<ノベル>
1
「ケーキだのチョコだのを集めまくっているそうだな! そんなやつらが俺のキャラメルポップコーンも盗んだってのか。俺のポップコーンを女こどもの菓子と同列に扱いやがって!」
「旦那」
「今のはちょっと問題ある発言じゃないでしょうか」
斑目漆と取島カラスが、ほぼ同時に、たしなめの言葉を発したが、ノーマン少尉には聞こえていないようだった。
それは単に頭に血が昇っているというだけでなく、周囲が騒がしいせいもある。
駆けるノーマン小隊の軍靴の響き……そして、かれらが引いている迷彩模様のポップコーンワゴンの車輪が軋む音――。それらにかぶさって、街のあちこちから聞こえてくる破壊音と……なにより、巨大なキングスファクトリーの足音。そんな騒音の中で会話するために、かれらは大声をあげなければならなかった。
「少尉、そろそろ敵の砲の射程に入りますが……」
「ふん、確かにデカイが、なんだあの細い脚は。やせぎすのファッションモデルの脚だな。歩くためじゃない、鑑賞用だ。あんなものへし折ってやるぞ」
「少尉、これ以上、接近しては……」
「貴様、うるさいぞッ!」
またも、しごくもっともな進言をした部下が怒鳴られている。不条理だ。
しかし次の瞬間、彼の頭上に両手に抱えるほどの大きさの雪ダルマが出現する。
「……ッ!」
「早う頭冷やさんと次は氷の塊やで!」
漆は、ノーマン小隊の軍服に、首には赤いマフラー、そして顔には狐面といういでたちだった。人前に出るときの忍者のたしなみというものだろうか。
「△◎$#●☆……!!」
「よう考えてみぃや、こんな晴れ舞台で活躍したら屋台の宣伝効果ばっちりやん、ここは頑張りどころやで!」
漆なりにノーマンのことを考えてのことらしかったが、イカれた軍人の罵詈雑言は、とうとう誰も聴き取れないスラングになっていた。
「うんうん、お菓子がないと寂しいよねぇ。……ところで、ポップコーンってわたしは食べたことないけど、美味しそうだねぇ?」
のんびりと言ったのはエンリオウ・イーブンシェンだった。
カラスは、あまりに緊迫感のないエンリオウの様子が、またノーマンの興奮に油を注いでしまうのではと思って、わずかに後ずさったが、はたして、ポップコーンに興味を持ったのがよかったのか、それとも、先の漆の雪ダルマが効いてきたのか、少尉はへの字にむっつりと口をつぐむと、副官にあごをしゃくった。さっとエンリオウの手元にポップコーンのLサイズカップが届く。
「あぁ、これはどうも」
「……で、どうするんですか」
カラスが、ノーマンが鎮まった機会をとらえて発言した。彼も迷彩の戦闘服で、立派なノーマン小隊の一員となっていた。
「ふむ」
少尉は丸太のような腕を組んで、キングスファクトリーをにらみつけている。
「潜入部隊のことを思えば、まずは、あの歩みを止めなければいけないな」
黒衣のアラストールが、言いながら刀を抜き放つ。
「わたしが攻撃を引き受けてもいい。足止めする方法はなんとか考えてくれたまえ。……さいわい、少尉は的になるのは得意そう――」
「なんだと! 貴様、何が言いたいッ! それは俺がでくのぼうだと言いたいのか!?」
「いや、そういうわけではないが、失敬……、あとは頼んだよ」
うっかり地雷を踏んでしまったアラストールは、ひらりとコートの裾を翻して駆け出していく。
「やれやれ、頭の中までポップコーンで出来てやがるようだな」
神宮寺剛政は、肩をすくめて、カラスにささやくと、
「じゃあ、ちょっくら俺も行ってくるぜ。あれこれ考えてるより、暴れ回っているほうが性にあうんでね」
と、アラストールのあとを追う。
厄介な隊長のお守を押し付けられたと知って呻きめいた声をあげながら、カラスが、さてどうしたもんかと、使えない隊長かわりに頭を捻ったとき、エンリオウが、口を開いた。
「敵の目を引き付ければいいんだろ? ん、ちょっぴり、派手にやったほうがいいよねぇ?」
手にした剣のきっさきを、ずん、と地面に突き立てる。
ぶわり――、と、冷気の渦が巻き起こったようだ。そして見る見るうちに、銀幕市の風景が変わっていく。
「む……」
十狼は歩みを止めて、空を見上げた。銀の瞳が見つめる先で、空は水面のゆらぎを映し、まるで、周囲が水の底に沈んだような風景に変わっていく。それがエンリオウのローケーションエリア――《水の聖域》だと知っていたものがいたかどうか。
潜入部隊に志願したあるじを見送って、十狼は、彼なりに援護に回るつもりだった。援護部隊が編成されていることは知っていたが、そんなものに加わらずとも、ひとりであれを相手どるくらいの自信は、十狼にはあった。
「なにやら騒がしい男であったな。……捨て置いても構わんが、万一、若たちの足をひっぱるようなことがあってもいかん。挨拶くらいはしておくか」
思いなおして、十狼は、住民が皆避難した街を駆ける。
その頭上を、まるで竜巻きに舞い上げられたような水が、迸り、空を翔てゆくのが見えた。
2
「久しぶりだねぇ、水の力を借りるよ?」
エンリオウの傍に、ふわりと、青い水がかたちをなした美女が浮かびあがる。それはゆらゆらと海藻のような髪をゆらし、エンリオウの肩にしなだれかかって、艶めいた唇を、睦言をささやくかのように、エンリオウの耳元に近付けた。
同時に、彼を中心に幾重にも水の円環が出現したかと思うと、それらはするするとほどけて、水の帯と化し、そのまま凄まじいスピードで飛び出していった。目指す先はもちろん、キングスファクトリー。
消防車の放水の、何倍もの勢いを持った水流は、反撃として打ち出されてきたお菓子の砲弾を弾き返し、またはすりぬけ、それでも速度を減じることなく、敵の要塞へと突き刺さっていった。
砲門へとぶちあたった水は、そこで一瞬にして凍結し、敵の砲を氷の中に閉じ込めてしまった。
特大キャンディーやナッツ入りガナッシュを吐き出していた砲が、次々に氷りつかせられ、つぶされていく。
「いやっほう!」
歓声――。
もし間近で、その光景を見ていたものがいたなら、キングスファクトリーを襲う水流のひとつに、まるでサーファーのようにのっかっている漆の姿を見ただろう。
「いっくでぇ~!」
忍者は、いわゆる水蜘蛛を履くことで、エンリオウのあやつる水を自らの騎馬のようにして、時ならぬロデオを演じている。そしてさらに……、漆の手から放たれたなにかが、キングスファクトリーの昆虫めいた脚へと投げ付けられていった。
「ああ、兵隊を出してきた。あんなにたくさん!」
カラスがそれを見つけて叫んだ。
「細かいのは僕たちで対処しましょう。小隊のみなさんで協力してもらって……」
「よぉーし、撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て!!!!!」
ダダダダダダダダダダ!
小隊の銃火器がいっせいに唸りをあげて、弾丸……ならぬ、ポップコーンを撃ち出した。
「ああー、もう、そんなむやみやたらに撃ちまくったって」
カラスの嘆息も聞かずに、少尉は射撃命令を出し続けているばかりだった。
それでも、ファクトリーから大量にバラまかれ、落下傘で舞い降りてこようとしているチョコ兵士たちを、塩味ポップコーンの弾丸は、相当数、撃ち落している。
昔なつかしのインベーダーゲームにも、それは似ていた。
「でもこれじゃきりがないな……」
カラスは周囲を見回す。そして目に止まったものは――
「少尉!」
「なんだどうした……、……! 貴様!!」
副官に袖を引かれて、振り返ったノーマンが見たのは、迷彩のワゴンを引いて走り去っていくカラスの姿だった。ワゴンにはキャラメルポップコーンが積まれている。わらわらと、その後を追い掛けるお菓子の兵隊たちがいた。
「困ったものだ。刃にこびりつく。血よりも厄介だな」
ぶん、と刀身を振るって、なんとかそこについたチョコレートを落とそうとするが、うまくいっていない。コートでぬぐうこともできようが、それはアラストールの美学に反することだったから、彼はただ自嘲めいた笑みを唇に浮かべるだけだ。
「甘いものはさほど好まない。自由の味に比べればね」
それでもアラストールの動きは流麗で、かつ、力強かった。
チョコレートに汚れて切れ味が落ちていてさえ、彼の二刀流の刃は、お菓子の兵隊をばさりばさりと切り伏せていく。
「同感だな!」
一方、剛政は、果敢にも(というか、それが元来の彼の戦闘スタイルだったが)素手でお菓子の軍団に挑み、チョコでできたミリタリーフィギュアたちを力任せに叩き潰したり、投げ飛ばしたり、ひねり殺したりしていた。
「俺は辛党なんだ」
と言いつつ、チョコまみれになった指をなめる。
甘いものが奪われて怒り心頭に達しているのは、彼のあるじのほうだ。主人の憤怒の矛先へと遣わされた剛政は、しかし、動き出した要塞を見て、自分の意志で、あれを止めなくてはと思っていた。
容赦なく、家も車も人も踏みつぶして歩く兵器工場。あんなものがあっていいはずがない。
「貴殿が将か」
十狼がノーマンを見つけ、歩み寄った時も、軍人はただひたすら、撃て撃て何してる左弾幕薄いぞと絶叫しているところだった。
「なんだ、俺は忙しい。志願者なら戦列に加われ。それ以上の指示はない、以上だ!」
怒号と罵声を中断したのは、それだけ言うための数秒だけだ。
十狼は、百戦錬磨の戦士であったし、誇り高い天人の人格者でもあったから、少尉の、失礼な態度にもすぐには腹を立てなかった。そのかわりにただ低く、
「むろんだ」
とだけ応える。
「われわれがあれを倒せば倒すほど、若たちは仕事がやりやすくなるというわけだな。ならばこの十狼、尽さぬわけにはゆくまい。……ノーマンと申したか……、異郷の将よ、貴殿とはだいぶ流儀が違うようだが、今しばらくは轡を並べようではないか」
黒と銀の双剣を両手に、十狼は戦場へと飛び込んでいった。
背後からノーマン小隊の弾丸が追ってくるのにも構わず、おしよせる怒濤のようなチョコ兵士のただ中へ。小さな兵隊は踏みつぶす。
向こうから、キュラキュラキュラと、ウェハースのキャタピラで移動する戦車が、筒状のスナックでできた砲身をこちらへ向けて、ゆっくりとやってくるのへ、十狼は戦いの構えをとった。
「戦いこそが我が生き場。輝遼国剣武隊体長――十狼が本分、お目にかけよう!」
3
そのときだった。
耳を聾する爆発音――、それが立続けに、銀幕市の空気を震わせた。
ひとつ、ふたつ……、ぜんぶで六つ。
そう、爆発は六つだ。つまりキングスファクトリーの脚と同じ数。
「……やった」
ワゴンを引いて走りつづけ、汗だくになりながら、カラスは仲間の首尾を遠くに見遣って、呟いた。
キングスファクトリーの虫のような脚の関節部分で爆発が起こったのだ。
漆が仕掛けたのだろう。
そういえばノーマン少尉が、脚をへし折ってやる、と息巻いていた。
このときの爆発は残念ながら脚を完全に破壊するまではいかなかったが、それが動かない程度にはダメージを与えたらしい。
すでに砲塔はエンリオウに凍結させられているキングスファクトリーは、文字通り、手も足も奪われたような格好になって、がくりとその場に膝をつき、大きく傾いて、移動することをやめた。
うまいぞ。これで侵入はかなり容易になったはずだ。
カラスはうしろを振り返る。……いつのまにか、ぎょっとするほどの数になっていたチョコ兵士たちが、ワゴンを追い掛けてきていた。
ワゴンを放り出すようにして走るのをやめると、カラスは、兵士たちに向き直る。背負ったリュックの中から取り出したのは、日本刀によく似た、しかしそうではない意匠の、細身の剣。
「地獄のお土産が、こんなに早く役に立つ日がくるなんて」
わっとワゴンに昇りつき、キャラメルポップコーンにむらがる兵士たちへ向けて、カラスは剣をふるった。
「よーし、成功や!」
市民が避難して無人になったビルの屋上で、漆は作戦の成功に、ガッツポーズ。
「おまけやでっ!」
傾いたファクトリーへ向けて、七つ目のパイナップルを放った。
投げてすぐさま、クナイを投げ付ける。
それが空中で爆弾を貫き、空に爆炎の花が咲いた。
「お菓子ばっかり食べくさって、おまえらの末路は歯医者地獄やーーー、ぶくぶく太って、糖尿病やーーい!」
大声は挑発のつもりだろうか。
その声が聞こえたのかどうなのか、キングスファクトリーがぎしぎしとふるえる。
「どないした、どないした! 太り過ぎて身動きもできひんのか!」
要塞は、もはや動くことも攻撃することもかなわなかったが、そのかわり、外壁の一部を開けて、兵隊を吐き出したようだった。しかも、今度はすこし大きなサイズの戦車隊や、戦闘機部隊のようだ。
キーン、と音を立ててこちらへ向かって来るクッキーできた爆撃機の編隊をみとめて、漆は、ビルからビルへと飛び移り、それを引き付けようとするのだった。
「少尉! 潜入部隊が作戦を開始しました。われわれはもっと接近して援護活動をすべきかと――」
いつも有益な助言をするのに、そのたびに、逆ギレされてばかりいる副官が、それでもめげることなく、やっぱり、もっともな意見を述べた。
そして今度は、少尉がなにか言い返すよりはやく、彼の意見に耳を傾けてくれたものがいた。
ごう――、と突如、吹き起こった突風に、ノーマン小隊は目を閉じる。
次に目を開いたとき、一秒前までそこで仁王立ちして胴間声を張り上げていた隊長も、鬼神のごとき勢いで、まるで疲労を感じさせずに敵を斬り続けていた十狼の姿もなかった。かわりに、一秒前までどこにもいなかった、巨大な漆黒のドラゴンが、黒光りする翼を悠然とはばたかせ、その背に十狼とノーマンを乗せて、キングスファクトリーのほうへ向かっていくのを、小隊の兵士たちはただ呆然と見守るしかなかった。
「こ、こら、降ろさんか、俺は陸軍だぞ!」
「まあ、そう言うな」
十狼は、眼下に、彼が守るべき将軍と、その仲間たちの姿をみとめた。
黒い巨竜を駆り、侵入者を阻止すべく、沈黙したファクトリーへととって返しつつある兵隊の上空へ向かう。
「焼き払え」
十狼の命にこたえ、召喚された竜は、炎のブレスをお菓子の兵隊たちに吐きつける――はずだった。
「…………」
十狼の、何事にも同じない、半身に刺青を施された端正な顔に、なんともいえない表情が浮かんだ。
お菓子の兵隊は竜の炎に焼かれることはなかった。
竜が吐き出したのは……、大量のポップコーンだったから。
ノーマンと目が合う。
一秒後、ノーマン少尉は長く悲鳴の尾を引きながら、竜の背から市街へと落下していくのだった。
カラスがふるう龍水剣は、アラストールならさぞ羨んだかもしれないことに、刃に水をまとい、常に鋭い切れ味で、兵士たちを斬り臥せることができた。
孤軍奮闘のカラス。
上がった息を整えながら、服の下、首からさげた緑耀石にふれる。魔力を秘めた地獄の宝石が、疲労と傷を回復してくれる。
「手伝おうか?」
ふいに声がかかって、水流が、兵士を押し流す。
妖艶な水の精霊をひきつれたエンリオウだった。
「潜入部隊は?」
「うまく潜り込んだみたいだねぇ」
「じゃあ、あとすこし……かれらが親玉を討ち取るまで、持ちこたえましょう」
「そう――だね」
エンリオウは空を仰ぐ。
そこを、お菓子の軍用ヘリがバラバラと飛んでゆく。
「市街地に被害が広がるのも避けないとねぇ」
水の矢が空を奔り、それを撃ち落とした。
4
「なんだ……って、おい!」
すさまじい音を立てて……、運が良いのか悪いのか、敵の戦車の上に落下してきたのが、ノーマン少尉だったので、剛政は目を見開く。
いったいどこから降ってきたのか、と空を見れば、そこをゆく黒いドラゴンの姿。
「なんだありゃ……」
「まだくるぞ!」
アラストールが声を発した。
「っ!」
アーモンド入りチョコレートの弾丸は、しかし、瞬間、世界がスローモーションになることで、難なく、避けられる。アラストールのロケーションエリアである。
「すまん」
「なに。今日は特別に、大判ふるまいといこうか」
いつもはすぐに終了するエリア効果を持続させたまま、アラストールが剣を振るい続ける。
ストップモーションで、溶けたチョコレートのしずくが、なめらかに舞い散った。
戦車(少尉の激突を免れて、まだ生きているほう)が、ふたりへ向けて砲を発射する。
ところが。
「……む」
「おいおい何だってんだ」
剛政は戦いの最中だというのに吹き出しかけた。
バラバラ、と雨のように降ってくるのはポップコーン。
ウェハースとスポンジとチョコレートでできた戦車がポップコーンの砲を撃ってきた!
「弾がポップコーンだって!? 豆鉄砲以下じゃねぇか!!」
「……そうか、少尉だな」
ノーマンは伸びているようだが、その力の暴走が続いている。
心を持たないはずのチョコ兵士たちが、気のせいかあわてふためているようにアラストールには見えた。甘いチョコの弾を撃つはずが、なにもかもが、塩っからいポップコーンになってしまった!
「これはいい。……一気にいくぞ」
「おう!」
ふたりの戦士は、これを期に、いっそうの奮迅を見せた。
こちらは刀と素手。向こうは弾丸。
ノーマン少尉の能力の暴走は敵味方関係なく効果を発揮していると思われるが、ここでは、不利をこうむるのは敵だけなのだ。
アラストールの刃が、戦車の一台を、一刀のもとに、真っ二つにした。
中に詰まっていたらしいポップコーンがばらまかれる。
剛政はそれを両手でわしづかみにすると、魔力をひめた渾身の膂力で敵へと投げ付ける。
「菓子野郎どもが! おら、逝けやぁーーーー!!!」
それは機関銃の掃射以上の威力で、他の戦車を蜂の巣にしてゆき、誘爆を引き起こして(どういうしくみで爆発するのかはナゾだ)いくのだった。
そして――
どのくらい経っただろうか。
お菓子の兵隊は、あとからあとからあらわれ、戦いに終わりがないように思われたが、しかし、あとになるにつれ、兵士たちの質が目に見えて悪くなっていくのがわかった。造型がむちゃくちゃだったり、複数の素材が無理矢理合成されたりしていたのである。
どうやら材料切れだったようだ。
「あ、あれ!」
カラスが叫んだ。
「おや」
エンリオウは目をしばたいた。
遠く、傾いたまま静止していたキングスファクトリーの巨体が、空気に溶け込むように消えていくではないか……
十狼が降り立ったのは、緑なす丘の上。
むろん、銀幕市の市街地ではない。誰かのロケーションエリアであろう。
チョコまみれになってしまった剣をぬぐって鞘におさめると――、鼻をひくつかせて、自身が血ではなく、甘味の匂いにまみれているのに、わずかな苦笑を唇に浮かべ、彼は、将軍を迎えるために、その丘を昇っていった。
剛政の頭の上に、コツン、とキャンディーバーが降ってきた。
「?」
そう、降ってきたのだ。
今日はおかしなものが降る日だ、とアラストールは思った。
チョコフレークが、ビスケットが、フルーツドロップが、セリービーンズが……、ありとあらゆるお菓子の雨が、甘い戦場に、銀幕市中に降り注ぐ。
お菓子の兵隊たちが、バタバタと倒れていく。
まだ生きているものも、混乱しているようだ。
「王将とられて、あとは烏合の衆か」
漆は、ひらりと、ビルの屋上から飛び降りた。
ノーマン少尉は、その期に及んでようやく息をふきかえし、バラバラとキャンディーの雨に打たれながら、低く、クソッタレ、と呟いていた。
次の日から、ワゴンにはキャラメルポップコーンも売られるようになったが、銀幕市の市民たちは甘いものにはこりごりなのか、塩味ばかりが飛ぶように売れたそうである。
この日、潜入部隊の援護のために、影ではたらいた勇敢な戦士たちを、いつしか、誰かが、塩味の小隊(ソルティ.プラトーン)と呼んだ。
(了)
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