「帰りなさい」 レディ・カリスの一喝ですごすごと面接室を出ていく者がまた一人。 ぱたりと閉まったドアを見つつ、アリッサは深く溜息をついた。「……エヴァおばさま?」 エヴァことレディ・カリスをジト目で見るが、当の本人は涼しい顔で次の面接予定者の書類の最終チェックを行っている。 返事が無いのでもう一度呼ぶと、レディ・カリスが横目でアリッサを見る。視線がぶつかった。「私はターミナルのお仕事をしてくれるなら誰でもいいと思うの」「エミリエでも?」「もちろん。エミリエは大切な世界司書だもの」「エミリエでも?」「ええ」「エミリエでも?」「……」 同じ問いを三度ぶつけられてアリッサは笑顔のまま沈黙した。 世界司書の資質には個人差がある。 自ら率先して馬車馬のように働くリベルや馬車馬のように働かされてくれる黒猫にゃんこ。 あるいは的確な補佐を行うシドやツギメのような世界司書の数はいくらあっても足りない。 一方でエミリエのように自分から騒動を巻き起こしたり、E・Jのように騒動を煽って楽しむタイプの世界司書は、時と場合にもよるが、これ以上増えると前述の苦労人系世界司書の胃壁に優しくない。 さて、そういうわけで、できれば苦労人系気質の世界司書を迎え入れたいというのがレディ・カリスの主張である。 一方アリッサはと言えばこれまで一緒に世界図書館を守ってきたロストメモリーが、これから一緒に世界図書館を守っていく世界司書に変わるだけで、どちらも仲間であることに違いは無いと考えている。 そのため、もう抽選かジャンケンでいいじゃないかという主張をしてみた結果、レディ・カリスから正座三十分のお仕置きを受けるハメになったのはつい先日の事だ。 アリッサは目の前に詰まれた世界司書候補の書類を一枚取り、横目でカリスを盗み見る。(なんのかんの言って、今回、一番張り切っているのはエヴァおばさまだと思うの……) この一言を言い出すタイミングを伺っているのだ。 いつもはティアラで綺麗に整えられた髪を下ろし、赤いドレスはより動きやすくスタイリッシュなシルエットの服に変え、首元に長いチーフを巻いて「赤」を強調している。 女心としてはここまでイメチェンしたのだから、何がしかのツッコミ、それも褒める系の言葉はいれてほしいところだろう。 事実、彼女の姿を何度か見たことのあるロストナンバー達も、部屋に入るなり彼女の姿を見て、その人なりの動揺を見せていた。 しかし隣で共に面接官役をこなしている姪からはまだ気の効いたコメントを出せていない。(だって、おばさまが有無を言わせず面接を始めてしまうんだもの) 自分に言い訳をしつつ、時計を確認する。 先ほどの面接者が最後、これで一次面接は終わりである。「午後からは二次面接になるわね。第二次面接の内容は何か考えてあるの?」「うんとね。水着審査」「……それは世界司書の仕事と何か関係があるのかしら?」「ううん。「こんな世界司書採用試験は嫌だ」ってお題で探したら見つけたの」「……そんな話題があったことと、それに答える人がいたことにびっくりしています」 レディ・カリスが眉間を手で押さえる。「後は、エミリエの世界司書補佐一日体験ってことでエミリエが去年から溜めてる一年分の書類の整理をお願いしてみるっていうのもあって私はこれいいアイディアだと思うの。エミリエが溜めてる書類の始末も助かるし。後は胃カメラも飲んでもらわないと」「それはエミリエにやらせなさい。水着審査も却下です」「はーい」 存外、あっさりと予定を取り下げたアリッサは椅子から立ち上がった。 二次面接は同僚、つまりは今、世界司書として活躍しているメンバー達からの面接である。 午前中一杯、面接をこなしてきたアリッサにとっては久々に羽根を伸ばせる時間の到来だ。 ミ☆ ミ★ 二次面接会場 ミ☆ ミ★「こんにちはぁ☆」 カウベル=カワードが笑顔で手を振っている。 面接官、と言ってもロストナンバーと世界司書である。世界司書をやっているものとして目の前の相手が適しているかどうか見極めるのが仕事だ。 それゆえに高圧的ではなくフレンドリーで、かつバイトを探していた彼女にお鉢が回ってきた。 綺麗な部屋であまり試験管らしからぬ服装のカウベルの呼びかけに、面接者は静かに頷いた。「ええとねぇ、まずは世界司書になって何をしたいか言ってほしいのぉ。建前抜きでいいのよー」 カウベルの前、ソファに腰掛けて候補者――彼女は真摯にカウベルを見つめる。「自分が、、、旅をするのではなくて、、、皆を、、送り出したり、、、帰属させてあげたい、、の」「帰属ねぇ。あ、推薦者はリベルなのぉ?」「本を読むのが、、、好きなの、、、って言ったら、、、」 彼女の推薦者はリベル。この子ならば真面目に仕事をしてくれる、司書に相応しいと推されている。「他に、、、何か質問があったら、、、なんでも、、、」「ええ。重要な質問よぉ」 カウベルの笑顔の中で、目からだけ笑みが消えた。 ごくりと唾を飲み込んだ彼女にカウベルが放った言葉。「今日履いてるパンツの色は何色ですかぁ?」「、、、、え」 ミ☆「履いてないでやんス」 首をかしげ、イタチは答える。妖怪にそんなもんいらねぇでやんす、と続く。 着物を着たイタチの妖怪、それがこの面接者。推薦者はクロハナ、何故か犬とイタチで通じ合うものがあったらしい。 推薦状は肉球スタンプがぽちぽち押してあるだけなので、少なくともカウベルには読めなかった。「二、三日徹夜でも、飯抜きでも、過酷環境でも平気でやんス」「それは魅力ねぇ」 確かに世界司書の仕事は波があることが多い。最近は忙殺に次ぐ忙殺だが、ヒマな時はとことん暇になる。 一旦忙しくなると寝食を忘れようと努めなければならない程に忙しくなる。 思ったよりも世界司書は体力勝負なのだ。残業代は出ないという現実を忘れる能力も必要だ。 ついでに休日出勤手当ても代休もない。よって、体力や我慢強い司書は歓迎されるだろう。きっとシドが入院する回数も減るはずだ。「あと、リベルさんやカリスさんから半殺しにされても死なないんで平気でやんス」「……アタシにはなかなかコメントしにくい理由ねぇ」 ミ☆「そろそろ千体に達しやして、わっちらも戦隊としてターミナルのお役に立つ時が来たと思ったからでやんす、へい」 面接者は熱心に説得を続ける。数を頼みとするスタイルは司書業務においても面接においても役に立つらしい。 ある程度喋ると次の「担当」に変わるシステムらしく、次の担当者は体育座りで大人しく出番を待っていた。 炊き出しの準備をして、掃除をして、迷子の親を捜して、木に引っかかった風船を取って、お婆さんの荷物を持ってあげて、お店の倉庫の手伝いをして。 ターミナルの随所で彼は品行方正に数の力で善行を行っている。 そして、そんな日常業務の中からあえて世界司書試験の面接に来ているのが目の前の彼である。「……ええとぉ、今は代表のひとなのぉ? あと今日のパンツの色はぁ?」「へい。わっちはそれいけジャンケン大会でブービーに輝いた者でやんす。あと、パンツの色は個体毎に違うでやんす。そもそもパンツを履いているわっちは六割~七割程度でやんして、かくいうわっちもパンツではなく紫色の褌でやんす。それはともかく、歌って踊れる人体模型、自己無限増殖付きで口から無限にいちご味心臓(可食)を吐き出せる機能なんぞ、三千世界を探してもわっちだけかと……これは手前味噌でやんすが」 ぽりぽりと後頭部を掻く。その位置は脳幹から視床下部のあたりだと分かるのは人体模型ゆえ。「どうかわっちに、世界一数の多い司書の称号をいただけるよう、伏して願い奉るでやんす。後悔させないでやんすよ!」やんす!」やんす!」やんす!!!」 最後の一押しとばかりにカウベルに群がり、一気に増えた面接者の群れは狭い司書室の中を埋め尽くした。 ミ☆「クロにゃんちゃんの推薦状? ……なのに男ぉ?」「……よくわからぬのでありますが。ここに来る途中、無理矢理持たされたのであります。状況分析、特に戦況の分析は得意であります」 仏頂面の小男が扉の前で真っ直ぐに立っている。 クロにゃんちゃんこと、黒猫にゃんこ司書の推薦状がこの無愛想な男の応募書類と重なっていた。 なるべくフレンドリーに接しようとするカウベルと対照的に彼は真面目な顔を崩さない。 やがて話題もなくなり、チラリと推薦状の中身を盗み見ると、中身はびっしりと美辞麗句で飾られているがよく見ると微妙にインクの違う文字があった。 候補者の顔を推薦状を見比べつつ、黒いインクの中に巧妙に紛れ込んでいる藍色のインクを指で辿りつなげて読む。『クゥにゃとマスカローゼにゃに推薦状を書けと脅された』(……まぁ、たしかにあの二人は司書じゃないわねぇ) 世界司書の推薦状を書くことはできない。やれることと言えば世界司書を脅す、もとい推薦の推薦を行うことくらいだ。 と、いうことで パンツの色を聞いてみたらド・ストレートに返された。男にパンツの色を教えられてもカウベル自身、あまり嬉しくない。 が、聞いたのはカウベル自身なので、知りたくなかったとも言えず、カウベルはえも言われぬ罪悪感に苛まれた。 ミ☆「吾輩、若かりし頃より百聞は一見に如かず、探求より実践、とやってきたものであるが。いや、現に今もそうしているのではあるが」 次の面接人である獣人は荘厳な口調で語る。「流石にこの年となると少々体にこたえるよう感じてきたのでな。そろそろ、やんちゃも止め何処かに落ち着こうかと思っておったのだ」 シドの推薦状を持ってきただけあって、経歴が魔法物理学者という傑物である。 ペーパーテストでは随一の成績を収めたのも彼だ。「ええとぉ。特に何も言うことはないわぁ。あと、今日のパンツの色は何色かしらぁ?」 履歴書が難しすぎてカウベルには理解しきれなかったのが本音ではあるが、面接官的にそこらへんは威厳を保ちたい所であった。「うむ……前々より思っていた事なのであるが。現状の世界史書の面々は、少々、獣人率に不足しておるのではないかな?」「獣人率?」「猫やフェレットの類は居るようではあるが……」「ええとぉ。ヴァン・A・ルルーちゃんみたいなぁ?」「ヴァン・A・ルルー殿……? あの者はヌイグルミであろう? 獣人とは呼べぬ」「それはアタシには答えられないわぁ」 笑顔のままスルーされる。が、彼の言葉は止まらない。「その点、吾輩はれっきとしたカワウソ獣人である。ロストナンバーに獣人は多い。その者達に対応する為にも吾輩のような人材は必要とされるべきであろうと思うのだが、如何であるかな?」「アタシも獣人なんだけどぉ」 というカウベルの進言は、フン、と鼻で笑われた。パンツの色は答えてもらえなかった。 ミ☆「はい、次の人ぉ。……ごめんなさい、次の犬ぅ」「気にするな」 入ってきたのは犬だった。そのままソファの上でちょこんとお座りをする。「では、世界司書の志望動機をどうぞぉ。あと、今日のパンツは何色ですかぁ?」「そもそも、よく考えたら、俺は元の世界に帰っても、身寄りのない野良犬なんだぜ。だから、この世界で一生を過ごすのも悪くはねぇと思ってな。あと、パンツは履いてないが見てわからんか?」 筋骨隆々。たしかにただの犬というよりはスーパードッグである。訓練された美しい筋肉美だ。あと、パンツは見るからにはいてない。「俺は元の世界ではスーパードッグとして能力者と戦っていた。風系の超能力を使い、空を飛ぶが、まぁ、どうってことない力さ。ま、司書としてもがんばってみせるさ」 彼は器用に首輪の隙間からメモを取り出す。「……あらぁ、ヒルガブちゃんの推薦状なのねぇ。幼女じゃないのにねぇ」「よくわからんが、面接の練習につきあわされて、デートの行き先やら口説き方やらを聞かれた。それなりに返答しておいたさ」「おつかれさまぁ」 なんとなくカウベルの表情は可哀相な人、もといかわいそうな犬を見る暖かい目になっていた。 ミ☆ ミ★ 最終面接選考 ミ☆ ミ★「エヴァおばさま。三つ聞いてもいい?」「ええ、いいわよ」「ひとつめ、紅茶をいれたの。角砂糖はいくついれる?」「ひとつ」 レディ・カリスの指示通り、角砂糖を紅茶にひとついれ、熱いミルクと混ぜてミルクティーを作る。 アリッサがカリスの前に差し出すと彼女はそれを口にふくんだ。ほんの一瞬、目尻が綻んだのをアリッサは見逃さない。「ふたつめ、最終面接候補者は決まった?」「ええ。この三人で行うわ」 レディ・カリスの差し出した書類を眺め、アリッサは大きくうなづいた。「それじゃあ、その三人に早く伝えないと」 伝言を誰かに頼むのではなく、自分で行きたいと言ってアリッサは部屋を飛び出していった。 と、思ったら引き返してくる。 部屋には入らず扉だけあけ「あの、おばさま?」と、先ほどまでと打って変わって静かな口調である。「どうしたの?」「みっつめの質問。カウベルはどうして逆さ吊りで縛られているの?」「候補者全員にセクハラ発言をしたからです」 びぇぇぇぇ、アリッサちゃぁん助けてぇぇぇ的な声が聞こえる。 さすがにちょっと可哀想になって「いつまでこのままなの?」と聞いた所、レディ・カリスからの返答は「質問は三つのはずね」というものだったので、素直に諦めることにした。「それじゃ、今から二次試験合格の人に連絡しにいってくるね!!!」 再度、元気に宣言してアリッサは廊下をひたはしった。 新しい世界司書が、この中にいる!! ミ★ ミ☆ 二次試験突破者その1:メアリベル ミ★ ミ☆――メアリはずっとさがしてる。ずっとずっと、さがしてる。メアリもわすれたメアリのおうた。小さなメアリが探したあした。――メアリの足は小さいの。鉄道に乗って探した世界も、新しいお友達と話した未来も、メアリにとっては誰かのおうた。メアリと違う誰かのおうた。「だからね、メアリは知りたいの。世界司書の導きの書、色んな世界が知れるんでしょ?」――メアリの唄に逢えるかも。メアリの唄が拾えるかも。たとえメアリが探せなくても、誰かが欠片を持って来てくれるかも。 メアリベルはくるりと廻る。「世界司書の推薦書がいるなんて知らなかったの。そんなのどこにも書いてないじゃない」 メアリベルはとても良い子。やる気に溢れて、肝が据わった女の子。メアリベルはときの迷い子。殺る気に溢れて、気も軽やかな女の子。「ねぇ、ミスタ・メン・タピ。メアリのお願い聞いてくれる? 聞いてくれるなら何でもするわ。ミス・アリッサがね、最終面接までに推薦人を見つけてこいっていうの。世界司書じゃなきゃダメなんだって」「……よかろう。余は世界司書ではないが、何人か知己もいる。だが……」 赤い子、怖い子、メアリベル。彼女の目の前に、メンタピが立つ。彼女の目の色に、身の毛もよだつ。「何でもすると言ったな、ならばその覚悟を見せてもら……」 どん。 メアリベルの右手に大きな手斧。 メアリベルの左手にミスタ・ハンプ。 ミスタ・ハンプは二つに割れて、メンタピの首は地面に転がった。「メアリはね、お願いを聞いてくれるなら何でもするよ。これじゃ覚悟が足りないかな?」「……むぅ」 何かアテが外れた表情で、メアリベルに手斧をつきつけられ、魔人メンタピは首だけになって眉をしかめる。 首から上を失っておろおろしていた胴体は、やがてメンタピの本体を見つけて拾い上げ、首へと乗せた。「メアリを推薦してくれる世界司書、いるかな?」「むぅぅ」 困り果てたメンタピが、いないと口を開こうとして三度目の手斧の鉄味を味わった瞬間、あたりに爆音が轟いた。 ロック、パンク、その手の激しいドラムにメタリックなサウンドがウリの派手な音楽である。「ギャハハハハハハハハハ!!!!!」 下品な笑い声とドラムとベースとギターの爆音。 いつ誰がどこにおいたのがラジカセがひとつ。「こんなイカれたヤツが世界司書になる? おいおい、寝言は寝ていえよ。そんな物騒なやつを推薦して同僚になった日にゃ自分の首がアブねぇだろ。いねぇいねぇ、そんな司書ォ。この僕様ちゃんを除いてはァァァァ!!! 僕様ちゃんはそういうイカれたヤツ、だあぁぁぁい好きだぜぇぇぇ!!! ってなわけで、お嬢ちゃん!! 僕様ちゃんこと世界司書E・J、その名もエコー・ジョイサウンド!! 僕様ちゃんが推薦人になってやンぜぇぇぇ!!! ない胸張って最終面接に挑んでこいや! ヒハハハハハハハ! ギャハハハ……」 どん。 メアリベルの手斧がラジカセを真っ二つに叩き割った。「ありがとう。ラジカセのミスタ、これでメアリは世界司書の最終試験に行けるね。でも、ちょっとうるさいから黙っててね」 ミ★ ミ☆ 二次試験突破者その2:ガン・ミー ミ★ ミ☆「ふはははははー。我は偉大なるみかんどらごんなのだー。おそれうやまえー!!!」 旅客車両の椅子にみかんが乗っていた。正確にはみかんどらごんが乗っていた。 夏場、あまり見慣れないが不意に冷凍庫の奥底から見つけると嬉しいあのみかんである。 なんかえらそうにしている。それでもみかんである。 どらごんとか言っている。やっぱりみかんである。 アリッサからの「最終面接への呼び出し」を受け取り、上機嫌である。そんな感じのみかんである。 ちなみにいばっている相手はアカシャさんである。忘れもしない、車掌の頭の上に乗っているあの鳥だ。 ターミナルに停車中のロストレイルに乗り込み、車掌の上でオリーブオイルを啄ばむアカシャ相手にみかんどらごんは「偉大な我をたたえるのだー!」といばっている。 あ、啄ばまれた。 痛そうだ。「痛いのだー」 やっぱり痛いらしい。「我はいつでも全力で物事にあたるのだー。それが、たとえ、周りから見て無謀であってもなのだー。だから、書類選考であろうとも全力であたるのだー!」 全力で訴え続けた結果、凶悪顔のレディ・カリスがそのひたむきな情熱に押し倒された。 と、言えば聞こえはいいが、レディ・カリスの罵詈雑言とも取れる圧迫面接にまったくひるまず、一歩も引かずに立ち向かった。 アリッサが(あれって要するにエヴァおばさまの酷いお言葉を聴かなかっただけよね)と心の中で思い続けた一次面接の間、みかんどらごんガン・ミーは真摯に世界司書の大切さと自分がその仕事にあたる覚悟を述べ続けた。 根負けしたのはレディ・カリスの方である。 何を言っても聞きやしない……もとい、強固な意志を曲げない姿勢はいたくレディ・カリスのおめがねにかなったようで、一次面接を突破した。 続く二次面接では「みかん色なのだー。我がまとうこのウロコはみかん色なのだー。決してオレンジ色ではないのだー」と、パンツ(というか体)の色を返答した。 そういうわけで、突然のセクハラ質問に対しても平気で答えたみかんどらごんは物怖じしないヤツ、との評価を得た。実際はどうであれ。 と、いうわけで推薦状はまだ開かれないままの状態でガン・ミーのカバンに入ったままだ。 無名の司書名義で、通常の三倍以上の文字量でガン・ミーに対する愛がしたためられている。 他の推薦状と違って他の候補者への愛もたっぷりと書き綴られているが、未だにそれが開かれてはいなかった。 出すの忘れていたし。 ミ★ ミ☆ 二次試験突破者その3:最後の魔女 ミ★ ミ☆「疼くのよ」「うずくのね」 最後の魔女の言葉にアリッサが大きく頷いた。「ええ。私の中の存在意義という名の悪意が大きく疼くの」 最後の魔女は立ち上がる。 さっき座ったばかりだけど立ち上がる。「かの終焉の地への道程は遠く、手を伸ばせども手中に収める事叶わず。ならばこの最後の力をもってして世界を終焉へと誘う大いなる司書となろう」「……あ、ちょっと待って。ええと終焉の焉ってどういう字だったかしら」 アリッサが手帳に最後の魔女の文字を書き留めている。 メモる手のスピードが、ちょっと言葉に追いついていない。「……ええと、つまり、ほら、私が覚醒したのって0世界じゃない? しかも私の失われた記憶の中には0世界を……いや、世界郡全てを終焉へ導く呪われし力が眠っているの。そこで私は確信したわ、これは私が"世界司書"に選ばれる為の試練だと。世界司書として選ばれ永遠の刻を生きる道標となる……世界の終焉まで……」「終エンまで、っと」「そう、全ては運命だったのよ」「あ、ねぇねぇ《運命》ってサダメってルビふっておいた方がいい?」「……ええ、それでお願いするわ」 アリッサの一々の茶々にもめげず、最後の魔女は言葉を搾り出す。 彼女の名は最後の魔女。 この世に存在する最後の魔女。 そういう存在だと『決まって』いるのだ。「私以外に魔法を扱う者が存在してはならない。……何故なら、私が最後の魔女だから」「司書になっても最後の魔女なの?」「……えと、司書になったら名前は「最後の司書」に改名しなければならないのかしら」「やっぱりその名前って問題なのかしら。最後の魔女から最後の司書に名前が変わるとまずい?」「ええ。非常にまずいわ。だって、そうなると無名の司書さんと若干被ってしまうもの。しかし、それも致し方の無い事。全ては試練と言う名の運命によって翻弄される哀れなる木の葉に過ぎないのよ。……アリッサ、メモにエクスターミナルフォースハリケーンとか書かないで、私はそんな事言ってないし相手は死なない」「ごめんなさい、途中でよくわからなくなっちゃった」 てへ、と笑うアリッサ。 最後の魔女はそのしぐさを意に介さず、言葉を続ける。「ふふ、ええいいわ。許してあげる。……メモは消しておいて。これでもひとつの世界を……。元いた世界を終焉の入り口へと導き数多くの魔女を消滅させた偉大な魔女よ。世界司書という大任には相応しいと思うけれども?」「自信たっぷりね」「ええ。自信があるわ。私以上に最後の司書にふさわしい人材はいない。なら、私以外の誰も最後の司書にはなれない。圧迫面接? 奇妙な問題? くっくっくっ……面白い。果たしてこの私を……『最後の魔女』をどこまで楽しませてくれるのか、お手並み拝見といきましょうか。不足だと思う? なら今でも構わない、何でも問いなさい。あははははは!」 最後の魔女は高らかに笑う。 勝利を宣言するかのように。 すでに未来を勝ち取った笑いを縫うようにアリッサが口を開いた。「問題、マナさんのワゴン販売で一番売れているものは?」「酢こんぶ」 アリッサは額の汗をぬぐう。その満足気な笑みは期待通りの答えを受け取れたものによるのだろう。「……さすがね。それこそ最後の魔女」「……イマイチ嬉しくないわ。ところで私は推薦人を持っていないのだけど。世界司書を呼ばなければいけないかしら?」「いいえ、必要ないわ」 アリッサはカバンから紙片を取り出して机に置いた。「あなたの推薦人は私、アリッサ=ベイフルックです」 館長アリッサはにっこりと笑った。 最後の魔女の笑い声は一層高くなる。これで勝利。「……館長権限での採用とかは」「あー、コネはダメっていわれたの。エヴァおばさまに」「……そう」 高笑いをあげつつ落胆する。 最後の魔女は、それほどの高度な離れ業をいとも簡単にやってのけた。 ミ☆ ミ★ 最終面接選考 ミ☆ ミ★ みかんどらごん、ガン・ミーが部屋に入る。 部屋の中央に箱がひとつ。 古びた鉄製の箱は閉じられていて、中は見えない。 その箱を囲む形で椅子が五つ。 ひとつを除き、すべての椅子は着座されていた。 館長、アリッサ=ベイフルック。 候補者、最後の魔女。 同じく候補者、メアリベル。 そして主宰、エヴァ=ベイフルックことレディ・カリス。 一つ、あいている椅子は今、入ってきたみかんどらごんガン・ミーのものである。 ガン・ミーが着席した。 誰も言葉を発しない。 ちくたくちくたく。 時計の秒針が静かに時を刻む。 ――やがて。 時計が時刻を告げる鐘を鳴らす。 口火は主宰、レディ・カリスが告げる。「始めましょう。お茶会のつもりで気軽に話してください。 お題は『あなたにとって0世界や世界図書館はどんなところか』です」 おごそかな口調でそういったレディ・カリスがミルクティを口に運ぶと。 順番を決めるためと言ってアリッサがサイコロを転がした。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>・メアリベル(ctbv7210)・ガン・ミー(cpta5727)・最後の魔女(crpm1753)=========
「三人ともおつかれさま」 アリッサ自ら淹れた紅茶がテーブルの三人に配られる。 「あら、ありがとう。ミス・アリッサ」 紅茶を取ったメアリベルがティーカップに口を近づける。 「ミルクティーなのね?」 「ええ。疲れていると思って」 紅茶は心が疲れている時に熱い紅茶を楽しむことはできない。 今、彼女が出した紅茶はあえてぬるめに作ったミルクティーに砂糖をたっぷりと入れた、飲むお菓子とでも言うべき甘い甘いミルクティーである。 疲労のせいで甘いミルクティーが一気に飲み干されていく。 その穏やかな風景に「ふぅ」と、息をついたのは当事者たる三人ではなく傍で見ていた司書達の方だった。 「……いたたまれなかった……」 傍聴人という立場の拷問から解放された後、思わず彼らがそう呟く程に、最終面接におけるレディ・カリスの言葉は辛辣を極めた。 軽いお茶会などと言っておきながらレディ・カリス本来の「赤の女王」の冷酷、非情、賢明たる表情と言葉の魔術が暴虐をふるったのだ。 議事録作成のための速記を行う係の司書が途中で筆を置き、責任者であるアリッサがそれを黙認する程に。 ことほど執拗に言葉の限りを尽くし、レディ・カリスの母国である英国の誇る文化。即ち悪口とブラックジョークのひとつひとつが妖怪のように跳梁跋扈した。 世界司書を決める面接は毎度、この面接を行った結果、候補者が逃げるというのが通例である。 「ブラック世界図書館……」 「ま、まぁ、この面接だって、これから永遠の時間を共に生きることになるかも知れない仲間のため、これまでの大切な記憶を失うことになる自分自身のために行われるものだし」 「だけど、あそこまで酷い事言って、世界図書館内部に反感……ヘタしたら叛旗を翻し兼ねない暴言の数々を繰り返さなくても……」 ひそひそと囁く司書達が顔を見合わせている。 喧騒渦巻く、というか九割がた「気の毒に……」という意味の言葉があちこちから生える室内、中央のテーブルで三人の候補者とアリッサはゆっくりと紅茶を傾けていた。 「でも、今年は脱落者がいなかったわね」 「ええ。ミズ・カリスの言葉は中々ね。マーダーグースの庭にも敵う子はいないんじゃないかしら。それでもね? ミズ・カリスの言葉は偽者よ。メアリには分かるもの。どんなに上手に韻を踏んで、どんなにうまい言い回しを使って、どんなに強い言葉を選んでも、ミズ・カリスはメアリの言葉と行動を見て、きっと何を言おうかものすごく考えていたわ。ふふふ、残念ね。それはメアリの大嫌いな「忘れられる」の対極にあることだもの。メアリはね、思い切り褒めて貰えるのも、思い切り悪口を言われるのも、同じなの。誰かがメアリのために紡いでくれた言葉はどんな内容のものでも大好きよ」 メアリは楽しそうに紅茶を飲み続ける。 時折、彼女が楽しそうに繰り返しているフレーズは先ほどのカリスの言葉の一節だろう。 うまく紡ぎなおせば、メアリベルのための新しい歌ができるかも知れない。 もっとも、もしできたとしても歌の内容は良識的な人々の眉にたっぷり皺を作ることになるだろけど。 「そう、おばさまのあの面接もメアリベルには賛歌なのね」 ええ、と応えて、少女はふわりと笑う。 「ガン・ミーは?」 「紅茶うまいのだー」 「……おいしいわね」 ガン・ミーの場合はカリスの手練手管を尽くしまくった言葉の嵐をほとんど完璧に受け流した。 どんな辛辣な厭味も皮肉も人格否定も、すべての言葉を受け流して「我はみかんどらごんなのだー! 司書にふさわしいのは我なのだー」と宣言を続けたのだ。 古今、稀なほど強靭な胆力。レディ・カリスはそう彼を評した。 「……もしかして」 「なんなのだー!? わははははー、我は偉いのだー。恐れうやまえー」 「ううん。なんでもないの」 アリッサは首を振り、何でもないとごまかした。 ひょっとして。 レディ・カリスの放った言葉に仕込んだ針にまったく気付かなかっただけじゃないか、なんて言ったら失礼そうだし。 「で、最後の魔女は……?」 「うふふふふ。うふふふふふふふふふふ。そうね。私に生きてる価値などまったくないことは知っているもの。ええ、重々承知しているわ。誰よりも私が私自身を否定しつくしているもの、それを今更ほじくりかえされたくらいで、あははははは。そうよ、そうなのよ。今更なにを言っているのよ。私がクズだなんて誰よりも私が知っているもの。あんな言い方しなくてもいいと思ったけど、どうせ私が悪いのよ。ええ、世界の終わりと共に現れ滅びを告げるための魔女がこんな平和なところで紅茶をすすって談笑だなんて身の程知らずという言葉を使うのも身の程知らずという言葉を使うのも身の程知らずという言葉を……」 「あ、あのね。おーい」 最後の魔女は自分の世界に閉じこもり全力で絶望に浸っていた。 彼女の場合はレディ・カリスの罵詈雑言をまともに受け止めて、小さな心が張り裂けんばかりのダメージを負った。 負ったのはいいのだが、元々、自己の存在意義など自分自身が何度も何度も否定している。 レディ・カリスの言葉は「おお、そういう否定のしかたもあったのか」と勉強になるほどに素晴らしかったが、本人が本人を否定するという拷問を何千何万回と繰り返し行ったのだ。 今更外部から否定されたくらいで壊れるような部分はすでに自分が破壊しつくしている。焦土に火を放つような真似をしても、現状がどう変わるわけでもない。 「うふふふふふふふふふふふふふふふあはははははははははははははははははははははははは」 ちょっと笑い声が危険な方向に壊れたかも知れないが、どうせ元々壊れていた何かが別の方向に倒れ直しただけである。 「う、うーん」 アリッサは紅茶を飲みながら笑顔を引きつらせていた。 アリッサのいれた紅茶には、ごくごく弱い効果だが、短期記憶を朧気にして記憶を混濁させる薬効のあるハーブが混合されている。 いつもならば、レディ・カリスのひどいお言葉に心を砕かれて、それでも自分の信じる何かを手にここまで来た候補者にこの紅茶をふるまい、少しの記憶の混濁と引き換えにして面接で受けた心の傷をゆっくりと癒してもらうのが流れだった。 が、メアリベルは楽しんでいるようだし、ガン・ミーは何が問題なのか分かっていないようだし、最後の魔女はストレートに心を撃ち抜かれてしまった上に過去のトラウマをいくつも引きずり出したがごとくのネガティブオーラに包まれていて、この紅茶と時間が優しく癒してくれるのかどうか自信が持てない。 そんな感じのお茶会。やがてお手洗いから戻ったレディ・カリスが再度、テーブルに着席した。 ここまでの面接の時のしかめつらは取れ、いつもの表情に戻っている。 赤の女王と評される鉄面皮ではなく、ここしばらく見られる精気のある表情。 そして若づくり疑惑を呼ぶ程に若々しい格好を楽しんでいるレディ・カリスことエヴァ・ベイフルックだ。 「ごきげんよう、ミズ・カリス」 メアリベルが小さく微笑む。 「なのだー」「うふふふふふふ」 それぞれに言葉をかけると、レディ・カリスもアリッサから紅茶を飲む。 張り詰めていた緊張感は砂糖の甘味がゆっくりと溶かしていった。 「皆さん、おつかれさまでした。あとは気楽にお茶会を楽しんでくれればいいわ。そういえば話がそれてしまいましたが……。『あなたにとって0世界や世界図書館はどんなところか』という話をしてもらうつもりでした。その前に皆さんへの質疑応答の話に花が咲いてしまいましたね」 「ふふふ……、あれが横道にそれた質疑応答なら異議を唱える時は拷問でもされるのかしら」 最後の魔女が陰鬱なオーラを放っている。 レディ・カリスは穏やかな表情で最後の魔女の言葉をやりすごす。 「記憶を失うということも、永遠の時間を共に生きるということも、あまり軽々しく行うことではありません。これまでの人生とこれからの人生をターミナルの一業務に尽くすことは難しいことです。そうね。例えば私やアリッサのいた壱番世界なら生まれてから15年ほどで成人し、老いて職を引退するまでの仕事を決めることもあるけれど、それはたかが三十年、四十年。長くても六十年というところかしら。世界司書になるとそれが千年、万年、あるいはもっと続くかも知れない。そして永遠を過ごそうという以上、いつかはどこかで破滅の運命が待っているわ。もちろん破滅の道を歩むつもりはないけれど、この二百年でも色々あったもの」 「そんな長い長い旅路の列車に、一緒に乗務員になろうというのは気軽には誘えないのよ」 カリスの言葉をアリッサが継いで、話を結ぶ。 「ええ、そうね。だからこそ興味本位というところもあります。皆さんにとってターミナルとは、0世界とはどういう所かしら?」 ――「終わらないお茶会の世界ね」 レディ・カリスの言葉に反応し、最初に話し始めたのはメアリベル。 「ミスタ&ミズは不思議の国のアリスをご存じ? 壱番世界の物語よ。ここはその物語に出てくる終わらないお茶会の世界、予定調和の虚構の舞台」 メアリベルの言葉は歌うように紡がれる。 「ここは迷子が来る世界。時の迷子よ。 だってここにいるほとんどは自分の帰るべき世界がわからなくなった迷子。 世界図書館は迷子のおうち。 次が見つかるまでの仮のすみか」 ――でもね。 と、メアリベルは言う。 「偽物のおうちでも、大事な人と出会ってかけがえのないモノを手に入れれば本当のおうちになる。 ある司書が言ってたわ。ターミナルは旅の途上の通過点だって。それは間違いじゃないけど」 言って、メアリベルは首をふる。 「ううん。やっぱり、それは間違いよ」 改めて、きっぱりと断言した。 ここで言葉に偽者の装飾をする必要はないのだもの。 「メアリは皆を『忘れない』 忘れられるのがどんなに哀しいか知ってるから。 始発でも終着でも通過点でも。 此処に居て存在したのなら、メアリは貴方を記憶する。 旅人さんの足跡を音符のように拾い集めて、音函に大事にしまっとく。 さっき、永遠の時を過ごそうという以上いつかは破滅の時がくる、って言ってたわね? ううん、そうじゃないよ。 0世界は終わりと始まりの場所 終わらせるのも始めるのも私達次第。 そんな素敵で脆い世界なの。メアリはその世界を通り過ぎて行く旅人を見つめるのよ。 メアリはメアリになる前のメアリを知らない チャイブレに食べられちゃっても怖くない ――私を忘れられるのは怖いけど ――私を忘れるのは怖くない 0世界はアリスにでてくる不思議の国と同じ いつか夢は覚めるもの アリスは大人になるんだから ロストナンバーの皆の夢もいつかは覚めるよ 帰属した人もいるもの、死んじゃった人もいるもの どこかの世界で長く暮らすことを選んだひとがいるんだもの。 夢がいつまでも続くなんて、メアリだって信じない。 でもメアリは子供のまんま 不思議の国で待っている 新しいアリスが右も左もわからず困ってたらチェシャ猫のように謎めかして助言したげる ふふふ、どんな笑顔なら素敵かしら? でもね そのアリスがどうするかはそのアリスに委ねるわ 主人公はアリスだもの 時が動かなくても人の心は移り変わる 出会いと別れが紡いで生んで ターミナルには楽しく哀しいお唄が溢れてる メアリはそれを記したい 虚構の閉じ箱に安らぎながら 旅人の唄を集めて微睡むの 次のアリスに見せる笑顔はどうしようかな 次のアリスはどんな顔をしているのかな 次のアリスへかけてあげる言葉は何にしようかな ああ、でもでも、やっぱり」 歌物語ようにメアリベルは謡いきる。 ――「ようこそ、ターミナルへ」 メアリベルは舞台の上の小さな踊り子のように両手を広げた。 「って、お迎えしてあげないとね」 広げた両手をおろし、メアリベルは椅子につく。 少し冷めた紅茶を飲んで、にっこりと笑顔を作った。 ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ 「我は偉大なみかんどらごん、ガン・ミーなのだー!!!! ……これを言っておかないと、調子が出ないのだー」 レディ・カリスに話をふられ、ガン・ミーは最初に大きく吼えた。 次の言葉を紡ぐまで、少し考えこみ、やがてオレンジ色のドラゴンは話を始めた。 「0世界は、楽しいところなのだー。樹海ができても、それは変わらないのだー。 それに、他世界のロストナンバーと交流できる所だとも思っているのだー。 他世界の蜜柑も食べられるし、素敵な所なのだー。 世界図書館は、それを纏めるのに必要なところだと思っているのだー。 なければ、我はここにいないのだー。だー!」 最後の「だー!」は気合の雄叫びのようだ。 「ここにいるロストメモリーは皆、旅人なのだー。 旅人はどこからか来て、どこかへ行くものなのだー。 でも、我もみんなも今はここにいるのだー。 旅人でも、一時の宿は必要なのだからなー。 ここは皆の宿でとても楽しいところなのだー。 我がモフれる猫もいたのだしなー」 猫に柑橘系は鬼門である。 みかんの匂いのする生物に近寄りたいと思うような猫は、あんまり、いない。 それでもガン・ミーが近寄って逃げない猫を見つけることができた。それが嬉しいという主張である。 「ただ、怖い所でもあると思っているのだー。 価値観で絶対に合わないという者はいると思うのだー。妥協できればいいのであるが、それが難しいこともあると思うのだー。 積もり積もって刃傷沙汰、ということもあり得る場所なのだー。 我が来てからの間にも色々あったのだしなー。 それと、異世界に自由に行き来できると言うことは、干渉も結構簡単にできるということなのだー。 その世界の者にとっては、追いかけられない敵となることもあるのだー。 世界図書館には必要とあればそれができる『力』があるのだー。 その力の暴走、我はそれらが怖いと思っているのだー」 「人間関係の構築に失敗しても永遠に続く。うーん、入学式の自己紹介で一発ネタを披露したらとてもスベって、一年間そのクラスでやっていくのが大変だった。ってアリオが言ってたけど、もしそれに失敗したら永遠に続くんだもんね」 「その例えが適切かどうかは分かりませんが」 アリッサの独り言にレディ・カリスが小さくつっこみをいれた。 野次はそこで終わり、視線は再度、ガン・ミーへと集まる。 「ただ、その者らにも等しく宿としてあると思うのだー。 たとえ皆と仲良くできないものがあらわれても、0世界はその旅人の宿であるし、 世界群をまたにかける問題があったとしても、ターミナルは迎え入れる。そういうところなのだ。 我にとっては、まごう事なき宿であり、今の住処なのだー」 僅かな沈黙の後、ガン・ミーは椅子へと座りなおした。 「うむ、我にとっての「0世界と世界図書館」はこんな感じなのだー」 「あらゆるものを受け入れる世界群の中の宿、ね。素敵!」 メアリベルが笑う。 「ミス・アリッサの方針よね? 前の館長もそうだったかしら?」 「ええ。そうね」 メアリベルが問うた先はアリッサだが、肯定の返答はレディ・カリスからの物だった。 ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ 「くっくっくっ……、ここまで華の無いお茶会というのも久し振りね。まるで、そう、嫌われ者の……世界に絶望した魔女達のお茶会のような」 「ふぅん?」 「あははは、世界に絶望した魔女は私だけで充分かしら? ええ、メアリベル。あなたのお話とてもかわいい御伽噺ね。でも御伽噺なのに血の匂いがするの。何故かしら? そっちのドラゴンちゃんからはオレンジジュースの匂いがするわね」 「我は偉大なるみかんどらごんだからなー!」 ガン・ミーの返答はいつもの定型句、メアリベルからの返答は無言の笑顔だった。 「くくくく……」 最後の魔女は無理矢理笑う。 残った緊張を何とか解すため、喉から声を絞り出す。 ちょっとさっきの面接のレディ・カリスの言葉の山が、彼女の心臓をイバラで締め付けるように痛むけど。 なんで他の二人が普通に話せるのか分からないけれど! それでも笑ってしまえば何とかリラックスできる気がして、なので、最後の魔女は笑い声をあげる。 「ええ。最後は私の出番、くくく……、順番が最後になるのは私に相応しいわ。 そうね。私にとっての0世界は……。まるで『牢獄』のような所だと、そう思っているわ。 私達はロストナンバーとなった瞬間から0世界から離れて生きる事はできない。必ずここに帰ってきて、生きていかねばならない。 ロストナンバーでは無くなる日まで私達は0世界に縛られ続けなければならないんだもの……。 そっちの蜜柑が言ったように宿ではないの。私達は少なくとも自分の意思でここから出ることはできない。 さながら穏やかで少しばかり良い環境に囚われることができただけの幸運な囚人よ」 笑い声交じりに語る彼女の瞳はどす黒く染まっている。 牢獄という例えが本気であることを物語っていた。 「0世界が牢獄ならば、世界図書館は監獄といった所かしら。 パスポートの発行、消失の回避……とは聞こえが良いけれども、それは徹底的な監視と管理の裏返しでもある。 旅行という名の派遣、ナレッジキューブによる支配、世界郡の理を捻じ曲げてしまう程の大いなる力によりもたらされた平和の名。 ……そう、それが世界図書館。神ですらも屈服させる強大な監獄……」 絶望的にネガティブな話である。 自然、テーブルの空気が重くなり、茶々も入らなくなる。 そんな様子を、最後の魔女は鼻で笑い飛ばした。 「それでも、皆は夢と希望に満ち溢れていて、立ち止まろうとはしない。 肉体の時間は停止しながらも、前に進むことをやめようとはしない。 支配を受け入れても、心は屈してはいない。 これほどまでに自由を制約されているのに、皆、ゴミ捨て場の掃除当番くらいの軽いルールだと思ってる。 面白いわよね。どうやっても逃れられないチャイ=ブレの下にいるっていうのに。自由を謳歌しているのだもの。 ……現に、私も……とうの昔に失ってしまった"希望"という言葉を手に入れてしまった。 前を見て生きるようになってしまった。 うふふ。くくくくくく…………。本っ当、わからない世界だわ」 最後の魔女は、最後に笑い「これで最後よ」と口を閉ざした。 ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ 「正直なところを言うわ。これはあまり言うつもりはなかったけど」 アリッサが口を開く。 「私は三人とも世界司書になってほしいくらい」 「……アリッサ」 「ごめんなさい、おばさま。でも私はこの三人の誰だって面白いことになると思ってる」 アリッサは思い切り頷いた。 「……面白いこと?」 いい話をしているぞ! という表情のアリッサの言葉の端に何か引っかかるものがあったらしく、レディ・カリスは僅かに眉をひそめた。 しまった、と小さい声で呟いたアリッサは、周囲から厳しい視線を向けられた。 が、ちょっとした緊迫の一瞬の後、レディ・カリスは表情を緩める。 「まぁ、最後は館長の決断で決めて構いません。私の役目は面接官です。少なくとも最終面接は皆、合格点にあると思っています」 「……それが本当なら、私も合格点ということかしら。レディ・カリス、面接官の能力はあまりないかもね。ククク……」 含み笑いと共に混ぜっ返した最後の魔女の言葉を聞き流し、レディ・カリスは着席する。 アリッサが椅子から立ち上がった。 「あまり儀礼的なことはおいておくね。どうせ、いろいろ儀式はやらなきゃいけないし。でも、あんまりさらっとやっちゃうといくらなんでも軽すぎるって怒られちゃうし……」 もっと引っ張った方がいいのか、それとももう言ってしまっていいのか、アリッサはチラチラとカリスの目を盗み見る。 やがて、意を決し、アリッサは顔をあげた。 無駄に引っ張ってもしかたがない、という結論のようだ。 「ガン・ミー。新しい世界司書はあなたです。これからよろしくね!」
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