えられた。二人は頷き合い、黙ったままそっと室内へと入る。 「早速可愛いお客様がいらしてます」 サクラが微笑んでニワトコとキースを振り返った。二人が視線を動かすと、眠っている二人の人物がサクラの肩越しに見えた。どうやら子供のようで、男の子と女の子のようである。疲れているのか、小屋に入って早々に寝落ちてしまった、そんな感じで倒れているものだから。 「……生きてるよねぇ? 世界図書館の人かなぁ? 起こした方がいいかなぁ?」 「眠っているだけだと思う……けど、旅団の人なのか図書館の人なのかはまだわからない、かな」 キースとニワトコが小さい声で囁き合うのに、サクラは割って入る。 「図書館の人でも旅団の人でもどっちでもいいじやないですか。本パーティの前にサプライズティーパーティしちゃいましょうか?」 「「サプライズパーティ?」」 首を傾げる二人の腕をとって、サクラは「そうですよ~」と小声で答える。そして二人を小屋の外へと連れだした。 「私達もやっと到着したところですし、あの二人もどうやらくたくたに疲れて眠ってしまったみたいですから、お茶を入れて歓迎パーティをしませんか?」 「なるほどー。本パーティは手伝ってもらって一緒に準備できるといいなぁ」 「そうだね、材料調達兼ねて果物、一緒に取りに行きたいかも」 おそらく宿木の利用者第一号、初のお客さんだ。完全に完成する前とはいえ、初めての利用者なんだから、歓待したい。 「じゃあ決まりですね! まずお茶用のお湯を沸かしたいんですけれど……私、かまどに不慣れで」 「あ、じゃあ俺が沸かすよぉ。お茶菓子の準備はお願いするねぇ」 「はい! ニワトコさん、手伝ってもらえますか?」 キースがかまどに薪をくべて火をつけていく。持ってきたやかんに水を入れてかまどの上に設置。 声を掛けられたニワトコは、サクラとともに外の切り株の椅子に腰を掛け、テーブルにクラッカーと果物の缶詰を広げた。 「うん、ぼくにも手伝わせて。なにをすればいいかな?」 「確かススムさんが運んでくれたものの中に……ああ、これです」 サクラが取り出したのは、大きなバスケットに入ったカトラリーと洋食器のセット。その中から大皿とスプーンを取り出して。 「このお皿にクラッカーを一枚ずつ並べてもらえますか? 並べ終わったらその上にジャムを乗せるんです。定番のいちごジャムにマーマレード、ブルーベリーにちょっと酸っぱいクランベリー、洋なしに梅のジャムも有ります!」 「うわぁ、ジャムだけでこんなにたくさん……」 「私は缶詰のフルーツ切りますので、お願いしますね」 「うん、わかったよ」 にこっと笑って承諾したニワトコは、パッケージを眺めて、その指示通りに恐る恐る箱を開けていく。箱のなかには小分けされてクラッカーが入っている。その一つを手にとって、「開け口」と書かれている所を引っ張ってみる。 びりっ! 「わわぁっ」 力加減がわからなくて思い切り引っ張ってしまった。袋の中からクラッカーが飛び散る。 カラカラカラン……だが幸い、クラッカーはお皿の上に上手いこと重なりあって着地して。 「よ、よかった……」 食べ物を無駄にしないでよかったと思いつつ、ニワトコはサクラに指示された通りにクラッカーを一枚ずつ並べていく。二袋目を開けるときはさっきよりも力を弱くしてそっとそっと。ピリリ、と綺麗に開けられたので、ひとり、自然笑顔になった。 「やっぱり、ちょっとした料理をするのもお水がないと不便ですね」 ニワトコがひとり笑んだのをこっそり見て微笑ましく思いながら、サクラは缶詰のフルーツをまな板へとのせていく。みかんやさくらんぼは切らずに使えるとしても、パイナップルや白桃はクラッカーの大きさに合わせて切る。すると手がシロップでベタベタになってしまうのだが……こういう時に簡単に手が洗えないとちょっとつらい。 「でも、それももうすぐ終わりだよぉ。水路が出来れば自由に水が使えるねぇ」 「こういう所で自由に水が使えるなんて、贅沢なのでしょうけれど嬉しいですよね」 かまどの火を調節する手を止めて、キースがサクラ達を見る。そのために今、仲間達が頑張っているのだ。自分たちも、お客さま歓待を始めとしてできることを頑張らねばという意識が強くなる。 「水、たのしみだなぁ……味見したいかも」 「元はターミナルの水だからねぇ。ニワトコ君の評価に期待かなぁ」 「味見だなんて、ニワトコさんならではの感覚ですね」 「そうかな?」 樹木であるニワトコは水が何よりのご飯なのだから、当然といえば当然なのだけれど。やっぱり自分と違った感覚というのは聞く度に目新しく感じてしまうものだ。 「フルーツ切り終わりました。本当はホイップクリームとかカスタードクリームとかあればよかったんですけど」 「これでもじゅうぶん豪華だよ!」 ジャムとカットフルーツを乗せたクラッカー。確かに樹海の中で食べるには上等なおやつだ。 「お湯も沸いたよぉ」 キースがやかんを持ってくる。サクラは人数分プラス一杯の茶葉を入れたティーポットにそれを注いでもらい、お手製らしいティーコジーをかぶせる。暫く待ってカップに紅茶を注ぐと、準備の出来上がりだ。 「じゃあ、そろそろお二人を起こしに行きましょうか」 *-*-* お盆に人数分のティーカップを乗せてキースが持つ。ニワトコがクラッカーの載った大皿を二つ持ち、サクラがそっと戸を開ける。紅茶の良い香りが、ジャムとフルーツの甘い香りが室内を漂っていった。 「ん……」 二人のうち女の子の方が息をついて身動ぎした。そして薄く瞳を開ける。 「……紅茶の香りじゃ……もう、朝かのう……、……っ!?」 「お早うございます、一緒にお茶しませんか?」 目を開けた少女の視界に入るように動いて、にっこりサクラは微笑んだ。少女は暫く固まっていたが、がばりとすごい勢いで起き上がり、隣でまだ寝ている少年を思い切り揺さぶる。 「ジョセ、ジョセフっ……早く起きるのじゃ、知らない者達がいるのじゃ。ジョセフ、ジョセフ、ジョセフー!! こんな時くらい兄らしくするのじゃー!!」 7歳くらいの少女はパニックを起こしたのか今にも泣き出しそうになりながら少年をがしがし揺らして叩いている。そんなにされて漸く少年は目覚めたようで、目をこすりながら起き上がってとりあえず喚く少女を抱きしめて、辺りを見回す。 「えーと……勝手に入ってごめんなさい。世界図書館の方ですよね? エルミーヌ、落ち着いて。この人達は僕達に害は加えないよ。何かするなら寝ている間にできたはずだからね」 後半は少女、エルミーヌに向けてだろう。ジョセフと呼ばれた少年がそう言うと、エルミーヌは騒ぐのをやめて袖で涙を拭った。 「ち、ちょっと寝ぼけていただけじゃ! 別にわらわはお主らが怖かったわけでは……」 「いいんですよ。ここは自由に入ってもらって。そういうつもりで私達が仲間と作ったところですから。私は世界図書館の者で、吉備サクラといいます」 「ニワトコだよ」 「キースだよぉ」 三人が名乗ると少年は居住まいを正してぺこりと頭をさげた。 「ナラゴニアから来ました、ジョセフです。12歳です。こっちは妹のエルミーヌです。ほら、挨拶しよう」 「言われなくてもわかっているのじゃ! わらわはエルミーヌ。7さ……」 くぅぅぅぅ~~。 エルミーヌの言葉の最中、響いたのは可愛いお腹の音。誰のものかは真っ赤になった顔を見れば明らかだ。 「っ……!」 「あら」 「おなかがすいてるんだね」 「お茶が冷めないうちに飲むんだよぉ」 真っ赤になったエルミーヌを見てくすっと笑顔を浮かべ、三人は室内のテーブルにお茶とお菓子を並べる。 「紅茶の匂いにお腹が反応しちゃったんですね。一緒にティータイムにしましょう!」 サクラがエルミーヌの手を取る。羞恥で顔を赤らめて俯いていても、彼女はそれを拒まなかった。ホッとしたようにそれを見ていたジョセフも、導く。 座った二人の前にティーカップが置かれ、クラッカーの乗った皿が差し出させる。 「宿木にようこそ」 「一番最初のお客さんだね」 「歓迎するよぉ」 お茶とお菓子と歓迎の言葉とに改めて迎えられて、二人はホッとしたように息をついて。いただきますと声を揃えた。 *-*-* 「……結構シュールだよな」 トレモと視界を共有している眞仁はぽつり、呟いた。 「え? 何が?」 スコップを手にしたコージーに聞き返されたが、このシュールさは説明しがたい。実際に見せたほうが早いが、残念ながらコージーがトレモと視界を共有できるわけもなく。 「うーん、あそこにススムさんがいるよな?」 「ああ、踊ってるな、ススム」 「踊っているススムさんが何百体もいるのを俯瞰から見た図を思い浮かべてくれ」 そうなのである、水路を掘る目印となっているススムくんは本当に一人で踊っているのだ。延々と踊り続けているススムくんを目印に掘り進んでいくことになるが、トレモの飛んでいる視界で見るとなんというか、うん。 「あー、なるほど。楽しそうだよな!」 ベリーダンスやリンボーダンスを一人で踊って騒いでいるススムくん。その光景がコージーには楽しいものに映ったようだ。ススムくん本人曰く、ひとりで歌って踊って騒いでいるのはワーム避けと旅団の迷子探しの目印の意味があるらしい……が。 (樹海でひとりで踊って騒いでる人には、ちょっと話しかけづらいよな……) なんとなく、眞仁は遠い目をした。 「やっぱり土っていいですよね!」 ギアと身一つで黙々と掘り続けていたディガーが顔を上げて額の汗を拭う。掘削って素晴らししい! 「あ、ええと、ターミナルの石畳もそれはそれでいいと思うんですけど、やっぱり土の方がぼくは好きだなって思います」 石畳も素敵だけれど、土はやっぱり暖かさがあるというか、生命を育む力を感じるというか……掘削できるし。 「そうだなー。土もいいよな!」 ディガーの側で彼の仕事を見よう見まねしていたコージーも、身体を起こして伸びをして。 「深さはこのくらいでいいかな?」 「あんまり深く掘ると怒られ……ええと……危ないですし。補強は眞仁さんとバナーさんにまかせていいですかね?」 ちらっと後ろを見ると、すでに掘られた土を固めている眞仁と、その近くで板を切り出しているバナーが顔を上げた。 「任せろ」 「まかせてー」 心強い返事を笑顔で返されて、ディガーとコージー、それに目印担当ではないススムくん達は、安心して続きを掘り進めることにする。なにせ、掘っても掘っても終わらないのだ。後ろを任せられるなら、後は掘り進めるだけ! 「これをこうしてー」 バナーは皆で運んできた木から板を切り出している。手先の器用さと持ち前の技術を使って、水路の幅に合わせて板を切り出している。 彼の切り出した板を、水路の底や壁をならした眞仁が埋めていくのだが、隙間ができないようにというのはなかなか難しい。そこは二人で頭をつき合わせて考えて、色々ためしてみる事で解決していく。なるべくならいいものを作りたい、その気持は変わらない。 先頭きって水路を掘り進めていくディガーの背中を見ながら、コージーは水飲み場を作るべく支線を掘っていた。 「ワームとかが破壊しないように結界で守りたいな」 そこでコージーが持参したのは、どこかの世界で手に入れた、優しい結界の力を持つ桜の木。これは敵意を敏感に察し、近づけないように結界をはる桜で、相手は何故か桜から遠ざかり認識できなくなる代物らしい。ワームへの効果は未知数ではあるが、ないよりはあったほうが断然いい。 「ナラゴニアまで植えられれば、桜の道ができて綺麗だと思うんだよなぁ」 水があれば植物は育てられるだろう、コージーは思う。 「小屋の周りにもぐるりと植えたいな。花が咲いたら花見に来ような」 「それはいいでやんすねぇ。花見、楽しみでやんす」 掘削していたススムくんが顔を上げる。想像するのは桜の花道と、桜に囲まれた小屋。 わいわいと皆が集ってくれる場所になればいい、そう思いながら皆で水路づくりを進めていく。 「おっと、行き過ぎでやんすディガーの旦那!?」 進行方向では別のススムくんが、勢い余って曲がるのを忘れてしまったディガーを止めていた。 「二百メートル先に次のわっちが居るでやんす」 「ははは……すいません、つい夢中になっちゃって」 頭をかいて笑うディガーに、皆からも笑顔が漏れる。 「少し休憩にしやせんかー!!」 と、ターミナル方向からやってきた数人のススムくんが、手に大きな水筒とおにぎりやサンドイッチの入ったバスケットを持ってやってきた。聞けば、バナーと眞仁のところにはもう別のススムくんが行っているらしい。 「腹が減ってたら何にもできないからな。ススム、ナイス! 食べよう!」 ドサッとその場に腰を下ろし、コージーはススムくんから手渡された濡れ布巾で手を拭いておにぎりを手に入る。ディガーはまだまだ掘削したいという思いが募って募って仕方なかったが、おなかがぐぅーと音を上げたものだから、笑って腹ごしらえに加わったのだ。 この先はまだまだ長い。しっかり休息を取りながら、進んでいこう。 *-*-* 一方、宿木ではキースが傷んでいる場所、故障箇所がないかチェックをし、赤いペンキを持って屋根に上がっていた。眞仁から預かったペンキと刷毛で、丁寧に屋根を赤色に染めていく。 室内では、サクラが設備の充実に勤しんでいた。ちなみに彼女、メイド服である。なりきりコスプレイヤーの本領発揮で、その所作は丁寧で本物のメイドのようであった。 「宿木に来る方、てくてく歩いて疲れてると思います。こんなに距離があると思わなくて、食材足りない方も居るかもしれません。ジョセフさん達もそうじゃありませんでしたか?」 「う、うん……思ったより樹海は広かったです」 セクタン抱きまくらを運ぶ手伝いをしながら、ジョセフが応える。幼い二人では、行軍も大変だっただろう。 「冷蔵庫なくても保存できる美味しい物があって、すぐ火を使える薪の準備があって、綺麗で暖かそうな寝床があって、可愛い食器の準備があって、寂しくなった時抱き締められる可愛い縫いぐるみもあって……私達常駐してませんけど、そういうのが、誰も居なくても暖かく迎えてくれるおうちなのかなって気がします」 一階と二階に分けて抱きまくらを置き、毛布とベッドカバーをいつでも使えるようにしておく。テーブルクロスを張り、裁縫道具も必要になるかもしれないからセットして。缶詰や瓶詰、ビスケットを食料コーナーへ配備。 「わぁ……地下まであるんだぁ」 キースの持ってきたお酒とチーズ、干し肉を運ぶために地下へと入ったジョセフが感嘆の声を漏らした。そう、この施設はなんと地下三階まであるのだ。 「その感想、あとでここを作った人にも教えてあげてくださいね」 「うん」 地下と地上とを何往復かして食材を運び込めば、貯蔵庫もだいぶ充実してきた。 「手伝ってくれたんだねぇ。ありがとうねぇ」 「い、いえ。お世話になったのですから、これくらいは!」 ペンキを塗り終わって戻ってきたキースに礼を言われ、ジョセフは照れながら答えた。その様子から彼の真面目さ、人の良さが感じられる。 「ジョセフ! ジョセフどこにおる!?」 「あ、エルミーヌが呼んでる……」 サクラとキースにぺこりと頭を下げて、ジョセフは声のする小屋の外へと走っていく。 小屋の外のテーブルでは、ニワトコとエルミーヌが切り株の椅子に腰を掛けてなにか紙のようなものを広げていてた。 「ふぅむ……わかりやすい地図じゃのう」 「前に来た時作った地図だよ。どこになにがあるのかわかるようになっているでしょう? たぶん、今も変わっていないと思う」 「ここに来る時に幾つかフルーツの成っている木を見つけたのじゃ。でもわらわもジョセフも背が足りなくて届かなかったのじゃ」 残念そうに言うエルミーヌを見て、ニワトコは微笑む。 「これから果物をとりにいくんだけど、ぼくひとりじゃ持ちきれないから手伝ってもらえると嬉しいな」 「! 行くのじゃ! ジョセフも荷物持ちに加えてな!」 ぱああっと表情を明るくしたエルミーヌは大声でジョセフを呼び、駆けつけた彼に告げる。 「このお姉さんがフルーツを取りに行くというので手伝うのじゃ、ジョセフ」 「あ……ぼくはおと……」 「フルーツ狩りだね、了解だよ」 性別を間違えられていることに気がついたニワトコだが、訂正する隙を潰されてしまった。まあいいかな、と思いつつ、三人はフルーツの収穫へと向かった。 (みんなで作った小屋の最初のお客さん、嬉しいな) 地図を手にしながらああでもないこうでもないと行っている二人を見つめ、ニワトコは微笑んだ。 *-*-* どれくらい時間が経っただろうか。 適宜休息を取りつつも、水路班は続々と水路と水飲み場を完成させ、パーティ班は小屋の設備を整えつつ、料理の下ごしらえをしていった。ススムくんが適宜休息を促してくれたおかげで、オーバーワークとなって倒れる者が出ることもなかった。 そしてついに。 「宿木についた!」 ディガーが声を上げる。その声を聞きつけて、小屋の中からキースが顔を出した。 「あ、到達したんだねぇ」 「まだ、水を流せるまでにはなっていませんけれど」 それでもここまで穴を掘って来れたのは凄い。最後に宿木の調理場の側にも溜池を掘って。たくさんたくさん掘削できて、ディガーは満足そうだ。 「お疲れ様、ディガーにススムくん。あと少しだ。今度は眞仁とバナーの手伝いをしような」 追って姿を現したコージーとススムくんがねぎらいの声をかける。 「屋根が赤くなっているでやんす!」 「ああ、よく目立つな!」 ふと小屋を見やれば、ペンキが乾いて屋根が立派な赤色に染まっていた。 「なんじゃ、うるさいのぅ……」 「何か有りましたか?」 「「「!?」」」 と、声を聞きつけてエルミーヌとジョセフが姿を現した。二人の存在を知らなかったコージーとバナーとススムくんが驚いたように目を見開いた。 「あ、この子たちはここで休んでいたんだよぉ」 「お客さま第一号だね」 キースと、顔を出したニワトコが簡単に事情を説明すると、コージー達は自然、笑顔になる。 「宿木で寝てたの? ええと……思わず休みたくなる場所ってことだよね? よかったー」 「いらっしゃい。手伝ってくれているんだね。終わったらパーティもあるよ」 ディガーもコージーも、頑張って作り上げた拠点に利用者がいてとても嬉しくなる。この小屋が役に立つということが証明されたようなものなのだ。 「そしたらナラゴニアまで送っていけるよ。それとも図書館に来るかい?」 コージーの屈託ない誘いに初対面の緊張がほぐれたのか、ジョセフとエルミーヌは顔を見合わせて。 「世界図書館へ行ってみたいと思ってナラゴニアを出てみたのじゃ!」 「よろしくお願いします」 エルミーヌはなぜかない胸を張って、ジョセフはペコリと丁寧に頭を下げた。 「……ところで、地下室には行ってみた? けっこう力作なんだけど、あの、どうだったかな……?」 そんな二人におずおずと何かを期待する瞳をして尋ねるディガー。地下室に行ったジョセフは「はい!」と返事をして言葉を続ける。 「地下三階まであるなんて凄いですね! 貯蔵庫の役目だけでなく、自由スペースもあって、秘密基地みたいでわくわくしました!」 「そう! 気に入ってくれた? ならぼくも嬉しいな!」 ジョセフの瞳をキラキラ輝かせた答えに満足したのか、ディガーは彼の手をとってぶんぶんと振るように握手をする。 「よし」 そんな様子を暖かく見つめていたコージーが声を上げた。 「嬉しいサプライズで気力充填したことだし、水路の仕上げを手伝いに行こう!」 こうしている間にも、眞仁とバナーとススムくん達は水路の土を固めて綺麗に板を張っているはずだ。 「「いってらっしゃいー」」 パーティの準備を進めるメンバーを残し、掘った水路の脇の道を固めながらコージー達は戻っていく。 まだ細かい作業は残っているが、水路完成の目処がたったのがわかって、小屋に残ったメンバーたちの心もワクワクしてきていた。 *-*-* 「こっちじゃよ、早く来るのじゃ!」 「エルミーヌ、落ち着かないと転ぶよ」 「あはは、果物はにげないよ?」 数度目の果物採取となれば、ジョセフやエルミーヌも地図の見方に慣れてきたようで、張り切ったエルミーヌはニワトコ達よりも先に行ってしまう。先に行ったとて自分では採れないのだが、どうやら一番最初に見つけるのが彼女にとって重要らしい。 「はい、気をつけて持ってね」 「任せるのじゃ!」 ジュース用のぶどうをもぎ取ったニワトコはエルミーヌにそれを手渡して。エルミーヌはジョセフが広げた手提げに慎重にそれを入れていく。本当はニワトコが直接手提げに入れたほうが早いのだが、彼女達が楽しそうだから、こうした一手間もいいものだ。 「あっちのいちごもとっていいかのう?」 「うん。いいよ。やっぱり自分たちの手でとったほうが楽しいし、自分たちで用意したほうがきっと美味しいものが出来上がるよね」 いちごなら低い位置にあるので二人にも取りやすい。あっちのほうが大きい、こっちのほうが甘そうだなんて言いながら、二人は収穫を楽しんでいる。その間にニワトコは、二人から目を離さないようにしながらリンゴや梨に手を伸ばして。パーティだから、ジュースはいっぱいあったほうがいいよね、と頑張ってしまう。 「その隣の木の実と、あっちのきのこもたべられるよ」 手提げがいっぱいになると、まだいちごを摘んでいた二人に声をかけて。 「採っていくのじゃ! たくさん採っていったら、皆喜ぶじゃろう?」 屈託なく笑うエルミーヌを見て、そうだね、とニワトコとジョセフは頷いた。 小屋に残ったキースとサクラは、本格的に料理の準備を開始していた。先ほどトラベラーズノートに連絡があったのだ。水路班の作業が小屋の近くまで終わったと。 「地下にチーズをとりに行ってくるけどぉ、何か他に必要な物があったら持ってくるよぉ」 「あ、それじゃあベーコンとサラミお願い出来ますか?」 「わかったよぉ」 キースが地下に向かうのを見送って、サクラは大鍋にペットボトルから水を汲んで。かまどには不慣れであるが、スープくらいはできるだろうとの判断したのだ。他の料理は出来合いのものを持ち込んでいた。安定の、ススムくん便に運んでもらって。 「ベーコンを使ったスープ、美味しそうだねぇ」 「今回はススムくんに頼んで、卵を持ってきてもらっちゃいました」 「おぉー」 ベーコンを使ったコンソメスープに溶き卵を垂らしてかきたま風にすれば、ちょっと豪華なスープになること間違いなしだ。キースは調理台で強力粉をこねてピザ生地を作る。生地を寝かしている間に、ベーコンやチーズ、トマトの缶詰などのトッピングをちょうどよいサイズに切って準備。 「ただいま!」 「大量だねぇ」 丁度そこに果物採取からニワトコたちが戻ってきて。きのこがあったものだから、ピザのトッピングに追加だ。ついでにケーキ用の果物もいくつか受け取って。 「ぼくたちは、お皿とかお料理並べればいいかな?」 「はい、おつまみを並べてもらえますか? キースさんが切ってくれたチーズと、私が切ったサラミと、あと持ってきたイカの燻製とかリュックに入っていますので」 「わかったよ。二人も手伝ってくれる?」 「何をすればいいのじゃ?」 「もちろんです」 ジョセフとエルミーヌに手伝いを頼むニワトコ。簡単なことでも、何かをやらせれば本人たちは満足するだろうし、ニワトコも一緒に作業できるのは嬉しい。三人は大皿におつまみを盛ったり、サクラがカナッペを作る手伝いをしたりと楽しみながら作業をしていった。 その間にキースはケーキの準備を進める。果物のコンポートを使ったミルフィーユ系のケーキを作る予定だ。 着々とパーティの準備は進んでいく。それと同様に、水路の方も完成間近だった。 *-*-* 「よし、これで最後だな」 「そうだねー」 なんとか宿木まで到達した水路組。眞仁とバナーが宿木の調理場脇の溜池にも木をはめ込んで。 「できた!」 「できたー!」 諸手を上げてその場に倒れこむ。すると完成を待ちわびて取り囲むようにして様子を見ていた仲間達も、声を上げて隣の人とハイタッチをして喜び合う。 「まだでやんすよー。水路でやんすからね、水を流さなきゃあ!」 「そうだな! じゃあターミナルにいるススムに連絡をとって、と」 ススムくんへ向けてノートで連絡を取るコージー。すると程なくして、「水を流したでやんす」との返事が返ってきた。 「どこかで漏れていないといいんだけどな」 「水飲み場も上手く機能すればいいねー」 後で点検に回ろうと眞仁は考えて。バナーは水飲み場ごとに木で作ったひしゃくを数本ずつ置いておいたが、水飲み場にもうまく水は流れているだろうか。 水路組はいてもたってもいられぬようで、少し水路を遡ってみたりそわそわと落ち着かない様子。パーティ準備組の三人も落ち着かないのは同じだったが、それを抑えてパーティの準備を整える。けれども。 「「「来た!」」」 遡って様子を見に行っていたディガーが駆け戻ってくる。それより早いか同じぐらいか、水の先頭が、宿木の敷地内の水路にも走りだした。思わず声が上がる。そうなってはやっぱり誰もが気になるもので、パーティ準備をしていた三人も溜池の側に集まる。 ちょろちょろちょろちょろ、最初は少しずつであったが、だんだんと溜池には水が溜まっていく。 1センチ、2センチ、3センチ……息を呑んで見守っていると、澄んだ水がだんだん水位を上げていった。 溜池用に木の枠を地面より高めに設定してあるから、水が溜まっても溢れでることはなかった。誰もが言葉を発さずにじっと見守った水の動き。水位が定まったのを見て、誰もが息をつき。 「「「やったー!!!」」」 笑顔と歓声がはじけた。ついに水を引くことに成功したのだ。 簡単な道のりではなかったけれど、やり終えてしまえば達成感が疲れや苦労を吹き消してくれる。 「ほら」 いつの間にか眞仁がコップを手にしていた。そしてそれをコージーに差し出す。 「発起人がまず始めの一杯を飲まないとな」 「はは、そうだな、ありがとう!」 そっと、コップを水に沈めて救う。ターミナルから流れてきた水は、澄んでいて綺麗だった。 こくり、口に含むと木の香りがする。こくんと嚥下すれば、不思議な感動と達成感が身体を駆け巡る。 「うん、うまい!」 それ以外に感想があるだろうか。コージーはコップをニワトコに渡す。 「味見、頼む」 「うん」 コップを受け取ったニワトコは笑顔で頷いて。水をすくって口に含んだ。 こくん。 「……! 美味しいよ! みんなで頑張ったからかな、ターミナルから引いた水なのに、もっと美味しく感じるよ!」 ニワトコからディガーへ、ディガーからキースへ、キースから眞仁へ、眞仁からサクラへ、サクラからバナーへ。そしてバナーからススムくんへ。 みんなで感動を分けあって。 みんなで美味しさを感じあって。 笑顔が、零れる。 「やっと完成したんだなぁ」 「屋根、塗ってくれてありがとうな!」 感慨深げに呟くキース。赤い屋根を見上げた眞仁は、彼に礼を言って。 赤い屋根の、温かみのある木製の小屋に水が引かれて。これで樹海で一休みするのも快適に過ごすことができるだろう。 「パーティ、始めましょうか!」 サクラの明るい声に、皆のお腹が反応して。 笑いあいながらパーティの開始となった。 *-*-* パーティのメニューは、とても豪華だった。 ベーコンとトマト、きのこのピザにベーコンと卵のコンソメスープ。カナッペに乾き物のおやつ、サンドイッチに鶏の丸焼き。缶詰のコンポートを使ったケーキに、シャーベット。コーヒー紅茶にフレッシュなフルーツジュース。ワインもある。樹海の真ん中だとは思えぬ料理の各種に歓声が上がり、用意した者達もホッと一息。 「「「かんぱーい!!」」」 それぞれの好みの飲み物で乾杯をして、料理に手を付け始めた時にコージーが立ち上がった。 「どうしたのー?」 「お客さんが到着するから、出迎える準備をね」 「お客さんー?」 尋ねたバナーだけでなく、その言葉を聞いた皆も首をかしげて。コージーは小屋の入口辺りに立って、何かを待っているようだった。すると。 シュンッ! 「「!?」」 突然姿を現したのは、双子の少年。そして彼らに掴まっているのはなんとアリッサとクローディア、そして夢幻の宮だった。 「コージーさん、ご招待ありがとう!」 「来てくれて嬉しいよ、アリッサにクローディア、夢幻の宮。カロとヒロも」 「夢幻の宮さん!?」 「クローディアさん!?」 突然のアリッサ達の来訪に皆が驚いたが、中でも夢幻の宮と縁が深いニワトコと、クローディアと仲の良いサクラは更に驚いたようだ。 「……噂の小屋をいち早く見れるて聞いたから。移動手段も楽な方がいいだろうと思って……」 「ふふ、コージー様にお誘いいただいたので、来てしまいました」 クローディアは相変わらずあまり覇気がないようであったが、誘い自体は悪く思わなかったらしい。夢幻の宮はいつもより動きやすい訪問着姿をしていた。 「うわぁ、話には聞いていたけれど、立派な小屋になったわねぇ! 水路も、本当に作っちゃうとは思わなかったわ」 きょろきょろと落ち着かない様子で色々なところを眺めるアリッサ。夢幻の宮はニワトコに導かれて彼の隣へと座って。クローディアはコージーに示され、カロとヒロとともに席についた。 「わざわざここまできてくれたんだー」 「座って座って」 バナーと眞仁に声を掛けられ、アリッサも席について。 二度目の、乾杯。 *-*-* 「楽しんでいるか?」 「あ、はい」 「楽しいのじゃ!」 眞仁に声を掛けられて、ジョセフとエルミーヌは素直に返事をした。二人の子供が小屋にいたと聞いたときはびっくりしたが、折角だし大人数で盛り上がったほうが楽しい。 「へへ、俺、眞仁っていうんだ。よろしくな。もしかして、二人は兄妹なのか? 兄妹だったら、俺の家と一緒なんだけどなー」 「ええ、兄妹です」 「ジョセフはふがいない兄なのじゃ!」 エルミーヌはジョセフに対しては若干手厳しい。苦笑するジョセフ。 「俺、可愛い妹いるんだぜ」 「そうなんですか! エルミーヌも、可愛いですよ」 ジョセフの方は手厳しくも可愛い妹だと思っているようで、いつの間にか眞仁と妹談義が始まっていた。 「ようやく完成なんだねー。うん、色々と食べ物があるんだよー。木の実があるから、それもいただくんだよー」 「その木の実、わらわが拾ったのじゃ! 美味いかぇ?」 バナーが木の実に手を伸ばすと、エルミーヌがきらきらとした瞳を向けてきた。口に入れて「おいしいよー」と答えれば、彼女は満足そうに笑む。 「皆、お疲れ様ー! いい小屋になったねぇ」 飲み物片手にキースが感慨深そうに告げる。 「そういえば、ここって旅団の人も使ってもらっていいのかな? もし、そうだったら二人にここの事宣伝してもらってもいいかなって思ったんだけどー?」 「もちろん、図書館・旅団関係なく、樹海を旅する人に使ってもらえればと思う。いいよな、アリッサ?」 「え、ええ、もちろんよ」 カナッペを口に入れようとしていたところに話を向けられ、若干慌てながら返答をしたアリッサ。 「だってすでにお客さま第一号がいるのでしょう?」 皆と楽しげに話をしているジョセフとエルミーヌを見る。 「お花見も素敵そうよね」 宿木を取り囲むように植えられた桜の木が花を咲かせるのを思い、アリッサは呟いた。 「定期的に様子を見に来てメンテナンス出来ればなって考えているよ」 コージーは、これからこの小屋がどんどん使われていくことを想像して、思わず笑みを浮かべた。 「今日もいっぱい掘ったなぁ……」 掘りに掘ったディガーは、満足気に呟いてスープを啜る。 (みんなで頑張るのって、楽しいよね。楽しいし、嬉しいよ……もしもぼく一人だったら、きっとこんなふうには思わなかった気がする……) 人の力って凄い。集まれば大きなことも辛い作業もできてしまうし、心さえ動かしてしまう。みんなと作業ができてよかった、ディガーは心から思った。 「夢幻の宮さん、これ、ぼくが採ったフルーツで作ったジュースなんだ」 「そうなのでございますか? では、いただきまする」 梨で作ったフルーツジュースの入ったコップを傾ける夢幻の宮の横顔を、どきどきしながらじっと見つめるニワトコ。彼女が嚥下するのを見て、感想を待つ。 「ん……美味でございます」 「よかったぁ」 彼女が笑顔を向けてくれたから、ニワトコはホッとして息をついた。 「まだまだおかわりもありますからね、たくさん食べてください!」 スープのおかわりをよそいながら、サクラが呼びかける。 わいわいと大勢で楽しむ声は、暫くの間樹海に響きわたっていた。 【了】
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