「きてくれてありがとう。またAMATERASUに行って欲しいんだ」 集められたロストナンバー達をクサナギが神妙な顔立ちで待ち受けていた。 「コミューンのカグヤからも依頼がきてる。それと、導きの書にも」 スーパーコンピューターSAIにより、人がコンピュータ管理されているとい点を除けば壱番世界と比較的似た世界AMATERASUは、人を管理するSAIと、人がコンピュータ管理されることに疑問を持った人々が組織するレジスタンスとで敵対関係にある。 現在、AMATERASUの者からは【外国人】と呼ばれているロストナンバーはSAIにもレジスタンスにも通じていた。 カグヤという人物はレジスタンスコミューン総帥の女性の名だ。 「カミアってひとを探して欲しいっていうのがカグヤからの依頼。 俺の導きの書に記されたのが、カミアがAKITAの原生林でSAIのバイオロイドに拘束されるって出たんだ」 ちらり、と視線を漂わす。自分の頭の中で、内容を整理しているようだ。 「ええっと、アディの方にも依頼したんだ。そっちは、えーと、カ……風見、一悟? ってひとから。カグヤと同じ。カミアを探して欲しいって」 アドルフ・ヴェルナー。マッドサイエンティストの世界司書の方にも依頼を出したらしい。思い返せば大抵クサナギとヴェルナーとで依頼が出されている。クサナギの性格上というかキャパシティからして、二つを一度に……というのは難易度が高いのだろう。あちら側にはSAIからのものがいっているらしい。 つまり、カミアを狙っているのは3組。 SAIのサイバノイド風見一悟。 レジスタンスのカグヤ達。 そして、SAIのバイオロイド。 風見一悟はセカンドディアスポラの件で世話になったこともあり、ロストナンバーとの仲介役のような存在でもある。が、そもそもはSAI側であるのだが、今回ばかりは思惑は別のところにあるといったところだろうか。 「なんで風見一悟がバイオロイドとは別にカミアを探しているのかは判んないんだけどさ。バイオロイドにさえ渡さなかったらいいっぽいんだ。サイバノイド側でもレジスタンス側が確保しても、こっちには情報はいってくるしさ」 というわけで今回も宜しく! せっせとクサナギはロストナンバー達に勇者バッジを配り始めた。 カミアとは一体何者なのか、という素朴な疑問は、この時点では全く解決されなかった。※ 「カグヤ様ー」 レジスタンスの一員、須柄弥汰はカグヤに声をかける。 「単刀直入に伺いますけど、カミアって、何者なんです?」 以前ロストナンバーをこのFUJIコミューンに招き入れた時の陽気さは見当たらない。 「こちら側に居る僕が言うのもなんですけどね、SAIが本気出したらたかだかレジスタンスなんて簡単に滅ぼせると思うんですけどね。なんやかんやで対抗組織みたいになってますけど」 「……私達は瑕疵なのよ」 「かし、ですか」 「SAIは管理都市よ。チップを頭に埋め込まれて、そのせいで記憶を改ざんされて現状を受け入れることを当たり前になってる。だけど、私達みたいにそれが作用していない人間も居る。 何故かしら」 「そりゃ、まあ。完璧には無理なんじゃないですか、所詮ひとが作ったものですし」 答えたのはいいものの、どうして“ひとが作った”と認識しているのだろうかと須柄弥汰は思い返す。 SAIはナギ様ナミ様と崇められている。様付けなんてしていられるか、というのが紛れもない本音なのだが、そこはとりあえず横に置いておく。神のように崇められているのが気に入らなかったのも、レジスタンスに参加した一因だ。 スーパーコンピュータだからひとが作った。こんなことは深く考えるまでもない、当たり前のことだ。洗脳されている筈の状態でそう思うことがまずおかしな話なのだろうか。 カグヤの指がこめかみへと伸び、黒髪に隠されている箇所が垣間見える。傷痕、だろうか。 「生きていると大事なことまで忘れてしまう」 「大事なこと?」 かつて、SAIを作り出し運用した12人がある日突然全員が行方をくらませた。そののち、SAIは神と崇められるのだが、では誰がSAIを神とした? 起きた出来事は明白に覚えている。燃え盛る炎を背に、一人の人物が立っている。カグヤの頭から流れた血が片目に入り、視界が曇る。轟音と逆光で相手の姿が良く見えない。 ―探して欲しい その相手の口元はそう動いた。 カミア、カグヤは相手の名を呼ぶので精一杯だった。 「13人目が居るのよ、SAIの創設者には」 「なんでそれを知ってるんです」 「何故あのひとが姿を隠しているのかは判らない。だけどあのひとが、あのひとこそがSAIを壊さずにプログラムを書き換えることができる唯一の人間」 自分達は動けない、だから、外国人の手を借りて。 「だから質問に答えて下さいって」 *・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・!注意!このシナリオはあきよしこうWRの「神のおわすところ」と、同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによるシナリオへの複数参加はご遠慮下さい。*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・
ロストナンバーに問う。 もしも『世界が活力を失い、滅びに向かっているあらわれ』が単なる仮説ではなく、壱番世界の真実だとするなら、その時その真実を壱番世界の人々に伝えるか否か――。 ※※ 「ゼロたちが見つけられなくても、バイオロイドさんたちに先を越されなければ大丈夫なのです」 原生林を探し回るにはあまりにも似つかわしくないいつも通りの格好でいつ通りのほわんとした喋り方のシーアールシー ゼロは、辺りを見回して感嘆の声を上げた。 目に鮮やかな翠緑の葉が空を覆いつくすように聳え立ち、僅かに天からの光が差し込んできてノスタルジックでもあり、神秘的でもある。 「ここの木、いい木」 ルンが垂直とびをして真上にあった立派な枝に飛びつき、くるりと1回転して登り、遠くまで見渡している。 元の居た世界の関係上、今回誰よりもこの原生林に馴染むのはルンであろう。 「大きくなったゼロちゃんとぉ、ミネルヴァの眼があれば見つけるだけなら簡単そうですよねぇ☆ ルンさんやふさふさちゃんもいるしぃ☆」 エベレストにでも登るのかと尋ねたくなるほどの大荷物を背負っている川原撫子は巨大にリュックをごそごそと探っている。 あ、でも、大きくなったら細かく部分は見えにくいのかな~、と呟きながら、グレーのパッキンを取り出す。 「わふぅ?」 (嗅いだことのないにおいですね。これは何でしょう) 天才犬ふさふさはしっぽを揺らせて撫子の手元を覗き込む。 「みなさぁん、これ、身につけておいて下さぁい☆」 取り出されたのはなんの特徴もないブランケットだったが、肌寒い原生林には丁度良かった。ルンは嫌がっていたが、用途を撫子が説明し、辛うじて身につけてくれた。 「くぅん」 (では皆さん、私について来て下さい。こう見えて林で遊ぶのは得意ですから) ダッとふさふさは走り出す。彼としてはきちんと匂いを辿って走り出した結果なのだが、きゅんきゅん鳴いている犬の言葉は誰も解することができず、結果として女性3人は誰もついていかなかったのだが、そのことに気付くのはもう少し走ってからのことになる。 ※ ふさふさは原生林を駆け抜けている。 「わふっ」 (私が来たからには問題の割りは解決したといっていいでしょう) 彼はやはり自信満々だった。 そんなふさふさは川原撫子が持ってきたエマージェンシーブランケットと緑の布ををたくみに身に纏っている。 適当な放熱孔を作ることもふさふさは天才なので忘れていない。 カミアの行方を探るのには匂い等の手がかりがあれば一番楽なのだが、生憎とそれはなかった。 代わりに、パスホルダーの匂いを軸にする。 この原生林にいるのは最低11名。パスホルダーを所持しているのは8名。その匂いがしないで、ニンゲンと思われる匂いを辿れる相手が3名。バイオロイドは原生林に訪れたときは二人で一緒に着たであろうから、匂いが交じり合っている可能性が高い。つまりパスホルダーの匂いがしない単一の存在がカミアである可能性が高い。 匂いを辿り疾走しながらも、トラベルギアを使って足元の草を結び簡単なトラップを仕掛けることも忘れていない。 「わぅ……ん?」 少し拓けた場所で振り返ると、誰も居なかった。振り返れば奴がいると昔の人は言っていた筈なのに。 「わふっ!?」 (何故私の後をついてこないのですか!) 全身の毛としっぽを逆立てて、あたりに何度か吠えて反応を待つ。返ってくるのはやまびこばかり。 「くぅーん……」 (落ち着きなさい、ふさふさよ、迷子になったのではない。彼女たちが迷子になってしまったのだ。私の後をきちんとついてこないから! 全く最近の若い娘さんたちは) 彼は紛れもなく天才犬であった。だがその反面、ちょっぴりヘタレた部分もあった。別に誰もついてきてくれなかったことが哀しかったわけじゃない。みんながふさふさの走る速度について来れなかっただけなのだ。 そう思い込んで己を励ます。しっぽはまだだらりと下がったままだが。 だからなのかもしれない。天才犬にもかかわらず、うっかり道を踏み外したのは。 ※一方その頃 「あれぇ?」 「どうしたのです?」 「ふさふささんがいませぇん☆」 「犬、向こう。走っていった」 木の上からルンが答える。 「ふさふささんは犬なので大丈夫なのです。迷子になんてならないのです」 「斥候に行ってくれたんでしょうかぁ☆」 「大丈夫、ルン、におい、わかる」 ふさふさが女性陣に全く心配されていなかったのは、勿論犬は匂いを辿れるから必ず合流できるという確信からであって、それ以外の意図は全くない。と、信じている。 ※ くたびれたトレンチコートの男は我が目を疑った。その次に、とうとう度数が合わなくなったかと眼鏡の寿命を嘆いた。 岩と岩の間に挟まれた物体を眼を凝らして見つめてみる。 「どうやら見間違いではないようだ」 毛玉が見えた。しかしそれは正しくはなかったが間違ってもいなかった。先ほど足を踏み外したふさふさである。勿論男にはそんなことは判らない。 「何故犬がこんなところに居る」 「わふぅん」 (人を探しにきたのですが、悪辣な罠にかかりましてね) 「そんな情けない声を出されても僕にはどうしようもない」 「わんっ」 (そんなことを言わずに、ちょっと手伝って下さい) ぺちんと岩にむかってしっぽを幾度かぶつける。男はその行為に何らかの意図を感じ取ったのか、それともただの犬好きなのか、隙間からふさふさを引きずり出した。 ぶるぶるっと全身を震わせてからお座りをし、前足を差し出す。 「わふっ」 (ふう、助かりましたよ、通りすがりの方。私はふさふさです) 「ここは危ない。早く離れるといい」 「わんわんっ」 (そうは行きませんよ、貴方はカミアでしょう。私たちの探し人でしょう) くるりと踵を返して立ち去ろうとする男―カミアの小汚いトレンチコートの裾に噛み付いて行く手を阻む。 「……何をする」 カミアの抗議の声を無視して、トラベルギアを使ってトラベラーズノートを取り出し、別部隊の坂上健と連絡を取り合う。 ぎょっと眼を見張るカミアだったが、犬からのメッセージを食い入るように見つめる。見られて困るものではないし足止めにも成功したようだ。 ふさふさからの返信はカミアと遭遇したことや女性陣が迷子になっていることなどを書き込む。この内容は万が一にもバイオロイド側に漏れてはいけない。だから賢いふさふさは手を打った。 モールス風に書いては今時すぐに見破られてしまうだろう。 スパコン並みの演算能力を誇るふさふさの頭脳は、1秒にも満たない時間で暗号を生み出した。 黒い朱肉を取り出し、インクがつきすぎないよう注意を払いながらトラベラーズノートに返信を書き込む。 見た目は肉球でしかないが、ちゃんとエニグマになっている。 「これは……暗号か?」 「わふっ」 (判るようですね。勿論皆さんにも解ける程度のレベルにしてあります。時間に余裕があるわけでもありませんしね) 誇らしげにしっぽを揺らせるふさふさとトラベラーズノートを交互に視線をやり、「僕に少しだけ時間をくれないか」とカミアが尋ねる。返事を待つまでも無く、地面に座り込み、ノートと睨みあう。そして場違いにも不適に笑う。 「実に面白い」 ※ 若い男女が原生林を探索していた。 容姿だけであれば、同世代カップルに見えなくもないが、如何せん二人の間に流れる空気は険悪だ。表情も実に不機嫌そうだ。 女の名前は出雲。男の名前は諏訪。SAIがカミア捜索のために送り込んできたバイオロイドである。 「あたしが先にカミアを見つけるから。あんた家帰っていいから。そして永遠の眠りについていいからチンピラチワワ」 「煩ぇ黙れ、先に見つけるのは俺だって言ってんだろ、お前こそ帰れ原子に帰れ二度と戻ってくるな脳味噌アメーバ」 ならば分かれて探せばいいんじゃないか、と天の声からツッコミがきそうだが、事情があるのか二人は一定の距離を保ちながらカミアを探索していた。外的の恐れは少ない、と踏んでいるが、今まで何度も“外国人”がレジスタンス側についていたことを考えると、今回も居ないとも限らない。 ガサリ、と僅かな草鳴りの音がする。 二人の動きがパタリと止まる。 暗黙の了解で、エコーロケーションシステムを持つ諏訪が能力を使いながら極力音を立てずに近付いていく。 その背中を出雲は苛立たしげに見ていた。先にカミアを見つけられては堪らない。 性能としては変わらない筈で、能力だけが違う。 推定している時間よりも諏訪が帰ってこないので、出雲は大きくため息をついた。エコーシステムを持ちながら迷子になったわけでもないだろう。 待っているのも飽きたし、待っていてやる義理も無い。 出雲はさっとその場を離れた。足が速い。一足飛びで数百Mは走れているだろう。 バイオロイドの性能はやはりただの人間よりかなり高い。そして、バイオロイドはサイバノイドよりも演算能力が高い。その反面、想像以上の出来事に直面するとフリーズしてしまうことも稀にある。 出雲の目の前に真っ白の壁が“突然”聳え立った。 「な、な……なに……!?」 その壁はぐんぐん伸びて広がっていく。 滑石と思えるほどの白さだったが、レース模様がついている。 じゃっ! 急激に近付いた温度に反応し、辛うじて避けはしたが、木々の隙間から矢が放たれた。 体制を崩しながらも矢の方向を見定める暇もなく、正確な狙いで出雲に向かってくる。 矢が飛んでくる方角が判っても、息をつく暇も無いほどの連射をされてはたまらない。 「なんなのよーっ」 ※ ―そのちょっと前― 先頭を行くルンが腕を広げてゼロと撫子を制する。 しんがりの撫子が常人では聞えない音量で、ルンに「どうしたんですかぁ?」と尋ねる。 ルンは二人を呼び寄せ、やはり小声で答える。 「知らない金属の匂い。ここから先。二つ。バイオロイド?」 ふさふさもそうしていたように、ルンもにおいを覚えていたようだ。 「二人一緒なんですねぇ☆ んー、やっぱ1対1でやりあった方が楽ですよねぇ……」 「なら、ゼロに任せるのです。むしろ両方ともゼロが何とかするのですー」 「ゼロ、小さい。危ない。ルン、心配」 「大丈夫なのですよー。 あのですね……」 こっそりこっそり近付いて、ゼロが頷いたタイミングでルンと撫子は距離をとった。 ゼロが巨大化して、バイオロイド二人を掻っ攫う。 周りを傷つけない特性によって、巨大化した弊害にカミアや他のロストナンバーたちが巻き込まれることも無い。ルンも撫子も戦闘好きなわけではないから、これが一番都合のいいやり方だった。 万が一とりもらした場合に備えることも忘れずに。 何か理由があったのだろうか、バイオロイドが二手に分かれた。 ぐっとゼロが巨大化を始める。 バイオロイド周辺の地面を丸ごと掌に掬い上げ、更にどんどんと巨大化をしていく。 「ちょっ、なんだこれ!? どういうことだこれ!? 止めて怖いなにこの不安定感! 俺打たれ弱いのに!」 バイオロイド―諏訪は突然地面ごとどんどん上空へと舞い上がっていき、冷静とはかけ離れた状態になっているのをゼロは全く意に介していない。 「大丈夫なのですよー、心配要らないのです」 どれだけ巨大化してもコミュニケーションには困らない謎特性で、諏訪の叫びも聞えるしゼロの言葉も彼に届く。 「あやや、一人逃げられてしまったのです」 掌には諏訪一人。 原生林を見ると、もう一人のバイオロイドをルンと撫子が追いかけているから問題ないだろう。 「この高さならどこにもいけないのですー」 「おおおおおおおお降ろせぇぇぇぇぇ!」 まだまだ暴れる諏訪は放置する。 この機会なので、外国を見ておこう、と益々巨大化を進める。上空200kmを超えれば静かになるだろう。さすがにそこまで行くと凍死する可能性が出てくるので、手は極力下にさげる。目線だけは外国―壱番世界で言うところのロシアあたりを見られる高さだ。 そしてゼロの視界に入った光景は―― 「……おかしいのです?」 ※ ルンが想定しているより、相手のバイオロイドは素早かった。けれど捕らえられないわけではない。 高く聳え立つ木の枝をヒュンヒュンと飛び回り、バイオロイドの辺りを見回す一瞬の隙に、眼球を狙い矢を射掛ける。周りが開けていれば、相手の動く先を想定し、先読みして矢を放つ。 「ぎゃああ!」 絶叫。 出雲の目を狙った矢を一本弾き飛ばした筈だったが、一本目の矢に隠れるように射られた二本目の矢に左目を射抜かれる。 「……この程度……っ!」 僅かに足が止まった所を、撫子が浴びせ蹴りを横っ腹に決める。 登山用の靴で繰り出したので、威力は通常よりも増している筈で、案の定出雲は刺さっている矢に手をかけながらブナの木に激突する。 木から降りてきたルンが矢を番えたとき、出雲が矢ごと眼球を抜き出した。 「すごい。お前、それ、食うか?」 「マグロじゃないんだから食べても無駄そうでぅ☆」 呆気にとられたが出雲がとても眼を貫かれたばかりとは思えない速さで迫ってくる。 撫子の襟首を摘んで締め上げる。腹に向かって膝蹴りを入れるが、出雲はますます力をこめる。 ルンは右腕に再び矢をかける。 「さっきからよくも……ッ!!」 出雲がルンに憎しみを視線を向け、そのとき撫子のサマーソルトが見事に顎にクリーンヒットする。 顎に強烈な一撃を食らって、さすがに膝が崩れてしゃがみ込む。 「……どこだ?!」 サーモグラフィ能力で索敵を行うも、感知できる熱源は一つしかない。 ゼロも範囲内に居るのだが、巨大化の結果生物と認識されなかったのかもしれない。 強化細胞によって左目は再生それつつあり、右腕に刺さった矢も乱暴に抜いたために血があふれ出していたがそれは既に血は止まり、傷跡もわずかに残る程度に回復している。 とりあえず熱源反応がある方向へと走る。 ガガガッ 進行方向に木の上から流星の様に矢が降り注ぐ。 見上げてもその矢先に顔面目掛けて矢継ぎ早に矢が放たれる。 位置がわかっていても、攻撃の手段が無い。不利なほうを遺してしまった、と出雲は内心舌打ちする。 「ルンさんグッジョブですぅ☆」 走っている最中、やたらと可愛らしい声が聞こえたと思ったら、顎に強烈な衝撃を受けて出雲、撃沈。 「よっ、と」 撫子は反動を利用して木の枝から飛び降りて着地する。 ルンが撫子の待機している木まで追い詰め、止めの一撃を撫子が勢いづけて繰り出した。いや死んでない筈だが。 ばさりと纏っていた緑の布と一緒に銀色のブランケットも無造作に折りたたむ。ふさふさに渡したエマージェンシーブランケットで熱感知を誤魔化し、ルンに追い詰めて貰い、止めの一撃、となったのだ。 ランチャーを使ったら原生林で火事を起こし最悪全滅、ということにもなりかねないので使わずにおいた。 「撫子、それすごい。なに?」 「これはですねぇ、ガムテープですぅ☆ これでグルグル巻きにしちゃえばぁ、とりあえずは安心ですぅ☆」 気を失った出雲の拘束にと取り出したそれを、ルンが凝視する。 出雲を見るとまだ気を取り戻しそうには見えなかったので、5cmほど切り取って、ルンに渡す。 「これ、なんだ! くっつく! けど、すぐ、離れる!」 使い方やどんな理由で製作されたかをなるべく判りやすくルンに教える。文明レベルが殆ど現代壱番世界とはかけ離れているため、初めて見るようだ。 ちょっぴりの間ガムテープ談義で盛り上がっていた彼女達であるが、ルンが静止する。 撫子もそれに倣い息を潜める。 「居た!」 言うが早いか、ルンが原生林の中に走り出していった。 ※ 「わふ?」 (おや、向こうからルンさんの匂いが……) 「どうかしたのか」 足を止めたふさふさにカミアが問いかける。後続のロストナンバーたちもふさふさを見つめる。 そのとき。 「カミア、渡さない!」 まるで一陣の風のような速さで、180cmはあろうかという男性を横抱きにして奪い去っていく。 あまりの速さ、そして一言も声をかけていかないということに呆気にとられてしまった。 「えーっと……」 坂上健がふさふさを見る。ふさふさも健を見上げる。 「全然伝わってねーじゃねーか!!」 「置いてかれてるけど?」 優しく言って金町洋がルンの消えてった先を指差した。 「わんわんわおーんっ!!」 (今回のことは貸しにしておきますよ!) 「頑張ってね~」 洋がその尻尾に手を振った。 ※ 「……うっ、くう……」 出雲が顎をさすりながら意識を取り戻してしまった。 落ちていた太い木の枝でもう一度今度は頭でも殴って気絶させてやろうか、と構えた撫子だったが、 「カミア、見つけた!」 成人男性を抱きかかえたルンがわき目も振らずに駆け抜け、わんわんっ! とふさふさも突いていく。 「判りましたぁ☆」 カミアを捉えたとあらば、もうバイオロイドには用は無い。 「ゼロさぁん、退却ですぅ☆」 横を走る際にゼロに声をかける。が、彼女にしては珍しく、ワンテンポ遅れて返事がきた。いつものんびりしているが、それとはまた違う。 掌に乗っていたバイオロイドは適当に放置し、元のサイズに戻ったゼロを撫子が抱えてスピードを上げる。 後のことは頼みまぁす☆ と声に出さずに頼んでおいた。 ※ 「ちょっと待ってくれないか」 バイオロイドから距離をとったところでカミアがやっと声をかける。 「彼らの性能を確かめたい」 「わふぅ」 (ここからバイオロイドが見えるのですか) 「色々突っ込んで聞きたいんですけどぉ、一番気になるのは、ふさふささんとお話できるんですかぁ?」 「この犬は極めて論理的な思考をしている。実に興味深い」 そういう問題なのか。というツッコミができるのは撫子しか居ないが、彼女自身も細かいことは気にしないタイプなので、結果納得したカタチに落ち着く。 「それは何故なのです?」 「完成度を確かめるために、僕を定期的に襲うようプログラムしておいた。……どれだけ人に近づけたかのね」 「カミア、迎えに来た。カグヤ、待ってる。 ……カミア、カグヤの夫?」 サイバノイド側のロストナンバー達が手負いの出雲、元気な諏訪を相手取っている所から視線は一切逸らさず、だがこちら側ともきちんと話をしていたカミアが、さすがにちられと視線をルンへと向けた。 「まさか。彼女はまだ二十歳前後だったはずだろう。僕の半分くらいの歳だ。それに、個人的な因縁は何もない」 「尋ねたいのですー」 「僕で答えられることなら」 「ゼロはさっき、とっても大きくなったのです。外国まで見渡せるくらい大きくなったのです。それなのに、何も見えなかったのです」 「何も、見えない。暗闇?」 首を傾げるルンに、ゼロはふるふると首を振る。大きく手を広げて、話を続ける。 「何もないのです。陸も海も空も。なぁーんにもないのです。カミアはどうしてか知っているのです?」 「……その話はカグヤの元で話そう」 初めてカミアが言葉を濁す。 ロストナンバーたちとバイオロイドの決着はついたようだ。 「壊れちゃってもいいんですかぁ?」 「構わない。所詮機械だ。 ……人間ではない」 ※※※ FUJIコミューンからカミアに会う為に出てきたカグヤが、ロストナンバーたちを迎える。 「久しぶり、と言うのもおかしいが」 「でも間違っていないわ」 過去に何かの因縁はない、とカミアの言うとおり、二人の間にはどこか寒々しい空気が漂っている。親しい間柄が気まずくなっているものではなく、親しくない者同士がお互いに距離を測りあっている、あの複雑な雰囲気。 「ここは死後の国。神様の国。だからみんな、死ぬまで戦う。違ったか?」 そんな空気を打ち破ったのはルンだった。 神様とはSAI、死ぬまで戦うとはレジスタンスやバイオロイドが戦うからであろうか。 「昔は八百万の神が御座す国、だなんて言われてたみたいだけど。今の神様はSAIだけね。作り物の神様。……死後の国というのは、あながち外れても居ないかもね」 「えぇっ!? オカルト的なカンジですかぁ!?」 「不在化現象、って聞いたことあるかしら?」 全員が首を振る。ふさふさは知っているといわんばかりの顔だったが、ピンと立っているしっぽの先だけちょろんと曲がっているので知らないのだろう。 「ある日突然、ううん、突然ではないかもしれない。気が付いたら無くなるの、存在が。人の記憶からも消されるの」 「原因は判明していない。ただ消えるんだ。例えば、今、君。そう髪の長い君だ。君が持っているリュックサックが突然消滅する。同時に君の記憶から、用意したこと、背負っていたこと、その中身、それら全ての記憶が消える。この世の中から完全に消滅する」 「あまりにも突拍子も無い話ですぅ。ていうか、カグヤさんはどうしてそれを知っているんですかぁ?」 不在化現象が確かならば、誰にも気付かれるはずは無い。 カミアが通訳してカグヤに問いかける。 「始まりの12人がSAIが割り出したのよ。そしてあの運命の日から支配も始まった」 運命の日。 SAIの管理者らが行方不明となり、SAIは人々の脳内チップを利用してNIPPONを支配した。 そもそも始めは超高度都市管理設備であっただけのSAIがいまやナギ様ナミ様と崇められているのも、その日からだ。 「12人がSAIを使って導き出した答えとして、不在化現象の速度を落すことはできても打ち消すことはできない。SAIが人々をコントロールしたのも、不在化現象を知った人が出たときのパニックを抑えるものなのでしょうね」 それでもSAIの管理から僅かに漏れる人間も出てくる。 それら異分子の受け皿となったのがカグヤだった。 「私は不在化現象を知った、というよりも、過去視の力で知りえただけなのよ。運命の日、何が起きたのか。私はその場に居合わせて、そして記憶を消された。……そのときは私の能力をカミアは知らなかったから」 「どんなにすごいといってもぉ、所詮は人工知能ですよねぇ?」 「ただの人工知能じゃない」 眼鏡のブリッジを上げながら、カミアは表情一つ変えずに告げる。 「SAIは実に優秀だ。だが直感がない。それを補うために、二人の人間の脳を使っている」 「では、生きている人間がSAIの中の人なのです?」 「うぅーん、でもそれってぇ、ちょっと支持できないですよねぇ☆」 ルンは文明が違いすぎて判らない単語が多すぎたため、全員の顔をじっくりと観察している。 「生きている、とは明言できないかもしれない。肉体は既に無いのだから」 「ナギに使われているのが桜塚悠真、ナミに使われたのが桜塚悠亜。桜塚悠司の弟妹よ。SAIを守るためにはガーディアンが必要だったから」 「よく判らない。けど、サクラヅカ、弟妹、大事? そのこと、サカラヅカ、知ってる?」 「いや、知らないだろう。知っているとしたら、SAIはとうに破壊されているはずだ。 尤も、聡い彼のことだ。勘付いてはいるのかも知れないが」 「カミアはSAIを止められないのです?」 「止めることは可能だ。兄―SAIを創設したメンバーの一人からマスターコードを受け取っている。だがそうなると、悠真と悠亜の機能も停止する」 「死? カミア、SAIに行く。止める。二人、死ぬ?」 「そういうことだ」 「ではカグヤは、何のためにカミアを探していたのです?」 重苦しい空気の中、ゼロが尋ねる。 SAIは止められる。しかし悠真と悠亜は完全に死亡する。 以前カグヤは、「人間は人間らしい生活を送るべきだ」と言っていた。已む無しとはいえども、そういうことを言う者が他人の命を犠牲にしてまで送る生活を人間らしいとは言うだろうか? 「不在化現象はこれ以上止められない。私たちは滅びるの。それは変えられない。 何も知らず支配されて滅びていくより、真実を知って滅びを受け入れるほうが、人間らしく最期を生きて、そして死ぬ。カミアならできると思ったのよ、混乱が起きない程度に真実を公開できるって」 「あまり過大評価されても困る。第一僕は、君とは違う。SAIの機能を停止するつもりもないし、完全に諦めたわけでもない」 「それだと、カグヤと違う立場になるのです」 「SAIの支配は完璧ではなかった。それは君たちも知っての通りカグヤの元でレジスタンスとなって活動している。桜塚悠司はそれらを狩る。2人はSAIのシステムの一部なのだよ」 「システムを維持するには必要みたいなのよ。運命の日に居合わせた私は、支配されて生きることは拒絶した。だけど支配から逃れた人を放って置くことも出来ない。受け入れる代わりに私は抵抗する側に回る。そういう約束だったのよ」 「わんわん、くぅん?」 (諦めない根拠には、カミア、貴方が行く予定だったという人柱と関係があるのですか?) この状態でふさふさと会話ができるのはカミアだけであるから、ロストナンバーにもかぐやにも、ふさふさの言っていることは理解できていない。 「僕が何故原生林に居たのか。それはただの偶然だ。人を避けていたらここを通ることになった。目的地の人柱が眠る地がこの近くだから」 ふさふさと会話をしている体で、目的を話し始める。 「始まりの12人は、どこに消えたと思う? 不在化現象を突き止めた彼らは、状況を打破する方法は結局見つけられなかった。けれど、自らを人柱として事態を瀬戸際で食い止める方法を見つけた」 何の感慨もなさそうに、ただ淡々とカミアは説明をしていく。 「当然それも永遠とはいかない。だから人柱の代替品としてバイオロイドを作り出した」 先ほどの、定期的にカミアを襲う様にプログラムしたというのは、正しく生贄であった。 「僕はカグヤに協力する為に、呼びかけに応じたわけじゃない。バイオロイドによる人柱計画が成功するまで待って欲しい」 「それはいつ成功するの?」 「っていうかぁ、さっき少なくとも2体は壊しちゃいましたよねぇ?」 「くぅん?」 (人柱がいつまで持つのかも気になりますね) 「……人柱の力は、12人の死とほぼ同じくして消滅するだろう」 表情一つ変えなかったカミアが、苦々しく眉をひそめる。 ―時間が余っているということは無さそうだ。 「少なくとも、私は間に合うとは思えないわ。だからこそカミア、貴方の力で解放して欲しかった」 しん、と沈黙が落ちる。 眉をひそめていたカミアであったが、ロストナンバーたちを見渡して、「確かに」と言葉を続ける。 「今の状況で消滅を免れることは不可能だ。しかしありえない事象……君たち“外国人”が来訪している。諦めるのはまだ早い気もするがね」 支配され続けるか、すぐそばにある死への恐怖に怯えながら生きるか。 だが生き残る可能性も0ではない。 それとも、バイオロイドではなく別の人間を人柱とするのか。 彼らの選択は――
このライターへメールを送る