★ 【銀コミ夏の陣・改】夏とバッキーと私の取材 ★
イラスト/キャラクター:新田みのる


<オープニング>

「編集長、カオスです」
 取材に訪れた七瀬灯里は、遠い目になった。
 銀幕市平和記念公園で行われる初めてのイベント――『銀コミ夏の陣・改』。
 そこは異様な興奮に包まれていた。
 照りつける太陽、人の熱気、ついでに萌える魂で、現場は蒸し風呂だ。スターがなんとかしているという説明は、幻聴だったのだろう。
 大体の人が俗世での姿を捨て、本性フルスロットルで暴走している。
 萌えとか属性とかカプとかシチュとか、日本語に聞こえる異次元の言語が飛び交っている。
 基礎知識は勉強してきたが、この世界は底なし沼より奥が深いようだった。

 ――七瀬、お前もそろそろ一人前だろう。大仕事を任されてみないか。

 いつになく優しい編集長の声がよみがえる。
 厳ついオヤジの盾崎と、年頃の女性である灯里。
 普通なら盾崎の方がリスクは低いが、ここは銀コミだ。オヤジが狩るものではなく萌えるものとして見られてしまう、恐るべき亜空間だ。
 そう考えると仕方ない気もするが、どこか騙された気になる。
「よろしくお願いします!」
 本部で『報道』の腕章を受け取り、スタッフを撮影する。
 物販テーブルには、イベント限定の紙袋やうちわ、ジャーナルとの共同企画であるトレーディングカード(全五十種類)などが並んでいる。
 その列に混じって、サニーデイのバッキーがちょこんと座っていた。原寸大ぬいぐるみかと思ったが、つつくと鳴く。
「本物なんですか。可愛い売り子ですね」
 灯里はほやんと笑みを浮かべた。だが、スタッフの間に困惑のざわめきが広がる。
「このコの親御さん、名乗り出て!」
 スタッフの一人、ヒオウは声を張り上げた。
 返事がない。ただの迷子のようだ。誰も知らないうちに置き去りにされていたらしい。
 当のサニーデイ氏(仮)は、呑気に体を揺らしている。緋桜が呟いた。
「捨てバッキーというわけではないでしょうけれど……困ったわね」
「飼い主を探しましょうよ。きっと心配しているはずです」
 灯里が提案すると、赤いウェーブヘアのスタッフが歩み出る。
「言い出しっぺの法則を知っているのが、灯里さんかしら?」
「はい?」
「希望があったら実行するのが、言った人の義務なの」
「……わかりやすく言ってもらえますか?」
「バッキーの飼い主を捜すのが、灯里さんの義務なの」
「わかりました」
 意味を理解した灯里に、優しい眼差しが集まる。
「頑張って。超頑張って。心は応援してる」
「取材と人捜しの両立は不可能ではない」
「不思議な奇跡がクロスして、飼い主と巡り会うわよ」
 連携プレーにより、決定事項にされる。
「協力しますね。本部に飼い主が現れたら、連絡してください」
 灯里はにこやかに頷いた。押しつけられた格好だが、心細い(であろう)バッキーを助ける仕事なら喜んで引き受ける。
 パステルブルーの渦巻きを指でなぞり、リュックサックに乗せる。ちょっとだけ、ファンになった気分だ。

 カメラを片手に、灯里は会場を歩き回る。一度きりの『今』の空気を、記録しておくために。
 各スペースでの出来事を記事にしよう。目立っている人や有名人に、インタビューしてみるのもいいかもしれない。
 もちろん、サニーデイ氏(仮)の飼い主捜しも忘れずに。






<ノベル>

 ――天気晴朗なれどハコ暑し。
 それでもカレーと共に熟成が進む人々は元気だった。むしろ熱暴走に拍車がかかっている。
 サニーデイ氏(仮)を連れた灯里は、その中に飛び込んだ。

 森砂美月は、目当てのスペース【いちご畑】にいた。可愛い洋服が沢山で、とても安い。絶叫する男性陣を横に、気の合う人とトークをする。
 彼女はロリータファッションを愛しているが、今日は普段着のワンピースだった。場所が場所だけに、コスプレ呼ばわりされるのが嫌だからだ。
「ロリータファッションを笑う人は、厚底で蹴っ飛ばしていいと思いますよ?」
 服を手にして迷う泉へ、笑いかける。踏み出した勇気を馬鹿にする権利は、誰にもない。

 片山瑠意はコスプレをしていた。
 過去に演じた特撮戦隊モノの悪役だ。事務所の後輩に衣装ともども引きずり出され、「ルイ様ー!」と黄色い(一部野太い)悲鳴を巻き起こしている。
 熱によろめいて立ち入った場所は、女性向けジャンルだった。
 島の端から端まで『突発アンソロ☆最後の一割』という卓上のぼりが並び、表紙に十狼と瑠意が描かれた新刊がある。
 前日設営から今日までの間に、作り手は頑張った。
「……っ」
 瑠意は泣きながら走り去った。

 流鏑馬明日は灯里の取材を受けていた。
「この奇妙な感じと可愛さが融合して醸し出すオーラが……」
 淡々と『きみょかわいい』を語りつつも、救護所をちらちら見ている。売り子は一人なので、抜け出すには距離がある。
「なぜか構ってあげたくなっ、」
 明日は言葉に詰まった。ドクターDがこちらを見ている。
 いつも微笑んでいる唇が動き、言葉を紡ぐ。明日は見逃すまいと目をこらし――
「よう! 元気でやってるか!」
 たが、桑島平に遮られた。相棒をからかいに来たのだ。
 灯里は二人の職業を思い出し、バッキーを取り出す。
「迷子の飼い主を探しているんですけど、いい方法はありますか?」
「よっしゃ! 俺に任せとけ!」
 桑島はバッキーの襟首を掴むと本部に走った。マイクを奪い勝手に放送する。
「サニーデイバッキーを預かった! 心当たりの有る奴ァ出てこい!」
 誘拐電話顔負けの迫力だった。来場者はざわ、ざわ、ざわ、ざわ、となる。
 二階堂美樹が桑島にタックルし、人質を奪い返した。
「ユウジ! ……じゃ、ない」
 彼女もバッキーとはぐれたのだが、バキ違いだった。肩を落とす。
 他に飼い主は現れなかった。美樹に踏まれたまま、桑島が提案する。
「手分けして、聞き込みだな」
 スタッフのサマリスがサニーデイ氏(仮)を預かった。
「場内映像をバッキーに見せて、反応を探ってみます」
「私も聞きながら取材しますね。皆さん、よろしくお願いします」
 灯里はぺこりと頭を下げ、混沌たる会場に戻る。

「どんなものかと見に来てみたが」
 ベルナールは渦巻く障気に向かって、呟いた。
「ものすごい熱気だ」
 特に目の前。パイプ椅子に荒縄となわとびとガムテープの三重奏で封じられた男がいる。
 卓上ボードに書かれた掛け算の意味がわからず、ベルナールは売り物の小説本を手に取った。一節を朗読する。
「ほほう……『フレイドの言葉に「ああああ!」の眉が悩ましく寄せられ……』」
 売り子――フレイド・ギーナは、伝説の勇者の名前を叫んで邪魔した。
「羞恥プレイもいい加減にしろォ! 誰だ俺を売った奴、出てこい!」
 フレイドが必死になるほど、周囲のニヤニヤ笑いが増えていく。
 こういうことを楽しむ場所なのだろう。ベルナールは納得した。そして、少しだけ戸惑った。
「獲物を狙うような目は気のせいか……?」
 殺気に近い
 取材に訪れた灯里は、笑顔のまま三歩後ずさった。
「【HM☆ハイテンション】さん、写真撮りますね」
「ダメー! やめてくれええええ!」
「『売り子は無理矢理が好き』って言われた通りですね。あなたも一緒にどうですか?」
「そうだな」
 ベルナールは新刊を手に、フレイドの横に収まった。
「畜生こうなると思ってた!」
 灯里はシャッターを切った。
 いたずらな風が新刊を開き、凄いページが記録された。凄すぎて掲載不可となった。

 浴衣ポニーテール眼帯。萌え要素満載の李白月は、奥様代理で島の中の人になっていた。
 奥様はサークル主にして書き手にして勤務先の店長の、とにかく偉い人だ。
 灯里の取材に、はしゃいだ笑顔を見せる。
「熱気が凄くて、楽しい場所だな。
 話す合間に買い手とやりとりする。白月は灯里に目をやり、ギャグ本を指した。
「あんたも買ってく?」
「後で来ます」
「取っておくよ。……あと、執事喫茶「太陽の塔」に来てね。お嬢さまにご奉仕しちゃうぞ☆」

 槌谷悟郎は気恥ずかしさからサングラスをかけ、映画ジャンルを歩いていた。
 同人誌の存在と事情は知っていたが、現場を目にするのは初めてだった。俳優を扱った本まであって苦笑が浮かぶ。まあ、ファンには違いない。
「良ヲヤヂ! 良ヲヤヂ!」
 声に振り返ると、女子二人組が興奮していた。
 ラフな服装に華やかな過去の香りがにじむと、そこにいるのはカレー屋の店主ではない。ヲヤヂ萌えの大手『チョイ悪』だ。
 危険を感じた悟郎は、自然な足取りで救護所へ向かった。戦闘禁止区域だ。

 ベアトリクス・ルヴェンガルドはサニーデイ氏(仮)を見つめた。
「先日の運動会のように、誰かが変身しているのではあるまいな?」
 つついてつついてつっついたが、バッキーは身をよじるだけだ。サマリスが止める。
 ベアトリクスは手持ちのスケッチブックに似顔絵を書き、聞き込みに出た。
「この者の知り合いはおらぬか?」
 壁際の行列なら人数が多いから、と思ったが、つれない返事ばかり来る。成果が上がらず涙目になり、その場を離れた。
「支配者たるもの、泣き顔など見せてはならぬ!」
 島中あたりで顔を上げると、カラーボードが目に飛び込んだ。笑顔で駆け寄ると、スペースの人も照れ笑いをしていた。
「そちは良い絵を描くな! これにも書くが良いぞ」
 皇帝陛下はスケッチブックを差し出す。相手は快く受け取って、繊細なタッチでベアトリクスの姿を記した。

 ピンクとグリーンのメイドが交差するのを、灯里は思わず撮影した。画像を確認すると、ヘッドを務めるメイドが植村に似ている。カレーのはずじゃ、と思いつつ、後で問い合わせることにする。そんなことより取材だ。
 銀コミサクセスストーリーの体現サークルである【ななな本舗】には、ブラックウッドが座っていた。【小さいものFAN】の太助が立ち止まっているが、狩人(ファン)は近寄れない。
 勇気を出して灯里は取材を申し込んだ。太助はインタビューに答える。
「こーこくとーしてるんだ。グッズのうれゆも、き? も……」
 言葉に詰まった太助に、背後の人が囁く。
(売れ行きも上々。上々)
「じょうじょうだ」
 ブラックウッドは売り物に視線を投げかけ、悩ましげな吐息を漏らした。
「私生活を覗き見されている錯覚に陥るほど、よく描けているんだよ。それも悪くない心地だけれども」
 アンニュイな含み笑いに、半径五メートルの人々が倒れた。

 麗火が鳳翔優姫と遭遇したのは、【Twilight Twins】の前だった。優麗を推奨するサークルで本人同士が鉢合わせ――周囲は騒がずにいられない。
 いつも通りの口喧嘩をするだけで、やかましいことになる。
「リアル優麗!」
「目の前でやってるスゲー痴話喧嘩」
 騒ぐ外野に、優姫は苛立った。
「こいつを殺せば、フラグってやつ折れるのかな?」
「短気起こすな」
 麗火は言う。殺し合いに発展しても喜ばれそうだ。
 優姫からすればふざけた命乞いだ。弄られる理由がコイツなんだから、コイツを排除すれば収まる。
 一瞬で距離を詰めて、首を掴んだ。絞める。
 色んなものを見て世の中を儚みたくなっていた麗火だが、それとこれとは別だ。元気に抵抗する。
 わめきながら殴る蹴るの喧嘩になれば、揶揄など耳に入らない。敵しか見えなくなる。
 警備スタッフが現れ、叱られ、どっちが原因かでまた場外乱闘になる。

 【蒼兎】の有栖川三國は、ほえほえと取材を受けていた。
「うちは創作メインです。自分で作ったアニメのショートムービーとか、そう言ったものですね。コスプレ可って、メイドさんとか居て良いですよね」
 幸せな笑顔を写真に収める。そうだ、と三國は灯里に笑いかけた。
「七瀬さんも着られてはいかがです?」
「えええ! し、仕事中ですから!」
「残念」
 三國の一言は、明るく装っていたけど本気だった。
 実を言えば灯里も、可愛い格好してみたいとは思っている。

 リカ・ヴォリンスカヤは、行く先々で注目の的だった。タフネスな長身美人が――リオネのコスプレをしている。ギャップ、なんて生温い表現だった。
 威風堂々たる姿に、愚民は恐れおののきひれ伏した。本人はまったく気づかず、コスプレ広場で知り合いに声をかける。
「あら、レモンじゃない」
「違うわよあたしはSAYURI様よ。崇めなさい敬いなさい称えなさいオーホホホ!」
 谷間が残念なことになっているレモン(コスプレ中)は、いつもと変わらずふんぞり返った。
 傍観者は逆だと思うが、好きな人の格好を真似る、それがコスプレの意義だ。他人の思惑なんて優先順位は低い。
「リカ、迷子バッキーの飼い主探しに協力しない?」
「いいわよ。特徴は?」
「サニーデイの飼い主よ」
「それは重要な証言ね」
「あそこにサニーデイグッズを持っている人がいるわ! 突入よ突入!」
 リカのナイフとレモンのMy杖に襲われた人物は、本部に連行され涙ながらに語った。
 ――人違いです、人違い……。

 過激な飼い主(誤)捕獲が行われている上空で、愛宕は声かけ活動を行っていた。
「サニーデイとはぐれた飼い主の方、いらっしゃいませんか?」
「天狗の人、一緒に撮影お願いしますー!」
「はい?」
 下方から叫ばれるままに着陸すると、そこには羽根のついたコスプレが揃っていた。困惑する間もなく、集合写真の撮影大会が始まった。
「天狗と天使で!」
「龍と天狗お願いします!」
 リクエストに応えて(周囲が)立ち位置を変える。愛宕は無数のフラッシュに目を細めた。
 ポーズを指定され、動いていると飼い主探しの暇がない。
「妖怪コスの集合にも、ぜひ参加してください」
 一段落したと思ったら、ぐいぐいと腕を引っ張られる。
「バッキーとの飼い主探しに、協力してくださいませ」
「撮影が終わったら全力で!」
 撮影終了が閉場間際とは、即売会初参加の愛宕には知るよしもない。

 七海遥は友人のサークル【明快*ロジック】で売り子をしていたが、途中で抜けて飼い主探しに加わった。猫耳のついたローブ姿で走り回ると、周囲に萌えが生まれる。
 救護所と休憩所を覗いたが、はぐれた人はいなかった。しらみつぶしに会場を端から巡る。
 売り切れたのか、空っぽのスペースがちらほらあった。
 かと思えば売り物だけ置いて誰もいない、不用心なサークルもある。積まれた赤い本を、誰かが持ち帰ってもわからないだろう。
 持ち帰っても――
「ちょ、何やってんの!」
 遥は我に返り、伸ばした手を引っ込めた。バロア・リィムが青ざめて震えている。
「それって誰のコスプレかな! カタログで見たような気もするけど、気のせいだよね?」
 遥は置き引き未遂の罪悪感に包まれていたが、バロアの注目点は別の場所だった。
 あまりの必死さに、本を見たことを忘れてしまう。
「バロアさんのフードって可愛いから、作ってみました」
「可愛い……うん、悪い気はしないね。某15禁が関係してないならいいや」
 そこへ灯里が現れる。
「『銀幕ジャーナル』の取材です。銀コミの感想を聞かせてください」
「なんだこの催し物は!? あのパン大好きな変態といちゃつく本なんてこの世に存在していいのかいくない!」
 熱弁をふるうあまり、バロアの語尾がおかしなことになった。
 友人の売り物と一緒だ、と思ったが、遥は口を挟めないでいた。結果的にそれが最善策だ。

 サマリスが見せる映像に、サニーデイ氏(仮)が反応した。モニタに近寄って、ある人物を必死に触っている。スタッフに聞けば、正体が判明した。
「浦安映人様のAD?」
 本名を呼ばれて、バッキーは振り返った。
 場内放送で飼い主がわかったことを伝え、灯里を呼び出す。
「浦安くんのAD? 言われてみれば……。ごめんね」
 駆けつけた灯里は頭を下げた。ADはおでこを叩いてチャラにした。
 編集長経由で連絡を取ると、すぐに慌てた様子の映人が現れた。
「ADがいるって!?」
 映人はサニーデイのバッキーを連れていた。
 『DP警官』の帽子を被った連れと、モニタの前で三白眼になるバッキーを見比べる。
「ユウジー!」
 飼い主探しから戻った美樹は、一目見るなり帽子のバッキーに突進した。ユウジも美樹に頬ずりする。
 会場の近くを通りがかった時、映人はADとはぐれたそうだ。十分後にユウジを発見し、帽子を被っていたがADだと勘違いした。連れて帰り、連絡を受け、今に至る。
 目つきが悪くなったADに、映人は手を合わせて頭を下げる。
「悪い! まさかはぐれバッキーが二匹もいると思わなくてさ。悪い、ほんとごめん」
「ユウジも、誘拐されたら抵抗しなさいよ」
 美樹は怒りながら鼻先をつつく。
 サニーデイ達は、それぞれ相棒を見た。

 無事に開場時間が終わり(カオスは事件ではない)、【銀コミ夏の陣・改】は成功のうちに終了した。



 取材メモをまとめ終わり、灯里は対策課に確認のメールを送った。

Q.メイド姿の植村さんっぽい写真が撮れたんですが。ご本人ですか?
A.人違いです。そして掲載禁止です。
  どうか真相を暴かないでください。それだけが我々の望みです。(対策課一同)







<登場人物>

森砂 美月  片山 瑠意  流鏑馬 明日  桑島 平  二階堂 美樹  サマリス  ベルナール  フレイド・ギーナ  李 白月  槌谷 悟郎  ベアトリクス・ルヴェンガルド  ブラックウッド  太助  麗火  鳳翔 優姫  有栖川 三國  リカ・ヴォリンスカヤ  レモン  愛宕  七海 遥  バロア・リィム  (登場順)





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