『ロストナンバーの諸君に告ぐ。導きの書において<ディラックの落とし子>の存在が確認された。その存在規模より世界図書館は当該対象の殲滅を決定し、現時刻をもってトレインウォーの発動を宣言する。詳細は追って連絡するので、有志のものは待機されたし。繰り返す。導きの書において――』 その放送は、不吉に響いた。「トレインウォー……って?」 最近、ターミナルに来たばかりのロストナンバーであるカナンは、近くにいた飛田アリオ――彼にとっての先輩ロストナンバーに訊ねた。「世界のピンチらしいってこと」 アリオは肩をすくめて言った。所定の時間に、図書館ホールに大勢のロストナンバーたちが集まってくる。 世界計の前に、アリッサとその執事、そして世界司書たちが立った。「みんな集まってくれてありがとう。連絡したとおり、巨大な<ディラックの落とし子>が発見されたの。世界図書館はこの排除を決定しました。今回はガン・ミーが担当になるから、ガンから説明してもらうわ。お願い」 アリッサにかわり、小さなオレンジ色のドラゴンが進み出る。 小さく首を下げると、橙色のドラゴンが話し始めた。「そそ、そそそ、それでは、せ、せせせつめいするのだだだ!」 集まったロストナンバーたちの間に言いようのない不安が走った。 長年のロストナンバーたちには、がんばれーなどど声援を贈るものもいるようだ。「えー、ごほん、こ、今回の討伐対象は巨大ワームになります。敵の位置はおおむね判明しています。現在、ディラックの空を高速で移動中です、なのだ」 明らかに用意した原稿を読んでいる。「おほん、最速のロストレイルである獅子座号でも並走できない速度であり接近が困難です。そして、敵の落下予測地点は0世界です、のだ」 ロストナンバーに緊張が走った。「今回の対象は存在規模が従来のワームとは桁違いですので、0世界への侵入が危惧されます。どれほどの規模かと言えば、成長すればイグシストへと到達する可能性があるほどです」 初めて聞いた単語にカナンは首を傾げる。 そして、近くにいたアリオへと尋ねようとしたのだが、怖いほど真剣な顔で話を聞いているアリオに声を掛けられなかった。「それほどの存在が0世界に接近、最悪0世界内部へ侵入でもすれば、【天秤】が揺れる事態も想定できます。それは絶対に避けねばなりません、らしいのだ」 多少は緊張がほぐれたのか、ガンは大きく息を吐いた。「これより当該対をエッグと命名します。孵化すればイグシストへと成り得る卵、です。4台のロストレイルの出動を許可します。これより作戦を説明した後、各車両へ搭乗してもらいます。搭乗完了後、順次出発します、のだ!」 ガンは導きの書を閉じると、小さくガッツポーズを取った。「ちゃ、ちゃんと皆に読んで説明できたのだー!」「ほらほら、どういう作戦なのかすぐに説明しなくちゃ。このプリントを配るんでしょ」 先輩司書であるエミリエが、用意したプリントを配ろうとした時。「きゃあ!」 なぜかそこにあったミカンの皮に滑って、プリントが図書館ホールにぶちまけられた。「エ、ミ、リ、エ」「だ、だって、そこにミカンの皮が!?」 今のリベルが出撃すれば、ワームだって回れ右してディラックの空の彼方へ逃げる。 その場にいたロストナンバーの心は一つだった。(お、落ち着こうと思ってこっそり食べてたミカンとは言いづらいのだ……) ガンが冷や汗を掻いたせいで、周囲にほのかに柑橘系の香りが漂う。「やれやれ」 全ての事情を知るシドは、額を押えながら大きな溜息をついていた。 かくして、トレインウォーが始まる。======<ご案内>このシナリオは「ロストナンバーたちの後日談」を描くものです。プレイングでは、みなさんの「その後の様子」をおしらせ下さい。このシナリオは便宜上0世界が舞台として表示されていますが、どの世界の出来事でも構いません。例:・3年後、ヴォロスに帰属した。冒険者相手の酒場を経営している。・数年後、○○さんと結婚。今もターミナルで暮らしている。・冒険の旅に出た。新たな世界を発見し、探索を続けている。・10年後、故郷の世界に帰り、再帰属を果たす。○歳まで生きて天寿を全うした。※「○年後」という表現があれば、北極星号の帰還の年から数えます相手のある内容の場合(結婚等)、お相手の方も同じシナリオにご参加のうえ、互いのプレイングに明記をお願いします。帰属済みであるなどしてシナリオに参加できない場合、設定欄等に同意があることをわかる記述をお願いします(納品されるまでそのままにして下さい。ライターが確認したタイミングで書かれていなければ参照しません)。なお、このシナリオの結果として、帰属や死亡が描写された場合でも、ステイタス異常にはなりません。!重要な注意!このシナリオのノベルに関しては、どのような理由であっても、納品後の修正依頼は一切受け付けません。「故郷の世界」や、「新たな世界」を描写する場合、担当ライターにその設定も含めて一任していただくものとします。複数のエピローグシナリオへの参加について、制限はありません。ただし、ライターは別のライターが執筆シナリオの内容については関知せず、両者の内容について整合性を保つ義務は負いません。シナリオに参加したことをもって、上記の点をすべてご了承いただいたものとします。======
§ 決戦の場へ § エッグとの決戦の場に向けて、広大なディラックの空を4台のロストレイルが並んで駆ける。 今回使用される車両は、双子座号、牡羊座号、射手座号、そして、水瓶座号であった。 0世界へ接近させずに迎撃するため、決戦の舞台を形成するのに必要な時間とエッグの到達予想時刻を踏まえ決定した座標を目指す。 ――水瓶座号内部。 今回の作戦指揮を担当するガン・ミーが乗車していた。作戦指揮用に改装された車内には、何故か炬燵が準備されており異彩を放っている。 「暖房器具としては非効率的ですね。部屋が全然暖まらないし。でも、いいかもしれないわね。寒いから炬燵に一緒に入りませんかって、あの人を誘う理由が作りやすくなるわね」 炬燵に入ったフラン・ショコラは、物珍しげに炬燵布団に触れながら誰かに想いを馳せている。 「一度入れば誰もが虜になる魅力。それこそがミカンドラゴンの聖地である炬燵の神秘なのだー」 炬燵の上にあったミカンが、もとい、ガン・ミーが丸めた体から首を伸ばして種族の聖地を誇る。 「戦いに行くっていうのに、気持ちが引き締まらないよね~」 行儀悪くツィーダは炬燵に突っ伏している。 「ぐおおおおおお~! ずごごごご~! ふがっ、ぐおおおー!」 地鳴りのような唸り声を上げながら、もんぶは見ている人が不安になるような痙攣を繰り返している。 「寝てるんですよね?」 「自分の鼾で起きないのかな?」 「間違いなく寝てますよ」 フランとツィーダの疑問に応えたのは上城弘和である。その目は青く染まっている。 わざと出しているようにしか思えないもんぶの鼾なのだが、どうやら本当に寝ているようだった。 「前衛的な寝相だねー。携帯のマナーモードとどっちが振動してるんだろうね」 小刻みに震えるもんぶをツィーダはダラしない格好で眺めている。 (銃の手入れをしている俺がおかしいのか?) ネイパルムは自問自答しながら、持ち込んだ銃の手入れをしていた。 「ネイパルムは炬燵に入らないの?」 「生憎と俺の体には小さ過ぎんだよ」 声を掛けたツィーダを、ネイパルムは目だけで振り返った。 「しっぽだけでも入れればいいのだー。ぽかぽか暖かくなれるのだ」 ツィーダがそっと炬燵布団を持ち上げる。そこまで強く断る理由がないネイパルムは、仕方ないのでしっぽだけ炬燵に差し込んだ。 暖まる尻尾から温まった血が体へ巡り出す。 「おっ、こりゃいいな」 車内には平和な空気が流れていた。 ――双子座号内部。 担当する司書はカウベル・カワードである。しかし、水瓶座号とは打って変わって微妙な空気が流れていた。 それもそのはず、示し合わせたように元世界樹旅団のロストナンバーだけが双子座号に乗車していたのだった。 「えっぐ~、えっぐー、かた~いえっぐー。あまーいえっぐー」 バンカは自作の歌を口ずさみながら日記を書いている。 「かたい、あまいって食う気かよ、相変わらずだな。あんた、何してたんだよこいつの世話係だろ」 イェンは呆れたように沙羅を見やる。 「違いますわよ。うちはバンカの世話係になった覚えはありませんわ」 イェンの言葉を沙羅はあっさりと否定する。その傍で2人の会話を全く気にしないままバンカは鼻歌まじりに日記を書いている。 カウベルには和気藹藹として聞こえる会話に背を向けて、彼女は水瓶座号に無線で声を潜めて愚痴っていた。 「ちょっとぉ、どうしてこっちに乗ってくれなかったのよぉ! アタシ一人だけ浮いてるんですけどぉ! フランちゃんがいれば、思う存分恋バナできたのにぃ!」 『遊びに行くわけじゃないんですから、ちゃんと仕事してください。カウベルちゃんはそれでも一応は司書でしょう?』 「一応じゃなくて司書ですぅ」 『それなら無駄話はお終いにしましょう』 「フランちゃん、最近アタシに冷たくなぁい?」 『それなら最初から無線に出ませんよ。カウベル司書、頑張って』 「わぁー、棒読みな応援ありがとぉ」 フランとの無線を終えるとカウベルは目を閉じた。自分の中のやる気を沸々と盛り上げる。 「よぉしそれじゃあ、せっかくだからぁみんなで自己紹介しましょうー!!」 笑顔で振り返ったカウベルが、持ち前の明るさで三人に声を掛けた。 「おれたちは顔見知りだぜ?」 しかし、イェンの一言でばっさりと切り捨てられた。 「ア、アタシとみんなで自己紹介よぉ!」 崩れそうになった笑顔をカウベルは気合いで持ち直した。 「反論は受け付けませぇん!!」 ――牡羊座内部。 担当する司書は灯緒であった。その巨躯を横たわらせ気持ちよさそうに目を閉じている。 その顔の下にあるのは、柔らかそうな黒い毛並みの枕、もとい、ニヒツ・エヒト・ゼーレトラオムである。ニヒツ自身も暖かくて気持ち良いのか大人しく枕にされている。 その近くでは、百田十三が静かに座して瞑想している。 決戦に備えて入念にストレッチを繰り返すレーシュ・H・イェソドの呼気が響く。 座席に座った高倉霧人は代わり映えのしないディラックの空をただ眺めており、その手は十三が同乗者に持たせた護法符を弄っている。 静かな車内には、レーシュの呼吸だけが響いている。 ――射手座号内部。 担当する司書はグラウゼ・シオンであった。食堂車両の中には食欲を刺激するカレーの匂いが漂っている。 作戦前の腹ごしらえとグラウゼが用意したカレーは乗車した3人が綺麗に平らげて、今はその後片付けの最中であった。 グラウゼと並んで洗い物をしているのは一二千志であった。 準備を手伝ったジュリアン・H・コラルヴェントは、食後のお茶を飲みながらギアの手入れをしている。 「落ち着いたもんだな」 「さすがに回数をこなせば慣れるな」 洗い物が終わって戻ってきたグラウゼにジュリアンは苦笑する。 「そっちは何か探しものか?」 「知り合いがいないので」 食堂車をきょろきょろと見回す千志にグラウゼが聞く 「古城のことか? それなら、さっき射手座号の武器を見たいっていうから許可したぞ」 「許可したんですか!?」 千志の態度にグラウゼは驚いていた。 「見ても減るもんじゃないしな。何か問題があるのか?」 大いに問題はあるのだが、それについてどう話したものか千志が頭を悩ませる。 「射手座号って色々積んであって面白いなー!」 そこへ当の本人である古城蒔也が戻ってきた。 「何もしてないだろうな?」 「やだなー、誘ったのはそっちだろ。なのに俺のこと信じらんないの?」 釘を刺してきた千志に、蒔也は飄々と切り返す。悔しげに黙る千志を見ながら、蒔也が悪戯が成功した子供のように笑う。 事情の分らないグラウゼは不思議そうに2人の遣り取りを眺めている。 その3人の様子を横目で見ていたジュリアンの視界を人影が通り過ぎた。 「他にも誰か乗車していたか?」 「射手座はこれで全員のはずだぞ」 司書であるグラウゼの言葉を信じて、ジュリアンは今の人影を気のせいと処理した。 目標地点に到達したロストレイルが正四面体の各頂点の座標へと移動する。 そして、水瓶座号からの誘導が始まる。まず各車両を結ぶ線路が形成され、次にディラックの空に描かれた正四面体の内部を埋めるように線路が作られ続ける。 どんどんと細い紫の線が正四面体の各頂点より描き加えられ、少しずつ正四面体が足場として形成されていく。 「各車両との連動は問題無し。あとは終わるのを待つだけだね」 「この通信機はもう使えるのか?」 自分自身をコプロセッサーとして水瓶座号と接続しているツィーダに、ネイパルムが手に持った機械を掲げてたずねる。 それはトラベラーズノートの機能を流用した通信機であり、ディラックの空でも支障なく使えるように調整してある。 「耳に付けて電源入れれば使えるよ。気になるならロストレイルの放送でみんなに呼びかけてテストする?」 ツィーダの視線の先には、通信機を一心不乱に舐めしゃぶっているもんぶがいた。 「これ美味しくないよー。いつまで舐めてれば甘くなるのー!」 「そうだな。念のため耳に付けるように放送しとこう」 「せっかく作ったのに台無しにされたら馬鹿らしいもんね」 ツィーダはロストレイルの無線に手を伸ばした。 ツィーダから入った連絡により、渡された通信機を参加者は身に付けた。 『それじゃ、これからテストするね。不具合があったら教えてね。こっちで調整してみるから!』 そして、ネイパルムが通信機を使って連絡を入れてみた。 『あーあー。もう聞こえてんだよな。別に偉そうなこというつもりはねぇよ。通信機を試してみたかっただけだからな。ただ、そうだな。今回の作戦には爆弾魔がいるらしいぞ。誰でもいいから下手なことしないように見張っとけ。言えば通じると思うなよ! こっちの言うことは右から左に通り抜けるだけだからな! 誰とは言わないがな! てめぇのせいで俺は過食気味なんだよ!』 テスト放送のはずが段々とネイパルムの愚痴になっている。 「へー、おっさんも大変だなー。誰のことだろうな」 通信機から聞こえる愚痴に蒔也が他人事のように呟いている。 「知り合いなのか?」 「何度か依頼で一緒になったんだ、面白いおっさんだぜー。俺は結構気に入ってんだ」 「ああ。そういうことか」 楽しそうに笑う蒔也を見て千志は全てを悟り、まだ見知らぬおっさんの気苦労を思いやった。 (近いうちに、また謝りにいくか) 千志は胃が痛むような気がした。 そして、ロストレイルの線路による正四面体の形成は問題なく終了した。 『あとはエッグとの接触予定時刻まですることはないのだー。順調なのだ!』 全車両に連絡が入った。ガンは機嫌良さそうにふんふーんと鼻歌を歌っている。 そして、ロストナンバーたちが各々で決戦に向けて最終調整をしている時、弘和から警告が入った。 「エッグです!」 弘和の両目は水瓶座号と接続した特性のゴーグルで覆われ、浄眼で捕えた情報は全て水瓶座号へと流れて処理される。 処理された情報が作戦室に新しい画面として浮かび上がり、ディラックの空を突き進むエッグの姿が映し出された。 「移動速度が予想よりも速いよ! 加速してるんだ!」 「おしっこ我慢してるんじゃない?」 緊張したツィーダの言葉に、もんぶが斜め上の応えをぶつける。 「こっちに気づいてたってことか?」 「おしっこだよ! そうじゃなきゃもんぶは急がないもん!」 「このスピードだと、こちらの足場が耐えられるかどうか」 もんぶのおしっこ推しを無視して、弘和が状況を冷静に分析する。 「足場の補強はできないんですか?」 「今からだとやっても間に合わないよ!」 「ガンさん、どうします?」 フランが作戦指揮者であるガンに判断を仰いだ。 「わ、我に聞かれても困るのだー!」 「もんぶにも聞いて―!」 無視されているもんぶが全身でかまってかまってと叫び出す。 「さっきからうるさいな! じゃあ、どうすんだ!」 「知らなーい!」 「洗濯機にブチ込むぞ!」 胸を張って断言するもんぶをネイパルムが一喝すると、もんぶは可愛らしい悲鳴を上げて炬燵の中に逃げ込んだ。 「別の異常事態です!」 「今度は何なのだー!?」 新しく浮かび上がった画面に映し出されたものを見て全員が叫んだ。 「ロストレイル?!」 エッグの着地予想座標には、何故かロストレイルが突き立っていたのであった。 「おかしいのだ! 4台しか出動してないのだ!」 「あのロストレイルが何座号なのか。私の目でもよく解りません」 「で、でも、あれがクッションになれば、エッグとの衝突に耐えられそうだよ!」 「な、なんでもいいのだー! 総員、衝撃に備えるのだー!」 加速するエッグが謎のロストレイルを押し潰しながら、紫の正四面体へとその体を突き刺した。 その衝撃が轟音とともに広がり、足場である正四面体全体を大きく揺さぶった。射手座号、牡羊座号、双子座号による平面のほぼ中心、エッグの到着地点から大きな亀裂が走っている。 「破損部分の修復を開始するよ!」 「視界良好。エッグ表面より無数のアントの落下を確認できます」 すぐに体勢を直したツィーダと弘和が状況を伝え始める。そして、ガンが全車両へと開戦を告げる。 「エッグ討伐の開始なのだー!」 § 交戦 § ――射手座号 「機能が制限された射手座号だと本体まで射撃が届かないが、こっちに来たアントは射程に入り次第片っ端から撃つ。車両の防衛は自力でどうにかするから、きみたちは本体の攻略に専念してくれ」 「それで大丈夫なのか?」 ジュリアンが口を開いた。 「危なくなれば、助けてくれって連絡するさ。その時は見捨てないでくれよ?」 「俺は気が向いたらってことで」 「おい、ふざけるな。ちゃんと駆けつける安心してくれ」 千志と蒔也の返事にグラウゼが苦笑する。 「よし、行ってこい!」 3人が射手座号から飛び出した。 「先に行くね」 ジュリアンはエコーを足元に撒いて、その上を念動力で滑り出す。彼の能力を繊細に反映する銀砂が足元を彩る。 ジュリアンが通った端からエコーは崩れ、また新しい通り道を再構築する。それはロストレイルの走行と同じ方法であった。 氷の上を滑るように、ジュリアンは結晶の大地を疾走する。 「すっげー!」 「感心してないで走るぞ!」 「お前の影で同じようなことできないの?」 「無理だ。そもそも影が動いても俺は動かないだろ」 「なーるほどね」 2人を置き去って、滑走するジュリアンの先にアントの先頭集団が見えてくる。 「お手並み拝見」 ジュリアンが取り出したギアの細剣を走るままに振り抜く。 閃く風刃が数体のアントを切り刻む。残骸となったアントに後続がぶつかり団子状態になる。 その隙を逃さずジュリアンが加速する。突き出したギアが螺旋の風を纏って、岩盤に穴を穿つようにアントの群れを刺し貫いた。 砕かれた残骸は、風に巻き込まれ周辺に飛び散って消失していく。 すぐにジュリアンは体を切り返して、後続のアントたちへと滑り出す。 「俺たちも爆発しようぜ!」 「それだと死ぬだろ! 灯りだ!」 千志の声に合わせて、蒔也は頭上に向けたギアで弾丸をばら撒き一斉に起爆させる。 爆発が起こった瞬間、千志の影が一気に広がる。その全てを凝縮して、千志は一振りの槍を練り上げる。 「ひろーく撒いてくれよ?」 その槍を蒔也に触らせた後、ギアの怪力に任せてアントの大群へ投擲する。 「散れ!」 千志の声で、影槍が砕けると数百のナイフとなって降り注ぐ。 「どっかーん!」 蒔也が能力を全力で解放すれば、地響きを起こしてアントの大群が爆発に飲み込まれる。 「きーもち良いー!」 「全部倒す必要はない! 数を減らしながらエッグを目指すぞ!」 次々と後続のアントが爆煙を突き抜けて来る。 「なあなあ、数で勝負しねえ? 勝った方が負けた方の言うことを一つきくっていう条件でさ」 千志は口から出そうになった一喝を堪えて飲み込んだ。 「それでやる気が出るっていうなら、その勝負乗ってやるよ」 「やったー! それじゃ今からスタートな! 俺が勝ったら何させようかな!」 嬉しそうに笑う蒔也の顔から、千志には癖のような笑顔ではなく本当に嬉しくやる気が出ているということが分った。 分る程度には同じ時間を過してきた。 蒔也の不穏な言葉を頭から追い出し、千志は目の前のアントに集中する。 ――牡羊座号 「このロストレイルで最も防御に優れている車両だけれど攻撃手段は多くない」 身を起こしている灯緒は香箱座りで佇んでいる。その片方だけ伸ばした前足は黒いクッション、もといニヒツに乗せている。 「残って防衛する人がいれば心強いね」 灯緒はそれぞれの顔を見回す。 (それ枕じゃなくてロストナンバーだったよな? もしそうなら、残る必要ないんじゃ) レーシュは黒いクッション、もとい二ヒツを眺めながら考える。しかし、万が一にも間違っていれば、恥しいことこの上ない。 そのためらいがレーシュのツッコミを踏み止まらせていた。 「それなら俺が残ろう」 「ありがとう」 静かに名乗り出た十三に、灯緒を目をきゅっと瞑って礼を述べた。 「それではエッグに向かうのは2人だね。君たちだけではないということを忘れないように。くれぐれも命を粗末にしてはいけないよ」 レーシュと霧人が車両から飛び出して行った。 「俺は車上から防衛する」 後を追うように車両から出て行った十三を見送ると、灯緒は黒いクッション(ニヒツ)を前足でそっと引き寄せた。 「さて、おれは待機だね」 ゆっくりと顎を乗せると、灯緒は気持ち良さそうに目を閉じた。 (ワタシも様子見でいいでしょう。なにもなければこのままのんびりしててもいいですしね) 程良い重さが気に入ったのかニヒツはそのまま枕として大人しく収まっていた。 車上へと上った十三はすぐさまに符を取り出して式を打ち出す。 「炎王招来急急如律令! 雹王招来急急如律令! ロストレイルの警護に回り近付く敵を全て滅ぼせ」 身の丈6mにも達する赤々と燃え上がる炎の猩々と体高が2m近くにも及ぶ冴え冴えとした氷の雪豹が生れ出る。 2体の式は一定の距離を保ったまま敵が来るのを待ち構える。 「火燕招来急急如律令! 鳳王招来急急如律令! 火燕は斥候となり周囲を飛べ、火燕の見つけ敵は鳳王が討ち倒せ」 生れ出た何羽もの炎の燕は、一斉に周囲へと飛び散っていき、現れた美しい朱金の鳥は上空をゆっくりと旋回している。 「袁仁招来急急如律令! 符を牡羊座号の車両へ運び備えておけ」 生み出された猿たちは十三の指示に従い手際良く動き出す。 「油断するなよ」 十三は走る2人の背中へと視線を向けた。 「それではお先に」 高倉は降り立った結晶を蹴って走り出す。一回、二回と足を動かせば風を切って加速する。 あっという間に小さくなっていく高倉を見ながらレーシュは舌を巻いた。 「すげえスピードだな。俺もうかうかしてらんねえな」 レーシュは体に巻いたベルトに差した瓶の一つを抜き取って傾けた。その中身は海水であり、足場の上にできた小さな水溜りに持ち込んだサーフボートを置いた。 「さて、新しく覚えたヤツだけど上手くいけよ。キャスト<ウェイブライド>!」 海水が泡立つと巨大な水柱が噴き上げり、サーフボードごとレーシュを上空へと突き上げる。 水柱は波となって崩れ始める。その斜面をレーシュが華麗に滑り出す。 「一気にいくぜ!」 波の向きを操り、見事なアップス・アンド・ダウンズで進み続ける。 「おや、楽しそうですね」 後方に感じた魔力が気になり、霧人は足を止めて振り返っていた。 「まあ、僕は僕で楽しめればいいんですけどね」 霧人の常人離れした視力が遠方のアントの群れを捕える。走り出した霧人は瞬間移動で距離を詰めると、そのまま足を止めずにアントへ肉迫する。 そして、手に持った段平をアントへ振り下ろした。 「ふむ」 しかし、その刃はアントの表面に食い込んだだけであった。すぐに霧人は爪を振うアントから瞬間移動で逃れた。 「……ではバシンさん、少しばかり剣を早く振るのを手伝ってもらえませんかね?」 霧人が掲げる媒体が砕けると、青ざめた馬に乗った蛇の尾を持つ屈強な男が現れる。男は何も言わず軽く頷くと、すぐにその姿を消してしまった。 その僅かなやり取りだけで、霧人は自分の望みが叶ったことを理解する。 「では、いきますよ」 霧人の姿が霞む。先程と変らぬ無造作な一撃であるが、その速度は跳ね上がっている。 最初に切り込んだアントが、今度は一瞬で真っ二つになる。続けざまに段平を振いながら、霧人がアントの群れを駆け抜ける。 一瞬の後、周辺のアントが全て砕け散っていた。 「この程度ですか、拍子抜けですね。こうなると本体に期待しますか」 霧人は段平の峰で首を叩いた。 「ひゅー! やるなあ。これなら遠慮なく先回りできそうだな」 レーシュは波を操り、アントの群れを避けるように迂回を始めた。 しかし、群れの後方にいたアントの一団がレーシュに合せて動き出した。列を作れるとレーシュへと一斉に棘を撃ち始めた。 「ちっ、そう簡単に通しちゃくれねぇか!」 波間に立つ小さな水柱を避けるようにボードを操る。魔力で波を伸ばして、列になったアントを巻き込んで押し流す。 その隙に、足場へと降り立って手近なアントへと拳を繰り出すが、柔らかく衝撃を吸収するその体表面にがっしりと受け止められてしまう。 「破ぁ!」 しかし、レーシュが気合を込めて練った気をアントの体内へと解放すると、その体が内から弾け飛んだ。 「へっ、外が頑丈でも中身はそうはいかねえだろ!」 独特の呼吸法で気を練り上げるレーシュの練気術は、外側からの破壊だけを得意とするわけではない。 そして、気を練る時間はここに来るまでにたっぷりとあった。 「メインディッシュの前の肩慣らしだ! 相手してやんよ!」 レーシュは拳を打ち鳴らした。 ――双子座号 「双子座の車両は攻撃も防御もぱっとしないのぉ。だから、ぜぇーったい誰かに残ってもらうわよぉ!」 腰に手をあてながらカウベルが宣言する。 「せっかく来たんだ。俺は暴れさせてもらうぜ」 「おれも遊びたーい!」 「守るのは性に合いませんわね」 「ちょっとぉ! アタシの話聞いてたのぉ?! 助け合いの精神は大事よぉ!!」 三者三様の応えにカウベルが不満の声を上げる。 「そんなこと言ってもよ。俺たちは危険な場所に行くんだぜ。それならカウベルさんも一緒にくればいいだろ?」 「……ああああああアタシはロストレイルに残って色々やらないといけないことがあるんだものぉ」 「なにするのー?」 「そ、それはぁ、司書の秘密で企業秘密なのよぉ、うふ!」 バンカの無邪気なツッコミをカウベルは笑って誤魔化した。 「仕方ありませんわね。うちが残ります」 埒が明かないと判断した沙羅が居残りを名乗り出た。 「沙羅がのこるのー?」 「おいおい、どういう風の吹き回しだよ」 それに驚いたのはイェンとバンカであった。 「斬り結べる相手ではありませんし、それほど執着はありませんわ。それとも、ひと勝負して負けたものが残るとした方がよろしいですかしら?」 イェンとバンカは一斉に首を横に振り始めた。 「カウベルさんはうちが残ることにご不満はありますかしら?」 カウベルも首が抜けるような勢いで横に振った。 「決まりですわね。お二人とも、うちがわざわざ残りますのよ。無様な結果を残せば、分かりますわね?」 ゆっくりと言い聞かせながら沙羅は全身からは気迫が立ち上らせていた。 「い、いってきまーす!」 「お、おい、俺も行くぞ!」 2人が逃げるように外へと飛び出していった。 その様子を見ていたカウベルはふと思ったことを口にした。 「もしかしてぇ、今のって2人に発破かけてくれたのぉ?」 「そう見えたのですかしら?」 「そう聞き返されちゃうとぉ、自信なくなっちゃうんだけどねぇ」 沙羅の視線に気押されるように、自信無さげに呟く。 「間違ってはいませんわよ」 「へぇー、沙羅ちゃんって見た目と違って優しいのねぇ!」 「楽をするつもりなのでしたら、徹底しようと思っただけですわ。それではうちは外で待機してますわね」 しかし、外へ向おうとした沙羅をカウベルが呼び止めた。 「ねぇねぇ沙羅ちゃん、恋バナとかって好きかしらぁ?」 「は?」 「今度、アタシのス゛ッ友と一緒にお茶しながら恋バナとかしてみない? 世界樹の人たちの恋愛事情とか興味ありありだもぉん!」 「おっしゃることがよく分かりませんが、それは司書としての依頼ですかしら?」 沙羅は隠そうともせずに呆れたような声を出した。 「それで来てくれるっていうなら、そうしちゃうわよぉ?」 「考えてはおきますわ」 今度こそ沙羅は外へと飛び出した。 その頃、紫色の地面をイェンとバンカは並んで疾走していた。 「さーて、飛び出したはいいが。どう攻めるか」 「そんなの、ズバっといってガガガガって倒せばいいよ」 「それなら、ぼかーんといってどかーんって倒そうぜ」 「それもいいねー!」 「通じんのかよ?!」 冗談で返したイェンの方が驚いてしまう。 「敵がいっぱいいるよー!」 アントの大群が前方より押し寄せている。 「やれやれ、こいつとで大丈夫かよ」 イェンの手に装備したギアの表面にばちりと電気が走った。 ――水瓶座号 「マップ上の反映も問題ないよ。これでロストナンバーがどこにいるか一目瞭然だね」 作戦室の中央には、エッグの刺さった平面を俯瞰したマップが浮かんでいる。 中央にあるエッグから、小さな点が次々と生れている。 「それで、俺たちはどうするんだ?」 「今はまだ特にすることないのだー。戦況を見て、各ロストナンバーに指示を出すのがお仕事なのだ!」 「ちゃんと理解してたんだな」 しっかりと返事をしてきたガンに、ネイパルムは思わず口を滑らせていた。 「僕は僕でしたいことあるから、そっち優先するね」 「私も調べたいことがありますので、そちらに専念してます」 ツィーダとフランは別々に水瓶座号のコンソールに座ると、無心に作業に没頭し始めた。 そして、炬燵の中からはもんぶの盛大な鼾が響いている。 「しばらくは元気な連中に任せるとするか」 § 劣勢 § 画面上のアントの数がロストナンバーたちの活躍により順調に減っている。 そして、アントの個体数が50%を下回った時に異変が起きたのであった。 「エッグの上方部分に亀裂が発生していきます。第2形態への移行が始まりました」 上城の視界を反映して新しい画面が浮かび上がってエッグを大きく映し出す。 岩とも生物とも見えるようなエッグの表面が生まれた亀裂に沿って割れ爆ぜた。 花弁のように割れた内側は紅玉のように半透明な光沢をもち、その中央には薄く白光を放つ結晶体が存在している。 「中央にある大きな結晶が核です。あれを破壊すればエッグは消滅します」 半透明の花弁の内から無数の紅色のアントが浮かび上がる。表面を滑り落ちて紫の足場に落ちた紅アントはすぐさまに脚を生やして走り始める。 大量の紅アントが生み出される中、背から羽を生やして飛び立つものも確認された。 「飛べるヤツもいるのか」 「走るだけのアントより数は多くないですが厄介ですね」 苦々しげに呻くネイパルムに弘和が補足する。 「みんな、新しい紅いアントは空からも襲ってくるのだ! 気をつけるのだー!」 ガンの叫びが全員に伝えられる。 「空を飛ぶ紅いのだあ?」 レーシュの気を纏った拳が唸りを上げて、一体のアントを打ち砕く。 離れた場所に整列した複数のアントが一斉に棘を発射する。 練気術で高めた動体視力と反射速度をもって、ある棘は叩き落とし、ある棘は避けながら走る。 「おらぁ!」 風を切って振う尾がアントを叩き飛ばす。整列していたアントを巻き込んで吹っ飛ぶ。 「よし、ストライク!」 レーシュがホルスターから瓶を抜き取り、海水を蒔き散らす。 「キャスト<ウェイブライド>!」 噴き上がった海水を操り、周囲のアントを大波に巻き込む。波で破壊はできないが、押し流されたアントが体勢を整える時間の余裕ができる。 周囲に目を走らせる。高まった視力がエッグ方面から来る紅色の集団を捕える。 「あれか!」 レーシュは地を蹴って走り出す。赤い竜人と紅アントの距離がある程度になった瞬間、紅アントの先頭集団が一斉に足を止めた。 それを訝しみながらもレーシュは足を動かす。紅アントの体表面が薄く輝き収束するのをレーシュの動体視力が捕えた。 咄嗟にレーシュが横に跳んだ時、幾条もの紅い閃光が今しがたレーシュのいた空間を貫いた。 「ビームか!?」 すぐに体勢を整えたレーシュが動き出す。呼吸法で気を練る。練った気で自らの火竜の体質を高めて、火の耐性を活性化させる。 再びレーシュが紅アントへ走り出す。避けようとしないレーシュへの肉体へ幾筋もの閃光が突き刺さる。しかし、全てが皮膚を焦がしただけであった。 「破ぁ!」 突き出した拳に込められた気が紅アントを体内から破壊する。 (ちっ、前よりさらに硬ぇな。これだと気の消費が激しいぞ) そのまま動きを止めずに、両手足と尾で猛攻撃を繰り出す。紅い破片がレーシュの動きに合わせてばら撒かれては消えていく。 激しい体の動きに合わせて、先ほどビームを食らった場所が微かに引き攣るような痛みを訴える。 僅かに浮かんだ嫌な予感を振り払ってレーシュは戦場を走り続ける。 霧人の姿が霞む。アントの反応できない速さで動く霧人が一方的に蹂躙していく。 「紅いアントか。面白そうですね」 残ったアントには目もくれず、霧人は瞬間移動で紅い群へ距離を詰めて駆け出した。 その霧人を目掛けて、飛行型の紅アントが列を成して襲いかかった。 「鬼ごっこでもしますか?」 霧人が速度を上げて走り出す。第一形態のアントではまともに反応さえできない速さである。 しかし、紅アントは次々と追いついて、少しずつ霧人を包囲し始めた。 「速さは及第点ですね。でも」 マントを翻した霧人が地を蹴って空を駆ける。閃く段平に並走していた紅アントの数体が叩き壊され霧散する。 「それだけでしたら勝負になりませんよ」 飛行型たちが鋭い脚を伸ばして霧人へと突撃を仕掛ける。見事な連携の取れた周囲からの一斉攻撃。しかし、避ける隙のない攻撃を、霧人は瞬間移動ですり抜ける。 目標を見失った紅アント同士で衝突が起きる。その衝撃で何体かは砕けている。 「しかし、及第点に免じて少し相手をしてあげましょうか」 衝突から無事に残った紅アントを躊躇なく叩き斬る。 空に佇む霧人を囲うように紅アントが陣形を組み始める。霧人の視界を紅が埋め尽くしていく。 「おやおや、数頼みとは無粋ですね。もっと工夫をして欲しいものです」 霧人の顔には不適な笑みが浮かんでいた。 千志と蒔也からつかず離れずの距離を保ちながら、ジュリアンはギアを振い続ける。 広範囲を攻撃できる2人をそれとなく手助けしながら、着実にアントの数を減らしつつ戦況の把握に努める。 そのため、紅アントの接近に最初に気付いたのもジュリアンであった。 「連絡にあった紅いアントが来てる。2人も気をつけて」 通信機で2人に連絡を入れてから、ジュリアンは紅アントの先頭集団へと向かう。 エコーで滑走しながら、ギアから風刃を放つ。しかし、直撃した風刃は紅アントの表面に傷跡を残しただけであり、紅アントの脚は全く止まらなかった。 「随分と硬くなってるね」 ジュリアンは体を大きく回転させながら、ギアを振り抜いて再び風刃を放った。 しかし、その風刃は紅アントを直撃せずに、足下に突き刺さり爆風を巻き起こした。 暴風に煽られた紅アントの足並みが崩れた瞬間、念動力で加速したジュリアンは間合いを一気に詰める。 体重と念動力を乗せた鋭い刺突が、螺旋の風刃を纏って紅アントを穿つ。 その最中、ジュリアンのテレパシーが敵意を拾い上げた。 瞬時にジュリアンの思考を反映して、エコーの一部が集まり盾のような形状に変化すると、銀盾の表面に幾つかの紅いビームが突き立つ。 頭上に固めたエコーにワイヤーを打ち、ジュリアンは空高くへと跳躍する。直後、ジュリアンの居た場所をさらに多くの閃光が貫いた。 上空からエコーで滑り降りながら、ジュリアンが次々とギアから風刃を放つ。 (随分と強化されてる。これだと1人で立ち回るのは危険かもしれない) ジュリアンは新しい戦い方を練り始めた。 次々と起きる爆発の中を、紅アントの群が突き進んでくる。 さすがに蒔也の爆破が直撃した紅アントは砕けているが、周囲にいるものは数回の爆破を耐えて侵攻してくる。 「壊しがいあるな!」 楽しそうにギアを乱射して銃弾をばら撒き続ける。ギアのおかげで弾数に制限はなく、絶えず周りで起こる爆発音と振動が否応なく蒔也を興奮させる。 「落ち着け! 興奮して我を見失うなよ!」 通信で蒔也に注意しながら、千志は影を身に纏う。 見上げた先には、空を飛んで迫り来る紅アントの集団がいる。 足場を蹴って矢の如き速さで空を駆け抜け、飛行型紅アントの一体に拳を突き刺す。 崩れる紅アントから飛び離れ、近くを飛ぶ紅アントを腕から伸ばした影の棘で貫く。 そして、足場のない千志はそのまま紫の地表へと落下する。その隙を逃さず、無数の飛行型が爪を構えて千志へと突撃を始める。 その時、鎧の背から漆黒の翼が広がる。鳥とは違う羽のない翼は、蝙蝠のような漆黒の飛膜であった。 力強く翼を羽ばたかせて、千志は紅アントたちの突撃をかわす。 そして、広げた翼から鋭い影棘を突き出し、幾つか飛行型を貫いて破壊する。 「飛ぶのは得意じゃないが、負けるつもりはない」 千志は右腕を上に伸ばして、虚空を掴むようにして浮いている。本来なら掴めないはずの空気をギアで掴んでいるのであった。 ちらりと下を見れば、蒔也の近くにはジュリアンが陣取り補助に入っている。 (あっちは大丈夫そうだな) 千志は翼を羽ばたかせ空を駆けた。 「ぐあ!」 紅アントの放ったビームがイェンの体を貫いた。 「ああああ!」 そのまま至近距離から放った衝撃波が、目の前の紅アントを打ち砕いた。 すぐにイェンは肉体を再生して傷口を塞ぎにかかる。 「畜生! 再生するからって傷を作りたいわけじゃねぇんだぞ!」 ぼやいたイェンの周囲に無数の剣閃が走る。 次の瞬間、半数近くの紅アントが切り刻まれて消滅する。 「刃の通りがにぶくなってる。前より強いねー」 バンカは両手に持った刀を首を傾げながら見つめている。 「んなの分ってる! ほら、次はあっちから来てるぞ!」 「はーい!」 イェンが指示した集団へとバンカは踊り掛かっていった。 「バカと何かは使い用ってのは本当だな」 紅アントの群を蹴散らすバンカを見ながら、イェンはしみじみと呟いた。 炎王の振う拳がアントを叩き飛ばす。炎を纏ったアントがぶつかった他のアントを巻き込んで燃え上がる。 列になったアントがその炎王を狙って棘を撃ち出す。 しかし、吹雪がそれを吹き飛ばす。そのまま雹王の吐く吹雪を浴びたアントたちが凍り付いていく。それを鳳王が放った鎌鼬が粉々に打ち砕いていく。 目の前の状況は優勢であったが、式からの報告を受けている十三は牡羊座号へと押し寄せるアントが増えていることに気がついていた。 「幻虎招来急急如律令! 戦場に散り秘かに敵を討て」 蜃気楼のように揺らめく虎たちが、姿を消してアントへと襲い掛る。 「鳳王よ、エッグへと向かえ。途中に味方がいれば、助けてともに進め」 朱金の鳥は優美に羽ばたくと、十三の命を果たすために飛び立った。 横薙ぎに放たれた一撃が押し寄せるアントの群れを消し飛ばす。 「数が増えていますわね」 沙羅は前に垂れた後ろ髪をかき揚げて背へと戻した。 「不甲斐ないですわね。やはり、うちが出た方が良かったのですかしら」 『ダメよぉ! 沙羅ちゃんはそのままそこで守っててちょうだぁい! それがお仕事よぉ!』 カウベルから慌てたように通信が入る。 「やれやれ、仕方ありませんわね」 佇む沙羅の視線の先には、紅いアントの群が迫っていた。 エッグから湧き上がる紅アントを反映して、水瓶座号の作戦室内のマップ画面にどんどんと点が増えている。 それに押されて、ロストナンバーのエッグへの進攻が止まっている。 「みんな進めなくなってるのだ。作戦指揮として何かを考える時がきたのだ!」 ガンは種族の聖地である炬燵の上に丸くなり目を閉じて考え始める。傍から見ると見事な蜜柑の誕生である。 しかし、少し経つと蜜柑の形が崩れ、もといガンがぐったりと炬燵の上に倒れ込んだ。 「良い考えが出ないのだー」 「うん、そんな気はしたね」 ツィーダの冷静な指摘にガンが焦りを募らせて、炬燵の上を転がり出す。 「ねえー、うるさくて寝れないんだけど静かにしてよー」 そこに、眠そうな声を上げながらもんぶが炬燵の中から起き出してきた。 「誰も騒いでねえだろ」 「ずーっと、ぐおおおって音がしてて眠れないよー」 戦闘中に爆睡していたもんぶは可愛らしく目を擦っている。 「それはてめぇの鼾だ! あとは水瓶座号の音だろ。全力で活動してんだ。おまえも働け!」 「いいよー! じゃあ、もんぶはもんぶのギアを使うね!」 もんぶは嬉しそうにいそいそとギアのオルゴールを取り出した。 「これで気の抜ける音楽とか隣の人に恋をしちゃう音楽とか流して戦場を混乱させたいなー!」 「寝ろ」 唸りを上げたネイパルムの尾がもんぶを打ち飛ばし、再び炬燵の中へと見事に押し込んだ。 「それぞれに対応してるみたいだから、みんなの場所を入れ替えて相手を変えてみればいいかもね」 ツィーダが弘和の浄眼で調べたアントの情報を解析してて気付いたことを口にする。 「それなのだー!」 「そうなると皆さん自力で進化したアントの群れを切り抜けてもらうことになりますよ」 「それだと、そのままエッグに攻め込むのと変わらねぇな」 「難しいのだー」 4人が頭を悩ませている時、性懲りもなくもんぶが炬燵から這い出てきた。 「ねえー、やっぱりぐごごごーって聞こえるよ。気になって熟睡できないんだけどー」 ネイパルムが一喝しようとした時、上城が叫んだ 「大変です! エッグの下方部分が伸びてこちらに向かっています!」 「どういうことだ?」 「正四面体に突き刺さった部分からエッグの一部が細く伸びて、ドリルのように削りながら進んでいます」 作戦室に新しい画面が浮かび上がる。正四面体の断面図であり、そこには画面中央を掘り進むエッグが映っている。 「ほらー! やっぱりうるさいのがいるんじゃないか!」 もんぶが勝ち誇ったように胸を張る。 「ど、どこまで来てるのだ?」 「ちょっと待って! 到達予想時刻を計算するから!」 ツィーダがすぐに演算を始める。 「約20分!」 その結果に、作戦室内の空気が凍り付いた。 「どうして今まで気付かなかったんだ!」 「すいません、エッグと交戦している平面にしか目を向けていませんでした」 「ど、どうしようなのだー!?」 ガンは手に持った導きの書を振り回しながら慌てている。 「車両を動かして逃げられないんですか?」 「そうすると足場の形成が崩れるよ! こうなったら時間稼ぎにしかならないけど、もっと演算かけてドリルに圧を加えて遅くするしかないね」 フランの疑問に答えながら、ツィーダが連動した各ロストレイルへ線路形成を高めるように指示を出す。 「どのくらい時間を稼げるんですか?」 「……それでも、10分くらいだね」 「ぼやいても仕方ねぇ。前線にいる連中に本体を叩いてもらうしかねえだろ」 ネイパルムが唸るように声を絞り出す。 「難しいことになってるみたいだからもんぶ寝るね。終わったら起こしてねー」 面倒そうだと直感で理解したもんぶは、自ら炬燵の中へと潜っていった。 すぐに、交戦中のロストナンバーへと水瓶座号の現状が伝えられる。 『おっさん、いるんだから何とかすればいいだろ。良いダイエットになるんじゃね?』 『やってはみるが』 『正直難しい。私は当てにしない方が無難だよ』 『もっといそげばいいのー?」 『こっちはこっちでやってんだ! そっちも気張れ!』 『攻め込めるならとっくにやってるっての!』 しかし、次々と寄せられる返事は厳しいものばかりだった。 『いいですよ。それなら僕が行きますね』 その中で霧人だけが是と応じた。 霧人は瞬間移動で紅アントの群れを振り切って全力で駆け出す。 「これは好都合、思い切り楽しませてもらおうか」 霧人が掲げた媒体が砕け散り、その欠片が三角形の魔法陣を形作る。そこに現れたのは、一羽の野鳩であった。 側に魔法陣を浮かべたまま、瞬間移動を繰り返してエッグとの距離を詰める。そして、最後の瞬間移動でエッグの核である結晶の上空へと出現する。 「では、久しぶりに行きましょうか」 応えるようにシャックスがしわがれた鳴き声を上げる。 「第1のセフィラを守護せし」 霧人の詠唱を掻き消すように核から巨大なビームが放たれた。 しかし、間一髪で霧人は瞬間移動でその閃光を避ける。新たな場所に出現した霧人に、エッグ内側の紅色の表面から次々とビームが撃ち出される。 無数の紅い閃光を高速でかわし続けていると、霧人の回避行動を踏まえた避け難い位置と時機で核が再び巨大レーザーを放った。 仕方なく霧人はエッグから離れた場所へ瞬間移動する。 途端、エッグより大量に出現した飛行型が一斉に霧人へと押し迫る。 「おい、どうするのだ。まだ我に命令はあるのか」 「しばらく姿を隠して待機でお願いします」 ギアのせいで連続で瞬間移動する場合、どうしても溜めが生じてしまう。さらに高速移動しながらではシャックスの能力を開放することもできない。 「できないのは仕方ないとして、さてどう攻めましょうか」 自らを弾丸として特攻してくる紅アントを斬り伏せながら霧人は思案する。 ドリルの水瓶座号到達時間が刻々と迫っていた時。 『アタシに任せてぇ!』 明るい声が全員に伝わった。 『双子座号の車両なら分離して突撃できるわよぉ!』 無線を切ったカウベルは双子座号の予備動力を起動させると、すぐに第2の運転席の車両へ駆け込んだ。 手際良く緊急車両を立ち上げる中、無線が起動し始める。 『ールちゃん! ーえてますか! 聞こえてるなら、返事をしてください!』 「なによぉ、フランちゃん。今忙しいのよぉ!」 『何よじゃないでしょう! どういうつもりですか!』 「さっき言ったじゃないのぉ。これでエッグに突撃するのよぉ!」 そして、カウベルは双子座号の予備車両の起動を完了させる。 『その車両には大した武装は積まれてないはずです!』 エッグまでの最短距離を確保するために、予備車両の機能で上空に線路を作り始める。 「でも、今動けそうなのってアタシくらいよぉ。他に何かいい案あるのかしらぁ?」 『それを今考えてるんです!』 「それじゃあ、思いついたら連絡ちょうだいね! カウベル・カワード行くわよぉ!」 汽笛を鳴らした予備車両が全速力で駆け出した。 水瓶座号の作戦室に新しく浮かんだ画面が動き出す双子座号の予備車両を映し出した。先ほどからフランとカウベルの応酬はずっと続いている。 「カウベルちゃん、戻ってください! せめて沙羅さんと一緒に!」 『ダメよぉ、それじゃ双子座号があっという間に占拠されて足場を作れなくなっちゃうじゃなぁい』 「自衛手段もないのに突撃するなんて自殺行為です!」 フランが無線で叫ぶ。 『アタシだって死ぬつもりはないわよぉ! 大丈夫よぉ、アタシって悪運は強いんだからぁ。この作戦終わったら、フランちゃんとのお茶会に沙羅ちゃん誘うって約束もして るんだからぁ』 「そ、その台詞が色々とまずいのだー!」 ガンは頭を抱えるように丸くなった。 『さっきちょっと言われちゃったのよねぇ。それで、司書も体を張る時はどかんと張らなきゃダメかなぁと思っちゃったのよぉ』 「何を言ってるんですか! 早く戻ってください!」 普段と変わらないカウベルの様子に、何かを感じたフランが必死に食い下がる。 『それにここで頑張らないとフランちゃんも危ない目に合うわけじゃなぁい?』 「そんな事は百も承知です! 覚悟もしないで参加なんかしません!」 『だとしても、アタシがイヤなのよぉ!』 カウベルの台詞にフランは言葉を失った。 『やっぱりぃ、可愛い女の子は幸せにならなきゃよぉ!』 画面はエッグに近寄る予備車両に飛行型が次々に取り付く様子が映している。 「お願いです! 戻って! 私が何か考えるから!」 『今さら戻るのは無理っぽいわよぉ。さっきからぎしぎしイヤな音してるのよねぇ』 「待ってください! またロストレイルが!」 予備車両の画面が引くと、存在しないはずのロストレイルが先導するかのように疾走している姿が映る。 カウベルのいる予備車両に取り付いていた飛行型が、先を行くロストレイルへと向かい始める。 「カウベルさん、今なら戻れます! 引き返して!」 『やぁだ何言ってのよぉ。これこそ突撃ラッキーチャンスじゃなぁい』 謎のロストレイルに貼り付いていた紅アントが一斉に飛び離れた瞬間、エッグの放った巨大ビームが謎のロストレイルを消し飛ばした。 「双子座号もエッグの射程距離に入るよ!」 飛び散っていた飛行型が再び予備車両へと群がり始める。 『女は度胸で飛び出したのはいいんだけどぉ、勢いだけじゃダメっぽいわねぇ』 「戻って、早く、戻って」 フランはもう叫びはしなかった。 『すっごく今さらだけどぉ、餅は餅屋はだったかもねぇ。これじゃ犬死にならぬ牛じ』 「あら、無線が壊れちゃったぁ」 不吉な音を響かせて軋む予備車両の機関室にカウベルの呟きが落ちた。 水瓶座号の画面に走る巨大なビームが予備車両を呑み込んだ。 「ふ、双子座号、消滅しました」 フランは声を堪えて肩を震わせている。 しかし、重苦しい空気を引き裂くように警告音が鳴り響いた。 「な、なんなのだー!」 「エッグのドリルです! ここから三両目の車両を貫通しています!」 「俺が行く!」 ネイパルムは持ち込んだ対物ライフルを担いで後部へと向かった。 『ドリル部分からアントが生まれています! 気をつけて!』 「気をつけろたって、何をどうすんだよ! いくらでも出てくるんだろうが!」 通信機に毒づきながら、ネイパルムは持ち込んだ対物ライフルを通路に設置して待ち構える。 『僕がどうにかするから、少しでも時間を稼いで!』 「長くは持たねぇぞ!」 進入してきたアントに向けて、得物の引き金を引く。 ネイパルムの巨体を揺さぶる轟音を響かせて撃ち出された銃弾が先頭のアントとその後ろにいたアントを貫いた。 「システム解放、オーバークロック」 ツィーダが自分の演算能力の限界値を書き換える。限界を超えるコマンドは代償として大量の電力を要求する。 ツィーダだけの電力では、活動停止に追い込まれかねないが。 「少しの間、動力もらうよ!」 必要な電力は接続した水瓶座号から変換して吸い上げることで賄える。解析した情報を元にしてある程度の形にしたプログラムを一気に仕上げていく。 アントは一定以上の物理的な損害を与えられると消滅している。つまり、アントにはアントとして存在を維持させているものが存在している。 それならば、それに干渉してアントとして存在することを止めさせる停止命令を組み込んで発動させることができれば。 「アントを自壊させるアポトーシス・プログラムだって作れるはずだよ」 自分の求める一つの解を探して、ツィーダは電子の地平でひたすらに演算を繰り返した。 「くそ! 紅くないのがせめてもの救いだぜ!」 ネイパルムのライフルが次々に火を噴くが、アントはそれ以上の数で押し寄せる。 「切りがねぇな!」 「切りがねぇなー!」 ネイパルムが弾倉を変えながらぼやくと、どこかで聞いた声が同じ台詞を被せてきた。 ネイパルムが横を見ると、もんぶが戦闘で破壊された座席の破片を積み上げて遊んでいる。 もちろん激しい戦闘中であるので、破片は積み上げる端から崩れてしまう。そこから出た台詞のようであった。 「何しに来たんだ、てめぇは!」 「そうだ! もんぶはギアで遊ぼうと思ってたんだ!」 「はあ?」 「みんなで楽しく踊っちゃおー!」 もんぶが取り出したギアであるオルゴールを回し始める。 緊迫した雰囲気には似つかわしくない軽快な音楽が流れ始める。 「あっそれ、あっそれ! 踊るもんぶに、見るもんぶ! 同じもんぶにゃ、もんぶにゃにゃー!!」 オルゴールを回しながら、もんぶが奇妙な動きでアントのいる車両へと進んでいく。 「バカか! 不用意に突っ込むんじゃねぇ!」 もんぶを止めようとネイパルムは立ち上がったが、音楽に釣られるようにその場で踊り始めてしまう。 見ればアントたちも脚で拍子を取りながら、奇妙な踊りを踊っている。 「嘘だろ、おい」 「ちゃっちゃっちゃちゃっちゃ、ウッ! もんぶ! ウー! もんぶぅ! フォーーーーー!」 もんぶの動きが激しくなるにつれて、オルゴールの奏でる音楽も激しくなっていく。すでに、音楽というより騒音になりつつある。 「うひょほほーほほい! ほほう! HEY HEY! 踊れ踊れ! すべてが踊り狂って愚民どもぉー!!」 「あいつ、あんなキャラだったか!?」 熱狂するもんぶに同調するように、ネイパルムもアントも体の動きを大きくして踊り続ける。 全員が無理矢理に踊らされているせいで、ロストレイルの車両さえ揺れ始めている。 「お待たせ!」 駆け込んできたツィーダのギアが火を噴く。その弾が当たったアントが一瞬で色を失って崩れる。完成させたアポトーシス・プログラムをデータ弾として 撃ち込んだ効果であった。 「やった成功だよ!」 続けてツィーダは撃とうとするが、車両に満ちる音に引き摺られて体が勝手に踊り出す。 「何これ、撃てないよ!?」 「おいこら! いい加減に止めろもんぶ!!」 「HEY! HEY! ラッキョ! チェケラッチョ! Hoh! Hoh! Hoke! Kyo!」 ぬいぐるみであることを忘れたもんぶは激しくヘドパンしながら絶叫している。 「何で発狂してるの!!」 「ええい! 飴ちゃんやるから大人しくしろ!」 「えっ! 飴くれるの?」 もんぶの動きがぴたりと止まると、ギアの騒音も途絶えた。 すぐさまツィーダがギアを連射すれば、当たったアントが根こそぎ消滅していく。 「すげえな。その弾ならエッグも一発なのか?」 「ううん、これはアント専用の猛毒みたいなものだよ。エッグにも効果はあるかもしれないけど倒すのは無理だね」 ツィーダはギアを構えてドリルが侵入した車両へと乗り込む。 狙いも定めずギアを連射すれば、車両を席巻していたアントが次々と消え去っていく。 そして、ドリルが見えた。捻れたそれはエッグの花弁の内側と同じ半透明の紅い結晶で構成されている。 「あんまりボクたちを舐めんなよ!」 剥き出しになった部分へ、ツィーダはアポトーシス・プログラムを何度も撃ち込んだ。すると、紅い表面が塩を撒いたように白く染まり崩れ出す。 『エッグの伸長部分が半ばで切断されました。トカゲの尻尾切りと同じかもしれません』 「終わったか?」 ネイパルムがどすどすと小走りに近寄ってくる。 「一応はね。でも、のんびりしてられないよ。で、それは新種のアクセサリーなの?」 ツィーダはネイパルムの尻尾にしがみ付いているもんぶに冷たい視線を向けた。 「飴をー、飴を寄越せー」 「しつこいな! ほらよ、これでいいんだろ!」 ネイパルムは持っていた飴を放り投げると、もんぶは見事な走りっぷりで飴を追いかけた。 「よく持ってたね」 「飴ちゃんで黙らせたり言うこと聞かせたりできる知り合いがいるんだよ」 ネイパルムは大きなため息をついた。 § 反撃の狼煙 § 2人が作戦車両に戻った時、フランとガンが何事かを話し合っていた。 「各車両との連動を切ってもらえますか?」 「そんなことすればエッグに逃げられてしまうのだ!」 「それでもお願いします! 私も私にできる戦い方で戦います! 私にカウベルさんの敵を討たせてください!」 「言うのは簡単だけどさ、勝算はあるの?」 コンソールに腰掛けたツィーダがフランへと尋ねた。 「あります」 フランははっきりと断言した。 「分ったのだ! 各車両との連動を解除するのだー!」 「そんな簡単にいいのかよ?」 ガンの宣言にネイパルムは驚いて口を挟んだ。 「いいのだ! 今回の作戦指揮は我なのだ。その我が良いとするのだ!」 「何か考えがあるんですね?」 「ないのだ!」 聞いた弘和が呆気に取られるほど、ガンはきっぱりと言い切った。 「それこそ我はまだ未熟な司書なのだ。そんな我にできることと言えば、戦っているみんなを信じることくらいなのだ!」 聖地である炬燵の上で背を伸ばしてガンは話し続ける。 「フランは戦うと言ったのだ! だから、我はその言葉を信じるのだ!」 「ありがとうございます!」 「分った。すぐに各車両との連動を解除するよ」 「すいません、ツィーダさん。さっき作られたプログラムの解析データを見せてもらっていいですか?」 白衣の胸ポケットに仕舞っていた眼鏡を掛けて、フランは自分のコンソールへと向かった。 「いいけど、どうするの?」 「持ってきた世界樹のデータと合わせて改良します。手伝ってもらえますか?」 「面白そうだね! いいよ、僕からお願いしたいくらいだよ!」 ツィーダはすぐに解析データをフランに送信し始める。 『射手座号、発進するぞ!』 水瓶座号の無線からグラウゼの声が響いた。 『もう好きに動いていいんだよな? それなら射手座号はエッグへの砲撃を開始するぞ! 主砲を除く全砲門開け! 進路上の障害物は全て撃墜しろ!』 新しく浮かんだ画面には、線路を形成して発進する射手座号が映し出される。 『エッグが出してる羽虫みたいなのは射手座号で抑える! カウベルだけに良い格好させるのは癪だからな』 『ふむ、そうなるとおれも寝ているわけにはいかないね。牡羊座号も動こう』 水瓶座号との連絡を止めて、灯緒は車外放送で十三に呼び掛けた。 「百田さん、車内に戻ってくれるか? 少しばかり走り回るぞ」 少しもしないで機関室に十三が戻ってきた。 「何をするつもりだ?」 「エッグに攻撃を仕掛けるんだ」 灯緒の尾が楽しげにひらりと動く。 「牡羊座号、全速前進。周囲は全て線路だ、ブレーキは必要ないよ」 走り出す足場を構成しているのはロストレイルの線路である。 「しかし、この車両には攻撃手段がないのだろう?」 「そうだね。でも、硬いものはぶつけられると痛いよね」 十三の疑問に応えた灯緒の髭は少し前に出ているようであった。 通信機を復活させた水瓶座号はすぐに交戦するロストナンバーたちへ連絡を入れた。 「作戦を変更するのだ! 今から各車両は司書の独断で動くのだ! 足場の四面体を壊すと直らないから注意するのだ!」 『さっきまで通信機が使えなかったようだが、水瓶座号の状況、それに他の車両はどうなっている?』 ジュリアンが即座に全体の戦況を尋ねてきた。恐らく、常に通信機の状態を確認していたのであろう。 「水瓶座号の損害は軽微で、戦闘続行に支障なしなのだ! 牡羊座号、射手座号はどちらも問題なしで、双子座号は……」 『双子座号は?』 言い淀むガンに嫌な予感が走る。 「カウベル先輩が予備車両を緊急発進させてエッグへ突撃したのだ。そ、その、立派な最期だったのだ」 ガンの告げた信じられない内容がロストナンバーたちから言葉を奪った。その重苦しい事実に誰もが口を開けない沈黙の間が続いた。 『カウベルさんは死んでませんよ』 しかし、それを破ったのは霧人であった。 『僕が救出しました。双子座号の近くまで送りましたから、もう少しすれば連絡入ると思います』 「ど、どうやったのだー!?」 淡々と落ち着いた霧人の声に、ガンの叫びが被さった。 『そうですね。えーと、まあ、シュンとしてパパっと助けた感じです』 「全く分んねぇぞ!」 思わずネイパルムがツッコミを入れてしまう。 『いいじゃないですか、助けたんですから。結果オーライというものでしょう』 「雑にも程があるのだー!」 『それでは戦闘中なので説明する時間がないとしましょう。はい、これで綺麗に解決ですね』 「絶対、説明が面倒臭くなっただけだよねー」 ツィーダの呆れたような指摘も我が道を貫く霧人には全く通じなかった。 『まあ、僕だけでは無理でしたけどね。百田さんの護法符があったからこそ上手くいきました』 そもそも霧人は双子座号の予備車両にカウベルが乗車していることを知らなかった。 エッグへ接近するロストレイルを発見して、あれを盾して時間を作ろうと考えて、いざ瞬間移動で乗り込んでみれば、目の前には悲壮な顔つきの司書がいるし、いきなりビームを浴びるしと散々であった。 脱出も自分一人でしようとしていたのだが、ふと目に入った司書の胸がとても豊かだったので思わず助けてしまったというのが実情であり、たまたま持っていた護法符のおかげで瞬間移動を発動させるのに必要な時間を稼げたので脱出できたというものであった。 その場の成り行きで助けたのであり、動機を一言で言うなら、巨乳だから助けました、というひとでなしっぷりであった。 「本当なら、どうして今まで連絡しなかったんですか!」 『救出の報告をしようとした時、通信機が使えませんでした。いつか直った時にでも報告すればいいと思って放置してました』 しれっと報告する霧人の態度に全員が呆れている時。 『はぁーい、カウベルでーす! みんな元気ぃー!』 カウベルの声が通信に割り込んできた。 『あらぁ? リアクション薄くない? もっと喜びの声があってもいいんじゃないかしらぁ?』 カウベルは全く反応のない通信を訝しみながらも言葉を続けた。 『それより事情分ってる人説明してちょーだぁい! ロストレイルの連動は切れてるしぃ、これって水瓶座号は大丈夫なのぉ? グラウゼちゃーん、灯緒ちゃーん、ちょっと説明しっ』 「すいません、手が滑りました」 カウベルの通信が不自然に切れると、フランの感情の籠らない声が静かに響いた。 「み、みんな、がんばるのだー!」 ガンの明るい声が作戦室の気まずい空気を払拭した。 「撃て撃て撃てー! 遠慮はなしだ、全弾撃ち尽くせ!」 射手座号が飛行型の紅アントを撃墜しながら上空を駆け廻る。その行動は飛行型の紅アントたちの注意を引くには十分であった。 戦場を飛び回っている飛行型が徐々に射手座号へと集まり始めている。 「飛んでるヤツだけ集中して狙え! こっちに集めれば、それだけロストナンバーが楽になるぞ! 空になるまで撃ちまくれ!」 千志の周辺にいた飛行型も射手座号へと標的を変えて離れ始める。余裕のできた千志が影翼を羽ばたかせて、蒔也の側へと降り立った。 「灯りだ!」 蒔也が飴玉を放り投げると、炸裂した閃光が千志の影を一気に押し広げる。 「はぁ!」 広がった影から無数の刃が突き上がり、大量の紅アントを串刺しにする。 一瞬の灯りが終わると影の刃も溶けように消えて、紅アントも一斉に崩れ落ちる。 「もう一回だ!」 再び突き上がった無数の影刃が仕損じた紅アントを穿つ。 「もう一回!」 3回目の閃光が消えると針山のように突き上がった黒刃も消失する。 同時に、千志の体を覆っていた影鎧も解けて膝から崩れ落ちる。 「大丈夫かい?」 「張り切りすぎだろ」 千志の三連撃のおかげで、周辺を埋め尽くしていた紅アントはあらかた一掃されている。 「射手座号が来た今のうちた。エッグまで一気に進むぞ」 深呼吸をしながら千志が口を開く。 戦闘中に千志が気が付いたのは、紅アントは爆破に強い耐性ができているが影の攻撃に対しては耐性がそれほど強くないという事だった。 自分が道を切り開き、他の2人には体力を温存してもらうというのが千志の思惑だった。 「それなら俺にいい考えがあるぜー!」 蒔也が通信機で射手座号に地上へ向けても砲弾をばら撒くように依頼する。 すぐにロストレイルからの攻撃が始まり、地上を走る紅アントの群れに砲弾が浴びせ掛けられる。 一拍置いて、着弾箇所が次々と大爆発を起こして紅アントを飲み込んでいく。 「いざとなれば車両ごと爆破しようと思って弾薬には全部触ってあるんだぜ!」 「え」 「絶対に車両爆破なんかやるな!」 得意げに胸を張る蒔也がとんでもない事を口走った。 それに呆気に取られたジュリアンを尻目に、さすがに千志も怒鳴り付けた。 「いいだろー。エッグに壊されたってことにしとけばさー」 「いいわけないだろ!」 子供のように唇を尖らす蒔也に、千志は戦闘の疲労とは違う種類の疲労がどっと圧し掛かってくるのを感じる。 「とにかく古城は爆破でアントを大まかに攻撃してくれ。仕損じたのを僕と一二が受け持とう」 ジュリアンは銀砂の上を軽やかに滑り出した。 水瓶座号からの指示を受けて、イェンとバンカはレーシュとの合流を目指していた。 「寄り道していいのかなー」 「頭数増やせってことだろうな」 「でも、そうなるとあそこにいたのぜーんぶ沙羅のとこにいっちゃうよ」 「沙羅なら問題ねぇよ」 「そうじゃなくて、あとで何してたんだって怒んないかな?」 「念の為、急ぐぞ」 すると、並走していたバンカは何を思ったのかイェンに足払いを仕掛けてきた。 いきなりのことで避けられなかったイェンは体ごと蹴り飛ばされた。 「いってぇ! 何すんだ!」 文句を言うイェンを無視して、バンカはイェンを担ぎ上げた。 「急ぐならもっと速くいくよー!」 「ぐえ」 急加速したバンカのせいで、肩に押し付けられたイェンの口から変な呻き声が漏れた。 鳳王の加勢を受けながらも、レーシュの体には傷が増えていた。 既に何度か鳳王は倒されているが、倒れるたびに新しい鳳王が牡羊座号の方角から助太刀にきてくれる。 しかし、その合間の時間はレーシュは独りで戦うことになってしまう。 紅アントの放ったビームに貫かれて鳳王が消滅する。続けて、レーシュへと無数のビームが撃たれる。 「キャスト<ウェイブライド>!」 紅アントの放つビームを大波で減衰させながら、そのまま波を走らせる。それを追ってレーシュは駆け出した。 波に飲まれて攻撃態勢が崩れる紅アントへ、攻撃を繰り出し次々と破壊していく。 しかし、波に巻き込まれていない紅アントが、横並びに整列してビームを放ってくる。 体が焦げる痛みに、レーシュの集中が途切れて波が崩れる。 「くそっ! うざってぇな!」 軽く跳び上がり、体を回転させた勢いで尻尾を振り抜いて、目の前にいた紅アントを隊列を組んでいる方へと叩き飛ばす。 しかし、打ち飛ばした紅アントは、仲間のビームに貫かれて霧散する。 「ちっ、仲間だろうとお構いなしかよ!」 続けざまに放たれるビームを避けながら、レーシュが瓶を取ろうとした時。 「ぁぁぁ!!」 叫び声を上げる何かがその群れを直撃した。群れの中を雷光が蛇のように走り抜け紅アントを打ち砕く。 「いっててて、あんの野郎全力で投げやがったな!」 消えていく紅アントの中から出てきたのはイェンであった。すぐにしゃがむと両手を地面に押し当てて、ギアから衝撃波を全力で放つ。 「せいっ!」 衝撃波がイェンを中心に同心円状に広がる。それは紫の足場の表面を小さく波打ち這うように進む。 「ほらよぉ!」 イェンの声に合せて広がった波が弾けると、衝撃が空へと突き上がる。その範囲内にいた紅アントは一斉に打ち上げられた。 「うぉ!」 それに巻き込まれたレーシュは、咄嗟に強化した爪を地面に食い込ませて難を逃れる。 「ずばばばー!」 幾条もの剣閃が走ると、空に舞い上がった全ての紅アントが切り刻まれた。そうして出来た空白へとバンカが跳び込んでくる。 「まだまだいくぞー!」 両手に構えた刀を振り回して、バンカは紅アントの群れへと突撃していく。 イェンは周囲を見回すと、レーシュで目を止めて走り寄ってきた。 「まだ生きてたみたいだな」 「今、おまえたちに殺されかけたけどな」 「生きてんだから良しとしとこうぜ」 イェンが慣れ慣れしくレーシュの肩に手を置くと、レーシュは反射的に体を固くしてしまった。 「悪い、痛んだか?」 「いや、そ、そういう。ん?」 レーシュは今までの戦闘で出来た傷が塞がり始めていることに気が付いた。 「これでチャラにしといてくれよ」 イェンが手を離すと、レーシュは軽く腕を動かして体の具合を確かめた。 その時、牡羊座号の灯緒から通信が入った。 『レーシュさん、それにバンカさんとイェンさん。もう少しで君らの近くを通るから乗車して欲しい』 「それは有難いけどよ。周りは敵だらけだぜ、どうやって停車するんだ?」 レーシュを周囲を見回した。バンカが奮闘しているとはいえ紅アントの数が多い、その中で停車することになればロストレイルも無傷では済まないだろう。 『停車はしない。乗り込み方は君らに任せるから、乗り遅れないで欲しい』 「丸投げかよ!?」 相手が世界図書館の司書であることを忘れて、イェンは思わずツッコんでしまった。 「おいおい、もう見えてきたぞ!」 レーシュの活性化した目には、紅アントを轢き潰して進む牡羊座号が見えてきた。 「すげえ物騒な走り方してるぞ」 「バンカ! おれたちが場所を指示するから、そこまでおまえが運べ!」 『いいよー!』 イェンが通信機で呼び掛けると、すぐにバンカから元気の良い返事があった。 「どこに運べばいいの?」 次の瞬間、バンカはいつの間にか2人の近くに立っていた。 「あの車両だ」 イェンはレーシュが見ている方向を指さした。 自分には見えていないのだが、レーシュが向いている方角にあるだろうという当てずっぽうであった。 「どうやって?」 指示された先を眺めながら、バンカは首を傾げる。バンカの目には牡羊座号がしっかりと見えているようだ。 「そこはおまえが考えろ」 「う~ん、わかった。じゃあ、いっくよー!」 両手に持った刀を捨てると、バンカはレーシュとイェンの腕を掴んだ。 「びゅびゅーん!」 一瞬の浮遊感が3人を襲う。内蔵を持ち上げられるような気持ち悪さが過ぎ去ると、3人は牡羊座号の機関室へと瞬間移動していた。 「あっ、えっ、へっ!?」 「無茶振りしといて何だが、本当にどうにかなったな……」 「随分と早い到着だ。いらっしゃい」 いきなり空中から現れた3人に対しても灯緒はのんびりと出迎える。 歓迎の意を示すように、灯緒の尾がゆっくりと立ち上がる。 「わー! おっきなねこだー!」 その声で灯緒に気づいたバンカは大喜びではしゃぎだした。 「無事なようだな」 座禅を組む十三の周囲には大量の符が並べられてあり、賢そうな猿たちがひっきりなしに符を運び出している。 「車両の護りは俺でどうにかなっている。少しの間だが体を休めておけ」 「このロストレイルは何処を目指してんだ?」 「エッグだ。司書によれば本体に突撃する考えらしいぞ」 レーシュが司書の様子をみれば、お手とバンカが差し出す右手に灯緒が前足を乗せてあげている。そして、灯緒のお腹の近くには黒いクッション(ニヒツ)が鎮座していた。 (あのクッションって、まさか本当にただのクッションなのか?) 思わずレーシュは自分の記憶を真剣に疑い始めた。 「それを成功させるには問題があるんだ。牡羊座号がエッグに接近するまでにエッグからの攻撃を受けるだろう。それを君らに防いでもらいたい」 バンカを尻尾であやしながら、灯緒がゆったりと説明を始める。 「しかし、どうやるんだ?」 生憎とレーシュには防御魔法の心得はない。 「君らが防ぐんだ」 「いや、俺たちがどうやって防げばいいのかってことなんだが」 「それは君らに任せる」 「丸投げかよ!?」 司書を前にして、イェンのツッコミが再び炸裂する。 「ふむ、それならこれを使ってみるというのはどうだ?」 灯緒が前足から爪を出して、愛用のクッション(ニヒツ)の下から一枚の符を器用に引っ張りだした。 「護法符だな」 「百田さんよ。この札は車両にも使えるのか?」 レーシュは指に挟んだそれをちらつかせる。 「車両全体を護るには数が足りん。盾が必要ならば俺がなろう」 十三はゆっくりと立ち上がった。 「大丈夫なのかよ?」 「厳しいな。しかし、どうにかしよう」 「それなら助手を連れていけばいいだろ」 だらしなく座席に腰掛けるイェンがバンカを指さす。 「あいつ、言えば大抵どうにかしてくれるっていう優良物件だぞ」 指名されたバンカは一心不乱に黒いクッション(ニヒツ)を突っついていた。 全速力で走る牡羊座号の上に出れば、凄まじい風圧で声が流れてしまう。 『おまえはエッグを見張れ。怪しい挙動があればすぐに伝えろ』 通信機でバンカに指示すると十三はすぐに式を打った。炎王の巨体には車上が狭すぎるために、雹王と鳳王を召喚して、空から襲ってくる飛行型の紅アントを迎撃を命じる。射手座号が優先的に狙われているとはいえ、全ての飛行型が向かっているわけではない。 さらに途中で3人を回収してから、牡羊座号は足場より数メートルの高さに線路を作り進んでいる。紅アントとの交戦を少しでも減らすためである。 『はーい! でも、えっぐは何をしてるとあやしいのー?』 バンカの疑問に十三も言葉に詰まってしまった。 しかし、返事のないことを気にすることもなく、バンカは大人しくエッグの方を眺めている。気で強化したバンカの目は問題なくエッグの姿が見えている。 『きれいだねー、きらきらしてるー! なんかすっごくきらきらしてるよー?』 十三の反応は速かった。 『良いな、俺と同じように術を使え』 『何だかわかんないけど、はーい!』 目的の符を取り出して式を打つ。 「盾王招来~~、禍々しき光より我らを守れ!」 巨大な巌の如き甲羅を背負った老亀が出現する。すぐに体を自らの甲羅へと引き込めて堅牢な盾と姿を変える。 「すごーい!」 バンカが感心したような声を上げた瞬間、閃光が2人の視界を焼いた。自分たちの体にぶつかる風圧などとは比較にならない力が襲い掛かった。 盾王が防壁となり、エッグの放つ強力なビームを受け止める。ロストレイルで最も防御に優れた車両が、踏み締めて耐える2人の足を支える。 『押しかえされるー!』 『耐えろ!』 『やってるよー!』 十三は歯を食いしばって式を支え続ける。バンカの額にも玉のような汗が噴き出している。 盾王から伝わる圧力に抗うために、必死に力を込める2人の体が悲鳴を上げ始める。 『もう体がつぶれるー!!』 『耐えろ! 後がない!』 しかし、先に限界が来たのは盾王であった。 砕けた甲羅の隙間から、激しい閃光が2人と牡羊座号に降り注いだ。 『2人とも無事かな?』 通信機から聞こえた灯緒の声で十三は目を覚ました。すぐに自分の状況を思い出す。どうやら運良く車体から放り出されることはなかったようである。 『っ問題ない。車両は大丈夫なのか?』 しかし、十三は右足に走った激痛を堪えながら応えた。 右足のふくらはぎが大きく抉られている。焼かれているために出血は少ないが痛みが激しい。 すぐに鍼を取り出し、点穴を突いて鍼麻酔を施す。 『あの程度なら問題ない。このまま進むよ。もう一度お願いする』 顔を上げれば、十三の目にも紅く開いたエッグの中に存在する結晶が見えている。 『もう一回やるの?』 その十三の目の前にバンカがいきなり現れた。 『そのようだ。おまえは大丈夫なのか?』 『落っこちたから、びゅびゅーんって戻ってきたんだ』 すぐに十三の右足に気がついたバンカは、その傷を治し始めた。 『そんなこともできるのか』 『うーん? うん、できるみたい』 傷が塞がった十三がゆっくりと立ち上がる。鍼麻酔で痺れはあるが痛みはない。これなら術にも支障はない。 『もう一度やるぞ』 『もう一回するなら、今度は流してみたーい!』 『流す?』 『うん、するするするーって横とか後ろとかに流す感じ! その方がきっと楽ちんだよ!』 身振り手振りを交えて、バンカが言いたいことを伝えようとする。 「ふむ、受け流すか」 独りごちた十三は式を打ち盾王を呼び出す。 「盾王~~、今度は光を止めずに受け流せ!」 再び召喚された老亀が十三の意図に応じて、その甲良を変化させる。力の流れを逃がすため、左、右、上方へと走る3個の溝を生み出す。 盾王を支えて身構える2人に、またエッグのビームが襲い掛かる。視界を焼く巨大な閃光が、今度は甲羅の表面を滑り三方へと分散する。 『さっきより楽ちんー!』 『気を抜くな!』 先ほどより負担が少ないとはいえ決して楽観できる状況ではない。自らの心も叱咤して、十三は先程よりもさらに深く精神を集中させる。 時間にすれば決して長くはないが、拷問のように体力を削られる中、突然2人の体が軽くなった。 ビームが途切れた瞬間だった。 『はぁー、終わったー』 情けない声を出してバンカは車上に倒れ込んだ。 肩で息をしている十三も凝り固まった体を解すために無理矢理に動かしている。 『すぐに車内へ戻って欲しい』 灯緒からの通信が入った。エッグはもうすぐそこである。 「牡羊座号の進路を下方へ変更。広域の線路へと乗り換えろ」 灯緒の指示を車掌たちが遅滞なく実行していく。 「合図より3秒後に右へと急速旋回。その2秒後に機関部から3車両の車輪を一斉に固定しなさい。その後の俺の合図で、固定した車輪を限界まで左へ切り返して全速前進」 灯緒の口調は緩やかであり迷いがなかった。 「あっさりと指示してるけど大丈夫なのか?」 「水瓶座号に計算をお願いしたんだ。それに沿って俺は指示を出しているだけだ」 灯緒はゆっくりと立ち上がり体を伸ばすと、重心を低くするために体を沈める。 「レーシュさん、何かに掴まった方がいいぞ。秒読み開始、3、2、1」 「うおおお!」 牡羊座号が右へと無理矢理に旋回を始める。 慣性制御を停止しているために、車両内の装飾品とロストナンバーたちが一斉に車両の左側へと吹っ飛ぶ。 「ギュィィ!」 体重の軽めな黒いクッション(ニヒツ)も宙を飛んで壁にぶつかっている。 慣性に従って機関車両を中心とした後続車両が円を描くように紫の足場を滑る。途中にいる紅アントを次々に押し潰しながら、勢いを弱めることなく車両は滑り続ける。 「左へ旋回」 牡羊座号の車輪が一斉に左へと切り替わり、自由になった機関部の車輪は全力で回転を始める。 右へ向かう細長い物体の起点で急激に左側へ力を加えればしなりが発生する。 灯緒の尾が鞭のようにしなって機関車両の床を叩いた時、車両全体を揺るがす衝撃が走った。 「エッグと接触した車両の連結を解除。牡羊座号は第2巡航速度で発進準備だ」 わずかな間に、機関車両はものが散らばり酷いありさまとなっている。床の上のものを退かして体を降ろすと、灯緒は体の下に前足を仕舞い込んで香箱座りをした。 「上手くいったようだ。後は君らに任せるよ」 満足気に灯緒はきゅっと目を瞑った。 § 集結 § ロストナンバーたちを下した牡羊座号が離脱する。 灯緒のやんちゃに巻き込まれたせいか、誰もが心ここに在らずといった様子で見送っている。 しかし、そんな状態は長くは続かなかった。 「えっぐ、傾いてない?」 根本に牡羊座号の車両をめり込ませたエッグがゆっくりと傾き始めている。灯緒の一撃がエッグごと紫の足場の亀裂を押し広げたせいだろう。 そして今、砕けた足場は補修されない。支えを失ったエッグが一気に倒れ込んでくる。 「逃げろおお!」 誰かの叫びに背を押されて、ロストナンバーたちが一斉に逃げだした。 勢い良く横倒しになったエッグが、足場を砕いて大量の紫の塵を舞い上げた。 エッグを覆い隠す破片が消滅していくと、そこには横倒しになったエッグが2体あった。 「何じゃ、こりゃぁあ!!」 レーシュが全力で絶叫した。 「どっちが本物だよ!」 『す、すいません、どちらも本物に見えます』 イェンが通信機に怒鳴ると、弘和の困惑した声が応える。 「えっぐが2つに割れたのー?」 「面妖な。何者の仕業だ」 ここにきてのまさかの事態に戸惑っていると。 「なになに、超楽しいことになってるじゃんか!」 「喜ぶな!」 「どちらも本物というのは、こういう意味か」 紅アントを倒しながら進んできた3人、蒔也、千志、ジュリアンが合流した。 「どうするも何もないですよ。増えたのなら増えただけ壊しましょう」 「大賛成!」 瞬間移動で現れた霧人の言葉に蒔也は声を上げて喜んでいる。 『話は聞かせてもらったぞ! それなら射手座号に任せてもらう!』 「は?」 突然のグラウゼの通信に、かろうじて反応したのはジュリアンであった。 『迂闊に近寄れない良く分らない状況ならば、遠くから一発撃ち込んで様子をみればいい』 『それ脳筋の発想だよね』 『いいから撃つぞ! このままだと俺だけ良いとこ無しだ!』 『それが本音なのだー?!』 「良いとこなら、カレーがあるだろ?」 「古城、それだと逆撫でしてる」 『撃て』 『本当に撃ちましたよ!? 皆さん離れて!』 弘和の叫びを聞いたロストナンバーたちが大急ぎでエッグから離れる。 射手座号の主砲が炸裂すると、2体のエッグの上空に光り輝く球状のエネルギーが現れた。 すぐに、その周囲に黒い霧のようなエネルギーが渦巻き始めれば、瞬く間に竜巻のようにエッグを呑み込む。 そのエネルギーの奔流に触れた紫の足場は砂のように崩れている。そして、割れ目が出来ている後方部分から、エッグを覆う殻にひびが入り始めた。 「超すげええー!!」 「すごーい!」 それを見て蒔也とバンカは子供のようにはしゃいでいる。 「シャックスさん、出番ですよ」 「やれやれ、やっとか。忘れられたかと思ったわい」 黙って様子を見ていた霧人がここで動いた。シャックスを連れて瞬間移動を始める。 それに気付いた千志も動いた。 「蒔也!」 一声で千志の意図を読み取った蒔也は、頭上にギアで銃弾をばら撒いた。 2体のエッグの上空に霧人が出現すると、シャックスの嗄れた鳴き声を受けて詠唱を始める。 ――第1のセフィラを守護せしものよ、清廉なる潔白よ、太陽よりも燦然と輝く横顔よ、神の代理人たる汝の権能を示せ 千志は広がった影を集めて、二振りの槍を作り出す。 そして、伸ばした槍を蒔也に触らせる。 ――均衡の御柱を辿り、知性と調和を以って、完全なる王国で成就を結ぶ 霧人の前に巨大なセフィロトの樹が浮かび上がる。 そこに描かれたセフィラが次々と光を放って輝き出す。 「はぁ!」 千志が投げた影の槍は、それぞれがエネルギーの渦の隙間を縫って別々のエッグに向かう。 影を操り、千志はどちらの槍もエッグの殻に出来たひびに引っ掛ける。 ――ギメル サメフ タヴ 顕現せよ、13神器が一つケテルを司りし神聖爆弾ソードオブメタトロン セフィロトの中央を縦に走る光の線が完成する。 そして、霧人のギアである羽織った黒いコートが翼のように翻ると、その内側から半透明の剣が浮かび上がった。 セフィロトの光にその剣が溶け込むと、ダイヤモンドのような輝きを纏う巨大な剣が生まれる。一点の曇りもない完全な純白の刃は見るものに畏怖を覚えさせる。 蒔也が全力で影槍を爆発させようと力を解放する。 その時、蒔也の肩に黒い毛玉が飛び乗ってきた。 「お?」 頬に当たる柔らかな感触が蒔也にその存在を気が付かせた。しかし、すぐにその意識は爆破へと向く。 槍がひびを砕くように爆発して爆炎を噴き上げた。 「ギイイ!」 ニヒツがその炎を魔術で操る。周囲を吹き荒れる黒霧を取り込ませて爆炎を黒く破壊に染め上げる。 「ギィー!」 黒炎が尾のようにしなると、その向きを変え蒔也が爆破した場所へと突き刺さり、エッグの殻のひびをさらに押し広げる。 ――契約に背きし悪しきものに破壊の閃光を! 完成した剣が放たれる。 所有者に敵意をもつものだけを焼く光が霧人の眼下の全てを飲み込んだ。 § 決着の刻 § 「やったのだー!」 真っ白に染まった画面を見ながら、ガンが歓声を上げる。 「これで終わったか?」 「それはまだ分かりません。様々な力が混ざっているせいでよく見えなくて」 弘和は注意深く事の成り行きを見守っている。 「終わっちゃいそうだけど、シュミレーションは続ける? こっちもそろそろ終わりそうだよ」 「はい、お願いします。もし使わなくても、データは無駄にはなりません」 緊張の糸が緩み掛けた瞬間、弘和が叫んだ。 「何かいます!」 新しく浮き上がった画面には、万華鏡のように色を変えて蠢く球体が映し出された。 「これは何?」 「恐らくエッグが残っていたエネルギーを全て凝縮したものでしょう」 「それならば、この丸いのを壊して終わりなのだー!」 「変形してるよ!」 ツィーダの言うように、画面に映る球体はゆっくりとその姿を変えていった。 細長く縦に伸びる球の上方と下方から切れ目が半ばまで入り広がる。 「人間?」 それは両手足を備えた人のようであった。 『気をつけるのだ! エッグはまだ何かしてくるつもりなのだー!』 その知らせに全員が身構える中、まだ光の収まらない目映さの中を一筋の光が空へと走った。 その閃光は避ける間を与えずに、霧人の体を貫いていた。霧人の体がゆっくりと傾いて、そのまま落ちていった。 「一二!」 ジュリアンが声を上げる。何かの敵意の向かう先をテレパシーで感じ取ったのである。 そのおかげで、接近してくる何かに気付いた千志が影を纏おうとした時。 「ぐぁ」 急加速した何かから伸びる鋭い棘に体を貫かれていた。細く尖ったそれは薄く光っており、エッグの核である結晶と似ている。 千志を貫いたものは槍のように長く伸びており、根本を辿れば人と似た形の結晶の片腕から生えている。 その人型は貫いたまま千志を持ち上げると、無造作に腕を振るって千志を投げ捨てた。 足場へ叩き付けられた千志は微動だにせず、その体の下からは赤い水溜まりが広がり始める。 イェンはバンカに霧人の元へ行くように指示を出して、自分はすぐに千志へと駆け出した。 その時、蒔也が動いた。 「こわす」 ただ一言だけ呟いた蒔也の顔にはいつもの笑顔はなく、そこにあったのは人間らしい振舞う仮面を剥がした本性の蒔也だった。 「こわす」 蒔也はヘッドホンを両手で外すと持ったまま爆破する。裂けた手の平から真っ赤な血が流れ落ちる。 同時に、いつも頭に嵌めていた枷が外れて、蒔也が抑えていた破壊衝動が理性の檻を壊して溢れ出す。 両手を後ろに向けて自分の血を爆破する。衝撃だけにした爆発を利用して一気に人型へとの間合いを詰めた。 「こわす」 手から飛び散る血を爆弾へと変えて人型へ襲い掛る。ビームを警戒して蒔也は絶えず人型へと張り付くように激しく動き回る。 閃く爆発は小規模であるが、圧縮された熱量は桁違いであった。蒔也を人として生かしている良識が外れた今、蒔也の能力が高まっている。 人型の繰り出す拳や蹴りは、飛び散る血を爆破した衝撃で無理矢理に体を突き飛ばして避ける。 獣ように転がって避ける蒔也を人型が追う。しかし、行く手を阻むように点々と残された血の手形が白炎を噴き上げて起爆する。 壊し方が見えないなら見えるまで壊す。 「こわす」 うつ伏せになった蒔也が口に含んだ血を人型の足元へ吐き出して起爆さえる。その爆発に人型が煽られている間に、立ち上がり体勢を戻す。 成り振り構わない蒔也の破壊行動に巻き込まれかねないので、他のロストナンバーたちは近寄ることができなかった。 蒔也が人型の相手をしている間に、イェンは千志の傷を回復に専念していた。 「待ってな、もうすぐで傷は塞がる」 「たす、かる。あれ、は、なんだ」 『今回の戦闘でエッグが集めた情報を元に創り上げた最後のアント、といったところですね』 「弱点はないのか?」 『すいません、見つけられません』 ジュリアンは念の為の聞いただけだったのだが弘和は悔しげに応えた。 その時、人型が全身から強烈な光を放った。避ける場のない全方向攻撃に成す術もなく蒔也は吹っ飛ばされた。 間を置かず、レーシュが人型へと果敢に攻め込む。 「破ぁぁぁ!」 練気術で高めた反射神経を活かして、体が霞むような速さで拳を繰り出す。その一撃一撃に十分な気を練り込んである。 (くそっ、気が通らねぇ!) 確かに打ち込んでいるはずのレーシュの気は、砂を握るように人型の内へと落ちていくだけだった。 「おらぁ!」 レーシュが全身の力を使って打ち込んだ尾を人型が掴んで止めた。 (やばい) レーシュの体に冷や汗が流れた。しかし、人型の動きが止まった瞬間を狙って、その腕に雹王が噛みついた。 本来ならば凍りつくはずの腕は全くの無傷であったが、手の力が緩んだ隙にレーシュはその場から逃れた。 人型が反対の腕で雹王を貫くと、その姿はかき消され穴の開いた符に戻ってしまう。 すぐにジュリアンが滑り込むように割り込んで刺突を繰り出す。 螺旋の風刃が人型を巻き込むが、その強固な体には傷が入らない。慌てることもなくジュリアンは即座に距離を取った。 周囲に漂わせたエコーを伝わるテレパシーのおかげで、人型の動きはある程度予想できる。 襲い来る人型の攻撃をギアでいなしながら、ジュリアンは冷静に状況を見極めようと足掻く。 突如、人型の頭上に霧人が出現して、人型が反応する早く全力で段平を振り下ろした。 しかし、澄んだ音を響かせて折れたのは段平であった。 「退けぇ!」 レーシュが練り上げた気を構えた両手から放つ。 内から気が通らないのならば外から叩き付けるまでと、無色の力が人型を打ち据えて弾き飛ばす。 そのまま足場へ倒れ込んだところに、炎王の放つ紅蓮の炎と雹王の吐く極寒の冷気が浴びせ掛けられる。 そこへ狙い澄ました射手座号の主砲が撃ち込まれる。破壊力を限界まで絞り込んだ分、その威力は通常よりも高まった砲撃である。 しかし、巻き起こる大爆発の中から、ゆっくりと人型が抜け出してくる。 「システム解放、オーバークロック!」 黙って見ていたツィーダは、水瓶座号の車体の外にレールガンを具現化させる。限界を外した自らの演算能力を最大限に活用して、レールガンの射程距離を引き延ばす。 そして、アント用に完成させたアポトーシス・プログラムを弾丸として撃ち出す。 音速を越えるデータ弾は狙い違わず人型へ直撃するが、何の影響も見られなかった。 「くそー、アント用のだと全然効果ないよ!」 画面に映る人型に向かってツィーダが悔しげに叫ぶ。 「できた! 完成です!」 立ち上がったフランの手には一個の弾薬があった。 「すぐに撃ち込め、お嬢ちゃん。余裕はねぇぞ」 「駄目です。有効射程は長くないので、ある程度接近して撃つ必要があります」 そう言うとフランはネイパルムへと弾丸を差し出した。 「ネイパルムさんのライフルの規格に合わせてあります」 「ったく、仕方ねぇな。こっちの守りはどうすんだ?」 ネイパルムは手渡された弾丸をしっかりと握り締めた。 「それでエッグを倒せば問題はありません」 「そうまで言うなら、この弾の効果期待させてもらうぞ」 ネイパルムは対物ライフルを担いで外へと飛び出した。 「もんぶもー!」 その時、ネイパルムの尻尾にもんぶがしがみついた。 「てめぇが来ても役に立たねぇだろうが!」 「楽しい事の独り占めはもんぶが許さないもんねー!」 「ああもう! 勝手にしやがれ!」 ネイパルムはもんぶを無視して翼を広げた。 『直撃させる必要はないです。相手の頭上、少なくとも数メートル以上は上を狙ってください』 「当てないでいいなら気は楽だな」 『ロストナンバーには影響は出ないので、周辺への被害は気にせずに使ってください』 「上等だ」 ネイパルムは翼を羽ばたかせて戦場へと急いだ。 「しかし、このライフルを持って飛ぶのはキツいな」 「お腹にも贅沢な肉という荷物がたくさんあるよー!」 「叩き落とすぞ、てめぇ」 幾筋も走るバンカの剣閃が人型を刻み続け、それを追うように放たれたイェンの稲妻がさらに打ち据える。 十三の式たちが操る火炎と冷気が荒れ狂う中、レーシュの放つ練気と蒔也の爆破が人型を捉える。 しかし、これまでの戦闘で人型が経験した技の悉くはその体を傷つけることができなかった。 『さっきの大技をもう一度できるか?』 『今は無理です。ギアのせいで思った以上に消耗してます』 ジュリアンはギアを振いながら通信で霧人へ確認する。 『あの人型は攻撃されるたびに耐性を身に付けています。そのせいで同じ攻撃は徐々に通用しなくなっていきます』 弘和がフランとツィーダによる解析結果を通信で全員に伝える。 それを聞いたロストナンバーたちが、どう攻めるか各自で頭を働かせて戦っている時。 『誰でもいい! プレゼント持ってきてやったぜ、少しでいいからエッグを止めろ!』 ネイパルムからの通信が入った。 最初に動いたのは、ジュリアンであった。 撒いた銀砂の上を滑りながら、途中にいたニヒツを拾い上げて自分の首に巻き付ける。 「ギギー?!」 いきなり持ち上げられたニヒツが驚いて声を上げる。 「協力してくれ。力を合せればまだ通じる可能性がある」 ジュリアンが滑りながらギアを振う。次々と放たれる風刃が炎を纏って人型を切り刻む。 そのまま攻撃を浴びせ掛けながら、ジュリアンは距離を詰めて刺突を繰り出す。 炎と風の2重螺旋が人型を穿とうと突き刺さる。 その動きの止まった人型に向けてレーシュが駆け寄る。その勢いのままに飛び上がり体を回して尾を叩き付ける。 その尾に装備してあるレーシュのギアには一枚の符が刺してあった。 「縛王招来急急如律令! 敵を縛り上げてそのまま押し潰せ!」 人型の頭から足へと全身の表面に影の蛇が這うと、人型の動きが鈍くなった。 「ギギー!」 ジュリアンの首から飛び離れたニヒツが人型の腹へと張り付くと、その尾が9本に分れて人型を縛り上げた。 『でかした! 後でブラッシングでも何でもしてもらえ!』 ネイパルムの対物ライフルが火を噴く。 フランの完成させた弾丸は人型の頭上で炸裂すると、粉雪のような小さな光が降り注いだ。 その光の粒の一つがエッグの体に触れると、その表面に虹色の光が波立つ。深々と降り続ける粒子を浴びた人型の全身が明滅を繰り返す。 まるで苦しむかのように人型の全身はでたらめな輝きを放ち始めた。 『今のうちです! 即席の代物ですから、エッグもすぐに対応してしまいます!』 通信機からフランの号令が響いた。 人型が自由になろうと、縛られた腕で腹に貼り付いたニヒツを掴み握り潰そうと力を込める。 「ググー!」 堪らずニヒツが苦鳴を漏らすのを見たバンカが怒った。 「くっしょんをいじめるなー! えくれーる!」 バンカの背後に強烈な光が生れ、足元から伸びた影がエッグへと被さる。 すぐさまに自分の影を操り、バンカが人型をさらに強く縛り上げる。 「砕けろぉー!」 全身に気を漲らせたレーシュが渾身の気合いを込めて尾を叩き付ければ、それが当たった人型の首元に僅かなひびが入った。 攻撃が通じるのを見た霧人はすぐさまに最後の媒体を捧げる。 砕け散った媒体が一つの姿を浮かび上がらせる。 雄牛、人、尾羊の三つの頭を持ち、蛇の姿を模した尾を生やしたもの、その双眸は燃え盛る炎を思わせる鋭い赤き眼光を湛えており、巨大な熊を従えていた。 「バラムさん、あの方の首元には心臓があった。そうでしたよね?」 「聞き届けた。あのものの心臓は首元にあった。それは既にあった過去である」 本来ならば、ただの捏造であり現在には何の影響も及ぼせない。しかし、過去を司る悪魔が受入れて成立させてしまえばそれは事実となる。 バラムが消えると、同時に人型の首元に紅い結晶が浮き上がった。それは薄く光る結晶の中で脈打つように鈍く輝いている。 『あの赤いのが核ですよ。あれを砕けば終わりです』 「おい! 誰か続け!」 「僕が行こう」 その足に銀砂を纏ったジュリアンが滑走しながら、ギアの先端にエコーを集めて楔を作り出す。 全力で突き出したギアが螺旋の風を纏い、それを受けた楔が高速で回転を始める。 それをレーシュの作ったひびに突き立てる。ドリルとなった楔が甲高い音をたてて火花を散らす。 ぴしり、とひびが僅かに広がる。 その時、初めてエッグが悲鳴を上げるかのように耳障りな音を鳴り響かせた。 「何だよ、この音は?!」 蒔也が顔を顰めて両耳を押えた。 『アントを呼び戻してる』 エコーを通して人型の思念がジュリアンへと伝わってくる。 『まずいな、雑魚にかまけてる時間はねぇぞ』 ネイパルムの声に被さるように、静かな声が割って入った。 『こちらに来たのは片付けましたわよ。前衛は前衛の仕事に集中なさい』 『アタシと沙羅ちゃんでお掃除するわよぉ!』 双子座号からの通信を受けてグラウゼも動いた。 『双子座号だけだと手が足りないだろう。射手座号もアント退治に回るぞ』 「そうなると、残りは牡羊座号の分か」 そう千志が呟くと、誰かの声が通信機から聞こえた。 『俺に任せておきな!』 「よし、これでアントは問題ない! バンカもあのドリルに手を貸して傷口をこじ開けろ!」 「はーい!」 「ん、今の誰だ?」 バンカに指示を出した後、イェンは聞き覚えのない声に首を傾げた。 「もっともっと回れー!」 人型を縛る影の一部を鋭く小さな破片にして、回り続ける楔に織り交ぜてさらに加速していく。 ぴしり、とひびが僅かに広がる。 バンカの束縛が緩んだ隙を逃さずエッグは首元に刺さる楔を引き抜こうと手を動かし始めた。 それに気付いたニヒツと十三がさらに力を込める。 「蒔也、俺の影に血を垂らせ。俺が影を突き刺して流し込む」 「今度はあっさり刺されんなよ?」 「言ってろ」 蒔也はポケットから出した飴を両手で挟んで小さな爆発を起こす。治してもらった手の平が再び裂ける。 滴り落ちる自分の血を蒔也は爆弾へと変えていく。 「まどろっこしいな」 蒔也は片腕に血を擦り付けると、ごく小さく起爆させた。大量の血が千志の影へと浴びせ掛けられる。 「おい!」 「すぐに治してもらうから平気平気」 慌てる千志とは対照的に蒔也は至って落ち着いていた。 意識を切替えて千志は影を身に纏う。その漆黒でしかないはずの鎧には、全身に隈取りを施したかのように赤い線が走る。 千志の考えをおぼろげに感じ取ったジュリアンは、既に人型の前から退いて楔の維持に専念している。 「すぐに治してもらえよ」 全力で飛び出した千志はギアに気合いを込めて全力で楔を殴り付けた。 ぴしり、とひびが僅かに広がる。 じりじりと人型の腕がドリルへと近づいていく。 「くそ、足りないか!」 『歯ぁ食い縛れ!』 千志の背中に走った衝撃が腕を伝わり楔へと届く。 ぴしり、とひびが僅かに広がる。 人型の指先が回転する楔へと届いた。 『このまま押し込むぞ!』 ネイパルムが対物ライフルに詰めた衝撃弾を次々と撃ち出す。 その衝撃は歯を食い縛って耐える千志の腕を伝って楔へと次々に届く。 ぴしりぴしり、とひびが広がる。 人型が手を開いてドリルを掴もうした寸前、その手にワイヤーが絡み付いた。 「残念、僕は生き汚いんだ」 ジュリアンは自嘲的な笑みを浮かべていた。 『くそっ、弾切れだ!』 『早く! 後もう少しなんだ!』 『俺が背中を押してやる!』 蒔也の楽しげな声を聞いた瞬間、千志は身に纏った影を操り背中へと蒔也の血を集めた。 漆黒の鎧の背で爆発が起きて、純白の翼が広がるように白い爆炎が噴き上がった。 ばきり、と紅く脈打つ結晶に楔が打ち込まれた。 「ギギィグィィ!」 ニヒツが噴き上がった白い炎を操る。巨大に膨れ上がった白炎が弾けると、九つの炎の流れとなって怒涛の勢いで人型へと降り注いだ。 白い炎が楔ごと紅い結晶を焼き尽くした。 その瞬間、人型からあらゆる色の光が溢れ出しその場に居た全員を呑み込んだ。 § エピローグ § ――蒔也とネイパルム 「おっさーん! 聞いたぜー! 最近、また太ってるんだってな!」 「うっせぇ、今はダイエット中だ!」 「水臭ぇな! 言ってくれれば、俺が爆破してやるのにさー! 「まずは、てめぇのそのイカレた思考回路を爆破しやがれ!」 「どれどれ、その腹が前よりどんだけぷにぷにか俺がチェックするぜ!」 「……ツンツン頭ァァァァァァアアアァァアアァッ!!!」 ――蒔也とネイパルムともんぶ 「いいじゃねぇか、減るもんじゃないし。むしろ増えてるだろ!」 「増えるから困ってるんだろうが、ボケぇ!」 「そんなこと言うなら、ダイエットすりゃいいだろ」 「だから、今もやってんだよ!! はぁー、もうこれやるからちょっと黙ってろ」 「飴ちゃんだ、やったー!」 「胃薬はロストレイルにあったか」 「もっとーちょーだい!」 「もう舐めたのか?!」 「飴ちゃんは噛み砕く主義だ!」 「ほらよ、これで全部だ」 「わーい!」 「とーう!! 華麗なる怪盗もんぶ登場ー!」 「あ!?」 「ふっふっふ、そこのメタボドラゴンの飴は全てこのもんぶが貰う話になっているのだ。悪く思うなよ、さらばだ小僧!」 「待ちやがれー!」 「おーっほほほほ、捕まえてごらんなさーい!」 「よーし、捕まえちゃうぞー!」(蒔也によるギアの乱射開始 「おぎゃあああああー!!」 ――ネイパルムと千志 「あー、もんぶならいいか」 「すまない。いつも蒔也が迷惑をかけているようで」 「ああ、気にすんなよ。苦労してるのはお互い様だろ」 「まだ確めたわけじゃないですが、ヴォロスに所有者が痩せてしまう竜刻があるらしいです」 「マジでか!?」 「チケットはもの凄い倍率らしいです。女性のロストナンバーの間では、血で血を洗う争奪戦が勃発してるらしいですよ」 「一回、調べてみるか」 「もし俺の方で、チケット取れたらネイパルムさんに知らせますから」 「助かる」 「そんな真顔で言われると、俺としては蒔也がすいませんとしかっ、あ」 「どうした?」 「いや、俺と蒔也で賭けをしたんですけど、すっかり忘れてました」 「なら、いいんじゃねぇか。どうせ忘れてるだろ」 「そうですね」 ――バンカと灯緒とニヒツ 「くっしょん、くっしょんー♪」 「ギギー!!」 「乱暴にしてはいけないな。ものは粗末にしないで大切に使うんだ」 「ググー! ギギー!」 「でも、よろこんでるよー!」 「ギギギギ!! ググーギギギ!!」 「苦しんでいるように見えるけれど」 ――フランとカウベル 「私はいっっっっっつも言ってますよね。カウベルちゃんは計画性のなさをどうにかしなさいって」 「で、でもぉ、今回はどうにかなったわよぉ」 「たまたま、偶然、運良く、ですよねえ?」 「で、ですよねー。フランちゃん、そんなに怒るとせっかくの可愛い顔が台無しよぉ?」 「誰がそうさせていると思ってるんです?」 「デスヨネェエー!」 (誰か助けてぇ!) ――霧人と十三 「お疲れさまでした、百田さん」 「一つ聞きたいことがある」 「何ですか?」 「何故、故意に手を抜いていた?」 「おや、気付いてましたか」 「どういうつもりだ」 「大した意味はないですよ。自分が楽しむためです。不利な状況の方がかえって面白いものです」 「そうか」 「はい、それだけですよ。では、さようなら」 (やれやれ、終わりですか、どーせならイクジストにさせてもよかったでしょうに。いえ、よしましょう、楽しみは自分で発掘するもの、起こすのはナンセンスだ。さて、 次はどこで遊びましょうかねぇ?) ――ジュリアンと沙羅 「こんにちは、貴方も剣士ですのね」 「まあね。でも、先に言うけど手合わせは遠慮するよ」 「あら、どうしてですかしら?」 「僕の剣は女性を傷付けるものではなく、女性を守るためのものだから」 「まあ、素敵な考え方ですわね。その台詞は、うちに傷を付けられるようになってからもう一度聞きたいものですわ」 「手厳しいね」 「うちは優しくない方に優しくするような慈悲は持ち合わせていませんの」 「いや、本当に手厳しいな」 ――ツィーダと弘和 「上城さんの目を一回調べさせてもらえないかな? センサーとして有り得ないスペックだよね!」 「いえ、自分の体を研究材料にされるのは遠慮させてください」 「大丈夫だよ! いざとなったらボクが義眼を用意してあげるよ! 「それは前提として、私の目が使い物にならなくなってませんか?!」 ――レーシュとイェンとグラウゼ 「あー、腹減ったぜ」 「俺もだー。今なら大食い選手権で優勝できそうだぜ」 「カレーでいいなら、射手座号で食わしてやるぞ」 「マジか、相当食うぞ!」 「やっぱ、カレーが良いところなんだな!」 「イェンは福神漬けだけ食わしてやろう」 「飯もつけろよ!?」 ――そして時は流れて、ガン・ミーの司書室 「懐かしいのだー。これは我が初めて指揮をしたトレインウォーの報告書なのだ」 「そんな時もあったんだねー」 「片付けをしようとすると、懐かしい報告書を読んでしまって進まないのだ」 「もんぶは終わった報告書は全部捨ててるよー」 「そのせいで、何度もないない騒ぐのは止めて欲しいのだー」 「でも、もんぶはこうやって手伝いにきてるもんねー!」 「それは感謝してるのだー」 「それはなんの報告書なのー?」 「これはなのだな――」 ガンが手に取った報告書のタイトルにはこう書かれていた。 螺旋特急 ロストレイル 報告者 青田
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