オープニング

「……これで、父は夢を叶えられる」
 薄い闇の中、小柄な青年は呟く。痛む左目を抑えながら立ち上がる彼は、目の前にある船を見上げた。
 旅人達と父が補強した、『空駆船』【スピカ】で『星の海』へ行く。そして、生きて地上へ戻る。その誓いの果てに、飛び立つ日が決まった。そして、漸く良い予知を見る事ができた彼もまた、真剣な顔で船を見送る決意をした。それに、彼には、やるべき事があるのだ。
「父さん、きっと待っています。ですから、生きてここへ戻ってきてください」

 ――母さんのリボンで、帰り道を示しますから。

 彼は手を握り締め、静かに空を見上げて頷いた。

* * * * * * * * * * * *

 ――0世界・世界図書館。

「カルートゥス博士が、遂に『星の海』へ向かう」
 『導きの書』を開き、エルフっぽい世界司書のグラウゼ・シオンが言う。彼は穏やかながら真面目な顔で言葉を続けた。
「カルートゥスは、ロストナンバー達のお陰で苦難を乗り越え、漸くここまでたどり着くことができた。だからこそ、君達と共に行きたいようだよ」
 そこまで言いながら『導きの書』を捲り、注意事項などを語り始めた。

 『星の海』は壱番世界の宇宙とは異なり、酸素があるようだ。ただ、重力は若干落ちており、地上の6分の1程度……つまりは月と一緒なのだという。
「まぁ、船に乗っている限り体に負担をかけること無く少しだけ浮く事ができるだろう。それに、命綱や安全に船に戻る手段があれば遊泳もできる」
 しかし、『星の海』では何が起こるかはっきりとは『導きの書』でもわからなかったらしい。グラウゼはこめかみを掻きつつ、苦笑した。
「今回は、博士の助手をする事が任務だ。彼の体調を気遣いつつ、『星の海』へ赴いてほしい」
 司書はそう言うと、人数分のチケットと弁当を笑顔で手渡した。

 ヴォロス行きのロストレイル内で、貴方々は考える。ディラックの空へ行くわけでは無いのだが、妙に胸騒ぎがする。それを不思議に思いながらも、貴方々は『星の海』に思いを馳せた。

 ――ヴォロス・デイドリム

「待っておったぞ、旅人諸君」
 カルートゥスはいつになくワクワクした様子で貴方々を出迎えた。余命わずかとは思えないほど顔色はよく、今の所体調が良いようだ。
 【スピカ】は弟子達によって既に砂漠へと運ばれており、後は貴方々と共に出発するだけだった。
「そうじゃな、出発は明日の夕方じゃ。砂漠で今日一日ゆっくり休んで、明日からの旅に備えておくんじゃぞ?」
 そう言うと、カルートゥスはにっ、と笑うのであった。

 果たして、『星の海』では何が彼らを待っているのだろうか……?


… … … … … … … … … … … …
※注意※
このシナリオに関連して、ユーウォン(cxtf9831)さんにはパーソナルイベントが発生しています。事務局よりご連絡していますので、メールをご確認下さい(連絡のない場合、事務局にお問い合わせ下さい)。

それに合わせユーウォンさんはこのシナリオに参加する事ができません。ご了承下さい。

品目シナリオ 管理番号2942
クリエイター菊華 伴(wymv2309)
クリエイターコメント菊華です。
遂にこの時を迎えました。今回はじーちゃんことカルートゥスと共に『星の海』へ向かいます。

※『星の海』補足
壱番世界でいう宇宙に相当するが、ヴォロス自体から出るわけではない。ヴォロスの外側はディラックの空故に出る事はまずできない。

※空駆船【スピカ】について
甲板にあたる部分がガラスに覆われております。また、船室にはふわふわのベッドやら着替えやら用意されております。トイレやシャワーもあり、食料と水も(非常食と合わせて)一週間ぐらい用意されています。
 キッチンはありません(食料は予め調理されたものですが、魔法で出来立てが食べられるようになっています)。

 今回はカルートゥス博士の助手として『星の海』の調査や船の操作などを手伝ったりして『星の海』旅行を楽しんでください。2泊3日の旅ではありますが、何が起こるかはさて……。

PL情報
『星の海』では、貴方が一番会いたい人の幻に会えます。言葉を交わす事はできませんが[なんとなく]で通じ合えます。
プレイングに「どんな人と会うのか」「どんな想いで対峙するのか」をお書きください。
 場合によってはスピカ本神(?)に会えるかもしれません。

今までの経緯に関しては『玩具箱の街』及び【竜刻はスピカに願う】シリーズをご覧下さい(読まなくても参加はできます)。

リプレイは乗船する直前からスタートします。
プレイングは10日間です。
それでは、よろしくお願いします。

参加者
川原 撫子(cuee7619)コンダクター 女 21歳 アルバイター兼冒険者見習い?
金町 洋(csvy9267)コンダクター 女 22歳 覚醒時:大学院生→現在:嫁・調査船員
七夏(cdst7984)ツーリスト 女 23歳 手芸屋店長
新月 航(ctwx5316)コンダクター 男 27歳 会社員
ジューン(cbhx5705)ツーリスト その他 24歳 乳母
カルム・ライズン(caer5532)ツーリスト 男 10歳 魔道機器技術士見習い

ノベル

起:空の彼方、『星の海』へ

 ――デイドリム近郊の砂漠・出張ラボ

 カルートゥスに同行する事となったロストナンバー達6人は、出発前の準備に大わらわだった。SF大好き娘である川原 撫子は「何を一体どれだけ持っていけばいいんでしょう☆」と、とても舞い上がってカルートゥスの顔を綻ばせる。
(なんじゃろうなぁ、ポルクシアと似ているんじゃよなぁ、そういう所が)
 そうしながらも、傍らの金町 洋や新月 航、ジューンと【スピカ】の操縦方法や予定航路、航行中の事故や故障時の対処法などを話し合っていた。また、ジューンは弟子からカルートゥスの服薬など体についての注意点なども聞いておく。
 カルム・ライズンは『空駆船』【スピカ】を見上げ、赤い瞳を輝かせていた。この船に乗って『星の海』へ行く。その事が少年の胸をときめかせていた。その船は七夏によって綺麗にされている。
「『星の海』ってどのぐらい綺麗なのかなぁ?」
「わかりませんが、地上で見るよりも、もっと美しいかもしれませんね」
 カルムの言葉に七夏は優しく答え、羽を震わせる。楽しみだなぁ、とうきうきした様子で少年が呟けば、いつのまにか撫子達がそこにいた。
「七夏ちゃんや、掃除ご苦労様。いよいよ、出発じゃよ~」
「私たちの分の荷物はぁ、ジューンさんと私が運んじゃいますぅ♪ 他に必要な物は既に積んであるそうですからぁ、もうすぐ出発だそうですよ~☆」
 テンションが高いカルートゥスと撫子の様子に少し苦笑しつつも、航は老博士を見つめる。
(そんなに無茶はしないとは思うけど、気を引き締めないと)
 彼自身も、本当はワクワクしている。けれども、カルートゥスの思いを叶える事が第一である為、こうして落ち着いた態度をとっていた。
「なんだか胸が熱くなりますねっ。これぞ浪漫という物でしょうかね?」
「かもしれないな」
 洋は相棒のドッグタン、豆助を抱えながらやる気の漲った笑顔を見せ、航が相槌を打つ。その傍らでは彼の相棒であるジェリーフィッシュタンの明神丸がふよんふよんと浮いていた。
「そうです、浪漫です! 絶対に『星の海』へ到達しちゃいましょう☆」
 撫子が高く拳を突き上げ、彼女の相棒たるロボタン、壱号もまた片腕を上げる。その仕草にくすくす笑いながら、七夏は前もって聞いていたレバーを回して入口を開ける。暫くして扉が開き、階段が降りてくる。
「ありがとうございます。最終搬入を行いますね」
 ジューンが一つ頷いて撫子と共に荷物を運び入れると、カルートゥスたちも乗り込んだ。

 ――【スピカ】:メインルーム

「それじゃあ、はじめるぞ」
 メインルームに全員が揃うと、カルートゥスは早速指示を出し始める。
「航くんは竜刻操作の手伝いを。ジューンちゃんはモニタリングとやらを開始して欲しいのう」
「「了解!」」
「洋ちゃんと撫子ちゃんは今の内に扉のロックと交換用の竜刻の様子をチェックじゃ」
「「はいっ!!」」
「カルム坊と七夏ちゃんは、倉庫にある荷物が飛び出ないように箱にロックをかけてくるのじゃ」
「「解りました!!」」
 すぐさま、航はカルートゥスに並んで竜刻のデザートローズを魔法陣内にセットした。そして、ジューンは真顔でアナウンス。
「本件を特記事項α1-3、有事における同行者の生体活動維持に該当すると認定。リミッター一部解除、構造物サーチ及び生体サーチ常時起動、事件解決優先コードC1、保安部提出記録収集を開始します。
 この船は、まもなく離陸体制に入ります。メインプログラム機動、7分後に浮上を開始いたします」
 そのアナウンスは、直前に作られた装置によって船内に響き渡る。洋と撫子は船の中を駆け巡り、窓と扉のロックが閉まっているか確認していた。ある一定の高度に到達するまではかなり速いスピードで飛ぶため、開けていると色々と危険なのだ。
 また、倉庫に向かったカルムと七夏は箱に貼り付けられた説明書きを読みながらロックを施して指差し確認。
「えっと、非常用扉ロックよし!」
「こちらもロックよし、です!」
 それが終わると、2人は足早にメインルームへと戻ってカルートゥスに報告する。それが終わる頃には撫子と洋も戻ってきていた。
「出入り口のロックと窓のロックは締まってますぅ☆」
「交換用竜刻に破損ありません。魔法陣も正常に起動しています」
 2人の報告が終わると、カルートゥスは力強く頷き、ガラスに覆われた甲板をみやった。同時に手元の文様に手を置けば、ガラスに刻まれた呪文が淡い光を放つ。
「まもなく浮上を開始いたします。航さん、右手を水晶に。エネルギー充填完了。皆様、シートにお座りの上、ベルトをお締め下さい」
 ジューンのアナウンスに航は頷き、水晶に右手を置いて念ずる。この船の操縦は、竜刻の交換と『念』によって行われる。パイロットの1人となった航は同じように文様に手を置くカルートゥスと頷きあって神経を『計算した通りに飛ぶ事』に集中する。
 海を往く船の操縦はあるものの、空を往く船の操縦は初めてな航は、その技術を吸収したい、とも強く思っている。
(やっぱり、世界が違えば技術も変わる。面白い!)
 説明を聞きレクチャーを受けている際、彼は胸をときめかせながらそう思っていた。
ついにジューンが浮上のアナウンスをし、少しずつ船は浮き始めた。どんどん高度は上がって行き、同じように乗員たちのテンションも上がっていく。
「いよいよなんだね。ボク、ドキドキしてきちゃった」
「あぁ、私もですぅ」
 シートの上でカルムがそわそわし、隣に座った撫子も両手を組んで頬を紅潮させる。その様子にくすり、と笑いながら洋が外を見ると、徐々にラボが小さくなっていく。外で見送っていた助手たちの顔がもう解らない。
(非常に静かなのはエンジンを使っていないからですかね?)
 そんな事を考えていると、七夏が触覚を揺らして不思議そうな顔をする。少しだけ浮遊感を覚えたのだ。
「これが、空飛ぶ船の乗り心地なのかしら?」
 カルートゥスがにやり、と笑い、いつのまにかゴーグルをはめていた。彼は一つ頷くと、手元のレバーを下げて魔法陣を交換する。それに航も一旦竜刻を取り出して同じようにし、再びセットしなおす。
「【スピカ】、発進!!」
 カルートゥスの号令と共に、船は角度を変えて急上昇。目指すはもちろん『星の海』。そこへ思いを馳せ、ロストナンバー達は瞳を輝かせる。船を包む魔法によって振動は最小限に食い止められ、室内の温度も地上とさほど変わらなくなっている。
「『星の海』への到達は、6時間後、ベルト着脱可能な区域に到達するまであと15分かかります」
 ジューンはアナウンスしながらも、乗員たちのバイタル……特にカルートゥスの体調を観察した。何か異変があればすぐに対応できるよう、彼女は操縦席に近いシートに座っていた。

 船は青い空を渡り、白い軌道を残していく。それを見たデイドリム周辺の人々は、みんな驚き、息を飲んだ。そして、その船がどんどん遠ざかっていくのを見つめ、どこへ行ったのかを想像し……無事に戻ってくる事を祈った。

 なぜならば、今まで『星の海』を目指した船は全て……墜落しているのだから。

 出発より45分経ち、操縦席に座っていた航とカルートゥスに疲れが見え始め、ジューンはそれを感知していた。
「航さん、カルートゥス様、そろそろ交代する事をおすすめします」
 航は彼女の言葉に頷き、傍らの老博士と共に席を立つ。と、洋とカルムがスタンバイしていた。
「後ろで撫子さんと七夏さんが珈琲を用意してますよ。ゆっくり休んでください」
「ここからはボクらに任せてねっ!」
 二人の力強い笑顔にカルートゥスは頼もしさを覚え、航を伴って後ろへと下がる。と、撫子と七夏がお茶の準備をしていた。珈琲の香りが船内に広がり、用意されたパウンドケーキもとても美味しそうだった。
「パックから取り出すだけですぐ用意できちゃうなんてぇ、凄いですぅ」
 壱番世界の宇宙食もだいぶ進んではいたが、それ以上の出来に撫子はすっかり感心してしまっている。珈琲を割れにくい素材のカップに注ぎながら、七夏もまたにっこり笑って言う。
「このカップも軽くて丈夫で、本当に使いやすいですね」
「安全に気を配りすぎて越した事はないからのぉ」
 カルートゥスはほっほ、と楽しげに笑いながら珈琲を飲んでいた。

 それから更に45分後。回転する魔法陣による自動操縦に切り替わった所で、カルートゥス達は日程を確認した。まず一日目の今日は『星の海』に到達後船内からの調査を行い、二日目は船外で調査を行う。
「儂らデイドリムの住人はのぅ、生者が『星の海』へ行くと、死んだ人間の『面影』と出会えるとも伝えられておるんじゃ。まぁ、実際にはどうなのか解らんがの」
 その話を聞き、ロストナンバー達は興味を示す。元々カルートゥスが『星の海』を目指したのは死した彼の妻との約束が理由ではあったが、そういう伝承が聞けるのはとても興味深かった。
「会うとしたら、誰のかな」
 カルムはなんとなく考えてみる。が、傍らの洋は心のどこかで否定してしまう。どこかロマンチックすぎるような気がするのだ。
 そうしているうちに、食事の時間を知らせる鈴がなる。最初に動き出したのは最初の食事当番になっていた撫子だった。
「食事にしましょう☆ 倉庫から持ってきますぅ」
「確か再生用の箱に入れればいいんだったっけ?」
 撫子がそういい、彼女を手伝おうと航も後を追う。「後は任せたぞい」とカルートゥスは残りの者とテーブルを片付け、料理を待つことにした。魔法でパックされた料理の封印をとけば出来立てが食べられるのだが、これもカルートゥスの発明なのだという。
「練習したら、私にも使えるようになるかしら?」
 七夏が興味深そうに呟いていると、撫子と航によって料理が運ばれてきた。湯気を立てるシチューと焼きたてのパサパン、果物入りスコーンにヤギのミルクのチャイに一同は瞳を輝かせる。
(こうして地上と同じ食事が取れるって凄いなぁ)
 カルムが目を輝かせ、一同は手を合わせて食事に感謝し、食べ始めた。出来立てを食べられるだけあり、味は格別である。念のため一週間分の粉末系バランス栄養食7人分を持ってきている撫子ではあったが、それを使わないで済むといいな、と内心で思った。


承:憧れていたフィールドで

 食事を終えると、交代しながら空の観測を始めた。誰も到達していなかった為、『星の海』と空の境界を誰も見た事がないので、そこから記録を取らなくてはならない。それ故に、旅人達は真面目に、真剣に取り組んだ。
 交代で観察していくうちに、一行は『星の海』へと近づいていく。青い空は徐々に群青へと染まり、太陽の光よりも高い場所へと進む。その光景を洋は事細かに記録する。
「これって星でしょうか?」
 傍らで手伝っていた七夏が指差した先に、小さな光が瞬いている。それを皮切りに幾つもの光の粒が彼女達の目の間に現れる。
「ここが、『星の海』なのかな?」
「……そういう事じゃ」
 ぽつり、と洋が呟いた傍で、今まで黙っていたカルートゥスが頷く。それはすぐに七夏によって他のメンバーにも伝えられ、一同は興奮した様子で『星の海』と空の境界を見つめた。
 それから7人は『星の海』の観察を船内から行った。その際も航と洋、カルムは積極的にカルートゥスを手伝って記録をつけたり、観察を行ったりしていた。撫子はジューンと共に進路を確認する。
(これが、『星の海』……。地上から見るのとは、また違った赴きがあるな)
 航が見つめるその先に、色とりどり、大小様々な光の粒が浮かんでいる。世界司書曰く、その外は酸素があるという事なので宇宙服の類は要らないようだが、やはり命綱は必要だろうな、と考える。
「きゃっ?! いつもよりふわふわします~~」
 羽を震わせて七夏が慌てる。どうやら、船の中も重力が少し落ちたらしい。それを確認するとジューンが予め決められた装置を起動させる。と、船の中の重力は地上と同じものになった。航はそつなく七夏の手を引き、着地のフォローをする。
「明日の船外活動には、命綱がいるな」
 航が何度も頷いていると、七夏は「そうですね」と真面目に頷く。
 こうして、船内からの観察は何の問題も起こらず終了し、翌日の船外活動のスケジュールを組み立てて締めくくられた。
 その日はみんな興奮して眠れなかったので、香草で臭みを消したヤギのミルクを温めて飲んで翌日に備えた。ただ一人、睡眠を不要とするジューンだけはこっそりと船内を点検した後で船室に戻り、休眠モードへと移行した。

 ――2日目。
 一番早く起きた洋は、甲板を綺麗に掃除していた。古武術の朝稽古を日課としている彼女は、前もってカルートゥスから許可を得、そこでやっていたのである。
(ここは、『星の海』なんですよね)
 朝も夕もない。ずっと星に囲まれた場所だが、ここはヴォロスの中であり空気もある。重力も少しだけ存在し、とても興味深かった。
「おはようございます、朝ごはんの時間ですよ」
 声に振り返ると、ジューンが笑顔で迎えに来てくれた。そして、船に響く鈴の音。洋は挨拶を返し、共にメインルームへと戻る。
 2人がそこへ入ると、七夏が皿にバターロールを籠に載せ、撫子が全員分のお茶をカップに注いでいた。カルートゥスはカルムと共に進路確認をしており、航は竜刻の交換を済ませていた。
 全員が揃うと撫子がぽん、と手を叩いて合図をする。それと共に一同揃って席に着いた。豆のスープに野菜と鶏肉の煮物などがが並び、それらをわいわい言いながら食べていく。とろりとしたスープは少し寒い『星の海』ではとても美味しく、食べごたえのある煮物もまた芯から体を温めてくれた。
 食事の後、ジューンと七夏は船内の掃除を始めた。その間にカルートゥスと撫子、航で船外活動の準備を行い、カルムは絡繰の点検と整備を、洋は竜刻保管庫の点検をする。
(やっぱり、綺麗な方が過ごしやすいですから)
(換気はできますが、やはり清潔な方がストレスもたまりにくいでしょう)
 七夏とジューンは協力し合って船内を掃除していった。

 一方、船外活動の準備をしていたカルートゥスと航、撫子は命綱を付ける場所を確認し、一足先に外へ出ようとしていた。安全に行動できるか、下見をする為である。
航が船の入口に傷ついても大丈夫な重りを設置し、トラベルギアである鮫の牙をそこに引っ掛ける。彼は自分のトラベルギアから伸びる魔法の糸を命綱にしていた。
(うわぁ……)
 船から飛び出ると、幾つもの光の塊が浮かんでいた。足場を探せば、かなり大きな光もあり、触れても熱くはない。これを使えばいいだろうか? 美しく幻想的な光景に目を奪われながらも、航は冷静な判断で調査に向いた場所を見定めた。
 彼は船に戻り、カルートゥスに報告する。老博士は満面の笑みで頷き、全員に集合をかけた。傍らで撫子は命綱の準備を進めていた。
「必要な人はぁ、言ってくださぁい。付け方とかレクチャーできますぅ☆」
「それじゃあ、お願いしようかのぅ?」
「あ、ボクも!」
 彼女に頼んでカルートゥスとカルムは命綱の付け方を教えてもらい、洋と七夏もまた彼女に点検してもらう。船に残る事にしたジューンは船が流れぬよう操縦を担当する事となった。

「こうして、高い位置から見下ろしてみたかったんですよね~って、うわぁ?!」
「洋さん?!」
 軽くジャンプしたつもりが思った以上に上がってしまい、七夏が慌てて糸を操って彼女を引き止める。
 その高さに近い足場を利用し、洋はヴォロスからの位置関係を調べてみた。一日目の観察でも、カルートゥスに指示を仰ぎながら位置関係図を作成した。こうして外に出る事でより緻密な図形を書く事ができ、とても楽しくなっている。
「博士、体調は大丈夫ですか?」
「お薬のおかげで落ち着いておる。ありがとうのぉ」
 航がそれとなく気にかけ、傍らの撫子もまたカルートゥスを時折背負って周囲を警戒する。何が起こるか分からないからだ。
「えっとぉ、光のサンプルはどれだけ採取しましょう?」
「そうじゃな。ざっと研究のために20ほどじゃな」
 撫子の問にカルートゥスは小瓶を渡しながらいい、他のメンバにも配布していく。そして、目聡く興味深い物を見つけた七夏は、糸を操ってそれを捉えた。
(まぁ、琥珀みたい!)
 それを手に取ると、透き通った綺麗な光の中に気泡のような物を見つけた。それを小瓶に入れていると、白い影が傍に現れる。
「サンプルはボクが責任をもって預かるよ」
 竜形態となったカルムは調査を手伝いつつもサンプル回収も担う事となっていた。少年の楽しげな声に、七夏も嬉しくなる。
 一方、航は周囲を警戒しつつ、撫子とカルートゥスをカバーしながら漂っていた。そうしながらも観察しメモする事も忘れない。柔らかな光もあれば、冷たい光もあり、点滅するものや光続ける物、と様々な光に口元が綻んでいた。
「このまま無事に終われば……。ん?」
 あたりをよく見渡していた航が、ふと小さな粒を目撃する。それに気づいたのか、カルムもまた赤い瞳で注視していた。
「なんか近づいてきてるみたいだよ」
「よく見ると、大きくなってないか?」
 嫌な予感がしていると、それが流れ星のようなものではないか、と予測がついた。それが、船もしくは自分たちに近づいているのではないだろうか?
「任せてください! あの大きさから、実物はバレーボール大だと思われます。これぐらいなら!」
 2人より高い場所にいた洋が降りてくる。彼女が接近物の進路に立ち、トラベルギアである白衣を脱いで身構える。その間にカルムと航はサンプルを回収し、七夏と撫子は興味深そうに近寄ろうとするカルートゥスを安全だろう場所へと誘導する。次の瞬間には、洋が飛んできた物を思いっきり白衣で受け止めていた。

 船外活動を行うメンバーを窓から見つめながら、ジューンは微笑む。彼女はふと、とある仲間の事を思い出しつつ瞳を細めた。
(あの方が居れば大抵の難事は対応可能でしょう。しかし天は自ら助くる者を助くとも申します)
 自分は、自分の出来得る最大限を尽くそう。そう、改めて決意していると、幾つもの光の粒が仲間たちへと降り注ぐ。それを洋がトラベルギアである白衣で庇い、カルムがサンプルと船内へ速やかに運び入れて事なき終えていた。
(そろそろ時間ですか)
 体への負担も考え、予め時間を決めていた彼女は入口でカルムを迎えて、そこから伝言を頼む。そうして、研究とサンプル採取に熱中する仲間たちも船に戻った。

 こうして船外活動は無事に終了し、サンプルも安全な場所に移した。後片付けを終えてほっと一息ついていると……そこで異変がおこった。


転:僅かなる再会と僅かなる謁見

 船外活動から戻り、全員で食事を取り終えた後。窓の外を見ると細かい光の粒が、船の周りで踊っていた。それを見つめている間に、それらは船の中にも現れ始めた。
「これは、何?」
 七夏の問にジューンが自分のセンサーで分析しようとするも、脳裏に浮かんだのは『Unknown』の文字。
「申し訳ありません。私のセンサーでも解りかねます」
「これが、『星の海』の現象なのかのぉ?」
 傍らで光の粒の観察をしていたカルートゥスが目を見開く。彼の目の前で光の粒が集まり、靄のようになって何かを形作る。それに魅入られているのか、カルートゥスはぴくりとも動かない。
 肩に触れた航は、思わず目を見開き、周りの面々も驚きを隠せない。カルートゥスはいつの間にか、若々しい青年の姿になっていた。深く刻まれていた筈のシワは伸び、背筋も少し伸びる。ただ変わらないのは穏やかな眼差しのみであった。
「……ポルクシア、君から来てくれたのか?」
 その呟きが聞こえた途端、ロストナンバー達は、ふと、自分以外の他者を確認する事が出来なくなっていた。気配を感じるのに仲間たちの姿は見えず内心焦るも、暖かな『何か』を感じた時、それは消えた。解ったのは、目の前にいるのは『とても会いたかった誰か』だったという事だった。

 撫子はふと、暖かなものを覚えた。振り返ると愛する人の姿があった。見覚えのある、澄んだ青い瞳が撫子に笑いかけている。
「――さんですかぁ?!」
 撫子は、この旅で愛する人と共に『星の海』へ来られたらどんなに素敵だろうか、と考えていた。会いたい、ハグしたい、など考えていたからだろうか。
 見つめ合っているうちに、撫子は自然と『彼』とハグしていた。もしかしたら夢かもしれないが自然とそうしていた。すると『彼』もそっと優しくハグを返してくれた。青い瞳が、撫子の茶色い瞳と重なり二人とも頬が赤く染まる。
(本当に素直にできたら素敵ですぅ☆ この綺麗な光景、一緒にこうして見る事ができたら……)
 僅かな暖かさの中、撫子はふと『彼』に名を呼ばれた気がした。胸の奥に木霊するのは、確かに聞きなれた穏やかな声だ。
「はいっ、待っていてくださぁい☆ 一杯話したい事があるんですぅ♪」
 撫子は決意した。この旅が終わったら、『彼』に体験した事を話そうと。そして、素直にもっと愛情表現したいと伝えようと。

「お爺ちゃん!」
 カルムが赤い瞳を丸くする。そこに現れたのは、彼と姉を引き取って育ててくれた養老父だった。養老父は皺の刻まれた顔をくしゃくしゃにして微笑み、カルムを抱きしめる。その温かさに、懐かしい感触に感動を覚えながら、少年は気持ち良さそうに瞳を細める。
「お爺ちゃん、絶対無事に帰って来るからね!」
 カルムが笑顔でそういえば、胸の奥に養老父の優しい声が響く。それは、彼の旅立ちを喜んでいるような声だった。それに温かい気持ちになりながらも、カルムはぎゅっ、と養老父の手を握る。
「ボク、色々な物を見てきたんだ。だから、待ってて!」
 白い尻尾をゆらし、カルムが笑う。少年の快活な笑顔に安心し、養老父はもう一度ぎゅっ、とカルムを抱きしめた。

「お久しぶりは、変かしら?」
 七夏は目の前にいる人魚のような乙女に笑いかけた。覚醒する前に喧嘩してしまった親友は、陽光のような眩しい笑顔で笑いかける。七夏は初め、想い人と逢うかもしれない、と考えていたが、目の前に居たのが親友でも嬉しかった。
(もう、逢えないと解っているからかしら)
 七夏が微笑み返すと、心の中で彼女の声がした。それは、喧嘩したあの日の事に関して謝っているようだった。けれども、七夏はとっくの昔に、許していた。それよりも化物の襲来を教えてくれた事に感謝していた。
「ごめんね、リーヴァがあの時拒絶したのは化物が海に居るものだったから、巻き込まないようにしてくれたのよね?」
 ありがとう、と返せば親友は咽喉元の鰭を開き、驚く。そして、恥ずかしそうな笑みを浮かべた。
「私、とっても幸せよ。貴女も幸せでいる?」
 きっと生きている事を信じ、七夏は言う。親友は手を伸ばし、七夏の頬に触れて1つ頷くとそっと囁く。そして、七夏も同じ言葉を親友に送った。
『どんなに離れていても、どんな世界にいても、大好きだよ』と。

 洋は思わず息を飲んだ。彼女の目の前には、亡き母親が立っている。
(これは夢ですよね?)
 その微笑みは幼い頃に見た記憶のとまったく変わらない。洋の母親は、穏やかな笑顔で見つめている。
「お母さん」
 声を掛けると、洋の心の中で温かい声が響いた。最後の最後まで優しく響いた声だ。それに洋は、思わず泣きそうになった。
「あれから色々ありました。でも、私は」
 家族のお陰で寂しくなかった。そう言いたかった。けれども、言えなかった。心配させたくなかったから、『寂しかった』なんて言えなかった。それを、目の前の母親も感じていたのだろう。ただ静かに頷いて、そっと洋の頭を撫でて微笑んだ。
「私は……」
 洋の頬を静かに涙が落ちる。俯き、声を押し殺して泣く娘を、母親は何も言わずに抱きしめた。

「親父……」
 航は顔を上げた。目の前には父親が立っている。それもあの日、海に行った時の姿のまま。海から戻らなかった父親が、日に焼けた顔に穏やかな笑顔を浮かべている。
「ああ、親父が言った言葉、忘れてないし、俺なりに守ってるつもりだ」
 安心してくれ、と航は力強く頷く。彼は父親から「母さんを守れ」と言われていた。その事は彼の胸に深く刻み込まれている。それを感じとっているのか、父親の顔に心配の文字はない。寧ろ、安心しているようだった。航の胸に、温かくも力強い父親の声が木霊する。
(あまり長い時間、対面している訳にも行かないな)
 航が考えた事を察知したのか、父親は息子に1つ頷く。同時に胸に響いた言葉に、航もまた力強く頷き返す。
「親父は、俺の誇りだ。……ありがとう。会えて嬉しかった」
 そういい、航と父親は互いに背を向けた。同時に、航は靄が晴れていくのを感じとった。けれども、まだ、そこは船内の光景ではなく……『星の海』だった。

 ジューンは1人、船内に佇んでいた。靄のような物がカルートゥス達を包み、姿を隠してから取り残されていた。
(私もあの子達に会いたい気持ちはあります。しかし……)
 今の自分の任務は、カルートゥスや仲間達の安全を守る事。その認識が、彼女から靄を遠ざけたのかもしれない。
 ふと、外を見やると、大小様々な光の塊が瞬いている。船外活動で触れたそれらが、今も優しい光を湛えて浮んでいる。
(この光景も、どこか懐かしく思いますね)
 出身世界では『星の海』を旅していたと言っても過言ではないジューンにとって故郷と似た環境に見えていた。そこを見つめているうちに部屋の輪郭が淡くなり、遂には『星の海』と同化した。傍らに、いつのまにやら航がいる。2人はいつの間にか『星の海』の只中に浮いていた。
「一体何が起ころうとしているんだろうな」
「!? 僅かな熱源を捕らえました。サーチ……!」
 辺りを見渡す航に、ジューンのセンサーが何かを捕らえる。と、2人の目の前に色々な光景が写った。背の高い青年と抱き合う撫子、年老いた男と手を握るカルム、穏やかな女性に抱きしめられ微笑む洋、人魚のような乙女と言葉を交わす七夏。そして……、白い髪の女性と抱き合う、若いカルートゥスの姿だった。
(確かに、何かが似ている)
 航とジューンは、白い髪の女性がポルクシアだと理解した。それと同時に、撫子とどこか似た雰囲気をも感じ取った。ポルクシアは、カルートゥスの涙を拭って、耳元で何か囁いたように見える。

 ――貴方々は、仲間のいのちを優先しましたね。

 不意に、幼い声が聞こえた。振り返ると、銀の髪と青い瞳の女性が2人を見つめていた。背丈はカルートゥスと変わらないくらいだが、顔立ちは幼子のようにも、妙齢の女性のようにも見える。
「もしかして……」
「サーチ完了。目の前に居るのは『Spica』……カルートゥス博士が言っていた、星神の一柱、スピカでしょう」
 航とジューンに、スピカはたおやかな笑みを浮かべる。そして、2人に歩み寄ると蒼白く輝く光をそれぞれの胸に飛ばした。身動きが出来ず、防ぐ事も出来ないそれは航の心臓とジューンの回路に沁み込み、体を熱くする。
「何をしたんだ?!」
 航が問うと、スピカは目を細めた。

 ――サキモリたる力、仲間を守る優しさの具現。

 スピカの言葉に、航は首を傾げるもジューンは顔を上げる。
「新たなプログラムのインストールを確認。『イージス』、物理的攻撃、精神的攻撃を防ぐ盾」
「こんな力を手にするとは……」
 二人が顔を見合わせていると、スピカがくすくす笑う。そして、姿を消した。

 ――自分より仲間を守護する者に、加護を。

 その言葉が消えたと同時に、船内に音が戻る。呆然としていた撫子たちだったが、やがて全員が我に帰った。
「ポルクシア……」
 カルートゥスが名残惜しそうに虚空に呟く。撫子は涙を拭い、カルートゥスに寄り添った。
「博士、ウェズンさんたちが待ってますぅ☆ 名残惜しいけど帰りましょぉ?」
 その言葉に洋も、航も、ジューンも、七夏も、カルムも頷く。カルートゥスは静かに頷いて、微笑んだ。
「帰ろう。みんなの待つデイドリムへ」

結:『ただいま』を言う為に

 不思議な一時からしばらくして。余韻から目覚めた旅人達は地上へと戻る支度を始めた。確かに名残惜しい。けれども、もう戻らなくてはいけない。一行は得たサンプルなどをきっちりと梱包し、倉庫へと入れた。

 ――3日目。
 身支度を整え、食事を終えると一同はメインホールへと集まる。
「諸君、今日はいよいよ地上に戻る。2泊3日という短い旅じゃったが、皆よく頑張ってくれた。おかげで儂もいい経験が出来た」
 洋達が照れるなり、微笑むなりして答えるとカルートゥスはにっ、といたずらっ子のような笑顔を浮かべて……指示を出す。
「各自、窓、非常口、倉庫のロック確認! 帰郷ミッション準備開始じゃ!」
こうして7人は予め決められた通りに片付けなどを行い、最後のミッション――帰郷――へと挑む。

「只今より、エネルギー充填を開始します。約5分後、この船は出発地点を目指して出発します」
 ジューンのアナウンスに、カルムが頷く。その傍らでは洋がカルートゥスに指示された通りに魔法陣の書かれた板を交換し、その上に手を置く。
(最後の最後。気合を入れて挑みますよ!)
 洋は『念』を込めつつ、地上へと向けて『皆で』帰るという『意思』を明確に伝えようとする。その背中を、仲間たちは真剣な眼差しで見つめる。5分という時間が、長く感じられ、カルムが落ち着かない様子で翼を一度鳴らす。
「エネルギー充填完了。【スピカ】発進準備完了です。皆様、ベルトをお締め下さい」
「装着しましたか? では……発進!」
 ジューンのアナウンスを受けて、洋の号令がかかる。同時に船は『星の海』からの降下を始めた。最初は緩やかに、徐々にスピードを上げて地上へと向かう。上昇の時とは違い、自然落下の力をコントロールして行う為、より繊細な操縦が必要となる。その為こまめに交代しなければならなかった。自動操縦モードなどない。降り始めたら、最後まで少しずつ降りるしかないのだ。
「予定では出発時の半分の時間で帰る事ができる、とありましたぁ☆」
 撫子がウェズンと洋が記した論文を読みながら外を見た。流れるように過ぎていく星と、徐々に明るくなっていく外。『星の海』からはあっという間に抜け出そうだ、と思うと少し寂しい。
「竜刻の様子にもおかしい部分はありません。このまま、行きましょう」
 七夏が点検の際の事を思い出し、祈るように言う。洋の傍らで操作をしていた航も「そうだね」と相槌をうち、カルートゥスもまた頷く。
「ポルクシアとも、儂は約束したんじゃ。絶対に、生きて帰ると」
「皆で一緒に、大地に戻るんだ」
 航が顔を上げ、進行方向を見据える。カルートゥスが手元の竜刻を何度も揺すって微調整を繰り返し、デイドリムへと目指していた。

 ところが、暫くして思わぬハプニングがあった。操縦などに問題はなかったものの、地上にある程度近づいた所で雲の海の中に突入してしまったのである。そして、どこからともなく吹く強風に煽られ、船は僅かに揺れた。
「しまったっ」
 カルムが羅針盤をみる。と、出発地点から東にずれているように指していた。それを見、カルートゥスとジューン、洋がすぐさま動く。
「ジューンちゃん、再計算じゃ!」
「了解。ズレは拠点より20キロ東。現在の高度から計算します。……計算完了。このまま行きますと、出発地点から25キロ東にあるオアシスの真ん中に墜落します」
「地図を見せてくださいっ」
 洋はカルートゥスから地図を借り、ジューンが報告した場所を探す。と、そこはかなり大きな湖である事が解った。
「周りがよく見えないけど翼で吹き飛ばせないかな」
「そうしたら置いてかれてしまう。ここは竜刻で調整するしかない」
 カルムがじれったそうに呟くも、航が心配して注意する。そうしながらも元の機動に戻そうと竜刻をこまめに交換して操作してた。が、ややあって彼は撫子をみやる。
「あれですねぇ!」
 撫子が思い出し、航を伴ってメインルームをでる。それに首を傾げる少年だったが、カルートゥスはにっ、と笑った。
「人力ではあるが、こんな時のために用意したものがあるんじゃよ」
「なになに?」
「名づけて、フリュゲルス・サイク(デイドリムの方言で『翼の輪』)」
 それは、ジューンや撫子が他の仲間と共に作った絡繰だった。

 撫子と航は、備え付けられた装置の元に走った。甲板へ出、舳先付近にあるレバーを撫子が引き、周りにプロペラのような物が現れる。そして、航がそれをぐるぐると回した。元来力のある撫子ではあるが、彼女の力だとやりすぎる可能性もあるのだ。
「うおおおおおっ!」
 勢いよく回せば、プロペラのようなものがぐるぐる周り、周りの雲を吹き飛ばす。そして、船内では船の操縦をカルムとカルートゥス、七夏で行い、ジューンがリアルタイムに状況をアナウンス、洋が別の竜刻を保管庫から持ち出してくる。
「洋ちゃん、たのむぞい」
「任されましたっ!!」
 洋は今まで封が開けられなかった装置に竜刻をセットし、深呼吸をする。そして、脳裏に風を想像した。
(航さん、撫子さん、援護しますっ!)
 彼女が竜刻に触れれば、その力は航が回すそれに伝わり、やがて周りで風が起こる。勢いに乗った風車っぽい物は雲を吹き飛ばし、視界を少しでも確保できる状態にした。
「お願いっ、デイドリムに戻って!」
 カルムが叫べば、竜刻の乗った魔法陣が答えるように輝き、その動きを変える。徐々に進路は元に戻り始め、時々ふく強風にビクともしない。
「撫子さん、航さん、メインルームへ戻ってください。もう、大丈夫です。あとは流れに乗って雲の海から抜け出せます」
「進路も、戻りつつあります!」
「あ、あれは……!?」
 七夏がそう報告する傍ら、洋が前方から何かが飛んでくるのを見つけた。それは、どことなく暖かい光だった。メインルームへ戻った撫子と航も、それを見、目を丸くする。どこか優しさと、希望をイメージさせるその光は、やがて一筋の声となって響く。

 ――おかえりなさい、デイドリムへ。

「ポルクシア……?!」
 カルートゥスが顔を上げた時、光が船内を満たす。そして、雲の海は遠くへと消えており、船が静かに速度を上げる。
「綺麗……」
 七夏がうっとりと見つめ、その光が地上から伸びている事に気づく。一同はトラブルをどうにか回避できた事を、確かに感じ取り、少し安堵した。
(あれは……)
その中で、カルムは見覚えのあるモノに小さく微笑んだ。彼が渡したお守りをカルートゥスは握り締めていたのだ。
(博士、ありがとう)
 少年が小さく微笑んでいると、カルートゥスが振り返ってお守りを見せる。この老博士にとって、どうやら心の支えになっていたらしい。その事が、カルムには嬉しかった。

 地上から伸びた光に導かれ、船はやがて緩やかに降りていく。撫子はそっとカルートゥスの手を握って頷き、自然と航達も老博士の傍へと集まっていた。
「儂は……みんなのおかげで地上に戻れる。ありがとう。本当にありがとう……!」
「まだだ」
 航が、静かに言う。
「まだ、この船は地上に降りていない。まだ、僕らの航行は終わっていないんだ」
「そうですね。でも、大丈夫です。だって……」
 七夏はそういい、少しずつ見えてきた地上に微笑む。そこに集ったのはウェズンと13人のロストナンバー達だ。オレンジ色の鬣と鱗が目立つユーウォンが、赤いリボンを手に彼らに手を振っていた。
「あれは、ポルクシアの……」
 カルートゥスの言葉に、全員が悟る。竜刻と化したそれが、この船を地上へと戻してくれたのだ、と。
「もうしばらくの辛抱です。あと15分ほどで着陸します。そろそろシートに戻り、ベルトをお締め下さい」
 ジューンは柔らかい笑顔のままアナウンスし、地上へと思いを馳せた。

 白い軌道を、青い空に記す『空駆船』は、優雅に地上へと向かう。
 地上からの声と、優しい光に導かれて。
 『星の海』から初めて『生きて』帰ってきた旅人達は、ヴォロスの歴史に新たなる1ページを、確かに記した。
 そして、地上で待っていた仲間達と、笑顔で再会する事が出来たのである。

 静かに、緩やかに着陸した【スピカ】を、ウェズン達は歓声をあげて出迎えた。カルートゥスが航達と共に船から降りると、それは最高潮に達した。
 凛々しい男装の令嬢、アマリリスが経緯――ウェズンが見つけた術を使用し、竜刻の力を分散させた――を説明すれば、洋達はウェズンとユーウォン達に感謝の意を表す。カルートゥスが儀式に挑んだロストナンバー達へと改めて礼を述べれば、見知った顔であるメルヒオールや劉、花、ジュリエッタ、マスカダインは彼を取り囲んで再会を喜ぶ。ウェズンの傍らではゼシカとメアリベル、イルファーン、ゼロが『星の海』から戻ったカルム達に食事の用意が出来た事を告げていた。
 ふと、撫子が楽園とネモ伯爵を見れば、2人の頭上にヴォロスの真理数がちらついている事に気付き、14人が挑んだ儀式の結果なのではと推測する。
「こうしてリボンもじぃちゃんに戻るし、みんなでじぃちゃんの夢、叶えられたし、大団円だよね」
 ユーウォンの言葉に全員が頷き、ウェズンとカルートゥスは自分たちに力を貸してくれた大勢の旅人たちに、心から感謝の意を表した。
「みんな、ありがとう。本当に、嬉しいよ」
 カルートゥスは涙を目に浮かべながらも笑い、ウェズンからリボンを受け取る。そして、大事そうに懐にしまった。

 そうしているうちに、アトリアがやってきてみんなを呼ぶ。こうして、砂漠にテントを張っての祝賀会となったのだが、それはとても賑やかで暖かな宴だった。

 こうして、ヴォロスの歴史に新たなる1ページが刻まれた。
 カルートゥスの作った『空翔船』、ウェズンと洋が計算した式、航たちがとった記録やサンプル、そして、ユーウォン達が行った儀式はデイドリムを中心に広まり、多くの人の心に希望と感動を与えたのだった。
 確かに『旅人の外套』の効果でロストナンバー達の事は忘れ去られる。しかし、カルートゥスとウェズン、アトリアだけは彼らの事を忘れなかった。
 共に運命を切り開いた、大切な『仲間』……いや、『親友』なのだから。

(終)

クリエイターコメント菊華です。
大変遅くなってごめんなさい。
やっと出来上がりましたのでお届けいたします。

皆様のおかげにより、無事に全て終わる事が出来ました。また、パーソナルシナリオの結果も踏まえ、大成功です。

今後、カルートゥスは死ぬその日までポルクシアの形見を大切にするでしょう。そして、息子夫妻と共に研究を重ねていきます。

本当に、ありがとうございました。
大団円でこのシリーズを終える事ができ、嬉しく思います。今まで参加してくださった全てのロストナンバーのおかげです。

以後、『世界図書館』のロストナンバー達はデイドリムで歓迎されます。また、カルートゥスに関わった皆さんは大体顔パスとなります。

なお、今回スピカ神から技能を貰った方へ
『星の神盾』
能力としては物理攻撃・精神攻撃から仲間を守る盾を展開できます(結界への応用も可能)。イメージ的にはバリアに近いと思ってください。

また、このシナリオに参加してくださった皆さん及びパーソナルシナリオに参加してくださった皆さんに、以下のアイテムを。

『星の光』
『星の海』で採取された光の粒が入った小瓶。割らない限り光り続ける(ヴォロスで割ると、天に帰ります)。

それでは、今回はこれで。
縁がありましたらよろしくお願いします。

公開日時2013-11-20(水) 21:30

 

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