★ Tu fui,ego eris. ★
<オープニング>

 月が雲間に出たり入ったりと忙しない、ある夜のこと。
「え、うぇ……お前、何。誰よお前」
「あっは、マジモンに会えるてホンマやってんな。すっげーすっげー」
 戸惑う男と浮かれる男がいた。
 どうやら暗がりの中で言葉を交わしているようで、姿は殆ど見えない。けれども不思議なことに、聞こえてくるふたつの声はとても似通っていた。怯えきった片方の声と、それを嘲笑うかのようなもう片方の声。調子は正反対であるものの、一人で二役をやっているようしか聞こえない。
「あんなあ、オレはお前。ついでにお前はオレ。分かる?」
「分かるかァ! 何やねんお前! オレはオレや!」
 不可解な一人芝居は続く。片方はなおも怯え、もう片方はそれを苛立たしく感じているようだ。
「……らしくないなァ。何しとんお前。っつかオレか」
「何でお前に言われんとあかんねん……オレらしいって何よ大体!」
「今更やな。好きにやれやってバースをスピットしたのはオレでお前。違うかー?」
 月が雲間から顔を覗かせた。青白い光が、スポットライトのように声の主を照らす。其処に居たのは、全く同じ顔をした二人の青年だった。


***


「ドロップチューンっていう映画、ご存知ですか?」
 困ったように頭を掻いたのは、対策課の植村直紀だ。印刷された資料を居合わせた面子に配ってゆく。
「二年前に公開された、ヒップホップグループ【NearFear】の自伝映画なんですけどね、メンバー全員が本人役をやったことで話題になったんですよ」
 植村の渡した資料は、どこからか見つけてきたドロップチューン公式パンフレットのコピーらしい。インディーズでならした関西から上京し、栄光を掴むまでのサクセスストーリーといったお決まりの映画のようだ。確かに、MCやDJといった「本人役」はいずれもメンバー自身が演じていた。ここで植村が深い深い溜息をつく。
「それでですね……困ったことに、この中からMCの一人が実体化しちゃったらしいんです。えーと写真の真ん中に写ってるメインMC、八木乾……通称KENさんですね。KENさん、ちょうど今プロモーションビデオの撮影で銀幕市にいらっしゃってて……。目撃した方もいるんですよ、その、言い争う、二人を」
 目撃者によれば、二人のKENは殆ど見分けがつかなかったという。熱心なファンならばあるいは、髪型や衣装から判断がつくのかもしれないが、ムービースターの方がどこかで服を手に入れてしまうとそれも困難になる。
「私は目撃情報を聞いただけで仔細は存じないので、ここからは推論になるんですが……」
 ひとつ断りを入れて、植村が複雑な表情で語りだす。
「本物のKENさん、きっと参ってしまってるんではないでしょうか。突然自分を名乗る人間が現れるだけでも相当なストレスでしょうし……」
 植村の言うことは尤もだった。創作で飯を食う人間にとって、自分がゆるぎなく自分であること……そう、アイデンティティの確立は生涯の命題と言ってもいい。
「それにこのままじゃ、プロモーションビデオの撮影が難航しますからね。ちょっと面倒かもしれませんが、KENさんを助けてあげてください。……どうぞ宜しくお願いします」

種別名シナリオ 管理番号789
クリエイター瀬島(wbec6581)
クリエイターコメント私の目の前に居る貴方は、貴方ですか?
初めまして、瀬島です。

さて、ドッペルゲンガーの如きムービースターに出会ってしまった哀れなMC、KENを「助けて」やってはいただけないでしょうか。

皆様の確固たる己が見えるプレイング、お待ちしております。

参加者
刀冴(cscd9567) ムービースター 男 35歳 将軍、剣士
リシャール・スーリエ(cvvy9979) エキストラ 男 27歳 White Dragon隊員
理月(cazh7597) ムービースター 男 32歳 傭兵
鬼灯 柘榴(chay2262) ムービースター 女 21歳 呪い屋
<ノベル>

「往来、来来、ライムライト照らす今宵のBodyLine……♪」
 鼻歌交じりに通りを流す男の姿があった。つい先日銀幕市に実体化したムービースター、その名もMC-KEN。映画【ドロップチューン】の主人公であり、ヒップホップグループ【Near Fear】のメンバーでもある。ムービースターなのだから厳密にはそう言えないだろうが、本人役であるKENにはNear Fearのメンバーだという自覚があった。
 実体化したことが嬉しくてしょうがないKENは、そこらをうろうろしては同じ境遇……つまりムービースターを探して歩いていた。陽気で人好きする性格、絶えぬ笑顔、旺盛な好奇心丸出しで街をゆくKENの姿を「本物」と勘違いした人々に握手やサインを求められることもあったが、それにも快く応じる。だが、誰も知らないし気づかない。「本物」のMC-KEN……八木乾はこの街の何処かでみっともなく蹲り、救いの手を待っていることに。

「なあなあ、あんたムービースター?」
「んあ? ……そうだが、それがどうかしたかい」
 誰彼構わずKENが声を掛けた中には、刀冴の姿もあった。興味津々で周りをうろちょろするKENの様子に、刀冴は何が何だか分からないと言いたげな表情を返すしかなかった。刀冴が困っていると、折り良く通りかかった弟分、理月が二人をつかまえる。
「あれ、刀冴さん。……と、そいつ誰?」
「あ、オレKEN。こないだ実体化したムービースターっつの? よっしくー」
「へえ、そうだったのか。来たばかりなら困ることも多いんじゃねえか?」
「そうねー……あ、困るっつかアレアレ。悩みならある」
 尤もらしい顔つきで、KENは二人に事情を説明した。映画【ドロップチューン】の話や、自分を演じた本物が銀幕市に来ていること、本物が自分を避けること。
「……ってワケよ。オレに嫌われてオレってば超ショック……!」
「事情は違うだろうが……理月、お前みてぇだな」
「だな……。ちょっと他人事じゃねえな、これ」
 理月は自分を演じた俳優、理晨を知っている。否、知っているだけでなく、傍らに無くてはならないとても大きな存在だ。
「話がしたいんなら、俺たちが探して連れてきてやろうかい?」
「マジで!? ちょ、ほんま恩に着るわ!」
 事情を飲み込んだ刀冴と理月は力強く頷いた。立場は違えど、二人にはKENの気持ちが理解出来る。それに、理晨と心を通わせる理月は信じていた。お互いの思いを伝え合うことさえ出来れば、きっと全てがうまくいくと。
「……あ、そういえば」
 思い出したように理月が付け足す。
「リシャールさん……俺の知り合いなんだけど。あんたのCD買ってたぜ? 好きなゲームのサントラだからとか言って」
「うお、マジでか。……そか、ファンの話だったら聞くかもしらんし。ちょっと探してみるわ!サンキュ、理月」
 屈託無く笑い頭を下げるKENに、刀冴と理月は任せとけと笑顔を返した。その温かさに、KENは言いようの無い安堵を覚える。銀幕市に実体化したことが嬉しいとはいえ、自分を生んだ乾に否定されることは、何をどうしても哀しかった。それを同じムービースターに打ち明けるだけでも心は軽くなったし、何より二人は銀幕市での生活を楽しんでいるように見える。もう一人の自分がどう思おうとも、自分も二人のように在れるかもしれない、そう思ってKENはまた少し笑った。

 そして舞台は夕方のミッドタウンに移る。聖林通りのゲームセンター【アミューズ】にて、一人音ゲーに勤しむのはリシャール・スーリエ。一連の手さばきには全く無駄が無い。正確なリズムでボタンを叩く度、お気に入りの南国風少年キャラが派手なダンスを見せる。【Near Fear】が奏でる軽快なBGMに身を預け、リシャールは無心でコンボを決めた。
「おー、すごいすごい。100コンボってオレでも無いわー!」
「……?」
 やがて最後の一音を叩き終え、Sランクのエンディング画面が流れ出す。それと同時に声を掛けられ、だるそうに振り向いたリシャール。その後ろに立っていたのは……KENだった。
「……あれ、あんたって……」
「お、ほんまに知っててんな! 嬉しいねえ」
 KENが理月の名前を出して事情を説明すると、リシャールは仏頂面の中にも僅かに納得したような表情を見せた。
「ふーん……。本物とムービースター……ね」
「何とか頼まれてくれへん?タダとか言わんし」
 コレあげるから、とKENが取り出したのは、さっきまでプレイしていた音ゲーのトレカだった。しかもリシャールが使っていた少年キャラのレアカード。
「……別に、いいけど」
「っし、交渉成立。よっしく! 恩に着るわ」
 トレカは欲しいけれど、リシャールがもっと気になったのは……理月と理晨、そしてKENと乾の奇妙な共通点だった。もう一人の自分。それを受け入れているかいないかの違いは、とても大きい。ハッキリ言えばリシャールは目の前のKENに興味など無い。乾とかいう男も、もう一人の自分を受け入れる、自分が惚れた理晨とは違う。だからそいつがどうなろうと一向に構わない。それでも引き受ける気になったのは、ひとえに、「理晨ならどうしただろう」そんな疑問が頭を離れないからだった。それとちょっとだけ、トレカも欲しかった。そんなことは億尾にも出さず、いつものように不機嫌な顔でゲームセンターを後にするリシャール。ただしKENという余計なお荷物が着いてきていた所為で、今日の彼は不機嫌顔に拍車がかかっていたことだろう。

 一方、その頃。
 夜が夕方を侵食してゆく曖昧な時間、逢魔ヶ時。ひゅるり、冷たい風が吹いていた。沈みかけた夕陽を背に、女が一人と男が一人。鬼灯柘榴が、本物……と言えば良いのだろうか、MC-KENを演じた【Near Fear】のMC、八木乾と対峙していた。
「お前今、何言うた……」
「ですから、貴方の最も大切なモノを頂く、と申し上げました」
「大切な……」
 震える声で柘榴の真意を問い質す乾。大切なモノ。命にも勝るモノ。今の自分に、胸を張ってそう呼べるモノがあるのか、無いのか、それすらも分からない。情けない顔で口を開けたまま、乾はただ柘榴を見上げるしか無かった。
「よもや貴方、ご自身にとって何が大切かお分かりで無いとでも?」
 これは困りました、と端正な眉を軽く顰めて柘榴は語調を強める。
「巫山戯るのも大概にしなさい、八木乾さん」
 突然フルネームを呼ばれ、乾はびくりと身を竦ませた。目の前の柘榴から、静謐な怒りを感じたゆえだ。柘榴の声には不思議な威圧感があった。名前を呼ばれる度、お前は誰だと問われているようで、乾には怖くて仕方が無い。お前は誰だ。お前は誰だ。お前は誰だ。それは自分自身が聞きたい問いかけなのだ。
「不安なのでしょう? 自分と同じ顔、同じ声の人間が居る事が。ならば呪って差し上げましょう、貴方の不安を取り除いて差し上げましょうと。そう申し上げております」
 呪いだなんて馬鹿げている。そんなものでこの恐怖が消えるものか。出かかった言葉をぐっと飲み込み、乾はまた柘榴を見上げた。
 柘榴は厳しい瞳で、へたりこんだ乾を見下ろしている。視線の先には乾の情けない瞳があり、口を結んだ自分の顔が僅かに映りこんでいた。この手合いは言葉を掛ければ掛けるほど、目に見えて弱ってゆくのが愉しくてたまらない。鸚鵡返しのように言葉を繰り返しているだけなのに、目の前の乾はまるで何度も刃物を突き立てたように打ちひしがれて。
 それでも、呪うか呪わざるかの決断は自らが下してはならない。そう、これは……仕事だ。
(合わせ鏡は後ろが見える、もひとつ後ろに寝首を掻かれる……)
 ふと、柘榴は乾の瞳を鏡に、いつか出会った「もう一人の自分」を知る男のことを思い出した。男が愛したのは自分ではない、もう一人の自分。見目も、声も、何もかもが同じだったはずなのに、それでも何故「自分」の声が男に届かなかったのか。自分を納得させうる答え、それは今も昔も変わらず、一つ。柘榴はまるでそれを自分に言い聞かせるように、淡々と乾に語りかけた。
「私は私でしか、ありません。貴方も貴方でしかないのです。それでも尚、それを脅かすモノが居るというのなら……どうぞ、ご決断を」
「オレを、脅かすモノ……」
 ふらりと。柘榴の強く強かな言葉に促されるよう立ち上がった乾は、最早正常な判断力を失くしていた。己を脅かすモノが無くなるのなら、この不安が消えるのなら、持ってるかどうかすら分からない大切なモノを失くしたっていいのかもしれない……。
「……頼む、アイツを、……呪っ……」
「柘榴! その商談ちょっと待った!!」

 夕陽の、最後の光が夜に沈んだその時。刀冴と理月が息せき切って駆け寄る姿が柘榴の目に映った。
「あらあら……やはり理月さんに刀冴さん。貴方がたもワタクシのお客に御用事でしょうか?」
 二人が来ることを予見していたような態度の柘榴は、悪戯っぽく薄い笑みを零した。
「おいおい……客ってこたぁ呪いかよ」
「柘榴、仕事の前にそいつを貸してくれねえか?俺達ずっとそいつを探してたんだぜ」
「構いませんよ、どうぞ。どのみちこんな状態では、まともな商談になりませんから」
 乾の憔悴も弱さもお見通しのうえで、柘榴は乾をからかったにすぎない。それが仕事に発展すれば儲けもの程度に考えていたのだろう、柘榴はあっさりと乾を引き渡した。
「ありがてえ、そんじゃあいつに教えてやるか」
「うん。KENに電話かけないと」
「……KEN……!?」
 今まで事の成り行きに追いつけていなかった乾が、理月が口にしたKENの名前を聞いた途端に狼狽の色を濃くした。
「ああ、俺達KENに頼まれてあんたを探してたんだよ」
「……!」
 乾は弱々しく首を振る。KENを拒むような仕草が気に掛かったが、理月はひとまず携帯電話でKENを呼び出した。

「……何だ、二人とも……本当に居たの……」
「おー、ほんまに居てる!ありがとなー!」
 程無く、リシャールとKENの二人がやって来た。テンションの見地から明らかに妙な組み合わせだが、そこは二人とも気にしていないという妙な共通点がある。
「っし、ご協力感謝!ってことでリシャールよ、何か言ってやってくんね?」
「……何で、そこで早速俺なの……」
 リシャールは悪い目つきをますます悪くしてKENを睨み、それを抗議の代わりとしたが、KENは一向に気にする気配が無い。これ以上何か言うのも無駄だと悟り、溜息交じりに乾に一歩近づいた。
「……なんか色々、御託並べてるみたいだけど……あんなの自分自身な訳がないでしょ……」
「何、何お前……!いきなり出てきて知った顔しやがって……」
「あんたの分身とやらが……色々……教えてくれたからね……。彼、二年前のあんたなんだよね……。二年間、何もしなかったわけ……?」
 目の前に立った陰鬱な男が、ぽつりぽつりと、急所を抉るような言葉を浴びせる。乾は助けを求めるように目線を泳がせるが、KENを呪おうかと言ってくれた柘榴は一歩引いて愉しげに自分を眺めるだけだ。
「……右も左も同じ道、ライムライト照らす方へ行けばいい……だっけ?」
「!!!」
 突然、リシャールが問いかけるように乾へ発した言葉。そして。
「そ。テールライト残す背中の哀愁、君得るため行こうI’ll Shoot!」
 KENが引き継ぐようにライムを綴る。それはドロップチューンの主題歌。
「は、はは……。オレの事、知っとるんか」
 力無く、口と声だけで笑う乾。憔悴しきっている。見たくないもの、知られたくない事、今この場には、乾が避け続けてきたもの全てがある。
「……お前さん、何でそんなにKENを避けるんだい? あんたが演じたんだろ?」
 ぽつり、刀冴が素朴な疑問を口にする。自分と同じ人間が目の前に現れても、自分の何かが揺らぐことが無い事を、刀冴はよく知っていたから。
「オレが演じたからってあいつはオレじゃねー……あいつは……KENだ」
「何? あんたもKENじゃねえの? 訳わかんねえな」
「オレは、オレは台本読んだだけで……ッ、あんな、テレビの中の……」
 乾は頭を抱えてまた蹲る。
「仮面、ですねえ。本来の自分からかけ離れたKENさんというキャラクターが、文字通り絵面通り一人歩きをしているわけですから、こうまで弱るのも無理は無いのでしょう」
 柘榴が指摘した点はほぼ正解だった。本当の乾はKENのように陽気でなく、情けなく蹲って目を逸らし続ける弱い男なのだ。そして、その事実には、少なからずKENもショックを受けた様子で。
「オレはオレやけど、こいつはオレじゃねーのか……そっか」
 二人の様子に胸を痛めた理月はほんの少しだけ、乾に理晨を重ね、自らのことをぽつぽつと語って聞かせ始める。
「俺さ、理晨って……俺を演じた俳優が居るんだけど。俺はね、理晨が来てくれて、俺のこと大切にしてくれてすげー嬉しい。俺は俺が生まれて、此処に居る理由を知ってんだ。あんたはKENを……大切に出来ないのか?」
「んな事出来るか! ……出たない映画出させられて、オレと違う嘘っぱち演じさせられて!」
 思いは伝わらない。
 嘘っぱち。
 理月は乾の無碍な叫びに目を伏せた。まるで自分が嘘っぱちとでも言われたかのように、深い、深い悲しみを覚えて。絶対に無いと知ってはいるけれど、けれど……もし自分が理晨に「嘘っぱち」と言われたら。想像するだけで、身を裂かれるような感情が胸から頭へ上ってくるようだ。理月はぎりりと唇を噛み、伝わらないもどかしさにただ押し黙るしかなかった。
 今まで成り行きを見守っていたが、ついに業を煮やした刀冴が、思わず得物の鞘で乾の頭をこづく。
「でッ!」
「さっきから聞いてりゃうじうじ燻りやがって……情けねぇな。あんたにとって『あんた』ってのは、そんなに薄っぺらいもんなのかい?」
 薄っぺらい。刀冴の真っ直ぐな言葉と目線が、乾の心に突き刺さった。薄っぺらな自分。薄っぺらな音楽。薄っぺらなプライド。求められるまま作り上げた、KENというキャラクター。世間はそれを「本物」だと思っている。けれど本当の自分は此処にしか居ない。だから今までは己を保つことが出来ていた。そこにあらわれたKENという可視の偶像に、乾は大きく揺らいだのだ。
「……つぅか、てめぇのやってることに矜持があるんなら、誰が現れたって揺らぎようなんざねぇと思うんだがな?」
「まぁ、外野がどうにか言ってもね……。ていうか、他人のせいみたいに言うけど……結局こいつを作ったの、あんたじゃないの……?」
 正論は一つではない。核心も一つとは限らない。結局のところ今回のことは、乾自らが蒔いた種だ。尤も、KENが映画の中から実体化するなどとは乾自身思いもしなかったことなのだろうが。
「お前らはええなあ……!映画の中がほんまのことやもんな!」
 乾の矛先はその場に居るムービースター全員に向けられた。それはKENをも含むような言葉尻で。
「オレなんか見てみいや!おんなし顔、おんなし経歴、おんなし才能の人間が二人やで!?こいつ、こいつがオレの代わりなったらオレ……生きていかれへん!」
「乾、あんた矛盾に気づかないのか?」
「あ……?」
「あんた言っただろ、嘘っぱち……の映画だって。だったらKENの才能も嘘っぱちって笑い飛ばしちまえばいいじゃねえか」
 嘘っぱち、の部分を口にするのは、理月にとってはやはり哀しかった。でも、きっと大丈夫。理晨と乾は違う。自分たちとは違う形で、この二人もきっと分かり合える。そんな気がしていた。
「だーッ、めんどくせえ!あんまりぐじぐじ言うんならどっちか叩っ斬って本物云々言えねえようにしちまうぞ!」
「刀冴さん、駄目駄目駄目!!」
 思わず刀の柄に手をかけた刀冴を、理月が慌てて止める。柘榴は相変わらず全てお見通しのような顔でくすくす笑っているし、リシャールもさっさと帰りたそうな様子だが、時折理月を眺めてはその瞳の向こうに、理月ではない誰かを見ている。
「まあ、斬るのは冗談としてだ。何にせよ、あんたも、そっちのあんたも、生きてるってことに変わりはねぇんだし、知らねぇ相手でもねぇんだから、折り合ってみろよ。ここはそういう場所なんだからさ」
 刀冴の力強い言葉が乾の胸に染み渡ってゆく。折り合うとは、此処に居るKENと乾の間にも、そして乾の中にあるキャラクターとしてのKENにも必要なことだ。乾は初めて皆の目をしっかりと見つめた。
「……悪ィな、情けないとこ見せたわ」
「大丈夫か?」
 刀冴の問いかけに頷く乾。
「……帰る」
「逃げんのか?」
「ちげーよ。……仕事、残ってるし」
 そう呟いてすっくと立ち上がった乾は、目に光が戻っていた。それを見届けた理月は、心から安堵した様子で微笑む。
「ん、頑張れよ!」
「頑張れよ!」
 真似をするようにKENが囃し立てる。乾はうるさそうに溜息をつき、軽く笑って五人に背を向けた。ライムライト……月明かりの射す方へ。

 それから二週間後。銀幕市で撮影されたNear Fearのプロモーションビデオが無事完成した。公開はまだ先のようだが、どうやら乾が銀幕市を去る時にKENへDVDを押し付けたらしい。KENは喜んで、あの時会えた四人をもう一度集めた。
「自分で自分のビデオって妙な気分だわー」
「……厳密には、あんたじゃないでしょ……」
「いいじゃねえか、早く見ようぜ」
「……どうやって操作すんだ?」
「これ、ネットに流したら一儲け出来ないでしょうか」
「駄目だって!」
 柘榴がさらりと怖いことを言った気がする。理月が慌てて制止すると、柘榴は冗談ですよと目を細めた。
「ま、見よう見よう」
 KENがDVDの再生ボタンを押すと、ベイエリアの工場を舞台にしたモノクロの映像が流れ出す。時折極彩色のカットが入るが、それは決まって哀しい表情のアップで。曲の終盤には少しずつ色彩が戻り、最後は月の光をバックにスタッフロールが流れる。映画のようにメンバーやスタッフの名前がゆっくりと浮かんでは消え、最後の最後に。

 __Special Thanks 刀冴 理月 リシャール 柘榴 & KEN

 答えは出ない。出ないから作り続けるしかない、自分だけの音楽を。これが乾なりの答えだった。
「乾、お前みたいにイイ顔してるなー」
「まーオレやしな」
「……だから、あんたじゃないでしょって……」
「ちげえねえ!」
 自分と、もう一人の自分。こんな形でも分かり合えるのだと知った理月の表情は明るかった。KENも満足げにDVDのスイッチを消し、集った皆に礼を言う。
「っし、皆サンキュな。んじゃ解散ー! リシャール、ゲーセン行こうぜ」
「……パス。」
 理晨に会いに行くからと素気無く断られる。三人連れ立って帰って行った刀冴、理月、リシャールを見送って、KENは一人残った柘榴に向き直った。
「そういや聞きたかってんけど……あんたさ、本気でオレの事呪うつもりだった?」
 ずっと気になっていた疑問を正面切って口に出してみる。柘榴はやはり薄い笑みのまま、当たり前のように答えた。
「それが仕事であれば、勿論です」
「おほっ、こえーこえー。……でもサンキュな、オレって荒療治のが効くみたいね」
「必要とあらば、あちらの乾さんも呪って差し上げることが出来ますが?」
「要らねー! っつか、オレはマジモンのオレ、好きだし」
 屈託無く笑ったKENを眺め、柘榴もそれでは、と一礼して背を向けた。
 月の光は闇にあって道標、ライムライトと人は呼ぶ。KENと乾はきっと同じように思ったことだろう、己の道筋を照らす光、それを持つ奴らに出会えて良かったと。

クリエイターコメント大変お待たせいたしました!
【Tu fui,ego eris.】お届けにあがりました。

あれもこれもと書き足していったらいつのまにか8000字前後になっておりました。
楽しく書かせていただきましたが、くどい文章でしたらすみません…。

タイトルの意味はラテン語の格言で、
「私はかつて貴方であった、貴方はいずれ私になるだろう」
という意味です。
本来は私=死者、貴方=生者として墓碑銘に刻まれる言葉だそうです。

貴方はこれからどんな貴方になるのか。
私はこれからどんな私になるのか。
それは神ならず己のみぞ知る、ですね。

最後になりましたが、この度のご参加真にありがとうございました。
参加者の皆様とお読み下さった皆様に心より感謝申し上げます。
公開日時2008-11-05(水) 19:40
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