★ 【魔滅の絵画】バーミリオンの烙印 ★
<オープニング>

 白い白い白い、実に白い世界だ。
 不安定にして繊細なる感情も、煮えたぎる破壊の衝動をも受け止め、何者にでも成り得る『無』の力を持つのだ。
 なんと興味深い、そして、なんと愚かしい世界だろう。


<Material>

 夜の展示室から人の息遣いが聞こえる。美術館はとっくに閉館している時間帯だ。誰かが居るのは可笑しい。
 のだが。
「……く、くそっ」
 女は周囲を気にしながら作業を続けた。時間が経つにつれて増してくる焦りと緊張感に舌打ちし、がむしゃらに手元を動かした。
「あの女が、あの女が悪いのよ……あたしより良いものを描いたりするから……!」
 今宵はなんて美しい満月だろう。青白い月光が窓辺から入り込み、女の前に置かれた傷だらけの絵画と、女の手に握られた彫刻用の小刀を照らし出した。
 もっと切れ味の良い刃物にすれば良かった、と女は歯噛みした。包丁なんて鞄に入れて持ち歩けないから彫刻刀にしたのだが、こうも上手く傷が付けられないのでは役に立たない。失敗と言えば、油絵の具を吸って硬度と弾力を増したキャンバスの布地を甘く見ていた事か。
「あんな女が……あ、あたしはあいつよりずっと勉強してきたし、試験だってトップだったし先生に見込みがあるって褒められたのに、こんな、こんな」
 苛立ちがピークに達し、女は彫刻刀を思い切りキャンバスに突き刺した。どすっとくぐもった鈍い音がする。
 恐らく女も一人の描き手なのだろう。他者の作品を潰す事で己の優先順位を引き上げようとしたのかもしれないが、『あたしより良いものを』と口走っている時点で、それはまさに画家としての決定的な敗北宣言だった。
 彼女の嫉妬を掻き立てる程に、確かにその作品は美しかった。
「もう、何でちゃんと切れないのよ……!」
 再び、ざくり、ざくりと他人の作品を傷付けていく。その時であった。

「成程……それが最も、浸透しやすい色彩か」

「!?」
 突然、すぐ隣から声が響き渡り、女は小さく悲鳴を上げて後ずさった。いつの間にか窓辺に黒いエプロンを付けた男が腰掛けている。
「な、な、な」
「誰しも飼っている毒でしょう……いや、白い世界の君達だからこそ、より強く」
 唇を震わせて固まる女を余所に、意味の分からない言葉をぽつり、ぽつりと呟く。
 そして、何の前触れもなく男は女の額に手を伸ばし――

「貴女の赤は、私が貰い受けよう」

 じゅ、と皮膚が焼ける音がした。
 女は叫び声を上げ、キャンバスを巻き込んでその場に倒れ込んだ。


<Coating>

「貴女は絵がお上手だ。私の片腕として働いて頂くとして。……貴女にはまずやって頂きたい事があります」
「何なりとお申し付け下さい。ヒュー様」
 無表情な人形と化した女に、男はうっすらと笑みを零し、小さなスタンプのようなものを渡した。
「より多くの力が必要になります。まずは……集めなさい。赤き毒を育て上げる小さな種を。より『赤』の強い者程、鮮やかな炎と成り得るでしょう」
「かしこまりました」
「ああ。出来れば、アートに多少の心得がある方が良いですね」
 ……そうして、深く静かに、魔術師の毒が街中へと蔓延していった。


<集会>

 暗闇の中、男の声が響き渡る。
「諸君。よくぞ此処へ集まりました。君達にはやって頂きたい事が有ります」
 男は立ち上がり、手前にいる眼鏡を掛けた壮年の男に一枚の小さな――龍の絵が描かれた砂絵を手渡した。
「貴方には『砂の烙印』を与えましょう。砂塵の使徒を率いる長として」
 次に、右隣に居た金髪の若い男へ、青緑色の絵の具の瓶を手渡した。
「貴方は確か、アートがお上手でしたね。……では『森の烙印』を与えましょう。緑青の使徒を率いる長として」
 そして最後に、左隣に居た小さな少女へ、白い鳥を模した一枚のタペストリーを手渡した。
「はは、これは私の自信作なんですよ……貴女には『風の烙印』を与えましょう。白の使徒を率いる長として、向かって頂きたい場所が有ります」
 全員は一斉に頷き、男は黒い瞳を細めて薄く笑みを浮かべる。
「では参りましょうか――皆さん。我々の幸せを掴み取る為に」


<Painted over:朱色に染まる主>

「? 何だ、お前達は」
 いつの間にか周囲に集まってきた人間達にアリアは首を傾げた。蜘蛛の半身を持っている姿が珍しくて寄ってきたのだろうかとも思ったのだが……誰も驚いている様子はなく、ただ無表情に立ち尽くしていた。
 アリアがもう一度首を傾げた時、彼女の半身が本能的に危険を察知し、うぅと唸りながら一歩後ずさった。

 ありあ あぶない

「アリア? どうした――」
 しかし、気付くのが少し遅かった。アリアの背後に居た男が大きな網を投げ、蜘蛛の少女は捕らえられてしまった。
「な、何をするんだ!? 放せ!」
 驚き、喚き散らして網から逃れようともがくアリアへ、正面に立っていた眼鏡を掛けた壮年の男が歩み寄り、無表情のままに告げる。
「お前は宝石迷宮の主なんだろ?だったらあれを持ってる筈だ。出せ」
 言われている意味が分からず、アリアが眉を寄せる。
「あれとは何だ。何を言われているのか分からない」
「とぼけるな!」
 男は怒鳴り声を上げ――取り出したパレットナイフをアリアの足に突き刺した。少女と蜘蛛の、二つの悲鳴が響き渡る。
「ぐあぁ……う、うぐ、あぁ……!」
 傷口からエメラルド色の血液が流れ落ちる。アリアは体勢を崩しながら男を睨み付けた。
「持ってるんだろう! 出せ! 『赤い石』を! 俺達を幸せへと導く『赤い石』だよ!」
「赤い石……? し、知らない。そんなもの……」
 それでも首を横に振る蜘蛛女に痺れを切らし、男はパレットナイフを蜘蛛の目玉に突き刺した。
 悍ましい叫び声が轟く。

 くいころして やる

 蜘蛛のアリアは怒りに震え、網を食い千切って人間達に襲い掛かろうとする。周囲の人間達は恐れる事なく蜘蛛女に飛び掛かり、その身体を強引にロープで縛り上げた。
 腕も足も腹も、ぐるぐると容赦なく締め上げられ、アリアが苦しみの叫び声を上げた。

「やめ、やめろ――うぁあああああああああ!!」

「連れていけ。倉庫へ」
 眼鏡の男が指示し、蜘蛛女はトラックの荷台へと放り込まれ、何処かへと走り去って行った。


<Painted over:燃え堕ちる明星>

 その日はいつもと様子が違った。
 黄昏列車がいつも通りその時間帯に公園に到着すると、既に何人かの人間達がそこに佇んでいた。
「? こんゆうわー」
 少し違和感を覚えながらも、陽気な車掌は夕焼けの中に佇む人間達を列車へ誘い、黄昏列車は空へと旅立った。

 ゴトトン、と電車の駆動音が車内に響き渡る。
 無表情な集団に眉を潜めつつ、車掌が挨拶をすべく口を開こうとした時だ。
 集団の先頭に居た金髪の若い男が立ち上がり、車内の壁側に身を寄せた。彼に習うように、他の人間達も頭を垂れながら左右に避け、集団の中心に居た男が姿を現した。
「初めまして。案内人さん」
 黒いエプロンを付けた男は優雅に椅子に腰掛けながら、車掌ににこりと笑みを見せた。
「あんた、居たっけ?」
 車掌は首を傾げ、男と向かい合う。男はくすりと微笑を零した。
「実は折り入ってお願いがあるのです。我々はとある捜し物をしています。貴方がたは、黄昏の地へ向かう事が出来るのでしょう?……我々を案内して頂きたいのです」
「捜し物ねぇ」
 ふーん、と唸り、夕焼けのような眼差しを細めて車掌が男を見据える。
「赤の宝玉です。……私の記憶に刻まれた、恐るべき力を宿したとされる焔の石」
「あんた……そいつを見つけて、どうする気だよ」
 車掌の問いに、男はさあ? ととぼけて見せた。
「……嫌だね。列車は走らせない。あんた悪い事する気だろ――おい兄者! 列車を引き返してくれ!」
 車掌が声を張り上げ、運転席に居る兄に指示を出そうとしたのだが――
「出せないのなら、仕方ありませんね。皆纏めて、燃やしてしまいましょう」

 そして。
 夕暮れの赤い空から地上へ、真っ赤な流れ星が一つ、墜ちていった。


<red,red, Painted over>

 同時刻。小さな少女と何人かの少年達が集まり、美術館ホールで開催される「民芸作品美術展」と足を運んでいた。
 その手には幾つかの作品と、白い鳥のタペストリーを持って。

 そして、街を散歩していた鱧田の元にも、一人の男が現れた。
「初めまして、こんにちは。貴方に折り入って、お願いがあるのです」
「あれ? 君は………」
 黒いエプロンをつけた男の登場に、鱧田は目を丸くして立ち尽くしていた。


<Escape stairway>

 茜雲が輝いている。春の夕焼けを浴び、腹に宿した光の粒子を煌めかせながら遠い世界へ伸びていく。
 遠い遠い世界へ。
 いずれは全ての水分を吐き落とし、風と共に散り散りになって消えて逝くのだろう。
 存在して居られるのは今だけだ。
「なんと赤く鮮やかだ。だが我々は、あの雲にすら成れはしないのだろうな……色彩は所詮、キャンバスを飛び越える事など適わないのだから」
 そっと呟き、男は絵の具塗れのエプロンのポケットへ手を滑らせた。中から煙草ケースを取り出し、一本抜き取ってかちりと火を点ける。
「……赤の宝玉。至高の絵画を作り上げる事が出来るという、焔の石。『ヒュー・ファイシェイ』という男が魔女を倒す為に用いたと、私の記憶には刻まれている。その力を以って私は――これは、ある種のあてつけなのかもしれないな。その力を使い、この世界を魔滅に導こうなどと」
 誰に語り掛けているのだろうか。古びた非常階段から紅く染まる街を眺め、そっと呟く。
 桜の香りが鼻を掠める。
「この世界は私の街によく似ている――何故、こんな記憶が、こんな感情が存在する。私は私でしかない、いや、私ですら無いと言うのに……まあ、そんな事はどうでも良い」
 ――いや、と頭を振り、階段の手摺りに寄り掛かった。
「これが私なりの愛し方なのだろう――ならば、私は私なりに描き尽くそう。色彩の焔は虚像に過ぎずとも、見る者の目を焼き潰す事が出来る」
 ふうと煙草の煙を吐き出した時、彼の隣に一人の女が近づき、お辞儀してから何事かを耳打ちした。男はこくりと頷き、うっすらと笑みを浮かべる。
「そうですか。ご苦労様です。……私には分かります。きっとあの石はこの街に実体化しているでしょう。何としても探し出し、この街を幸福へと導きましょうね」
 そして、彼もその場を後にした。


「目覚めよ、芸術の獣達よ。白い世界の者達を後悔させて遣りなさい。我が油煙の呪いを以って、何もかも噛み砕いてやろう」



***ご注意!***

このシナリオは、イベントシナリオ【終末の日】以前の出来事として扱われます。ご了承下さい。

種別名シナリオ 管理番号1011
クリエイター亜古崎迅也(wzhv9544)
クリエイターコメントこんにちは、亜古崎シナリオ【魔滅の絵画】の最終シナリオをお届けに参りました。
まず初めにお知らせする事は、
*プレイング募集期間が大変に短くなっております。これはOP提出が遅くなった私の所為です。すみません……(伏)
*それから当シナリオは、イベントシナリオ【終末の日】以前の出来事として扱われますので、ご注意下さい。

魔道師ヒュー・ファイシェイは記憶の中に刻まれた『赤の宝玉』を使って街に災いを齎そうとしています。彼の悪巧みを打ち破って下さい。
・彼らが石に辿り着く前に赤い石を探し当てるのも手かもしれません。実体化しているかどうか、何処に在るのかどうかはヒュー本人にも分からないようです。
・ヒュー率いる魔滅の使徒軍団は数グループに分かれて活動しています。リーダーが最も強い呪いを掛けられ、その他の駒は軽度の呪い、とお考え下さい。それぞれのグループに一つずつ「絵画」が手渡されており、何かが起きる可能性があります。彼らを止めに行く場合、プレイングとしては向かいたい場所をひとつ選択して頂ければ幸いです。(美術館、鱧田の元、アリアの元、黄昏列車、など)
WRとしては行く人が居なかった場所から攻撃を――げふんげふん。
・冒頭の彼女はヒューの側近として動いています。絵心があり、呪いの絵画を描く事が出来るようなのでご注意下さい。また、ヒューのダミーも何体か送り込まれています。
「幸福へ導く」などと嘯いているようですが、ヒュー本人の考えや彼が本当に行おうとしている狙いなど、何か思う事が有れば是非。彼の命を奪うか否か、など。

ギリギリになってしまって申し訳ないです!皆様の素敵なプレイングをお待ちしております。

参加者
コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
ファレル・クロス(czcs1395) ムービースター 男 21歳 特殊能力者
ミケランジェロ(cuez2834) ムービースター 男 29歳 掃除屋
キュキュ(cdrv9108) ムービースター 女 17歳 メイド
ヨミ(cnvr6498) ムービースター 男 27歳 魔王
クラウス・ノイマン(cnyx1976) ムービースター 男 28歳 混血の陣使い
<ノベル>

<White world>

 砂浜に透明な波が浸食し、刻まれた足跡を瞬く間に溶かしていく。
 潮が満ち、白い砂浜とテトラポッドが飲み込まれていった。
 足跡は陸地に上がり、アスファルトに湿った模様を刻み付けていく。
 街を抜け、道路を横切り、やがて古びたビルの前に辿り着いた。
 カラスの鳴き声が聞こえる。
 夕焼けが眩しい。
 一巻のフィルムを懐に仕舞い、男はビルに備え付けられた非常階段に足を掛けた。

 かん、かんかん。

 沈み逝く夕焼けを眺めながら、男はその気高い音色に耳を澄ませていた。
 錆び付いた金属の螺旋階段を踏み付けるその音は、命運を分かつ時を告げる鐘の音によく似た響きを以って彼の元に近付いていた。
 今が断罪の時だとでも言うのか。恐れるならば、逃げる事も叶った筈だ――いや、逃げてもいずれは、出会う事になるだろう。
「………」
 何が楽しいのか。男は薄い笑みを浮かべる。

 かん、かん。かつん。

 そして、男の前に彼は姿を現した。
「これはこれは……お久しぶりです。よく此処が解りましたね。傷痕の君」
 空々しい薄笑いで迎えた男ヒュー・ファイシェイに、ミケランジェロは無言で一瞥を返した。
 アメジストの双眸は穏やかにも取れる深い怒りの色で満たされ、静かに彼へと向けられていた。
「……てめェは」
 ミケランジェロがゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「てめェは――何を思って筆を振るう? 何を考えて、何の為に描く?」
 前置きも何も切り落として唐突に告げられた言葉に、ヒューはただ、笑みを顔に貼り付けたままミケランジェロを眺めていた。
「なァ――答えろよ。てめェにとって……『絵』って何なんだ」
 彼の心は激しい怒りに駆られていた。芸術の神である彼の領域を、ヒュー・ファイシェイという愚かな画家は土足で踏み込んでしまったのだ。
『断罪の死』か、『断罪の茨』か、愚行の代償を払えと――静けさを湛えた瞳は二つの選択肢を彼に突き付けているようにも思えた。
 鮮やかな夕日がゆっくりと傾いていく。真っ赤な雲は燃え上がる炎のような猛々しい姿のまま静止し、カラスが日暮れの星粒を跨いで空を横切っていった。その時間は永遠にも刹那にも感じられた。朱い光を浴びながら男は手摺りに寄り掛かり、手にしていた煙草をぽとりと地面に落とした。
「……さあ…私には分かりません」
 ミケランジェロの眉がぴくりと動いた。
「私を生み出した制作者は何を思っていたのでしょうね?私にとってアートとは……存在意義の証明なのかもしれません」
「――ふざけんじゃねェ」
 押し殺すような低く静かな声で、ミケランジェロがヒューを睨み付けた。
「……御託はどうだって良いんだよ。俺ァてめェに質問してんだ。てめェは誰の為に、何を求めて描くんだよ。――これ以上その腐った頭で、芸術を穢すんじゃねェ」
 怒りを秘めた彼の言葉に男は呆れるような溜息を着き、そっと囁いた。
「意味など……。私は私の望みを描いているだけです……ええ、愛情を抱いていますよ。貴方の求める形と、在り方が違うだけだ」
「……てめェには何を言っても無駄だな」
 ミケランジェロはくくっ、と嘲笑めいた苦笑いを零すと、肩に担ったモップを軽やかに降ろし、ヒューの眼前に突き付けた。
「二度と汚ェ手でふざけたもんが描けねェように……その腕、切り落としてやるよ」
「ほう……それは是非――やれるものなら、やってご覧なさい」
 男は僅かに楽しげな笑みを浮かべ、両手を虚空に掲げた。

 *

 柔らかな光が窓辺をたゆたい、清楚な白のカーテンを一層白く輝かせる。
 ガラス越しに心地良い昼間の日差しを浴びながら、光の中を一匹の揚羽蝶がひらひらと羽ばたいていた。
「身体の具合はどう? 姫さま」
 椅子に腰掛けた金髪の少女が心配そうに尋ねると、ベッドに半身を横たえた少女は、静かにこくりと頷いた。
 海原を思わせる豊かで湿りを帯びた髪に数匹の昆虫が群がり、滴り落ちる水滴を吸い上げている。
 金髪の少女は彼女とはまた違う質感の細く柔らかな髪を揺らし、人懐こい笑みを浮かべた。無機質な病院の一室に注がれる光は何処までも白く、眩しい。二人の少女の髪がきらきらと銀河のように輝く。
「心配しないで……わたしはもう大丈夫よ。あなたや、あの子や、あの人が助けてくれたから、今もこうして生きていられた」
 先日の事件を思い出し、少女が僅かに眉を下げる。
 肌に描かれた青の紋様によって彼女の命は護られているが、そこに行き着くまでに大変な騒動があった。
 街の一部は破壊され、決して少しとは言えない数の怪我人が出た。本来ならば彼女の命が失われる筈だったのに――引き換えに、大切な人の命が失われてしまった。
 ころころと涙のような雫が髪先を伝い、白いシーツに落ちていく。
「姫さま……」
 黙り込んだ少女の肩をぽん、と金髪の少女が叩いた。
「どうか……悲しまないで。あなたが悲しむと、きっと蝶さんも悲しくなるわ。今はあの人の分も、幸せに生きて」
 彼女の言葉に少しだけ目を伏せ、少女は静かに頷いた。


********************

 あるまちに、えをかくのが大すきなまほうつかいがくらしていました。
 その日はとてもきれいな青空でした。こうじょうのえんとつから、真っ白いホイップクリームの雲がもくもくと空にしぼり出され、ほどうきょうの下にさいているタンポポの花は、なんて明るい黄色なのでしょう。
 通りかかったおまわりさんが、まほうつかいのスケッチブックをのぞいていきます。
「おはようございます。おまわりさん」
 まほうつかいは朝のあいさつをしました。
「おはよう。まほうつかいさん」
 おまわりさんがぼうしをぬいで、あいさつを返しました。まほうつかいはにこりと笑います。
 今日も、彼の楽しい一日が始まるのです。

********************


<Warehouse>

 通り掛かった公園から男の罵る声や騒々しい音が聞こえ、コレットは思わず足を止めた。
 ……誰か大人の人が喧嘩でもしているのだろうか。
 飛び出して止めに入るべきかお巡りさんを呼びに行くべきか暫し考え、コレットは辺りを見回した。
 日が暮れた街は人通りが少なく、車道を何台か自動車が通るものの、さすがに都合良く公園の異変に気付く者は居なかった。
 しかも此処からでは交番が少し遠い。
 とにかく今は止めに入った方が早いか――コレットが公園の様子を覗こうとした時だ。
 荷物を抱えた数人の男達が、ぞろぞろと公園から出てきた。コレットは慌てて鮮やかなサツキの生け垣に身を寄せる。
「ヒュー様に連絡を。迷宮の主を捕獲した、と」
 あっ、と漏らしそうになった声を慌てて飲み込んだ。
 男達が担いでいた大きな荷物は人の姿をしていたからだ。金に近い不思議な色の髪にだらりと伸びた腕と、昆虫のような足があって――

(――アリアさん……!)

 見覚えのある姿に、コレットの背に緊張が走る。
 男達は道路の脇に止まっていたトラックの荷台にアリアを放り込み、エンジンを発進させて何処かへと走り去っていった。
「た、大変! 何とかしないと……」
 コレットは商店街の方へ目を向けると、急いでタクシー乗り場へと走って行った。

 *

 男がガラガラと薄暗い倉庫の扉を開ける。
 仲間の一人がアリアを冷たいコンクリートの上に突き飛ばした。アリアはうぅ、と苦しげな呻き声を上げて倒れ込んだ。
 強く縛られた縄が身体中に食い込み、痛々しい痣からは緑色の血が滲み始めている。
 身動きの取れないアリアの傍に、眼鏡を掛けた壮年の男がしゃがみ込んだ。
「どうだ。……赤い石を渡す気になったか」
「だから……! アリアは、そんなもの知らない……」
 男は舌打ちし、仲間の一人からパレットナイフを取り上げ、アリアの顔面に突き付けた。
「お前は持っている筈なんだ。ヒュー様と同じ映画から現れた、お前なら」
 眼球数センチの距離に金属の切っ先を突き付けられ、アリアの瞳が大きく揺れる。
「強情は良くない。次は……蜘蛛だけじゃない、お前の目玉を潰してやろう」
「……!」

「やめて……ッ!」

「!?」
 その時、薄暗い屋内に少女の声が響き渡り、全員が倉庫の奥に目を向けた。
「コレット……!? 何で此処に……?」
 アリアが床に転がったまま声を上げる。
 暗がりから現れたのは場違いな金髪の少女の姿。壮年の男は表情を曇らせ、静かに立ち上がる。
「お嬢ちゃん。何処から入ったかは知らないが……見られたからには、ただでは帰さないよ」
「此処に居てはいけない、逃げろ……!」
 苦しげな表情のアリアに小さく首を振り、コレットはリーダー格と思われる男に目を向けた。
「お話が、有ります……その、皆さんが探している赤い石なら、私が持ってます」
 少女の言葉に男達の目付きが変わる。
「どうしてお嬢ちゃんが持っているんだい」
「アリアさんから、渡されたんです」
 唇を一文字に結び、コレットは男を真っ直ぐ見つめた。
「アリアさんにこれ以上何もしないって約束してくれるなら、この石を渡します。駄目と言うなら……石は、渡しません」
 少女がぐっと拳を握り締めた。
 多少の油断は有っただろう――コレットではなく、男達の方に。大の大人数人に対して相手は華奢な少女一人だ。しかも寂れた倉庫街、騒ぎを聞き付けた誰かがやってくる筈も無い。
 男達のアイコンタクトに気付いた時には既に遅く、コレットの背後に回り込んだ仲間に両手を抑えられ、あっという間に捕まってしまった。
 余裕さえ窺えるようなあまりに大胆な近付き方だった。大人や身体機能が並以上のムービースターであったら、簡単に回避が可能だったのだろうが……細い少女の腕力では、振り払う事も逃げ切る事も難しかった。
「は、離して!」
 男は片手でコレットの両腕を捻り上げ、空いた手をポケットに突っ込んだ。
「……有りました」
 掌に収まる小さな石を見つけ、仲間がにやりと笑って壮年の男に投げ渡す。男は石を舐め回すように眺めた後、ころりと地面に転がした。
 繊細なカットが施された赤い宝石は、倉庫に僅かに入り込む光を浴びてきらりと輝いた。複雑な煌めきはクラックを内包している所為か。
「偽物だな」
 眼鏡の男が溜息を着く。コレットを抑えている男は彼女を乱暴に突き飛ばした。
 石は確かに美しいものでは有ったが、何かの力が宿っているとは思えない、何の神秘性も感じさせない普通の石だった。水晶か瑪瑙の加工品か、或いは質の良いガラス玉だろう。雑貨屋で売っているような、明らかな『間に合わせ』だった。
「こいつ……舐めた真似しやがって」
 男は地面に膝をついたコレットを蹴り飛ばそうと足を上げたが、壮年の男に制止されて止めた。
「放っておけ。今は役目が先だ」
 男が言い終わるのと同時に再びアリアの悲鳴が聞こえ始め、コレットは青ざめた顔で叫び声を上げた。
「アリアさん! お願い、やめて! やめて!!」
 その時、だった。

 ゴォォオォン……。

 彼女の叫びを聞き届けたかのようなタイミングで、倉庫の入口の扉が大きく開け放たれた。
「な……!?」
 朱い夕焼けが倉庫内を照らし出す。あまりの眩しさに全員が顔を顰めた。
 ぽとり、とお菓子が入ったバスケットらしきものが入口付近の地面に落ちた。

「――あまり」

 わさわさ、わさ。

 例えるならメデューサかクラーケンかヤマタノオロチか捕食事のクリオネの最終形態か、とにかく形容しがたいシルエットが光の中に佇んでいたのだ。
 とりあえず分かった事は、

「――モンスターと言う存在を、怒らせるものでは有りませんよ……」

 それが物凄く『キレていた』と言うことだ。
「ひ、ひぃ……!」
 蜘蛛女のアリアを見ても恐れなかった男達が、冷や汗を浮かべながら後ずさる。

 倉庫街に騒がしい乱闘の音と、男達の情けない悲鳴が響き渡った。
 

<Art hall>

 意外にも美術館の利用は多い方である。暇潰しがてら己が手掛けた作品を眺めに、と言う名のサボりを謀る為に、ミケランジェロは何度も此処へ訪れていた。白亜の建造物とも美術館スタッフとももはや馴染みである。
 喫煙室で一服してから館内をだらだら彷徨うつもりだったのだが――今日はどうやら、そうもいかないようだった。
「………?」
 フライングでタバコを口に銜えながら喫煙室の扉を開けようとした時、ふと背後に違和感を覚えて彼は思わず振り返った。
 後ろは各ホールを繋ぐ長い回廊が続いている。喫煙室は回廊の一角に設置されており、此処に来るまでに既に何人もの来館者と擦れ違ったのだが――今しがた、彼の後ろを通過して行った者の気配は普通ではなかった。
(――今のは)
 振り返った先には大勢の人間が歩いていた為、どの人物の放っていた気配かは判別できなかったが、少なくともミケランジェロはその気配を知っていた。
「……チッ」
 扉に伸ばし掛けた手を離し、ミケランジェロは気配を追い掛けて歩き始めた。

 *

「民芸作品美術展」
 美術ホール入口に立てられた看板を眺め、ファレル・クロスは人知れず笑みを浮かべた。口角が僅かに上がり、口元は笑みの形に歪められていたが、紫色の双眸は欠片も笑っていなかった。
「……『呪いの美術展』と。言った所でしょうか……面白そうな事になりましたねぇ」
 携帯電話で幾つかの情報を確認すると、ファレルは美術ホールへと足を踏み入れた。


 白く清潔感のあるホールに幾つもの鮮やかな作品が展示され、静かながらも多くの来館者で賑わっていた。
 作品展の主旨は『失われゆく文化芸術の素晴らしさ』だとかで、アマチュア以上プロ未満の若き作家による民芸作品が数多く出品されていた。主に布を使った作品がメインで、その他に陶芸品やガラス製品も並べられている。『民芸』の範囲が特に定められていなかった為に、地方や作品の雰囲気がかなりごちゃ混ぜになっていたが、色使いの鮮やかな作品が並ぶ様は何処か浮世離れしているような、エキゾチックですらあった。
「はい。先生の作品と、自分達の作品を搬入しに来た『桜アートクラブ』です」
 小学校低学年くらいの少年少女におや、と目を丸くして、受付を担当していたスタッフは名簿を捲り始めた。
「桜アートクラブさんね……ふむ、出品と午後からの受付係担当ですね。作品搬入は完了しているので、午前中は自由時間、かな?」
 白いベレー帽と揃いの衣装を着た愛らしい子供達に頬を緩め、スタッフがお子様目線で声を掛ける。
「みんな、絵を描くのが好きなの? 小学生なのに先生のお手伝いが出来るなんて、偉いねぇ」
 先頭に居た少女がにっこりと笑顔を見せた。スタッフはますます嬉しそうに笑った。
「まだ時間が有るからお昼ご飯を食べてくると良いよ。美術館を見て回ってきても良いし」
「はーい」
 子供達はぱたぱたと小走りで色々な場所に散っていった。

 *

 白い回廊を渡り、展示室の扉が並ぶフロアに差し掛かった時だ。気配が強くなったのと同時に子供が前方を横切っていくのが見え、ミケランジェロは思わず走り出した。
「……おい!」
 角を曲がって子供の後を追う。白い服の少年は廊下の手前で振り返り、ミケランジェロをじっと見つめた。

 (――何だ、この気味の悪さは……)

 もしかしたら子供はミケランジェロにとっての最大の天敵かもしれない。何を考えているかさっぱり分からない真ん丸の瞳に居心地の悪さを覚えながら、低い声で問い掛けた。
「……お前――あいつの手下か? 絵描き気取りの、ふざけた野郎の」
「………」
 今ので通じるとは到底思えなかったが、ミケランジェロの一言は探りを入れる為の言葉ではなかった。寧ろ確信が合ったから放ったのだ。
 少年はミケランジェロを眺め、そっと呟いた。

「……ミケランジェロ」

「……あァ?」
 ミケランジェロが眉を潜める。

「――邪魔者」

 彼が少年の首筋に描かれた小さな『絵画』に気付いたと同時に、少年は風のように走り出した。
「……チッ! ガキんちょが――!」

 *

 美術ホールでは多くの来館者が集まり、数々の作品が見る者の目を楽しませた。
 賑やかさも騒がしさもなく、ただ静かに落ち着いた時間が流れていく。
「………」
 特に展示品を見て回る訳でもなく、青年はホールの隅の壁に寄り掛かり、会場を歩き回る子供達を監視していた。
(人々が行き交うこの場所で、どう出るつもりなのか)
 あの無邪気な子供達の『後ろに張り付く何か』の気配を、ファレルも見抜いていた。が、相手の用いる策が読めない以上、下手に手出しはできない。
(何処かで騒動を起こし、パニックを引き起こし会場を空にして――)
「……まさか」
 ある考えに辿り着き、ファレルははっと顔を上げた。
(会場の人間ごと、巻き込むつもりで――?)
 その時、会場の隅々まで満ちる『空気』が、足元から少しずつ変移してきている事に気が付き――ファレルは行動を開始した。

 *

 何処までも走り抜けていく子供を、ミケランジェロは必死に追い掛けていく。
「……待ちやがれ――」
 フロアの区切りまで差し掛かったその時、突然辺りの空気が一変した。
 足元の白い床に細かな紋様が施されている事に気付き、ミケランジェロは前方を走る子供を睨み付けた。
「嵌めやがったな……?」
 子供はにこりと笑い、再び走り出した。

 ごぅん、ごぅん。

 子宮の胎動か、或いは怪物が渇いた喉を鳴らすような不気味な音色が響き渡る。
 ミケランジェロはモップを肩から降ろし、全速力で走り抜けた。足元や天井からどろどろとした白い手が無数に生え、ミケランジェロの背後から追い掛けてくる。
 走りながら彼はモップを振るい、床に絵を描いて三次元へと還した。青い魚が現れては不気味な手を喰らっていく。
「キリが無ェな……」
 ミケランジェロはモップを壁に突き立てると、走る速さそのままに一気に直線を引いた。
 現れた色彩は赤。たっぷりと着けられた真っ赤な塗料が、重さに耐え切れずどろどろと壁を伝って流れ落ちていく。アクション・ペインティングから生み出された、自然現象を利用した色彩は、燃え盛る炎の姿となって無数の白い手を焼き尽くした。


********************

 まほう使いはクレヨンとスケッチブックを手に、街をお散歩していました。
 ふと気が付くと、いつの間にか空がくもってきています。
「おや。雨が降るのかな」
 するとどうでしょう。みるみる内に空は灰色になり、街中のたてものはあっという間に真っ白に変わってしまったのです。
 かわいい小花も木の幹も、何もかも真っ白に。
「ひーっひっひ。わたしはわるいまじょだよ」
 まほう使いが空を見上げると、そこには黒いマントを着たまじょがいました。
「なんて事をするんだ!」「街を元に戻して!」
街の人々はまじょに「こうぎ」をしました。
「いやだね。わたしはいじわるが大好きなんだ。お願いはきけないよ」
 まじょは高笑いをしながら、自分のお城へと飛んでいってしまいました。

 街の人は悲しみました。けれど、どうする事も出来なかったのです。
 おまわりさんも、勇かんなけんしも、走るのがじまんのマラソンランナーも、誰もまじょには逆らえなかったからです。まじょのまほうで小さな石ころにされてしまっては、「たいほ」が出来ないし、けんが使えないし、かけっこが出来ないからです。
「みんなが元気なら、それで良いじゃないか」
 街の人はあきらめました。しばらくすると悲しい気持ちはうすれ、いつしか真っ白だらけの街が当たり前になっていったのです。

********************


<Twilight train>

 ゴトトン。

 眼下にぽつりぽつりと明かりの点り始めた銀幕市の街並みが見える。
 街からは遥か高い上空――夜色と夕焼けの混ざり合う混沌とした空の中に、一両だけの電車が真っ赤な炎に包まれ、燃え上がっていた。隕石か、或いは翼を焼かれた愚者のように、火の粉を撒き散らしながら虚しく人間界へと落ちていく。
「良い眺めですね」
 高速で落下する電車の窓から街並を眺め、ヒューは薄笑いを浮かべた。
 普通なら立っていられない程の重力が加わる筈だが、何らかの魔法が掛けられているのか、車内の人間達は平然と床に足を着けていた。
 壁は焦げ、窓枠や椅子からは小さな火が出ている。
 額から血を流した車掌が壁に凭れ、運転士が居る筈の運転室からは何の音も聞こえなかった。中の様子は伺い知れない。
「準備は整いましたか。ほう……素晴らしい画力ですね」
 ヒューは車内を見渡し、感心の声を上げた。金髪の若い男と周りに居た人間達が、焦げた壁に青緑色の絵の具で一枚の奇怪な絵を描いていた。
 風に揺れる草花のようにも何かの文字のようにも見える不可思議な抽象画。壁も床も椅子も使って、ありとあらゆる所に『絵画』が施されていた。
「では、そろそろ――」
 言いつつ、立ち上がろうとしたヒューの足が止まる。
「……これはこれは。お客様がいらっしゃいましたか」
 いつの間にか車内の椅子に……何処から現れたのか、黒髪の男が腰掛けていた。

「こんにちはー。時間が無いようだったので空間移動してきましたー」

 何の変哲も無い、何処にでも居そうな若い男――ヨミは、紫色の瞳を丸くして親しげに手を振って見せた。
 刹那、ヨミの姿が全員の視界からぱっと消えた。使徒達がざわめく。
「大丈夫ですー? 頭を少し切ったみたいですねー」
 いつの間にか運転室の近くにしゃがみ込み、倒れた車掌を起こしていた。
「あ、兄者が……運転席に……」
 ヨミははいー、と間延びした声で頷き、車内に施された絵画を見渡した。
「……この絵は何の為の魔法陣ですかー?」
「さあ…? 何でしょうね?」
 首を傾げるヨミに、ヒューも惚けて首を傾げた。
「電車を破壊するつもりですかー?」
「さあ? どうでしょうね?」
 エプロンの男は相変わらずふざけたように首を傾げて薄笑いを浮かべる。ヨミはふう、と溜息を着いて――
 ――動作は彼にとってあまりにも簡単だった。『救う対象』を黄昏電車に、『破壊対象』を「電車を取り巻く炎」に設定すれば良いだけだ。
「な、何だ!」
 車内の焦げや炎が瞬く間に消え始め、使徒達が慌てて窓の外を見た。火達磨と化していた電車からは一切の火が消え、元の姿に戻っていた。
「あー、この街に来てから、力をよく使うようになったなー。良い方に結果が出るからなんですけど」
「面白い事をして下さいますね……まるで神のようだ」
「いやー。神様と言うよりは、魔王ですかねー」
 ついでに、とヨミは壁に描かれた絵画に目をやり、車掌と運転士を『救う』代わりに絵画を『破壊』するよう設定した。みるみる内に壁に描かれた絵が粉となり、空気中に消えていく。
「これは困った。絵を駄目にされてしまうとは……」
 ヒューが眉を潜めて笑う。その顔からは計画を無駄にされた様子など微塵も窺い知れない。
「どうしても見たいものがあるので、電車を壊される訳にはいかないんですよー」
 何処となく淋しそうにヨミが苦笑を零した。

(しかし……まだ電車は落下中、か)
 ヨミは窓の外に目をやり、もう一度救世と破壊の力を行使すべきか考えた。恐らく電車を操縦する筈の運転士が操縦不能になっているのだろう。先程、能力で『救った』ばかりだから命を落としてはいないだろうが、気絶はしているかもしれない。安否を確かめる意味でも直ぐさま運転席に向かいたいのだが――この薄笑いの男が、その隙を許してくれるかは分からない。
 ヨミは再び窓の外に目をやる。電車はもうすぐ何処かの河川敷に不時着しようとしていた。
 この人間達は何故電車を壊そうとするのか――。
「………ん?」
 ふと、視界に一人の男の姿が映ったような気がして、ヨミは思わず目を疑った。
 が、錯覚ではなかった。確実に電車の衝突地点に人間が立っている。
「あ。やばい」
 このままでは彼が――と思ったのだが、よく見れば男は電車の存在に気付いていて、怯える様子もなく真っ直ぐ天を仰いでいた。寧ろオーライオーライとか両手を振っている。
「何だか大丈夫? みたいですねー」
 衝突地点に魔法陣のようなものが刻まれている事に気付き、彼が何とかしてくれるかな、とヨミは安堵の溜息を着いた。

 *

 落下速度と位置・角度から計算すれば、着地点は簡単に割り出せる。問題があるとすれば――『クッション』を用意するのには時間が掛かる、という事だ。
「ああ、間に合うかな間に合うかな間に合わせないと………!」
 額にびっしょりと汗を浮かべた男が、ぶつぶつと独り言を呟きながら一心不乱に地面に何かを書き込んでいた。
 汗で白いチョークがつるっと滑る。あっと思わず涙目になったり眉を八の字にしていたが、再び諦めずにカリカリとチョークを動かした。
 彼が背を向けている空からはサンタさんのプレゼントか――一両だけの小さな電車が降ってきている。
 敢えて説明など不要かもしれないが『小さい』とは列車としての比較で、当然、地面にしゃがむ人間サイズの彼よりは大きい。
 その金属の塊が不時着しようとしているのだ。まさしく彼の居るポイント目掛けて。
 しかし当の本人は自分の身の安全云々よりも、電車と中に乗っているであろう人々を守る事で頭が一杯だった。
「と、とととにかく急がないと!」
 チョークをぐっと握り締め、地面の上にぐるりと巨大な円を描く。
 そして、『陣』は完成した。

「ま、間に合っ……」
 カウント残り数秒で爆弾を解体したかのような心からの安堵の息を漏らし、クラウス・ノイマンは空を見上げた。
 電車が落下してくる。クラウスは両手を虚空へ掲げ、大きく振った。
「大丈夫、着地点はばっち――」

 電車がギリギリまで来た所でようやく、

「――って逃げ忘れて……ッッ」
 たああぁぁぁぁ!?と逃げ仰せる間抜けな背中を爆風で吹っ飛ばしながら、空からの贈り物は不時着した。


 ********************

 魔法使いは、スケッチブックを手に、ぼんやりと街をお散歩していました。
 空を見上げると、そこには真っ白い曇り空が広がっています。
 ピンク色の桜も、青いオオイヌノフグリも、空の色を映した海原も、真っ赤なポストも、何もかも真っ白でした。
「こんなの、私達の街じゃない」
 魔法使いは涙を流しました。
 彼の大好きな風景は。彼の大好きな街は。真っ白い闇の中に囚われてしまったのです。
 そこに住む、彼の大好きな人々も。

 その日、魔法使いは家に帰ると、大好きなクレヨンと、色鉛筆と、絵の具と、スケッチブックと、キャンバスと、絵筆と、パレットと、お気に入りの煙草ケースを持って家を飛び出しました。
 質屋に行き、全部を売り払ってしまいました。
 代わりに、一本の杖とマントを買いました。
 彼は旅に出る事にしたのです。悪い魔女をやっつけて、大好きな街の大好きな「色」を取り戻す為の、長い長い旅に。

 ********************


 ドオォォォ………。

 衝突時の風圧で激しい砂煙が舞い起こる。電車が地面に描かれた陣に触れた瞬間、あっという間に姿を消した。
 成功したのを確認し、芝生まみれのクラウスが後を追い掛けるように陣の中に飛び込んだ。


<A work of art:発火する毒花>

 電車は地面衝突を免れ、海面上空へと転送されていた。
「わー、凄いですね」
 ヨミが感心の笑みを零し、立ち上がった。
「では海に落ちる前に、仕事を終わらせておきましょうかー」
 言い終わらない内にヨミの周りに濃密な黒い影が満ち始め、ぞわぞわと使徒達の身体に纏わり付いた。彼らの首筋に刻まれた刻印に張り付き、破壊しようとして――

「そうはさせませんよ」

 ヒューがにこりと微笑を浮かべた。彼の足元からも似たようなどろりとした闇が溢れ出し、使徒達に纏わり付いた影を溶かし始めた。
 車内はあっという間に黒い闇の色で覆い尽される。破壊の力に充てられ、電車の窓が一斉に砕け散った。

「うぐぐ……」
 押し寄せて来る空気抵抗に耐えながら、クラウスは必死に電車の上部に張り付いた。
「お父さん負けないよ……!」
 涙的な水をはらはらと天に残し、窓からするりと車内に滑り込む。
 運転席に突っ伏している運転士を起こし、顔を見た。
「君、大丈夫!?」
 気を失ってはいたが命に別状は無いようだ。どっこいしょと肩に担いで客席への扉を開けた。
 ――突如、黒い闇がクラウスの視界を覆う。
「何だ、これ……!」
 けほけほとむせていた時、足元で呻き声が聞こえ、慌ててしゃがみ込んで声の主を探した。
「う……あんた、誰……?」
 運転士と同じ服を着た男が、壁に凭れながらクラウスに目をやった。
「あ、俺はクラウスって言います。ええと、色々事情を聞きたいんだけど、それどころじゃ……ないよね」
 弱気な苦笑いを零し、とりあえずどうするべきか思案した。
 と、突然ばたばたと騒々しい足音が聞こえ……電車の窓から外へ、何人もの人間達が飛び降りる姿が見えた。
「……え? え!?」
 訳が分からずオロオロしているクラウスの身体を、車掌のペヨーテがぐいぐいと壁際に押し始める。
「此処に居たら危ないって事なんだろ……! ――よし、必殺たそがれジャンプ、アイキャンフラーイ!」
「って、ちょ、いきなり元気に………えぇぇえぇぇえぇ!?」
 問答無用でクラウスを巻き添えに、一同は窓から夕焼けの空に飛び降りた。


 蠢く闇と煤色の炎に満たされ、車内は黒一色に染まっている。

「――ッ!!」
 闇の向こうから風を切って一撃が繰り出される。ひらりと右へ体を傾けてかわし、ヨミは攻撃の出所へ鋭い手刀を撃ち込んだ。
 相手ががしりとヨミの腕を捕らえる。だが勿論それは――承知の上だ。
「―――」
 ヨミは能力を行使した。自らの腕を『救う』代わりに、腕を捕らえたものを『破壊』する。
 攻撃は刹那。パァァンと何かが弾ける音が響き渡り、ヨミの視界にキラキラとした光の粒子が映った。
(あれは……魔力の残滓か)
 引っ込めた腕を見てヨミは一瞬目を疑った。腕には何かの絵のようなものが施されており――
「―――ッ!!」
 彼の腕が、彼の意思に反して身体に手刀を撃ち込んだ。寸前の所で止めたが腹部を強く圧迫され、僅かな血と空気を吐き出しながら身体がくの字に曲がる。
「……やってくれましたねー……」
「どういたしまして」
 闇の向こうからヒューの囁くような笑い声が聞こえる。腕に刻まれた絵画を能力でごしごしと拭って消し、即座に気配のする方へ蠢く闇を放った。
「おやめなさい……その力は私の焔と同質のものだ――おや、タイムリミットか」
 ふぅ、と困ったような溜息と共に周囲から闇が引き始め、車内は元の姿に戻っていった。
 ヨミの正面に佇む男は闇に溶けて消えながら、薄い笑みを浮かべた。
「残念ですがこれで終わりでは有りませんよ……我が使徒達による、素晴らしい絵画をご覧になりませんか?」
「……?」
 はっとしてヨミが窓の外に目をやる。上空に浮かんだ人々が、空中に絵の具を撒き散らしているのを見つけて――彼は窓の外に飛び出した。

 *

 落下しながら使徒達は空中に青緑色の塗料を撒き散らし始めた。
 蓋を開けた容器からどぼどぼと中身が零れ出る。
 絵の具はまるで生きているかのように宙を這い回り、大輪の花を咲かせた薔薇の絵画へと姿を変えた。

「ヴィリンジ――」

二次元の花はゆっくりと首を擡げ――描き手の中心に居た金髪の男を、頭から飲み込んだ。
「………!!」
 運転士を抱えたクラウスが息を飲む。
 花の怪物は青緑色の唾液を零しながら、クラウス達の方へ頭を向けた。

 グ、グゥゥオオオオ オオ

 ぱかりと口を開けて襲い掛かろうとした時――不意にどろりとした黒い闇が現れ、花の化け物に覆い被さった。
「いやー、大丈夫ですかー?」
 いつの間にかクラウスの隣に落ちてきた男は、間延びした声で首を傾げ、怪物へと目を向けた。
「すみませんねー、私は数多の犠牲を代償に自分の幸福を叶える、という事は出来ないんですよー」
 落下しながら両手を虚空に掲げ、

「例えそれが――愛しい存在を取り戻す為の、天から与えられた唯一の手段だとしても……ね」

 一息。
 救世と破壊の力を行使し、巨大な薔薇の怪物を木っ端微塵に破壊した。
 そして電車と一同は、夕暮れの海の中にどぼどぼと落ちていった。


<A work of art:熱砂の魔龍>

「キュ、キュキューー!」
 アリアの叫び声にキュキュは一度スカートの裾を摘んで挨拶し、即座にパレットナイフを持った男を触手で吹っ飛ばした。
「ぐはぁっ!」
 男が軽々と飛んでいく。
「くそ……化け物がッ!」
 別な男が罵声と共に彫刻刀を投げつける。が、彼女の前で急に力を失ってからりと落下した。飛び道具無効魔法だ。思わず足を止めた男にばしばしばしと触手で強力な往復ビンタをお見舞いし、触手を使って足を払い、どんと突き飛ばした。
「ぐぁあッ!」
「ちき……しょうがッ!」
 背後から飛び込んで来た男がキュキュの背中に飛び掛かり、細い少女の肩を羽交い絞めにした。
「きゃあぁ!」
 もう一人が腰に飛びついて動きを封じる。ナイフを持った男が、正面から体当たりしてきた。
 何かが肉に突き刺さる、くぐもった鈍い音。
「い………ッ!!」
痛みよりも火のような熱さを覚えた。胸に深々と刃を突き立てられ、キュキュの身体がよろりと傾く。
「いやぁあぁ! キュキュさん!」
「く……」
 彼女は倒れなかった。激痛に耐え、刃を身体から引き抜いた。傷がみるみる内に癒え、跡形も無く消えていく。
「もう……もうやめて!!」
 コレットが叫び、手近に居た男にしがみ付いた。
「誰も傷付けないで! どうしてこんな事するの……!?」
「離せガキが!!」
 男が少女の金髪を乱暴に掴む。キュキュは触手をぶんと思い切り振って男達を薙ぎ払った。
「く、くそッ……怪物め!」
 眼鏡を掛けた壮年の男が汗塗れの顔で罵声を浴びせる。キッと小さく目を鋭くし、キュキュは相手を真っ直ぐ見た。
「お言葉ですが。他人を平気で傷付けられる方の方が、よっぽど怪物だと思います」
「煩い!! 俺に指図をするんじゃない!!」
 男は唾を吐き散らしながら一枚の砂絵を虚空に掲げた。
 描かれていたのは大地の色をした、猛々しい龍の姿。

「ルテオ!!」

 男が絵を掲げた途端、コンクリートの地面に黒い紋様が出現し、低い地鳴りの音と共に大地が震え始めた。
「いけません――ッ!」
 危険を察知したキュキュが男の元へ走り出した。
「……ちッ」
 男が砂絵をキュキュに向ける。ざぁぁぁと砂の嵐が巻き起こったが、キュキュに当たる直前でざらざらと地面に落ちていった。
「なッ」
 飛び道具無効の魔法が功を奏した。キュキュは砂絵をばしりと払い飛ばし、男を締め上げた。
「コレット様! 絵を!」
 呪いの絵画を破り捨てなければ――コレットは急いで床を滑ってきた砂絵を掴み上げる。
「熱っ……!」
 炎に触れたような熱さを覚え、思わず手を離した。間髪入れずキュキュが触手を伸ばし、砂絵を真っ二つに割った。

 ギャアアアァァァァ……

断末魔だったのか。けたたましい叫び声が響き渡り、倉庫の壁中に一瞬、大蛇のような不気味なシルエットが浮かび上がり――やがてゆっくりと静まり返っていった。

 *

「アリア様……本当に、本当に何と言う……」
「大丈夫だ。キュキュ。助かった」
 キュキュが目を潤ませながら傷だらけのアリアの回復を行った。
「足手まといになっちゃって……ごめんなさい……」
 コレットは俯いて二人にぺこりと頭を下げた。アリアは気にするな、と頷いてコレットの頭をぽんぽんと叩く。
「コレット様も、お膝の回復を」
「あ……ありがとう」
 コレットは照れながら小さく笑った。

 ありあ これっと
 たすかった

 蜘蛛のアリアも、同じく二人に礼を言った。


<A work of art:白刃の火喰い鳥>

 ホール内に可笑しな現象が起きている事に、来館者達は少しずつ気が付き始めていた。
「あら? 何だか、風が……」
 窓は開いていないしホールの出入口は一カ所だ。にも関わらず、何処からともなく静かに風が吹き抜けていく。
 子供達は誰にも怪しまれないよう、出入口の扉をそっと閉めた。
 だが突然、扉ががたんと音を立てて外れ落ちる。
「そうはさせませんよ」
 少年の背後にファレルは立っていた。すっと扉を指差し、留め金を次々と破壊する。支えの無くなった扉はばたん、と廊下に倒れた。
「………」
 少年は無表情のまま振り返った。

 ホールを流れる風は次第に強まっていく。
 会場は騒然となり、誰かが出入口から飛び出したのをきっかけに、来館者達は次々とホールから逃げ出した。
「………」
 通り過ぎていく人々の合間から少年はファレルをじっと見つめ、ファレルも彼を見据えた。
 やがて、少年が何事かをそっと呟き、

「―――アルブ」

 事態は一変した。

 ファレルが振り返ると、子供達がホールの奥の壁に背中を向けて並んでいた。
「アルブ」
 誰かが囁く。
「アーティミタス」
 入口に立っていた少年がそっと壁際に身を寄せた。ファレルはやれやれ、と頭を振る。
「呪文でも唱えて、魔法だか何かを召喚するつもりですか?」
 ファレルは歩き出し、ホールに飾られた展示品を物色し始めた。空間を歪ませている原因の作品を破壊するつもりだったのだが、空気の変質はホール全体にまで及び、判別が難しくなっていた。
「フェリックス」
「ネグロ」
「面倒ですね。全部壊してしまいましょうか」
 片手を虚空へ掲げ、展示品を手当たり次第に破壊し始める。ぱん、ぱしん、ばりんと破砕音を響かせて陶芸品が砕け散り、布製品は細々に切り刻んだ。
「アルブ」
「全く……無用なものばかりです」
 ファレルは小さく溜息を着き、ホールの奥に佇む少女の前で立ち止まった。
「退いて下さい。邪魔をするなら、子供だろうが容赦はしません」
「……」
 ファレルが見ていたのは、少女の背後に掛けられた一枚の大きなタペストリーだ。少女はファレルから目を逸らさずに――

「――お前こそ、邪魔だ」

「―――」
 ファレルは宣言通り容赦のない攻撃を実行した。子供達の周囲にばちばちと白いプラズマが発生し、彼らの身体が宙に浮かび上がった。
「あなた方の周りだけ空気を奪いました。大人しくしていて下さい」
 子供達は苦しげに喉を抑えて足をばたつかせた。逃れようにも身体が動かない。
 ファレルは少女の背後のタペストリーに歩み寄り、空気の刃を振り翳した。
 ――だが。タペストリーを破るどころか、傷を付ける事が出来ない。
「はあ……厄介なものを用意してくれましたね」

「……おい、そこのお前」

 ふと声がする方に振り返ると、ホールの入口に汚れたツナギを着た男が一人立っていた。
「何でしょうか」
 つかつかと歩み寄ってくる男に、ファレルは無表情で返事した。男はファレルを見下ろし――間髪入れずにその頬をぶん殴った。
「………ッ」
 ファレルは空気の刃を握り締めて男へと振り被る。男は片腕で刃を受け止め、ファレルの襟首を掴んで睨み付けた。
「てめェ……人のもんに手ェ出すんじゃねェよ。てめェの作ったもんじゃねェだろ。……それからこいつらだ」
 ミケランジェロは宙に浮いてもがいている子供達に視線を送り、低い声で問い掛けた。
「窒息させる気か?」
「そんな事、どうだって良いじゃありませんか。死のうが生きようが、私には関係有りません」
 あくまでも無表情に告げる青年に、ミケランジェロは心底胸糞悪そうな顔をして襟首を乱暴に離した。
「……くそったれが。んな事したってなァ、根本的な解決にはならねェんだよ。こいつらは呪いで操られてんだ」
「へえ。呪いですか」
 ファレルは悪びれもせず頷き、子供達の束縛を解いた。宙に浮いた子供達が力を失ってどさりと地面に倒れ伏す。
「……う、うう……」
 ミケランジェロは手近に居た子供を拾い上げ、首筋を見た。やはり小さな紋様が刻まれている。掌で呪いの刻印を消し去り、地面に横たえた。
 ファレルは再びタペストリーへと目を向け、空気を刃へと変質させて一刀両断にするが、やはりばしんと弾かれて終わった。
「何か防御(プロテクト)のようなものが掛けられているようです」
 ふとファレルの足元に転がった少女が、苦しげな表情で彼の足に手を伸ばした。
「……フェリ…」
 何か言い掛けた少女をファレルは無言で見下ろす。

「……フェリア・フレイム」
 それは呪文、であった。

 ゴゴゴゴ………

「……出やがったか」
 何かが地を揺るがして、白いタペストリーの中から生まれ出ようとしていた。
 辺りに純白の羽根が舞い散る。ファレルは刃を構え、ミケランジェロはモップを手に立ち上がった。
 壁を破り、床に鍵爪で穴を開けながら……絹のような白く滑らかな翼を持った、巨大な鳥が姿を現した。
「悪く思うなよ」
 誕生を望まれなかったその『絵画』にそっと目を伏せて謝罪し――ミケランジェロは裁きたる神の杖を振るった。


<Twilight station>

「ぷわっはー!」
「ぶはぁっ!」
 海中から顔を出し、一同は一目散に砂浜を目指して泳ぎ始めた。同じく海に落ちた使徒達は、彼らの元へ泳いで接近してくる。
「わー!」
 使徒の一人がペヨーテの腕を掴み、沈めようと海に引き込んだ。ヨミが海中に潜って使徒にタックルをお見舞いする。周囲に居た使徒達がヨミにのし掛かってきた。腕を掴み足を掴み喉を掴み、身動きの取れない状態で彼の身体がどんどん海中に沈んで行く。

(この人達――死ぬ気か……?)

「―――ッ……行、けッ!!」
 一番乗りで陸に上がったクラウスが、両手を思い切り水面に叩き付けた。ざああぁ、と潮騒の音色が辺りに響き、瞬く間に海面が持ち上がった。
 周囲から水が引き、ヨミが顔を上げる。自由になった手で蠢く闇を操り……使徒達の腕に施された絵画を次々と破壊した。

 *

「いやー、助かりましたー。散々な目に合いましたねー」
 ヨミは相変わらずの間延びした声で満足そうに頷き、靴の中の水を捨てた。
「なあクラリオン、大丈夫かよー?」
「うん……全然平気だけど、ちょっと、横になってても良い……かな。あとクラリオンって誰……」
「全然平気そうには見えないんだけど」
 クラウスは砂浜で横になっている、と言うよりどぅと倒れ伏し、車掌が心配そうな顔で頬を突いている。
「う……」
「……ここは……?」
 気を失っていた運転士と使徒達が目を醒まし、辺りを見回した。
「兄者ぁぁぁ!」
「寄るな……愚弟…」
 車掌が情けない声を上げて運転士にしがみ付いている傍ら、ヨミは砂浜に揚げた電車を眺め、こんこんとノックした。
「まだ……壊れてないですよねー?」
「俺達の船はまだ生きてるよ」
 飛んできた車掌の声に振り返り、彼の顔を見た。クラウスものっそりと顔を上げる。車掌はにっと悪戯っぽい笑みを零した。

「なあ、時間ある?ちょっくら黄昏旅行に行こうぜ。あのヒューって言う男の、失くしちまったもんを覗きにさ」


********************

 大雨が降りました。
 大雪が降りました。
 強い風が吹き荒れました。
 川は氾濫し、崩れた土手が行く手を阻みました。
 岩山を越えた頃に夜の蚊帳が降り、砂の海を渡った先に白い朝日のカーテンが開きました。
 そして、ようやく魔法使いは魔女の城へと辿り着いたのです。
「魔女さん。いらっしゃいますか」
 魔法使いは城の扉をノックしました。
「魔女さん。あなたに折り入って、お願いがあるのです」
 魔法使いは丁寧に尋ねながら、城の扉をノックしました。
「おやおや。よく来たねえ。私に何の用だい?」
 すると、何処からともなく魔女の声が聞こえ、ゆっくりと扉が開きました。
「せっかくだから、中にお入り。暖かいスープを飲んでいくと良いよ」
 思い掛けない親切さに安堵の息を漏らし、魔法使いは扉の向こうへと入っていきました。
 後には、薄気味悪い魔女の笑い声だけが残りました……。

 その頃、街では大騒ぎになっていました。
「魔法使いさんが居ない!」
 魔法使いは一体何処に行ってしまったのか。
 お隣りさんに尋ねようと、お隣りさんがそのお隣りさんに尋ねようと、魔法使いの行方は一向に分かりません。
 魔法使いは街から姿を消してしまったのです。
 心配する街の人の元へ、ようやく彼は帰って来ました。
 しかし、それは皆が知る魔法使いでは有りませんでした。
「私は悪い魔法使いだよ。君達の街を壊す為にやってきた」
 なんと、彼は魔女に呪いを掛けられ、悪い魔法使いになってしまっていたのです。

「魔法使いさんが悪い魔法使いになってしまった」
「あんなに優しい人だったのに」
「あんなに素敵な絵を描く人だったのに」
 街の人は悲しみました。けれど、どうする事も出来なかったのです。
「長老様。僕達は、また諦めるしかないのでしょうか」
 長老は唸り声を上げました。
「一つ、方法がある」
「本当ですか!」
 街の人は喜びました。
「沢山の『掛け替えのない色』を集め、『魔法の石』を作るのじゃ」
「魔法の石?」
「掛け替えのない色?」
 街の人は首を傾げました。
「ですが長老様。私達の色は魔女に奪われてしまい、真っ白です。色なんて、何処にも残っていません」
 長老は首を振り、街の人に言いました。
「わしらにはまだ、失われていない色がある。それは皆の中に流れる、誰にも奪われる事のない、大切な大切な『赤い色』じゃ」
 そして、街の人の目を見つめて尋ねました。
「大切なものを失ってまで、仲間を助けるか?それとも、街を元に戻すのか?魔法の石が叶えてくれる願いはたった一つじゃ」
 街の人は暫し考えました。けれどすぐに、誰かが口を開いて言いました。
「もともと魔法使いさんは、僕らの街を救う為に魔女の城に行ったのです」
 続いて、顔を上げた誰かが言いました。
「彼は優しい魔法使いさんです。私達の大切な仲間です」
「長老様。僕達の願いは、たった一つです」

********************


「………」
 全ての映像が流れ終わり、後には優しい静寂だけが残った。ヨミとクラウスは何も言わず、ただ風景を眺める。
 そこには白い光の街並みがあった。
 柔らかな風が流れ、優しい香りが心を和ませる。天国のような、暖かい街だった。
「これが本当に……ヒューの過去なんですかー?」
「黄昏は嘘つかないんだぜ」
「もしかして、さ」
 電車の壁に凭れながらクラウスがぽつりと呟いた。
「呪いが戻らなかったのが今の彼……なのかな」
「街の人は彼ではなく、街を救う事を選んだ、とかー?」
「分からない。その辺の真相は、俺も憶測では何とも言えないけど……『黄昏』にこの記憶が落ちてるって事は、少なくとも今の彼にとっての『自己と世界とを繋ぐ良心の呵責』が酷く薄れてる、って事なんじゃないかな。……多分、だけど」
「それは……つまり。彼は目的の為なら躊躇いなく犠牲を払えると言う事でしょうかー」
 ヨミの問い掛けに分からない、とクラウスが静かに首を振った。煙草を一本抜き取り、震える手で火を点けようとしたが、湿っている為に上手く点けられない。
「そうかもしれないし、状況は変えられるかもしれない」
「まあ――本人に聞いてみるのが、一番早いですねー」
 楽観的な笑みを見せ、ヨミは頷いた。


<Meet again……?>

「いやあ、初めまして!こんな所で会えるなんて、夢にも思わなかったよ!」
 鱧田は嬉しそうに笑い、目の前に立った男へ握手を求めた。黒いエプロンの男は微笑を零し、冷たい手で握手に応じる。
「お会い出来て光栄ですよ。ところで……貴方にお尋ねしたい事があるのですが……赤の宝玉を覚えておいでですか?」
「赤の……『魔法石』の事かい?」
 ヒューの質問に鱧田は目を丸くして首を傾げた。
「そうですね……恐らく、それかと。その石が好む眠りの地は、どんな場所でしょう?」
 鱧田がうーんと唸り声を上げる。
「えっと。君が言っている魔法石は……『どっち』の事?」
 問い掛けにヒューは眉をぴくりと動かし、質問を続けようと口を開いた。その時だ。
 鱧田の向こう側に佇む男に気が付き、微笑を意味ありげに歪めた。

「おやおや、これはまた……貴方はどうやら、とことん私の事がお好きなようですね?傷痕の君」
 ミケランジェロは何も言わず男を真っ直ぐ見据える。

「詩的な響きのする呼び方だねー。……あ、いや。意味とかは知らないんだけどさ」

 背後から声がしてヒューは振り返った。霧の谷間の岩水を掬い上げたような灰蒼色の目をした男が、のんびりと彼に声を掛ける。
「やっと見つけた。君がヒューさん、だね?」
「如何にも……今日は邪魔ばかり入る日です、全く」
 クラウスはあはは、と苦笑いを零して頭を掻いた……のだが、前方に佇むミケランジェロの殺気に青ざめて即座に押し黙った。鱧田は何が何だか分からずキョロキョロしている。
「貴方達は私の邪魔がしたくてしょうがないのですね……ならば。我が本体の元に来るといい」
 ヒューは薄笑いを零し、二人の男を交互に見遣った。二人からゆっくりと離れ――足元から現れた黒い闇の中に、瞬く間に溶けていった。
「お待ちしていますよ、愛しい人々。今度こそ、我が炎で噛み砕いて差し上げましょう――」

「……タマさんあれ、逃がしちゃっても良かったの?」
「ありゃダミーだ。コンドル二号」
 クラウスの疑問に面倒そうに一言返し、ミケランジェロは鱧田に歩み寄る。柄の悪そうな猫背の男に一瞬びくりと肩を震わせ、鱧田が挨拶した。
「こ、こんにちは。タ、タマさん?」
「タマじゃねェ――ッ!」
 うっかり飛び出した全力の反撃に鱧田が凍り付いた。若干後悔しながら乱暴に咳ばらいし、ミケランジェロが鱧田に問い掛ける。
「あんたに聞いときてェ事がある。……あとコンドル二号。お前ちょっくら手ェ貸せ」
「…………コンドル違う。タマさん」
「コンドル二号。あとタマじゃねェ」
 終わりの無さそうなやり取りにびくびくしながら、鱧田はただ見守る事しか出来なかった。

 *

 鱧田が取り出したのは一冊の絵本だ。傍に居たクラウスに手渡す。クラウスはカバーをまじまじ眺め、1ページ目を開いた。
「これが原作だよ。彼は確かに僕の作品から映画化して貰ったんだ」
「原作と映画は……もしかして、内容が食い違っていたりとか?」
 クラウスの疑問に鱧田は頷く。
「うん、そう。僕の本ではヒューは主人公なんだけど、映画はちょっと違うんだ」
「………」
 ミケランジェロはただ黙って話を聞いていた。
「映画は剣士の少年が異世界に飛ばされて、数々の試練を乗り越えながら旅をするってストーリー。蜘蛛女の迷宮に迷い込んだり、龍の国を救ったりするんだけどね」
「うん」
「旅の途中で主人公の行く手を阻む強敵が、魔導士ヒュー・ファイシェイだよ。原作で魔女に呪われるシーンが在るんだけど、映画はその心のまま登場するんだ。だから悪役」
「そっか」
 成程、と僅かに眉を下げてクラウスが頷いた。
「『良心の呵責』以上に彼の手から離れていったのは、アイデンティティそのもの――だったのかも」
 元は子供向けの絵本が原作だ。面白さを追求し観る者を惹き付けて止まない映画とは、そもそも在り方が違う。例えば「主人公との熱いバトルシーンが欲しい」だとか「ヒールが足りなかった」だとか、監督の意図も製作の裏側も知らないが、『映画ウケ』を狙っただろう事は窺える。
「血が流れるシーンもあって、あんまり子供向けではなかったけどね。……そりゃ、個人的には嬉しかったさ。多少ポジションが変わろうとも映画に出して貰えるんだしね。でも銀幕市ではちょっと可哀相……だったかな。会えて嬉しかったけどね」
 にこにこしながら鱧田が頷いて見せた。
「あと、えっと……。赤い石、かな?それもちょっとお尋ねしたいんですが」
「うん、良いよ?」
 ベンチに腰掛けて煙草を吸い始めているミケランジェロを余所に、クラウスは質問を続けた。
「魔法の石は映画の中でも登場するんですか?」
「うん。出るよ。主人公が手に入れる魔法アイテムなんだけど……原作とちょっと解釈が違うんだ。ヒュー君の映画では『大地を穿つ程の魔力を秘めている』っていう、まあ賢者の石みたいな感じ。敵に盗られたり取り返したり」
「あー……成程」
 頭をぽりぽりと掻いて納得したクラウスに、鱧田は更なる一言を告げる。
「まあ別作品ではさ、もっと原作に近いんだけどね」
「……え?」
 クラウスは思わず鱧田の顔を凝視した。
「魔法の石って――他にも有るん……で?」

「うん」
 

<Chore>

 ぜぇぜぇと息を切らし、クラウスは一人街中を走り回っていた。
「な、なんか……俺、今日、凄く働かされてる気がする……ッ!」
 誰にともなく愚痴を言ってみるも、微妙に虚しさが過ぎるだけである。う、と孤独に負けそうになりながら、クラウスはチョークを握り締めた。
 夕焼けが次第に暗くなり始めている。出来れば日が落ちる前に片付けてしまいたい。息苦しさを沈めようと深呼吸し、クラウスはアスファルトの地面に手を当てた。
「………」
 大勢の人が歩いて行く音、自動車の走行音、沢山の騒音が掌から感覚神経に伝わり、彼の意識の邪魔をする。
(違う、もっと奥だ)
 息を吐き出し、神経をより深く沈め、彼はアスファルトの奥に隠されたものに目を向けた。

 どくん、どくん。

 彼にしか分からない大地の呼応を読み取り、クラウスは静かに頷いた。
「………大丈夫だ、眠っているだけだね」
 ぽんぽんと子供をあやすように地面を叩き、チョークで不可思議な記号を書き連ねた。
 人間の体内に血液を流す血管があるように、それは樹木の中にも、大地の中にも存在する。鼓動に合わせて水を流し、隅々まで命の力を行き渡らせているそれを『地脈』と言う。クラウスが陣作成に必要とするのはまさにそれだ。大地の奥深くに刻まれた傷痕に流れる水の力を読み取り、その脈を利用して魔術たる力を引き起こす。
 地脈は地中深く眠っているものなので、土地に左右される事は無い……のだが。
「一人で終わるのかな、これ……」
 クラウスは息も絶え絶えに壁にへばり付いた。
 陣作成の作業はとても地味であり、根気が要る事が難点と言った所だろうか。
 うぅぅと壁伝いに転がり始めたクラウスの元へ、その少女は現れた。

「あ、あのう……お手伝い、しましょうか……?」

 数匹の昆虫と水分を纏った不思議な少女に、クラウスはうわあと目を丸くした。
「君、可愛いねー。えっと……どなた?」
 少女の頭をぽんぽんと親しげに撫でながら、クラウスは首を傾げた。
「わ、わたしは……しずく、と申します……」

 *

 夕暮れの街を呑気に歩きながら、ヨミはキョロキョロと辺りを見回した。
「赤い石というのは、本当に実体化しているのでしょうか……」
「さあー。どうなんでしょうねー」
 傍らを歩くキュキュの質問に首を傾げ、ヨミは道端に設置されたゴミ箱の中を覗いた。
「何にせよ。向こうの方々に見つけられてしまうのはまずいでしょうねー」
「そう……ですね」
 眉を下げ、キュキュも花壇の中を覗いたりし始めた。

「……ん?あれは」
 ふと、数人の人間達が規則正しく一列に並んで歩道を渡って行く様子を見つけ、ヨミは眉を潜めた。
「あの気配はー……」
 キュキュも彼の視線の先に目をやり、思わずあっと息を飲む。怪しい集団の後ろを、金髪の少女が追い掛けて行くのが見えたのだ。

「コレット様……!」

 キュキュとヨミは顔を見合わせ、小さく眉を下げた。

 *

「な、なんか。ね」
 壁に手を当てて険しい顔をするクラウスに、しずくは眉を下げて小首を傾げた。
「この辺りが特に……流れが途切れて、読み取り辛いんだ」
「大丈夫……ですか?」
「あ、うん大丈夫大丈夫!全然平気、気にしないで」
 クラウスはハッとして思わず気丈に振る舞ったが、正直、とてつもなくしんどかった。軽く、とは言え、電車の騒動の時に水精としての力を引き出したのがまずかった。
 クラウスはぺたぺたと地面やら壁に触れて歩き、作業を続けながらも唸り声を上げる。
「うーん。大きな力を持つ何かが地中に埋まってて……邪魔してるって言うか」
 呟いてから、クラウスはあ、っと声を上げた。
「もしかして、それって……」
「あの。こ、この先は……」
 二人が同時に顔を上げ、視線の先にあるものを確認して顔を見合わせた。
 流れてくるのはひやりとした潮風だ。二人の前方に広がっていたのは……夕焼けを浴びた、銀幕市の海岸だった。
 クラウスの顔が僅かに青ざめる。しずくは眉を下げ、恐る恐る手を差し出した。
「わたしも、お手伝いします」
「………ほ、本気でやるの?」
 少女の控え目な頷きに、クラウスの額から一層脂汗が噴き出した。



<Rooftop:魔滅のアトリエ>

「完了しました。ヒュー様」
 黒いエプロンの男に近付き、女は無表情のまま頭を下げた。
「そうですか。ご苦労様でした」
 ヒューは薄笑いを零し、ゆっくりと立ち上がる。
 ビルの屋上に降り注ぐ夕焼けは酷く暖かく、眩しい。男は朱い光の中を歩き出した。
「ヒュー様。邪魔者が」
「良いんですよ。好きにさせて上げなさい」
 女の一言にヒューは首を振り……やがて二人の背後に、彼女は現れた。
「あなたが……犯人、なのね。ヒューさん」
 コレットは震える拳を握り締め、ヒューを見つめた。
「蝶さんと姫さまに酷い事をしたのも、ヒューさんなの?」
 少女の問いにヒューは楽しそうに頷いた。コレットは僅かに俯き、ぽつりと呟く。
「私、ヒューさんの絵本も、映画も、知ってるよ。ヒューさんの活躍、大好きだったの……」
「ほう。そうなんですか」
 屋上の柵に腰掛け、つまらなそうにスケッチブックを開いた。
「ねえ。ヒューさん。赤い石が欲しいなら、一緒に探すから。だから……皆を幸せにする絵を、描いてほしいの」
「………」
 ヒューは僅かに目を細め、少女を見た。
「幸せとは。何でしょうね?」
「……え?」
「貴女達にとっての幸せとは。映画は夢を形にしたもの、なのでしょう?私がこの姿で映画に登場し、この姿で実体化したのも……貴女達が望んだ事、なのでしょう」
「それは……」
「そして思ったのでしょう。さあ、ヒーローよ。この魔法使いを殺害しろ、世界を平和にしろ、と」
「そ、そんな事……!」
 悲しげな表情で首を振る少女に、魔法使いは哀れむような目を向けた。
「残念ですが、私はヒーローにはなれません。私は貴女の知る、絵本の魔法使いではありませんから」
「そんな事ない!あなたはヒューさんよ……それに、例え映画で悪い役をやっていた人だって、銀幕市で幸せに暮らしている人は、沢山居るよ」
 なおも言葉を重ねる少女に、魔法使いは暗い笑みを浮かべて見せた。
「そういう感情は私には解りません。場面を盛り上げる為に作られ、生み出された……煙のような、脇役の私には」
「ヒューさん……!」
 少女は思わず彼の腕を掴もうと走り出した。だが、足を動かそうとも身体が言う事を聞かない。
「あ、れ……」
 ついには地面に膝を付き、ぐらりと倒れ伏した。
「本当に、無防備な方ですね……絵画の生贄にしてやりなさい」
「はい」
 女が礼をし、少女を担ぎ上げた時だ。
「うぐ……!」
 突然見えない何かが女の身体を締め付け、動きを封じた。

「あまり暴れないで下さい。お洋服を汚してしまいます」

 女の身体を縛る透明なロープが次第に色を取り戻していく。ピンク色の太いロープは、隣からすうっと姿を現したキュキュの触手だった。
「こんにちはー。あなたが本体ですねー」
 そしてヒューのすぐ隣にもいつの間にか一人の男が立っていた。
「おや……魔王さん。またお会い出来て光栄です」
 ヨミは朗らかな笑みを零し、ヒューに手を振って見せた。
「今日は賑やかで愉快だ……」

「ええ、全く良い迷惑です」

 更に声が聞こえたと同時に――見えない刃がヒュー目掛けて振り下ろされた。

 ガキィィィンッ――!

「乱暴な方だ」
 上空から繰り出された刃をイーゼルで弾き返し、ヒューは片手を振り上げた。

 ザン、ザン、ザン。

 放たれた黒い炎を、弾き返された反動のまま背後に跳躍して回避し、ファレル・クロスはヒューを見据えた。
「おや……私の道具が壊れてしまった」
 真っ二つに割れたイーゼルをからりと地面に捨て、ヒューは一同を見回した。
「お遊びは……終わりにしましょうか。諸君」
 塗料で汚れた黒いエプロンを剥ぎ取り、一着のマントへと形を変えてしゅるりと羽織った。

「ようこそ、魔滅のアトリエへ」

 *

 油の臭いのする、黒い煤のような炎が屋上を覆い始めた。ヨミも似たような闇を出現させ、炎を食い止める。
「コレットさん……怪我は、特にしていないようですね」
 良かった、と表情を緩めて安堵の息を零すファレルを、キュキュは見た。屋上の安全な地帯にヒューの手下である女とコレットを横たえた。
「呪いは破壊しておきましょうかー」
 ヨミは女の額に刻まれた紋様のような火傷に手を当て、皮膚を『救う』代わりに絵を『破壊』する。
 ファレルは立ち上がり、再び空気を刃へと凝り固め、呪いの魔導士へと飛び掛かっていった。

 バシィィィン!

 水を叩いたような音色と共に白いプラズマが発生した。黒い杖でファレルの刃を受け止め、魔導士は暗い笑みを零した。
「貴方はこの世界をどう思いますか」
「遠回しな質問ですね。意味が解りません」
 無表情のままもう一方の手を振り上げ、空気を刃に固めて魔導士へ撃ち込んだ。
「全く、そうですね―――」
 ヒューもまた、空いた手で黒い炎を生み出し、ファレルの刃を弾き飛ばした。がきぃん、と耳の痛くなるような音が響く。ファレルの腕がぶん、と無防備に宙に持ち上がる。その肩に魔導士は素早く炎を放った。
 じゅ、と肉の焼ける音がした。
「……くッ」
 肩を抑え、ファレルが背後に跳躍する。
 ヒューはすっと立ち上がり、ファレルに笑みを送った。
「この世界は無垢だ。希望に満ち溢れている。憎悪ですら慈しみ、共に生きようなどと言う……とても白い世界だ」
「……」
 ファレルは無表情に男を見つめた。
「ならば受け止めるがいい。私の、理由すら存在しない理不尽な憎悪を。憎む為に汚され、憎まれる為に生まれた我々の。……鮮やかに燃え上がり、何もかもを受け入れ――そして内側より、惨たらしく砕け散れば良い」
 そして始めて……魔導士は笑った。声を上げ、心底楽しそうに。
「……狂ってますね」
 ファレルも僅かに口角を上げ、口元を笑みの形に歪める。
「貴方の考えはどうでも良いですが……彼女の暮らしを脅かすような真似は、許しがたい」
 ファレルは片手を虚空に掲げ――刃を、先程の倍の大きさにして、ヒュー目掛けて走り出した。

「―――ッ」

 ヒューは杖を振るい、幾つもの黒い炎の球を弾丸のように撃ち放った。
 右へ、左へひらりとかわし、ファレルは走り抜ける。
 魔導士は地面から白い壁を生み出し、ファレルの行く手を阻んだ。
「そんなもの――無駄ですよ」
 壁に刃を突き立て、ファレルは跳躍した。壁を乗り越え、大剣を振り翳し――

「……!?」

 魔導士は空中に魔法陣を描き、ファレルを待ち伏せていた。にっと笑みを零すのが見えた。
だがしかし。

「残念――私も居るんですよー」

 突如現れたヨミが魔導士を背後から羽交い締めにし、ファレルへと差し出した。

「―――ッ!!」

 刃がヒューの胸を貫こうと突き出された。
 刹那、

 ゴ、ゴゴゴゴ……

 地響きのような音が響き渡り、屋上が小刻みに揺れ始めた。
 キュキュが眉を下げて周囲を見渡した。そして、コンクリートの地面が怪しく光始めている事に気が付いた。
「……あ!」
 まるで紋章のような――揺らめく炎を象った、美しい抽象画が描かれていた。
「お気付きにはなりませんでしたか?皆さん、私の絵画の上に立っていらしたんですよ――」
 バシンッ!と強い音と共にヨミとファレルが弾き飛ばされ、地面に叩き落とされた。
 キュキュも、ヨミも、ファレルも、足元が怪しい光で包まれる。
「諸君。我が絵画の餌食となるが良い――」
 魔導士が高々と杖を振り上げた、その時だった。

「――させねェよ。てめェの好きなようには」

 低く静かな、あの彼の声が響き渡った。

 *

「貴方は、必ずいらっしゃると思いました」
 ヒューが恭しくミケランジェロにお辞儀した。

ばち、ばちばち。

 屋上全体に敷かれた魔法陣に足を踏み入れ、クラウスは辺りを見回した。
「皆さん、大丈夫だよ――この魔法陣は発動しない」
「ほう」
 魔導士が片眉を上げる。クラウスは懐から煙草を取り出そうとして、それどころじゃないか、と頭を掻いた。
 突如、何処からともなく波間の打ち寄せるような音が響き渡り――屋上に施された魔法陣から、静かに光が失われていく。
「このビルの周りにね。ちょっとした細工をしただけだよ」
「成程」
 ヒューはそっと笑みを零し、つかつかと歩んで屋上の柵に腰掛けた。
「では……あちらはどうなさいますか」
「……?」
 眼下に見える街並みを指し示し、笑みを一層強くした。
 銀幕市の街に……ぽつりぽつりと光が点されていく。だがそれは民家の明かりでは無かった。炎のような、赤い赤い光だ。
「我が使途達が張り巡らせた赤き毒――まさに、この世界こそ『魔滅の絵画』なのです」


 赤い光は、何十人もの人々に刻まれた『絵画』が放つ光だった。焔を腕や首や額に宿しながら、誰もが無表情に街中を漫ろ行く。
『――ルバー』
『ルビダス』
 誰かが呪文を呟き、また誰かが呪文を繋いだ。
『ポスポウス』
『アース』
『インサニア・コーン』
『フェリア――』
 幾つもの赤い光が――まるで一枚の絵画のように、美しい紋様を描き出した。


「……さあ、傷痕の君よ。いや――神の筆よ。私が憎いなら、殺してご覧なさい。いつの日かの決着を着けよう」
 両手を広げた魔導士に、ミケランジェロは強い笑みを見せつけ、
「……はッ。てめェは死ぬ事さえ許さねェ。芸術を穢した事――あっちの世界で後悔するんだな」
 モップを片手に担い、走り出した。

 *

「はははは!驕り高ぶるか芸術の神よ!愚かな落胤を刻まれた身である、その貴様が――!」
 魔導士は高笑いを上げながら杖を振り翳した。黒い外套が大きく翻る。

 ばり、ばりばり。

 煙を帯びた白い雷が辺りに撒き散らされる。
「ひゃあ……っ」
 キュキュに迫った雷を、ヨミが蠢く闇を使役して消し去った。
 ミケランジェロは地面に絵を描き、即座に現実のものへと作り変えた。現れた紫色の龍がヒューへと襲い掛かって行く。
 ヒューは杖を振るい、黒い鉄の塊を生み出して龍を押し飛ばした。

「―――ッ」

 隙を着いて、ヨミが軽い跳躍で距離を詰め、軽やかに蹴りを一発撃ち込んだ。
 魔導士の脇腹に強くめり込む。僅かに血を吐きながら魔導士が黒い炎を放った。腕に炎を浴び、ヨミが眉を顰める。
 灰色の炎の壁を生み出し、魔導士が後方へ回避した。突如、ピンク色の触手が幾つも視界に入り、彼ははっとして振り返った。何体ものキュキュがヒューの周りを取り囲んでいた。
「分身か、分裂か――」
 黒い炎を生み出し、全てのコピーを薙ぎ払った。が、本体が現れたのは全く別の、何も無かった所からだ。
「ミケランジェロ様――ッ」
 キュキュは叫んだ。魔導士の身体を締め上げようとピンク色の触手を伸ばす。
 同時にミケランジェロが――素早く間合いを詰めた。
「余計な事を……」

 バシィィィンッ……!

 両方は回避出来なかった。キュキュの触手を焼き払い、僅かな隙にミケランジェロの一撃がヒットした。

「―――ッ!?」

 ガツッと固く鈍い音が響いた。魔導士は目を見開いて一撃をその身に受ける。痛みよりも驚きに顔を歪めたのだ。ミケランジェロが放った強力な拳が、見事にヒューの頬に決まった。
「うわ……ッ殴ってる」
 端に身を屈めて避難していたクラウスが、思わず頬を引き攣らせた。

「舐めた真似を……」
 血を吐き捨て、ヒューがミケランジェロを睨み付けた。ミケランジェロも無傷では無かった。接近の際に撃ち込まれた炎が彼の腹部に焼き跡を残していた。
 魔導士は再び杖を振り翳す。生み出された幾つもの炎の球が辺りに放たれる。炎を掻い潜り、ミケランジェロはヒューへと接近した。
 瞬時に描かれた白い鳥が現実のものに還り、彼に襲い掛かる。
 ヒューは杖で受け止める。が、勢いに押されて後方に吹き飛ばされた。
 屋上の柵を飛び越え、ヒューの身体が街へと落ちていった。
「………」
 空中に黒い炎を生み出し、自らの身体に纏わせて着地した。
 ミケランジェロは柵に足を掛け、地上へと跳躍した。一瞬、彼の背中に翼が見えたような気がした。
 刹那――ミケランジェロの周囲の風景が、色彩豊かな鮮やかなものへと変化した。展開されたロケーションエリアは風でさえも淡い水色に色付けし、モップから零れた雫を七色の光に変えた。


「こんなに運動したのは、始めてかもしれません」
「あァ、そうかい」
 額から汗を流し、ヒューは笑い声を上げた。ミケランジェロはつまらなそうに一瞥する。
「では――」
 魔導士が杖を振り上げ、新たに炎を生み出そうとしたその時――

 ぱしゃ、ん。

 彼の足元に、魔法陣のような――何かの紋様が出現していた。
 突如、大量の水が彼の身体に覆い被さった。
 魔導士は舌打ちし、透明な四角い箱を生み出して自らの身体を護った。水の球体に包み込まれた箱の中で魔導士は魔法陣を描き、水の球体を打ち破った。
 だが、

「重ね掛けなんだな、これが」

 再び水の輪が足元に出現し、魔導士を捕らえようと大きく膨らむ。ヒューは瞬時に上空へと跳び、黒い炎をミケランジェロと傍らにやって来たクラウスへと放った。

「準備はちょっと時間掛かったけどさ。簡単に破られるようじゃ……怒られちゃうし、ね」

 ざん、ざん、ざん。

 何処からともなく水が流れる音が響き渡り、魔導士は空を見上げた。周囲から現れた大量の水が――幾つもの柱となって上空に放出された。天上で織り重なり、巨大な水の檻と化した。やがて降り注いだ強い雨が黒い炎を消し去り――大量の水が、彼の身体を捕らえて陣の中に押し込めた。

 *

 身動きの取れなくなったヒューへ、ミケランジェロが歩み寄る。
『私は』
 水の中でヒューが口を開いた。こぽこぽと空気と共に静かに言葉が吐き出される。
『貴方が羨ましい。そういう風に、生み出された貴方が』
「………てめェは」
 ミケランジェロは僅かに目を伏せ、問い掛けた。
「何を思って描く?何の為に、描くんだよ」
『………』
 前にも同じ言葉を聞かされた覚えがある。だが、その答えはもう告げた筈だ。
 彼の言わんとしている事を――ヒューは分からない振りをした。
「てめェを作った奴が憎いんなら、だったらてめェは何なんだ。てめェの手から生み出された『そいつら』は――ふざけた目的で生み出された、そいつらは」
『………』
 ヒューは目を伏せた。身体は動かせないから、もう杖を振るう事も出来ない。
「生まれた奴らは、てめェを憎む事も出来ねェんだよ」
 ミケランジェロが懐から一冊の絵本を取り出し、ヒューへと突き付けた。

「駄目……!!」

 その時、コレットが走って来て、彼の前に立ち塞がった。

「……どきな」
 ミケランジェロは低い声のまま少女を見下ろした。コレットは涙を浮かべながら必死で訴える。
「だ、駄目!ヒューさんを傷付けないで!」

「聖女ヅラしてんじゃねェよ――」

 放たれた言葉にコレットがびくりと震えた。ミケランジェロは片手で多少強引に少女を脇に避け、ヒューの前に立った。
 近付けられた掌を、ヒューは見つめていた。
「もう、眠れ。……せめてあいつらに――謝るこったな」
 そして。
『……………』
 ヒューが口にした言葉を最後に、彼の存在は一冊の絵本の中に封じ込まれた。


********************

 魔法使いは涙を流しました。
「とても、長い長い夢を見ていた気がするんだ」
 街の人はにこにこと笑い、魔法使いの肩を抱き締めました。
「久しぶりに会えた気がするんだ。だけど悲しい。皆に酷い事をした気がするんだ」
「そんな事ないよ」
 街の人は笑顔を見せ、何度も頷きました。
「あなたは優しい魔法使いさんだよ」
 慰めても慰めても涙を流す魔法使いの肩を、大家さんはぽんぽんと叩きました。
「お洋服がびじょびじょだよ。お洗濯をしなきゃ」
「そしたら今日は、お花畑でピクニックをしよう。桜や、たんぽぽや、忘れな草が綺麗に咲いたよ」
「だったら御弁当を持っていかないとね。それから、ジャムとパンと」
「押し花もつくろう」
「皆で絵を描こう」

「魔法使いさん。おかえりなさい」
魔法使いは涙を流し、ただいま、と言いました。

********************


<Blue Field>

 寝転がって煙草を吹かすミケランジェロへ、クラウスは空を眺めながら告げる。
「正直ね。俺は悩んでいたんだ」
「……あ?」
「例えばさ、目を奪うとか、指先から繊細な動きを奪うとか、『画家』としての命を取り上げる事で――彼を止める事は出来るだろうか、って」
 視線を送ってきたミケランジェロに思わず「や、ごめん」と謝りつつ、クラウスはへらっと笑った。
「けどそれは、果たして許される事なのか……俺には分からなかったから」
「……まァな」
 クラウスもまた『描く』技術を持っているが、陣はあくまで技術と科学を織り交ぜた代物であって、『美術』には成り得ないのだ。
 画家の心は彼には分からない。純粋に、自分や他人が感動出来るものを生み出していける事は素晴らしいと思う――ただ、それだけだ。
「彼はこの街を憎んでたみたいだけどさ……そりゃあ歪んでるし、俺達のアイデンティティなんてガタ落ちだし、日がなコンドル二号呼ばわりされるし、息子はおっかないし、俺もまた、誰かを傷付ける存在であったとしても」
 クラウスは懐から何かを取り出し、ミケランジェロに気付かれないようにそっと掌で包み込んだ。
「それでも俺は。許されなかった全てを許してくれるこの街が、大好きだよ」
 穏やかな笑顔を浮かべたクラウスへ、ミケランジェロが何事かを言い掛けた時だ。
「コンドル二ご――」
 クラウスがぺちんとミケランジェロの額を叩いた。ペンで彼の掌に描かれた紋様がミケランジェロの額にスタンプされた。
「頬の位置から猫髭が生えてくるという、画期的な陣を刻んでみました――ってわ、わぁぁごめんなさ」
「てめェ――そこに直れ!地の底に沈めてやらァッ!」
 慌てて逃走を謀るクラウスを、モップを構えたミケランジェロが追い掛けていった。
 ついでに言うと、掌に書いた陣によってクラウスの頬にも猫髭が出現していたが、笑われるまでにはまだ少しの時間が掛かりそうである。

 *

「これ……。タマ――じゃなくてミケランジェロさんから返して貰ったんだけどね」
 一冊の絵本を二人に見せ、鱧田は首を傾げた。
「なんか、最後の方、ページが……増えてる気がする」
 ファレルとコレットは顔を見合わせる。鱧田は絵本に目を落としながら続けた。
「あと。コンドルさんから――これ、貰ったんだけど」
 ポケットから取り出したのは、鮮やかな赤い宝石だ。コレットがあっと声を上げた。
「『貴方に返します』って。これ……魔法石だよね」
「鱧田さん……その、その形は」
 目を潤ませるコレットに鱧田は困ったような顔で告げた。
「うん。この魔法石は『願いを叶える』方の魔法石だよ。ヒュー君のと違う映画の方のね。魔法使いの『良心』と。彼の街が封印されている。しかし何処にあったんだろう……俺、貰って良かったのかなあ」
 赤い石の中で煌めく街の風景を見つめ、コレットがファレルの顔を見た。彼はコレットの言いたい事が分かったようで、小さく微笑を零した。
「貴女が望むなら。……聞いてみては?」

「うん……あの、鱧田さん!」

 *

「『大地を穿つほどの魔力を秘めた』破壊の石……ですかー。どう思います?」
 病院の屋上のベンチに腰掛け、ヨミは隣で洗濯物を干すキュキュに声を掛けた。
「必要無いかと。そのような危ないものは……」
 掌に収まる赤い鉱石を眺め、ヨミが頷いた。
「そうですよねー」
 ぐっと握り締めると石は粉々に砕け散り、風にさらさらと流されていった。


 諸君。これにて魔滅の展覧会は閉幕だ。
 願わくば、白く鮮やかな君達の世界に、

 これからも憎しみと苦しみと、幸多からん事を。

クリエイターコメントた、た、大変遅くなってしまい、申し訳ありません……。
魔滅シリーズ、そして亜古崎シナリオ最終話、如何で御座いましたでしょうか。
今回はバトルシーンに気合を入れてみたのですが。
そして文中に登場する呪文らしき言葉は、○○語をもじっただけの、亜古崎語です。

誤字脱字、何かお気付きの点が御座いましたら、お気軽にご連絡下さい。
この度のご参加、本当に本当に有難う御座いました!
そ、そして、遅くなってしまった事を重ね重ねお詫び致します。申し訳有りませんでした。
公開日時2009-05-15(金) 18:10
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