新たなロストメモリーを生み出す儀式が行われる。 その裏で、もうひとつの作戦がひそやかに敢行されようとしていた。「みなさんにお願いしたいのは『流転機関』を入手することです」 作戦の目的を、レディ・カリスは告げた。「『流転機関』はチャイ＝ブレが生み出す生体部品で、これによりロストレイルに大きな推進力をもたらすことができます。かつてロストレイル０号にとりつけられ、それによって前館長エドマンドは『因果律の外の路線』へ送り込まれました。……もっとも、その流転機関はチャイ＝ブレが世界樹との戦いで大きな打撃を受けたことで作動を停止したと推測されています。ですから０号は現在、ディラックの空を漂流状態にあるはずです」 そういうことであるらしい。 顔を見合わせるロストナンバーたちに、カリスは続けた。「今、新たな『流転機関』を入手すれば、それをもってロストレイル１３号を発進させることが可能です。０号を救助することももちろん、そのまま『ワールズエンドステーション』へたどりつくこともできるでしょう」 『ワールズエンドステーション』とは。 世界群の中心とされる世界。 理論上、その存在が想定されていながら、誰もたどりつくことのできなかった場所だ。 そこからなら、すべての世界へ到達可能とされるため、ロストナンバーが故郷の世界を発見するのに大きく寄与することだろう。「ここで問題があります。かつて『流転機関』は儀式によりチャイ＝ブレから賜ることができました。ですが、その儀式を行えるダイアナ卿のいない今、同じ方法は使えないのです。そのため、みなさんは『チャイ＝ブレの体内を探索する』ことで、流転機関を発見していただきます」 それが今回の作戦でロストナンバーたちに課せられる使命なのであった。「これが可能なのはロストメモリーを生み出す儀式が行われる今のタイミングだけです。儀式を行う一方で、儀式が終わるまでのあいだに事を終える必要があります。チャイ＝ブレがロストメモリーの記憶を吸収している隙に行うということです」 流転機関は世界計の一部のような機械めいた形状だが、別のなにかに擬態していることもあるという。だが、「見れば必ずそれとわかる」らしいので、ありかに到達できればそれで入手は可能だ。 ただし……チャイ＝ブレの体内はそれ自体が複雑な構造の迷宮と化している。 そのうえ、寄生ないし共生している小型のワームに遭遇する可能性もあれば、チャイ＝ブレの自身の「抗体」により異物とみなされた侵入者が撃退される可能性もあるのだ。 また、吸収した情報が露出して、チェンバーのような別空間になっている箇所もあるという。 ある程度、深部まで探索を進めなければ目的は達成できないが、踏込みすぎると危険度は跳ね上がる。「広大な体内を効率よく探索するため、少人数のチームを複数編成します。ここから先は、担当の司書から説明を聞くようにして下さい。大変、危険な任務となりますが……よろしくお願いします」 † そして、いつものように少人数のグループがいくつも結成された。 それぞれが覚悟を決めチャイ＝ブレの体内へと赴いていく。 その一つのグループを、魔人メンタピが待っていた。最近は０世界の環境に合わせて人間に近い大きさをとっているが、今日に限っては元の巨人姿である。それでも、チャイ＝ブレと比べれば豆粒のような大きさだ。「なんだメンタピ、また下らない悪巧みか」 メンタピは０世界の偽りの青空を遠く見やり、こたえた。「かの慧竜はヴォロスの外を悠翔し、外なる敵からヴォロスを守ってきた」「ディラックの空でワームと戦っていたと、そういう話だったな」「余はロストナンバーとなり、世界の真実を知り、慧竜の智慧の一端に触れた。だが、憐れましいは己の身の小ささよ」 図書館のロストナンバー達は強大な力をいくつもの世界でふるい、チャイ＝ブレと並び立つイグシストたる世界樹と戦い、ディラックの空で死闘を繰り返してきた。「それでも、我々は世界の真実を何も知らない。ワールドエンドステーションという与太話もどこまで信じていいのやら。迷える汝らの出身世界が今でも元の世界のままでいるという保証もない。とうにチャイ＝ブレに食われてしまっているのかもしれぬ」「もっともらしい御託を並べているが流転機関がほしいという話か？」「その通りではあるが、最後まで聞いてはくれないか。余が求めているのはチャリ＝ブレに死蔵されている慧竜の欠片だ」「なんだと」「竜刻といっても差し支えないだろう。慧竜の一部たる竜刻がヴォロスから失われて久しい。それがヴォロスにないとしたら、暴走する竜刻として図書館に回収されていると考えるのが妥当であろう。そして、余は図書館の記録の中から『ディラックの空で発見された竜刻』なるものを見つけた」「まさか」「流転機関は世界計の部品に似たもの、かつてヴォロスの竜たちは自ら世界計を作り得た。そして図書館が執拗にねらう竜刻」「運命は螺旋を描いて流転する。流転機関は竜刻から作られているに違いない」 そして、メンタピはルーレットが組み込まれた首飾りを取り出した。ルーレットの針には竜刻が使われている。「無宿輪盤というものだ。これは勝負事に先立ち博徒に相応しい遊戯を選択するためのものだ。チャイ＝ブレの体内に入ったら、これを回して進路を決めよう。ククク」 † チャイ＝ブレの体内はどこか灰色のじめっとしたトンネルであった。壁はゆっくりと鼓動し、恐るべきものの中にいるということを思い出させる。 ルーレットを回すごとに、ワームのなり損ないや、不愉快な体液と言った天然の罠にあたり、それらを乗り越えて一行は進んだ。 みなそれぞれ強い想いを抱いて歩いた。ここは記憶の強さが真実になる場所だからだ。 ルーレットはなにもないようなまっすぐな道を示した。 そこへ一歩踏み出すと、突然に視界が開けた。「これは、チェンバーか！？」！注意！イベントシナリオ群「チャイ＝ブレ決死圏」およびパーティシナリオ「ロストメモリー、記憶献上の儀」は同じ時系列の出来事を扱っています。同一キャラクターによる複数シナリオへのエントリー・ご参加はご遠慮下さい。また、特別ルールをよくご確認下さい。このシナリオでは参加キャラクターの死亡が発生することがあります。※このシナリオでルイス・エルトダウンとその関係者との遭遇は起こりません。
チェンバーに突入するとそこは果たして抜けるような青空が広がる広大な緑の大地であった。 ヴォロス、ドラクレットの里に訪れたことのあるものであればそれを真っ先に思い出すであろう。 ただ、違うのは空の遠くに竜が舞っていることだ。 「ほーーっ。獲物がたくさんだ！ ルン天国にきた！」 「古代ヴォロスのチェンバーというわけか」 「メンタピ。慧竜の欠片、自分の物にする？」 「もとより」 「止めない。メンタピ、慧竜の係累。だからそれは、メンタピの物」 駆け出す狩人を止めるものはいない。 あるいは竜刻に封印されてきたいにしえの記憶の再現。 いずれにせよ。ここには計り知れない情報的価値がある。隆樹と緑郎の目的もここにあるかもしれない。 二人は、ルンのたどった道を――だが慎重に――なぞりだした。 残された二人、ファルファレロはメンタピに声をかけた。 「どうだ。感動して声もでねぇか」 「うむ。協力感謝する」 「どうしちまったんだ？ 妙に素直じゃねーか」 メンタピは道を決めてきたルーレット＝無宿輪番とともに感慨をしまうと、豊かな下生えを丁寧に踏んで歩き出した。 巨人の重みによって、足跡がくっきりとつけられる。 ファルファレロはその様子を鼻で笑い、ポケットに手をねじ込んだ。 「ロマンチストだなメンタピ。かっこつけちゃいるがつまり惚れた女の形見が欲しいってことだろ」 「形見では無い……師はまだ存命だ。竜は形を変えることはあったとしても死ぬことは無い」 「わりぃわりぃ、そう言うことだったな。このチェンバーは慧竜の記憶から生み出されたものか？ じゃあてめえと慧竜の馴れ初めとやらが拝めるのか」 「余もとうに忘れ果てた記憶……それもまた一興」 「行ける所まで行く、帰る。狩人の務めは、案内。全員で行って、戻る。それだけ」 弾む足取りで進むルンを追いかける隆樹と緑郎。 緑の大地は、折れた葉、足跡の付いた苔、水たまりの濁り、とルンの痕跡をくっきりと残し、追跡容易である。 緑郎はヴェンニフが抱える本が気になった。なぜ、隆樹ではなくヴェンニフが持っている？ 「なんだそれ？ トラベラーズノートじゃ無いよな」 「これは辞書だ。僕はまだ読んでいない。ヴェンニフもだ」 「ワームを釣るための情報と言うことか」 「そうだ」 それを聞くと何か思いついたのか、緑郎はセクタンの雲丸をつかむと生い茂る樹木の隙間にねじ込んだ。 「ちょっと隠れててくれないか？」 このまま、セクタンを置き去りにするつもりであることを隆樹は察したようで、彼は気づかぬふりをして先を急いだ。 轟音が響き、樹々がめりめりと音を立てて倒壊する。 早速、ルンの狩りが始まったようだ 「ここに入った、ルンを入れて、５人……他は敵！」 隆樹と緑郎が追いついてみると、ルンは枝から枝へと飛び移りながら、器用に矢を射っていた。枝に足が触れる、枝がしなり、バネのように戻る一瞬に腰を入れ、あらかじめ引いてあった弦を放つ。 目標は、ルンより二回りも小さい隆樹よりも小さいくらいの竜人だ。小さなは虫類の翼をしょい、頭には角が生えている。 「あれは関係ないんじゃないの？」 「……ワームだ」 ヴェンニフの見立てでは、記憶から再構成された落とし子だ。案の定、竜人は情報を持つヴェンニフに釣られるような動きを見せた。 隙により、馬脚を現す。 矢がかすめると竜人は、怪我する方法を知らないかのように裂け、表皮と同じような鱗が肉の中から見えた。尋常の生物ではあり得ない。 そこに、魔神とマフィアが追いつく。 「おお我が師よ！」 「メンタピ？ あれ昔の仲間違う？ ここに居る、訳がない！ ルン、知ってる……幻は、敵！ 長の試練で、ルンは覚えた！」 しかし、その竜……の翼を背負った小娘は、にやりと無機質に嗤った。 これは、慧竜では無い！ チャイ＝ブレに吸収された世界の怨念。悪意だ。 三人が攻撃したのはほぼ同時だ。ファルファレロは喜劇を見守るため。ヴェンニフは悪意をかぎつけていた。そして、ルンは本能による。 「流転、機関…なくてもルン、困らない。ルンは、死んだ。ここ、神の国。ルンが居るのは、神さまの役に立つため。だから、全員連れて帰る」 メンタピの動きはあまりも精彩に欠ける。さもありなん。 「俺はてめえが気に入ってる。俺あ故郷に帰りたいなんて気持ちとっくに捨てちまったが、てめえは慧竜の思い出が眠るヴォロスにまだ未練がある」 ファルファレロの銃が火を噴き、ヴェンニフが踊る。 「惚れた女に尽くし抜く一生も捨てたもんじゃねえ。俺が逆立ちしてもできねーことだからな。だがな。てめえの女はこのニセもんなんかよりよっぽどいい女なんだろ」 「そうであった。感謝する」 「裏切りを企んでるなら手を貸す。こいつらにだって弾丸をぶっぱなす。借りは返してえからな」 「他の者どもに聞かれているぞ」 「その調子だデカ物」 ルンも今回は慎重に距離をとり、矢を次々と射かけている。木々を利用し、隠し矢、誘い込み撃ち、予測撃ちたたみかけていく。 退路はファルファレロの銃弾が断ち、誘い込まれた罠にはヴェンニフが待っていた。 波状攻撃を受けて、竜はあっという間に被弾し、一度、傷を受けて動きが鈍ると後は早かった。 そして、竜は力尽きると、それが偽物の情報体であることを証明するように姿を薄くし、消え去った。 メンタピの伸ばした腕がむなしく宙をつかむ。 抜けるような青空に亀裂が走り、遠くの空で竜が墜ちる。大地は震えた。 大粒の雨が降る。 「なんだメンタピ。泣いているのか」 ファルファレロはギアのインフェルを構えると、そチェンバー自体に向けて発射した。 「俺は今の生活が結構気に入ってる。カジノメン☆タピをもっともっとでっかくしてターミナルに第二のラスベガスを作るって野望がある。だから世界がどうとか運命がどうとかさっぱり興味ねーんだよ」 崩壊しかかった仮想のチェンバーは、退魔の力を宿した弾丸がとどめを刺す。炎がなめ広がり緑を焦がしていった。 「幸せの魔女とてめえがいれば俺のくだらねえ野望もマジで叶いそうな気がする……なんてな」 色を失ったチェンバーは閉じていく、次元は揺れゆがむ。 そして、一行は崩壊するチェンバーから外に出ること無く囚われた。 † 「ルン死んだ！ ここ本当の天国！ 何もない！」 「おいおい、天国がこんな女っ毛無くてたまるかよ」 マフィア崩れがバーバーリアンの頭を蹴飛ばす。 ここは、薄ぼんやりとした灰色の胎内だった。 ヴェンニフが戻ってきた。 やはり、出口らしいものは無いようだ。 壁は灰色でぶよぶよしていた。そして生暖かい。 それなのに覚悟していた腐臭はしない。 ディスプレイからケーブルが抜けたような灰色だ。明かりはどこからも差し込まないのに視界はある。 そして、異常に狭かった。 畳三畳程度の広がりしかない。 隆樹はメンタピが足の甲の上に腰掛けていて、その横にファルファレロがメンタピのスネにもたれかかりながら立っていた。 ルンは滑り落ちてひっくり返っていて、緑郎は壁をぺたぺたと触っている。 巨人姿のメンタピは身動きが取れない。あるいはメンタピ一人分の大きさに空間のほうが合わせているのかもしれない。 「これって、全員が収まる最小限の空間ってことかな」 「メンタピに感謝する日が来るとはな。これ以上こいつらと密着したくねぇわ」 とは言え、閉所にありがちな息苦しさは感じない。隆樹は深呼吸してみた。 「この空間には酸素は無いの……だと思う。そういう空気が必要という法則が働いていない。そう考えるのが妥当だ」 「どうやって出るかだな」 「ヴェンニフは隙間とかそういうものは無いと言っている。僕たちは閉じ込められた」 「無のチェンバー？」 「無、宇宙とか、真空の空間とも違うような」 「ここ、天国違う？」 「情報量0の空間……デフォルトスペースってところかな」 緑郎は壁を何度か指で押し込んでみたから考えをまとめようとした。 作りかけのこのような形態を取ってしまう場合があることを、緑郎はうわさとして聞いたことがあった。 「やっかいに巻き込まれたことは間違いないな。クソッたれが」 最初は興味深く、話しを聞いていたルンは自分には理解できないと悟ったか、同じようにうんざり気味のファルファレロに寄りかかってごろんと寝転んだ。 今度はファルファレロもルンを邪険に扱うことはなかった。 「どうだ。メンタピ、貴様の考えはどうだ」 「そこの子役が正鵠を射ているであろう」 低い声が降ってくるが、峡場にありがちなこもりは感じない。 「貴様もわからないんだな」 「判明しているのは我々の探求は失敗に終わったと言うことだ」 隆樹は二人の話を耳を傾けながら、ノートから顔を上げた。 「だめだ。アリッサとも連絡が取れない。ノートは機能しないようだ」 「助けは来ないと言うことか？」 各人がトラベラーズノートを開き、各々の心当たりにエアメールを送信してみる。 やがて、ノートに不思議な紋様とも絵ともつかないものが浮かび上がった。 「誰だ。送信者は……」 「ルンだよ！」 「読めねーよ。象形文字か？」 「字、字……字って何だ？」 「クソッ」 ファルファレロはノートを投げ捨てた。 「我々の間では通信可能。察するに、この空間は独自の世界階層を為していて、我々の階層を特定できない外部からの通信を受け取れないと言うことか」 「僕たちの窮地がアリッサに伝わっていることは伝わっていそうだね」 隆樹と緑郎は、こういう局面に慣れ親しんでいる。忍耐もいることであるが、やることもないと救援が来るまでじっと待つことにした。 ルンもなにか思い至ったのか、座禅のようなものを組んで目をつぶっている。 † 「なぁ、根暗」 ファルファレロは早速退屈したようだ。突然、隆樹に話しかけてきた。 最初は無視しようとしたが、銃声と共に目の前を弾丸が飛んでいった。 「俺をシカトとは良い度胸じゃねーか」 この空間で人殺しが可能か検証しないかとヴェンニフが尋ねてきたが、それはもっと後で良いだろう。 「どうした？」 「あ、あぁ。てめぇはなにを探しにここに来た」 「探しにと言うと？」 わざととぼけてみたが、マフィアは人の心を知らずに押し込んでくる。 「メンタピは昔の女の記憶探しだろ。てめぇはどうなのかって？ まさか流転機関をマジで探したいってわけじゃねーだろ」 「どうしてそう思う」 「俺様のカンよ。そこの戦闘狂の野蛮人が極端だからアレだがよ。おまえら撤退に迷いがねーな。緑郎、てめぇもだ」 「……」 隆樹はちいさく息を吐いた。ヴェンニフが窮屈げにうごめく。 「イグシストになる方法」 ――ほう マフィアの眼鏡が光る。 「イグシストを殺す方法でも良い」 表裏一体同じことだ。 チャイ＝ブレがイグシストならば、イグシストになる方法が必ずあるはず。生まれ持ってのイグシストだから、というのは、考えたくはないが。……そもそも、イグシストとは、なんだっていうのか。不滅と言うのは、概念だろうと万物においてあり得ない。そう、あり得ない。 万物から、一歩……いや、かなり外れた物とでもいうのか？ 「おもしれーこと言うな。たしかにイグシストになれたら愉快だな」 「僕も似たようなことを考えていたんだ。チャイ＝ブレを殺す方法とまではいかないけどね。チャイ＝ブレを永遠に眠らせる方法が無いかなってね」 緑郎が話題に参加し、ルンも聞き耳を立てているのがわかる。 「本当はね、壱番世界再帰属の方法が知りたいよ、それだけを希望に戦ってきた。０世界も好きだけど、家族も友達も叶えたい夢もあの世界にあるんだ。でもね、だから帰るより先に守らなきゃいけないよね。再帰属できても壊れちゃうんじゃ意味が無いもの」 緑郎はいわゆるいい奴だと思う。 隆樹は、この会話にチャイ＝ブレが聞き耳を立てているのか、気にした。 ギアであるツールナイフを取り出してみる。 ギアはチャイブレから生み出された物か？ これをイグシストとなる鍵として利用できないか？ 「流転機関が竜刻から作られる、というか根本の構成が同一なんじゃないかな」 隆樹のギアに視線を置きつつ緑郎が言う。 「羊羹とおはぎって小豆から出来てるけど違う物でしょ？ 世界計作成や車両に推進力を生むのに必須なのが小豆で、元が同じだから羊羹でもおはぎでも同じ事ができるし、お互いを代用、補完する事が可能じゃないかと。竜刻は流転機関より入手難度が下がるでしょ？ だから図書館は集めて調査してたんじゃないかな」 「その理屈でいくと、ギアも同根のような気がするな」 「どうだか……。ギアはもっとつまらないもの……ナレッジキューブが原料とかじゃねーのか」 僕が欲しい情報を探す、神経を集中させ、素早く隅から隅まで探る。 何が何でも見つけてやる。見えるもの全てが思うな、他者が調べ終えた箇所もあるはずだ、いや、そここそ見落としがちだ。他者は埃を払うだけだと思え。緑郎、メンタピ、ルン便利な奴らが揃っている。 埃を払い終えた後ほど、他者に見やすい物はない！ 徹底的に、くまなく探す！ 「チャイブレと世界樹も元は同じって聞いて驚いたけど納得もしたんだよね、０世界に人間と並ぶ生物が居ないように、そんな偉大な存在がそう何種もあるわけないんだよ。だから、慧竜の欠片が流転機関そのものって可能性もあるんじゃないかな」 「おい、メンタピ、貴様も聞いているんだろ」 「余は、竜星をイグシストとしようと計画していた。その時は世界樹の苗を使ったが、そうだな。貴様らが知りたいのは、一からイグシストになる方法だな。イグシストを滅ぼす方法にしても、他のイグシストに食わせるという方法では無くてだ」 そこでメンタピは区切った。緑郎が息を飲むのが見える。 「イグシストとは……その情報を求める性質。知性らしきものの欠如……からみてなにか自動的な現象が、取り込んだ情報の影響により生物を模しているのだと考えられる。ランダムで書物を再生する装置のようなもの。その本質はワームとほぼ同一の存在であろう」 メンタピは、イグシストとワームの顕著な違いは、この0世界や、ナラゴニアのように自身の情報量でもって世界を内包することだと述べた。 内的世界を構築するに至った叢雲は、限界までイグシストに近づけたと言える。 しかし、叢雲は破壊することができた。 破壊とはすなわち、情報の消滅を伴うものであるから、チャイ＝ブレにも攻撃を加え続ければいつかは消滅させることができるのかも知れない。 「なんか、ブラックホールみたいだね。情報を吸い込む」 ブラックホールに吸い込まれた情報は世界から消え失せる。しかし、現在ではブラックホールは物質を吸収する装置としてはえらく効率が悪いことが知られている。 物質を降着円盤に落とすことは容易でも、そのほとんどはジェットとして外に吐き出される。 「チャイ＝ブレも図書館がせっせと集めた情報を食べているようでいて、真にこの世から失われる情報は意外なほど少ない……そういうことか」 「そうだ」 ブラックホールもいつかは蒸発するように、イグシストも周辺……ロストレイルの手の届く範囲の情報を食い尽くしたら、情報を吐き出しディラックの空から消え去る。 ただし、この推論はディラックの空には情報が自然発生しないという過程を前提としている。 「気の遠い話しだな。で、イグシストになる方法はどうなんだ？ ワームがなんだとか」 ワームが、世界を喰えるほど成長したら、それはイグシストと呼びうるのかも知れない。 例えば、ヴォロスのような広大な世界をファージが食い尽くせばどうなるだろう。 「マンファージに意志を保ったままなれれば可能かも知れないね」 緑郎の憶測に、ヴェンニフがほくそ笑んだ。 もう片方の条件――世界を滅ぼすことなら隆樹とヴェンニフは既に達成している。 「余は、ディラックが、それに近い存在であったと考えている。しかし、その有り様は我が師からはほど遠い」 † 「ルン。やっぱり死んでいる！」 ずっと沈黙を守っていた狩人が急に叫んだ。 「今度はどうした」 「息を止めても苦しくない」 「ずっと静かだと思ったら……」 緊張が破られた。 さっきから気になることがある。 「やはり、ここに長くいるのはまずい」 「どうしたの」 隆樹が切り出したのを緑郎が聞きとがめた。 「緑郎、おまえの20番目に親しい友人の名を言ってみてくれ」 「えっ、20番目？」 「親とか姉弟とか、恋人とかそういうのはいい。忘れそうな奴だ」 「……」 「俺らの記憶が食われているということか？」 ファルファレロはやはり危機に対してカンがいい。どうも先程からヴェンニフ食い違いがある気がしていた。 「すでに消化が始まっている！？」 壁も地面も灰色のままで、天井も灰色だ。 情報量0。 どれだけの時間が経ったかはわからない。腹も減らなければ、眠くも鳴らない。排泄する必要も無さそうだ。 どうやって脱出しようかと思ったところで、ルンが言う。 「壁は、押せばゆっくりと引っ込む。ならそのまま進める」 「苦しくないか？」 「息をする必要は無い……今でも」 先入観に従えば窒息するような状況でも気にすることは無い。こうして、一行はスライム状の空間をゆっくりと進み始めることにした。 ルンを先頭にして、手をつないで互いを見失わないようにする。 ファルファレロはメンタピに振り返る。 「てめえの考察は面白い。ま、暇潰しにはなった。ただ、もしてめえがヘルに……俺の娘に手え出すなら話は別だ。そんときゃきちんと殺りあって決着つける」 そう言って、実の娘のAVを撮影しようとしたファルファレロは無駄と知りながらも大きく息を吸って、それから壁に顔をつけた。後にゲームセンターの黒服が続く。 そして、後に残された空間は音も無く消え去った。 どれほど進んだかはわからない。 その記憶も失われたからだ。 突然にチャイ＝ブレの脇に転げ落ちた。 無明の空を仰げば、儀式から帰ろうとする一団が見えた。 ここから登っていけば図書館に戻れる。 一行は安堵のため息をつく。 そして、緑郎の足下には、いつものようにセクタン――雲丸がいた。チャイ＝ブレを見上げるコンダクターをじっとみつめていた。 「わざと……逃がされた……のかな」
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