★ アヤカシの城〜九神守城戦〜 ★
<オープニング>

「そもそも六白(ろっぱく)殿が和平など持ち出したこと自体、誤りだったのではないか?」
 楽樹杷准(らぎ はじゅん)は、ここぞとばかりに毒づいた。そもそも彼は六白将軍である神裂空瀬(かむさき うつせ)のことを快く思っていない。
 現状で、空瀬は銀幕市に実体化している将軍職の中では最高位だ。高天原会戦(たかまがはらかいせん)では自然と全権をあずかる身となった。その彼女が迎撃軍の指揮権を与えたのは、九紫(きゅうし)将軍である杷准ではなく、自らの副将である弦深矢(げん しんや)だった。
 空瀬自身は適切な人事配置だったと思っている。実際、戦は成功に終わったし、むしろ勝手な行動をとる杷准は、味方の邪魔にすらなったのだから。
 もしかしたら杷准もまたそのことがわかっているのかもしれない。頭で理解しているからこそ感情的になることもある。それが人間というものだ。
「高天原で勝利したとはいえ、我々九神(くしん)軍と鬼王(きおう)軍との戦力にはまだまだ差があります。勝ち目のない戦ならば、和平を持ち寄るしか生き残る道はありますまい。そして、相手方の主力であるサンレイを破壊した今こそ、戦力で劣る我が軍が交渉を有利に進める好機であったかと」
 末席に控えていた深矢がしごくまともな意見を述べた。
 実際、会戦により九神軍は総兵力三万のうち一万を失い、鬼王軍は総兵力十万のうち三万を失った。割合を見れば、明らかに九神軍の勝利であるが、それは会戦の結果だけを見た場合の話であり、全体からすればまだ五万の兵力差があるのだ。
 しかし、正論には人の傷口に塩を塗り込める効果もある。杷准には気分を害する要素にしかならない。
「おぬしには訊いておらぬ! 副将ごときが出しゃばるでない!」
 深矢は黙礼して口をつぐんだ。杷准の考えを肯定したわけではない。たしかに自分は、ただの副将だ。彼の言い分にも一理あると考えたからだ。
「で、総大将はどうなさるおつもりかな?」
 空瀬に向かってそう訊ねたのは、七赤(しちせき)将軍である飛懐千淕(ひかり ちりく)だ。この場において最年長である彼は、いまだ自らの意見というものを披露していない。ただし、間違いだと思われるような判断を空瀬がくだすようなことがあれば、即刻刃を突きつけるだろう。千淕とはそういう男だ。
 空瀬は沈黙している。
 高天原の会戦終結後、和睦を決意した彼女は、その旨を記した親書を鬼王へと送った。
 意外にも鬼王がこの提案に興味を示し、会談の日取りまで話は進んでいたのだ。
 そうでなければ、最高責任者である彼女がこの九神城を留守にしてレヴィアタン討伐になど行けるはずもなかった。
 ところが、つい三日ほど前から、鬼王軍が九神城を包囲しはじめたのだ。
 事情をうかがうために派遣された使者は、首だけになって戻ってきた。鬼王がなぜこのような手の平を返すような行動を取っているのか、まったく不明であった。
 空瀬は、ここに至り、決意の強さを示すように瞳を開いた。
「鬼王に謁見を求める」
「この状況でまだ和平を模索すると言うのか!」
 杷准が激高して立ち上がる。
「それでは、あの軍勢はどうするのだ?!」
 杷准の指さす先は、城の外だ。そこには、高天原にて相対した数以上の敵が迫っていた。兵の総数は七万をくだらないだろう。サンレイこそ失ったものの、その軍事力は城ひとつを落として余りあるものだ。
「鬼王との謁見がかなうまで持ちこたえる」
 杷准は「呆れ果てて物も言えん」と言うと、どかりと椅子に腰かけた。千淕は「籠城戦か、ふむ、悪くない」と満足そうに、刀の鍔をがちゃがちゃ鳴らし出した。
「七赤将軍、城壁内での指揮をお願いできますか?」
 空瀬が問うと、老将軍は「おうさ!」と勢いよく退出していった。気の早さに、思わず苦笑がよぎる。
「九紫将軍、城壁外への牽制部隊はおぬしに一任する」
 杷准が目を丸くした。本来それは最も信頼のおける部下に与える任務だ。てっきり深矢がその役目を負うものだと思っていたからだ。
「ふん、最初からそうしておればよかったのだ……」
 などとブツブツ言いながらも、口元をにやけさせながら、杷准が軍の編成準備のため会議室を去る。
 部屋に残ったのは、空瀬と深矢だけとなった。
「深矢副将」
 空瀬の呼びかけに「はっ!」と深矢が応える。
「おぬしは使者として鬼王のもとへ赴け。鬼王の真意を探るのだ」
 兵を差し向けてきた相手に、和睦の使者として謁見を求める。死地へ赴けという命令とまさしく同義だ。それでも深矢は嫌な顔ひとつせず「拝命いたしました」と笑顔すら閃かせた。
「苦労をかける」
「将軍の元で副将を務めるとわかったときから、いつでも覚悟はできていますよ」
「充分に気をつけよ。こたびの鬼王の心変わり、なにかしらの外部的な力が働いておるような気がしてならん」
「先の戦で、銀幕市民を襲ったという『出自不明の兵』ですか?」
 空瀬は無言でうなずいた。
 高天原会戦において、戦の趨勢を決めたものがふたつあった。ひとつは敵の攻城兵器であるサンレイの破壊、もうひとつは敵の指揮官の暗殺。後者の任務についた銀幕市民が、明らかにこの世界の住人ではない何者かに襲われたとの報告があったのだ。その男は、暗殺を阻止しようと動いていたように思われたという。
「将軍もお気づきとは思いますが、問題はその『出自不明の兵』が我々の暗殺計画を知っていたと思われる点ですね?」
 そうでなければ、暗殺の阻止などできようはずもない。
「もしくは、こちらが送り込んだ間者(かんじゃ)を常に監視していたか、だ」
「どちらにしろ、鬼王にだけ気を取られているわけにはいかないということですね」
「そうだ」
 空瀬は神妙な顔で首を縦に振った。
「ところで、将軍はこれから甘味でも召し上がるおつもりで?」
 深矢が意地悪く訊ねる。
 空瀬は一瞬きょとんとしてから、苦笑をにじませながら答えた。
「なんでもお見通し、か。私は……今一度、あの者たちの力を借りようと思う。『けーき』や『あいすくりーむ』は和平のあとだ」
 空瀬は再び銀幕市へと足を向ける。高天原会戦以来となる銀幕市への救援を打診するために。



 城壁の四方を取り囲むように展開する鬼王の軍勢を眺めながら、その初老の男は満足げに微笑んだ。
「一時はどうなることかと思いましたが、心配なさそうですねぇ」
 傍らに控えていた二人のスーツ姿に緊張が走る。ボスは先日の、彼らの失態のことを言っているのだ。鬼王軍フツツ将軍の暗殺を阻止できなかったことを。
「尊師様、今度こそは必ず――」
 口を開いたスーツ姿を制するように、老人はパタパタと手を振った。
「いやいや、気にしてはいませんよ。まさか高須君がやられてしまうとは、私だって思ってもみませんでしたからねぇ。彼は映画の中では無敵の兵士だったのに。これも銀幕市における秩序のなせる業でしょう」
 スーツ姿が頭を垂れて膝をついた。見た目に似合わぬ時代がかった動作だったが、この尊師と呼ばれる人物に対してはふさわしい行為に思えた。
「鬼王さんには、どうしても銀幕市へと侵攻してもらわなければいけません。それには、人族の方達にはさっさと負けていただかないとねぇ」
「神裂空瀬は再び銀幕市民に助けを求めるようですが、いかがいたしましょう?」
 スーツ姿のひとりが訊ねる。
「今度は君たちも動くのでしょう?」
 尊師が振り返った。満面の笑みだ。スーツの二人は背筋が凍る思いがした。
「君たちが動くのなら、銀幕市民に一方的にやられてしまうなんてことはないでしょう。信じていますからねぇ」
「は、はい。鬼王のもとで和平を唱えていた者たちは、『計画者』の手ですでに処分されておりますし、神裂空瀬が鬼王のもとへ送る和睦の使者は我々が始末いたします。この戦争を止められる者などいません。すべては尊師様の計画どおりに」
 尊師は再び戦場へと視線を向けた。
「レヴィアタン――アレは良かった。まさに悪の権化。力の象徴。しかし、アレでさえ銀幕市の秩序を破壊することができなかったのです。もっと大きな力を銀幕市の秩序へとぶつけなければいけません」
 物騒な言葉とは裏腹に、その瞳が映す明日は、希望の光に満ちているようだった。

種別名シナリオ 管理番号810
クリエイター西向く侍(wref9746)
クリエイターコメントパーティーシナリオを含めて十一本目のシナリオになります。西向く侍です。
しかも久方ぶりのリリース。

今回のシナリオは『アヤカシの城〜高天原会戦〜』のその後を描いたものになります。
本シナリオに参加を希望される方は、お手数ですが、あらかじめ前作『アヤカシの城〜高天原会戦〜』のノベルを可能な限りご覧になってください。オープニングの内容が理解しやすくなります。

オープニングを読んでいただければ、おおよその内容はおわかりになると思いますが、簡単に補足をしておきます。
銀幕市民の力を借りて鬼王の軍を撃退した空瀬は、その後鬼王に和平を申し出ていました。和平交渉は順調に進んでいるように思われたのですが、突然なんの前触れもなく鬼王の軍が九神城を包囲しはじめました。

本シナリオの目的は『鬼王の軍が戦闘を放棄して城攻めをやめるまでもちこたえること』にあります。『鬼王の軍を倒すこと』が目的ではありません。あくまで最終目的は和平なのです。
ただし、相手にまったく被害を与えずに城を守ることなどできようはずもありません。城を落とされては元も子もありませんから。
攻めてきた敵は倒す必要があります。しかし、あまりこちらから積極的に被害を与えるとその後の和平交渉が難しくなる、と考えてください。

以下、プレイング記入時の注意事項です。


▽戦場となる九神城の形態です。
中心に王が住む宮殿があり、それを中心に武官や文官の邸宅が存在します。さらにその周囲には、いわゆる城下町が広がり、民衆が暮らしています。
当然ながら、外周には高さ10メートル程度の城壁があり、その上は自由に移動できます。また、四方には見張り台も設置されています。城門は東西南北に計四つです。


▽敵は大きく分けて三種類。
まずは歩兵である小鬼。刀、槍、弓など武装は様々ですが、戦闘能力は高くありません。ショッ○ーの戦闘員レベルだと思っていただければ。そして、小鬼百匹を率いる大鬼。ふつうの兵士であれば複数でないと倒せないでしょう。戦闘向けPCであればサクっといけます。
次に騎兵。小鬼は馬に乗れませんので、騎兵はすべて大鬼ということになります。
あとは術兵がいます。術兵は召還獣である魔鳥をあやつり空から攻撃したり、巨大な獣である魔獣を突如として戦場に投入したりします。術兵自身に戦闘能力はありません。術兵を倒せば召還獣は消えます。
また今回は、攻城兵器として投石器や破城槌を使用してくるものと思われます。


▽みなさんには以下のいずれかの部隊に所属してもらいます。プレイングには該当する数字を必ず記入するようにしてください。

1:守城部隊として七赤将軍と城壁の守備にあたる
主に城壁の上から、近づいてくる敵を倒したり、上空から侵入する魔鳥を撃退したりします。投石器や破城槌で城壁が破壊された場合、そこからの敵の侵入を防ぐのもその役割です。効率よく敵を追い払う方法、城壁から遠くの敵や攻城兵器を倒す方法、敵の攻撃から城壁を守る方法などをプレイングに盛り込んでください。ちなみに、遠距離攻撃がメインになりますので、守備兵には弓を持つ者や術兵がいます。もちろん、戦闘時に部下にかける台詞や戦闘方法やシチュエーションなどもご自由にどうぞ。
また一兵卒として七赤将軍に仕えるか、千人長として千人の兵を指揮するかどちらかを選んでください。千人長を選択すれば必ずしも戦闘能力がなくとも参加できます。ファンでもエキストラでも大丈夫です。

2:牽制部隊として九紫将軍と騎兵となり駆けめぐる
騎兵限定の部隊です。足の速さを活かし、城門から出撃しては敵や攻城兵器を蹴散らし、また城に戻ることを繰り返します。もちろん、途中で敵に囲まれれば逃げ道はありませんし、助けにきてくれる味方もいません。タイミングによっては、城門を閉じねばならず帰還できなくなることもあるでしょう。もっとも危険な役割といえます。スピードが命ですので素早く移動する方法、なるべく敵を混乱させる方法、敵に囲まれた場合に脱出する裏技などをプレイングに盛り込んでください。もちろん、戦闘時に部下にかける台詞や戦闘方法やシチュエーションなどもご自由にどうぞ。
また一兵卒として九紫将軍に仕えるか、千人長として千人の兵を指揮するかどちらかを選んでください。千人長を選択すれば必ずしも戦闘能力がなくとも参加できます。ファンでもエキストラでも大丈夫です。

3:護衛兵として空瀬や民衆を守る
城壁ではなく城下町や宮殿にて守備兵を務めます。もちろん、1部隊や2部隊に戦力を割かなければならないため、必要最低限度の人数しかいません。今回は、オープニングを読んでいただければわかりますが、鬼王の軍だけが敵ではありませんので、城内でなにが起こるかわかりません。そのための備えや、もし敵が侵入してきた場合の対処法などをプレイングに盛り込んでください。この部隊に限り、戦闘補助でも参加いただけます。たとえば、負傷兵の看護など、です。ただし、危険に巻き込まれない保証はありません。というか、たぶん巻き込まれます。
ひとつ気をつけていただきたいのが、プレイヤーの持っている知識とキャラクターの持っている知識を混同しないでいただきたい、ということです。プレイヤーはオープニングを読んでいるため、尊師なる人物の存在を知っていますが、キャラクターは『高天原会戦のときにフツツ将軍の暗殺を阻止しようとした者たちがいた』程度しか知りません。それを踏まえたうえでプレイングを練り上げてください。


▽参加者のみなさんのプレイングにより『アヤカシの城〜九神守城戦〜』と『アヤカシの城〜鬼王謁見〜』の両方ともが成功に終わったとき、ウツツヒとアヤカシの対立は終わり『アヤカシの城』シリーズは今作にて終了となります。空瀬たちの戦いの舞台は銀幕市へと移ることになるでしょう。
『九神守城戦』『鬼王謁見』の両方が失敗に終わったとき、次作は『九神城解放戦』となります。また、『九神守城戦』のみが成功し『鬼王謁見』が失敗に終われば、次作は『第二次高天原会戦』に、『鬼王謁見』のみが成功し『九神守城戦』が失敗に終われば、次作は『アヤカシの城番外編〜九神城を再築せよ!〜』(パーティーシナリオ)になります。


最後に、今回のシナリオは戦争ものですが、ファンでもエキストラでも非戦闘系スターでも参加いただけます。ただし、その際は必ず千人長待遇を選択してください。部下が護ってくれます。ちなみに、敵はハザードではなくすべてムービースターです。ファングッズも有効です。
また、『アヤカシの城〜鬼王謁見〜』とは同時進行のシナリオとなりますので、同一キャラクターによる重複参加はご遠慮ください。

参加者
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
シャルーン(catd7169) ムービースター 女 17歳 機械拳士
ミケランジェロ(cuez2834) ムービースター 男 29歳 掃除屋
晦(chzu4569) ムービースター 男 27歳 稲荷神
ハンス・ヨーゼフ(cfbv3551) ムービースター 男 22歳 ヴァンパイアハンター
ジナイーダ・シェルリング(cpsh8064) ムービースター 女 26歳 エージェント
ルークレイル・ブラック(cvxf4223) ムービースター 男 28歳 ギャリック海賊団
榊 闘夜(cmcd1874) ムービースター 男 17歳 学生兼霊能力者
<ノベル>

▽第壱章 銀幕市時間 十一月二十日 午後七時▽

 九神城(くしんじょう)の作戦会議室に三名の将軍職および銀幕市から来た客将(きゃくしょう)が顔をそろえたのは、銀幕市時間で十一月二十日の夜のことだった。神裂空瀬(かむさき うつせ)が銀幕市役所へと救援の依頼を出したのが、同日正午であったことを考えると、きわめて迅速な参集であると言えた。
 この依頼に名乗りをあげた者たちを順に列挙しておくと、太助(たすけ)、シャルーン、ミケランジェロ、晦(つごもり)、ハンス・ヨーゼフ、ジナイーダ・シェルリング、ルークレイル・ブラック、榊闘夜(さかき とうや)の八名となる。このうち、半数となる四名が、先の高天原(たかまがはら)会戦での殊勲者だった。
「此度は、我らが俗事にまたも銀幕市民の皆を巻き込むこととなり、申し訳なく思う」
 まずは総大将である空瀬が口火を切った。その身を包むのは、夜の闇にとけ込んでしまいそうな蒼だ。腰に佩(は)いた大刀『風喰い』は、血の予感に早くも妖気を発散しているかのようだった。
「俺たちも助けてもらったからな。おたがいさまだ」
 ひとり(一匹?)だけ椅子ではなく、机のうえにあぐらをかいている太助が笑顔で言った。どうやら上背の関係で、椅子に座ると皆が見えないらしい。
「感謝する」
 頭を下げる空瀬の口元にも笑みが浮かんでいた。
 鷹揚な態度の太助に、訝しげな視線を送る者もいる。九紫(きゅうし)将軍である楽樹杷准(らぎ はじゅん)だ。
「狐狸(こり)のたぐいが偉そうに――」
 小さく毒づいたところを、赤い衣の若者に鋭く睨まれる。
 あまりの迫力に杷准は思わず身を引きつつも、にらみ返した
 晦は狐のあやかしだ。狐狸と言われては、反応せざるを得ない。一方、杷准の方はそのようなことなど知らぬので、仲間を罵倒されての牽制だと考えた。
 果たして、ふたりの睨み合いは数瞬つづいたが、「俺たちがいがみ合ったところでなんの意味もないだろう」というハンスの言葉で、お互いにそっぽを向くこととなった。
「会議をつづけましょう」
 シャルーンがうながし、空瀬があとを継ぐ。
「まずは此度の戦の概要をつたえる」
 空瀬はつぶさに事の経緯を語った。
 奇族との和平が進んでいたこと。突如、奇族の王である鬼王(きおう)が手の平をかえし、城攻めをはじめたこと。鬼王との謁見を求めるべく、弦深矢(げん しんや)を筆頭とした使節団がすでに出発していること。使節団から朗報がもたらされるまで、もちこたえるのが戦の目的であること。
 ふむ、とジナイーダ・シェルリングが組んでいた腕をほどいた。灰白色の髪がさらりと流れ、右耳のピアスが蝋燭の灯を反射して鈍く光った。
「この籠城戦。私たちが遙かに有利だな」
 その場にいた者の多くが頭のうえに疑問符を浮かべた。太助にいたっては、だらしなくも、ぽかんと口を開けている。
 実は、前回の高天原会戦で軍師役をつとめた者たちのうち、一名は今回参戦しておらず、もう一名は使節団として敵地に赴いている。ここに残った者たちは、戦略戦術には疎い。
 かろうじて大がかりな戦闘を経験したことのあるシャルーンが、「確かに籠城は守るほうが有利だわ。でも、長期戦となると……」と疑問を発した。
「長期戦で不利になるのは、補給の問題があるからだ」
 この台詞で、大半の者が理解を示した。ただし、太助はすっかり諦めて、おなかの毛繕いをはじめている。晦もまた、うんうんとうなずいているだけのように見えた。
「城攻めの常套手段に、糧食を断つ方法がある。外からの補給路を遮断し、相手が餓えるのを待つわけだ。いわゆる兵糧攻めというヤツだな。ところが、今回、その手は私たちには通用しない」
「どういうことや?」
 ついに我慢しきれず、晦が訊いた。やはり芝居だったらしい。
 ジナイーダがにやりと笑った。
「私たちは、いったいどこからやって来たんだ?」
「ん? あ、あぁ、なるほど、やな!」
 晦がぽんと手を打った。
 九神城の一室にある扉が、銀幕市役所のトイレにつながっているのは有名な話だ。彼らはそこを通ってこの世界にやって来たのだ。それは、この世界と銀幕市とをつなぐ、唯一の通路だった。
「足りなくなったモンは銀幕市から無尽蔵に運び込めるわけやな」
 空瀬もその点には最初から気づいていたようで、先ほどから微笑したまま何も告げない。一片の勝機もなく、籠城戦を選択したわけではなかったのだ。むしろ最も勝率の高い手段をとったとも言える。七赤(しちせき)将軍である飛懐千淕(ひかい ちりく)が反意を示さなかったのも、このことに気づいていたせいだ。
 知らぬままだったのは、会議の時点で作戦に反対していた杷准だけだったろう。その杷准はむっつりと押し黙っている。
 空瀬がつづけた。
「ジナイーダ殿が申したとおり、この籠城戦は我らに利がある。兵糧などの補給で銀幕市役所に面倒をかけることにはなるが――」
「その点に関しては……」
 そこでルークレイル・ブラックが初めて口を開いた。眼鏡をぐいと押し上げて、その瞳に不敵な色を流す。
「この依頼を受けた時点で、すでに市長に頼んである。もうじきここに運ばれてくるはずだ」
 どうやらこの海賊は依頼の概要を耳にした時点で、糧食その他の準備に関して先手を打っておいたらしい。おそろしいほどの手際の良さだ。
「その物資の中に、通信機器は?」
 訊ねるシャルーンに「さすがに兵士全員分は無理だが、守備隊の百人長の分くらいは用意できているはずだ」と事も無げに答える。
 先を越されたシャルーンは称賛の口笛とともに肩をすくめるしかなかった。
「あとは部隊ごとに戦術を詰める必要がある。各自、それぞれ部下となる千人長とともに準備を進めてほしい。皆に、闇氣の加護があらんことを」
 空瀬がその場の全員に、神の加護を授ける仕草をした。ついに守城戦の火ぶたが切って落とされようとしている。
 そこで、ようやく動き出した者がいる。闘夜だ。
 彼は会議中つねに黙り込んでいた。気むずかしい顔をしていたので、黙考していたようにもとれるが、その実、彼のそばでそわそわしている鬼駆夜(きくや)を必死に無視していただけに過ぎない。鬼駆夜は霊的、もしくは魔法的な力を有している者にしか見えないから、一部の者以外気づきようがなかったが。
「さっさと終わらせる」
 ぽつりとこぼして、会議室をあとにする。彼は遊撃部隊に所属予定だった。
「実際、さっさとってわけにはいかんやろうが、戦争なんてもんは早く終わらせるに限るで」
 晦が決意も新たに、破邪の木刀を肩にかついで立ち上がった。
「今度は部隊が違うから、子狐になっちゃっても膝枕してあげられないわよ」
 シャルーンがからかうと、晦は「がーっ!」とうなって大股で出て行った。
「ルークレイル、さん」
「ルークでいい」
「じゃあ、ルーク。通信機器の他にどんな物資があるか教えてくれる?」
「リストがあるので、あとで全員にコピーを渡そう」
 ルークとシャルーンが連れ立って退室する。
「よーし、俺もがんばるぞ!」
 太助がぶんぶんと短い腕を振り回しながら、机から跳び降りた。愛らしい容姿もあいまって、威風堂々というわけにはいかなかったが、それでも自信と力に満ちた足取りだ。
 ハンスとジナイーダは無言で席を立ったが、その胸中は他のメンバーと同じだった。
 最後に。
 ここに至りいまだ動き出さない者がひとりだけ残っている。
 その男は、会議の最初から最後まで、あろうことかイビキをかいていた。
 さすがの空瀬も対応に困り、このまま置いていこうかとも思ったのだが、彼は先の会戦における『サンレイ』破壊の立役者でもある。
 空瀬はため息をつくと、目を覚まさせるべく肩をゆすった。
「客将殿」
「んあ?」
 軽く頭をあげ、半開きの目で周囲を見渡したあと、ふたたび眠りにつこうとする。
「ミケランジェロ殿!」
 このやりとりが数回つづき、ミケランジェロの意識がようやく完全に覚醒したとき、空瀬はもはや怒る気も呆れる気も失せ、むしろ笑い出しそうになっていた。
「おぬしは、相当に呑気者だな」
「そりゃ、どうも」
 心なしかムスッとしているのは、呑気者と言われたからではなく、単に眠りを邪魔されたからだろう。
「もう戦争がはじまるのか?」
 ミケランジェロが問うと
「そうだ」
 と空瀬が答える。
「鬼王軍と和平するんだろ?」
 不意打ちに近い真剣な口調に、空瀬はたじろいだ。
 同じような場面が過去にあったことを思い出す。そのとき彼女は「我々は殺しすぎたのだろう。そして、殺されすぎた」と、奇族と人族との和睦を暗に否定した。しかし、当時彼女自身が「奇族との和睦など考えたこともなかったな」と語ったように、ミケランジェロとの対話は確かに和平への契機となったのだ。
 空瀬は迷いもなく、ためらいもなく、ミケランジェロにこう告げた。
「奇族と人族、殺し合いの輪はここで断ち切らねばならん。ここはもう我々の居た世界ではない。ここは銀幕市なのだ」
 レヴィアタン討伐時を含め、銀幕市に暮らす人々と触れ合ううち、彼女の得た結論がそれであった。
「それじゃあ、俺もそんな奇族と人族の未来のために人肌脱ぐとするか」
 ミケランジェロがようやく立ち上がり、扉に向かって歩きはじめる。
「おぬしは、あの『サンレイ』を破壊した術士だ。当てにしているぞ」
「ありゃあ、みんなの力さ」
 彼は振り返らず、背後の空瀬に向かって軽く片手を挙げた。ゆえに、彼の満足げな笑みを、彼女が目にすることはなかったのだった。



▽第弐章 銀幕市時間 十一月二十一日 午前六時▽

「元はゲリラなのに、まさか籠城戦とはね。おまけに隊長だなんて、笑っちゃうわ……」
「シャルーン千人長、何かおっしゃいましたか?」
 思わず漏らした独り言に、部下のひとりが反応した。
「いえ、なんでもないわ。それより、武器の搬入の方は?」
「はっ、順調に進んでおります」
 一部最低限度の見張りを残し、ほとんどの守備兵が銀幕市から運ばれる武器の数々を、夜通し運んでいる。
 城壁の上には、機関砲台、榴弾砲台などなど、面制圧兵器が設置されつつあったが、銀幕市側の入り口がトイレのドアであるため、ある程度分解して持ち込むしかない物が多く、戦闘開始までに準備が整う数はたかがしれているようであった。
 この後さらに、シャルーンは弓兵の数人に砲術指南を施さなければならない。いくら強力な武器があったとしても、それを使える者がいなければ無意味だ。
「初日は、ハリボテといっしょかもね」
「はりぼて、とは?」
 そばにいた百人長が訊いてくる。
「独活の大木ってとこかしら。銀幕市から持ってきたこの武器を使える兵がいなければ、役に立たないでしょ?」
「たしかに……これらの扱いは難しいのでしょうか?」
「そうねぇ。狙いをつけるって意味では弓と同じかしら。むしろ大雑把でいい分、弓より簡単かもね。ただ……」
「ただ?」
「なんでもないわ」
 機械というものにまったく触れたことがないこの世界の住人に、砲台の扱い方を教えるのは骨が折れそうだった。しかし、そのような不安要素を口にしてはならない。仮にも彼女は千人長なのだ。リーダーの弱気は、すぐに部下に伝播する。
「大丈夫よ。この砲台は、ここにあるだけで、充分に効果があるわ」
 部下たちが不思議そうな顔をする。
 シャルーンは精いっぱい不敵な笑みを浮かべた。
「だって、弾が飛び出さなくても、奇族がこれを見たらきっと警戒して近づけない。あなたたちだって、最初はこわごわと触ってたじゃない」
 弓兵たちが顔を見合わせて、「そりゃそうだ」と笑い出した。
 シャルーンは、白みはじめた空の下、遠く敵陣を見やった。ハッタリだろうがなんだろうが、今はすべてを利用しなければならないのだ。
「そんなに気負っては肩が凝るだけじゃぞ」
 守備隊の総指揮を執る飛懐千淕(ひかい ちりく)が酒徳利を片手に現れた。たしか前の戦でも、同じように呑んでいた気がする。
「そう、ですか?」
「おまえさん、若いのに大分戦場を巡っておるようじゃが、まだまだじゃの。戦の前は自然体が一番」
 そう言って徳利を掲げる千淕は、どうひいき目に見ても自然体ではない。足下すらおぼつかないのだから。
 それでも、シャルーンはこの手の人物が嫌いではなかった。
 ゲリラ活動に身を投じるのは何も若者だけではない。老兵もまた、自らの理想のため、生活のために戦うことがある。彼らは体力面において足を引っ張る存在ではあるが、積年の経験や独特の勘など、尊敬すべきものを多く持ち合わせていた。
「ところで、先ほどから術兵たちが城壁になにやら仕掛けておるようじゃが? あれが例のあれか?」
 意味を成さない台詞に思われたが、シャルーンには通じたらしい。
「はい、そうです。なるべくなら使わないで済むようにしたいのですが……」
 千淕が大笑した。
「そのような戦局など、あり得ぬよ」
「何を根拠にそんなことを?」
「なにせ、こちらには戦女神(いくさめがみ)様がついておるからの」
「ん? 空瀬将軍のことですか?」
 シャルーンが眉をひそめる。
「おぬし、聞いておらぬのか?」
 千淕はにやにやしながら、彼女の耳元に口を寄せた。
「おぬし、高天原の戦以来、こっちの世界では戦女神と呼ばれておるのだぞ!」
「なっ?!」
 シャルーンの頬に羞恥の朱が差す。
 気が付くと、周囲の者たちもなにやらにやけている様子。中には、シャルーンと目が合うと、赤か青のどちからに顔色を染めて、慌ててそっぽを向く若者たちもいた。
 たしかに、高天原会戦に参戦した女性はシャルーンだけということになっている。もうひとりは暗殺という裏の仕事をこなしていたため、一般的には知られていないのだ。
「ま、がんばってやろうや」
 ぽんと肩を叩く千淕に、言葉を返す余裕すらない。
 千淕が千鳥足で去ったあと、シャルーンは人生で最大級と思われるため息をついて、皮肉げに唇を歪めた。
「隊長どころか、戦女神でっすて……本当に笑えないわ」

「我々遊撃隊の目的は、攻城兵器の破壊である!」
 九紫将軍である杷准がことさらに大声で怒鳴った。虚勢を張りたいのか、威厳を出したいのか、いまいちわらない。わらないが、どちらにしろ目論見は失敗した。
「こーじょーへーきってなんだ?」
 太助がぽにょんと訊ねたからだ。
「おい、そこのおまえ、この狸に教えてやれ」
 額に青筋をひくつかせながら、側仕えの部下にぶっきらぼうに命令する。突如として指名を受けた方は大変だ。「私ですか?!」と自分を指さしたあと、あわあわと説明しだした。
「ええっと、攻城兵器というのは主に城壁を壊すために使われるもので、大きくわけて二種類あります。高天原会戦で奇族たちが使ってきたような『サンレイ』をはじめとする法術で造られた生き物。もうひとつは、木材を組み合わせて造られた単純な絡繰(からくり)です。『サンレイ』はすでに破壊しましたので、今回敵が使ってくるのは後者でしょう」
「たとえば、どないなもんがあるんや?」
 晦の問いに、部下は「そうですね、今敵陣にて確認されているのは、まず投石器です。重しとテコを利用して、岩を投げつけます。当たれば城壁に穴が空いてしまいますので、撃たせないことが肝要かと。もうひとつ、破城槌ですね。その名のとおり、城門や城壁を破壊する巨大な槌で、何人もの大鬼たちが抱えてぶつかってきます。こちらは近づかせなければ問題ありません」と答えた。
 部下の要領良い答えに、なぜか自分が胸を張る杷准だ。
「シャルーンが――」
 腕を組んで黙っていたハンスがおもむろに口を開いた。
「城壁に砲台を設置しているな。あれの射程は、おそらく投石器よりも長いだろう。しかも、こちらは城壁の上から撃ちおろすかたちになるしな」
「投石器も破城槌ってやつも、近づかれへんってことか?」
「問題は数だと思う。この短期間でそれほど多くの砲台を準備できるとは思えん。十の岩が飛来して、一の砲台ですべてを撃ち落とすのは不可能ということだ」
「結局、わしらがある程度は投石器を壊さないかんっちゅうことかい」
 自分の台詞を奪われ不満げな杷准がむりやり、「そういうことだ」と話を締めた。
「――でも、簡単じゃないだろうな」
 闘夜が手の中でもてあそんでいた金属の棒を、ひゅんと地面の上に走らせた。大雑把な図が描かれる。中央に大きな円形がひとつ、その周囲に小さな円形がびっしりと並べられた図だ。
「投石器のまわりは敵でいっぱいなんだろ」
 どうやら、大きな円が投石器で、小さな円が兵士らしい。
「どこをこじ開けるのが一番効率がいいんだ?」
 闘夜がとつとつと喋るため、一瞬意味をつかみかねたものの、ハンスが「なるほど、投石器を破壊するのではなく、無力化するにはどこを攻めればいいか、ということか」と反応した。
「それであれば、投石器の側面からまわりこみ、本体とテコの部分をつなぐ縄を切ってしまうのが一番早いかと」
 先ほどの部下が答えを出すと、闘夜は側面の小さな円を棒の先でぐしゃぐしゃと消し去った。
「決まりだな」
 投石器を発見したら側面から攻めることが決まりということだろう。
 もちろんこの発想は闘夜のものではない。鬼駆夜が問えと言ったのだ。そもそもこの戦争を楽しんでいるのは鬼駆夜であり、闘夜ではない。
「よし、では――」
 最後の命令を決めようとした杷准の前に、太助が飛び出した。
「よーし、みんな、がんばろうぜ!!」
 天高く拳をつきあげる太助に、全軍が「応!」と雄叫びを上げた。
 このあと杷准と太助の間で子供じみた口喧嘩がはじまったことは言うまでもない。

 城下町に住む人々が、最低限度の荷物を背に、長い列を作っている。
 民衆を一カ所に集めて守りやすくすることを提案したのは、ジナイーダとルークレイルだった。
 籠城戦において、外部からだけでなく内部からの切り崩しを図るというのは、戦の常套手段だからな、とはジナイーダの言だ。
 空瀬もすぐにその案を承諾し、夜のうちに触れが回り、早朝から移動ということになったのだった。
 ルークレイルとジナイーダは自ら民衆の列を先導していた。事前に城下町の地図は頭にたたき込んである。この世界の住人でなくとも、道案内は可能だった。
「本来なら最も安全である宮殿に全員をかくまえればよかったんだが……」
 不安げな人々の様子にルークレイルの胸がかすかに痛む。
「宮殿でも安全かどうかはわからない」
 ジナイーダの瞳が鋭い光を放った。
「謎の敵、というやつか?」
 ジナイーダがうなずく。
「これだけの人数だ。この城下町にフツツ将軍の暗殺を阻止しようとした者たちが紛れ込んでいたとしても不思議ではない。その者たちが、この世界の住人ではない以上、誰かしら裏で糸を引いている者がいると考えるのが自然だろうが……」
「その点は、俺も考えていた。実は空瀬将軍に、前回の戦い以後、銀幕市民を名乗る人間から接触があったかどうか確認してみた」
 ほぅとジナイーダが感嘆の声を漏らす。どこまでも準備の良い男だ。
「答えはノーだった。高天原会戦のあと、この世界を訪れた銀幕市民の数はゼロだ。例の市役所のトイレにつながる扉は、常に衛兵が監視しているらしい。ももちろん、空瀬将軍自身はレヴィアタン討伐時、逆にこちら側に来ている。深矢(しんや)副将は、伏姫事件の折りや買い物のためによく銀幕市を訪れているらしい。ただ、あの扉を使ったのはそういった場合だけだったようだ。ひとつ気になると言えば――」
「マツタケ狩りか?」
「そうだ」
 先日、空瀬将軍率いる九神軍が神獣の森にあらわれ、銀幕市民と壮絶なマツタケ争奪戦を繰り広げたことは有名な話だ。しかし、その間、たった一日だけではあるが、九神城はほぼもぬけの殻と化していたことになる。
「もし謎の敵がなにかを仕掛けているとしたら、あのタイミングだったと俺は思う」
「同感だな」
 二人の声はいつしか、ひそひそ話のレベルにまでトーンを下げていた。どこに敵が潜んでいるかわからないのだから。
「鬼王の意図はわからないが、私はこの対立を意図的に煽っている勢力があるような気がしてならない」
 ジナイーダの確信めいた物言いに、ルークレイルは少しだけ慎重な意見を述べた。
「早計かもしれないが……俺もそんな気がしている」
 明け方の空気は冷たい。二人は、それにも増して温度の低い寒風が、背筋を撫でていったように感じた。
「とにかく、俺は今日からさっそく民衆に聞き込みをはじめようと思う。もちろん手の空いている兵士に手伝ってはもらうが」
「私には気の流れを読む能力がある。それを利用して定期的に城下を見回ろう」
 それぞれに今後の方針を確認して、ルークレイルとジナイーダはうなずきあった。
 この時点で彼らに落ち度があったと言えるだろうか。
 いや、言えない。
 なにせこの段階では、謎の敵が真に存在するのかすら定かではなかったのだ。可能性の問題で派手に動くほど、時間も人員も余ってはいなかった。
 しかし、ここでもう一歩考えを推し進めていれば、すべてを未然に防ぐことができたかもしれない。それもまた事実。
 そして、彼らにとって不運と言えるものがあったとすれば、唯一その可能性に至っていた銀幕市民がこの場にいなかったことだろう。彼は今、鬼王の出城へと馬を走らせている最中だったのだ。

 鼻歌交じりで絵筆を振るう彼のことを、人族のみならず奇族ですら知っていた。
 破格の術士。術陣の芸術家。輝く翼を持つ者。
 呼び名は多々あれど、すべての源となったのは――あの『サンレイ』を破壊した男。
 その、『サンレイ』を消滅せしめた男は、避難が済み、無人となった町で縦横無尽に筆を走らせていた。
 家屋の壁や屋根に、時には石畳の地面に、時には家畜の背中に。
 彼は落書きとしか思えないものを描いていく。
 果たしてその効果は――
 彼にしかわからないのだった。



▽第参章 銀幕市時間 十一月二十一日 午後二時▽

 戦端は軽やかに開かれた。
 城門からなだれうつように登場したのは、杷准率いる騎馬隊五千だ。
 先頭を往く杷准は、城壁のうえからひととおり包囲網を見渡したあと、比較的陣容の薄い場所を選んで突撃を開始した。緒戦は様子見であり、可能であれば攻城兵器のひとつでも破壊できれば、くらいにしか考えていなかった。刃を一合交え、すぐに撤退する心づもりだ。
 それに対して鬼王軍はまるきり動かなかった。小鬼たちが槍と盾をかまえて、防衛戦の姿勢だ。
「まずは我らを逃がさぬということか」
 それは、敵の意図するものが殲滅戦であることを物語っていた。人族を生きて帰すつもりはないのだ。
 杷准はここで弱気の虫が出た。
「攻城の準備をしているようにも見えぬ。小鬼どもを幾匹か斬り捨て、すぐさま転進する」
 杷准の命令が全軍に伝えられようとしたとき、一対の人馬が軍列を離れ、単騎で投石器を目指し進んだ。闘夜だ。
「うぬ! なんだあやつは! 命令に従わぬのか?!」
 杷准がほぞを噛みつつ、怒鳴り散らした。この時点でまだ命令は伝えられていないのだから、従うも従わないもないのだが。
 一方、闘夜にも闘夜なりの理由があって動いていた。
 そもそも彼は積極的にこの依頼に参加したわけではない。彼に取憑いている狼霊の鬼駆夜が、戦争を見に行きたいと喚き、なぜか家主に二人とも怒られて、なし崩し的に参戦することになったのだ。
 元来、面倒くさがりの闘夜だ。本来なら面倒くさくて、このようなポジティブな動きをすることなどなかっただろう。実際に、表情は不機嫌そうだ。
 それでも突貫したのは――
「負けてもっと大変なことになるのは面倒くさい」
 という理由だった。さっさと攻城兵器を破壊して、終戦へと導きたいのだ。
「単騎駆けかよ! やるなぁ、闘夜! オレぁ、手ぇ出さねぇからな。せいぜい気張ってくれよ」
 鬼駆夜は本当に楽しそうだ。自分が手を出すとあっという間に終わってしまうので、それではおもしろくない。今回は見物に徹する心づもりだ。
 闘夜は返事もかえさず、小鬼の列に飛び込んでいった。
 
「おい、晦。闘夜がひとりでつっこんでったぞ!」
 太助が背中をぽかぽか叩くので、晦は思わず落馬しそうになった。
「ちょ、暴れなや! わかっとる、わかっとるから」
 太助は馬に乗れない。よって、晦の腰につかまって便乗しているのだ。
「ほんま、前回といい、今回といい、単独行動が好きな奴が多すぎるで……」
 ぶつぶつ言いながらも、闘夜を援護すべく拍車をかける。
 戦争は終わったはずだった。彼は確かに終戦を見届けたのだ。ところが、再び戦渦は広まってしまった。高天原会戦の苦い思い出が、晦の胸を鋭く突き刺す。古傷に触れられた感触に近い。
 それでも彼はまたこの世界にやってきた。この争いが今回で終わることを期待しつつ、せめて戦いによる被害を少しでも抑えられるように。
「終わらせないかんのや」
「なにをぶつぶつ言ってんだ? 敵は目の前だぞ」
「あたた」
 太助が今度は頭を叩いてきた。
「わーっとるっつーねん。ったく」
 晦は雑念を払うように頭を強く振った。

 闘夜は馬を後ろ足で立たせて威嚇したあと、盾と盾の隙間に金属の棒を突き通して、的確に小鬼たちを戦闘不能に陥れていった。
 殺すつもりはあまりない。力を加減しつつ、骨折や内臓破裂といった戦闘力を奪うレベルのダメージを与えていく。うめき苦しむ仲間の姿を見て、他の兵士たちの士気が下がることを計算しての攻撃でもあった。
 闘夜はずかずかと鬼王軍の中に押し入り、一直線に投石器を目指す。
「ん? なーんかヤバくねぇか?」
 鬼駆夜が鼻をひくひくさせながらそう言ったとき、すでに闘夜は完全に孤立していた。周囲に味方がいないのは当然だったが、敵までもがいないのは異常だ。
「おぬし、銀幕市民のひとりだな?」
 一目で高位の武官とわかる鎧を身につけた男が、彼の前に立ちはだかった。
「わしはイシヒと申す。この軍をあずかる者だ」
 男は豊かにたくわえた顎髭を揺らしながら、長槍の穂先を闘夜に向けた。
「へぇ、総大将自らお出ましかよ」
 鬼駆夜の台詞は、イシヒには届かない。闘夜は常のごとく無言だ。だから、イシヒが言葉を継いだ。
「大がかりな戦の前に、銀幕市民の力を、わし自身確かめたくてな。このように誘い込ませてもらった。見たところ子供のようだが、さて、どれほどの力を持っているか」
 イシヒは明らかに闘夜を見くびっている態度だ。
 闘夜はといえば、ここでイシヒの相手をするのと無視して投石器を破壊するのとでは、どちらが面倒くさくないか、なんてことを考えていた。
「では、腕試しといこうか」
 イシヒが馬の腹に蹴りを入れ、駆け出す。闘夜は決断する間もなく、一騎打ちを迫られた。
 お互い馬上の人であり、長得物(ながえもの)を武器としているため、一撃離脱の戦いとなる。8の字を描くように、ぐるぐると回りながら、幾度か打ち合う。
「おほっ、こいつはなかなかやるなぁ」
 闘夜の代わりに鬼駆夜が感想を漏らす。たしかにイシヒの武力は相当なものだった。
「どうした、銀幕市民? 暗殺などに頼らねばフツツを倒せなかった。そういうことか?」
 しきりに挑発するイシヒだったが、闘夜には別に気にした様子はない。
 永劫に続くかと思われた戦いを中断させたのは、晦と太助の乱入だった。
「闘夜、無事か?!」
 晦の胸で宝玉が赤い光を放っている。神通力を秘めた宝玉は、ある程度敵の動きを操作できるのだ。その力を使い、小鬼どもを同士討ちさせながらここまでやって来た。
 晦が闘夜の馬に自分の馬を寄せると、太助が闘夜の前にぴょんと跳び移り、
「おい、ひとりでこんなことしちゃ危ないだろ」
 子供でも叱る調子で、胸を叩いた。
 思わず闘夜も「ごめん」と素直に謝る。太助は満足そうだ。
「ぬぅ、狸がしゃべっておる……」
 イシヒはまた別のところに驚愕しており、兵たちへの命令が遅れた。
「イシヒ将軍! 敵軍がこちらへ迫ってきています!」
 部下からの報告を受け、ようやく現実に立ち返る。
「様子見では済まさぬか。囮に使った投石器だけは絶対に守り抜け!」
 イシヒの檄が飛び、太助の目がきゅぴーんと光った。
「あれが投石器か。あれを壊すのが作戦だったな」
 獲物を見つけた狸の行動は素早かった。闘夜の馬からジャンプしつつ、どろんと巨大な赤色竜へと姿を変える。太助得意の変化術だ。
 全長三メートルもの巨竜が着地し、軽い地響きが起った。
 小鬼たちはあわてふためき、じりじりと後退する。
 事前に、味方には「皆、ちょっと変なのが出るけど、間違って攻撃しないでくれよ?」と冗談交じりに忠告していた太助だったが、ちょうど周りに友軍はおらず好都合だった。なにせこの世界において、野生の動物などを除き、人型を成していない生き物は『サンレイ』などといった法術兵器しか存在しないのだ。ゆえに、誰もが太助のことを恐ろしい生体兵器だと思った。
 高天原会戦において『サンレイ』の破壊が急務であったように、この世界おいて法術兵器は無敵のものとして認識されている。人がかなうものではないと。
 この点は、不殺をモットーとする太助にとって、非常にありがたい誤解だった。
 赤竜がなるべく小鬼たちに当たらないように炎を吐き出す。それだけで、鬼王軍は総崩れとなった。
「銀幕市民は不可思議な絡繰を使うとは聞いていたが、まさか『サンレイ』の類まで有しておるとは……不覚!」
 イシヒほどの武人の心までも折れている。
 太助が歩くところ、まさに蜘蛛の子を散らすように、敵軍は退散していった。
「いくぞー」
 ひとつめの投石器にたどりついた赤竜が、腕を振り回し派手な破壊活動を開始する。
 晦も闘夜も呆気にとられてその光景を見つめていた。
「うっはー、ものっそい威嚇効果やなぁ」
「あんたも――」
「ん? なんや?」
「あんたも、狐なんだから、同じことできるんじゃないか?」
 晦がぐっと言葉に詰まる。
「わしはなぁ、太助のことが好きや。やから、太助がどーのこーの言うとるんやないで?」
 なにやらしどろもどろな晦に、闘夜は黙って半眼を向けている。
「言うとるんやないねんけどな。なんや、やっぱ、わしら狐一族とな、太助ら狸一族とは、なんだかんだ言うてライバルやねん」
「で?」
「で? って、おま、相変わらず冷たいのぉ……」
「で?」
「…………同じことはやりたないねん! あっちが成功しとるだけになおさら! って、ちょ、自分で聞いといて無視すんなや!」
 さっさと晦に背を向けて太助のあとを追う闘夜に、晦が追いすがる。
「そこ、笑うんやない!」
 しっかりと鬼駆夜にまでツッコミを入れた。
 
 闘夜の特攻は、思わぬかたちで成功しつつあった。
 外から観察していれば、敵が闘夜を誘い込んでいるのは明らかだった。騎馬隊の指揮を執る杷准も、その傍らに控えていたハンスも、すぐにそのことに気づいた。
「晦と太助が行ったか」
 ハンスは二人に任せておけば問題ないと判断した。
 一方杷准は、銀幕市民などどちらかと言えば邪魔者だと考えている。ゆえに、三人を囮にしてしまおうと結論した。
 こうして、理由は両極端であったが、ハンスも杷准も闘夜たちを放置しておくことにしたのだ。
「全軍、投石器ではなく、小鬼どもを蹴散らすぞ!」
 杷准は、敵軍の注意が闘夜たちに向いている今、戦力を削ることこそ上策とした。先ほどの弱気が嘘のような積極策だ。この精神的な不安定さこそ、彼の出世を妨げているのだが、本人はそれに気づかない。
 九神軍五千が、乱れた小鬼の隊列に攻め寄る。
 そのころちょうど太助が赤竜に変化し、鬼王軍はさらに浮き足だった
「うおっ!」
 と叫んだのは杷准だ。太助の姿を見つけて驚いたのだ。
「あれは太助が変身した姿だ。安心していい」
 ハンスの言葉がなければ、彼は再び全軍に転進を命じ、絶好の機会を逃していたかもしれない。
 ハンスは自分の為すべきことを静かに考えていた。
 前回の戦で、一兵卒として動いた方が自分の性に合っているとわかった。自分の武力なら意表を突く行動がとれる。
 ただ、今回は前回と違った状況にあるということも理解している。積極的に奇族を倒してしまえば、後の和平に影響が出るだろう。しかし、倒さないでいれば城が攻め落とされてしまう。
「なかなか匙加減が難しいところだな」
 独り言だったのだが、杷准が聞きつけて怒鳴った。
「匙加減など考えずに敵を倒さぬか!」
「なるほど、今回は仕える相手が違う、か」
 二言目はよほど小さな声で呟いたので、さすがに杷准の耳には入らなかったようだ。
 ハンスは高天原会戦において深矢の指揮下にいた。彼の命令は理にかなっており、ハンスも納得したうえでの行動が可能だった。どうやら杷准はその点多少なりとも問題があるようだ。
 どちらが良いとは言わないが、滅多な事を仕出かさないように注意する必要はあると判断した。なにせ杷准は、先の会戦でも勝手な行動をとり、皆を困らせていたのだから。
「とりあえず、相手の陣地を駆け巡って混乱させるのがベストか」
 深入りせずに、こちらに明確に攻撃を加えてくるものだけを相手にする。それ以外は適当にあしらう程度に済ませれば良い。殲滅するのが目的ではないのだ。
 こうして以前も世話になった黒毛の牝馬に拍車をかけ、ハンスは駆け出した。
 黒い閃光と化して、戦場を疾駆する。
 すると、彼の意図していたこととはまるで別の事態が巻き起こった。
 小鬼ども、いや、隊長である大鬼どもまでが、口々に叫びだしたのだ。
「黒衣の死神だ!」
「死神がきたぞ!」
「高天原の死神だ!」
 ハンスは唖然とした。
 高天原の野において、敵の陣営をただ一騎で斬り開いた彼の名は、死神として鬼王軍内に轟いていたのだ。
 彼と刀を交えようとする相手はいなかった。背を向けて逃げ去る者が七割、震えて身動きできなくなる者が二割、残りの一割はそれこそ草でも刈るように命を狩られて終わった。
「匙加減するまでもないか」
 ハンスの秀麗な口元を苦笑がよぎった。
 ついでに、投石器に向かって手榴弾を投げ、破壊する余裕まであったのだった。

 鬼王軍からすれば、戦局は最悪であった。
 『前門の狼、後門の虎』ならぬ『前門の赤竜、後門の死神』だ。
 太助の変化した赤竜は、まるで玩具を壊す子供のように、楽しげに投石器を破壊しているし、そのどさくさに紛れて、晦と闘夜もまた別の投石器を無力化している。さらには、ハンスが動くたびに兵が逃げまどうので、もはや戦うどころではない。
 それでも、兵力差というものは如実に表れる。
 九神軍の騎兵五千に対して、城を包囲した鬼王軍は七万近いのだ。すぐに陣営の両翼から援軍が迫ってきた。
「つまらねぇ。潮時だな」
 舌打ちしたのは鬼駆夜だ。淡々と小鬼たちを打ちのめしていた闘夜に声をかける。
「おい、そろそろ戻らねぇと、逃げられなくなるぜ」
 闘夜は何も言わず晦の着物の袖を引っ張った。
「ぬわっ! なにすんねん?!」
 ちょうど木刀を振り抜こうとしていたときだったので、大きくよろめく。額の数センチ先を槍の切っ先がかすめ、赤い毛髪が数本斬れた。
「あぶないやんけ! って、また無視かい!」
 闘夜はこれまた騎兵部隊と合流する方向へさっさと向かっている。
「退却するんなら、太助にも知らせんと――ぬわっ!」
 振り返ると、そこに太助がいた。赤竜の姿では目立つからだろう。今はもう狸に戻っている。
「おまえ、さわがしいな」
 やれやれといった感じで、ちいさな肩をすくめる。
「なっ! こ、今回はな、狸一族に花を持たせたったけど、次はわしら狐一族が――」
「早く行かないと、置いてかれるぞ」
 太助は晦の主張など気にせず、ぽよんと馬の背に跳び乗る。
「わし、今回はこういう役回りかいな」
 文句を垂れ流しつつ、闘夜の背を追う。
 時を同じくして、杷准も全軍に撤退を伝えていた。引き際くらいは心得ている。
 これに俄然納得がいかぬのがイシヒ将軍だった。自らの、いわば我儘で銀幕市民を懐深く招き入れてしまい、その結果、囮に使った多くの投石器を失ってしまった。そのうえ、戦力まで削られ、敵軍はほとんど無傷だ。
 攻城戦という戦局全体を俯瞰すれば、ちいさな小競り合いであったし、損害も許容範囲だ。しかし、傷つけられたのは兵士ではなく、将軍の自尊心だった。
「今日のところは様子見と思っておったが、このままでは済まさぬぞ」
 イシヒ将軍は即座に騎馬隊のみを見繕って隊を編成しなおし、追撃戦を敢行した。城へと逃げる九神軍を、ひとりでも多く殺さなければ気が済まなかったのだ。
 この様子を、九神城の城壁上から眺めて、しめたと思ったのは戦女神ことシャルーンだ。
 彼女は前回の反省を活かし、仰々しい板金鎧姿で居た。それらは防具としてよりも、敵に対する威圧用であり、弾薬が不足した場合の予備であった。
「北側前面の砲撃手、前へ!」
 彼女が片手を挙げると、手甲ががしゃりと音を立てた。耳にはめたインカムを通して、遠く反対側の城壁にいる砲撃手へも指令が下される。
 弓兵の何人かが砲手の位置に着いた。今朝方手ほどきを受けたばかりの兵士たちの、顔色は青く、手は震えている。
 現時点で使用できる砲台の数は十二基。うち五基が北側に位置していた。
「まだ撃ってはだめよ」
 敵はまだこちらの射程距離を知らない。迂闊に侵入してくる可能性があった。いや、ここまで追ってくるのだから、相手の指揮官はよほど苛立っているに違いない。冷静さを欠いているとあれば、むしろ可能性は高いかもしれないのだ。
 問題は、部下たちが臆せずに斉射できるかどうかだった。まだ一度も撃ったことがないのだから緊張するのは当然だ。だが、最も効率よく効果を上げるには、誰も遅れないことが望ましい。誰かが早まれば、その一発により敵軍が撤退してしまうだろう。遅れた二撃目以降が当たらないことすらあるかもしれない。
 緊張するなと声をかけるべきか否か。それだけのことに神経をすり減らした。
「おぬしが緊張してどうする」
 気が付くと千淕将軍が真横に居た。
 あらためて自分を見つめてみると、全身汗だくだった。知らずに自分自身が指揮官としてのプレッシャーに負けていたようだ。
「部下を信ずるのも将の役目じゃ」
 シャルーンはゆっくり呼吸を整えた。それから、目測に集中する。
 防衛ラインは二キロ先だ。それを超えたら攻撃する。遊撃部隊との打ち合わせを思い出す。早すぎても遅すぎてもいけない。
 目を細め、息を吸い込み――
「砲撃手――撃てっ!!」
 一斉に轟音が鳴り響いた。

「これが銀幕市民の扱う破壊兵器か!」
 イシヒは舌を巻くしかなかった。ついでに尻尾も巻いて逃げるしかない。
 城壁が光ったと思ったら、次の瞬間には小鬼たちが爆風とともに吹き飛んでいた。たった一回の攻撃で、何人の兵士が犠牲になったことか。
「ホトリの若造が、連発できる小規模攻城法術だとぬかしておったが……」
 言い得て妙だと感心できたのは、彼の心が平静を取り戻したからだろう。それほどに砲撃のショックが大きかった。
 お陰で冷静に撤退を指示でき、被害を最小限にとどめることができたのは、皮肉なことだ。
「まぁよい。たかだか数百の兵を失い、たかだか十数の投石器を失っただけのこと」
 イシヒの胸中にはすでに光が差しつつある。これで九神軍の戦力は読み切れたと思われたし、作戦の要は本日ではなく明日以降であったからだ。
「あの城壁をすべて破壊し、九神の宮殿に鬼王の御旗を掲げてみせようぞ」
 それはひどく確信に満ちた宣言であった。

 城壁では兵士たちが勝鬨(かちどき)をあげていた。初めて砲弾を放った弓兵の中には
興奮で震える身体を押さえきれない者もいる。
「なんとか上手くいったわね」
 シャルーンもほっと息をついた。
「これで奴らも迂闊には近づけんじゃろ」
 千淕はすでに戦勝祝いの酒徳利を手にしていた。気が早い。
「戦局は硬直するでしょうか?」
「そうじゃなぁ、今日の戦で相手さんには打つ手がなくなった印象はあるな」
 明日には今の二倍の数の榴弾砲台を設置できる手はずだ。敵軍は否応なく接近できないはずだ。そうなれば九神軍の思う壺で、和平使節が結果を出すまで、ゆっくりと籠城できる。
 ふと、シャルーンは自分を呼ぶ声を耳にし、城壁内を振り返った。
 帰還した騎兵たちが下馬する中、太助が跳び跳ねながら手を振っていた。その隣では、晦が闘夜に何事かをわめきたてている。シャルーンも兜を脱いで、手を振り返した。
 気になってハンスの姿を探すと、彼は皆から少し離れた場所で、ひとり馬のたてがみを撫でていた。ねぎらっているのだろう。
 シャルーンの視線に気づいたハンスは、しかし、無言だった。二人はすでに戦友であり、そこに言葉は必要ないのだった。
「このまますべて上手くいけばいいんだけど……」
 戦場がそれほど甘くないことを彼女は知っている。希望は幾度となく裏切られた。絶望の淵に沈むこともあった。
「それでも……」
 シャルーンには戦うことしかできないのだった。



▽第四章 銀幕市時間 十一月二十二日 午前七時▽

 ところ変わって銀幕市。
 湾岸地域の一画に放置された古い倉庫。
 五十名の男たちが、多種多様な殺戮兵器を手に、直立不動。
 薄闇の中、リーダーらしき男が口を開いた。
「先ほど残念な報せが届いた」
 男たちは唇をかたく引き結んでいる。リーダーが反応など求めていないことを知っていた。
「我らが同志が、九神の使節団壊滅に失敗した」
 男たちに少なからず動揺が走った。使節団を皆殺しにするべく放たれた刺客は、組織のうちでも最も戦闘力の高いサイボーグ戦士だったからだ。
「同志は、一矢を報いることもなく虜囚となったそうだ。これが意味することは、ふたつ」
 リーダーが指折り数える。
「ひとつは、やはり秩序の力は強大であること。我らがいくら突き崩そうとしても、ハッピーエンドはハッピーエンドにしかならない。予定調和。尊師様の御言葉どおり。だが、だからといって、我らが作戦をやめるわけにはいかない」
 尊師の名が出た際には、全員が敬礼をした。
「もうひとつは、捕虜となった同志のデータから、この場所が漏れる可能性があること。つまり、時間の余裕はなく、作戦の決行もこれ一度きりということ」
 リーダーがマシンガンの安全装置をはずした。他の兵士たちもそれにならう。
「鬼王軍にはすでに接触してある。佐野原冬季の名を出したら、イシヒ将軍はすぐに警戒を解き、本日大規模な攻撃を仕掛けることに同意した。あとは、我らが任務を遂行するのみ」
 リーダーはおもむろに倉庫の隅に設置してある簡易トイレのドアを開いた。その向こうに広がる光景は、銀幕市のものではない。どこか、ファンタジーめいた民家の一室だ。
 これこそが銀幕市と空瀬たちの世界とをつなぐ、第二の通路だった。
 ルークレイルもジナイーダも、市役所のトイレからつながる扉には必要以上の注意を払っていた。しかし、もうひとつの通路を探索するところまでは頭も手も回らなかった。
 二十二日の時点で第二の通路の存在に思い至っていた唯一の銀幕市民は、のちに自ら悔いることとなる痛恨のミスにより、いまだ確証を得ていなかった。データの解析を終えた彼から、ルークレイルらに第二の通路の情報がもたらされるのは、翌二十三日の午後のことである。
 とにもかくにも、この日、鬼王軍と謎の組織との挟撃により、九神軍は思わぬ苦戦を強いられることになるのだった。



▽第五章 銀幕市時間 十一月二十二日 午前十時▽

 全方位から鬼王軍歩兵が迫ってくる。
 そう報告を受けた空瀬は、盛大に顔をしかめた。包囲を縮めることに何の意味があるのか計りかねたのだ。
「シャルーン客将と千淕将軍は?」
「すでに城壁の防衛へと向かっておられます」
 昨日と違い砲台の数は倍に増えている。力押ししようにも無理なことくらい相手にもわかるはずだ。
「いかに思う?」
 空瀬はその場にいたジナイーダとルークレイルに意見を求めた。軍師不在のため、彼らが相談役となっている。
「榴弾砲の防衛線を突破する方法がある、ということだろうな。でなければ、進軍する意味がない」
 ルークレイルも腑に落ちない顔でしきりに考え込んでいる。ジナイーダが「空か?」と疑問を投げかけた。
「たしかに我々の世界には術士が召喚する魔鳥なるものがいるにはいるが……」
 魔鳥は主に上空から槍を投擲して攻撃してくる。砲撃手を狙い、操る者を始末することによって砲台を無力化しようとしているのかもしれない。
「それだったら、俺が手配した武器に機関砲台も含まれている。榴弾砲台ほどではないが、すでにシャルーンがそれなりの数を準備しているはずだ。じゅうぶん対処できると思うが、思い知らせるチャンスとまでとらえていいのかどうか……」
「先の戦で、そのシャルーン客将が魔鳥をだいぶ撃ち落としておるからな。鬼王軍も、さすがにそこから学んでおるとは思う」
「では、空から攻める作戦ではない、と?」
 ジナイーダの再確認に、空瀬もルークレイルも黙り込んでしまった。断言できるほどの確証はないということだ。
「早急に決定せねばならぬのは、迎撃に出るか出ぬか、だな」
 空瀬が議題を転換する。はっきりしないことに、かかずらわっているほどの暇はない。
「城内はすでに手を打ってある。住民はすべて町の一区画に集めて、守備兵が護衛についているし、罠も仕掛けてある。騎兵隊は城の守りとして城外に出した方が戦力を有効に活用できると、俺は考える」
 空瀬がジナイーダの方を向くと、彼女も同意するように首肯した。
「ささやかながら、私もいくつか防衛手段を講じさせてもらった。あとは、城内は大丈夫と信じるほかない」
「では、杷准将軍に出陣を命じよう」
 敵の意図が不明であるという一点に不安を残したまま、騎兵部隊は牽制のため城外へ出ることとなった。

 城門から出た杷准たちが目にしたのは、歩兵と攻城兵器の混成部隊が土煙をあげつつゆっくりと近づいてくる様だった。
「まだあんなに残ってたのか」
 くやしそうに言ったのは太助だ。赤竜に変化してたくさん投石器を壊して役に立ったと思ったのに、焼け石に水であったことを悟ったのだ。それほどに城攻兵器の数は多かった。
「よーし、もう一度――」
 さっそく変化しようとする太助を、ハンスが押しとどめる。
「待て。昨日は相手の意表を突いてうまくいったかもしれんが、今日もまた同じ手が通用するとは限らないぞ」
 初見では法術兵器の一種と勘違いされ威嚇効果の高かった変化も、二度目は通じないだろう。
「そんなこと、やってみなきゃわかんねぇだろ」
 食ってかかる太助に、ハンスは冷静に返した。
「確かに太助は、投石器をいくつも破壊した。だけど、兵士はひとりも殺してはいない」
「だ、だからなんだってんだよ!」
 太助がじたばたと暴れると、闘夜がその頭にぽんと手の平を置いた。
「太助が殺す気がないことを相手は知っている」
 その場では混乱していた小鬼たちも、太助に殺意がなかったことに気づいていておかしくない。赤竜があれだけ炎を吐き散らかしていたのに、火傷を負った兵士はひとりもいなかったのだから。
「うぅ……それでも、おれは行くぞ」
「もちろんや。誰も太助を置いていくやなんて言うとらんやろ。ここは、太助の予約席や」
 晦が、言いながら、自分の乗る馬の鞍を叩く。
 太助は、ぱあっと顔を輝かせると、「おう」と晦の前に跳び乗った。
「さ、どうなるかわからへんけど、みんなで生きて帰ってこようや」
 騎兵部隊は二度目の戦いを開始した。

 シャルーンは鬼王軍の動きに、きな臭さを感じていた。戦術にそれほど明るくない彼女でも、全軍をして攻め寄ることが愚かしいことに思える。
「この進軍スピードだとすぐに迎撃ラインまで到達するわね」
「シャルーン千人長、どういたしましょう?」
 インカムの操作にも慣れた百人長たちが指示を仰ぐ。
「迎撃部隊が出撃した北側以外は、予定通りの位置で迎撃して。北側は味方を巻き添えにしないように、こちらの指示を待ってちょうだい」
 各百人長から「御意」の返事を受け取りながら、シャルーンは城壁上をあわただしく移動する。こういうとき、鎧の重さが堪えるが、自らの目で確認することも大事なので贅沢は言っていられない。
「前回のように弾切れだけは心配しなくてよさそうだけど――」
 ふと、晦たちのことが気にかかった。いくら強者の彼らといえど、あの数を撹乱できるのだろうか。
 遠く見透かすと、今まさに晦ら遊撃部隊が敵歩兵と鉾を交えるところだった。
 彼らが帰ってこれる場所を守らなければ。
 突如として爆音が轟いたのは、シャルーンがあらためてそう決意した時だった。
 最初、部下の誰かがあやまって砲撃を始めてしまったのかと思った。そうであれば、想定内の出来事であり、舌打ちひとつで済む。ところが、事態はもっと深刻なものであった。
「城壁内で、爆発?!」
 城下町の一画から黒煙が立ち上っていた。
 飛来音は聞こえなかった。ということは、爆弾や手榴弾の類だ。前もって仕掛けられたものか、はたまた敵が城下に潜んでいたのか。
 シャルーンの足が城下町に降りる階段へと向きかけた。
 それを引き留めたのは、部下たちの動揺した声だった。
「せ、千人長、今の炎は?!」
 インカムから次々と不安の声が押し寄せてくる。
 シャルーンは、目を閉じ心を落ち着かせると、つとめて平静に応えた。
「心配しなくてもいいわ。城下には他の客将たちが守りについているから。私たちは私たちの任務を果たしましょう。私たちが気にかけるべきことは、城の外にいる歩兵たちをいかに城に近づかせないか、よ」
 自分にも言い聞かせるようにシャルーンは断言した。

 爆発を確認するとすぐに、ルークレイルとジナイーダは宮殿の外に駆け出していた。
「やはりマツタケ狩りの際に仕掛けられていたか?!」
 ジナイーダがぎゅっと唇を噛む。
「侵入者ではないと決めつけるのはまだ早い」
 ルークレイルも厳しい表情だ。
 二度目の爆発が起った。一度目と近いが、また別の場所だ。
「爆発同士が近い。侵入者が移動しながら破壊しているのか? 火の手が上がっているぞ。延焼を防がなければ」
「大丈夫だ。火災に備えて、城内の井戸にはすべてモーター付きポンプと消防用ホースを備え付けてある。歩兵たちに使用法を伝えてあるから、すぐにでも消火活動を始めるだろう」
 ルークレイルがまたもや準備の良さを発揮する。
「そうなれば、あとは侵入者の排除か。私は作戦ベースへ移動する。各所に据えた監視カメラの映像を確認し、トラップを発動する」
 言うが早いかジナイーダは宮殿内部へ舞い戻る。
「動きが派手すぎる。陽動の可能性もあるから、一カ所に集中せず全体を監視してくれ」
 ルークレイルの要請に「わかっている」と遠くから返事をするジナイーダ。
「さて、と」
 自分自身はどうするべきか。もちろん決まっている。
 侵入者が銀幕市民であれば、この世界の兵士では歯が立たない可能性が高いのだ。
「せめて、敵の規模は少数であってくれよ」
 祈るように呟いて、爆発あとの黒煙目がけて走り出した。
 
 とある民家の屋根のうえで、もぞりと何かが動いた。
「――ったく、うるせぇな」
 眠たそうに目をこすりながら、それは起きあがる。
「んあ? 焦げ臭ぇな、おい」
 くんくんと鼻を鳴らす。
 きょろきょろとあたりを見渡し、ようやく状況がつかめてくると、
「あーあ、めんどくせぇ」
 それは大あくびをして、立ち上がった。



▽第六章 銀幕市時間 十一月二十二日 午前十一時▽

「千人長! こちら南側城門です! もう保ちま――」
 断末魔の叫びと銃声とがインカムを通して耳朶を打つ。
「南側城門! 誰か状況報告を――」
 言いかけて、シャルーンは舌を噛みそうになった。爆風が左半身を揺らしたからだ。彼女の左腕には、巨大な方形の盾へと形状変化させた金属がある。にもかかわらず、これだけの衝撃がきたのは、迫撃砲を受け止めたからだ。
「まだ撃ってくるの?!」
 第二波が着弾する。
 自重だけでは支えきれないと悟り、鎧の脚部を楔状に変え、石の足場に突き立てた。
「客将が受け止めている間に、法術で応戦せい!」
 千淕の号令が響き、白光がシャルーンの頭上でアーチを描く。破砕音とともに、砲撃がやんだ。
 開戦からおよそ一時間。九神城は混乱の渦中にあった。
 接近する歩兵には榴弾砲撃によって、上空より飛来する魔鳥には機関砲の斉射によって対処をするというのが、シャルーンの立てた基本戦術であった。防衛ラインを超えた敵軍に対して、訓練された弓兵たちはそつなく砲撃を加え、術士たちが召喚した魔鳥が槍の雨を降らせても、機関砲台をあずかる者たちがそれらを見事に撃ち落としていった。ここまでは作戦どおりであり、すべて順調だった。
 戦況が一変したのは、九神城下に小隊規模の軍隊が出現してからだ。
 どうやって侵入できたのかわからないが、彼らはマシンガンやロケット砲などの現代兵器を使い、内側から攻撃を仕掛けてきた。北と南の城壁が標的となり、シャルーンのいた北側はなんとかもちこたえたものの、南側は壊滅的なダメージを受けていた。
「ここから見てもわかるな。ほぼ全滅しておる」
 法術隊を率いて南門へと走る千淕は憤怒の形相だ。
「かといって、放っておくわけにもいかないわ」
 その隣でシャルーンも駆けている。
「もちろんじゃ。このままでは中から城門を開けられてしまう」
 シャルーンは決断を迫られていた。自らが考案した策だが、実行するには十分な熟慮と多少の勇気がいる。早計だった、では済まされないのだ。
 東門と西門はよく耐えている。百人長がうまく指揮を執っているのだ。地上軍を一歩たりとも近づけず、魔鳥もあらかた始末し終わっていた。北門の部隊も、ようやく背後からの敵に怯える必要がなくなり、体勢を立て直しつつある。ここで南門を守りきれば、なんとかなる状況にまで回復してきていた。
 不意にシャルーンが足を止めた。
 何事かと千淕を含めた法術兵たちも停止する。
「どうした?」
「……千淕将軍、例の策を使います」
 一瞬、太い眉を跳ね上げた千淕だったが、すぐに「それしかないか」と同意した。
 シャルーンが鎧の胸当てを変形させ、そこから服のポケットに手を差し込む。小さなメカニズムを取り出した。それは、いわゆる起爆装置だった。
「やるわ」
「よかろう。もはや生き残りもおらぬじゃろうて」
 シャルーンは思い切って装置のボタンを押した。
 南門が一気に崩れ落ち、その近辺にいた侵入者たちも巻き添えになる。城壁上にあった砲台の弾薬が誘爆を起こし、さらに破壊が連鎖した。
 もしものときのため、城壁には爆薬が隠してあったのだ。シャルーンの秘策であり、最終手段でもあった。
「いっそ小気味よいわ」
 千淕が大笑する。
「いきましょう。一時しのぎに過ぎないわ。瓦礫を乗り越えて、敵軍が侵入するのを防ぎます」
 一時的に南門を守った代償として、今度は彼女ら自身が肉の城壁として身を挺さなければならないのだった。

「くそっ! これで最後か!」
 ジナイーダは彼女にしては珍しく口汚くののしった。
 宮殿に作った対策ベースには、各所に設置した監視カメラのモニターとトラップを発動させる装置が置かれていた。それらを駆使して、侵入者を撃退していた彼女だったが、ついに最後のトラップを破壊されてしまったのだ。
 ジナイーダが取り付けたセントリーガンは三名の侵入者を血祭りに上げたが、すでに弾切れだ。ルークレイルが仕掛けたマシンガンや手榴弾の遠隔操作型トラップもすべて打ち止めだった。
「この一時間でようやく十名か」
 彼女は倒した敵の数に歯噛みする。たかが十名程度では無駄のように思われた。
 彼らは侵入者というよりは侵略者の規模で攻めてきた。監視カメラで確認できただけでも四十名以上はいる。一個小隊に匹敵する数だ。
 数十分前に、ルークレイルと無線で交わした会話がよみがえる。
「この数と装備は……まるで軍隊だ」
 カメラの映像に驚愕するジナイーダに、ルークレイルは苦渋をにじませてこう答えた。
「俺たちは、暗殺者の類が紛れ込む程度のことを想定していたが、甘かった。俺たちはまず、第二の出入り口について調査すべきだったんだ」
「たしかに、これだけの人数がこの短時間で侵入できたとなると、この城下のどこかに銀幕市役所ではない、もうひとつの通路があると考えるのが妥当だろうな」
「俺は第二の通路を探しながら、敵を減らす。ジナイーダは、そこからトラップを使って敵を減らしてくれ」
「了解した。ルーク……死ぬなよ」
「ギャリック海賊団は不死身さ」
 ジナイーダは胸ポケットから煙草を取り出し火をつけた。
 攻撃手段を失った以上、ムービースターである自分が率先して敵に当たるしかない。銃に刀では、九神軍の方が圧倒的に不利だ。それに、まだ襲われてはいないようだが、戦う術を持たない者たちもまた、この町には存在するのだ。
「さて、いくか」
 最後になるかもしれないロスマンズ・ロイヤルをゆっくり味わうと、ジナイーダは宮殿の外に出た。
 彼女はエージェントであり、戦闘は現役ではない。それでも、侵入者のひとりやふたりは倒せるはずだ。
 細身の片手剣フランベルジェを抜いて、あたりの気を探る。すぐに、こちらに近づく気配に突き当たった。
 見ると、負傷した九神兵が銃撃を受けながら、逃げてくる。マシンガンを乱射する男は、まだこちらに気づいていないようだ。
 男が兵士にとどめを刺す間に、静かに接近して男を仕留めるか。今にも息絶えてしまいそうな九神兵を助けるか。
 逡巡は刹那。
 飛び出したジナイーダは、フランベルジェを構え、負傷兵を背後にかばった。命を奪うことより、命を守ることを優先させたのだ。その結果、自分の命が消え去ろうとも。
「女、か」
 マシンガンの銃口を、ジナイーダの心臓の位置に据え、男が漏らす。その台詞に感情はこもっていない。
「客将殿! お逃げくだされ!」
 ジナイーダを押しのけようとした負傷兵は、傷口が温かな光に包まれていることに驚いた。彼女の薄い唇から呪文が流れている。治癒魔法をかけているのだ。
 その様子を見て、男は気が変わったように、銃身を下げた。
 訝しむジナイーダの右太股に弾丸が撃ち込まれる。血がしぶき、片膝をつく。
「我らが尊師様はおっしゃった」
 男はやはり無感情だ。
「この世界には秩序があると。だから、この世界は映画の秩序に従ってハッピーエンドにしか終わらないと」
 銃口が火を噴き、ジナイーダの肩で肉が爆ぜた。
「なにをごちゃごちゃと。早く殺したらどうだ?」
 ジナイーダは治癒魔法の行使をやめず、苦痛に歪んだ顔で笑みすら閃かせた。
「俺は本当にそうなのか確かめたいんだ。この世界が――あんたがハッピーエンドに終わるかどうか」
 今度こそ男の狙いはジナイーダの脳天だ。
「客将殿!」
 負傷兵が前に出る。
「やめ――」
 ジナイーダの言葉と銃声が同時。
 死を覚悟した兵士とジナイーダは、いまだ生きていることに違和感を感じつつ、男を見やった。
「……こ、れが、秩序の力、か」
 どさりと倒れ伏した男の背後から、
「よぉ、無事か?」
 呑気に煙草をふかすミケランジェロの姿が現れた。

 ミケランジェロは喧噪渦巻く城下町をふらふらとうろついては、見つけた敵を仕込み刀でひとりずつ始末していった。完全に隠密行動をとっていたため、敵に見つかるどころか、ジナイーダの監視カメラにも映らなかったのだ。
 その秘密は、戦の前に彼が描いたグラフィックアートにあった。
 彼の描いた絵は実体化する。彼が扉を描けば、それは扉となり。彼が魔物を描けば、それは魔物となる。
 ミケランジェロは、様々な場所に描いた扉の絵同士をつなげて、移動していたのだ。瞬間移動とも呼べるこの方法を使って、神出鬼没を装っていた。また、複数の敵を一度に相手するときは、動物などを実体化させて共に戦っている。
 ジナイーダとの情報交換を終え、ミケランジェロはルークレイルを捜していた。彼が第二の通路を探しており、それを発見して封印しなければ、敵が無尽蔵に押し寄せる可能性があると聞かされたからだ。
 ジナイーダが倒した敵が十名、ミケランジェロが倒した敵が――正確には数えていないが――十名前後だったと思われた。城門を襲った者たちもいたようだが、先ほど南門で大規模な爆発があり、それから城壁上には敵影はない。そちらでも大分数を減らしているはずだ。完全に駆逐できるまであと一押しというところまできているだろう。
 実際に、戦闘は散発的になってきていた。
 ルークレイルは戦いながら探索しているはずだ。戦闘の喧噪を追えば、いつか出会えるはず。
 果たして、ミケランジェロの推測は当たった。扉を三つ移動したあとに、マシンガンで武装した侵入者二名と激しい銃撃戦を繰り広げているルークレイルを発見したのだ。
 ミケランジェロは、兵士二人が潜んでいる建物の壁から、アーティスティックな犬の落書きを実体化させた。犬はそのまま兵士たちに襲いかかる。
「今だ!」
 ミケランジェロが合図を送ると、ルークレイルもそれに気づき、二人は並んで特攻し、仕込み刀とサバイバルナイフでそれぞれひとりずつを仕留めた。
「ありがとう。しかし、ミケランジェロ、いったい今までどこに?」
 ルークレイルの質問に、ミケランジェロは頭をかくしかなかった。
「説明するのがめんどくせぇ。とにかく、ジナイーダに頼まれた。あんたといっしょに第二の通路ってやつを探してくれ、ってな」
「なるほど」
「なにか手がかりは?」
 ルークレイルは顎に手を当てしばらく考え込んだ。彼とてこれまで無為に捜索してきたわけではない。最初に爆発が起った場所からはじめ、敵の動きの元をたどり、ある程度見当をつけて探したつもりだ。
「敵も無能ではないからな。自分たちの行動から位置が特定できないよう動いているということだろう。となれば……」
 あとは、敵自身に案内させる方法もある。つまり、捕虜を捕らえて尋問するのだ。
「自分からしゃべりそうな奴は見かけなかったぜ」
 ミケランジェロが肩をすくめる。ルークレイルも同意見だった。侵入者たちは、自白するくらいなら自決する覚悟くらい持ち合わせているに違いない。
「そうだな……第二の通路は奴らにとって最も重要な施設だ。守りについている可能性が高い」
「動かずにじっとしてる奴がいるとこに通路があるってことか?」
 ルークレイルはうなずいた。
「問題は、それをどうやって探すか、だな」
 結局は堂々巡り。
「方法ならあるぜ。ちと疲れるけどな」
 ミケランジェロがにやりと笑う。彼の言う方法とは、動ける落書きすべてを一斉に実体化させ、それらに探させるといったものだった。
「できるのか?」
「たぶん力をすべて使い切っちまうけどな」
 ミケランジェロはすぐさま精神集中に入った。極限まで力を振り絞ったとき、彼の背に焼けただれた翼が輝く。左から右へ、手にした絵筆を振ると、七色の雫が飛び散った。途端に町中の落書きたちが光を放つ。
「さぁ、俺たちの捜し物を見つけてくれ」
 何十という数の動物や謎の生物が二次元の世界から抜け出し、三次元の世界を闊歩する。さながら百鬼夜行か鳥獣戯画といった感じだ。
 ルークレイルも壮観な光景に口笛を吹いた。
 五分も待ったころ、一羽の小鳥がミケランジェロの肩にとまった。耳元でさえずる鳥類の言葉がわかるらしく、彼は熱心に耳を傾けている。
「ありがとよ」
 ミケランジェロがふっと息を吹きかけると、小鳥はかき消えた。と同時に、町中から魔法の生き物たちの気配も消え去る。
「武装した男がひとり、民家の扉の前にじっと座ってるのを見つけたそうだ」
「ビンゴ」
 ミケランジェロとルークレイルは、体力と気力を振り絞って、その場所へと向かった。

 イシヒ将軍は苛立ちを隠せずにいた。
 どこでどう間違えたのだろう。なぜあれほど優位に立ちながら、城を落とせていないのか。それどころか、押し返されているではないか。
 『計画者』佐野原冬季の使いの者と名乗る男の策に乗り、城の内と外から九神軍を挟撃をした。城内から黒煙がのぼり、城壁からの攻撃が減ったときには、しめたと思った。南門が破壊されるに至り、勝利を確信した。
 ところが、いつの間にやら空にのぼる煙の柱は一本また一本となくなり、瓦礫の山と化した南門を越えることもできないでいる。
 このまま押し続けても突破は難しいだろう。それに、これ以上は戦力を浪費できない。策を練り直す必要があった。
「役に立たぬ者どもめ!」
 イシヒは昨日の自分の失敗を棚に上げ、佐野原冬季の使いの者たちを罵倒した。
「こうなった以上は、兵糧攻めに策を変えるしかあるまい。アヤカシどもをじわじわと追い込んでやろうぞ。しかし、その前に……」
 イシヒは自ら指揮する歩兵部隊が取り囲んでいる九神騎兵隊を見やり、敵愾心剥き出しの口調で叫んだ。
「せめて奴らは皆殺しにしてくれようぞ! でなければ、気が収まらぬわ!」
 
 杷准率いる騎兵隊は、その機動力を活かして敵軍を撹乱することが主目的の部隊だ。初日の戦いのように、戦力を削っては砲撃の届く安全な位置まで退却し、また出撃しては適度に退くことを繰り返すのが常道だ。だから、今回のように、砲撃の射程範囲を無視して進軍された場合、敵の軍列を押し返す力もなく逃げ込むべき場所も奪われた彼らに、為す術などなかった。
「すぐさま包囲殲滅されるが明らか」
 杷准が出陣前にそう告げたことからも状況の悪さはうかがい知ることができた。
 それでも、ここまで生き残ることができたのは、ひとえに銀幕市民の奮闘によるところが大きい。
 晦と太助は防御に専念した。
 晦の宝玉の力は、操作、つまり小鬼たちの動きを操るものだ。この能力は、刀であろうが槍であろうが弓矢であろうが、すべての攻撃を無効化できる。それどころか、同士討ちにもちこむことによって、攻防一体の効果が得られる。もっとも効率の良い働きをしているのは彼と言えるだろう。
 ただし、宝玉を使うことは相応の体力を消耗する。高天原会戦では、力を使い果たし、小狐の姿に戻ってしまった経験もある。
 馬上で晦の身体が斜めに傾いだ。
「――っ?! まだや! まだ倒れるな、わし!」
 自分自身を叱咤激励する。
「おい、大丈夫か?」
 心配そうに声をかけてきた太助に、「今度はわしら狐の一族が活躍したる言うとったやろ」と精いっぱいの虚勢を張った。
 数ヶ月前にこの世界にきたとき、力及ばず、たくさんの命が失われる様をまざまざと見せつけられた。現実に打ちひしがれ、惨めな姿をさらした。
「あんな想いはもうたくさんや!」
 ひときわ強烈な赤光が宝玉から放たれた。
 太助は、術を行使する間無防備となっている晦を、守る役目を果たしていた。変化による威嚇効果がない今、巨大な鋼鉄製の盾となって、文字通り身体を張っているのだ。もちろん近くにいる味方に危機が訪れた際にはそちらも守らなければならない。引き受けるべき攻撃がなければ、鳥の姿になって飛び回り、敵兵を撹乱したりもした。
 太助がその気になれば、効率的に、一方的に相手を虐殺することも可能だ。変化の能力とは、それほどに応用の利く無敵の能力のはずだ。
 だが、彼はそれをしない。思いつきもしないだろうし、もし誰かに提案されたとしても実行することなどありえないだろう。
「みんな、矢が飛んでくるぞ。俺のうしろに隠れろ!」
 誰かを守ることが幸せにつながると信じている。
 ハンスと闘夜は攻撃に専念した。
 闘夜は鎧も帯びずに戦っているので、あちこち傷だらけで服もぼろぼろだ。気むずかしい顔で疲労ひとつ見せずに武器をふるう姿は、まるで鬼神だ。
 大鬼が馬上より繰り出した槍を受け流そうとして、体勢が崩れた。珍しく闘夜の眉が驚きに跳ね上がる。彼のせいではない。馬が前脚を折ったのだ。
 そこに、再び槍が突き出され、馬の首をつらぬいた。
 闘夜は鞍上から身を投げ出すと、棍棒で大鬼を馬上からたたき落とした。そのまま、棒高跳びの要領で、敵の馬に乗り換える。
 痙攣して血の泡を吹く軍馬に「ごめんな。ありがとう」と短く言葉を贈り、闘夜は耳のピアスをすべてむしりとった。ピアスは霊力の制御装置であり、彼の力を常に一定量食いつぶすものだ。それらをはずすということは、彼の本気を示している。
「おいおい、ようやく本気かよ。巻き添え喰わねぇようにしねぇとな」
 鬼駆夜がヒヒヒと楽しそうに笑う。いざとなれば闘夜のことを助けるのだろうが、まだ笑える余裕があるようだ。
 ハンスは、小鬼たちを難なく斬り伏せながら、思いをはせる。
 また、こうしてこの戦場に足を踏み入れる事になるなんて思いもしなかったけど。自分がどれほど役に立つのかわからないが、手を貸しておきたい。
 彼の周囲には大鬼、小鬼が群がっている。死神の異名が恩恵を施していたのは、昨日だけだった。数の力が恐怖を消し去ったのだ。いかに死神とて、数でかかればいずれ力尽き果てるに違いないと。
 果たして、死神という名の恩恵はハンスに対するものであったろうか。もしかしたら、奇族たちに対する恩恵だったのかもしれない。なにせその名を信じていれば、ハンスに近寄らずに済んだのだ。そして、近づかなければ、屍となることはなかったはずだ。
 ハンスを中心に、数メートル四方は死屍累々たる有様だった。
「どうやら守りきったようだな」
 ハンスは人外の視力で、九神城下からわき上がっていた黒煙が消えつつあること、持ち直した城壁守備隊が歩兵どもを薙ぎ払っていることを確認した。
「杷准将軍!」
 杷准のそばまで馬を走らせ、「そろそろ撤退すべきだ」と伝えた。
「しかし、この状態で撤退など……」
 杷准も一軍をあずかる武将である。城を守るため、ここで果てることを考えていた。完全に包囲されているのだから、逃げようなどないのだし。
「俺が血路を開く」
「いくらおぬしでも無茶だ!」
「そうでもないで!」
 駆け寄ってくるのは晦と太助だ。
「わしが最後の力を振り絞って、囲みに手薄な場所をつくる。そこをハンスといっしょに突破するんや」
 杷准は、むぅとうなったきり黙ってしまった。
「俺が殿(しんがり)を受け持とう」
 馬を寄せてきたのは闘夜だ。
「いざとなれば、こいつが手を貸してくれる」
 鬼駆夜が見えない杷准は、意味がわからず顔をしかめた。
「俺も闘夜といっしょにいくぞ」
 太助が馬から馬へぽにょんと移動した。
「俺には裏技があるからな!」
 ぽんと自慢のお腹を叩く。
「最後の希望がなくなるまで、やってみるのが男ってもんだろ?」
 太助が大まじめに言うものだから、杷准はなんだかおかしくなった。
「まさか狸に説教されるとはな……よかろう! 全軍撤退!!」
 まずは晦が馬を捨て鳥に姿を変えた。
「変化の術はなにも狸一族の専売特許やあらへんで!」
 朱色の隼が風を切って、城へと、皆のもとへと飛んでいく。
「全力で駆け抜ける」
 ハンスが手綱を引き馬首を巡らせる。一対の人馬は、赤い流星を追う、黒い弾丸と化した。
「死ぬなよ」
 そう言い残して、闘夜がふたりとは逆の方向、軍隊の最後尾へと向かう。
 太助は声を大に叫んだ。
「みんな、空を見ろ! 赤い鳥についていくんだ!」



▽第七章 銀幕市時間 十一月二十二日 午前十一時三十分▽

 瓦礫の山となった南門に、シャルーンは仁王立ちしていた。鬼王の歩兵たちが背を向け、退却していく様子を見つめている。
 彼女はここに降りてくる前に、近場にあった機関砲台の金属をすべて取り込み、さながら重機のようなパワードスーツを形作った。四脚を城壁に突き刺し、壁を垂直に歩きながら距離をショートカットし、今まさに城内に侵入しようとしていた鬼王軍の眼前に飛び降りたのだ。
 その異形さに小鬼たちは一斉に浮き足立った。
「血祭りにあげられたい者からかかってこい!」
 そう叫び、右手のガトリング砲を地面に向かって乱射した。小鬼どもは恐れおののき満足に戦うことができなかった。
 そののち、千淕ら法術兵も到着し、見事南の城門跡を死守したのだ。
「今日も一日長かったの」
 千淕がまたもやどこに隠し持っていたのか、酒徳利を傾けて言った。
「まだ、これからだわ。明日に備えて、塹壕を造らないと――」
「やれやれ、戦女神殿はせわしないの」
「働き者だと言ってほしいわ」
 ふたりは血と埃にまみれた顔で、しばし笑い合った。

「よぉ」
 ミケランジェロが片手を挙げて挨拶をした相手は、侵入者たちのリーダーだった。
 彼は、銀幕市へとつながる民家の扉の前で力無く座り込んでいた。
「ミケランジェロ、油断するな」
 ルークレイルの銃口はしっかりとリーダーの額に向けられている。
 ミケランジェロは「へいへい」とわかったのかわかっていないのか、それこそわからない調子で返事をかえすと、無防備に近づいていった。
「おい!」
 仕方なくルークレイルも後に続く。
「ミケランジェロ、それにルークレイル・ブラックか」
 リーダーが顔を上げた。どんよりと濁った瞳は、死魚を思い出させた。
「俺たちのことを知っているのか?」
 用心深くルークレイルが訊ねる。
「知っているさ。銀幕ジャーナルに載っていることならなんでもな」
「いったいお前たちは何者なんだ? 目的は?」
 尋問するルークレイルを無視して、リーダーは拳銃を自身のこめかみに当てた。
「俺たちは尊師様の御期待に添えなかった……」
「待て!」
 ミケランジェロが手を伸ばす。
 それが届く前に、銃声が鳴った。
 振り返ったのは、銃声がリーダーのものではなく、ルークレイルのものだったからだ。
 ルークレイルは肩をすくめて言った。
「麻酔銃だ。この男には聞かなければならないことがあるからな」
 どこまでも準備のいい男だった。

 赤と黒の刃は、見事に鬼王軍を斬り裂いてみせた。
 晦が通ったあとには奇族同士が相打った道ができ、ハンスが通ったあとには奇族たちの死体の道ができた。
 彼らに続く騎兵たちはほぼ無傷で、敵のただ中を通り抜けることができたのだ。
 しかし、それは前列の場合であり、後列はそうはいかない。長く伸びきった軍列の後方までは、晦の宝玉の光も、ハンスの長剣の先も、届かないのだ。
 そこは闘夜が守り抜いた。自分より後ろには味方がいないため、霊力の暴走した術も遠慮無く使える。なにより、なんの気まぐれか、鬼駆夜も参戦したことが大きかった。なんだかんだで闘夜に死なれてもらっては困るのだ。
「おまえらを見てたら、オレも身体を動かしたくなってな」
 とは大鬼に憑依して大暴れたしたあとの鬼駆夜の談だ。
 それでも限界がある。
 闘夜と鬼駆夜の限界ではない。一般の兵士たちの限界だ。
 あと少しというところで、疲労のあまりなかなか前に進めない兵士たちが出始めたのだ。
「我らのことは置いていってくだされ」
 そう主張する彼らに、太助が黙っていなかった。
「とっておきの裏技を見せてやるぞ!」
 九神城を巡る攻防戦はこの後、鬼王から停戦の伝令が到達する二十七日まで散発的に続くこととなるのだが、その間奇族たちが二度と総攻撃を仕掛けることができなかった要因として、この超必殺技が語り継がれることになる。
「巨大変化!!」
 太助がロケーションエリアを展開する。
 小山ほどもある巨竜の出現に、イシヒ将軍も兵士たちも全員が肝を潰された。
 散り散りに逃げまどう奇族たちを見下ろし、太助は「がおー!」とさも恐ろしげに叫び声をあげたのだった。
 
 こうして、十一月二十二日の戦いは終結した。
 銀幕市とこの世界とをつなぐ二つ目の扉は、ミケランジェロの魔法によって封印され、謎の組織はぱたりとなりを潜めることとなった。
 そうなればあとは、当初の予定どおり、銀幕市からの補給を存分に受けた九神城に死角はない。
 二十七日に鬼王軍から停戦の申し出があり、空瀬は喜んでそれに応えたのだった。

クリエイターコメントまずは私事により納品が大変遅れてしまったこをお詫びします。


さて、ようやく鬼王軍の誤解も解け、人族と奇族とは真の平和へと向けてともに手をたずさえることができそうです。これもPCの皆様の活躍のおかげです。

今回のシナリオにおいて、一番の正解と決めていたのは、第二の通路の存在でした。
ほぼノーヒントの状態でしたので、そこをプレイングにて押さえられた場合、無条件降伏するつもりでいました。
そして、関連ノベルとして謁見シナリオを読んでいただければわかるように、その点に触れてらしたのはレイ様だけでした。
ところが、レイ様が参加されているのは、謁見シナリオであって守城シナリオではありません。そこで、守城シナリオでは、侵入者によって城に大打撃が与えられたことになっています。

次に、遊撃部隊の攻城兵器破壊方法です。
みなさんいろいろと知恵が絞ってあったのですが、決定的な方法がなかった(太助様の方法は主に威嚇ですし、晦様は補佐メインでした)ので、そこそこ壊せたけど、あまり意味がなかったという程度になっています。

城内の守りに関しては、民衆を守るという行為を正解としていました。
侵入者たちは民衆を虐殺してまわるはずだったのです。しかし、この点は、ルークレイル様とジナイーダ様の両方のプレイングにて阻止されてしまったため、民衆はひとりも死んでいないことになります。
細かいところでは、町に火を放つ予定などもあったのですが、ジナイーダ様の監視カメラや、ルークレイル様の防火準備、ミケランジェロ様の落書きによりいろいろ未遂に終わりました。

城壁の守りは、シャルーン様しか選択されたPCがおらず、大活躍となりました。
プレイングに特に死角もなく、さらには城壁爆破という最終手段まで記入してありましたので、さっそく使わせていただきました。
守備に関しても成功ということになります。

最後に、遊撃部隊の裏技です。
これは、晦様の鳥変化と太助様の超必殺技が特に効果的と思い使わせていただきました。
これにより全員が無事に城へ帰還できたことになります。


主な判定個所はこの五つです。五つのうち四つがほぼ成功していますので、シナリオ全体としては成功ということになっています。
ただし、ひとつ目に挙げたポイントの大正解がなかったため、大成功というわけではありませんでした。

これにて空瀬と鬼王の戦いは終結したことになります。
しかし、もちろん、尊師とその一団の件がまだ未解決のまま残っています。アヤカシの城の次なる展開にご期待ください。
公開日時2008-12-05(金) 19:30
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