★ Buff―Wack Magic ★
クリエイター八鹿(wrze7822)
管理番号830-7679 オファー日2009-05-25(月) 23:48
オファーPC ミケランジェロ(cuez2834) ムービースター 男 29歳 掃除屋
ゲストPC1 昇太郎(cate7178) ムービースター 男 29歳 修羅
ゲストPC2 信崎 誓(cfcr2568) ムービースター 男 26歳 <天使>
<ノベル>

 掃除屋『M−A』。
「消したい物、綺麗にしたい物――承ります」を看板に掲げ、掃除的な仕事ならばほぼ何でも請ける……いわゆる何でも屋だ。
 

 
 <Buff―Wack Magic>


 ガタガタと揺れているシートは固い。
 押し込められたワンボックスカーの中には嗅ぎ慣れた塗料の匂いが充満していた。
 車道をポツポツと照らす明かりが車内に走り込んでは過ぎ去っていく。
「だりィ……」
 ミケランジェロは、中部座席のシートへダラリと体を伸ばした格好で呟いた。
 うっそりとした視線で眺めたのは灯りも疎らな、真夜中の山道。
 需要の無い道なのか、整備されている割に擦れ違う車は一台も無かった。
 煙草を一本取り出そうと、いつもの黒いツナギの胸ポケットに指を彷徨わす。
 と。
「呑むなら窓を開けてくださいね、所長」
 運転席の方から微笑めいた声。
 そちらを見遣れば、バックミラー越しに助手の信崎 誓と目が合う。
「こんな夜中に何処まで連れ出そうってんだ? なァ」
 ミケランジェロは覇気無く問い掛けながら、手動でグルグルとウィンドウを開けた。
 下りたウィンドウの隙間から吹き込む冷えた夜気が、山の湿気と混じって透明を増しながら車内の匂いを掻き回す。
「もうすぐですよ」
 やはり微笑を称えたような声で返される。
 誓の隣、助手席では昇太郎が刀と剣とを抱えながら眠っていた。
 そちらをチラリと見てから、ミケランジェロは煙草の先を吹き込む夜気から守るように手で囲いながらライターに火を燈した。
(……どうせ面倒くせェ事なんだろうな)
 煙草と一緒に窓の外に軽く顔と腕を出し、くったりとそう思う。
 昼間は調子が良かった。
 映画セットの背景の塗りを頼まれていたのだ。
 マットペイントの仕事の延長のようなもんで、久々にでかいキャンパスに色を塗りたくれたし、天気も良かった。
 で、昇太郎が現場に遊びに来て、いつもの様にのたくっていた夜半過ぎ。
 誓が現れた辺りから雲行きが怪しくなった。
 仕事ですよ、と、あのやたらと爽やかな笑みで言われる。
 こんな夜中に嫌だ、面倒くせェ、と並べる前には昇太郎ごと車に乗せられて、連行される事になった。
 ペンキやらスプレーやらが後ろに詰め込まれた安っちいバンだ。
 誓がそこに居た塗り屋から、あの妙に回る口を使って借り受けたらしい。
「……しかし、こんな夜中の山中で『掃除』の仕事ったらイイ予感はしねェな」
 外の風に煙草の煙を流しながら安いチンピラ映画のワンシーンを思い浮かべ、ボヤく。
「お望みでしたら、そういった仕事の方も取ってくるようにしますけど」
「言ってねェ……」
「似合うと思いますけどね。墓穴を掘ってる姿とか」
「どっかの不良天使の墓穴を掘るってんだったらオニーサン頑張っちゃうなァ」
「尊敬すべき上司を持てて、おれは幸せですね」
「持ち上げたとこで給料は上がらねぇからな」
「へぇ? 上げられるかもしれないほどの稼ぎがあったとは驚きでした」
「…………」
 ミケランジェロはぐったりとしながら煙草の煙を吐き出した。
 やがて。
 外灯の無い道をしばらく走った後、車は古いトンネルの前で停まった。
「ん……着いたんか?」
 停車の気配に気付いて目覚めた昇太郎がスッキリとした声で言う。
 ミケランジェロは、つらりと簡単にトンネルの方を覗き込んだ。
 でかいトンネルだ。両側二車線、カマボコ型で天井はかなり高い。
 取り払われた鉄網やらが傍らに転がっているのを見るに、封鎖トンネルを誰かが勝手に使用しているらしい。
(って事は、さっき通ってたのは旧道か)
 トンネルの中には白々とした明かりが灯されていた。
 光は蛍光灯のものには見えない。おそらく何か特殊な光源なり力なりを使っているのだろう。
 白く照らされたコンクリートとアスファルト、ひやりと朽ちた香り、それから、瘴気。
 その風景の片隅には爺さんが居て、それがいそいそと車に近づいてくるのが見えた。
 黒いローブに白く長い髭、単眼鏡なんぞを掛け、妙に趣きのある杖を持っており、いかにもクラシカルなファンタジー映画出身の魔術師然としている。
 昇太郎が車の外へと出て行くのに続いて、ミケランジェロも車をのたのたと降りる。
「M−Aです。この度はご利用ありがとう御座います」
 誓が車を降りしなに言って、爺さんへと手を差し出していた。
「良く来てくれた。もうそろそろ限界でな」
 爺さんは誓と軽く握手をした後に、トンネルの奥の方を杖で指し示した。
「で、問題のアレなのだが」
 そちらの方を見る。
 存外長く深いトンネルの奥。何かが蠢いている。大量の。何か。
 よくよく見ればそれは一目で異形と分かるモノどもで。
 ミケランジェロはすぅっと煙草を吸い、吐いて。
「帰る」
「ま、まあ、待てミゲル。折角来たんやし、話だけでも聞いてやろう、な?」
 車に戻ろうとしたミケランジェロの肩を昇太郎が慌てて止めた。
「話なんざ聞かなくても大体分かンだろ」
 半眼に落とした眼を再びトンネル奥へと滑らせる。
 そこでは、やはり何体もの異形魔物がひしめきあって咆哮なり唸り声なり歯軋りなりを上げている。
 結界か何かに遮られているようで、今はこちら側に来る気配は無い。
「俺は掃除屋だ。魔物狩りはやってねぇ」
「いや……しかし、放ってはおけんじゃろう」
 昇太郎が少し困ったように眉尻を垂れ、ぽりぽりと頬を掻きながら爺さんの方を見遣る。
「そうですよ、所長。ここまで来ておいて、往生際が悪い」
 誓が、しゃあしゃあと微笑を浮かべながら言う。
 ミケランジェロは誓の方へ、げんなりと視線を向け。
「黙って連れてきたのは、おまえだろうが……」
「内容を言ったら逃げられると思いまして」
「的確だよ……おまえは」
「ともかく。おれが苦労の末に取ってきたお仕事なんですよ? ずべこべ言ってないで有り難く片付けてくださいな、所長」
 誓の柔らかな微笑を前に、ミケランジェロは視線をのそりと逸らしながら軽く首の後ろを掻いた。
 それから、あからさまな溜め息を吐き、爺さんの方へと向き直る。
「でェ……なんでこんな事になってんだ。見たとこハザードとは微妙に違うようだが」
「うむ。発端は罪の研究の為に検体を呼び出そうとした事だったんだが……」
「罪の研究……?」
 昇太郎が聞き返す。
 爺さんはそちらの方に嬉々と頷き。
「左様。罪とは何かを解くで原罪とは何かを解く研究だ。であるからして、君の映画にも目を通させてもらっとるよ、『神殺し』」
「……あ、ああ……ええと」
 昇太郎がどう言ったものか困っているのをそのままに、爺さんは話をずいずい続けた。
「君の宿す大罪の概念は非常に興味深いものであった……罪の生産、昇華へのプロセス、あるいは仮定消費における――」
「その話は長くなるのか?」
 ミケランジェロは咥え煙草の端を揺らしながら、面倒臭さを包み隠さずに声に乗せる。
「おお、すまんすまん。ともかく私が呼び出したアレらは『罪』を質エネルギーとして構築されておる稀有なモノでな。各々が個体に見えるが、あれは全の一つに過ぎん。総体としての罪の転化、消費という観点から非常に――」
「簡潔に、頼むぜ」
「ぬ。でまあ、興味深かったので儀式陣を引いて呼び出し、研究しようとしたのだが……」
 爺さんは己の髭を手繰りながら、溜め息を一つ零し。
「コントロールに失敗してな。どうにも止め処なく溢れ出てきている。今は、あらかじめ組んであった結界が効いてはいるが、あれもそう長くはもたん。現在、私の引いた儀式陣によって境界の融解点が……まあ、つまり、”穴”が開きっぱなしの状況となっておる。今こちらに具現化している連中を全て駆逐したとしても、陣を封じて穴を塞がん限りはイタチごっこだ」
「つまり……おれと昇太郎さんとで、今こちらに出ている分の魔物を狩る。所長は陣を封印する。簡単な仕事じゃないですか」
「簡単な仕事、ねぇ……」
「ミゲル、放っておく事は出来んじゃろう? どうにか力を貸してくれんか?」
「なァんで、昇太郎が頭を下げるんだよ……」
 己の頼みごとのように昇太郎がこちらに頭を下げるのを見遣って、ミケランジェロは肩をコケさせる。
 それから、ぽんと昇太郎の頭に軽く手を置いて。
「ったく。分かったよ。やる。やってやるよ」
「おお、すまんな。では、どうにか朝までに頼むぞ」
「朝まで?」
「うむ。なにぶん無許可でこの場を実験場に使わせてもらっているのでな。万が一にでも市にバレるわけにはいかん」
 爺さんは至極真剣な声でそう言い切る。
 ミケランジェロはすぅっと煙草を吸って、吐き。
 どうすんだよ、という気持ちを込めて誓と昇太郎の方へと視線を転がした。
「報酬はイイんですけどね」
「う、あー……何にせよ。あの魔物らをどうにかせん事には皆が困るのは変わらん。色々考えるのは、連中を片付けてからにせんか?」
 昇太郎が困った様に指差した方、魔物らは元気良く跳ね回っていた。


 ××

 
 魔物が騒ぐトンネル内に足音を鳴らす。
 見上げたトンネルの高い天井付近。
 腕に赤い羽根を生やしたトカゲじみた妖魔が何匹も飛び回り、妙に腕の太いずんぐりとした黒色の巨鬼が天井に張り付いて背中から何匹もの蛇めいた触手を生やしてくゆらせている。
「上に居るのは、おれの担当でしょうね」
 誓が結界の前に立って革手袋の端を引き確かめながら言った。
 白シャツに黒のスラックス、黒の革手袋といった何時も通りの仕事着。胸元に下げられた銀の弾丸が揺れる。
 その隣で、昇太郎は剣と刀を抜き、切っ先を垂れる。
 右手に持つ刀は刃の潰れたなまくら、左の剣は神の血を浴びた西洋剣。
「そうじゃな、悪いがそっちは任せる。俺は下をやろう」
 言って、昇太郎は地面の上の諸々に軽く視線を走らせた。
 裂けた口に唾液を光らせる肉膨れのオーガ。下腹の熟れた小鬼の群れ。裂けた口から二頭の新たな頭を生やしている黒狼。   
 それらのひしめく奥、宙に開いた『穴』からは幾人分かの人体をバラバラにして混ぜて捏ねて作り上げたような巨大な肉芋虫が、こちら側へと半身を剥き出して身を捩っている。
 その先端が三つにバックリと割れ。
 咆哮。
「では」
「行くか」
 ビリビリと渡る音の中、誓が人力の粋を超えた高さへと跳躍する。
 同時に、昇太郎は一足の蹴り出しと共に結界の中へと身を滑らせた。


 空中に漂った瘴気を裂いて。
 誓はトカゲ妖魔の顎根を蹴り上げた。
 それが天井に衝突する音を待たずに、側面から突き出された妖魔の腕を右手で掴んだ。
 腕を左へと引き込み、腹の辺りに膝を入れる。
 ぐったりとしたそれを己の足元へと振り回し、踏み蹴り、空中を更に飛ぶ。
 すぐ背後を触手の群れが虚空を掻いた気配。
 銃を抜きざまに身を翻す。
 銃口の先には、触手どもを背から生やし天井に張り付いている巨大な化け物。
 その脳天を狙って僅かに照準を合わせ直し、引き金を引く。
 弾丸は幾本かの触手を巻き込んで、その頭を撃ち抜いた。
 コンクリートが弾け、其処へ魔物の肉片が散らばる。
 誓は射撃の勢いに身を任せて中空を舞った。
 そして、黒々とした魔物の群れの中へと潜り込む。
 聴覚を支配する圧倒的な数の魔物の羽音。
 誓は胸前に銃を持つ手をクロスさせて、ヒゥと息を吸いざまに引き金一つ。
 火薬の爆発に弾かれる己の体、蹴り上げた鉛入りの靴先、クゥと回転する。
 刹那で蹴り散らかしてから、下方に向かって腕を突き出し引き金を引く。
 その威力で体は更なる宙に叩き上げられる。
 蹴り残しの魔物の群れから抜け出して、トンネルの天井にタッと靴の裏を付く。
 膝を曲げて衝撃を吸収しながら一つ、二つ、三つ、引き金を引いて計三匹をキッチリ片付ける。
 そして、誓は弾倉を開き、薬莢の散る空中へと軽やかに身を投げた。
 視界の端、唸りと軋みをあげて滑空してくる化け蝙蝠の成れの果て。
 その眉間辺りに銃身を叩きつけると同時に身体を縮め込むように膝を引き上げ。
 狩り残しの妖魔の腹を深く蹴り抜いた。
 二の足で間髪入れずにソイツの頬を蹴り飛ばしたら、後は重力に任せて自由落下しながら取り出した弾を銃に装弾していく。
 と。
 誓は装弾する手を止めた
 残りの弾を指に絡めながらデリンジャーを抜き。
「ヤレると思ったかい?」
 微笑する。
 背中の気配へと。
 そして、後ろ手に構えたデリンジャーの引き金を引いた。
 魔物の呻き声。
 その骸が、こちらが着地すると同時に無様な音を立てて地面に落ちるのを確認しながらリボルバーの弾倉を閉じる。
 その横を。
 昇太郎が低く駆け、ザと足裏を地に滑らせた。
 振り放たれた刃が銀色の弧を描いて、誓の背後に伸びていた巨大な腕を裂く。
「悪い、余計な世話じゃったな」
 昇太郎が言う。
「いえ」
 誓は腰下で背後に向けた銀の銃口を下げながら肩を竦めた。
「弾代が浮いて、ラッキー、みたいな」
 微笑んで。
 誓は身を捻りながら跳躍し、片腕を失った巨鬼のこめかみを蹴り砕いた。


 倒れ行く巨鬼の脇を抜ける。
 昇太郎は、群がった小鬼らを踏み込みざまの刀一閃で蹴散らした。
 吹き飛ぶ小鬼らの間を縫って飛び迫った黒狼の牙を剣にて受け止め。
 コンパクトに楕円を描いた刀の突き上げで獣の顎を砕いて飛ばす。
 そのまま、強く前に摺り出した踏み足。
 空中に伸び上がった獣の身体を低く潜り抜けながら突き出した刀の先で、斜め上方より飛来してきていた大蜘蛛の腹を打つ。
 たわんだ蜘蛛の糸が空中でチラリと踊る。
 腕に伝わった衝撃のままに刀を引き、踏み込みの足を差し替えながら、昇太郎は蜘蛛の身体を左手の剣で斬り上げた。
 返す刃で横に一閃。
 割れた屍肉を押し退け浅く飛び、腰を捻り溜める。
 地面に足裏を擦り付けながら襲いくる黒い獣の体躯へと上半身ごと剣を振り出す。
 そして、斬って噴いた血の真ん中へと、刀を薙ぎ、骸を弾き飛ばした。
 血の飛沫が舞う中、そいつを追って駆ける。
 その先、アスファルトを削り上げてこちらに向かってきていた肉塊芋虫。
 蟲の先端がバクリと三つに割れて開いた口へと黒獣の骸が触れる。
 口は触れたものを一瞬で捉え込む。
 骨と肉の砕け散る音。
 骸は喰い潰されて、姿を失う。
 昇太郎は肉片と淀んだ色の血飛沫を突っ切って地を蹴る。
 芋虫の図体に飛び乗り、そこへ剣を突き降ろした。
 そうして、剣を突き刺した格好のまま体勢低く、肉塊芋虫の上を駆けていく。
 と。
 目の前の芋虫の表面でボコリゴリリと肉が盛り上がった。
 行く手を遮るように急速に形を成した肉人形、三体、その広げた腕がギュルリと刃の鋭さを持つ。
 昇太郎は振るわれた刃を刀で受け、芋虫の体から剣を引き抜きながら体を絞り、短い踏み込みと同時に一体を斬り上げた。
 切っ先の描いた銀糸が肉人形を裂いて抜ける。
 細く鋭い息を吐きながら、昇太郎は降り抜いた剣の流れる侭に、足裏を滑らせて距離を詰め、二つ目に剣を振り下ろす。
 次いで、低く上体を屈めながら、浅く広く跳んだ一足。
 三つ目。
 刀で刃を受けて逸らして懐に潜り込みながら、下から上へと切っ先を突き貫いて、斬る。
 そして、昇太郎は刀を水平に頭上に構えた。
 トツ、と手元に伝う軽ろやかな感触。
 はたりと、目の前を一片の白羽が通る。
 刀身の上に立っていた誓が、すっと軽く身を屈める気配。
 昇太郎は誓の跳躍するタイミングに合わせて刀を振り、彼を空中へと送り出す。


 風を切って飛翔した先、誓は黒翼を広げた天使もどきが剣を振り降ろすのに合わせて銃身を突き出した。
 金属のぶつかり合う音。
 剣を銃身で弾いた隙に蹴り上げた右足。
 その足を手で払われながら引き金を引く。
 身体が射撃の勢いで圧されて離れ、黒翼の剣が虚空を凪ぐ。
 後方に居た妖魔を後ろ足で回し蹴り飛ばしながら、銃口は黒翼の方へと投げて引き金を引く。
 ィン、と弾は剣で弾かれ、ほぼ同時に黒翼が大きくはばたく。
 風を叩いて一瞬で距離を詰めてきた切っ先に向かって足を振り上げる。
 蹴り出した足先で剣の腹を叩き、銃口を胸に突きつける。
 が、腕に払われる。
 刃を叩いた足をそのまま蹴り抜いて身を翻し。
 黒翼の胸元へと肩が触れる程に肉迫。
 その顎根に銃口を擦り付けた。
 頬を掠める黒羽一枚。
 誓は引き金を引く直前に首を掴まれていた。
 投げ飛ばされる。
 軽々とトンネルの端まですっ飛ばされて、壁に足を付いて膝で衝撃を流す。
「中々にしつこい」
 誓は首を摩りながら遠く黒翼を見遣って微笑した。
 そして、白が舞う。


「あいつらァ元気だな……」
 ミケランジェロは咥えた煙草の煙をふらふらと流しながら、アスファルトの上に横たわる魔物どもの脇を抜けていた。
 骸はしばらく経ったものからジワリと砂のように崩れ消えていっている。
 空中と地上とでは相変わらず二人が狩りを続けており、あれほど此処に溢れていた魔物はもう数も少ない。
 トンネルは元の殺風景を取り戻し掛けていた。
 コツ、と足音を止める。
 足の先には地に描かれた巨大な陣の端が在った。
 見上げれば、その中央の虚空に『穴』が開いている。
 異形連中が這い出てくるペースはそんなに早く無いようで、それは先ほど黒翼の天使もどきを吐き出したっきり、今は3メートルほどの空間を歪ませて静かに浮かんでいる。
 咥えた煙草の煙を伸ばしながら屈み、ミケランジェロは地を這う陣の端に手を伸ばした。
 触れる。
 陣を描く塗料全てが鼓動のように波打ち、次いで、ズァと地から剥がれ浮き上がる。
(――散れ)
 ミケランジェロはイメージの中で陣から形と意味を剥奪する。
 瞬間、陣を描いていたものは音も無くチリとなって散った。
 やれやれと、上体を持ち上げる。
「後ァ、あいつらが……」
 残りを狩り終えれば帰れる筈だった。
 だが。
 ヴン、と脳を揺らした空間の胎動。
 ミケランジェロはその強烈に不快な感覚に奥歯を噛みながら、閉じた筈の『穴』を睨み上げた。
 『穴』はその身を揺らし、収縮を始めている。
 それ自体は問題じゃない筈だ。
 が、何か嫌な予感だけが込み上げる嘔吐感のように身体の中で膨れ上がっている。
「昇太郎ッ、誓ッ! 気をつけろッ!!」  
 叫んだ瞬間。
 視界の端で、魔物を斬り伏せていた昇太郎の身体が妙な格好で捻れた。
「昇太郎さんッ!?」
「な、なんじゃ、身体が!?」
 と――。
 誓が相手をしていた黒翼が体を捩らせ、一瞬で穴へと吸い込まれていった。
 そして、生き残りの魔物が次々と吸い込まれ始める。
「くッ!?」
 見えない力に抵抗しようとしてか歯を食い縛り鳴らした昇太郎の身体が浮き上がる。
「昇太郎ッ!!」
 意識する前にミケランジェロは駆け出していた。
 手を伸ばす。
 その指先を掠めて。
 昇太郎の体は穴へと消えた。
 穴は、反響のみを静寂に残して閉じる。
 穴の在った筈のそこは、何も無くただの虚空となって痕跡すら無い。
「――――――ッ」
 掴めなかった手がゆっくりと握り込まれる。
 強く噛んだ奥歯が擦れて頭蓋に音が響く。
「……郎さん、は……?」
 傍らに降りてきた誓が何事か口にしていたが、耳の奥が熱くて良く聞き取れなかった。
 首の筋が張って痙攣する喉へと細く、細く、息を吸い込みながら、ミケランジェロはゆっくりと手を降ろした。
 全身で沸き立った血を無理やり押さえ込むように息を吐き、それから、ガツガツとした足取りで、結界の外からこちらへと歩んでくる魔術師の方へと向かう。
 そうして、その胸倉を掴み上げる。
「おい……。なァ? 聞いてねぇぞ、ンだ、今のは。持ってかれた。昇太郎が」
「む、ぐっ……」
 魔術師は苦しげに顔を顰めて、パクパクと口を蠢かしてるだけで話にならない。
 と、横から誓が、魔術師を捉えた腕に手を掛けてくる。
「落ち着いてください、所長。悪い癖ですよ、そういう――」
「煩ェ、俺ァ今この老いぼれと話してンだよ」
 魔術師をアスファルトに捨てながら、ゴロリと眼を誓へと向けて低く伝える。
 こちらの手を離れ、僅かにたたらを踏んだ魔術師が二つ、三つ咳を落として。
「呑まれたのは……『神殺し』か……なるほど、陣の因果が解け、収縮の際に帳尻を合わせようとしたわけだ……興味、深い」
 ミケランジェロは魔術師の頭に手を伸ばし掴みながら、皺だらけの顔面に鼻先を寄せた。
「テメェの見解なんざ聞いてねェんだよ、クソジジイ」
「所長。それ以上、力を込めると割れます。そうなれば困るのは……昇太郎さんですよ」
 言われて、ミケランジェロは舌打ちをしながら、魔術師の頭から手を離した。
 魔術師が頭を抱えて、軽く振りながら二、三歩後ろずさっていく。
「あれは浄化し切れぬ罪により構築されたモノ。穴を通じてこちらに溢れ出た分を取り戻そうとしたのだろうよ」
「つまり……欠けてしまった罪を補充するために、昇太郎さんを取り込んだ、と?」
 誓がミケランジェロと魔術師の間に入りながら、軽く首を傾げる。
 魔術師はそっちの方が話が判ると見てか、完全にそっちへ顔を向けながら頷いた。
「左様。『神殺し』は遥かな大罪だからのぅ。安定させるには十分過ぎる程の量だったろうな」
「それで。昇太郎さんを助けるには、どうしたら……」
「いや、それは無理な話だ」
「……え?」
「神殺しの大罪を取り込んで、あの空間は完全に安定したと言って良い。再び、同じ陣を組んで呼び出そうとしたところで応じる筈が無かろうて」
 シン、と音が無くなる。
 ミケランジェロは黙りこくった二人を残して、再び、穴の在った方へと向かった。
「……どうするんです?」
 後ろから誓の声が掛かる。
「おまえは、こっちに車を回して来い」
 ミケランジェロは腰に下げていたペンキスプレーを取りながら言う。
「……無茶な事をするつもりじゃ無いでしょうね?」
「煩ェ、とにかく、色が要ンだよ。助手ならな、グダグダ抜かしてる間にさっさと手伝え」
 振り返らずに言う。
 しばらくの沈黙の後。
「……助手だなんて、あなたが勝手に押し付けているだけでしょうに」
 嘆息交じりに零した誓の足音がトンネルの出口の方へと向かう。
「おいおい……君は一体、何をする気だ?」
 ミケランジェロを追ってくる魔術師の、呆れ半分、興味半分といった声が聞こえる。
 そっちを振り向いてやる気も、時間も無い。
「アレが煮え切らねェ罪の塊だってンならなァ、一番ふさわしい場所に引き摺りだしてやる」
 ミケランジェロは低く唸るように応えて、スプレーを壁に走らせた。


 ××

 
 中天には黒い太陽が昇っていた。
 光を飲み込むようにぽっかりと昇っている。
 代わりに空が、にわかに赤い光を持っている。
 漂っているのは生気の無い乾いた匂い。
 身体は、動く。
 刀と剣の感触を確かめる。
 昇太郎が立っていたのは砂漠だった。
 果て見えず続く砂漠。
 風は無く、塵一つ飛んでいないために随分と遠くまで見通せるが、視界に映るもの全て意味の無いものばかり。
(出口は……)
『存在し得ぬ』
 声。老若男女をごちゃ混ぜて掠れさせたような奇妙な声。
 頭に直接響いた気がする。なので、気配を探るのは早々に諦めた。
 昇太郎は納刀し、少し困ったように眉尻を垂れながら、さてと額の端に指先を置く。
「そいつは困った。俺は帰らにゃいかん」
『叶わぬ』
「困るぞ、とても」
『我と我々、無きも、在りも、保つため、――を』
 幾つもの声が頭のそこかしこで生まれて反響して居心地が悪い。
 昇太郎は軽く瞼を落としつつ、むぅ、と眉根を寄せた。
「……小難しい話は勘弁してもらえんじゃろうか……もちぃと、簡単に」
『我と我々、無きも』
 繰り返される。
「…………」
 昇太郎は溜め息を落として、やれやれと頭を掻き。
「で、俺はどうなる?」
『その身に孕みし――を捧げ、我と我々に安寧を』
「…………」
 その部分は単語では無くイメージ。
 それは、おそらく、『罪』。
 罪を捧げろ、と言われた。のだと思う。多分。
 ともあれ昇太郎は心底困って、頭を掻いた。 
「……これは、俺の罪だ。他人にくれてやるわけにゃいかん」
 言って、なんとなく申し訳なく思いながら肩を落とす。
 途端。
『抗う? 抗い? 何故? 無意味。永遠。共に。出る、叶わん』
 声が頭ん中で騒ぎ始める。
『身、裂き、暴き、捧げ』
 昇太郎は頭で騒ぐ声にうっそりと片目を瞑った。
 眼前に広がる砂漠。
 その砂の中からもろもろと粒を零しながら、先程、相手をしていたのより一回り二回り厄介そうな連中が姿を現し始めていた。
 それらを見遣りながら昇太郎は、うんと軽く眉根を顰め。
「俺には確かに此処から出る知恵も術も無い」
 刀と剣とを抜き、両側にスラリと垂れる。
「が。ミゲルはきっとどうにかしてしまう。だから、抗わせてもらうんよ」
 と――足元。
 昇太郎はゾクンと背筋を走った予感に従って刃を手の中で回転させて。
「あいつが迎えに来た時に骨ッ屑じゃあ、申し訳が立たんから、なッ!」
 砂漠に突き立てた。
 それとほぼ同時に、昇太郎の身体は砂漠から突き出てきた龍の口腔と共に、黒い太陽の昇る空へと飛んだ。
 そして、閉じられる龍の口。


 ××


 赤が飛んで爆ぜる。
 反響する粘着質な水音を聞きながら誓は緩く息を零した。 
 トンネル内は、様々な色のペンキとスプレーがぶちまけられて混沌煩雑としていた。
 無機質な白い灯りの中、投げ捨てられたカラのペンキ缶が立ち込めたオイルの匂いを引っ掻き回して、黄と紫の混じる所に落ちて転がる。
 誓はすっかりカラッポになったワゴン車のトランクに腰掛けながらそれらを見ている。
 彼の視界にはあらゆる色が無造作に溢れていた。
 それらは、ただ、がむしゃらに何の計算も意図も無く、片っ端からぶちまけられた色彩。
 圧倒的な量の色がコンクリとアスファルトとを跳ね回り、駆け巡り、交じり合い、何でもなく広がっている。
 広がっている。
 押し迫る得体の知れない力を持って。
(意図無くとも美を産んでしまう……純正の才)
 誓はボンヤリとそんな事を思った。
 これは芸術では無い。
 手段でしかない。もっと正確に言えば手段のための手段だ。
 なにより造り手が、こんなものは芸術じゃねぇ、と言うだろう。
 誓は薄く息を吐きながら目を細めた。
 鮮やかな風景の中、無数に転がるスプレーや缶に混じって黒いツナギを着た男が立っている。
 そして、彼は己が撒いた色の屑に塗れながら、最後のペンキ缶の蓋を開き、色を撒き散らした。

 
 最後のペンキを撒いて、ミケランジェロは顔面にこびり付いたペンキを腕で拭った。
 結果的にはただ引き伸ばしただけだったが、そんなものには構わず、色の海の真ん中にしゃがみ込む。
 広げた掌を塗料に濡れた地面へと叩き付ける。
 トンネル中に撒き散らされていた全ての色が鼓動のように波打ち、浮き上がった。
 それは線と粒となり、ミケランジェロの周囲に収束し流転する。
 かつて芸術の神だった彼は塗料に干渉し、瞬時に思い通りの絵を描く事が出来る。
 必要なのは鮮明なイメージ。
 巡る色彩の中で、ミケランジェロがイメージを紡ぎ切った瞬間。
 色が彼を中心に爆ぜた。
 それは舞い、尋常じゃない速度で全てを紡ぎ描き広がって、一瞬の内にトンネル内を鮮やかにジャックする。
 描かれたのは炎の姿だった。
 緻密に綴られた原色の炎。
「これは……」
 後方で誓の零した声が聞こえた。
 ミケランジェロは口端を揺らす。
「煉獄の口だ」
 最初に聞こえたのは遠くコゥと吹く火の音。
 瞬間、本物の獄炎が膨れ上がってミケランジェロを飲み込んだ。
 彼が持つもう一つのギフト。
 絵を具現化させる力。
 姿と熱とを持って吹き荒ぶ煉獄の炎。
 それはコンクリを破壊しアスファルトを捲り上げ、鼓膜を支配する燃焼と瓦解の音を撒き散らしながら、ミケランジェロの傍らに暗き贖罪の園を導き出していく。
 その一直線状の虚空で空間が軋んだ。
 コンクリートの風景が罅割れ、欠け、散る。
 姿を現した”モノ”がトロリとこちらへと引き摺り出され、引力に捻られながら煉獄へと墜ちていく。
 荒れ狂う炎の轟音と色彩の中で。
 ミケランジェロは友の名を呼びながら手を伸ばした。
  

 ××


 昇太郎は血の流れる口端を拭いながら、巨大な龍の骸から剣を引き抜いた。
 そして、刀を一閃。
 切れぬ刃で群がった異形どもを吹き飛ばす。
 それで気を抜く間も無い。
 頭上より。
 振り降ろされてきたオーガの腕を剣の腹と半身で捌いて、その腕に沿うように相手の腹ぐらへと駆け込む。
 振り上げた刀で喉元を突き、間髪入れずに振り向きざまの剣一薙ぎで黒狗を斬り捨てて、右に振り出した刀で黒虎の牙を受け止めた。
 間を与えずに虎の喉元へと剣を翻して、突き刺す。
 が、黒虎は己が体が引き裂かれるのに構わず四肢を蹴って、昇太郎の体へと爪を剥いた。
 それが腹に突き刺さるのを許してしまう。
 ギィと歯を喰い縛る。
 突き刺した剣に力を込める。
 力任せに虎の首を刈り落とせば、虎の身体が力無く砂地へと崩れ落ちた。
 そうして昇太郎はクンと込み上げた血を噛みながら周囲を見渡した。
 キリなど無く、魔物どもが次々と砂の中から這い出よる。
 と――。
 キィン、と空間を伝った音を聞いた。
 昇太郎は口の中に溜まった血を吐き捨てて、ふと笑んだ。
「思っとったより早い」
『我、我々、崩れ――嫌。我と、我々と、共に――』
 そこらに溢れ返った魔物どもが我先にと群がってくる。
「悪いな、友が呼んどる」
 ザンと砂を蹴った足。
 昇太郎は演舞のように振るう刀と剣とで群がる魔物どもを散らしていく。
 天には黒い太陽とは違う、別の黒い穴が開いていた。
 風景が端からそこへと引きずりこまれていく。
 それは驚異的な速さで加速する。
 段々と絞られ捻られ、魔物も昇太郎も砂の一片すら巻き込んで穴に逆さに落ちて。


 意識すら歪む奔流の中、狭く磨り潰された聴覚に、己を呼ぶ友の声が触れた気がした。
 身体の感覚はでたらめに錯綜していたが、昇太郎は迷うこと無く確信を持って手を伸ばす。


 ××


「っし!! 出せッ!」
 昇太郎を抱えたミケランジェロが後部座席に飛び込んでくる。
 先に座席に収まっていた爺さんが、ミケランジェロの身体にむぎゅっと押し潰される。
「無茶なんですよ、いつも」
 誓はドアが閉められるのを待たずにアクセルを全開に踏み込んだ。
 車は唸りを上げて急発進する。
 トンネルは巨大な力に耐え切れず崩壊し始めていた。
 巻き上がる粉塵を掻いて、そこら中で瓦礫が落下してきている。
 ワイパーが早々にヒビの入ったフロントガラスにこびり付いた粉塵を、ガッサガサと除けるが視界は開けない。
 ほとんど勘と運とでハンドルを切っていくしかない。
 瓦礫をタイヤが乗り超える度にガッコンガッコン車内はお祭り騒ぎ。
「気張れよ、そこの不良天使。こんな所で埋まってらんねェからな」
「言われなくても」
 と言った傍から、車体の最後尾に落石。前輪が若干浮いたんじゃないかって衝撃。
 金属が捻じ切れる音と共にトランクの扉が落石に持って行かれる。 
 誓はバックミラーで拝見した随分と開けっ広げな風景に軽く溜め息を洩らした。
「弁償は所長が」
「……大したタマだよ、おまえは」
 ミケランジェロのボヤきを置き去りに、車は瓦礫の降り注ぐ中を突っ切って行く。

 そして。
 ズゥウン、と山に小さく地響きは鳴り渡る。


 ××

 
 いつの間にか、足の速い太陽が東の空を白ませていた。
 まだ硬い陽光がアスファルトにサラリと伸びていく。
 あの後、ほぼ間一髪の様相でトンネルを抜け出して、振り返り見ればトンネルは完全に崩壊していた。
「……すまんなァ。俺が捉えられてしまったばかりに」
 崩壊したトンネルの前で呆然としている爺さんに、昇太郎が心底申し訳なさそうに頭を下げた。
 粉塵とペンキ屑に塗れたミケランジェロは、その横に立って昇太郎の頭を軽く叩いた。
「って」
「おまえに責任なんざ1ミリもねぇよ。どちかってと被害者だろ」
 叩かれた頭を摩りながら昇太郎が、「しかし……」とこちらを見上げてくる。
「全部。あんなモンを呼び出したジジイの自業自得だ」
「被害の大きさを二乗したのは所長ですけどね」
 後方、ボロボロのバンに背を預けている誓が爽やかに言ってくる。
 ミケランジェロはそちらの方へとぐったりと視線を向ける。
 と、爺さんが長い長い溜め息を吐き。
「まぁ……偉大なる研究には相応の苦労が付きものというからな。このくらいの事故など」
「反省の色はねェのな、クソジジイ」
 ミケランジェロの向けた半眼と言葉など意も返さず、爺さんはすっかり気持ちを切り替えたらしく、さてさてと腕捲くりをしながらトンネルの方へと向かっていく。
「爺さん?」
「落ち込んでばかりもいられまい。誰かに見つかる前にゴーレムを使ってトンネルを修繕せねばな」
「前向きやな」
 昇太郎が顔を綻ばせる。
 爺さんは魔術儀式の準備をしながらカッカと笑った。
「いつまでも過去を振り返ってなどおれんよ」
「ちったァ過去を振り返り見て反省しろ」
 というミケランジェロの言葉は完璧にスルーされる。
 クソジジイ、と零してから、ミケランジェロはバンの方へと踵を返した。
「帰るぞ」
「これ、放ってくんか?」
「俺達が頼まれた仕事は終わっただろ。それに……」
 歩みながら首の後ろを掻く。
「あんまり長居してると、またロクでもねェ事になりそうな――」
 刹那。
 ズン、と地面が揺れる。
 ミケランジェロは首後ろを掻いたままの格好で深く溜め息を吐いた。
「む、ぅ、コントロールが――クゥ!?」
「じ、爺さん!」
 と、何やら後方でズシンばたんと騒がしい。
「車の弁償代が稼げそうで良かったじゃないですか」
 さらりと微笑を浮かべた誓が革手袋の端を引きながらすれ違う。
「ああ、そうだ」
 と、置いて誓が立ち止まる。
「当然ですけど、使ってしまった塗料の支払いも忘れないでくださいね」
「……世知辛い世の中だな」
「元々神だった方が言うと深みがありますね、その台詞」
 クス、と笑みを残して、誓が後方の騒ぎの方へとまた歩んでいく。
「ほっとけ、不良天使」
 吐いて、ミケランジェロは胸ポケットからくたびれた煙草を一本取り出し、火を付けながら騒ぎの方へと振り返った。
 トンネルより頭一つ分でかい土くれが、爺さんを片手に昇太郎を相手取って暴れている。
 その前に立ち、軽く両手を広げた誓が言う。
「さて――掃除屋M-A。ご利用になられますか?」
 


 Getting Over...?




クリエイターコメントこの度はオファー有難う御座います。
掃除屋さん達の仕事っぷりをそらもう楽しく書かせて頂きました。


心理描写、言動などなどイメージと異なる部分があれば遠慮なくご連絡ください。本当に。
出来得る限り早急に対応させて頂きます。
公開日時2009-06-12(金) 18:10
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