瑠璃色の海に囲まれたふたつの大陸を上空から俯瞰すれば、二羽の鳥が並んで翼を広げているように見えます。左右対称の二重写しめいたその地は、片方を「ホウ」、もう片方を「オウ」と呼称されています。
 ホウ大陸を統べているのは、「ヒト」と呼ばれる、強靭な足で大地を駆け森を切り開き、石造りの壮麗な都を形成した種族です。一方、オウ大陸に暮らすのは「トリ」と呼ばれる、翼を持つヒトのすがたと鳥のすがたを自在にあやつる種族です。
 大陸のかたちだけを見るならば、比翼の鳥のごとく仲睦まじい「ホウ」と「オウ」。しかし「ヒト」と「トリ」は、歴史が伝説であった時代から対立し、争いが絶えませんでした。

 この世界には、謎めいた神話がいくつか、伝えられています。

 混沌としていたこの世のはじまりに、《始祖鳥》と呼ばれる、一羽の神鳥が殺されました。
《始祖鳥》の身体はふたつに分たれ、それが、現在の「ホウ」と「オウ」のいしずえとなったとも言われています。
 そして、《始祖鳥》は死のさいに、無数の《迷卵》を産み落としたのだとも。
《始祖鳥》殺しの犯人を、神話は語りません。
 ゆえに、トリ側はヒトであるといい、ヒト側はトリであるといい――それが今に至るまで、種族の対立に繋がっています。

 また、《始祖鳥》は一羽ではなかった、という神話もあります。
どちらの大陸にもヒトしかいなかった時代、空の裂け目より、男女の双子の《始祖鳥》が飛来しました。
 彼らの名は、シルヴェストとシュテファニエと伝えられています。彼らはそれぞれ、ヒトと通婚しました。
 シルヴェストは、オウ大陸の女王とそれは仲睦まじく暮らし、女王はたくさんの卵を生みました。彼らの子孫が現在の「トリ」であると云われています。
 
 一方、ホウ大陸の皇帝に嫁いだシュテファニエのほうは、夫に愛されることはありませんでした。その強大なちからを畏怖され、遠ざけられ、いつしか霊峰ブロッケンに隠遁してしまいました。
 殺された《始祖鳥》とは、シュテファニエのことです。
 ですから、彼女が今際のきわに産み落とした《迷卵》に、父はいないのです。

 誰が彼女を殺したのか。
 時代を経て、ある風変わりな学者は「容疑者は三人いる」という説を発表しました。
 
 ひとりは、彼女の夫であった皇帝。
 ひとりは、彼女を哀れんだシルヴェスト。
 ひとりは、彼女自身。

 真相は未だ、わかりません。


■ホウ大陸――ヒトの帝国
この大陸では、いくつもの国々が覇権を争った結果、現在は、皇帝を柱とした、強大な軍事国家が台頭している状況です。壱番世界でいえば中世後期から近世にかけてのヨーロッパ、産業革命時代の少し前あたりに該当します。
首都はメディオラーヌム。皇帝選出は元老院による合議制です。現在は、軍人皇帝ユリウス=ジギスムントが統べています。

■オウ大陸――トリの王国
オウ大陸には中小の国家が点在しており、中央集権国家体制ではないのですが、事実上は、豊かな国庫と訓練された近衛騎士団を擁するアルトシュタイン王国の支配下にあるといってよいでしょう。
ヒトの帝国より文化程度はやや遅れ、壱番世界でいえば中世ヨーロッパに該当します。
ヴォロスの文化や気候風土にも似ていますが、「竜」や「幻獣」、また「魔法」のたぐいは存在しません。
(「魔法的な出来事」は、迷宮内でのみ、生じます)

■ローゼンアプリール
アルトシュタイン王国の首都です。街全体を強固な煉瓦の城壁でぐるりと囲んだ、いかめしい城塞都市の体裁を取っています。中心に、女王オディールの居城《四月の薔薇宮殿》があります。

■ヴァイエン侯爵領
大陸の翼に沿い、東西に長く伸びた広大な領土は、辺境でもありながら、首都にほど近い穀倉地帯でもあるという、ふたつの異なる要素を含む土地柄となっています。歴代のヴァイエン侯は国王の信任が厚く、王家とは縁戚でもあり、過去、侯爵家出身の王妃や、あるいは女王の夫を輩出してしています。
ホウ大陸との接点が近いという特異な位置づけから、《迷卵》が多く発見される場所でもあります。
現侯爵ラファエルは失踪中であるため、暫定的に、ヴォラース伯の管理下に置かれています。

■ヴォラース伯爵領
その領土のほとんどが森林地帯で人口も少なく、さして広い地域ではないのですが、古来より琥珀と翡翠の産地であることから、その動向を一目置かれてきました。冬には、この地域特有の《雪蛍》が幻想的なひかりを放つ光景が見られるため、他領から訪れるものも多いようです。

■アウラハ辺境伯領
ヴァイエン侯爵領と境界を接しており、領土におけるもめごとが絶えることがありません。現アウラハ伯は野心が高く、ヴァイエン侯のいない今、自身の領土を拡張しようと画策に余念がないようです。

■迷宮について
シュテファニエが産み落とした《迷卵》は、各地に散らばりましたが、すぐに土の中に埋もれていきました。
やがて、長い年月を経て、地上に出た《迷卵》は、太陽の熱で温められ、孵化しました。
《迷卵》が孵化すると、その場所の理が歪み《迷宮》が生まれます。
迷宮の最奥には、鳥のすがたの怪物《迷鳥》が潜み、ひとびとの脅威となります。放置すると被害は甚大なものになりますので、早急な対応が必要です。
《迷宮》を収束させるには、《迷鳥》の《迷い》を消すことが必至とされています。今のところその対処は《迷鳥》を消すこと、すなわち、殺すことしかないとも云われていますが……。

他にも方法はあるのかもしれません。
しかし謎は解かれぬまま、今日も迷宮が生まれ続けています。

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螺旋特急ロストレイル

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