ターミナルの暦で、ある金曜日のこと。 流鏑馬明日を含めた6名のロストナンバーは、館長公邸へ招かれた。 むろん、それは先日、明日が図書館の理事会に提出した提案についてのことであろう。それは、彼女たちがまとめた「0世界の治安を守るための有志の団体」の設立を願うものだった。 まとめられた草案は、話し合いの日が水曜日だったことから「水曜日草案」と呼ばれている。 以下が、それだ。=====================「0世界自警団(仮称)」水曜日草案0世界の治安を守るための自警団活動について提案する。(1)自警団は、0世界住人有志による任意の団体。0世界の治安を守ることを目的とする。(2)自警団は、ターミナルおよびナラゴニアの市街地を定期的に巡回する。巡回場所・頻度などは団員数などの状況により別途定める。(3)自警団は世界図書館に任命を受けた団長によって統率され、団長が活動の責任を負う。団長は所定の任期があるが、再選は妨げられない。(4)団内の役職の設置等は団内の合議によって定める。(5)自警団は定期的に活動状況を世界図書館に報告する。(6)自警団は0世界内で治安を乱すものを発見したら、そのものの行為をやめさせ、必要に応じて拘束するなどする。ただし、処遇は世界図書館の決定に従う。(7)自警団は活動に際して、自己防衛と住人の安全を守るという活動の範囲を超えた、過度の治安行動は行わない。(8)自警団は活動に際して、その必要があると判断すれば世界図書館の協力を要請する。(9)自警団には0世界の住人は誰でも入団を希望できる。希望者は現団員の8割以上の賛成があれば団員になれる。(10)自警団は活動資金の寄付を受け付ける。(11)自警団は、自警団として、世界図書館の依頼を受けることができる。その場合の成功報酬は自警団の活動報酬となる。(12)最初の団長は流鏑馬明日である。===================== 公邸へやってきた6人は、中庭へ案内される。 途中、アリッサがかれらを迎えた。「明日さん、提案をありがとう。率直に言うと、明日さんたちの提案は受け入れる方向で話が進んでいるわ。けれど、いくつか、理事会としては気になる点があるので、そこを今日、確認したうえで、最終的な決定としたいの」 公邸の中庭には、お茶のテーブルがセットされている。 そこに、すでに着席していたものたちが、明日たちを見た。 エヴァ・ベイフルック――『赤の城』のあるじたる館長後見人《レディ・カリス》。 エイドリアン・エルトダウン――エルトダウン家の代表。 ヴァネッサ・ベイフルック――アリッサの大叔母で、「虹の妖精郷」の相続人。 すなわち、世界図書館の理事会である。「まずはリラックスしてお茶でも飲んでね。それから、最初に理事会からの決定を伝えます。これは理事会で満場一致になったのだけど、草案のうち第2項の『およびナラゴニア』の文言を削除したい、ということなの。というのは、話し合ったのだけど、この自警団の活動の対象にナラゴニアを加えるのは現時点では難しいわ。それは『ナラゴニアの自治はナラゴニア暫定政府に任せる』という方針に明確に反しているから。もし、この点がみんなにとって譲れないものであれば、草案を白紙に戻して、別の提案をもらうことになる。でもそれは『有志の自警団の設立』とは、異なる趣旨の問題だと思うの。だから、今は、『自警団はターミナルのみを活動範囲にする』という前提で、話を進めさせてもらえる?」 アリッサはそう前置きしてから、続けた。「次に、理事会各員から、みんなへの質問や要望を伝えます。それに対するみんなの返答をもとに、私たち理事会は各自1票を投じて、この自警団の設立を認めるか認めないかを決定します。本日、ロバート卿は欠席だけど、ごくシンプルな『賛同の条件』を預かっているので、みんなは私たち5人のうち、3人以上の支持を集めればいいというわけ」 日差しはうららかで、テーブルのうえには目にも楽しい茶菓が並ぶ。 だがこのお茶会は、事実上の審問会なのだ。自然と、空気は緊張を孕んだ。「最初に、ロバート卿のご意向を私が代読します。『御機嫌よう。此度の提案、大変、優れたものであり、私は趣旨に賛同したい。ただし次の条件を受け入れられたし。自警団は私、ロバート・エルトダウンからの定期的な資金提供を受けるものとする。提供される額は活動報告をもとに私が必要十分額を検討する。それ以上のことは定めない。以上』。……ということなので、みんなはロバート卿の提案を受け入れるか受け入れないかを決めてね。これが『条件』だそうなので、受け入れない場合、ロバート卿の票は得られないわ」 次に、口を開いたのは、そのロバート卿の父、エイドリアンであった。「私はふたつの条件をつけて、この提案に賛成する。ひとつめの条件は『個人のチェンバー内部は許可なく侵入しない』ということだ。チェンバーは、プライベートな空間であり、さまざまな異世界からやってきたロストナンバーたちが、おのれを保つために創り上げた場所でもある。チェンバー内で犯罪が行われることを諸君らは危惧するだろうが、その罪悪がチェンバー内だけにとどまっている限りにおいて、ターミナルの治安を乱すことにはならないと思う。諸君らの活動がロストナンバーの穏やかな暮らしを脅かすものではないことを私は願う」 意外なほど饒舌に、彼は語った。「そしてふたつめの条件は『ロバート・エルトダウンの提案に応じないこと』だ。資金提供を受ければ必ず癒着や腐敗が生じる。それを認めるわけにはいかない。ふたつめの条件は絶対条件である。この点が呑めないのあれば、ひとつめの条件を承諾したとしても私は票を投じない」 続いて、レディ・カリスが話しはじめた。「率直に言いましょう。私はこの提案に大変、失望しました。現状、ターミナルの治安は世界図書館がその維持の役割を担っています。日頃、世界司書を通じて出される依頼の中にもそれを目的としたものがあるのはわかるはずです。『有志の自警団をつくりたい』という意向は、そうした図書館の活動が不十分であるという認識にもとづいています。それは甘受するにせよ、ではなぜ『図書館の治安維持の方法を改善したい』ではなく『有志の自警団』なのでしょうか。私たちを信用しないのは結構です。必ずしもそれに値するだけのことをしてこなかった不徳なのですから。ですが、信用の対象ではない私たちに対し、認可を求めてくるという行為は『強盗の論理』だと私は考えます。本当に有志の活動なら、後ろ盾なくしても、今すぐ始めればよいでしょう。釈明があれば聞きますが、なければ、私は賛同しません」 その次はヴァネッサだ。「私も感想としてはエヴァと同じだけれど、私は賛同票を投じようと思うわ。だって、私たちが今まで苦労してきた治安維持を、一端とはいえ分担してくれるというのでしょう? 願ってもないありがたい申し出よ。ただね……あなたたち、本当にその覚悟があるのかしら? 私はその覚悟を問いたいの。あなたたち、治安を乱すものは『見知らぬ悪党』だと思ってはいないかしら? そうではないわ。かれらは『このターミナルの住人』、あなたたちの隣人なの。たとえば。先日の戦のおり、なんとかの首飾りとかいう兵器を動かすためにナレッジキューブが必要だったとかで、虹の妖精郷に押し入ってキューブを盗んでいった輩がいたの。ダイアナ卿の所業がどうであれ、これ自体は盗みに違いないわ。非常時だからという言い訳を聞いたって、ではなぜいまだに返還や謝罪がないの? あなたたちの中には、その賊と顔見知りのものもいるようね。あなたたちが自警団をつくったら、『かれら』を捕縛する必要だってあるのよ。本当にそれが、あなたたちにできて? それができるというのなら、私は賛同します」 最後が、アリッサである。「私は、みんなの提案には感謝したいと思うし、賛同します。でも、ちょっと不安もあるの。それは、みんなが『自警団』をつくったことによって、逆に、『治安維持は自警団に任せておけばいい』と思われてしまうことなの。でも、実際には治安って、住民みんなが協力してつくっていくものよね? ある意味で、取り締まるのは簡単。でも取り締まるだけではきりがないわ。取り締まる以外の、本当の意味でターミナルを住みよい町にしていくための、みんなのアイデアを聞かせてほしいの。もしそんなビジョンがなにもないのなら、私はみんな自身のために、賛同票を入れないほうがいいと判断します」 理事会の言葉は、以上だった。 『ファミリー』たちは、自分たちの言葉に発案者がどう答えるか、その言葉を待つ。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>流鏑馬明日(cepb3731)ヘルウェンディ・ブルックリン(cxsh5984)虎部隆(cuxx6990)坂上健(czzp3547)三ツ屋緑郎(ctwx8735)柊木新生( cbea2051)=========
■ 1 ロード・ペンタクルの申し出 ■ 6人も『ファミリー』たちと同じテーブルにつき、かれらにはお茶がサーブされた。 上質の紅茶の香りが、うららかな庭園のあずまやに漂う。 思い思いに、サンドウィッチやスコーン、フルーツなどを皿にとった後、おもむろに、審理ははじまるのだった。 「私は……お受けしてもいいと思う」 流鏑馬明日は、《ロード・ペンタクル》ロバート卿からの資金援助については是との見解を述べた。 仲間を振り返る。 ヘルウェンディは、明日がそう言うのなら、とばかりの表情で、肩をすくめた。 緑郎は紅茶のカップを手に、 「良いんじゃない?」 と、一言。 「有り難い申し出だが」 しかし柊木新生は否定的だった。 「資金提供されることで要らぬ疑いを持たれたくない」 「でも実際に運営するのは僕たちロストナンバーで代表は明日さんだよ?」 緑郎は言った。 「意志に反する要求があったならいくらでも蹴っ飛ばせるに決まってるじゃない」 「そうだね。僕が懸念するのは、骨抜きにされるかどうかというよりも、援助を受ける事実が周囲にどう受け取られるかということなんだ」 「柊木さんの意見もわかる。けどそれもまた、事実によって跳ね返せるんじゃないだろうか」 それが坂上健の意見だ。 「今回の結果がどうなろうと俺達は自警団活動を始める。少なくとも俺はそのつもりだ。街の巡回をやったら、その結果を瓦版にして町中のチェンバーに配る。もしも援助を受けたとしても俺たちはロバート卿の私兵じゃない。ロバート卿だけを特別扱いはしない。だから全員に配布する。その事実がターミナルのみんなに知られていれば、俺たちは堂々としていればいいんだ」 「そうだよ。どうぞお財布になってもらおう」 健の言葉に緑郎が頷く。 明日はまだ意向をあらわしていない虎部隆に視線を移す。隆はうーん、と唸ったあと、 「俺はノーだな。ロバートにはごめんって言っといてなアリッサ」 「あら。虎部さんは緑郎さんのように考えると思ってた」 「ははは、考え方としてはな。俺は、エイドリアン卿の申し出を受けたいから、ロバートの援助は断るんだ」 ほう、とエイドリアンが眉を動かす。 「そう。じゃあ、ロバート卿の提案はエイドリアン卿のと対になっているとも言えるから、卿の条件について、合わせて話しましょうか?」 ■ 2 エイドリアン卿の条件 ■ 「うん。俺は条件を呑む。自警団の権限を使っていたずらにあんたの世界に土足で入る様なまねはしないよ」 「だめよ」 隆が言うのへ、ヘルウェンディが口を開いた。 「だって、それじゃチェンバー内の犯罪に対処できない。『妖精郷』でなにが起きていたか、みんな、忘れたとは言わせないわよ」 昂然と言い放ち、彼女は、テーブルの全員を見渡した。 虹の妖精郷でダイアナ・ベイフルックが陰謀を巡らせていたことは『ファミリー』にとっては大きな汚点だ。エイドリアンも表面上は顔色を変えなかったが、どこかばつが悪そうに視線を泳がす。 健も深く頷いた。彼もエイドリアンの条件を受ける気はないようだ。 「彼女の言うとおりでしょう」 次に新生が続く。年長のエイドリアンに対し、敬語ではあったが、有無を言わせない口調であった。 「チェンバーが犯罪の温床になり最悪の事態が起こる事は避けなければならない。チェンバー内で生まれた罪悪が、その外に波及しないとどうして言い切れますか。何かあってからでは遅い。図書館の立場として事が起こってから、気付かなかった、知らなかったでは済まされないと思いますがね?」 「それは……」 「ターミナルにある以上チェンバーも自警団が守るべき治安の対象になるわ。それが不満ならチェンバーを樹海かナラゴニアに引越しさせればいいのよ」 「私に樹海に住めというのかね」 「それに、貴方だけ、条件をふたつ提示している」 新生があくまで穏やかに、しかし強い声音で言った。 「それは過ぎるというものでしょう。交渉には応じていただかなくては。たとえば、ロバート卿の援助を受けないなら、条件を緩和する、それならどうです? 許可なしでもチェンバー内に立ち入れるのは『緊急の場合に限る』ということでもいい」 「……」 「エイドリアン卿。私も、せめて図書館の許可がある場合に限るということに、させてもらえたらと思います」 と、明日。 「そうだなー。問題解決のために図書館の許可があれば、別に入ってもいいよな」 「きみは条件を呑むといったじゃないか」 「そうそう、ロバートの資金提供のことだけどさ」 隆は笑って言った。 「難があるならあんたも資金提供してくれればいいんじゃないか?」 「なに……」 「こういうことではどうでしょう。資金は図書館を通して受け取る。受け取った額や使途は開示する。ロバート卿との接触連絡は図書館側で行う。……卿か、卿が信頼する方の監査を受けても構いません。今後、ロバート卿の他に資金を出してくれる人があらわれるかもしれませんし、大切なのは提供者との関係をクリーンなものにするしくみづくりではないですか」 明日の提案はもっともなものに思われた。 が、エイドリアンは唇を引き結ぶ。 ふいに、甲高い笑い声が漏れた。ヴァネッサだった。扇の下で、真っ赤な唇が笑みをかたどっていた。 「卿はただ恐れておいでなだけよ。ご子息の影響力が増大するのを恐れているだけ。でもご安心なさいな。アリッサが館長になり、エヴァがその後見人になったことで、焦ったロード・ペンタクルはさまざまな形でロストナンバーに取り入ろうとしてきたわ。けれどその成果も、自身の失敗で台無し。もうすっかりロバートはターミナルの人間の支持を失ったのよ」 「ヴァネッサおばさま」 アリッサがたしなめるように言ったが、ヴァネッサの舌鋒は止まらないようだった。 「そしてなにより、『ネモの湖畔』が脅かされることを恐れている。……言ったとおり、あたくしは自警団に賛成よ。その坊やが言ったとおり、卿も資金を出せばよいのではなくて? そのかわり、自分だけ見逃してほしいと仰ればいいのよ」 「私は何も――」 「時に、マリーさんはお元気なのかしら」 「妻の話はするな!」 だん、とテーブルを叩く。 「おお、怖い」 ヴァネッサが大仰に言って口をつぐみ、代わって話しはじめたのは緑郎だった。 「エイドリアン卿。聞いてください。0世界は変わったんです。殻に籠ってやり過ごす事が出来た時期は過ぎたんです。それなら自分は関わらないから好きにしろと、また距離を取りますか?」 「……」 「でもそれじゃ意味が無いんです。ダイアナさんの最期を間近で見て思ったんです。誰か一人が重荷を負うんじゃない、皆が寄り添って生きていかなければならないんだと。だから自ら孤独に籠るような淋しい事を言って欲しくないと、僕は思ってます」 じっと、真剣に、エイドリアンを見る。 ヴァネッサが言うように、エイドリアンは恐れている。恐れを狷介さで包み込んで隠しているのだ。 「私生活を暴き立てる意図はないの」 ヘルウェンディが、いくぶん声音をやわらげて言った。 「でも、家庭に口出しをするなといわれても、家庭内で犯罪が進行していることは確かにあるわ。卿のチェンバーがどうというわけではなくて……家庭を隠れみのにされて手遅れになるようなことを、私たちは避けたいだけなの。だから……、たとえば、チェンバー内からのSOSがあったり、チェンバー内で犯罪が起きている可能性が高い場合は、やっぱり出動すべきだと思う」 「……。きみたちの考え方は承知した。……私が分が悪いということも」 エイドリアンは、悄然と言った。 ■ 3 レディ・カリスの試問 ■ 「そろそろ」 コトリ、とそれまで沈黙を通していたレディ・カリスが口を開いた。 「私への釈明を聞かせてもらえるかしら」 「釈明はないわ」 口火を切ったのはヘルウェンディ。 「釈明することなんてない。むしろ宣戦布告よ」 「あら」 「私たちが目障りなら貴女の流儀で倒して頂戴」 「言うわね、お嬢さん。宣戦には大儀が必要なのはご存じ?」 「もちろんよ。それはね、組織の体質改善には時間と労力がかかるってこと。不測の犯罪への対処は世界図書館よりフレキシブルでアクティブな自警団が適切だわ。司書を介すタイムロスなく横繋がりの情報網で動けるもの」 「なるほど。どうやら本当に、私たちは信用がないようね。それでいて、この審理に望む意図の説明がないようだけど」 「だから釈明はないと言ったの。私たちは防犯のために『ファミリー』だって監視するわ。だから貴女も私たちを監視すればいい」 「たしかに宣戦布告ね」 ふたりの視線が真っ向からぶつかる。 そこへ、新生が加勢するように言葉を重ねた。 「我々が図書館を信用していないとは心外ですね。それは貴女が我々を信用していないとも聞こえますが?」 「だったら?」 「我々は自分達にできることをしたい、だから自警団を立ち上げようと思った。それだけです」 「レディ・カリス。聞いてくれ、俺は3条から『世界図書館に任命を受けた』を抜くべきだと思った」 健だった。 「そもそも図書館の認可をもとめていないということね」 「そう。でも皆は違った。初めて来た人は不安なんだ。2つ組織があるほどここは治安が悪いのかって思うだろう。あんたたちがやってきたのはチャイ=ブレ対策で個々のロストナンバーの不安を取り除いてきたわけじゃない。俺達は目的が違う、でも協力し合ってすべてを善くしたいと考えてる。それを他の人に伝えたいんだ」 「俺は認可っていうか、連携してやっていきたいっていう意味合いで考えてたかなー」 隆である。 「俺の国に消防団ってものがあってさ。災害時にとっさに動いて救助活動なんかするんだ。その為の装備も揃えてる。……つまりさ、公が手の回らない所に対応するのが自警団で、だから俺はこれを元に体制を整えて欲しいと思うんだ。逆手順だけど『方法の提案』ってことになるかな」 「……」 レディ・カリスは黙った。 緑郎が話しはじめる。 「今まで、図書館には確固たる集団として治安組織が組まれていた訳ではないよね? 世界図書館って結局は寄せ集めの団体で、『ファミリー』に権力はあるけど結局大事な場面では各個人の心のうち一つだったでしょ? 僕たちは広く人々に知ってもらって皆で自衛と安全への意識を向上させることが出来る組織を作りたいと思ってるんだ。断じて図書館のやるべき仕事を押しのけて我を通したい訳じゃないし、ましてや敵対するような不義理をするつもりは無い。図書館に同じ様な組織があるのならもちろん協力体制を取るべきだと思うよ。けれど今はない、だから作る、それだけだよ」 「信用していないことを表明したのじゃないんです」 最後に、明日が言った。 「信用しているからこそ治安維持を手伝いたい。そのために図書館に認められたいんです。住民の皆だって、信用している図書館が許可していると安心するだろうし。図書館は長い歴史が有ったんですもの、改善に改善を重ねて今の形態に収まっていると思うの……だから、ココで新しい組織を受け入れてほしい思います。そして、私達は、図書館に認められた誇りを持って組織をしっかり運営します。わかってもらえますか、レディ・カリス」 コツ、コツ、と――皆の話を聞くあいだ、レディ・カリスの爪がテーブルにリズムを刻んでいた。 「……私たちは……この200年、私たちが最善と信じ、正しいと信じることを続けてきました」 6人を見回し、彼女は語る。 「けれど。正しいことがつねに理解されるとは限らない。そもそも、ある人にとっての正しさが、万人の正しさではないのですから。……あなたたちだって、自警団の設立に異議が出されることも予期はしていたことでしょう。そして私は、貴方たちに怒って見せた。……明日さんと言ったわね」 「はい」 「あなたが団長なのだから、教えておくわ。狡賢くなりなさい」 「ずるがしこく……ですか」 「ええ、そう。私は怒って見せました。これからも、あなたたちの前には、あなたたちを理解しないもの、理不尽に挑んでくるものが大勢あらわれるでしょう。でもね、怒っている相手に、理路整然と反論しても、自分の考えをわかってもらうことは難しいの。そんなときは、ひとつだけ嘘をつけばいいのだわ」 「嘘」 「嘘でいいから、一言、謝っておけばいいの。そんなこと、まったく思っていなかったとしてもね」 「……」 「そうね。坂上さん、緑郎さん、それから明日さん。あなたたちの言い分はまっとうだし、筋も通っていたと思いました。でも、『怒っている私』は聞く耳をもたなかったでしょう。でも最初に、たとえ嘘でも謝罪の言葉があれば違っていました。そういう老獪さが、組織には必要です。……私の試問には、全員、不合格とします。でも、このことを決して忘れないように」 レディ・カリスは言うのだった。 ■ 4 ヴァネッサの期待 ■ 続いて、ヴァネッサが期待に満ちた目を6人へ向けた。 仮に、自分たちの知人・友人が罪を犯したとして、それでも自警団として行動できるのか。ヴァネッサはそう問うたのだ。 「出来ます」 きっぱりと、明日は告げた。 「情状酌量の余地は必要だと思う」 明日の言葉に、ヴァネッサが頷いたが、隆が言葉を付け加えると、そちらに視線を振る。 「いや、だってさ、それなりの理由はあるんだろうから……」 「ヴァネッサ」 健が割って入った。 「犯罪者からの徴発は罪にならないと考える世界の人はいる。それは違うと皆に知らしめなければなくならない事だ。俺達は伝える、行動する……次はないと約束する」 「約束」 「そうだ」 緑郎と新生も頷いてみせた。 「誰であっても犯罪者は勿論取り締まるべきだよ」 「同じく。例え隣人であれ、犯罪は厳正に処罰されなければならないと考えます。私情を挟む余地はありません」 「そう」 ヴァネッサは満足そうに笑みを浮かべた。 「それなら結構よ。あたくし、とっても安心しました。これからのターミナルはもっと住み良い場所になりそうねえ」 「おばさま。みんなにだけ押し付けるという話じゃないんですよ」 アリッサが付け加える。 「わかっていてよ。誰がそんなことを言いました? ……そうそう、妖精郷の略奪の件だけど。これは、その当時は自警団もなかったのだし、あたくしが妖精郷を所有していたわけでもないわ。だからこれはそう――なんと言ったかしら、おお、そう、不訴求。不訴求ということで、べつだん、かのものたちを捕らえよなどとは、あたくしからは何も言いません。今後も、あえて、ああしろこうしろとは言いません。けれどあなたたちは約束したのだから、その信念を、あなたたち自身の行動で示して頂戴。『ホワイトタワー』にいた囚人を匿ったり、せっかく回収した世界計の破片をくすねたりといったことは、もちろん許されるはずのないことだわ。でもそれをどうせよとは言わないかわりに、あなたたちが約束したことを、あなたたちの態度によって、私たちは見せてもらいたいと思うわ。……私からはそれだけよ」 ■ 5 アリッサの確認 ■ 「はい、じゃあ、最後の審問ね。みんなの、今後のビジョンを聞かせてもらうってことだったよね」 アリッサはにっこりと笑った。 「僕からは、今までの審問への返答がすべて、アリッサへの回答にもなっていると思う」 と緑郎。 「図書館と協力して、本当にみんなが寄り添って、絆を深めていけるようにしていきたいということね? いいわ、わかった」 次に新生。 「僕たちは図書館に少しばかり協力させてもらうだけで、何でもかんでも取り締まる訳じゃあない。皆が手を取り協力し、安全に暮らしていく為の手伝いをしたい、そのキッカケを作りたいんだよ」 そして健。 「アリッサ、俺達は取締るために巡回するんじゃない。困った人が誰かに相談できる関係を作るために始めるんだ。誰も知らないから、分かって貰えないと思うから人の行動は狂いだす。俺達はそういうことをなくしたい。俺達を知って相談してみようと思ってくれた人は、きっといつか困っている人に手を差し伸べてくれる。俺達は街を回ってそういう関係ができる一歩を始めたいんだ」 「私も。ねえ、アリッサ知ってる? ロジャー・シュウっていうコンダクターのこと」 「報告書で読んだわ」 ヘルウェンディの真剣な眼差し。 彼女が語ったのは、精神の均衡を失い、自殺へと追い込まれた男の挿話だ。ロストナンバーとなってしまったことで引き起こされる悲劇は数あるが、時間の止まった自分自身と、壱番世界とのあいだに広がっていくズレを、受け止めることができなかった。 「私、彼を助ける方法はあった、って思ってる。ここには大勢のコンダクターがいるんだもの。でも……でも、誰もロジャーの苦しみに気づいてあげられなかった。今のターミナルがこうなっちゃったのは皆が少しばかり無責任だったからだと思うの。私たち、もっと互いを気にかけて、助け合わなくちゃいけないんじゃない? もし誰かが気にかけて足を運んでいたらロジャーは救えた。『鉄仮面』に唆された白雪やダレス・ディーの異常にだって早く気付けた。それが悔しいの」 テーブルのうえで、ヘルウェンディがぐっと握り締めた手に、明日がそっと触れた。 「治安維持には犯罪を取り締まるという意味もあるけれど、皆の明るい笑顔を維持する事が一番大切だと思っているわ。そのためには、たとえば異文化交流をしたり……文字通り、色々な世界から来ているんだから、それぞれ文化が違うでしょうし。今、みんなが言ってくれたみたいに、住民に声を掛けたり……とかも有効だと思う」 続いて隆。 「この自警団の活動そのものがさ、そういうつながりをつくる場になればいいよな。そのために、誰でも志願して参加できるようになってる。ターミナルにはさ、神様とか守護者が山のようにいるから心配しなくても協力はしてくれるよ! むしろそういうことを知らせるために自警団は動くべきだ!」 「うん。わかりました」 アリッサは頷いた。 「実際、どこまでうまくいくかはともかく、やりたいことはよくわかりました。みんなありがとう。それじゃ――」 ■ 6 票決 ■ 「理事会の決をとります」 テーブルの中心に、銀の皿が置かれた。 「『0世界自警団』の設立を認めるかどうか。賛成の方は『白』を、反対の方は『赤』をお願いします」 理事会の面々の手元には、ふたつずつ、チェスの駒があった。 「まず、ロバート卿が委任した票です。資金援助は受けるという意見が多かったので、これは賛成票になります」 アリッサは、銀の皿のうえに「白のナイト」を置いた。 「エイドリアン卿」 「私の意見は変わらない」 差し出されたのは、「赤のビショップ」であった。 「レディ・カリス」 呼ばれて、後見人はアリッサを見た。アリッサはそっと頷く。 「さっき私が言ったことを忘れないように。その戒めとして」 彼女は、「赤のクイーン」を置く。 「ヴァネッサおばさま」 「私は最初から賛成していたわよ」 笑みをたたえたヴァネッサは、大きな宝石のついた指輪が飾る指で、「白のルーク」をつまみあげると、恭しく銀皿に載せた。 ここまで、赤――反対が2つ、白――賛成が2つだ。 つまり、最後の、アリッサの票で決まってしまうことになる。 アリッサは、彼女の手元を注視する6人を見回した。そして、その手が赤の駒に触れ……皆が鋭く息を呑むのを聞くや、 「なーんちゃって」 と、白に持ち替えて、皿の上へ。 置かれた駒は「白のキング」。 「3対2で、賛成多数とします」 「……と、いうわけで、『0世界自警団』を正式に設立することになりました。基本は提案書にもとづいて、細かいところは、追々、司書さんと打ち合わせして下さい。今日の話し合いを踏まえて、自警団にはロバート卿から資金援助があります。ひとまず、図書館を通じて行われ、額や使途は公表する形にするね。それからチェンバーへの立ち入りも、その必要があれば行えます。けれど、チェンバーにしろ、誰かの自宅にしろ、プライベートな場所への立ち入りは慎重にしてもらうに越したことはないと思うわ。最後に、今すぐでなくてもいいけど、6人だけでは大変だろうから、人手を集めたほうがいいかもしれないよね。そうするとどこかに拠点が必要かも? そのへんのことも考えておいてね。……ともあれ、せっかくだからみんなには頑張ってほしいの。私たちもできるだけのことはするから……だから……」 アリッサは、明日の手を握って、そして言うのだった。 「ターミナルをお願いするわ」 こうして、流鏑馬明日の発案した自警団が、正式に発足することになった。 健が、さっそく募集活動をしようと張り切っている(実は今日も服の下に、0世界大祭の駅伝で着ていた「自警団員募集中Tシャツ」を着ていたそうだ)。 喜び合う6人を、アリッサはいつまでも優しい笑みで眺めていた。 (了)
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