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<ノベル>
1.鎮の企み
「うん、今日ってホワイトデーでしょ。言ってみれば、男の人が女の人に感謝を表す日だと思うんだ、僕は。だからね、日頃お世話になっている『楽園』の皆さんに、束の間ではあるけれど休息をプレゼントしたいなぁと思って」
道を歩きながら薄野鎮(すすきの・まもる)が言うと、背後に続く小暮八雲(こぐれ・やくも)と千曲仙蔵(ちくま・せんぞう)が頷いた。
「なるほど……判りました、鎮さん。不慣れなんで、自分ではあまり機敏には動けないかもしれませんけど、何とかやってみますよ」
「うむ、『楽園』の菓子には我々も世話になっていることだしな。……しかし、何故だろう、妙に寒気が……?」
「どうかした、仙蔵さん? もう少し説明した方がいいかな?」
「……いや、何でもござらぬ」
首を傾げている仙蔵に天性の勘ってやつかな、などと思いつつ、企みをすべて話す気もない鎮は笑顔で彼の疑問を封じる。
「まもちゃんまもちゃん、私、『楽園』で何をしたらいいの? おてつだい?」
「うん、そうだよ、ルシファさん。一緒にお店のお手伝いをして、『楽園』の人たちに少し休んでもらうんだ」
「わぁ、すごいね、楽しそう! 私、がんばるね!」
「レイドさんもよろしくお願いしますね、やっぱり、人手があった方がいいと思うから」
「……いや、ああ……正直あまりというかまったく気は進まないんだが……まぁ、手伝うだけなら……」
たくさんの客で賑わうカフェだけに、人数は多くいた方がいいだろうということで、鎮は親しい友人であるレイドとルシファも伴って来ていた。
疑うという機能がついていないと思しきルシファはともかく、『楽園』がらみで酷い目に遭ったことがあるらしいレイドは、見事なまでに渋面だったが、ルシファが『楽園』での一日を楽しみにしている手前、突っぱねることも出来ないようで――そしてそれこそが鎮の目論見でもある――、若干腰が引けつつも、ルシファとともに歩みを進めている。
「本当は、もう少し人数がいる方がいいと思うんだけどなぁ。男の人だと更にいいんだけど……」
なにぶん、人の集まる場所での手伝いなので、そして鎮の企みの中では某アレは決定事項なので、お店の賑わいのためにももう少し人員を確保したい……などと思いながら歩いていると、前方から明らかにムービースターと思われる出で立ちの、三人の青年がやってくるのが見えた。
青い宝玉を身につけた金髪碧眼の青年と、紅い宝玉を身につけた赤髪茶眼の有翼の偉丈夫と、碧の宝玉を身につけた黒髪緑眼の男とが、何やら会話を交わしながらこちらへ向かって歩いてくる。
そのうちのひとりに見覚えがあり、鎮は瞬きをしたあと小さく首を傾げる。
「あれっ、ルイスさんじゃないですか。今日は変わった格好をしているんですね……っていうか肌とか髪の色とか、色々変わってませんか? そういう遊びを思いつかれたんですか? ……ということは、そちらのおふたりは、そういう遊び仲間かな?」
軽く手を掲げた鎮が、青い宝玉を首から提げた青年に向かってそういうと、青年がヒクリと顔を引き攣らせた。
「ルイスさん?」
小首を傾げたままで再度名を呼ぶと、青年はわなわな震える拳をきつく握った。端正に整った顔は、鎮の友人でもある半吸血鬼の青年とまったく同じだったが、
「わ……私はルイスなどという者ではありませんっ!」
目の前の彼は、大きく首を横に振り、それを全力で否定してみせた。
「え、あ、そうなんですか? いや、でもそっくりだし……また、そんなこと言って僕たちを騙そうとしてるんじゃ」
「違いますっ! あなたがあの男からどのような被害を受けられたのか、どのような迷惑をかけられたのかは知りませんが、私はギルバート・クリストフ! ルイス・キリングとは別人です! というか一緒にしないで下さい!」
額に青筋を浮かべての全否定である。
ギルバートが、本当に鎮の友人である破天荒な某吸血鬼ハンターではないというのなら、彼がこの世界に実体化して受けたであろう様々な仕打ちを想像するのは難しくない。
「なるほど……でも、そっくりだなぁ。俳優さんが同じってことなんですね、ちょっとびっくりしました」
「……お願いですからびっくりしないで下さいというか、あのナマモノと私を同一のようにくくるのはやめてください……」
鎮の言葉にぐったりと脱力したギルバートを、同行の男ふたりが、妙なものを見る目で見ている。
「判りました、別物だと肝に銘じます。一応。――……あ、僕は薄野鎮と言います。こちらは友人のレイドさんにルシファさん、千曲仙蔵さんに小暮八雲です」
「ああ、いえ、一応というのが少々気になりますが、判っていただければそれで……。鎮殿ですね、こういうのも縁でしょうし、どうぞよろしくお願いします。これは連れのイェルク・イグナティとエレクスといいます」
と、ギルバートが同行のふたりを紹介してくれる。
イェルクという有翼の男からは人懐こいウィンクが、エレクスという男からは静かな目礼だけが返った。
「それで、皆さんは、何を? どこかへお出かけですか?」
ギルバートの問いに答えようとして、素晴らしいことを――恐らく鎮と『楽園』スタッフ以外には余計なお世話以外のなにものでもないことを――思いつき、鎮はにっこりと笑った。
「ええ、実は、『楽園』という名前のカフェがあるのですが、そこでちょっと、手伝いを……と思っていまして」
「『楽園』……ですか。よい名前のお店ですね」
「ええ、とても素敵なところですよ」
「……『楽園』か、名前は聞いたことがある。素晴らしい菓子を出す場所だと聞いた」
「エレクス、知っているんですか」
「ああ。実際に訪れたことはないが」
「おや、そうなんですか、エレクスさん。よければ、ご一緒にどうですか? 女王陛下や森の娘さんたちをお手伝いすれば、あとで食べきれないほどのスイーツをお裾分けしてもらえますよ」
「……本当か」
「ええ。人手が足りないようですので、きっと喜ばれます」
「そうか、なら行ってみるか」
「人手が足りないのですか……なら、私もお手伝いに行きましょうか」
純朴そうなギルバートが、鎮の言葉に反応して助力を申し出る。
鎮は腹の奥に企みを隠してにっこりと笑い、頷いた。
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
「いいえ、困っている人を助けるのは騎士の務めですから。イェルクも、一緒にいいですか?」
「ん? ああ、楽しそうだしな、賑やかなのは好きだから、構わないぜ」
気のよさそうな翼人からも快い答えが返る。
鎮は満足げに笑い、そして『楽園』に向かって歩き始めた。
「……これだけいれば、レーギーナさんも娘さんたちも喜んでくれるだろうし、僕も楽しい」
そんな、鎮の小さな呟きは、幸か不幸か、誰の耳にも入らなかった。
2.バッド・タイミングの申し子たち
鮮やかな緑に彩られて、その建物はあった。
とても美しい、瑞々しい緑だ。
あおく澄んだ匂いと、彩り豊かに咲く花々の香りが仄かに漂ってくる美しい場所、木造りのテラスに瀟洒なテーブルセットが幾つも設置されている、内部にも外部にも客席のある広いそこが、『楽園』と呼ばれるカフェなのだった。
「へぇ、綺麗なところだな。植物が活き活きしてるし……神霊の気配がする。そういうムービースターがいるのかな」
イェルクが言うと、ギルバートが頷いてみせた。
「そうですね、この清々しい匂い……胸の奥がすっとするようです。鎮殿、ここでお手伝いをすればよろしいのですか?」
ギルバートの問いに鎮が笑顔で頷く。
並の女性より女性的な容姿をしながら、実は男性だという鎮の微笑は、事情を知らぬ男が見れば、その場で両手を取って口説きにかかりたくなるような艶やかさで、イェルクは、世の中ってのはよく判らないな……などと思った。
「そろそろ開店みたいですね、もう列が出来て……おや?」
現在の時刻は午前九時半。
開店まではまだ三十分あるのに、『楽園』の前にはすでに何人もの客が並んでいる。イートインの客なのか、それとも限定タルトを求めてのテイクアウトの客なのかは判然としないが、どちらにせよ、今日一日の混雑を予想させる列だった。
そんな中、鎮が不思議そうな声を上げたのは、その中にひとり、列に並ぶでもなく、店先を行ったり来たりしながら、憧憬の眼差しで中を覗き込んでいる少年の姿を見つけたから、だろう。
「……知り合いか、鎮?」
イェルクが尋ねると、鎮は首を横に振った。
「いえ、ジャーナルで名前を知っている、という程度です。面識はありません。……何をしているんでしょうね?」
「そりゃ、店に入ろうとしてるんじゃないのか? いや、それにしちゃちょっと妙だが」
「ですよね」
と、首を傾げた鎮が少年に近づいていき、声をかける。
イェルクはそれを黙って見ていたが、しばらく会話を交わしていたふたりが笑顔で戻って来たので、肩をすくめて彼らを出迎えた。
「皆さん今日は、初めまして。僕は、綾賀城洸(あやがしろ・あきら)と申します。どうぞよろしくお願いします」
言ってぴょこんと頭を下げた眼鏡の少年に、銘々に顔を見合わせたり首を傾げたりしつつ、一同、律儀に自己紹介をする。
全員が全員の名前を把握したところで、笑顔の鎮が洸が『仲間』に加わった旨を伝えた。
「綾賀城さんもお手伝いしてくれるんだって。メンバーが増えて、僕としては心強い限り」
「はい、頑張ります! ……実は、『楽園』にはずっと前から憧れていたのですが、ひとりで入るのも気恥ずかしくて、なかなか機会に恵まれなかったんですよ」
頬を赤らめながら言う洸に、レイドが賢明な判断だと深く頷いていたが、イェルクにはもちろん、何のことか判らなかった。
――知っていたら踏み込まなかったか、と問われたら、多分50%の確率で頷いただろうが。
「よし、じゃあ……メンバーも確保したところだし、行きましょうか。(色々な意味で)忙しい一日になると思いますから、皆さん、覚悟してくださいね?」
「ん、ああ、まぁそのくらいは……って、あれ?」
「どうしました、イェルクさん?」
「いや、今なんか幻聴が……気の所為か?」
「気の所為ですよ。錯覚です」
恐らくイェルクの、自然や神霊に近しい感覚が伝えたであろうそれも、鎮の笑顔の前には『錯覚』の一言の元に粉砕される運命にあるのだった。
「ふーん……? ま、いいか」
そして、くよくよ思い悩むことをよしとはしない翼人は、鎮の促すままに、スタッフ用の入り口を潜り、中へと踏み込む。
「やっぱ……なんか、嫌な予感がするなァ……」
レイドが、戦々恐々と言う風情でつぶやくのが聞こえたが、カフェ『楽園』の脅威に不慣れな面々は、それが何を意味するのか判らないまま、少しわくわくさえしながら中へ進んだのだった。
そうして辿り着いたスタッフ・ルームには、とびきり美しい女と、とびきり美しい娘たちが七人いて、彼らを笑顔で迎えてくれた。
「レーギーナさん、来ましたよ。手伝いをしてくれるという人たちも、結構集まりました」
イェルクはもちろん、彼女ら全員にキスとハグをして回りたかったのだが、彼がそれを実行に移すより早く、鎮の言葉ににっこり笑った女が――どうやらこの女性が、道中に鎮が説明してくれた森の女王であるらしい――頷き、鷹揚な仕草で一同を見渡したので、ひとまず彼女の動向を見守る。
当然、神霊の言葉、なすことには敬意を払え、と言われて育ってきたからだ。
「嬉しいわ、鎮さん。こんなにたくさん生けに……もとい、お手伝いの方々を連れて来てくださるなんて」
「ちょっ、今生け贄って言いかけなかったか……!?」
どうやら過去に何かあったらしいレイドが敏感に反応して後ずさるが、いつの間にか出入り口には美しい娘たちが佇んでいて、逃げ道を――何故このとき『逃げ道』と思ったのか、後々になって自分の勘を褒めてやりたくなったイェルクである――完全に塞いでいた。
「気の所為よ、レイ子さん」
「へ、へぇ……そうか、ならいいんだが……って、レイ子さんって言ったろ今!?」
目を向くレイド。
「や、ややややっぱり帰らせてもら、」
ぎくしゃくした動きで踵を返しかける彼を、
「もー、レイドはホント、おちつきがないんだから! 一度お手伝いするって言ったのに、約束やぶって帰る気なの?」
「う、いや、それは……」
「私、ここでお手伝いするの、すごくたのしみなのに、レイドは帰っちゃうの? レイドといっしょだったら、楽しいと思うのに」
「い、いや、だから……その……」
「――……レイド?」
「うう……はい、判りました、誠心誠意頑張らせていただきます……」
可愛らしく頬を膨らませた相棒の白い少女、ルシファの言葉がその場に引き止める。
引き止めるというか、雁字搦めにして身動きできなくする、と言った方が正しいのかもしれないが。
「だ、そうですよ、レーギーナさん」
「そうね、そのようだわ」
鎮と女王が共犯者の顔で微笑みあう。
――しかし、この期に及んで、イェルクはまだ、危険を認識していなかった。
出来ていなかった、と言うべきか。
何せレーギーナは神威に満ちあふれた貴い存在で、鎮は虫も殺さぬたおやかな姿かたちの青年だ。そのふたりが、一体どんな危機的状況を、この場に集った人々に対して与えると言うのだろうか。
後日、「外見だけで物事を判断するな、っての、至言だよな……」と遠い目をして呟くことになるイェルクは、女王が手をゆっくりと手を掲げ、
「では……いつも通り、問答無用で、ね?」
薔薇が綻ぶように美しく微笑むのを、綺麗だなぁなどと思いながら見つめていたのだった。
3.大輪の白薔薇たち(心は複雑骨折)
当然、『お着替え』は殿方の主義主張など鑑みることなく、粛々と、そして容赦なく執り行われた。
最初からやる気満々の鎮と、スイーツ食べ放題に籠絡されたエレクスの裏切りもあって、殿方の誰もが、その不条理な美★空間から逃れることは出来なかったのだった。
最初、あちこちから上がっていた帆布を引き裂く悲鳴は、十分もすると――それ即ち手際のよい森の娘たちの『仕事』が一段落する時間である――乾いた笑いや啜り泣きに取って代わられ、今、『楽園』スタッフ・ルームでは、鮮やかな花たちが数輪、床に蹲りあらぬ方向を見ている次第である。
「ううう、だから、嫌だって言ったのに……!」
顔を覆ってさめざめと泣くレイ子さんの隣では、
「そんなことないよ、レイド……じゃなくてレイ子さん、とっても綺麗だよ!」
黒で統一された裾の長いジャケットにベスト、パンツという、執事姿のルシファ改めルシファードが、懸命に相棒を慰めている。
……が、無論、あまり効果はない。
というより、無邪気に傷を抉っているというべきかも知れない。
「ううう、嬉しくねぇえ……!」
と言いつつ、執事姿のルシファードにはどぎまぎしているレイ子さんである。
「オレの格好はともかく……その」
「うん、どうしたの、レイ子さん?」
「だからレイ子さんじゃ……いやまぁさておき、その、なんだ。お前のその格好、よく似合ってると思う」
「ホント? うれしいな」
頬を上気させ、嬉しげに笑う相棒の姿に、こいつのこんな顔が見られたんならそれでいいか……などと思いかけ、
「いやいや、この展開に慣れるとか無理だし!」
思わず自己ツッコミを入れるレイ子さんだった。
その頃には、最後のひとりのメイクまできっちり完了し、スタッフ・ルームには、大輪の薔薇が七本、引き攣った笑いを浮かべながら咲き誇ることになった。ちなみに諸悪の根源その二の薄野鎮氏改め鎮香(しずか)ちゃんはノリノリなので、引き攣った笑みを浮かべてはいない大輪の薔薇である。
今日のモティーフは前述の通り『大輪の薔薇』。
店員を薔薇に見立てた、豪奢でフェティッシュでありながらどこか清楚な衣装が、打ちひしがれる漢女たちを見事に彩っている。
ホワイトデーということで、色調を純白に統一したゴシック&ロリータの衣装、幾重にも重ねられたスカートの、レースやフリルのふわりとした広がりを薔薇の花弁に見立て、メイクやアクセサリもそれに相応しい、美しく清楚でありながら艶やかでもある、というコンセプトに合わせた美漢女メイドさんたちが八人揃うと、なかなかに圧巻である。
お揃いで飾られた、頭の、大きなリボンがチャームポイント……らしい。
「ま、まさか……また洸美ちゃんになってしまうなんて……っ」
首まで赤くなってスカートの裾を握り締めるのは、脱兎の勢いで逃げようとしてあえなく転倒し、被害者第一号になってしまった洸美ちゃんこと綾賀城洸だ。
癖のない、成長期の顔立ちと身体つきに、白薔薇風ゴスロリワンピースとメイクは驚くほどよく映え、いたいけな少年を見事なまでに漢女化させてしまっていたが、それで心が慰められるわけもなく、逃げ場所も隠れる場所もない敵地において、硬直し立ち尽くすしかない洸美ちゃんだった。
その少し離れた位置では、三人の騎士たちが、今はどう考えても騎士とは名乗れない出で立ちで、ぼそぼそと言葉を交わしている。
「……ところでエレクス、先ほど我々の逃亡を妨害したアレについて色々と説明していただきたいのですが」
「美味のためだ。他のことは知らん」
「そんなにあっさりと!? イェルク、貴方も何か言ってください、ちょっとショッキングすぎますよ、この『手伝い』は!」
「いや、うん……俺は、その、神霊には敬虔に接するよう教育されたし、まぁつまりこれも神々の気紛れってことでひとつ」
「と言いながら滅茶苦茶視線が泳いでるじゃないですか!」
「あー……まぁ、衣装の他に不満があるとすれば、イェル子ちゃんっていう余りにもそのままな源氏名かな……」
「ああ、確かにそれはそのまま過ぎますね……って、そこだけでいいんですか!? もっと色々突っ込むべきところはあると思うのですが……!」
ちなみにギルバートの源氏名はギルベルティーナ、エレクスの源氏名はエレインだ。
「まぁ、そう言うなよギルベルティーナ。元がいいからだろうが、あんたはすごく似合ってるぜ、深窓の姫君みたいだ。……エレインもそう思うだろ?」
「……エレインではないが、似合っているという件に関しては、俺もそう思う」
「ちょ、ななな、ふたりとも、何を……」
「事実だろ?」
「……事実だ」
「まったくもって嬉しくありません!」
手の平に嫌な汗を滲ませながら、真っ白に燃え尽きそうになるギルベルティーナ嬢。
似合っているといわれても嬉しくないが、まったく似合わないのも今後のことを考えるとつらい、そんな究極の選択である。
中肉中背で癖のない顔立ちのエレクスと、文句なく整った顔立ちであるギルバートは、特に違和感もないままエレインさんギルベルティーナさんに変身させられてしまっているが、隆々たる筋肉を誇る偉丈夫であるイェルクはそうは行かない。
衣装とメイクでそれなりに化けてはいるが、イェル子さんが女性ではないことは――と言っても、銀幕市のことなので、ありえないとは言い切れないのだが――はっきり言って一目瞭然だ。
それを『神々の気紛れ』で甘受してしまおうとするイェルクもといイェル子さん……恐るべし。
「いや、ほら、それにな」
「ええ、どうしました?」
「……あっちには、もっとすげぇのがいるだろ?」
「……ああ」
「なんか……彼? 彼女? を見てたら、俺なんか問題ないんじゃないかな、ってさ……」
遠い目のイェル子さんが見つめる先には、もっとも残念な方向で美★チェンジが終了してしまった美漢女、仙子さんの姿がある。
百八十六センチという長身に、イェル子さんを超える隆々たる体躯、巌のような風貌。太く逞しい手足や首、分厚い胸板、広い背中と肩幅、鋼の如き筋肉は、彼の、忍の重鎮として、里の者たちに日の目を見せてやりたいという強い願いが創り上げた鎧のようなものだ。
そんな彼が、白薔薇風ゴスロリワンピースに着替え(させられ)たらどうなるか。
――森の娘を筆頭とした一部は萌えるが、一般的な感性を持った大半は萎える、そんな美漢女メイドの爆誕である。
スカートから覗く、太く逞しい脚が、薔薇の刺繍のされた白いタイツに包まれている様子など、涙なしには見られない残念さだ。
森の娘たちは、仙子さんって何カップ? などと歓びながら胸囲を計っていたが、あの時の千曲仙蔵氏の魂の抜けぶりは今後も語り継がれるのではないかと誰もが思っていたほどだ。
「ははは、心を強く持たれよ、心頭滅却すれば火もまた涼し、と申すであろう。さすればかようなものは春風のごとく過ぎ去る程度のことでしかござらぬ」
「って言いながらすごい血涙ですよ仙子殿!?」
言っていることは前向きで立派だが、その言葉を全力で裏切る程度には苦渋の表情で、その場で今にも腹を掻っ捌きそうな忍の重鎮氏に、思わず突っ込んでしまうギルベルティーナさん。
仙子さんの隣では、凄腕の殺し屋? スタイリッシュ? なにそれ美味しいの? とでも言わんばかりの仕打ちを受けた小暮八雲改め雲雀(ひばり)さんが前のめりの姿勢で落ち込んでいる。
「あああ、沁みる沁みる、ものっすげぇ目に沁みる、心にも沁みる……! 俺、ここまで激しい存在の危機に関わるのって、はじめてかも……!」
映画の中では皆、それぞれにシリアスでそれぞれにカッコよく、それぞれにファンもいて……というムービースターたちが、今やその片鱗も伺えない程度には美漢女メイド化させられてしまっている、これが美★空間の不条理さ、理不尽さ、恐ろしさなのだった。
「まぁ……皆さん、とても素敵だわ。全員と恋に落ちたいくらいよ」
と、まったくもって余計なお世話です的な感嘆の言葉とともに、開店の準備を終えたレーギーナがスタッフ・ルームに戻って来る。
その頃には、森の娘たちの大半は、お客様をお迎えするために店内へと向かっており、残されたのは出番前の美漢女メイドさんたちと森の女王、そして森の娘の筆頭、リーリウムだった。
「あれ、僕……皆さんに休んでもらいたくてお手伝いしようと思ったんだけど……」
完璧なまでに白薔薇風ゴスロリワンピースを着こなした鎮改め鎮香ちゃんの言葉に、リーリウムがうふふと笑ってウィンクをする。
美しくチャーミングな仕草だったが、何故か、問答無用で臨時店員さんにされてしまった漢女のほとんどは、狙いを定めた獲物の咽喉笛に喰らいつく肉食獣を想像したという。
「いやだわ、鎮香さんったら」
「え、どういうことです?」
「せっかくの素晴らしい機会なのだもの……わたしたちだって、皆さんと一緒にお給仕したりセクハラしたりしたいに決まってるじゃない」
「ああ、なるほど」
「ちょっ鎮さん!? お給仕はともかく、セクハラの部分はなんか突っ込んだ方がいいんじゃないですか……!?」
「……今は鎮香だよ、雲雀」
「いや、俺が言いたいのはそこじゃなくて……ッ」
「うん、じゃあどこ?」
判っていながら、雲雀さんの必死の懇願の視線を華麗にスルーする鎮香さん。
そう、実は、今日、カフェ『楽園』で働くことを一番楽しみにしていたのは、鎮香さんなのだ。
そんな鎮香さんが、他の白薔薇たちの血涙や胸中に吹き荒れる嵐を斟酌するはずもなく。
「皆さん、出番ですよ!」
スタッフ・ルームに顔を出したイーリスの満面の笑みと手招きに、この世の終わりを思った白薔薇たちだった。
4.お遣い紀行(後ろ指差され隊)
「どうしましょう、困ったわ」
臨時漢女メイドさんの紹介が終わって、お給仕が始まり、二時間ほど経った頃だった。
慣れない接客業だけに、あまり疲れた顔を見せるのも失礼だということで、小休止としてスタッフ・ルームに戻ってぐったりしていた白薔薇たちは、わざとらしいくらい唐突に現れたサリクスが――普段彼女は厨房にいてスイーツを作り続けているから、森の娘たちの中でもスタッフ・ルームに顔を出す確率はもっとも低いのだ――、柳眉をひそめて漢女たちを見渡したので、勤務開始から二時間にして若干燃え尽きかけていた人々は、更なる厄介ごとの予感に思わず直立不動の姿勢を取る。
「え、ええと……あの、どうなさいましたか」
騎士としての奉仕精神と、男としての大切な何か、その双方の板ばさみになりつつ、美★チェンジが済んでしまったあとは、これは奉仕活動の一環なのだと自己暗示をかけて給仕に励んでいた――たまに現実に引き戻されて遠い目もしていた――ギルベルティーナさんが、かなり腰が引けつつもサリクスに声をかけると、サリクスは可愛らしく小首を傾げた。
「ええ……大変なことになってしまったの。皆さん、お手伝いいただけるかしら」
純朴で困っている人を放っておけない性質のギルベルティーナさんは、そういう物言いに滅法弱いのだ。
「待てギルバート、何かおかし……」
「はい、もちろん。私たちに出来ることでしたら、何なりと」
恥ずかしがった方が恥ずかしい、と割り切り、給仕中も冷静にエレインを演じていたエレクスが止めようとした時には、ギルベルティーナさんは力強い頷きとともに森の娘の言葉を肯定していた。しかも複数形で。
「……どうしましたか、エレクス?」
「……いや、何でもない……」
不思議そうなギルベルティーナさんに、ややアンニュイな溜め息を返すエレインさん、そんなふたりを見つめながら、サリクスが嬉しそうに両手を合わせ、
「じゃあ……遠慮なく。あのね、スイーツの材料を『うっかり』買い忘れてしまったので、これから買出しに行って来てくださらないかしら?」
そんな、漢女たちを更なる窮地に叩き落すような『お手伝い』を提示する。
「えっ」
思わず固まる漢女一同。
サリクスの口調からは、『普段着に着替えて』というニュアンスは感じ取れなかった。それ即ち、このままの格好で外へ出て行って、買い物をして来い……という、過酷に過ぎる任務なのだ。
しかもその『うっかり』が怪しすぎる。
「待て待て、待ってくれ!? なんで『うっかり』そんな大事なもんを買い忘れてんだよ、あんたは!? いやまぁそこは百歩譲って、買出しに行くことに異存はねぇが、せめてこの格好は何とかしてくれ、でねぇと明日から街を歩けなくなる!」
雲雀さんの真っ当な……切実なお願いに、白薔薇たちは大きく頷いたが、サリクスにはそれには答えず、
「あと、ホワイトデーの宣伝もして来てほしいの」
笑顔で、更に重たい荷物を漢女たちに乗っけたのだった。
「そうだ……脱ごう、脱いじまえばいい」
結局、そのままの格好で外に放り出された、レイ子・雲雀・ギルベルティーナ・エレイン・イェル子の五人は、しばらく呆然と立ち尽くし、道行く人々の好奇と納得の視線にさらされていたのだが、ややあって我に返ったレイドがぼそりとつぶやいたそれに、全員で大きく頷いた。
半裸だのなんだの言われても、白薔薇と呼ばれるよりはまだマシだ。
後ろ指をさされるのなら、せめて普通の男としてでありたい。
むしろ、『楽園』から逃れるためなら、いっそこのまま警察にしょっぴかれたいくらいだ。
「騎士たるもの、人前で肌を晒すことを恥ずかしくは思いますが、背に腹は変えられないと言いますか」
「……だよな。俺も、この格好を弟子どもに目撃されるよりは裸の方がマシだ」
「まぁ、俺は別に、裸になるのも抵抗はないしな。よし、そうと決まれば……あれ?」
勢い込んで衣装に手をかけたイェルクの表情が曇る。
「どうしました、イェル……おや?」
声をかけながら、自分も彼と同じ動作をしたギルバートも、不思議そうな顔をしたのち、白い面を青褪めさせた。
八雲も、エレクスも、同じような表情のままで固まっている。
「ま、まさか……」
嫌な予感に背筋を冷たくしつつ、身体にジャストフィット中のゴスロリワンピースに手をかけたレイドは、それが、どうやっても脱げないことを身を持って知り、軽く絶望した。
そう、それは衣装を仕立てたリーリウムの執念なのだろうか。
それとも、あの不条理な美★空間のなせる業なのだろうか。
衣装に触れることは出来る。
しかし、手触りのよいそれは、一体いかなる原理なのか、いかなる力が働いているのか、彼らの身体を覆ったまま、彼らの肌の上から動くことはなかったのだった。
「こ、このまま……行くしかねぇのか……!」
往生際悪く、十五回まで試してみて、やはりそれが脱げないことを思い知らされて、がっくりと項垂れ、打ちひしがれる八雲。
かといって、行かないわけにもいかない。
何故なら、服が脱げないということは、彼らがカフェ『楽園』の魔手を逃れて日常に戻るためには、森の女王たちに何らかの手助けを請うて脱がしてもらうしかない、という事実と同義だからだ。
しかしそれは、五人にとって、大変困難な道のりでもあるのだった。
「買出しと宣伝、双方を一気に終えてしまえる場所は?」
苦渋の選択を迫られたもののする表情で、レイドが地面を見つめる。
当然、顔を上げて他の美漢女たちを見たくなかったからだ。いたたまれなくなる。
「ここから一番近い場所なら……銀幕ふれあい通り、じゃねぇかな」
「根拠は」
「人通りの多い商店街に、豊富な品揃えを誇るスーパーまるぎんが存在するから」
「……なるほど」
八雲の言葉に、レイドが重々しく頷く。
それだけ見れば、何か重要な物事を決める、カッコいいワンシーンに見えなくもないのだが。
「なら……そこに行くとしよう。皆、異存はないな?」
異存も何も、他に選択肢がないので仕方がない。
一同、無言のまま、足早に歩き出す。
しかし、当然、ダウンタウン北に位置するカフェ『楽園』から、ダウンタウン南に存在する銀幕ふれあい通りに辿り着くまでにも人通りや人目はあるわけで、殉教者の表情で街を行く五人の姿に、小さな子どもが、
「ママー! おとこのひとがおんなのひとのふくきてるー!」
などと、純朴極まりない視線で見つめながら指差す。
子どもの手を引く母親は、五人を見遣ったあと、すべてを納得し受け入れた(生)温かい表情になり、
「いいのよ、あの人たちは特別なの、そういう世界もあるのだから、差別してはいけないの。判った?」
すべてを許す聖母のような眼差しで子どもを諭している。
子どもは素直にうんわかった、などと頷いていたが、白薔薇漢女たちは、全員が全員、せめてこの変態と罵ってもらえた方が心の平安のためにはよかったかもしれない、と、遠い目をしながら思っていた。
――そこから小一時間、好奇の視線にさらされ、後ろ指をさされまくりながらも、魂を口からはみ出させつつ買出しと宣伝に努めた彼らの健気さは、讃えられるべきものだっただろう。
5.純白記念日 〜この白がいいねと君が言ったから〜
「洸美ちゃん、六番テーブルのラストオーダー、ピュアホワイトのタルトとダージリン・ティーのセットをふたつずつ、お願いね!」
「あ、はい、承知いたしました、よ……喜んで!」
「鎮香さん、十五番テーブルのお客様がお帰りなのですって。お名残惜しいけれど、お見送りをお願いできるかしら?」
「もちろん、喜んで! 三番テーブルのお客様のお持ち帰り用タルトもご用意出来ていますよ」
「あら、ありがとう……助かるわ!」
「仙子さん、七番テーブルのお客様にお茶のお代わりをお出ししていただける? ……仙子さん? 魂を彼岸の花園に遊ばせている場合ではないわよ、三秒以内に戻ってこられないと、あんなことやこんなことまでしてしまうけど、いいのかしら?」
「はっ! 俺は一体……何故、薔薇色の庭園で老け顔の妖精たちと戯れる夢など……」
「もう、まだ寝惚けているのね、仙子さんったら。いっそ、キッチリ目を覚ましてもらうためにも、揉んだり触ったり撫で擦ったりする方がいいのかしら……?」
「はっ、何やら悪寒が!? ……これは悪夢の続き……ではないのだったなははは。……いや、その、揉むのも触るのも撫で擦るのも勘弁してくれ。茶のお代わりだったな、行って来る」
「あら、残念」
午後九時、ラストオーダーの時間。
買出しに出た漢女たちの宣伝の効果もあって、今日も『楽園』は大賑わいだった。
それ即ち漢女たちの仕事も増える、ということで、ノリノリの鎮香さん、スイーツ食べ放題に魂を売ったエレインさん、そして女装と比べるとダメージの少ない男装のルシファード以外の巻き込まれ店員六名は、心に血の涙を流しつつも必死で働いた。
それはもう懸命に、健気に。
はじめどじっ娘メイドとしてある種の萌えを振り撒いていた洸美ちゃんは、最終的にはちょっとそそっかしいけれど懸命ではにかんだ笑顔が可愛い眼鏡っ娘メイドとして一部に絶大な支持を得ることとなり、美★空間の魔力ゆえかそれも悪くないなどと思いかけて激しく自己ツッコミをしていたし、白薔薇漢女メイドさんたちの源氏名を必死で覚えて、各テーブルからの要請に応えて『彼女ら』を派遣する采配を任されていたルシファードは、初々しさと無邪気さ、素直さが可愛い、と、年上のお姐さま方からさらって帰りたい発言が飛び出すほどの愛されぶりを発揮していた。
逃げられないことを知ったレイ子さんは、なるべく自分の姿を見ないようにしつつも、一刻も早くこの不条理な空間から脱出することだけを目標に、しかしいつもと違う相棒の姿にドキドキしながら、各テーブルを走り回った。
神霊の気紛れには諦観もあるイェル子さんは、次はどうせなら弄られるより弄りたい……などと若干不埒なことも考えつつ、自分の出で立ちについてはあまり思い出さないようにしながら接客に精を出した。楽しいこと、にぎやかなことが好きな男だ、自分の格好さえ思考から締め出せば、たくさんの人々と触れ合えるこの空間は、決して悪い場所ではなかった。
ギルベルティーナさんはもちろん、奉仕精神と男としての大切な何かの板ばさみになって何度も煩悶したが、最終的には、女王や他のお客さんたちがそれで幸せになれるなら……という、健気以外のなにものでもない結論に達し、蹲って膝を抱えたいという欲求に駆られつつも、笑顔でお給仕に精を出すのだった。
そうして残りの一時間を何とか凌ぎ切り、最後のお客様を全員でお見送りして、ようやく閉店となった時、白薔薇たちはその場に崩れ落ち、中には漢泣きに泣き出すものまでいたほどだった。
「お、終わっ……」
「や、皆、お疲れ様ー」
重い足を引きずって店内に戻り、漢女姿のままテーブルに突っ伏す一同を、疲労感皆無、反省も皆無の鎮が軽やかに労って回る。
諸悪の根源としてはその2だが、原因としてはそのもののはずなのに、あまりにも悪びれない、さらっとした態度に、誰ひとり抗議出来ないし怨み言も言えないというそれは、ある意味人徳なのかもしれない。
「皆さんお疲れ様、今日はとても助かったし、楽しかったわ」
にこやかな笑顔の女王と愉快な仲間たちが、大きな皿に軽食やスイーツを山盛りにして現れ、次々とテーブルに置いていくと、
「……む」
隻眼の漢女メイドというマニアックなラインナップで一部をハァハァさせていたエレクスが言葉通り跳ね起きる。
「これだけ働いたのだ、幾ら食ってもいいのだな?」
「ええ、もちろんよ。たくさん用意してあるから、お好きなだけどうぞ」
そんな女王の頷きを皮切りに、すべてを吹っ切ったエレクスが食事に没頭し始め、その様子に溜め息をついた被害者たちも、なるべく自分の出で立ちは見ないようにしながらサンドウィッチやポテトフライ、クッキーなどをつまみ始める。
「この、ピュアホワイトのタルト、美味しいですね! 真っ白だから生クリームだけかと思ったら、ちょっと違うみたいですし」
「ええ、そうなの、ホワイトチョコレートとクリームチーズを合わせて、それを更に泡立てた生クリームと合わせてあるのよ。こくがあるのにさっぱりしていて、いいでしょう?」
「ええ、とっても。よく働いたからかな、いつもの何倍も美味しく感じます」
「レイド、ねえねえ、このお菓子おいしーね! いっぱいあって、私、どれを食べたらいいか、まよっちゃう!」
「ん? あー……そうだな、うん、美味いよな。ここに来なきゃこんな目には遭わなかったけど、これも食えなかったわけだし、おまえの楽しそうな姿も見られなかったし……まぁ悪くなかっ、――……いやいや」
皆が、目を輝かせたり溜め息をついたり苦笑したり諦観と安堵の笑みを浮かべたりしながら、それでも徐々にリラックスしはじめ、和気藹々と、賑やかにささやかなパーティを繰り広げるのを、にこにこ笑いながら見つめていた洸は、ふと思いついたようにカメラを取り出し、机に置いた。
「今日は、本当にすごい一日でした。びっくりしたし、恥ずかしかったですし、疲れましたけど、でもとっても楽しい一日でもありました。憧れの『楽園』に入ることが出来ましたし、素敵な皆さんと一緒に働けましたし、その皆さんとこうしてお茶まで出来ましたから」
だから、と言って、一同をぐるりと見遣る。
「今日は記念日だと思うんです。……その一瞬を、写真の中に残しておきたい。……ということで、記念撮影をするというのはどうでしょうか」
輝くような笑顔の、純真無垢な提案に、無論自分たちの中から白薔薇漢女メイドの記憶を消してしまいたいと思っている面々は思わず色をなしたが、それも、
「あ、いいんじゃないかな、それ。いい記念になるよね」
「わあ、すてき! 私のこのカッコいいのと、レイドのきれいなのと、みんなのきれいなのがずっと残るってことだよね? 私、さんせい!」
「あら……素晴らしいことね、わたくしも嬉しいわ」
発言権・決定権を持つ三人(内ふたりは加害者)が口々に許可してしまったので、被害者たる殿方の主義主張の一切は無視されることになるのだった。
「じゃあ、わたしがお撮りするわ、皆さん、集まってくださる?」
そうなるともう、半分以上は自棄だ。
満面の本気笑顔の鎮とルシファ、洸を中心に、引き攣った笑顔の男たちがぎゅうぎゅうと集まる。女王はそれらを笑って見ながら、彼らの隅に楽しげに収まった。
「じゃあ、撮りますよ――……」
リーリウムの白い繊指がシャッターにかかる。
八人の白薔薇漢女とひとりの少年執事たちの脳裏を、それぞれに、今日一日の記憶が過ぎる。
楽しかった、大変だった、刺激的過ぎた、嬉しかった、びっくりした、疲れた、幸せだった、泣きたかった、試練の時だった。
――それでも、どことなく、どうしても憎めない。
と、悲鳴を上げて足掻いたものですら、いつの間にか微苦笑している、そんな一瞬だった。
パシャリ。
シャッターの切られる小さな音。
そうして切り取られた一瞬について、殊更賢しく書きたてる必要は、ないだろう。
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クリエイターコメント | 大変お待たせいたしました! 近年稀に見る大遅刻で申し訳ありません……!
お届けが遅れたことを伏してお詫びすると同時に、オファーくださったことに厚く御礼申し上げます。
鎮さんのたくらみと、それに巻き込まれた方々のどたばたコメディ的一日を描かせていただきました。それぞれのPCさんを、それぞれに『らしく』書くことと、カッコいいPCさんたちをどこまで合法的に崩壊させられるか、を目標に書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。
もちろん得意ジャンルですので、とても楽しく書かせていただきました。強くてカッコいい殿方のキャラが崩壊するのも、可愛いお嬢さんが一生懸命頑張られる姿も、書いていてとても楽しかったです。
素敵なオファー、どうもありがとうございました。
街が大変なことになっているこの現状に、せめてもの、一服の清涼剤となれば幸いです。
それでは、オファー、本当にどうもありがとうございました。 また、ご縁がありましたら、どうぞよろしくお願い致します。 |
公開日時 | 2009-04-30(木) 19:20 |
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