|
|
|
|
<ノベル>
じーっと西崎家を見つめる女の子がいた。黄色いカサを持った女の子の名前は佐々原栞(ササハラ・シオリ)。見た目からして小学生なのだが、目が合ったら呪い殺されそうな殺気と暗い影を背負っていた。それもそのはず、彼女は『雨の降る刻』という和製ホラーから実体化したムービースターだった。
キャンディーの砲弾が飛び、お菓子の兵隊が暴れまわる銀幕市には、現在暗黙の戒厳令が敷かれていて、出歩いている人影はほとんど見られない。栞がふらふらと徘徊していたのは、いつもの癖だったかもしれないし、西崎家の執念に呼び寄せられたからかもしれなかった。
「…………、赤いの、キライ」
偶然足元を通りがかった兵隊が、赤いキャンディーを担いでいた。やおら栞のカサが唸り、キャンディーを輸送中の兵隊を木っ端微塵にした。
「誰かー! 誰か、もうダメ! あなた、こっち手伝ってぇ!」
「もうちょっと頑張れ! おれは玄関で手一杯なんだー!」
西崎夫人の悲鳴が、台所の窓から聞こえてくる。ゴルフクラブを振り回しながら、西崎氏が怒鳴り返した。彼の妻の応援をしたいのは山々なのだ。
台所の窓は、一致団結したチョコレートの兵士たちによって割られようとしている。
「……」
栞が、すう、と動いた。足音もしなかったし、気配もない。西崎氏は、幽霊ムービースターが塀と壁をすり抜けて、自分のかわりに台所の応援へ向かったことに気づかなかった。
対策課からの話を受けて、クラスメイトPは完全武装で西崎家に到着したが、……すでに満身創痍だった。途中で合流したバロア・リィムの協力がなければ、辿り着くこともままならなかったかもしれない。なぜなら、自ら囮になるため、ポケットやザックやヘルメットに甘いものを詰められるだけ詰めてきたからだ。
「ふー、とうちゃーく。……で、これからが本番なんだけど、大丈夫? Pくん……」
「だ……だいじょうぶ……で……す……」
ズレた眼鏡を直しながら、クラスメイトPはあまり大丈夫には聞こえない返事をした。
「おーい、西崎さーん。応援に来たよー!」
バロアはぶんぶん手を振った。かぶっているフードのネコミミが呑気に揺れる。しかし、彼の明るい声と表情はちょっと引きつっていた。最近、甘いものが食べられずにイライラしているのだ。実はどさくさにまぎれて、Pが持参したお菓子をこっそり食べたりしている。しかし、スイーツは堂々と、自分が好きなときに好きなだけ食べるものだから、やっぱりバロア・リィムは欲求不満だった。
「応援!?」
ゴルフクラブで兵士を叩き、汗だくの西崎氏が聞き返す。
「だ、誰か対策課に連絡してくれたのか!」
「あんたのところのタキト君がな」
バロアとPのかわりに、低い声が答えた。
「あ、あ、ぎ、銀二さん!」
Pが歓声を上げた。喧嘩にめっぽう強いムービースター、八之銀二(ヤノ・ギンジ)も西崎家の応援に駆けつけたのだ。クラスメイトPの憧れと尊敬の的である。
素人だけが守っていた玄関に、三人ものムービースターの応援が駆けつけた――お菓子の兵隊たちは、玄関を落とすのをあきらめたようだ。仕官クラスらしき兵士が腕を振り上げ、兵隊は蜘蛛の子を散らすように西崎家の玄関から退散した。
「おっ。逃げてった」
「あ、ありがとうございます! わざわざ来ていただいて」
「俺だけじゃあ、ない。西村君も来てる」
パコッ、と逃げ遅れた兵士をひとり蹴飛ばして、銀二は空を指した。ガアガアと鳴きわめく鴉が1羽。ムービースター西村(ニシムラ)の使い魔だ。
「ぎ、銀二さん。確か、キングスファクトリーのほうに行ったんじゃ……」
「まだ作戦開始まで時間があるんだ。それまで、できるだけ手伝いをしたくてな」
「銀二さん、やっぱりすごいです……!」
「へえ、やる気満々だねー」
「キャー!!」
「わーっ!!」
気が休まったのも束の間、家の中から悲鳴が上がった。しかも二人分。バロアとPはぎょっとした。玄関から兵隊が退いたのはいいが、家の中の攻防はまだ続いている。
「今のうちに玄関にはバリケードを。俺は中を手伝ってくる!」
「はっ、はい!」
「はいっ!」
「あ、じゃ、ボクも中に行こっと。おじゃましまーす!」
銀二とバロアが西崎家に飛びこむ。ほとんど反射的に銀二の言葉に返事をしていた西崎氏とクラスメイトPは、いそいそと塀の入口に自転車やポリバケツを積み始めた。
「あきらめたら、ゆるさない……」
台所であきらめかけていた西崎夫人にはじめに手を貸したのは、その言葉とともに現れた栞だった。
「あ、あなたは?」
「……あきらめないで……」
壁やバリケードをすり抜けて、いきなり現れた女の子に、夫人は一瞬目を白黒させた。映画の中で、幽霊を見た端役のように。しかし、栞がお菓子の兵士を踏みつけて、黄色のカサで蹴散らしていくのを見て、夫人は応援が来てくれたのだと安心した。
安堵した次の瞬間、台所の窓が割れた。悲鳴を上げて、夫人は頭を抱え、シンクから離れる。普通は換気くらいにしか使えない、小さな窓。人間なら、頭さえつかえてしまうほど小さいものだ。
しかし、相手は平均手のひらサイズのお菓子の兵隊。割った窓から次々と、台所になだれこんでくる。そのまま、流しの向かいにある冷蔵庫へ直行だ。
栞は無言で割れた窓に駆け寄った。ガラスの破片が飛び散っているが、実体のない幽霊がガラスを踏むはずもない。栞は虫でも叩くように、カサでバシバシと兵士を叩き潰す。あとからあとから兵士は割れた窓から侵入してきた。窓を何とかしなければ。
窓に鍋でも突っ込もうとして、栞は一瞬固まった。
黒い、兵士よりも大きなものが、割れた窓から中に飛びこんできたからだ。
カア! カア!
「えっ、鴉!?」
フライパンを手に、冷蔵庫のまわりで格闘していた夫人が驚く。窓から飛びこんできたのは一羽の鴉だった。鴉は翼で兵士を打ちすえ、クチバシでつつき壊していく。
「だ、め……! こ、れーは……駄目、大切……だか、ら……!」
いつの間にか、どこからか、西村が台所に駆けつけてきていた。鴉が西村や冷蔵庫の周りの兵士を攻撃している間、西村はガムテープを剥がそうとしている兵士を叩き落とした。そして、冷蔵庫にぴったりと背中をくっつける。
「た、助けてくれるんですね。ありがとう」
「……は、い」
「…………」
鴉を目で追っているうちに、栞は西村と目を合わせた。
「……あ……。貴方、は……」
西村が小さく呼びかけると、幽霊はぷいと目をそむけ、鍋を窓に突っ込んだ。少し大きかったが、それが功を奏した。栞の怪力で窓枠は吹っ飛び、鍋は変形して、穴がぴったり塞がったのだ。
居間の窓や部屋の窓が割られている。どれも大きな穴ではないが、お菓子の兵士たちが通り抜けるには充分だ。居間にも階段にも、窓から侵入した兵士たちがいる。
「二階に行ってくる!」
「はいよー、ここはボクが担当だね!」
銀二が階段に向かうのを見送り、バロアは、それっ、と手を振り上げた。
彼のロケーションエリアが展開され、西崎家は間取りはそのままに、荘厳な教会へ姿を変えた。ごく普通の壁紙は黒檀の木の壁に、割られた窓はステンドグラスに。
兵士たちは戸惑ったのか、一瞬足を止めた。
「ふっふっふ……今ボクは機嫌が悪いんだよー。キミたちも好き勝手やってくれたね。ボクからお菓子を奪うなんて……冗談じゃないよっ!」
バロアは早口で呪文を唱えた。そうそう使わない闇の魔法も、溜まった鬱憤を晴らすために今日は全開だ。ぼうっ、とバロアを中心にして波動が広がった。
すると――
バロアの影と、お菓子の兵士の影が、ベリッと床から剥がれた。
兵士の影が、自分の本体を叩きのめす。バロアの影もやたらと凶暴で、たちまち三体ばかり、チョコレートの兵士を叩き潰した。
「お! これは確実に息の根を止めるためにも……いっただきまーす!」
もっともらしい理由をつけて、バロアは動かなくなったチョコレートの兵士をぱくりと食べた。味はいたって普通のチョコレート。甘い甘い、幸せな味。
影と兵士が大乱闘を繰り広げる中、ぽりぽりとチョコレートを咀嚼して、バロアは居間を見回した。
「へえっ、こりゃ、食べ放題だなぁ」
要するに、死屍累々ということだった。とてもひとりでは食べ切れそうにない。バロアがふたつめのチョコレート兵士をおいしくいただいた頃には、影が居間のお菓子の兵士をほとんど残らず倒していた。
窓の穴から何も知らずに侵入してくる兵士は、すぐに影たちやバロアの餌食になっていった。
教会と化した西崎家の階段を駆け上がり、銀二は声を張り上げた。
「助けに来たぞ!」
しかし、応答らしい応答はない。かわりに、呻き声のような、悲鳴のようなものが、奥の部屋から聞こえてきた。兵士たちを蹴散らしながら奥に進み、ドアを蹴り破ろうとしてすんでのところで思いとどまると、銀二はドアを叩いた。2階にある部屋の、そのドアの前にだけ、バリケードがなかったのだ。
2階を守る少年は、すべての部屋のドアを厳重にバリケードで塞いだあと、この部屋に立て篭もったらしい。
「おい少年、大丈夫か!」
「た、助けて!」
それを聞いた瞬間、銀二は結局ヤクザキックでドアを蹴り破ってしまった。
この部屋にはベランダがあった。隣の家の屋根から飛び降りたり、庭の木をよじ登ってきた兵士たちは、ベランダに一挙に押し寄せてきている。タキトはここでひとり奮戦していたようだ。チョコレートと砂糖の兵士は、タキトにしがみつき、小さな手で髪の毛を引っ張ったりポカポカ殴ったりしている。一見ほほえましくはあるが、目でも突かれたら危険だ。
「いてえっ、やめろ! くっそ!」
部屋に飛び込んだ銀二は、無言で少年に群がる兵士を払い落とした。首根っこを掴んで壁に叩きつけ、床に落として蹴飛ばし、タキトを助け出す。
「あ、ありがとうございます!」
「いや、礼は早い。第一状況を余計に悪くしちまった。アレで入口を塞ごう。そうすりゃ、いくらベランダから侵入できても、下には行けないからな」
入口の近くには重厚なクローゼットがあった。ドアよりもひと回り大きい。中身は入ったままで、相当な重量だ。銀二はソレに組み付くと、かあっ、と気を吐いた。
「う、お、お、おおお……!」
ズズズ、とクローゼットが横にズレていく。タキトはなおも群がってくる兵士を振り払って、銀二を手伝った。吹っ飛んだドアをよけ、クローゼットを押す。すでに何体かは階段に出てしまっていたが、入口はクローゼットで完全に塞がれた。銀二の力でも動かすのに気合がいる重さと大きさだ。手のひらサイズの兵士なら、相当の人数を割かなければずらすのは難しいだろう。
「よし、一階に戻るぞ」
「え、どうやって……」
ひとつしかないドアは塞いでしまった。だが銀二は口の端をにっと吊り上げ、親指でベランダを示す。
「2階から飛び降りたくらいで死にゃあしない」
冷蔵庫の周りでは、まだ修羅場が続いていた。西村は無言だが、必死で冷蔵庫を守っている。ほとんど抱きついている。甘い匂いの兵士たちは、彼女の髪や指を掴んで、冷蔵庫からなんとか引き剥がそうとしていた。
「……だ、め……! だめな、の……! だ……からー、ごめん、ね……!」
西村の髪の毛が、バッ、と一瞬ひるがえった。彼女の周り、冷蔵庫の周囲にいた兵隊が、バタバタと物言わぬお菓子に戻って倒れていく。
西村は魂におしまいを告げるひとだった。無理やり魂を肉体から引き剥がす権限を持っている。しかし、ソレは彼女が喜ぶおしまいではなかったし、とても覚悟と気合の要る『強制』だった。
「ごめ、んね……ご、め……」
疲れ果てて、西村はずるずる床に崩れ落ちていった。怒り狂った鴉が、西村にしがみつこうとする兵士を打ち据える。
栞は、西村からある程度の距離を保って、押し寄せる兵士をカサで殴り続けていた。それも西村が脱落する前までだ。西村が座りこむのを見て、今度は栞が冷蔵庫の前に立ちはだかった。
バロアは、口の周りをチョコで汚し、時折甘いゲップをしながら影を操っていた。しかしそれも、展開から30分が経てば、効果が消えてしまう。
「あー、もうおなかいっぱいになってきたのになあ……」
きりがない。兵士たちはまるでゲームのように、無尽蔵に現れては襲ってくる。バロアは口をぬぐった。コレでも一応、焦ってはいる。
「な、何とかしなくちゃ。何とか……」
玄関をバリケードで塞いだクラスメイトP。彼は眼鏡を直して、まるで呪文のように繰り返していた。彼はまだ甘いものを身につけたままだ。兵隊は彼にも群がってくる。
「オイ、大丈夫か!?」
家に入ったハズの銀二が、なぜか庭から走ってきたことに驚いて、Pは飛び上がった。
「あれっ、銀二さん、どうして!」
「2階のタキト君は保護した。しばらく2階からの敵の増援はないはずだ。俺も1階で暴れてくる」
銀二が言っている間に、立派な教会だった西崎家が、音もなくもとの姿を取り戻していった。バロアのロケーションエリアの効果が切れたらしい。
「まずいな。P君、家の中だ!」
「ま、待ってください! ぼ、僕……やります!」
Pが叫ぶ。ぼうっ、と再び西崎家を波動が包んだ。
風景は、特に変わり映えがなかった。しかし。
お菓子の兵士たちが、ピクッと向きを変えて――ドッと一斉に走りだしたのだ。クラスメイトPに向かって。
「これで、『巻き込まれる』のは僕と兵隊だけです!」
「P君、……なんて心意気だ! 男だな!」
「西崎さん、銀二さん、ケーキを守ってください! っどわあっ!!」
カッコよく駆け出したPは、バリケードを跳び越えようとしてハデに突っ込んだ。爆発物でも仕掛けていたかのような『演出』で、バリケードが吹っ飛ぶ。Pは道に転がり出る。吹っ飛んだバリケードの破片は、どれもうまい具合にお菓子の兵隊に直撃していた。
ズレた眼鏡のままPは走りだした。兵士たちは、つられるようにしてPを追いかけはじめる。混乱の中で、コメディばりにぶつかり合っては倒れて気絶する兵隊まで現れた。
(アレは大事な、大事なケーキなんだ。絶対負けられないんだ。僕よりずっと強い人たちが冷蔵庫を守ってる。僕は映画どおり、逃げていればいいんだ。逃げるんだ、逃げるのが……僕の役目なんだ)
エイリアンからではなく、お菓子の兵隊から逃げまどうP。彼の脳裏を、切ないピアノのBGMつきでモノローグが流れていく。住宅街中の兵隊たちは、Pのロケーションエリアに吸い寄せられていった。Pは何度かハデに転んだ。そのたびに、お菓子の兵隊は彼のドジに巻き込まれる。
ロケーションエリアは30分間。30分間も全力疾走できるだろうか、とふとPは不安になった。
そのとき、彼の視界が、ふっと暗くなった。
「え……」
振り返ったPの視界に、巨大な丸いものが飛びこんでくる。
「わ、わ、わ、う、うそっ――」
ズッゴォォォン、と住宅街に破滅的な音が響きわたった。
キングスファクトリーが放った特大キャンディーの砲弾が、どういうわけか流れに流れて、Pのロケーションエリア内に落ちてきたのだ。車道には大きな穴が開き、クラスメイトPを追いかけていた兵士は、ほとんど残らず爆発に巻き込まれていた。
ドオオオゥンン……。
「……あれもP君の力だな……」
西崎家からも、流れ弾が巻き上げた爆煙ははっきりと見えた。ソレを見つめる銀二が、ぼそりと呟く。
「大丈夫かなー。あ、でも、すっかり静かになったね」
何事かと外に飛び出してきたバロアは、あたりを見回してからそう言った。動ける兵士はほぼ全員、クラスメイトPの追跡に向かっていたようだ。西崎家の周囲は、さっきまでの騒ぎが嘘のように静まりかえっていた。
「ようし、と」
ぐるり、と肩と首をならして、銀二がため息をつく。まだ茫然自失の西崎家長男を振り返ると、その頭に手を置いた。
「よく頑張ったな。それに、俺たちがこの危機に気づけたのも、君の言葉があったおかげだ」
「……!」
「俺はこれから、奴らの城に行ってくる。さっさと大元を黙らせないと、いつまで経っても妹さんにケーキを届けられないだろ」
銀二は西崎家に背を向けた。白いスーツの背中は、チョコレートまみれ。
「妹さんによろしくな」
彼はそのまま走りだし、住宅街を抜けていく。キングスファクトリーまで、一直線だろう。
「はー。あとはあのおっちゃんたちに任せるか」
「あ、ありがとうございました!!」
「いいよいいよ、お礼は、お菓子で」
できれば例のケーキだとうれしいな。
いいだけチョコレートを食べたバロアは、心の中でこっそりそうつづけた。しかし、今の彼はまだ知らない。闇の魔法を使った反動で、これから一週間ばかり、舌が何を食べても甘味しか感じられなくなっていたことに。
そして――。
後日。
いや、その日の午後。
西崎家は総出で、銀幕市中央病院に向かった。ムービースターたちのおかげで守りぬけたケーキを手に。ソラはいつもの病室で、今年の誕生日ケーキをほとんどあきらめていたという。病院ではあまりスイーツ絡みの事件が起きていなかったが、街を騒がす事件は嫌でも多くの患者の耳に届いていた。事件を知らないのは、昏睡状態に陥っているような、よほどの重症患者くらいだ。
奇跡的に生き残っていたクラスメイトPが、外科で捻挫やすり傷の治療を受けている間、西崎ソラの小さなバースデイパーティーが催された。
ソラは誕生日のうちにケーキが届いたことを、とてもとても、喜んだ。
佐々原栞が、病室の片隅で、じーっとその光景を見つめていた。ささやかな誕生日のお祝いが終わって、西崎家が帰ったあと、栞はソラの前に姿を現した。
「……あ……」
まさしく幽霊を見たときの驚きで、ソラは一瞬固まったが、すぐに笑顔を見せた。
「ケーキ、まもってくれたスターさんだね。どうもありがとう」
「……ソラちゃん、ずるい……」
じっとりとした視線で、栞はソラを半ば睨みつけていた。まるで呪い殺そうかというような視線だ。けれども――
「あなたを好きでいてくれる人が……いっぱい、いっぱいいるから……ずるい。うらやましい……。病気なんかに負けたら、わたし……ソラちゃん、ゆるさない。……ぜったい、ぜったいしあわせになって……」
そこまで言うと、栞はギロリと目を動かした。いつの間にか病室に入ってきているのは、栞だけではなかった。西村が立っていたのだ。
「……こん、にちー……は。ケー、キ……おいしー、かっ、た……?」
無表情で尋ねる西村に、ソラはコクリと頷いた。西村のことも、両親や兄から聞いているらしい。
おしまいにしますか?
つづけますか?
ふと、栞や、ソラの頭の中に、その声が響きわたった。
戸惑った表情のソラに、ギロン、と栞が目を向ける。
「……つづける? ……生き、つづける?」
暗い声だが、それは、助け舟だった。
「うん。つづける。来年もケーキ食べたいもん」
西村は、嬉しそうに微笑んだ。栞は、ゆっくりゆっくり踵を返し、音もなく病室の出入り口に向かっていく。
「ゆうれ、いさ……ん。もう、ソラ、ちゃんー……大丈夫、だか、ら」
「…………。西崎さんに……言えば?」
「幽霊、さん」
死神にはそれ以上目もくれず、女の子の幽霊は消えていった。
シヌノハ トテモ コワイコト
ダカラ イキテイタイノ
栞の呟きは、誰にも聞こえなかった。
|
クリエイターコメント | 龍司郎です。定員いっぱいのご参加、本当にありがとうございました。カッコよくちょっと切なく書けているでしょうか。ソラのお見舞いシーンはもともと数行で終わらせる予定でしたが、PCさんのアプローチがあったのでいろいろ書いてみました。 また機会があれば、龍司郎のシナリオに参加していただけると嬉しいです。それでは。 |
公開日時 | 2007-02-14(水) 18:00 |
|
|
|
|
|