何年経っても変わらぬものは変わらず、変わるものは瞬く間に変わっていく。 0世界のターミナルは相変わらず賑わっているが、目につく店は昔はなかったものや別の店舗になっていたりと様々。 道行く人も新入りや古くからロストナンバーをしている者など色々居り、姿を見ない者はどこかの世界へ帰属したり命を落としたり故郷へ帰ったり――流れた時の分だけ、それぞれの人生を過ごしていた。 ロストレイル13号が帰還した際、0世界で待っていたロストナンバーたちの耳に届いたのは吉報だった。 エドマンドとロストレイル0号の救出、ワールズエンドステーションへの到着、そしてワールズエンドステーションへ到着したことによりすべての世界群を探し出せるようになったこと。 世界の特定は時間がかかるが、今まで何のきっかけも掴めずひたすら時を消費していくしかなかったツーリストたちにとって喜ばしいことに違いはない。「本当にいいのか、ミル」「ええ、だって私の店があるのはここだしね」 カフェ・キャルロッテにて、世界司書ツギメ・シュタインは友人でありカフェの女店長であるミル・キャルロッテを見た。 ミルの故郷が見つかったのが数日前のこと。その数日でミルは0世界に留まるという結論を出したのだ。「それに……私が覚醒したのはすごく前のことだから、もうパパもママも居ないと思うの。住んでた街は気になるけれど、それならここに居るわ。帰ったら今度はこっちが気になって仕方なくなるに決まってるもの」「お前がそれでいいなら……そうだな、遠慮なく私もこの店の繁栄を後押しするとしよう」 ツギメは蜂蜜のたっぷりかかったパンケーキを口に運ぶ。 何年経っても変わらない味だ。「そういえば最近ササキちゃんの調子はどう?」「新しくロストナンバーになった者を中心にセミナーを開いたり、やりやすい仕事を斡旋している」「働き者ねぇ。……立派に巣立って嬉しいけれど、寂しいのかしら?」 ツギメはぴたりとフォークを止める。 もたもたしていて、すぐパニックになって、はしゃぐと子供っぽい新米世界司書だったササキもいつの間にやら一人前になっていた。彼女の面倒を見てきたツギメはその成長を嬉しく思う反面、成人し手のかからなくなった子供を見ているような気持ちになったものだ。「まあ――親になれん分、こういう気分になる機会があってもいいだろう、とは思う」「うふふ、りんごジュースをサービスしとくわね」 注がれるジュースに笑みを浮かべながら、ツギメは窓の外を見る。 そういえば……「そういえば、皆はどうしているだろうな」======<ご案内>このシナリオは「ロストナンバーたちの後日談」を描くものです。プレイングでは、みなさんの「その後の様子」をおしらせ下さい。このシナリオは便宜上0世界が舞台として表示されていますが、どの世界の出来事でも構いません。例:・3年後、ヴォロスに帰属した。冒険者相手の酒場を経営している。・数年後、○○さんと結婚。今もターミナルで暮らしている。・冒険の旅に出た。新たな世界を発見し、探索を続けている。・10年後、故郷の世界に帰り、再帰属を果たす。○歳まで生きて天寿を全うした。※「○年後」という表現があれば、北極星号の帰還の年から数えます相手のある内容の場合(結婚等)、お相手の方も同じシナリオにご参加のうえ、互いのプレイングに明記をお願いします。帰属済みであるなどしてシナリオに参加できない場合、設定欄等に同意があることをわかる記述をお願いします(納品されるまでそのままにして下さい。ライターが確認したタイミングで書かれていなければ参照しません)。なお、このシナリオの結果として、帰属や死亡が描写された場合でも、ステイタス異常にはなりません。!重要な注意!このシナリオのノベルに関しては、どのような理由であっても、納品後の修正依頼は一切受け付けません。「故郷の世界」や、「新たな世界」を描写する場合、担当ライターにその設定も含めて一任していただくものとします。複数のエピローグシナリオへの参加について、制限はありません。ただし、ライターは別のライターが執筆するシナリオの内容については関知せず、両者の内容について整合性を保つ義務は負いません。シナリオに参加したことをもって、上記の点をすべてご了承いただいたものとします。======
あの日見たのと変わらぬ風景であることに安堵を覚えつつ、レヴィ・エルウッドはモフトピアの雲のような道を歩いていた。 大きな緑の葉も温かな光の太陽も何も変わっていない。流れる小川はきらきらと輝いており、羽根を持つ魚が尾で水面を打って飛び跳ねた。 「おにーちゃんっ!」 黒い影が飛んできたかと思うと、レヴィが言葉を発する前に飛びついた。 体勢を崩しかけながらレヴィはそれを受け止め、黒い耳や羽を見てようやく誰なのか気が付いた。 「トルマ!」 それが、蝙蝠型アニモフのトルマとレヴィの再会だった。 もうどれくらい前になるだろうか、レヴィは夕暮れ時のモフトピアでこのトルマと出会ったのだ。 トルマはレヴィにとても懐き、様々なことを話した。それは短い間だったが二人にとって掛け替えのない思い出となっている。そしてトルマはレヴィのことを覚えており、また、レヴィもトルマのことを忘れてはいなかった。 「おにーちゃん、あれからいっぱい冒険した?」 「うん、トルマがびっくりするくらい沢山したよ」 ええっ、と目を丸くするトルマにくすりと笑う。 好奇心旺盛な蝙蝠の少年は、どうやらあの時から変わっていないらしい。 「ねえねえ、今日も冒険しにここへ来たの?」 レヴィはトルマの頭を撫でる。 「きみに会いに来たんだ。報告したいことがあって」 「報告……?」 きょとんとするトルマにレヴィは笑いかける。 とびっきり素敵な報告をする友達のように。 「実はね……故郷が見つかったんだ!」 「えっ、えええっ! ほんとっ!? ほんとにっ!?」 トルマは抱きついて喜びを表現する。 まるで自分のことのように嬉しそうな顔をする彼にレヴィの口元も綻んだ。 「ありがとう、トルマが一生懸命祈ってくれたからだよ」 あの日、あの時。 トルマはレヴィがどこから来たかわからないと答えたのを見、その場所が見つかるようお祈りをした。 それがレヴィはとても嬉しかったのを覚えている。 感極まって泣きそうなトルマの背を優しく撫で、レヴィは駅のある方向を見る。 「けれど……そこに帰ったら、もうここには来れなくなっちゃう。とても遠い所だから」 「……!」 「それで今日はお礼と、お別れに来たんだ」 トルマの瞳が別の涙で満たされる――が、彼はすぐにそれを羽で拭い取った。 「ぼく……ぼく、寂しいけど、すっごく嬉しいんだ。おにーちゃん、自分のお家に帰れるんだよね」 「うん」 不意につられて泣いてしまいそうで、レヴィは短な返事だけ返した。 「じゃあおにーちゃんのこと、笑って見送らなきゃ。にこにこしてお別れすると、その人の中のぼくはずっと笑顔なんだって友達に教えてもらったんだ!」 浮かべた笑顔の目の端から涙の粒が飛び、陽の光にきらきらと輝く。 レヴィはもう一度ありがとうと力強く言った。 少年はとても幼いと思っていたが、そうではなかったらしい。最後に新たな面を見れたことに感謝めいたものを感じる。 レヴィの目の前のトルマも、心の中のトルマもたしかに笑っていた。 「トルマ、手を出してごらん」 そうレヴィがトルマに手渡したのは、手にのるサイズの美しい石。 オレンジ色の石の端は群青に染まっており、二人が出会った日の空に似ている。 「これって……?」 「お守り。不変の友情の証だよ、トルマの幸福を祈ってまじないをかけたんだ」 「わっ……! ありがとうっ、おにーちゃん!」 大切そうに石を抱き、直後はっとして腰にさげていた袋から何かを取り出す。 それは紙袋に入ったクッキーだった。 「おやつとして持ってきたやつだから少ないけれど、おにーちゃんにあげる!」 「いいの? お腹減っちゃわない?」 「いいのっ! これ、あの日おにーちゃんに貰ったクッキーを真似て作ったやつなんだ。おいしくできたんだよ!」 自信ありげに言うトルマからそれを受け取り、レヴィは1枚口に入れた。 桃のジャムがクッキーの香ばしさと共に口の中に溶けていく。 「――おいしい。とってもおいしいよ、トルマ」 柔らかく微笑んで、レヴィは残りのクッキーを宝物を扱うようにゆっくりと鞄にしまう。 故郷に向かう電車の中で食べよう。 そして思い出すのだ。この友達の笑った顔を。 ● 少し髪が伸びただろうか。 肩辺りに髪の触れるのを感じながら、レヴィは靴紐を結んでいた。 そろそろ切らなきゃ、そう考えていたところで玄関から声がかかる。 『レヴィちゃん、はやくはやく!』 「あっ、うん!」 レヴィが出てくるのを今か今かと待ち構えていたのは同居人であるクロというオスの蝙蝠だった。 ようやく外に顔を出したレヴィの周りを飛びながら彼をせっつく。 蝙蝠の言葉は普通は通じない。しかしレヴィの種族は蝙蝠語も理解することができ、そのおかげで二人は友情を築くことができていた。 今日はクロと一緒に自宅近くの丘を散策する約束をしていたのだ。 丘はすでに夕日の光に照らされ、草木は普段より温かな色をしている。 「……なんだか旅をしていた頃のことを思い出すなぁ」 レヴィは隣を飛ぶクロを見る。 「クロ、きみに似た黒い毛並みの子に会ったこともあるんだよ」 『えーっ、そんなに似てた?』 「うんうん、そっくり!」 レヴィはクロにその子とは社会勉強の旅の中で出会ったと説明した。 覚醒していないクロに詳しいことを話す訳にはいかない。 けれど、どこでどうやって出会ったかは大きな問題ではなかった。 良い出会いだったことに違いはないのだから。 「とてもいい子だったよ。その子は僕が無事故郷に戻れるようにお祈りしてくれたんだ」 『それじゃあ本当に似てるね。ぼくも、レヴィちゃんのおとうさんやおかあさんも、レヴィちゃんが無事に帰ってくるようずっとずーっとお祈りしてたんだよ!』 レヴィは目を瞬かせる。 そうか、僕はこっちでも祈ってもらえていたのか――と、そう思った瞬間温かな涙が頬を伝っていた。 クロが頭にとまる。小さな手で撫でる感触がした。 「レヴィ、クロ、ご飯できたわよ」 空に星の数が増えた頃、レヴィによく似た母が二人を呼びにきた。 今夜の夕食はトマトの色が鮮やかなミネストローネ。レヴィの母は鍋いっぱいのそれをおたまですくい、木で作られた深めのお皿に移してゆく。 香りを含んだ湯気と共に目の前に置かれた皿に手を添える。 木越しに伝わる熱はレヴィが子供の頃から感じてきたものだ。母が彼を呼ぶ声も、クロが美味しいとはしゃぐ声も、それを見守る父の目も、すべて。 パズルのピースのように、レヴィはこの場所のピースのひとつだった。 自分があるべき世界はここなのだ。 レヴィがここに居ることを世界が受け入れ、認めてくれている。 長い旅を経て、そうして帰ったきたレヴィは大切な人々と寄り添って生きることの幸福をより強く感じるようになっていた。 (……それを、僕の手で守ろう) あの頃の決意は故郷を見つけること。 新たな決意は、大切な人と大切なこの場所を守ること。 その決意もきっと、揺るぐことはない。 ● 友達と会えない寂しさはフィン・クリューズの心にしがみついてなかなか離れなかったが、彼が故郷に帰属することを応援し後押ししてくれたのも友達だった。 フィンの望みは友達の望みでもある。 それがフィンの心を強くし、寂しさを振り払い元の世界へ向かう電車へと足を向けさせた。 寂しさはありがとうの言葉に変えよう。 心から溢れ出るのは感謝の気持ち。それを友達に伝えれば、きっと最後は笑顔になれるから。 懐かしい浜の匂いを胸いっぱいに吸い込み、フィンは自分の胸に手を当てた。 どきどきしている。心臓が今の心をそのまま表しているかのようだ。 「うう、嬉しいけれど不安やなぁ……」 嬉しさと同じくらい戸惑いが胸の中に溢れている。父と母は今も同じ場所に居るのだろうか。そして、突然消えて突然帰ってきた息子をちゃんと受けて入れくれるのだろうか。 仮にもし記憶にあるのと同じ場所に家が――フィンが生まれ育った「いるか屋」がなかったとしたら、どうすればいいのか。 待ち望んでいた帰郷はフィンに新たな不安感を芽生えさせていた。 それでも、それと同じくらいある嬉しさがフィンの心を支える。 「ぐだぐだしとっても仕方ない……いくで!」 砂に足跡をつけながら、一歩一歩。 進むごとに見覚えのある景色が増えてきた。いつの間にか木が生えていたり柵が張ってあったりもしたが、それでもここは故郷なのだという実感が強まってくる。 「あ、あった!」 遠くに見えるのは懐かしの海の家。しかし。 フィンは思わず足を止める。 いつもは正面に椅子とテーブルが並び、沢山の人で賑わっていた。その隣には大きな鉄板があり、そこで焼きそばやお好み焼きが作られていたのだ。 今はそのどれもが見えない。店の出入り口には板が打ち付けられ、鉄板にはぼろぼろの布がかけてあった。布は飛ばないようにロープか巻かれていたが、そのロープも潮風で傷んでいる。 砂浜にも人はほとんど居なかった。 季節が夏の少し前とはいえ、こんなに閑散としている浜辺をフィンは見たことがない。 「と、父ちゃん、母ちゃん……!」 早足で家に駆け寄り、板に触れる。ざらりと汚れた感触がした。もう何年も開けていない証拠だ。 そんなぁ、と涙が零れそうになったところで、真横から大きな音がしてフィンは飛び上がった。 誰かの足元にちりとりと箒が転がっている。これを落とした音らしい。 そして落とし主は―― 「母ちゃんっ!」 「フィン!?」 少しだけ老けた、母親だった。 騒ぎを聞きつけた父親も家の影から姿を現す。フィンは今度こそ涙を流した。先ほどと違うのは嬉し涙という点だ。 「ただいま! 帰って来たで!」 母の涙と、初めて見る父の涙。 それはきっと自分と同じものだ、とフィンは感じていた。 息子は大波に巻き込まれて行方不明になった。 両親は何年もの間、それを本当のことだと思い込み悲しんでいた。 フィンが覚醒したのは父親の知り合いの青年と共に船釣りに出掛け、災害に巻き込まれた時だ。そう思ってしまっても仕方ない。 息子が居なくなってから憔悴しきった両親は店を閉め、この浜辺で細々と暮らしていたのだという。 それでも浜にはたまにゴミが流れ着く。それを掃除しに出てきた時に帰ってきたフィンを見つけたのだ。 フィンが帰ってきてから程なくして、海の家は営業を再開した。活気が徐々に戻り、浜辺がまた人で賑わうようになるのにそう時間はかからなかった。 「フィン、これ運んでくれ」 「はいよー!」 鰹節の踊る皿いっぱいの焼きそばを両手に持ち、フィンは父親の手伝いをしながら動き回る。 「はい、おまちどーさんっ!」 客の美味しそうな顔にフィンも満足げな顔をした。 父親の料理をこうして食べる客を見るのが好きだったなぁ、と思い出す。 「なあ父ちゃん、ボク……またこうして父ちゃんらと過ごせてホンマよかった!」 「その言葉そっくりそのまま返すで!」 嬉しそうな父親の顔。 それは客の顔に負けないくらい眩しかった。 ● それから流れたのは10年という月日。 フィンは身長が180cmまで伸びて逞しく成長した。どこか幼さの残っていた顔つきも今は頼りになる雰囲気に溢れている。 それだけでなく、腕の上達っぷりも凄まじく噂を聞いた他国のグルメ通が足を運ぶほどだった。 今でさえとても美味しい料理を作るのに、まだ成長を続けている。それが食通の心をわくわくとさせるのだろう。 0世界での経験もフィンにとって大きな宝物だった。 ノウハウは消えることなくフィンの腕に宿り、そのまま料理に表れているのだ。 今では父親の手伝いから卒業し、自分の店を持つまでに至っていた。 「フィンさん、自慢できることはなんですか?」 取材にきた雑誌記者に対し、フィンは快活に笑って答える。 「父ちゃんの腕をしっかり継いだことやな!」 フィンの仕事は料理を作ることだけではない。 0世界で得た戦いの技術もしっかりと活かしていた。店近くの海辺に危険なものがないか見て回り、紛れ込んできた魔物を退治したりとなかなかの忙しさだ。 先日は巨大なイカの魔物を倒し、客を救ったばかりだ。 そういえばその客……桃色の竜人の女の子がその後、頬を赤らめながらケーキを差し入れてくれた。後でお礼を言っておかなくては。 彼女がなぜあんなに照れていたのか知るのは、もう少し後のこと。 フィンは白いふんどしを潮風に靡かせ、今日も海のパトロールへと繰り出す。 海の向こう、その更に更に遠い所を見ながら手を振ってみせた。 「みんなー! 俺はめっちゃ元気に過ごしてるで!」 ● 6年という月日は短いようで長いものだ。 溢れるような時間を持て余すロストナンバーにとっても6年は6年で、0世界も様々な変わり様を見せていた。 その変わったもののひとつであるのがこの場所、開店したばかりのカフェ・シャルロッテだ。 運ばれてきたミルフィーユを受け取り、世界司書ツギメ・シュタインは向かい側に座るジューンを見て笑った。 「開店したばかりだが良い店だろう、珈琲もよい香りをしている」 「ミル様のお弟子さんのお店なんですよね」 「ああ、やっと一人立ちしてくれたとミルも笑っていた」 店長はモモ・シャルロッテ。彼女がカフェ・キャルロッテの女店長ミルに弟子入りしてから数年、ようやく自分の店を持つことができたのだ。 この手元から誰かが巣立ってゆく感覚を、ジューンもつい先日感じたところだ。 「再帰属の兆候は消えてしまいましたが、子どもたちは無事家に帰れましたので、近く私もカンダータに移ろうと考えます」 ミルフィーユを半分ほど食べ終えた頃、ジューンがぽつりとそう言った。 ジューンの預かっていた双子の妖精は無事に帰属していった。それは鳥の巣立ちに似ている。きっと二人仲良く力を合わせ、新天地でも元気に生きていることだろう。 「カンダータか……。本当にいい、のか。いや、本来ならばこんなことを口にすべきではないのだろうが」 ツギメは心配だといった風に言う。 そんな彼女にジューンははっきりと頷いた。 「はい。……大丈夫です、ツギメ様。何も心配することはありませんよ」 「そうか……。そうだな、お前は強い」 ツギメは視線を上げる。 「改めて言おう、おめでとう」 「ありがとうございます」 微笑んでジューンはツギメを見た。 「再帰属した以上、0世界の再帰属者も加齢から逃れられません。でも私はモノですので、設計図さえきちんと解析できればどこでも生産可能です。いつかまた、ツギメ様とはお会いできるかもしれません」 「私もここから動くことはないだろう。いつでも待っている。……待つことしかできないのが歯がゆくもあるが、また会えることを楽しみにしているぞ」 何年でも、何十年でも、何百年でも。 ツギメは自分が世界司書をしているという確信を持っていた。その中で友との再会を待つ――それも悪くない。 ジューンも絶対に不可能なことは口にしない。 また再会したら、こうしてお洒落なカフェでケーキを食べよう、と二人は約束した。 弟子の店の様子を見にきたミルが合流したのは数分前のことだ。 かちこちに緊張したモモが運んできたチョコケーキを口に運びながら、ミルもジューンらの話の輪に入る。 話はお互いの近況だったり、印象に残ったお客さんの話だったり、ジューンの行った異世界群の話だったり、ちょっとだけ乙女らしい話だったり様々だった。 女性の口はとても活発にできている。 ようやくおしゃべりも一段落ついたところで、ジューンはふと思い出したことを口にした。 「そういえばマホロバの皆さまはお元気でしょうか。デューツェさんもカヨ様もどうしていらっしゃるでしょう」 「カヨは今も委員会に出入りして我々が動きやすいよう取り計らってくれている。とはいえ、キメラや汚染地域関連の仕事はもうないのだがな」 「……デューツェさんたちのおかげ、ですか?」 「あぁ。あのナノマシンの高性能さには目を瞠る」 デューツェはこの6年でマホロバの汚染を浄化し、人間の暮らせる環境に作り変えていった。 毒の沼が広がっていた平野には緑が栄え、春になると美しい花が咲き甘い実が成る。湖の水は澄んでおり、大小様々な魚が遊泳していた。 宇宙人の放ったキメラは姿を消し、今は野うさぎが草を食み鹿が木陰でまどろんでいる。 汚染により身体を病んでいた者はナノマシンに加え、シギー・バルツマンによる治療で完治に至った。 ジョアシャンは新しく人の住む、しかし自然に優しい居住区を設計し作っているという。 「そうですか……皆様、少しずつマホロバに受け入れられているんですね」 「一時は大きな反発もあったが、行使する力の大きさと……あとは、デューツェの人柄か。そのおかげで大分認められたらしい。……ああ、それと」 ツギメはジューンとミルに顔を寄せる。 あまり大声で話せない事柄なのだろうか。 「デューツェに子供が生まれたそうだ」 「…………ええっ!?」 思わず驚きの声を上げたジューンに皆の視線が集まる。 ナノマシンの体でどうやって等気になることは多いが、まずジューンの中のデューツェはまだまだ小さな少女のままだったのだ。 慌ててその場を取り繕い、ジューンはツギメに顔を向け直した。 「お子様、ですか」 「まあ16歳ほどになる娘だ、そうおかしくはない……な?」 「そうねぇ、早熟とは思うけれど」 つい後半が疑問形になったツギメに対し、ミルが頷く。 「船長を取り込んだことも原因のひとつかもしれないな」 「その、父親は……」 「まさかジョアシャンだと思うか?」 ああ、と納得したような声を漏らす。まさか子供も巨大な獣に変身したりするのだろうか。 「子供には船長の名をつけたそうだ。彼女の情報も受け継いでいるから、とな」 「今度お祝いしないといけませんね。その、お名前はなんというんですか?」 ジューンの問いにツギメは机の上に指で字を書いた。 「まほら。船長とマホロバは名でも繋がっていたんだな」 まほろばはまほら、素晴らしい場所という意味を持つ音の羅列。 その子はきっと、マホロバで強く生きていくだろう。 どんなものにも終わりが見えてくる時が来る。 そろそろお開きか、とジューンが席から立ち上がる。そこへミルが声をかけた。 「ジューン、あなたはこれからどうするの?」 「最初、ムラタナ夫妻の御宅にお邪魔して乳母をしているのですが……その仕事をしながら、西戎第弐連隊の軍属になる機会を得ようと考えております」 「随分荒っぽいのね……あなた、機械だけれどれっきとした女性だって私は思っているわよ。もっと幸せな道もあると思うけれど、いいの?」 ミルもやはり心配性なのだ。 想われている。この事実に胸を温かくしながらジューンは微笑みを向ける。 「幸せなら沢山感じてきました。双子を……あの子たちを無事送り出せたことも含めて」 満足げな顔。 それは母親のそれにも似ている。 「そう……。けれど無茶だけはしないようにね。いつでも、どこでも、あなたを心配している人が居るんだから」 「はい、心に刻み付けておきます」 ジューンはスカートの前で両手を重ね、深く頭を下げる。 「ツギメ様もミル様も、どうかお元気で……」 別れの言葉は簡素でいい。 彼女らとは、胸の奥底で繋がっているのだから。 END
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