......定期信号確認ラエリット・システム ステータスチェック システム異常 なし フェーズ進行 なし 増援要請 Ch/Ly 状況 交戦中......「例えば、それは潜行討伐」 いつもよりいくらか真剣みが増した口調で、リクレカが告げた。「ラエリットに出現したマンファージの現在位置及び行動目標が判明しました。この討伐及びマンファージの目的阻止をお願いします」 混乱対処と情報収集のため先行したロストナンバー達の報告によると、マンファージのフォールスの背中にカプセルで保護され降りてきたそうだ。施設内へ突入し追尾しようとしたが、内部で激しい妨害に遭いそれは失敗している。だが導きの書が新たな情報を示すには十分だった。 いつものように、スクリーンに施設内部の概略図が表示された。「マンファージは施設内に元々居た獣人――おそらく小型のフォールスでしょう。これらを通路に配置し、自身は中央制御室で施設のシステムに何らかの更新を行おうとしているようです」 中央制御室のある階へは入り口から一度エレベーターに乗って地下に潜る必要がある。階段等もあるが後述する時間制限を考えるとそちらを使う余裕は無い。施設内部はファージに侵食されたのだろう、構造材が生物内壁のようになっていて、地図が無ければ中央制御室はおろかエレベーターを見つけることすら困難だったと思われる。またエレベーターから中央制御室へのルートは東回りと西回りの2パターン存在するが、距離や内部構造の関係で東ルート推奨とのことだ。「マンファージ自体は白衣を纏った男性です。有線制御式の小型斧を操りますが戦闘能力はそこまで高くありません」 他にも体の一部を変質させての触手攻撃は想定されるが、元が戦闘向けでないため戦い慣れたロストナンバーなら苦も無く倒せるだろうとのことだ。先行メンバーがうまく対応したため、やっかいな能力の1つである他の人間の支配は今回は考えなくていい。「むしろ今回は護衛の方がやっかいと考えて下さい。屋内、屋外共にフォールスの妨害を受けるのはほぼ確実でしょう」 屋外では先の作戦で増援として現れたA型フォールス、屋内には小型の獣人型フォールスが存在する。「皆様はA型の防衛網を突破して施設へ潜入、獣人型を倒しつつ中央制御室へ向かいマンファージを倒して下さい」 ちなみに今回、マンファージ自体は弱い代わりに事実上の時間制限が存在する。「なお、システム更新阻止のためには現地時間13:52までにマンファージを倒す必要があります。形式上現地軍との共同作戦となりますが、皆様の到着までに諸々の準備を済ませるという前提でも作戦開始時刻は13:00になるとのことです」 つまり、52分以内に防衛網を突破してマンファージを倒さなくてはいけない。システムの更新内容やその結果何が起こるのかは、現時点では謎である。 現地軍の陣地から施設までは丘陵を挟んで5km程あるので、屋外では借用するなり何なりして高速移動の手段を確保する必要もあるだろう。「先行メンバー及び現地軍からいくつか情報が送られてきています。導きの書による追加情報と合わせてプリントアウトしておきましたので目を通しておいて下さい」 紙資料の内容は、以下の通りだ。<現地軍の協力について> 先行メンバーの対応により盆地内に現地軍が残っていないため、屋外戦においては長射程攻撃による対地、対空援護が受けられます。 なお今回の目的はあくまでマンファージ討伐なので、屋外での戦闘は最小限に留め速やかに施設内へ潜入して下さい。 A型のサイズ及び行動特性の関係で、施設に取り付いてしまえば皆様がA型から攻撃を受けることはありません。 また現地軍は十分な戦力を保有しており、想定外の事象が生じない限り不利に陥ることはありません。<攻撃手段の制限について> 今回の目標施設は現地軍、図書館共に重要視しているため、可能な限り無傷での接収が望まれています。 そのためギアを除く全ての曲射攻撃武器(ロケット・ミサイル・グレネード等)及び範囲攻撃、43.2mm(約1.7in)を超える砲弾薬及びそれに準ずる威力の光学兵器の使用を禁止します。 これらの攻撃手段を採れるほど内部空間が広くなく、また施設への損害が制御出来なることがその理由です。 この点については現地軍から非常に厳しく要請されているため、信頼を損ねないため屋内だけでなく屋外での使用も禁じます。<フォールスについて> 屋外ではA型(27m級タツノオトシゴ型)の妨害が想定されます。 今回皆様には屋内戦仕様の攻撃制限がありますので、現地軍の援護等を利用し交戦は最小限に留めることを推奨します。 攻撃手段は手榴弾、シュツルムファウスト、ミサイル、尻尾、ロケットランチャー、溶岩弾、大鎌ブーメラン、火炎放射、大型マシンガン、高熱斧です。 屋内では2m級獣人型が守りを固めています。おそらく突入時には目標階だけでも30体前後が要所で守りを固めているでしょう。 障害となる敵は倒す必要がありますが、全てを相手にしていると時間に間に合わなくなるので気をつけて下さい。 攻撃手段は頭部隠し大鋏、体当たり、31mmマシンガン、火炎放射、ツインビームソードです。指揮官型のみ盾を持っています。 なおフォールス側にとっても重要施設らしく、あちらも施設への被害を可能な限り抑えるように動きます。「こちらとしては、マンファージとか言ったか? そいつの影響が無くなり次第施設占拠に移りたい」 司令部を訪れたロストナンバー達に、師団長は告げた。今回のメンバーの移動手段が臨時の補給部隊への同行だったことからも当初の作戦に大分遅れが出ている事は容易に想定出来た。「作戦スケジュールは以下の通りだ。なるべくこの通りに動いてもらえれば助かるが、もし意見があれば聞こう」 フォールスと現地軍の長距離砲戦音をBGMに、一同はスケジュールを覗き込んだ。12:50 補給行動完了13:00 ロストナンバーによる突入隊行動開始。陸路にて施設内へと突入し内部の特殊敵性体を排除する13:52 この時間までに突入隊の連絡が無い場合、作戦失敗と見なして撤退行動に移る(以降の作戦は全て中止する)14:00 陸軍突撃開始。施設を占拠し内部の敵性体を掃討する16:00 施設の一次調査開始 継続して上空より現れ続けるA型フォールスは現地軍が、遙か上空に発見された敵宇宙船は別のロストナンバー達が担当することになっている。 今回の主目的はマンファージ討伐だが、帰りのロストレイルが来るまで時間的な余裕があるのでその後の掃討戦や一次調査も参加していいそうだ。 特に施設に関しては気になる部分が多い。システムとは何なのか、何故フォールス制御下で稼働していたのか、一体どのような建物なのか、ついでに今回のマンファージは一体どこから来たのかetc. もっとも、全てはマンファージを倒してからなのは言うまでも無い。 一通りの打ち合わせが終わり、全員が立ち上がろうとして――全員がバランスを崩した。「なんか今、一瞬体が重くなったような?」 今回は司令部で連絡役のリッドが発した疑問に、全員が頷いた。――重力発生装置 稼働試験完了――主制御プログラム 架空稼働にてエラー確認――解析を要求します!注意!このシナリオは『【彼方からの訪問者】スペース・ワークス』と同一の時系列の出来事を扱っています。同一キャラクターによる両方への参加はご遠慮下さい。
時間は1日ほどさかのぼる。 トラベラーズノートで図書館からの連絡を受けて、ジャック・ハート、シーアールシーゼロ、リッドの3人は現地に留まることにした。帰還する2名は作戦遅延分の補給要請の伝達時に地下都市まで送ってもらうことになっている。 「俺ァ頭さえ無事なら両断されたって再生するゼ? 薬の副作用なンて気にしねェでいいからガンガンぶっ込んでくれヨ」 目立った負傷こそないものの、主に屋内での無茶により消耗が激しかったジャック他1名は救護室にて手当を受けていた。常人なら回復に2~3日はかかると言われたが、そこはミュータントであるジャックのこと、点滴や各種強壮剤その他諸々の集中使用により劇的な回復を見せていた。 「これもどうぞなのですー」 「おうよ」 そんなわけでゼロの差し出した謎団子も何のためらいもなく頬張り、 「オウフ!? フオォォォォッ」 直後、簡易ベッドの上でびたんばたんとエビのように2、3度跳ねた後、どさっとベッドに仰向けになりそのまま気を失った。 「快眠は健康の第一歩なのです」 いやどう見ても就寝ではなく気絶なのですけど。というかよく点滴外れませんでしたね今の。 まあそんな事もありつつ、翌日にはすっかり回復していたジャックだった。 翌日、補給部隊と共に2名のロストナンバーがやってきた。 「え~。どこぞの腐れ魔女から『マンファージを観察するだけの簡単なお仕事』って聞いてたのに~。話が違うじゃないのさ~」 「蜘蛛の魔女様、それは先遣隊への依頼なのでは」 着くやいなやどこぞの誰かが昨日言ったような愚痴をこぼしたのは蜘蛛の魔女。ジューンの指摘にぶうたれながらも、今更文句を言っても仕方ないので一応依頼はこなすつもりのようだ。 一方のジューンは、現地軍への挨拶の傍らでいすにちょこんと座っているリッドにも声をかけていた。 「リッド様、ゼロ様のポケットの入れていただくのはいかがですか? 安全ですし、1人残るのはお寂しいでしょう? それに戦闘終了後すぐ調査に入れますよ?」 「嬉しいですけど気持ちだけで。何かあったときに図書館と現地軍で連絡取れた方が良さそうですし」 そんなわけでリッドは連絡役として待機する。前回屋内戦でのあれやこれやが怖かったのもあるかもしれない。 13:00 「本件を特記事項Ω軍属、サイドB2連盟未加盟星系・現地主権国家所属軍からの要請による未確認生物との交戦及び拠点防衛に該当すると認定。リミッターオフ、未確認生物に対する殺傷コード解除、事件解決優先コードB1及びB6、保安部提出記録収集開始」 作戦開始時刻に合わせ、ジューンがリミッターを解除する。 「ゼロ、中まで運ぶ方は頼めるか? 俺ァ中に傾注してェンだヨ」 「お任せなのですー」 ジャックの言葉に待ってましたとばかりに巨大化するゼロ。自慢の蜘蛛足は人間の乗り物より速いからと自力で移動するつもりだった蜘蛛の魔女も、さすがにこちらの方が早いとゼロの手のひらに乗った。スピードはもちろんA型フォールスを完全無視出来るのは大きい。見た目よりはるかに重いジューンも何の問題も無く手のひらにのせて、ゼロはたったの十歩で施設まで全員を安全に移動させた。 ちょっぴり暇だったので蜘蛛の魔女は蜘蛛糸に手近なフォールスを引っかけて機動力を奪っておいた。多少は現地軍の援護にもなるだろう。 基地に取り付いてしまえば、A型フォールスからの攻撃を受けない。 「施設構造照合終了。通路自体に生体反応があり多少判別しにくいですが、元々の概略図がありましたので。一部一致しない箇所がありましたが、ファージによる施設改変と考えます」 「実は建物が丸ごと一匹のファージになってたりするのです?」 「それはおそらく大丈夫かと」 ジューンはあらかじめ記憶しておいた屋内図とサーチ機能での屋内探査を照合した。予定ルート上での不一致は無かったので作戦範囲内ではほぼ地図通りと考えて良さそうだ。 戯れにフォールスに蜘蛛糸を引っかけている蜘蛛の魔女を横目に、ゼロは施設ゲートの古ぼけたプレートを見つけていた。かすれた文字は先史文明語なので旅人の言葉では読めないのだが、ゼロは以前の依頼で先史文明語を覚えていたのだ。 「えーと、総合宇宙研究所、なのです?」 文字自体が不鮮明なので確信は持てないが、どうやらそんな感じのことが書いてあるらしい。 「最終確認するゼ。俺達はまずこのエレベーターを確保、目標階まで一気に降りて、このルートで中央制御室まで強行突破。これでいいカ?」 「いいんじゃない? なんだったらさ、誰が1番早くゴールできるか競争しようよ。その方が盛り上がらない?」 「ま、余裕あればナ」 ジャックは慎重な口ぶりながらあえて止めなかった。予想される敵の数と階層の広さ、味方も戦力として十分なので時間制限を考えればそれくらいのつもりで行った方が良さそうだ。 「ジューン、入り口周辺の敵の様子は分かるカ?」 「入り口周辺に十数体、その他は2~4体ずつで散開しています」 「よし、3カウントで突入するゾ」 13:05 「3、2、1、Go!」 合図と共に4人が一斉に突撃する。獣人達が連射する31mm弾はジャックがアクセラレートではじき返し、ひるんだ隙にサイコシールドで包んでシールド内部で電撃や暴風を炸裂させる。討ち漏らしも蜘蛛の魔女の蜘蛛糸や爪の麻痺毒で動きを封じられ、そのままかじられたりジューンの打撃や0距離電撃を叩き込まれたりであっという間に入り口周辺の敵は一掃された。 「クリアー。エレベーターは……こちらですね」 ジューンにガイドを任せ、散発的に襲ってくる獣人を倒しながら進めばエレベーターまではすぐだった。進行ルート以外の通路には蜘蛛の魔女が蜘蛛の巣を張ったり、ゼロがクッションを巨大化して道をふさいだので後ろからの増援をさほど気にせず済んだのも大きい。 「ゼロは建物内での戦闘ではぞんなにお役に立てないのですー」 本人は謙遜するものの、限定空間において後ろを絶つのは結構重要だったりする。 通路やホールは既に生物内壁のそれと化していて、ファージの影響を嫌でも感じさせた。 「チッ、気持ちわりぃナ。それになんだ、空間が歪んでやがるのカ?」 「ファージの影響か、あるいは先程の重力変化と関係があるのかもしれませんね」 瞬間移動が使えれば大分楽なのだが、この状況では移動先が狂う危険が高い。今回はやめておいた方が良さそうだ。 「エレベーターは……これだナ」 ジャックはエレベーターの位置を確認するとそのまま電撃で破壊しようとして――ジューンに止められた。 「ジャック様、施設は可能な限り無傷でとのお達しです」 「だがよ、増援に使われるのは目に見えているゾ?」 「それならば、私たちならよりスマートな手段があると思いますが?」 要するに、制御装置をハッキングした方がいいということだ。マンファージ戦に限れば影響しないが、後の掃討戦を考えれば他のエレベーターもまとめて乗っ取るのも一手だ。 「じゃ、こうするカ」 2人はエレベーターの制御を乗っ取ると、かごを最下層まで下ろしてから扉を開いた。当然中にはワイヤーだけが見える。普通に使うと目的地が丸わかりかもしれないので一種の陽動でもある。 ジャックがゼロとジューンをサイコシールドで包み、その間に蜘蛛の魔女が一足先に穴に飛び込んだ。サイコシールドごと穴に入り、扉を閉めて目標階で蜘蛛の魔女と合流する。 「扉の近くには敵は居ないナ」 「正面右、北西の広間に生体反応2。予定ルートからは外れています」 扉の向こう側を精神感応や生体サーチ等で確認し、扉を開けて制御室のある階に飛び込んだ。 13:12 小さなエレベーターホールやそこから延びる通路には、一見して敵の姿は見当たらない。しかし北西の広間には敵が待ち構えているので油断は出来ない。自然、4人の声も小さくなる。 「罠は特に見当たらねぇみたいだナ」 そこまでする余地が無いのか獣人だけで十分と考えているのか、屋内に目立った罠は無いようだ。 一同はひとまず敵の居ない東側の通路を進む。曲がり角では特に警戒し、一本道になる所にはゼロが巨大化したクッションを詰めて追撃を絶つ。東ブロックまでは接敵も無く来られたが、広間の手前で足が止まった。 「居るナ」 「居ますね」 通路からの視界内には何も見えないが、死角で待ち伏せるのは屋内戦における常套手段の1つだ。実際ジャックとジューンは既に敵に気づいている。しかし使えるなら手榴弾でも投げ込みたい所だが今回それは止められている。 (半径50m以内なら最強、と言いたいがどうも壁を挟むと勘が狂うナ) 直線軌道を確保できる時は問題ないが、壁を挟むと手を出しにくくなるのはファージの影響だろうか。となると、やはり正面突破か。 互いの顔を見合わせ、軽く目配せをする。身構える3人はそのままに、ゼロが無防備に歩み出る。とたんに両側から降り注ぐ弾幕、しかしゼロはダメージを受けない。 「屋内戦は慣れてンだヨ、こうすりゃ問題ねェだろォがッ」 「脇がお留守だよっ」 「この程度のクリーチャーに遅れはとりません」 その側面を突き、ジャックが右側の獣人をサイコシールドで包んで鎌鼬で切り刻み。左側は蜘蛛の魔女が糸で動きを封じている間にジューンが地面にたたき伏せ電撃を叩き込んだ。 待ち伏せていたのは2体だけで、ここから南にまっすぐ通路が延びているが、やはり視界内には敵は見当たらない。 「よっし、それじゃここからは競争にしましょ」 言うやいなや通路に駆け出した蜘蛛の魔女。途中で「邪魔だよっ」と左に糸を放っていったので何か居たのだろう。 「いいゼ、一気に突破ダ」 ジャックがそれに続く。左に見向きもしなかったのは放置しても問題ないからだろうか。 少し間を開けて続いたゼロとジューンが見たのは炎に包まれた獣人の姿だった。 「廊下ごと燃えているのです?」 「いえ……糸を溶かそうとしているようですね」 よくよく見れば、火の出元は自身の火炎放射だ。物陰から飛び出したところを捕らえられたのかルートからは少し離れている。 「今は先を急ぎましょう。通路封鎖をお願いします」 「はいなのですー」 ゼロは南側の入り口をクッションで塞いだ。実質、これで東ブロックは一時的に封鎖された。 13:19 「俺ァハートのジャックだゼ! 日々プラント奪取に明け暮れてる俺らが施設戦に慣れてねェわけねェだろォが、ヒャハハハハ」 「へぇ、やるじゃん。でも勝つのは私だもんね」 ジャックと蜘蛛の魔女はほぼ併走しながら南東区画へと侵入した。突入と同時に蜘蛛の魔女が右に糸を放つ。相手の傾向からの先読みで実際そこにも敵は居たのだが、先読みされていたのか獣人はなんと火炎放射で糸を燃やしに出たのだ。 「うわっ、あちっ、あちちっ」 ぺしぺしと反対側の手で糸を伝ってきた火を払う。その間に獣人達はジャックがまとめてサイコシールドで包み撃破していた。 「油断するなヨ、こいつらデータリンクもしやがるからナ」 「そっちこそっ」 強気で返す蜘蛛の魔女。実はちょっぴりビックリしたけどそんなことは表情には出さない。 「思ったより少ないナ……なるほど、奥を固めていたカ」 南東エリアも突破した2人だったが、目標の中央制御室のある南西エリアはさすがに守りが堅かった。弾幕の中をいきなり頭突きの体勢で突進してきたフォールスをシールドに包んで焼き尽くす。 「しゃらくせェ、突っ切るゾ」 「そうこなくっちゃ」 T字路をサイコシールド全開で左に突っ込むジャック。前方の敵は片っ端からサイコシールドに包んで撃破してゆく。討ち漏らしや後ろから来る敵は蜘蛛の魔女に天井から強襲されたり蜘蛛糸に引っかけられたりして動きを抑えられていた。 「あった、入り口」 「電子ロックか。中は……居るナ」 その気になれば今すぐ突入できるが、ひとまず後の2人を待ちながら寄ってくる敵をなぎ倒す2人。サイコシールドと蜘蛛糸の堅固な防壁は異変を察知した北西の敵も押しとどめ、正面から近づけばサイコシールド固めからの風雷撃で木っ端微塵に、裏から回れば蜘蛛糸トラップに引っかけられ蜘蛛の魔女の爪や糸で拘束され、ついでにマシンガンはもれなく噛み砕かれた。 「ヤッホー、ゼロちゃん、ジューン、こっちこっち~」 程なくゼロとジューンも2人に追いついた。どうやら討ち漏らしとの戦闘に多少巻き込まれたらしい。 「生体反応確認。タイプ、ヒューマン。間違いないですね」 ゼロが周囲の通路をクッションで塞いだのを確認してジャックが電子ロックをハック、一同は中央制御室へと乗り込んだ。 13:37 扉を開ける音に反応したのか、部屋に入るやいなやケーブル付きの小型斧が飛んできた。蜘蛛の魔女が蜘蛛糸ネットであっさりキャッチするとジャックがケーブルを切断しながらマンファージをサイコシールドで包み込んだ。 「雑魚がボスキャラなんてのも張り合いがないわねぇ」 「要人自身が弱いのは珍しいことでは無いと思いますが」 「へ?」 このあたりは出身の違いだろう。ラエリタムはどちらかと言えば蜘蛛の魔女よりジューンの出身世界に近い。 「――チッ、コイツ狂ってやがル」 ジャックはその間に精神感応でマンファージを探ってみたのだが、見た目はともかく精神はファージのそれである。あまりにも異質過ぎて到底理解できるようなものでは無かった。それでもかろうじてシステム更新やバグ修正、リープゲートといった単語は拾うことが出来たがその異質さに嘔吐感がこみ上げるというおまけ付きだ。 「うんと、『プログラムエラー、指定箇所の修正を行って下さい』なのです?」 「更新は途中で止まっているのですか?」 「そのようなのですー」 先史文明語を読めるゼロがディスプレイに表示を確認する。マンファージはその様子をじっと見つめていた。 「こんにちはなのです。ゼロはゼロなのですー」 そんなマンファージに向き直り、ゼロはあくまで普通に話しかけた。ただし普通に話しても言葉が通じないようで首をひねるばかりである。 『こんにちはなのです。ゼロはゼロなのですー』 そこでゼロは先史文明語で話しかけた。もちろん他のメンバーには何を言っているのか分からないが、マンファージの表情には驚きが浮かぶ。 「えっと、ゼロちゃん何を言っているのかな?」 「先史文明語なのですー。通じているのです?」 「みたいだナ。ヤツめ驚いていやがル」 『私はしがない研究者ですが、何か?』 平静を取り戻したのか、マンファージは落ち着いた様子でゼロに答える。 『研究者さんは何をしていたのです?』 『業務機密です』 『じゃあ、どうやってマンファージになったのです?』 『なぁっ!?』 「オイオイ、思いっきり動揺しているゼ。何を聞いたんだヨ」 明らかな精神波長の乱れにジャックは怪訝な表情を浮かべる。 『あと、ここに来る前はどんな生活をしていたのかとか、マンファージの皆さんがどんな社会を築いているのかも知りたいのですー』 あまりにどストレートな質問にマンファージが言葉を失う。もういろいろと想定外過ぎたようだ。しばしの沈黙の後、突然笑い出した。 「ふふ、うはははは、あーっはっはっはっはっは」 「うっわ、もろ悪役の笑い方じゃん。ってか何、壊れた?」 「マンファージになった時点で壊れている気もしますが」 外野のツッコミも意に介さず(というより元々異言語なので理解していないが)、マンファージは続ける。 『そうかそうか、貴様等のせいかイレギュラーどもめ。我らが始祖の崇高なる理念を阻むか。いいだろう、我など所詮末端、同朋を生み出すことなどたやすい。あくまで抵抗するのなら再び滅びを招くまで』 その姿を崩しながら、マンファージが続ける。 『そうさ、我らは、彼方に、手など届かぬ、時を満たせ、神を招け、全てをこの手に――』 「やっちゃってくださいなのです」 「あいよッ」 もはや会話も成り立たない。そう判断したゼロは話を切り上げ、後を任されたジャックがシールド内を高圧電流で満たすと毛むくじゃらよろしく全身触手と化したマンファージはあっさりと息絶え、衣服を残し消滅した。 13:45 「安らかにお眠り下さいなのです、なむなむ」 ジューンがリッドのトラベラーズノートを介して作戦目標の撃破を伝えている間、ゼロは白衣の男性の安寧を祈り残された衣服に黙祷を捧げた。 「サテ、外には敵が集まっているガ、どうすル」 巨大クッションで塞いでいるので入っては来ないが、入り口周辺に獣人達が集結しているのをジャックとジューンは察知していた。 「もう時間は気にしないでいいんだよね?」 「一応、突入部隊のためにバリケードの除去が必要なくらいですね」 「うっしゃ」 暴れ足りなかったのか、蜘蛛の魔女が再び闘気をみなぎらせる。ジャックとジューンは言わずもがな。 「それではクッションをどかすのですー」 ゼロがクッションを元のサイズに戻し、そのまま部屋から出る。獣人達の集中攻撃がゼロを襲うが、やはりダメージはない。 「隙だらけだよ、いっただきぃ」 蜘蛛の魔女が本能の赴くままに1匹糸に引っかけて引き寄せる。他の獣人はジャックがシールドで包んでまとめて処理し、引き寄せた獣人はジューンの電撃と蜘蛛の魔女の麻痺毒で沈黙させる。 「一仕事したらおなかすくよね。いっただきまーす」 おとなしくなった獲物に頭からかぶりつく蜘蛛の魔女。 「うーん、蛋白質と金属のハーモニー、これはこれで……げふっ、がふっ、ごほっ」 「蜘蛛の魔女様、大丈夫ですか?」 調子に乗ってがっついていたら可燃液でむせたのはご愛敬ということで。 その後、巨大クッションと蜘蛛の巣を片付けながら向かってくる獣人も倒しつつ現地の突入部隊と交代した。マンファージを失ったフォールス達は、元々多勢に無勢な上ロストナンバー達に減らされていたこともありこれと言った抵抗も出来ないまま倒されていった。殲滅を確認する頃には施設内部も通常の建材へと戻っており、施設の一次調査は予定通り開始された。 16:15 一次調査にはゼロとジューンも志願参加した。2人とも以前の調査依頼に参加していたこともあり、気になることがあったのだ。 施設自体はゼロがゲートで見たとおり総合宇宙研究施設のようで、天文学の他宇宙開発や星間航法などの資料が相当量残されていた。ゼロは片っ端から資料に目を通し、特にリープゲート関連の記述が無いか丹念に探していた。ジューンもその応用技術であるプラネットカノンが気になっていたので一緒に資料を追っていたが、以前の調査と同じくリープゲート内の環境対応と重力による終末誘導の2点をクリアできないまま大天災を迎えたらしい。仮にゲートが実用化されても用途は通信や資材搬送に留まっていただろうと思われる記述もある。生物の輸送などもってのほか、兵器転用するにも精度が低すぎたようだ。 しかし、マンファージ討伐前のブリーフィングで確かに重力変化を感じたのだ。フォールス側ではより研究が進んでいるか、あるいは実用化されていると考えるのが自然だろう。 と、なると。 「やはり中央制御室でしょうか」 「だと思うのですー」 マンファージが手を加えようとしていた、中央制御室のコンピューター。そこにならフォールス側のデータもあるはずだ。 訪れるのは2度目の中央制御室は、戦闘など無かったかのように整然としている。 「そういえば、あの白衣はずいぶん古い物だったのです?」 「ええ、私の分析が間違っていなければ数十年かそれ以上前に作られた物になります」 制圧戦の間、ゼロとジューンは現地学者も交えてマンファージの遺留品を調査していた。その結果、驚くべき事にほとんどの持ち物が製造百年以上経っているらしいことが判明した。またケーブルの切られた手斧だが、打撃補正機能があり有線のまま使われていたら思わぬ威力が出ていた可能性もあった。 さて、問題のコンピューターである。 上空の宇宙船は別動隊により既に破壊されているが、未だイータム方面への通信は断続的に行われている。ジューンは通信先に気付かれないよう慎重にプロテクトを解除し、システムとデータのバックアップを自身の中に作成した。ゼロや現地の学者達が内容を解読していったのだが――。 「こ、これは!?」 その内容は、まさに宝の山と言って差し支えのないものだった。 <データログより抽出> ・約1750年前、移民船団より謎の文字列を受信。以後通信が途絶える ・約1600年前、文字列解凍プログラム受信。ネットワーク上の植民惑星データの全消去。ラエリット・システム起動。 ・約1400年前、地下坑設計図受領、施工開始。 ・約1200年前、液体ヘリウム製造プラント増設。 ・約700年前、高密度小結晶生成プラント増設。 ・約500年前、重力発生装置、自動制御失敗。現場における高度知的作業の必要性を確認。 ・1日前、重力制御システムの断続的更新及びリープゲート終末誘導プログラムの追加開始。 ・4時間前、ラエリット・システムver1.65.5.1。重力制御成功。終末誘導プログラム架空稼働時にエラー。 特に重要と思われるのは、移民船団からのメッセージが植民惑星データ消去の原因だったこととリープゲートの稼働準備が進んでいたことの2つだろうか。肝心の文字列は稼働後自動削除されたらしく残っていない。 ジューンは以前の調査でウィルスによるデータ削除履歴を見つけていた。それが移民船団より発せられたということは。 「フォールスは移民船団を乗っ取った……いえ、むしろ先程のマンファージから考えれば」 「フォールスの大元は先史文明人のマンファージになるのです?」 「ええ、おそらくはそうでしょう」 それも、約1750年前という大昔に。マンファージが現地人を操れたのも説明がつくし、大天災に関しても異常を察知したラエリット側からの星間攻撃による支配範囲外からの攻撃を防ぐためと考えれば筋は通る。しかしそもそもの生息年数がとても長い。植民惑星が現在どうなっているかはまるで想像が付かなかったが、この世界にとってとても悪い状況であろう事だけは容易に想像できた。少なくとも、別のマンファージを手先として送り込めるくらいには。 また、データ解析により現在のフォールス側のリープゲート研究状況も判明した。やはり内部空間に対抗するのは難しかったようで資材運搬を主な用途にしているようだ。ただし空間内の移動距離は実空間距離に比例するので短距離ならば機械や大型生物の輸送も不可能ではないようだ。 そして、重力発生装置自体のデータも含まれていた。ゼロとジューンはシステムのモニターでその内部を見ることが出来た。 装置は地下に掘られた円柱状の坑に設置されていた。最初は巨大なリングをいくつも回転させようとしていたようだが、最終的に高密度小結晶を螺旋状のパイプに大量に投下し高速で通過させる形に落ち着いたらしい。壁面にびっしりパイプが走っている坑内部は液体ヘリウムで満たされ極低温環境となっている。ガス抜きのための配管は核融合プラントにつながっており冷却剤として利用されているようだ。 なお、肝心のラエリット・システムの扱いについてだがこれは意見が割れた。解析の結果イータムにある敵施設との定期通信が行われていることが判明したのだが、フォールスのシステムだから早急に停止すべきという意見と、通信先に気付かれて不測の事態を招かないよう現状維持するべきという意見が拮抗したのだ。現場では決着が付かず、判断はひとまずAFO本部に委ねられることになった。 最寄りの地下都市ツィルヴァで宇宙側のメンバーと合流し、一同は帰途についた。宇宙側のメンバが集めた情報と総合すれば、この世界が宇宙の遙か彼方に居を構えるマンファージに侵略を受けていることは明らかだった。 帰りのメンバーにリッドはいない。ラエリット・システムの扱いや今後の方針、特に判明した月面基地について図書館と常時連絡が取れるよう現地に残ることになったのだ。 ジューンは0世界に戻るまで、ずっとプラネットカノンについて考えていた。確かにリープゲートで射出した物体を確実に目標に命中させるのはサブマシンガンを片手持ちフルオート全弾発射で命中半径1cm以内に抑えるくらい難しい。プロジェクトは廃止されたらしいがどうにも気になって仕方ないのだ。 確かにそのまま実現するのは不可能だ。しかし完全無視してもよいものなのだろうか。 ネックは弾体の要求強度と精度。満たすのは難しい条件だが、もしも全く別の考え方をしたら、あるいは――。
このライターへメールを送る