<キノコ・スパゲティー事件>
異変の兆候が、いつも劇的であるとは限らない。
あとから振り返ってもそれは、見逃してしまいそうなほどにささやかな、偶然の積み重ねであったりする。
その朝、すちゃらか特撮時代劇出身のムービースター、珊瑚姫が、市役所脇のごく目立たない場所にキノコの群生を見つけたのも偶然であれば、彼女がアルバイト先のカフェ『スキャンダル』への出勤途中であったのも、やはり偶然だった。
珊瑚がさっそくそのキノコを採取し、手持ちの正絹ちりめん風呂敷に包めるだけ包み、意気揚々と店に持ち込んだことも、だ。
「お早うですえ、梨奈〜! 大収穫ですぞー」
「おはようございます、珊瑚姫。どうしたんですか、このキノコ。こんなにたくさん」
風呂敷包みからこぼれ落ちそうな大量のキノコに、開店準備中の梨奈は、テーブルを拭く手を止める。
「市役所の脇に生えていましたのじゃ」
にこにこしながら事の次第を話す珊瑚に、ふと首を傾げた。
「そんな場所に……? 今までキノコなんて、見かけたことなかったですけど」
「気づかなかっただけではありませぬか? 建物の影になっておりましたゆえ」
「そう……かしら? ……ふうん、このキノコ、毒とかはなさそうですね。食材にして大丈夫でしょうか?」
ひとつ手に取って、しみじみと眺めてみる。
傘部分が茶色で柄の白い、いわゆる「シイタケ型」のキノコである。ただ、シイタケよりは傘が山形になっており、柄はエリンギのように太い。
ころんと丸く、どこか愛嬌のあるその形は、「キノコ」と言われて人がまず連想する典型的なものだ。
毒々しい色をしていない毒キノコも多く存在するのだが、安心感のある外見は梨奈の警戒心を緩めた。
「その辺はばっちりですえ。市役所のぱそこんを借りて調べたところ、学名あがりくす・ぷらぜい・むりる、和名『姫マツタケ』らしいことが判明しましてのぅ」
珊瑚が太鼓判を押す。キノコを採ったついでに、にわか勉強してきたのである。
「アガリクスって、ガンや生活習慣病に有効って言われているあれですか? すごいですね!」
すっかり信じてしまった梨奈は、目を輝かせた。
よくよく考えれば、とある研究所内にて苦節10年、やっと人工栽培に成功したという姫マツタケがそこら辺に生えているはずもなく、詳細に検分すれば、そのキノコが微妙に発光していることにも気づいたはずなのだが……。
「そうじゃろう? せっかくのごーじゃす食材ゆえ、これを使って新しいメニューを作ってみてはどうかと思いましての」
「それはいいアイデアです! 仕入代もかかりませんし、お店も助かります」
「医食同源めにゅーは受けますえ。むぅびぃすたぁのお歴々にも、大人なむぅびぃふぁんの皆様にも、これすてろーるや血糖値が気になる方々は多かろうし、ばらんす良い食効は、幼子や若者にも宜しかろうし」
「そうですね。さっそく作ってみましょう」
――そして。
ふたりは、そのあやしいキノコを厨房に運び込んだのである。
ほどなくして、カフェ『スキャンダル』秋の新メニュー「特製キノコスパゲッティ」が誕生した。
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ところが、この「特製キノコスパゲッティ」を食べた人たちは、急に踊りだしたり、目の前の人に一目惚れをしてしまったり、とおかしなことになってしまって、カフェで大騒動が起こったんです。あげくに、源内さんはキノコに寄生されちゃうし……。詳しくは以下の記録をご覧下さい。
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→記録『キノコ・スパゲティー事件』(過去ログ)
カフェスキャンダルで起こった事件の記録です。現在は閲覧のみできます。
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