★ 【カレークエスト】ホットスパイス・フロンティア 〜王道編〜 ★
<オープニング>

 聖林通りを地響きを立てて駆けているのは、なんとゾウだ。
 そのゾウには豪華絢爛たる御輿のような鞍がつけられており、その上に乗っているのがSAYURIだと知って、道行く人々が指をさす。彼女はいわゆるサリーをまとっており、豪奢なアクセサリーに飾られたその姿は、インドの姫さながらである。
 きっと映画の撮影だ――誰もがそう思った。
「SAYURI〜! お待ちなさい! あまりスピードを出しては危ない」
 彼女を呼ぶ声があった。
 後方から、もう一頭のゾウがやってくる。
 こちらの鞍には、ひとりの青年が乗っていた。金銀の刺繍もきらびやかなインドの民族衣裳に身を包んだ、浅黒い肌の、顔立ちはかなり整った美青年である。
「着いてこないで!」
 SAYURIが叫んだ。
「いいかげんにしてちょうだい。あなたと結婚する気はないと言ったでしょう!」

 ★ ★ ★

「…… チャンドラ・マハクリシュナ18世。インドのマハラジャの子息で、英国に留学してMBAを取得したあと、本国でIT関連の事業で国際的に成功した青年実業家。しかも大変な美男子で、留学時代に演劇に興味をもち、事業のかたわら俳優業もはじめて、インド映画界ではスターだそうですよ」
「はあ……。で、そのインドの王子様がSAYURIさんに一目ぼれをして来日、彼女を追いかけ回している、とこういうわけですね」
 植村直紀の要約に、柊市長は頷いた。
「事情はわかりましたが、そういうことでしたらまず警察に連絡すべきじゃないでしょうか。ぶっちゃけ、それってムービーハザードとか関係ないですよね?」
 植村がすっぱりと言い放った、まさにその時だった。
 低い地響き……そして、市役所が揺れる!

 突如、崩れ落ちた対策課の壁。
 その向こうに、人々は一頭のゾウを見た。
 そしてその背に、美しいサリーをまとったSAYURIがいるのを。
「♪おお〜、SAYURI〜わが麗しの君よ〜その瞳は星の煌き〜」
 彼女を追って、別のゾウがやってきた。誰あろうチャンドラ王子が乗るゾウだ。
 王子がSAYURIに捧げる愛の歌を唄うと、どこからともなくあらわれて後方にずらりと並んだサリー姿の侍女たちによるバックダンサーズ兼コーラス隊が、見事なハーモニーを添え、周囲には係(誰?)が降らせる華吹雪が舞う。
「♪私のことは忘れてインドに帰ってちょうだい〜」
 SAYURIが、つい、つられて歌で応えてしまった。
「♪そんなつれないことを言わないで〜」
「♪いい加減にしてちょうだいこのストーカー王子〜」
「なんですか、この傍迷惑なミュージカル野外公演は!」
 SAYURIの騎乗したゾウの激突により、壁が粉砕された対策課の様子に頭をかかえながら、植村が悲鳴のような声をあげた。
「おや、貴方が市長殿かな?」
 チャンドラ王子が柊市長の姿をみとめる。
「彼女があまり熱心に言うので、それならば余としても、その『銀幕市カレー』とやらを味わってやってもよいと思うのだ。期待しているよ。……おや、どこへ行くのかな、わが君よ〜♪」
 隙を見て、ゾウで逃走するSAYURIを追う王子。
 あとには、壁を破壊された対策課だけが残った。
「あの……市長……?」
「……SAYURIさんから市長室に直通電話がありまして。王子との売り言葉に買い言葉で言ってしまったらしいんですよ。この銀幕市には『銀幕市カレー』なる素晴らしいカレーがある。だから自分はこの街を決して離れない、とね――」
「はあ、何ですかそりゃ!?」
「チャンドラ王子は非常な美食家でもあって、中でもカレーが大好物らしい。それで『カレー王子』の異名をとるくらいだとか。……植村くん。市民のみなさんに協力していただいて、あのカレー王子をあっと言わせる凄いカレーが作れないだろうか。そうしなければ、SAYURIさんがインドに連れ去られてしまうかもしれないし……」 

 そんなわけで、今いち納得できない流れで緊急プロジェクトチームが招聘されることとなった。ミッションは、極上のカレー『銀幕市カレー』をつくること、である。

 ★ ★ ★

「………………疲れた」
 その日、壁のなくなった対策課で、真夏の太陽に容赦なくさらされながらも、依頼掲示板に『銀幕市カレー』作成の協力者を求める文書を何枚も貼りまくった植村は、定時を大幅に超過してから、ようやくオフタイムと相成った。
 ここは銀幕ふれあい通りにある居酒屋『百薬の長』である。
 白木づくりのカウンターにぐったり伏せた植村の隣では、こちらも本日の仕事を終えたベイサイドホテル総料理長の本田流星が、マスター心づくしの突き出しを食べながら、「人の作ってくれた料理っておいしいよねー。あ、マスター、純米大吟醸『美中年』、二合飲みきりサイズで」などと言っている。
 彼女ナシ27歳、仕事に忙殺される独身男たちは雁首そろえて、ささやかな休息をとっていたわけだが、しかしついつい、話題が仕事絡みになってしまうのもいたしかたのないことで。
「明日は代休なんだって?」
「ああ、壁の修理工事も入るしね」
「『銀幕市カレー』なんだけど、僕も協力しようと思って。神獣の森は年間通して山菜やキノコの宝庫だし、探せば珍しいハーブやスパイスとして使える野草もあるだろうから、あそこから材料を入手できれば……」
「そうか。よろしく」
 友人の気安さと、アンオフィシャルな場であることも相まって、流星の提案に、植村はえらいことぶっきらぼうに呟いた。
 んが。
 えてして非公式なやりとりには、思いがけぬ罠が潜む。
「ただ僕、どうしてもホテルの厨房を離れられないんだ。だから植村、悪いんだけど、材料入手してきてくれないかな?」
「………………え?」
「君、自分ではそう思ってないだろうけどわりと人気者だから、個人的に声をかければ、手伝ってくれるひともいるだろうしね。ちょうど代休だろ? ついでに温泉でゆっくりしてくるといいよ」

種別名シナリオ 管理番号615
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
クリエイターコメントカレーには、やたらいろんなスパイスをこれでもか! と、ぶちこんでしまう神無月です、こんにちは。

イベント好きな私ですが、今回は特に異様なテンションにみまわれ、「王道編」と「トンデモ編」のふたつのシナリオを用意してしまいました。
(そこ、どっちもトンデモじゃん、とか突っ込まないように)
特にリンクはしておりませんです。まったく別のシナリオとお考えください。
どっちが有利というわけでもないので、お好みのほうをどぞ。
※作中時間軸の関係上、同一PCさまの同時参加はできかねますのでご注意を。

「王道編」では、滅多に対策課から連れ出せない植村さんと一緒に、神獣の森へ材料探しツアーに行きましょうというのが裏テーマです。
たぶん植村さんは疲れてて、ろくなもの見つけられなかったり、神獣とトラブったりしそうなのでお助けあれ。カレー作成時には流星もフォローいたしますが、皆様のナイスアイデアが命でございます。

「トンデモ編」では、そのものずばりな、特殊効果爆裂カレーができること請け合いな予感。
どんな材料を使用し、どんな効果だと、カレー慣れしている王子をあっと言わせ、『銀幕市カレー』の看板を背負うことができるか、こちらも皆様のお知恵を拝借したく思います。

それでは、ひとあし先に神獣の森にて、もしくは、まるぎん食料品売場にてお待ちしております。

参加者
簪(cwsd9810) ムービースター 男 28歳 簪売り&情報屋
ルークレイル・ブラック(cvxf4223) ムービースター 男 28歳 ギャリック海賊団
リゲイル・ジブリール(crxf2442) ムービーファン 女 15歳 お嬢様
セバスチャン・スワンボート(cbdt8253) ムービースター 男 30歳 ひよっこ歴史学者
<ノベル>

ACT.1★いざ往かん温泉に――でいいの?

 しかし個人的に、と言ったところで、銀幕市民にとって馴染み深いのはやはり『対策課の植村直紀』であろう。
 そう自覚している植村は、結局、対策課の掲示板前で待ちかまえて、依頼に参加してくれそうな人々を捕獲するための罠を張、もとい、プライベートで募ることにした。
【私につきあって岳谷谷温泉郷に同行してくださるひと、大募集! by植村】
 各種依頼に並べてそんな貼り紙をするのはいささか公私混同だが、背に腹は代えられない。
「……あら、植村さん……? いらしてたんですか」
 今日は代休だったんじゃ、と、朝顔の絵つき団扇をぱたぱたさせながら、灰田汐がやってくる。壁の工事はまだ始まっておらず、フロアは灼熱地獄だ。よって数少ない今日出勤の職員たちはカジュアルな服装を許可されており、汐も邑瀬も山西もインド綿のアロハシャツという、珍しいファッションであった。
「ちょっと事情があって」
「……せっかくのお休みなのに、一緒にお出かけしてくれるかたが、いないんですね……」
 何かを超誤解した汐は、慈母のごとき微笑みを浮かべ、皆まで言うなとばかりに何度も頷いた。
「でもね……、植村さん。あまり気を落とすことはないですよ。運命の相手とは、赤い糸で結ばれているんです。いつかきっと、植村さんを王子様だと思ってくれる女性が現れますから……」
「おーい、灰田さん」
「早く食べないと、かき氷溶けちゃいますよ」
「はぁい、今戻りますー」
 邑瀬と山西に呼ばれ、汐はいそいそと席に戻る。なんでも、市長が今日の出勤者を対象に「マンゴーとメロンどっさりかき氷」を差し入れしてくれたそうなのだ。
 今日、代休を取る意味があったのかどうか。植村の心を寒風が吹きすさぶ。
「悪い。他の依頼が見えないから、そこどいて」
 依頼チェックに来ていたセバスチャン・スワンボートなどは、植村を押しのけて、掲示板を確認している始末だ。
「あー、依頼の中に痛いのが混ざってるなぁと思ったら、あんたのか。なら納得」
「いきなり痛い人認定しないでください、セバスチャンさん」
「セ・バ・ン! 俺が初めて市役所に来て住民登録したとき、あんたが名前見てぷぷっと噴いたことは忘れてないぞ。それにあんた、ホラーマンション出現時に、俺には『ただの人捜しですから』って言ったよな? 本気にして中に入ってえらい目にあったぞ」
「……御崎さんがご無事でなによりでしたね。ご参加くださった皆さんのおかげです」
 つかの間、公僕としての顔を取り戻し、エエ話で収めようとする植村に、セバンは「この人最近黒いよなぁ〜、よっぽど忙しかったり報われなかったりしたんだろうなぁ〜」と思いつつ、そっと過去視など行ってみた。
 案の定、忙しかったり報われなかったりな不幸遍歴が万華鏡のごとく現れ出でて、セバンは思わず涙ぐむ。
「わかった。……あんまり気の毒だから参加するよ、この痛い依頼」
 セバンが同情参加を決意した、そのとき。
「こんにちはー、植村さん。本田さんから聞きましたよー! 神獣の森に伝説の高級トリュフ探しに行くんですよね?」
「わんわん。うぉん、わわんー!(訳:ちょっと直紀。流星の代理で温泉に行くんなら何であたしを誘わないのよ!」
 リゲイル・ジブリール+ペス殿という、お嬢様、ペットのグレーハウンドとお散歩中的な、セレブなコンビが現れた。ペス殿の背には、すげぇでかいバッキーの『銀ちゃん』がしがみついている。
「本田家にお願いしてペスちゃん借りちゃいました♪ ……あ、セバンさんだ。彼女と仲良くしてる?」
「わぉん。わわん。わん(訳:この前は子犬化してさんざんだったけど、今度こそうんと楽しんで美容と健康に磨きをかけるわ)」
「……トリュフがあるかどうかは謎ですが、カレーの素材になりそうな山菜を採取してきて欲しいと言われまして。……すみませんがリゲイルさん。ペス殿の鎖はしっかり握って、こちらには近づけないように、その」
「……やあ、……あー、うん、まあ、な」
 猛犬登場に、植村とセバンは顔を見合わせる。
 ちなみにセバンが口をもごもごさせているのは、最近、リゲイルの友人に告白されてそれを断り、そして断ったことによって落ち込んでいるからである。彼女ナシ植村には想像もつかない複雑な青春が、銀幕市のあちらこちらで展開されているのだ。 
「私、前に温泉で会ったとき、子犬のペスちゃんが可愛かったから、ずっと女の子だって思ってたの。でも、漆くんは『男やで』って言ってたし、ごく最近もお館さまが『あんな逞しい雄犬はおらぬ』って仰ってて……。誤解してごめんなさいって、謝ったんだ。ね、ペスちゃん、男の子だったのにね」
「わぅんー、わんわんわわんーーー!!(訳:リガー!! あんたって勘も頭もいいのに何で結論が空中4回転捻りのすっとこどっこいなのよぅー! あんたまで類友な誤解をしないでよぅー!!)」
 ひたすら訴えるペス殿に、リゲイルは、「うんわかってる、たくさん食べてね、お詫びのしるし」と、持参のカニクリームコロッケを差し出している。全然わかってないようだ。
(……あれ? ペス殿って女の子なんじゃ?)
(私も本田からそう聞いてますが、その件に関しましてこの場でのコメントは差し控えさせていただきます)
 ペス殿の剣幕にびびりつつ、セバンと植村は、じりじりと後ずさる。
「あちきはここにはあまり出向くことがなく、馴染みがないのですけれども……。大層、暑い場所なのですね」
 それまで、掲示板の依頼をひとつひとつ丹念に検分していた簪が、おっとりと声を上げる。市役所内の気温はヒートアップしていて、柔らかなウエーブのある簪の前髪が、幾筋か額に貼りついていた。
 植村が何か答えるより先に、
「「「いつもこうじゃないですからー」」」
 と、灰田・邑瀬・山西が、声を揃えて返してくる。
 簪は茶色の瞳をにこやかに細め、頷いた。
「何でも植村さんは、岳夜谷温泉郷への同行者を募集なさっておられるとか。あちきで宜しければご一緒しましょうか?」
「いいんですか? ありがとうございます」
「『百の神泉』に、心惹かれまして」
「そうそうそう温泉、温泉がたくさんあるんですよ温泉が。温泉は魅力的ですよね!」
 植村が温泉を必要以上にプッシュしていたところ、
「おい、今、伝説のお宝を探しに出かけるって聞こえたが、聞き違いかな?」
 たった今、市役所に現れたばかりのルークレイル・ブラックは、先ほどのリゲイルの「伝説の高級トリュフ」発言を素早くキャッチしした。ついでにちょっぴり脳内変換したらしい。依頼掲示板前に大股で近づいてくる。
「ああ、そりゃ聞き違」
 いだ、と、続けようとしたセバンの口を、植村の手が塞いた。
「こんにちは、ルークレイルさん。ええ、はい。そうですお宝です。ある意味、伝説となりうるカレーの材料を――貴重な宝ともいうべき山菜を探しに行くんですから」
「面白そうじゃないか。古文書や暗号を解読するときはまかせてくれ」
「資料として必要なのは、古文書より植物図鑑だろうなぁ。ただ、罠はあるかも知れんし、神獣と遭遇するかもな」
 植村の手からようやく逃れ、口が自由になったセバンが言う。
「宝探しにトラップはつきものだ。まあいい、とにかく滅多にお目にかかれないような、伝説級のお宝食材を集めればいいんだろう? 何にせよ、独り身の男には、運命の恋人を探すより何百倍も簡単な案件だ。なあ直紀」
「……そうかも知れません」
 あっさりストレートにきっぱり賛同した植村に、ルークレイルはかえって面食らう。
「マジに納得するなっ! 俺だって人のこと言えないんだから」
「ルークレイルさんは何歳でらっしゃいましたっけ?」
「28。おまえとそう変わらないよ」
「交際してらっしゃる女性などは?」
「いたらこんな物好きなことしてる暇ねぇって」
「……ですよねぇ」
 28歳と27歳の彼女ナシ組がうっかり同調したあたりで、なしくずしにパーティは結成された。

 以上が、5人+1匹の、銀幕市カレー作成の序章である。
 ここまで長い前ふりをしておきながら、彼らの運命がいったいどうなっちゃうのか、今のところ記録者にもわからない。
 
ACT.2★伝説の山菜を探せ! キノコを探せ! 神獣さんは逃げて、超逃げて!

「出発前にお聞きしたいのですが。採取するのは『カレー』の材料なのですよね」
 カレー、という単語に対して、簪が考え込む。
「カレーとはいったい、どのような料理なのでしょう? いえ、小耳に挟んだことはあるのですけれど」
「なるほど、盲点でした。違う世界観をお持ちの場合、ご存じないケースも十分ありますよね。詳しく説明いたしましょう」
 ファイルを開こうとする植村を、簪は首を横に振って押しとどめた。
「それには及びません。足手まといになっても申し訳ないので、事前に調べておきたく確認しただけですし。あと、山菜についても、予備知識を入手しておいたほうがよさそうですね。毒が含まれているものを採取したら大変ですので」
「簪さんは誠実なかたなんですね。聞きましたかセバンさん」
 植村は感動して目頭を押さえる。
 さりげに振られたセバンは、
「俺も、いったん古書店に、山菜図鑑を取りに戻ろうと思ってたところだぞ。誠実だろ?」
 と、腕組みをする。
「私、カレー食べたことないんです。作るのも初めてだから楽しみ」
「いいねぇ、いかにもお嬢様だなぁ」
 無邪気な発言をするリゲイルに、ルークレイルは少々眩しげにまばたきをした。
 
  ★ ★ ★

「いらっしゃいませ。ようこそ、『迷泉楼』』へ」
「お久しぶりです女将さん。すみませんっ、長靴と軍手貸していただけますか、5人分」
 女将が出迎えるのもそこそこに、勝手知ったるリゲイルはそんな提案をした。以前、市長が行方不明になり、皆で調査かたがたこの旅館に出向いたことがあった。そして、SAYURIが神獣の森へ山菜採りに出かけたのだが、そのときの状況にならったのである。
(市長とSAYURIさんって、やっぱり何か関係あるんじゃないかなぁ……。だって今回も、カレー王子に迫られたSAYURIさんは、まず市長に相談したわけでしょ)
 リゲイルはそんなことをふと思った。しかし今のところ、誰に何を聞けば判明するのかは不明だ。
(もう少し様子を見よう。そのうちにわかるよね)
 女将はすぐに、長靴と軍手を用意してくれた。
「うわん、わん、わわん!(訳:いよいよ温泉ね。楽しみだわ)」
「そうよ、頑張ってペスちゃん。ペスちゃんの嗅覚なら、きっと最高の食材を見つけられるって信じてる」
(……あんたら、あんまり話噛み合ってないんじゃ……?)
 ペス殿がコワいので、セバンは心の中だけで突っ込みを入れてみる。彼が持ってきた分厚い山菜図鑑は、簪が、何でも入るらしい魔法(?)の笈に入れて、持ち歩いてくれるようだ。
 簪は、笈から出した山歩きにぴったりの衣服に着替えている。もう準備万端である。
「お預かりした図鑑は、その都度取り出しますので、何かを見つけて参照なさるときには仰ってくださいね。ところで……」
 ――困ったことには、なりませんよね?
 睫毛を伏せ、簪は小首をかしげる。どうやら、神獣と遭遇した場合の、戦闘の可能性を憂えているようだ。
「敵意を持つ神獣とぶつかる可能性はあるかもな。でも、お嬢様が連れてきたその猛犬――ペス殿っていうのか? そいつがいりゃあ大丈夫だろ。ひと吠えすりゃ、神獣のほうが逃げる」
 ペス殿の頭を、ルークレイルがぽんと叩く。

 う゛わん? わわん、うぉん!
 わん! わおぅーん、わわわん!!!
 (訳:猛犬って誰のことよ? こんなにおしとやかな美少女犬をつかまえて。失礼しちゃうわ!!!)」
 
 大変なお怒りを込めて、ペス殿は吠える。
 凄まじいまでの迫力に、簪は目を見張り、セバンと植村はびくっと縮み上がった。
 リゲイルは、「わあ、やる気十分」と、にこにこしている。
 修羅場をくぐり抜けてきたルークレイルは、とくに気にするでもなく、
「いいぞ、よしよし、その調子、その調子」
 と、ほとんど狩り場に向かう猟犬への対応である。
「神獣がストレスで胃を痛めるかもしれませんね。お気の毒に」
 軍手と長靴を身につけてから、植村はそっと胃薬を取り出した。
  
  ★ ★ ★

 そ し て。
 5人と1匹は、意気揚々と(……?)神獣の森へ足を踏み入れた。
 迷いそうなほどに広いこの森で、何かを探しに行くのは至難のわざなのだが、そこはそれ。
 宝探しならお手のもののルークレイルと、いつの間にか猟犬ポジションになったっぽいペス殿、元気なリゲイルと慎重な簪の一行は、いかにも各種山菜や茸の宝庫っぽい、山毛欅(ぶな)やミズナラの豊かな原生林がある場所に、さしたる困難もなく辿り着いた。
 もっとも、植村に至っては、ルークレイルにうまいこと言われてトラップがありそうな場所を我が身を持って確認し、自然が作った落とし穴に落ちたり、そこが温泉だったり、すぐ近場に棲んでいたもぐら似の神獣のお怒りを買って一騒動起こして結局ルークレイルに助けられたりといろいろあったが、もぐら似の神獣がペス殿にびびって地中深く穴を掘って逃げてくれたので無問題ってことで。

「俺の勘が、あの辺にお宝があると告げている!」
 ルークレイルが指さす先を、さらに一同は進む。
 
 水が、倒木や石を穿つ音が響いている。
 すぐ近くに沢があるのだ。
 見れば、沢沿いの湿原地帯には、オオアマドコロとヤマタネツケバナが群生している。林を囲んで広がる草原では、イワブキ、アオミズ、アオノキリンソウ、野生ミツバといったラインナップを発見できた。
 山毛欅の倒木や、原生林の根元には、アカヤマドリ、クリタケ、サクラシメジ、ホンシメジ、ムラサキヤマドリタケ、オオムラサキアンズタケ、マイタケ、タマゴタケなどなどが豪儀に見受けられ、もうほとんどキノコ取り放題状態である。
 さらに、数種類の野いちごを摘み、落ちている胡桃も拾った。

「良かった……。来た甲斐があった」
 植村は安堵し、
「ムラサキヤマドリタケやオオムラサキアンズタケは稀少なんだろ? よし、お宝だ!」
 ルークレイルは、黄金と宝石に溢れた宝箱を見つけた海賊の笑顔を見せる。
「たくさん採取しましょうね。笈にいくらでも入れて持ち帰れますので」
 丁重にキノコを摘みながら簪が言う。
「トリュフ、ないのね」
 ちょっぴり残念そうなリゲイルに、
「ここ、一応『和』なムービーハザードだから、あったら色々ヤバいと思うぞ? ……あれ?」
 律儀にツッコミつつも、手にしたヤマタネツケバナの花の色に、セバンは首を捻った。
(この花、図鑑見た限りでは、こんな色数ないよな……? それに、何でまた、どこかで見たようなカラーリングで10色もあるんだ?)
 ヤマタネツケバナ。アブラナ科・タネツケバナ属。沢合いの流れのほとりに生える多年草。
 通常、白い十字状の花をつけるそれは、花穂も含めて山菜として珍重される。だが、神獣の森産ヤマタネツケバナの花の色は一色ではなくて――
 ブラック&ホワイト、ハーブ、サニーディ、ピーチ、ボイルドエッグ、シトラス、ココア、ラベンダー、ピュアスノー、ミッドナイト。
「……ありえねぇー!」
 バッキー色全開の山菜に、セバンの突っ込む声が、とうとう裏返った。
 
 そばで見ているだけのペス殿は退屈そうである。
「うわん、わんーー?(訳:ねえー、温泉はぁーー?)」
 
ACT.3★完成! 献上メニュー

 山菜と茸を大量に持ち帰った一同は、ベイサイドホテルでの仕事を終えた流星と合流した。そして本田家のキッチンにて、カレー作りを行うことになったのだが……。
「皆さん、お疲れ様です。これだけ豊富な素材を見つけるのは大変だったでしょう? 植村、ありがとう。……それに、ペス? 何拗ねてるんだろう? しょうがないなぁ」
 結局、一同は、帰り際に少しだけ温泉で疲れを落とした程度で帰ってきた。ペス殿は、のんびりと温泉巡りをする目論見がはずれ、おかんむり状態である。壁を見つめる背に哀愁が漂っている。
「よし。ともかくカレー作りを始めるか。材料を切るのはまかせろ」
 ルークレイルが腕まくりをする。
「あちきは、お上手なかたのお手伝いをしましょう。そうですね、カレー粉を調合するなどの御用がおありでしたら」
 きちんと調べただけあって、簪はすっかりインド式カレーに精通していた。
「それでは簪さんに、13種類のスパイスを使用しての、カレー粉作成をお願いします」
 流星は、棚のスパイスラックから小瓶を取り出して並べた。
 チリーペッパー、ジンジャー、ブラックペッパー、カルダモン、ナツメッグ、シナモン、クローブ、ローレル、オールスパイス、ガーリック、ターメリック、クミン、コリアンダー。
 簪は、それぞれの分量を計っては、容器に入れていく。ほどなく、カレー粉は完成した。
 調合したてのカレー粉をフライパンで軽く煎れば、えもいわれぬ、香ばしくも刺激的な香りがキッチンを満たす。
「わあ、いい匂い。おなかすいちゃう」
 リゲイルは思い切り息を吸う。
「スパイスの匂いって食欲そそるよな。俺のいた世界にも似たものがあってさ」
 セバスチャンも鼻をひくつかせる。
 いいことを思いついた、とばかりに、リゲイルがぽんと手を打つ。
「そうだ。植村さんと本田さんは、そこに座っててください。いつもお世話になってるおふたりに、今日はわたしが頑張ってお料理してご馳走します! えっと、まずはマッシュルームとエノキのカレーを」
 キノコの山から、リゲイルはタマゴタケとホンシメジを取り出した。
 ああっ、それは、と、植村は腰を浮かしそうになったが、流星が袖を引き、余計なことはするなと、踏みとどまらせた。
 美少女が手作りカレーを振る舞ってくれるというのだ。マッシュルームとタマゴタケの差異などないものとして脳内変換するのが心意気というものである。
 
 流星と植村の見守る中、4人は手伝ったり手伝われたりして、いくつかの試作品を並べた。

 ・マッシュルームとエノキのカレー(※ホントはタマゴタケとホンシメジ)
 ・オオアマドコロと10色のヤマタネツケバナのカレー
 ・取ってきたキノコ全種類煮込んで茄子も入れてみましたカレー
 ・取ってきた山菜全種類煮込んで豚肉も入れてみましたカレー(ルークレイル持参の極上酒入り)

「どれも美味しいですね」
 簪が、しみじみと言う。
「うん。お宝素材だとやっぱり違うな」
 ルークレイルも、大きく頷く。
「俺、カレーにこだわりってないからな。嫌いな味じゃないけど、どれがどうとはいえないかも」
 ひととおり食べて、セバンは少々困惑する。
「わ、おいしいー。スパイスが効いてる」
 にっこり微笑んでから、リゲイルは、植村と流星の反応を気遣わしげに伺う。
 美味しいです美味しいです美味しいです、と、男二人は、ぶんぶん首を縦に振る。
「たしかに、どれも美味しいので迷いますね。いっそ、思い切ってひとつにまとめましょうか?」
 流星は立ち上がり、キッチンテーブルのメモ用紙を手に取った。

「まず、オオアマドコロの綺麗な緑と食感を生かしたいと思います。これはアスパラガスのような香りと歯ごたえで、山菜には珍しくほのかな甘味があります。これを豚ロースで巻いて乗せ、メインの具とします。ルークレイルさんのお酒で炒めたキノコと山菜を追加し、カレーソースをかけた上に、10色バッキーカラーのヤマタネツケバナを、皿を囲んで彩りよく飾ります。ヤマタネツケバナはクレソンに似た味と香りで、花の部分には辛みもあるので、カレーの風味が豊かになると思います」
「飾りと風味を兼ねたお花はいいですね。料理は味も大切ですが、見た目も肝心ですから。……あと」
 簪が、遠慮がちに声を上げた。
「締めに、サラダのようなものが欲しくなるのではないでしょうか」
「仰るとおりですね。では、イワブキ、アオミズ、アオノキリンソウ、野生ミツバをさっと茹でて冷水にさらし、野いちごと胡桃ドレッシングを添えてみましょう」

 一同は、再度カレー作成に取り組み、やがて。
 見事、このチームにおける『銀幕市カレー』は完成したのである。

ACT.4★だけどカオスからは逃れられず

 だがしかし。
『夢模様フラワーズスパイスカレー』と名付けたそれを、皆で試食した直後、異変は起きた。

「くくく……。ははは……。あーーっはっはっハハハハア!」
 真っ先に、邪悪な哄笑を上げたのは植村だった。
 眼鏡を外してテーブルに置き、植村は前髪をかきあげる。
「力を持つ者こそが支配者なのだ。大いなる力を手にした今、私はすでに魔王ですらない。この世の秩序も理も私が決める。私こそ新世界の神だ」
 続いて流星も、やたら視線が鋭くなり、声が渋く低くなる。
「……おのれ、廻船問屋越後屋。抜け荷ばかりか若い娘を拐かし、南蛮に売り渡していたとは! いざ、成敗してくれる」
 リゲイルは、狭いキッチンで器用に空中2回転し、しゅたっとテーブルの上に立ち、ポーズを決める。
「そこまでよ! おまえたちの地球支配計画なんて、正義の炎の前では風前の灯火。太陽を守護に持つ戦士、フレアレッド参上!」
「……決してあの村に近づいてはなりませぬ。今年はあの惨劇より九十九年目の夏。もうすぐ、恐るべき百年目が到来しますほどに」
「本当に俺のことが好きなのか……? 同情ならやめてくれ。だって君は……、入学したときから、軍事戦略論のマルパス先生に夢中だったじゃないか」
 こちらでは青白いオーラを立ちのぼらせた簪が、暗い表情で呟いているし、あちらではルークレイルが、初恋を知り初めし少年のように頬を染め、唇を噛みしめたりなどしている。
「俺が道を切り開く。このろくでもない収容所を脱走し、何としても祖国に帰り着くんだ。……行くぞ、ひとりたりとも脱落するなよ!」
 セバンは、彼を知るものならば、いったいどうしちゃったのと腰を抜かすような凛々しさと逞しさで、拳を握りしめている。

 ――どうやら。
 バッキーカラーのヤマタネツケバナは、映画的幻覚をもたらすようだ。
 それも、各ジャンルがランダムで発生するようで、選ぶことはできないらしい。

 ※効果例
 ファンタジー『ファイナル・レジェンド』植村ビジョン
 邦画時代劇『天誅! 風雪流れ星』流星ビジョン
 邦画特撮『美少女戦隊レッドスターズ』リゲイルビジョン
 ミステリ・サスペンス『九十九村、百年目の惨劇』簪ビジョン
 恋愛『School of Memories2 〜臨海学校でときめいて〜』ルークレイルビジョン
 アクション『超大脱走』セバンビジョン
 
  ★ ★ ★

「わぅう? わぉうん……!?(訳:ちょっとぉぉ、あんたたち何トリップしてんの……!? なんなのよこのカオスは。流星、直紀! しゃんとしなさいよ。ちょっとセバン、こーゆー場面であたししかツッコミ役が残ってないってどういうことよ!? ママさーん、たすけてー。へんなひとたちがいっぱいー!)」
 さすがのペス殿もおろおろしているが、
「あらあらまあまあ。楽しそうねぇ。皆さーん、ここにお茶、置きますからねぇ。もう夜も遅いし、今日はうちに泊まっていかれたらどうかしら?」
 ――直紀くんや簪くんやルークレイルくんやセバンくんは男の子だから、雑魚寝でも大丈夫かしらね? リガちゃんは娘の星華の部屋にお布団しきましょうか、ちょっと窮屈だけど。
 本田夫人は悠然と、今後の対策を考えたのだった。

 ちなみに幻覚は、30分で切れたそうである。


〜〜〜☆☆☆〜〜献上予定メニュー〜〜☆☆☆〜〜〜

     夢模様フラワーズスパイスカレー
     〜手摘み山菜と茸仕立て〜

 ※オプションとして
 野いちごと山菜のサラダ、胡桃ドレッシング添え

     【担当シェフ】 
       ☆簪
       ☆ルークレイル・ブラック
       ☆リゲイル・ジブリール
       ☆セバスチャン・スワンボート

 ランダムで、各ジャンルの映画の幻覚が見えます♪

〜〜〜☆☆☆〜〜☆☆〜☆☆☆〜☆☆〜☆☆☆〜〜〜

クリエイターコメントええっと。
そんなこんなで、王道編&トンデモ編ともに、無事、カレーが完成いたしました!
いろいろございましたが(ホントにな)、ご協力くださったかたがたにはお疲れ様でしたー。
王子への献上については、銀幕市民の皆様のご判断にゆだねると聞いておりますが、どちらもすんばらしい出来映えだと思いますよ、どっちもカオスですけどねえっへん!(おまえが威張るな!)
公開日時2008-08-18(月) 21:00
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