「た、例えば、それは先行対応」 なにやら緊張した面持ちで、リクレカは告げた。「緊急事態です。硝煙の風・ラエリタムの惑星ラエリットにマンファージが出現すると予言されました」 ラエリタムは確かにファージが侵食中の世界ではある。しかしマンファージの存在が示されたのは今回が初めてだった。「マンファージ自体の詳細は現時点では不明です。皆様は出現予想エリアに先行し情報収集、及び現地への影響を最小限に抑えてきて下さい」 つまり今回は出現への対応であって討伐ではない。そちらは必要な情報が集まり次第改めて募集されるそうだ。いっそ倒してきたいところではあるが、予言によるとそれはきわめて困難なのだそうだ。「なお、該当エリアに対してはAFO側から攻略作戦への協力要請が来ています。表向きはこれへの協力という形になりますので対フォールス戦の準備は怠らないようお願いします」「皆様が向かうのはラエリットの地上部、現在はフォールスの支配下にあるアズール盆地です」 スクリーンにはなだらかな丘陵に囲まれた、中央に建物のある盆地のようなものが映し出された。のようなもの、というのは丘陵の中程から内側が建物の周囲を除いてほぼ全て沼地のようになっていたからだ。平野部はもちろん、丘陵の斜面内側も斜面を保ったままの沼という不自然さだ。ついでに言えば、ラエリットで地上施設が見つかることも非常に珍しい。 実はこのアズール盆地、ラエリットで最初に生物型フォールスが降り立ったという曰く付きの地でもある。不自然な地面については長年のファージの侵食の結果だと導きの書に示された。「マンファージ出現のタイミングですが、攻略作戦がある程度進んだ段階としか分かりませんでした。出現後は盆地内の現地人はすべてマンファージの支配下に置かれることになります」 とはいえ、あくまで作戦主体は現地側にあるため事前の作戦中止や延期はまず受け入れられないだろう。ある程度支配下に置かれることは仕方ないと割り切り、出現後に予想される混乱に対応する方が良さそうだ。 もちろん表向きには現地作戦への協力なので、マンファージ出現まではそちらに協力することになる。「現地軍の作戦目的は同地域の解放および地上施設の接収です」 スクリーンの表示がより広域のマップへと切り替わった。「現地軍は該当地域周辺を制圧。多数の直接戦闘兵器、間接攻撃兵器、航空兵器を用いて兵力そのもので現地を解放する予定となっています」 要は物量作戦だ。個体性能差ではフォールス側に大きく分があるラエリットでは基本戦術ともいえる。味方兵力はRAを含む陸軍と空軍の大部隊で、ORAを含む防空軍は基本的に攻撃作戦には参加しない。「作戦進行上の主な障害はフォールス、地形要件、地上施設の3つになります」 これらに関しては、要約するとこんな感じになる。<フォールス> 今回は先行偵察時に2種類が確認されている。 A型はタツノオトシゴに翼や手足を加えたような姿で、頭頂高は約27mとこれまで確認されているフォールスでは大型の部類に入る。武装が豊富で射撃戦、格闘戦のどちらにも対応できオールマイティな地形適応能力も持っている。気圏内仕様なのか光学兵器は持っていない。 B型は筋肉質な巨人のような姿だが、頭頂高は約12mとフォールスとしては小さめで武装も持っていない。現地軍の先行偵察時には補給行動が確認されたことからサポートタイプと推測されるが、筋肉量と身軽さから格闘戦能力に限ればA型を上回っている可能性もある。飛行能力はなく、水中での動きも鈍いことから陸戦タイプと思われる。 フォールス側にとっても重要な地域のようで、相当数のフォールスが居るほか気圏外からの増援も頻繁に確認されている。<地形要件> 盆地の内側が底なし沼のような状況であるため、そのままでは陸軍の直接戦闘兵器はほとんど進入不可能である。よって沼地部に対する現地軍の攻撃は空爆と長距離砲がメインになるだろう。 なおこの沼地は侵食元となっているファージ=指揮官型を倒せば元の地面に戻り、陸軍も侵入可能となる。この事は現地軍も経験で知っているが、どの指揮官型がどの程度侵食しているかは不明である。 また侵食前後ともに施設以外の地上障害物は存在しない。<地上施設> 盆地中央にある地上施設はフォールス管理下で生きているらしく、長射程のミサイル砲台による攻撃には注意が必要である。 なお現地軍はこの施設をなるべく無傷で接収したいと考えており、施設への直接攻撃および施設を中心とした一定エリア内への砲爆撃は禁止されている。ただしピンポイント攻撃によるミサイル砲台の破壊は例外とする。 フォールス側も施設への被害を嫌っているため、こちらが気をつけていれば施設へ被害が及ぶ危険性は低いと推測される。「これらの障害はそのままマンファージ討伐時の障害となる可能性が高いですので、マンファージ出現までに可能な限りクリアにした方がいいでしょう」 予想支配エリアから逆算すれば、マンファージ討伐時の戦闘エリアは地上施設のあたりと推測される。間にある障害は支配下に落ちる現地軍を除けば今回の作戦とあまり変わらないだろう。「計算上は、これで8割方大丈夫のはずなんだがな」 師団長がつぶやいた。 ラエリットにおける陸戦の基本は戦力そのものによる戦線の押し上げだ。気圏外からの増援がある状況では一定以上の戦力差を維持しないと戦線が崩壊する恐れがある。 そんなわけで今回も施設の周辺にU字型に戦力を展開し、じわじわと迫っていく方針だ。より具体的には敵前線に砲爆撃を大量に叩き込み、ボロボロになった敵勢を直接戦闘で叩く、の繰り返しである。 あえて完全包囲をしないのは頑強に抵抗されるより逃げられる方が被害が少ないから。作戦目的が殲滅ではなく解放であることも大きい。 敵の要衝ではあるが、計算上はよほどの増援でもない限りこれで解放できるはずだった。 現地軍はまだ知らない。実際にはマンファージという全く未知の存在により作戦に大きな支障が出ることを。 そしてもし出現時間がより正確に分かっていたならば、戦略眼に優れたロストナンバーなら気づいただろう。 もしロストナンバーが何もしなければ、その出現は最悪のタイミングで起こると。
幸運の女神 輸送車を降りたら、そこは戦場だった。 「嫌だわ、マンファージを観察するだけの簡単なお仕事って聞いてたのに……」 えっと、そのあたりも説明しましたよね? 「私、こういう科学兵器の応酬は超苦手よ。このまま家に帰りたいんだけど……無理よねぇ」 「無理だろォよ」 ゲンナリしている幸せの魔女にジャック・ハートがツッコんだ。ロストレイルは全員を下ろしてすぐに走り去ってしまったので、依頼をこなすまでは戻ってこないだろう。そもそも駅まで車でも1時間程かかる。 (まァ魔女とゼロは無事だろ、あいつらは幸運で無敵だからナ) そう心の中でつぶやきながら、ジャックは残り2名――川原撫子と彼女が誘ったリッドの方を見た。 「うふふ、オーバーテクノロジーのか・ほ・り♪ ラエリタム浪漫バリバリですぅ」 「わ、撫子さんよだれ、あと表情ー」 (……気のせいか?) 撫子と何度も戦場を共にしたジャックは、移動の時から撫子の様子が気にかかっていた。一見いつも通りだが、どこか違和感があるような。最近生活環境に大きな変化があったそうだしそのせいだろうか? どちらにせよ思い立ったら突撃するところがあるので無茶をやらかさないか心配なことには変わらないのだが。 現地軍への挨拶と軽い打ち合わせを済ませた一行は、割り当てられた簡易休憩施設に集まっていた。事前説明をしておいたのでシーアールシーゼロの巨大化を始め各人の能力使用で問題が起こることもないだろう。 「魔女さん、ご飯奢るから幸運恵んで下さいぃ☆」 「あら、元からそのつもりだったけれどせっかくだから奢ってもらおうかしら」 撫子とそんな冗談とも本気とも取れるようなやりとりを交わしつつ。 「左手を差し出して頂戴な」 同行者の4名と向かい合う場所に位置した幸せの魔女は、そう言うと差し出されたそれぞれの左手薬指に白金製の指輪をはめて、そっと口づけを落としていった。 そう、それは彼女の魔法。あるいは契約。 「幸せの婚約指輪……。私の名前が刻まれたありがた~い指輪よ。これをつけていれば、常に私と"幸せの魔法"を共有する事ができるわ」 その効力についてはこれまでの付き合いや報告書で証明されているので誰も疑わなかった。が、モノがモノである。 「婚約!? あっああああのでも私には好きな人がぁ」 「落ち着いて撫子さん、あくまで婚約よ。双方同意の上破棄すれば問題ないわ」 具体的には戦闘終了後に返してもらうつもりである。 「ただ、そうねぇ。もし途中で勝手に外したりしたら……」 「どうなるのですー?」 「とてつもない不幸に見舞われることになるわ。だから無くさないようにね」 終始笑顔だった幸せの魔女だったが、発言内容はシャレになっていなかった。 「一歩間違うと死亡フラグなのですー」 「『俺、この戦いが終わったら結婚するんだ』ってかァ? 幸せの魔女に限ってそれはねェだろ」 死亡フラグどころかどんな困難なミッションでも生還しそうである。だって幸せの魔女との婚約だし。 「皆、私の幸せの為に頑張ってね。私が幸せなら、それは皆の幸せなの。幸せなのは当たり前。そうでしょう?」 だから、聞きようによってはわがままにも思える言動にも、皆こくりと頷いたのだった。 とはいえ敵対する者から容赦なく幸せを奪う以外では近接格闘戦を主体とする彼女では、本人も言う通りフォールスとの直接戦闘はあまり向いていない。 なので彼女は後方の支援砲撃部隊を訪れていた。 「師団長から話は聞いている。ラーマン准尉、客人は丁重に扱えよ?」 「わかっております」 幸せの魔女が案内されたのは、ラーマン准尉率いる多目的ランチャー中隊だった。 「皆集まれ。今作戦中、こちらの方が我々の部隊に同行することになった」 准尉に紹介された彼女は、にっこりほほえみながら自信満々に告げた。 「貴方がたはとても幸運よ。この"幸せの魔女"の名を冠する私と一緒にいられるんだから」 「おお、2つ名持ちか。頼もしいな」 少し誤解もある気もするが、兵士達には好印象のようだ。 もちろん彼女に兵器操縦や砲兵としての技能があるわけでもないので、准尉の搭乗車両に邪魔にならないよう同乗するだけである。ただそれだけのようにも思えるが、彼女の幸運力はそれだけで奇跡に近い力を呼び寄せる。 『空軍機、まもなく目標空域に入ります』 『よぉし、景気づけと行くか。各部隊、対空射撃用意!』 通信指令と共に、幸せの魔女が乗るランチャー車両も砲口を空へと向けた。 発射の号令と共に無数の対空弾頭が放たれ、空軍機よりも先に空中のA型フォールス達に殺到する。それらは撃ち落とされ、あるいは切り落とされながらも数を頼りに次々と食らいついていった。6発以上食らった兵士型は次々と墜落してゆくが、指揮官型らしき何体かのフォールスは盾も使ってしぶとくしのいでいる。10発以上当てないと落とせないような強敵に、准尉の車両のミサイルが食らいついた。偶然にも、いや幸せの魔女が同乗しているならそれは必然だろうか。翼の付け根に直撃したそれは何がどう作用したのか指揮官型の1体をたったの1発で中破させた。 『ナイスビンゴです、准尉』 「なぁに、ただの偶然よ」 『総員、回避行動急げ。トウキビと菓子屋は対地攻撃へシフト』 兵士達のやりとりを准尉車両の助手席で静かに微笑みながら聞いてる幸せの魔女。反撃はゼロが受け止めたりジャックが撃ち落としてある程度減らしたものの、広範囲からの攻撃全てには対処出来ず数両大破を含む被害を生んでいた。もちろん准尉の車両は無傷である。 もちろん准尉の車両はこの後も幸運な偶然が連続し、最終的に他の車両の6倍近い戦果を挙げるのだがそれはひとまず置いておくとして。幸せの魔女の視線の先には、全身が見えないくらい巨大化したゼロがいた。 純白のイージス ゼロは盆地へと向かいながらどんどん巨大化していった。それも身長10km以上という壱番世界で一番高い山さえ超えるような圧倒的な大きさである。曇っていたら多分下が見えない。 A型の長距離攻撃を受け止めながら盆地のどこへでも容易に手が届くサイズになったゼロは、まず地上施設のミサイル砲台に手を伸ばした。すぽんと引っこ抜こうと思ったが、基地の一部でもある砲台は傷つけることが出来ないゼロでは外せなかった。 「ジャックさん、お願いするのです」 「任せナ」 飛んできたジャックが電撃で接続金具を吹き飛ばし、ゼロが引き抜いていけば施設のミサイル砲台はあっという間に撤去された。 「どこに置いておくのですー?」 せっかくだから研究資料にしたいとの申し出にゼロが置き場所を尋ねている間、ジャックは基地と上空とを行き交う謎の電波を感知していた。 (なんだ? 上空のフォールス……じゃねェ。もっと上か?) 電波の方向は飛び交うフォールスに左右されず一定している。その先に見えるのは、衛星イータム。 そんなジャックへと向かってフォールス達が大鎌や肉弾格闘の構えで肉薄してくる。 (チッ、こいつらをどうにかするのが先か) 急降下するA型と沼から飛び出したB型の位置を入れ替えると、ジャックは沼に突っ込むA型の背中にかまいたちを叩き込んだ。 砲台を引き渡したゼロは、フォールス達の現地軍への攻撃を体で受け止めながら沼地や上空を観察していた。上空と言っても戦闘高度は彼女の目よりだいぶ下なのでまとめて見下ろす形だ。 しかし沼地の中は濁っていて透明度が極めて低いのでなかなか見通せない。時々浮き上がるB指揮官型を1体ずつ指で周囲の沼ごとすくい上げては適当な地上部に放置していたが、そちらはジャックはどうにかするようなので任せることにして、ゼロはどこからともなく試験管のようなものを取り出した。とはいっても巨大化したゼロが取り出したそれはA型フォールスも余裕で入るとんでもサイズだったのだが。 戦闘挙動を観察して、指揮官型っぽいA型を見分けるとそっと試験管をかぶせて指で蓋をする。27m級のA型も今のゼロと比較すれば全長5mmもない羽虫同然だった。 「信号弾をお願いしますなのです」 現地軍に位置を指示してもらい、信号弾に合わせて解放すれば殺到する現地軍の攻撃で指揮官型は倒されるという寸法だ。 とは言えこの方法では1度に1体ずつしか倒せない。大量に居るフォールス相手には、有効ではあるものの効率的とは言いがたかった。 それでもある程度敵戦力を削ったところで、無慈悲にも遙か上空からA型の増援が次々と飛来する。放置すれば際限なく飛来するそれらに対応するため、ゼロはさらに巨大化するとどこからともなくハンカチを取り出し、増援をすくい上げるとそのまま上空へと振り上げた。 「キャッチ&リリースなのですー」 そしてそのまま気圏外まで追い出される。こうなってしまうとフォールス側はまともに増援を下ろせない。いずれ対策はしてくるかもしれないが、今回はマンファージ出現まで時間を稼げれば十分だ。 (そういえば) 追い返しと追加で増え続ける増援に対処しながら、ふと思う。 (いままで現れなかったマンファージが出現するのは何か理由があるのです?) 雷迅戦駆 一方、ジャックは沼の上を飛び回りながらフォールスと戦っていた。 自身の短距離転移や敵同士の入れ替えなどで攪乱しつつ、攻撃圏内に入った敵をPSIで次々と倒していく。機械制御部を強制停止させられた上でA型はスラスターを風で切り裂かれ、B型は頭を内部から爆砕された。幸せの魔法のおかげかことごとく当たり所がよく、当てればほぼ一撃で倒せている状態だ。 しかしやはり敵の数が多いのと、自身の攻撃半径が50mに限られることから自然と敵射撃を逆手にとったカウンター攻撃が主体になっていった。フォールス達もジャックに対しては警戒してなかなか近づかないのだ。 「俺ァエレキ=テックだぞ! 電気絡みで俺の意のままにならねェモンなぞこの世にねェンだヨ!」 ミサイルの電子頭脳すら制御し同士討ちをさせ、各種実弾やブーメランはアクセラレーションや電磁誘導で打ち返して、時には味方の砲撃位置へと誘い込んで。 時々ご機嫌な長距離砲(幸せの魔女同乗車の砲撃)がまとめて吹き飛ばすことがあるものの、いつマンファージが現れるか分からない状況では少しでも討伐速度を上げたい。 (水中優先で行った方が良いッて事か?) ある程度交戦して、ジャックはいくつかのことに気づいていた。例えば沼地の消滅にはB指揮官型のみが絡んでいること。そして味方の攻撃は水中に対しては薄いこと。 前者はおそらくB型の方が古いタイプなのだろう。性能差から考えてもそれは十分考えられる。後者は現地軍は地上戦主体だし、ロストナンバーにしても水中戦を得意とする者は少ないので致し方ないともいえる。 (俺ァシールドで空気確保すりゃァいい、埋まってもシールド張ってるしナ) ならば先に沼地を消滅させる方がいい。そう判断したジャックは水中に突撃した。 水中と言っても不純物の非常に多い沼では視界が極端に悪い。だがジャックは透視と精神感応で十分に周辺状況が把握出来るし、そもそも少し前の依頼で失明してしまっているから光学的な視界は関係なかった。 水深は50m前後と言ったところだろうか。ファージの侵食結果だけに特殊な地形効果がないか気になったがどうやらそれはないようだ。それでも有効な攻撃手段を持たない現地人相手なら有利なのだろうが、相手がジャックとなるとそうはいかない。 (居場所がバレバレだナ、片っ端から叩き潰すッ) そして淀んだ水中ではわずかな振動でも目立ちやすい。水中でもアクティブなA型にはひとまず牽制程度にとどめておき、沼底でこそこそ補給行動をとっているB型をめざとく見つけては急接近して0距離で電撃を叩き込んでいった。水中では動きの鈍るB型に、ジャックの強襲を逃れる術はなかった。 (ン?) 水中のB型を次々と倒しながら、ジャックはふと疑問に思った。 (こいつら、どうしてわざわざ沼地なんて作ってんダ?) ファージについては未だに分からないことが多いが、少なくともB型は決して水中戦が得意なわけではない。むしろ陸上向きのはずなのにわざわざ水場に潜むのは不自然に感じられる。A型はどこでも行けるタイプだが、別に水中専用の武装はなく逆に溶岩弾や火炎放射を制限されるくらいだ。 (自分たちのためじゃねェなら……何か待ってやがんのカ?) しかし、それは現段階で分かることではなかった。 何度か沼の消滅に巻き込まれ土中に埋まりながらも、ジャックは数十分かけてB指揮官型をほぼ殲滅することに成功した。地上に戻ったジャックは、現地軍が直接戦闘のため前進を開始したことを感じ取っていた。 修羅に入る 例えば、根本的な解決をしたいもののそれが極めて困難な状況で応急対処を頼まれた場合。 素直に応急対処して根本解決を後続に託すか、困難を承知であえて根本的な解決を目指すか。 今回、川原撫子は――後者を選んだ。 時間は少しさかのぼる。 撫子は最初ORAに乗りたいと思っていたが、前線に出てきていないし出すつもりもないことから不可能だった。もとより最重要軍事物資でもある発掘兵器ORAに乗るのは困難だっただろう。 だったらと彼女が借りたのは、軍用のバイクと重機関砲にちょっとした通信装置。 (私は壱番世界人なのでぇ、フォールスに勝つには装備が要りますぅ☆ でもマンファージとそれに操られた人だけなら、ギアとちょっとした銃器で充分行けますぅ☆) そう考え、マンファージが出現したら突撃して一気に片をつけようと思っていたのだ。 ある意味彼女らしいと言えばそうかもしれないが、今回はさすがに無茶があるのではないだろうか。 戦闘のプロがマンファージとなって現れる可能性だって十分にあるのだ。 撫子が突撃の準備をしながら兵士からレクチャーを受けている間に、ゼロによる増援阻止やジャックによるB指揮官型の大半殲滅により戦況は現地軍に有利な状況に傾いていた。侵攻ルート上の沼地が消えたことで現地陸軍は本格的な侵攻を開始し、増援を防がれたフォールス達は戦力差により徐々に追い詰められていった。 大規模な支援砲爆撃が降り注ぎ、RAや戦闘車両が手負いのフォールスに集中攻撃を行い確実に数を減らしてゆく。 どんなに回避運動をとっても幸せの魔女の乗った支援車両の攻撃からは逃れられなかったし、反撃はほとんどをゼロとジャックに遮られ、さらにジャックに跳ね返され自滅する場面も見られた。 もしこれ以上何も起こらないのなら、現地軍の作戦成功で終わっただろう。が、そうはいかない事をロストナンバー達は分かっていた。 最初の異変は空軍に起きた。 増援を防がれ続けたフォールス側だったが、黙って追い返され続けたわけではなかった。気圏外に戦力が溜まったことを利用して、密かに別働隊を作り全く別の場所からの降下を仕掛けてきたのだ。 さすがにゼロもこれには対処出来ず別働隊の降下を許してしまったのだが、その後に起こるはずの空中戦が起こらなかったのだ。代わりに起こったのが、空軍戦闘機によるゼロへのミサイル攻撃。 「空軍さんの様子がおかしいのです。マンファージが現れたのかもしれないのです」 もちろんゼロはダメージを受けない。しかしこの事はある重大な事実を示していた。 「マンファージ?」 「世界の敵に寄生された人間の事よ。近くに居る人間を操りながら世界を作り替えようとするわ」 「フォールスの指揮官級みたいなものか」 「理解が早くて助かるわ。人間に寄生されるのはかなりやっかいなのだけれど」 いつの間にか司令部に戻っていた幸せの魔女が師団長に説明した。 もし作戦開始前に説明しても理解されないどころか作戦妨害ととられて信頼を失いかねない。なので現れてから速やかに説明しようと事前に決めていたのだ。 現地軍にとってはにわかには信じがたい話である。が、 「各隊応答せよ……だめです、応答ありません」 「機体反応は正常、操られているということか」 実際に起きている事象を前にしては認めざるを得なかった。 「被害が増大する前に一度後退することを推奨するわ。あんなのに操られるのは不幸以外の何物でもないもの」 「そうだな。陸軍は連絡がつくか? よし、前線部隊を速やかに後退させろ」 前線に撤退指示を下した師団長は、再び幸せの魔女に顔を向けた。 「ところで、操られた空軍機はどうすればいい? 危険なら撃ち落とさなければならん」 「あら、その必要はないわ。もっとハッピーな解決法があるのだもの」 屋根を、いや、その先に居るはずの存在に目をやりながら、彼女は続けた。 「幸せの魔女が来ているのよ? ハッピーエンド以外認めないわ」 それは言葉だけでなく、実際にどうにかなることを確信しているかのような発言だった。 「でも、空からなのね」 最後の言葉だけは、誰にも聞こえなかったけれど。 その幸せの魔女の視線の先に居たゼロは、少し迷ってから空軍機の救出に取りかかった。 フォールスと違って空軍機は元々現地軍である。一緒くたにハンカチで包んでうっかり何かあったら一大事だ。支配から逃れた空軍機をフォールスが攻撃しない保証は全くない。ある程度の増援を許してしまうのはこの際仕方なかった。 実はこれもフォールス側の作戦でもあった。フォールスと空軍機を混在させることで対処を難しくしたのだ。 そう、マンファージは空から現れたのだ。しかしフォールスと空軍機の混成の、どこに紛れ込んでいるかはまだ分からない。 ゼロは丁寧に一機ずつ、パイロットがマンファージ化していないかも確認しながら空軍機を解放していった。 結果、全機無事に解放されたのだが……マンファージは、空軍には発生していなかった。 マンファージ出現と聞いた撫子は、すぐさまバイクで駐屯地を飛び出した。 「撫子さん、どこへ行くんですか!?」 「フォールスは通信電波傍受できますよぉ☆ 敵である私が施設に突撃したら、マンファージも一部フォールスも確実に私の方へ来ますぅ……見せられない最初の一手、衛星に関するキーみたいなものが、あの施設にはある筈ですぅ☆ その間に皆さん撤退準備ヨロですぅ☆」 「根拠は? 保証は? というか色々と無茶ですよぉー」 リッドが精一杯叫んで呼び止めるものの、すでにバイクは遙か彼方まで走り去っていた。慌ててトラベラーズノートで全員に連絡を取ったのは言うまでもない。 「チッ、やっこさんもなかなかやるじゃねェかッ」 ゼロの防御を突破したフォールスに舌を巻きつつ、ジャックは撤退する陸軍の護衛へと回っていた。ゼロが空軍機の救助に回っている間は1人で対処しないといけない。 とはいえフォールス側の初期戦力はほとんど壊滅状態だった。どうせ撤退するならとしんがりの部隊が生き残りに集中砲火を浴びせているので、ジャック自身は味方の防御に専念していればよかった。 情勢が変わったのは、突破してきた増援が低空まで接近したときだった。 いつ仕掛けられても対応出来るよう警戒していたのだが、もうA型の射程内に入っているはずなのにミサイルの1発も飛んでこない。さすがにおかしいとジャックが感づいたのと、地上の砲火が止むのは同時だった。そしてその場のロストナンバーを除く全てのターゲットになったのは。 「って、オイッ!」 丘を越えた瞬間、撫子の時間が止まった。 (うそっ) 自分に向けられた砲塔、銃口、ロケットランチャーetc. マンファージに操られた人間を生身で想定していたのが致命的なミスだった。機械化部隊相手ではギアでの対処は難しい。 逡巡したのは一瞬、撫子は構わず突っ込んだ。 「魔女さんのハピネスパワー、保ってぇ!」 もとよりバイクは急には止まれない。それに一部マキーナの反則的機動性に比べれば陸軍やフォールスの反応速度はまだましなのだ。 とはいえ今回は圧倒的多数対1人。手数があまりにも違いすぎた。 「冗談じゃねェッ、俺ァハートのジャックだぞ! 目の前で仲間が死ぬような不名誉されて堪るかッ!」 慌てて撫子の元へと向かうジャックだったが、最前線と丘の上では距離が遠すぎた。 蛇行運転での回避で耐えたのは数秒、撫子はバイクごと爆風で吹っ飛んだ。 「陸軍前線部隊、連絡途絶えました」 「空軍機の待避完了、対空攻撃再開します」 慌ただしい司令部のレーダー画面を時折チラ見しながら、幸せの魔女はトラベラーズノートに目を落とす。 (もう、あまり幸せが減るような事しないでほしいわ) それでも彼女は動じない。撫子の幸せはまだ残っているから大丈夫と分かっているのだ。 「あら?」 再びモニターを見た幸せの魔女は、新たに降りてきたフォールスの背中にカプセルが付いていることに気づいた。 空軍の救出を終えたゼロは、今度は陸軍を地面ごと持ち上げて回収した。盆地から出れば皆正気に戻るはずだ。 「あれ? 撫子さん大丈夫なのです?」 回収の途中で、バイクに乗ったまま動かない撫子を支えるジャックを見かけて声をかけた。 「ああ、無事サ。軽い脳震盪を起こしているみたいだがナ」 当の撫子はバイク共々すすだらけである。 「リア充だから爆発したのですー?」 「いや、違ェだろ……」 あくまでマイペースなゼロの発言に腰砕けになるジャック。まあこんな会話が出来るのも本人が無事だからなのだが。 「ではゼロは陸軍さんを帰してくるのです」 駐屯地へと向かうゼロの背を見送っていると、撫子が意識を取り戻した。 「うぅ……ん……はっ、ここは?」 「気づいたか?」 「あ、ジャックさん。ちょうどよかった、私を先に施設まで運んで貰えませんかぁ? バイクだけじゃ難しそうで……」 撫子の言葉は途中で遮られた。ジャックが頬をはたいたのだ。 「痛っ、何するんですかぁ」 「ふざけんじゃねェッ。危うく死ぬところだったんだぞ、まだ無茶するつもりかヨ」 事実、撫子は運良く至近弾の爆風に吹っ飛ばされるだけで済んでいたが、それでもジャックが間に合わなければ地面に叩き付けられていたのだ。普段は女性に甘いジャックが手を出すのも仕方ないだろう。 「でもっ、あの施設には絶対何かがあるんです、マンファージを接触させたらだめなんですよ」 対する撫子の表情にも鬼気迫るものがあった、というか口調もなんか違う。 「……一体何があッタ?」 「…………」 問うジャック、無言の撫子。ただただ意地でも施設に向かう意思だけは感じられる。 「分かったヨ、一緒に行ってやる。でも少しでも危なくなったらすぐに逃げるからナ」 「ありがとう、ございます」 「ゼロも一緒に行くのです」 話が付いたところに、陸軍を帰還させたゼロが合流した。片手を地面に下ろすと2人に乗るように促す。そこには既に先客も居て。 「今の撫子さんは放っておくと幸せをすり減らしそうだから、私も一緒に行くわね」 幸せの魔女とリッドもゼロと一緒に来ていた。 「ちなみに言っておくが、施設は衛星方面の何かと定期的に連絡しているみたいだゾ」 「えっ、そうなんですかぁ?」 施設へと向かうと、先ほどまでは静かだったフォールス達が再び攻撃を仕掛けてきた。しかしゼロが全て受け止めているので被害は全くない。 「まあマンファージが何かする可能性は否定しないけどナ」 「それも興味あるけれど」 幸せの魔女がジャックと撫子の話に割って入った。 「誰か、増援のフォールスの背中を確認した人は居るかしら」 「背中なのです?」 「ええ、カプセルのようなものが付いていたのだけれど」 「施設が見えたのですー。あ、カプセル付いているのです。中から何か降りているのです」 ゼロにそう言われ、皆が施設を見る。 A型フォールスが施設の入り口に尻尾を差し込み、背中のカプセルの扉が開く。すると中から白衣を纏った男性が現れ、背中を滑るように施設の中へと吸い込まれていった。 「ひょっとして今のが」 「マンファージなのです?」 「マンファージまでフォールスかヨ」 マンファージもフォールスだった。しかし現地の人々を操っていたということは、元は現地人ということになる。 「追いかけましょ、早く!」 撫子のあまりの剣幕に押され、一同は施設内へと突入した。入り口に陣取っていたフォールスをゼロがどかせば、施設に手を出せないフォールスからはむしろ安全だった。 しかし、そもそもがフォールス支配下の施設だ。何もないわけがなかった。 「壁がぶよぶよなのですー」 人工的な雰囲気は最初だけ、施設を少し奥に進めばもう壁は生物の内臓のような不気味な物と化していた。 「他にもファージが居るみたいだね」 リッドの言葉通り、まもなく2m程の大きさの獣人達が現れた。 「コイツもフォールスなのカ」 ジャックが皆に尋ねている間にも獣人達は機関砲を構え、放とうとする。 「エレキ=テックをなめんじゃねェ」 しかしジャックが射撃管制に介入して不発に終わった。その隙に撫子が突撃する。 「うおあぁぁぁぁっ」 普段の可愛子ぶりっこした雰囲気とは全く違う撫子がそこに居た。重機関砲で体当たりを仕掛けた獣人を蜂の巣にし、火を噴く獣人はギアの水圧で吹っ飛ばす。弾切れになった機関砲を叩き付けると、光学剣を構えた獣人の懐に入り強烈な打撃。 しかし獣人は倒しても次々と現れる。さらに後ろからも獣人が近づいてくる。 「撫子さん、まだここに幸せはないわ。一旦退くわよ」 幸せの魔女の言葉も、狂戦士のような撫子には届かない。 「人型でも人じゃなければぶち殺せるんです!」 瀕死の獣人を掴んで向かってくる獣人に滅茶苦茶に叩き付ける。服は返り血で染まっていた。 「ちゃんと戦えるんです、私はぁ!」 ひょっとしたら、不安だったのかもしれない。違う世界出身の想い人と、並んで歩いていけるのか。 「馬鹿、落ち着けヨッ」 「撫子さん危ない」 撫子に振り回される獣人の頭部から、突然大鋏が飛び出した。気づいたジャックとリッドが素早く対応したので撫子の首切断は免れたが。 「え、リッド君!?」 代わりに、リッドの左腕が宙を舞った。 「覚醒するほど夢見た世界ならどんな状況でも行った方が魂が後悔しないって、誘ってくれた本人が帰ってこないなんて嫌ですよボクは」 飛ばされた腕を気にせず、リッドが叫ぶ。立ち尽くした撫子を引き寄せ、ジャックが耳元で囁く。 「落ち着いたカ?」 こくりと頷いた撫子を含め、ジャックは全員を一カ所に集めた。 「大丈夫?」 「縫えば治りますから」 たまたま腕をキャッチした幸せの魔女がリッドに尋ねるが、大したことはなさそうだ。 「挟まれる前に飛ぶゾ」 アクセラレーションで獣人達を一度はじき飛ばすと、ジャックは負荷も構わず全員で施設外へと転移した。 その後、再び巨大化したゼロの手に乗って一行は駐屯地まで帰還した。図書館に連絡をして、今は連絡待ちだ。 施設を出た後、どのようなやりとりがあったかは本人達のみが知る。 ただ。施設からの帰り道にふと空を見上げたゼロは、その視線の先に奇妙な物が浮かんでいることに気づいた。 「宇宙戦艦なのですー?」 ラエリットの衛星軌道上には、航宙戦闘装備を施された宇宙船が1隻浮かんでいたのだった。
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