オープニング


「『トレインウォー』への参加、お疲れさまでした」
 リベル・セヴァンが、旅人たちに向かって言った。
「みなさんの協力を得て、無事、ディラックの落とし子の撃破に成功しました。ですが――」
 彼女の指が、導きの書のページをめくる。
「ディラックの落とし子は、侵入した世界内の存在に影響を与え、変質させていきます。私たちが到着する以前に、すでに同地の野生動物たちが落とし子の影響で変異してしまっていました。大半は『トレインウォー』の過程で駆逐されましたが、いくつかの群れがまだ同地に健在のようです」
 すなわち、もともと大雪山系に生息していた北海道の野生動物――ヒグマやキタキツネ、エゾシカといった生き物たちが、ディラックの落とし子の影響で変異し、まったく別の、本来は壱番世界に存在するはずのない怪物になってしまったらしい。
 変異した生物をもとに戻す方法はない。これらを放置しておけば、現地住民に被害が出ることも予測される。残念だが、すべて駆逐するしかないのだと司書は告げた。
「私たち世界司書が、それぞれの居所を特定する作業を行いました。数名ずつのチームに分かれて、対処を行います。『北海道遠征』の残務処理となりますが……、今しばらくおつきあい下さい。どうぞよろしくお願いします」

 ■ ■ ■

 「皆さんに担当していただく変異獣は……リス、ですね」
 導きの書をめくっていたリベル・セヴァンの指が止まると、彼女は書に現れた内容を旅人達に伝え始めた。
 ディラックの落とし子の影響を受けたシマリスが群れを成している。
 シマリス達の外見、性質等目立った変化はないのだが、見えないところで、一つだけ変化があった――肉の味を覚えたのだ。
 例えば、貴方にシマリスが飛び掛ってきたとしよう。貴方は驚き振り払うだろうし、噛み付かれれば叩き落すだろう。小さなシマリス一匹では問題はない筈だ。「あ~、びっくりした」と言葉が漏れ、後で友人との笑い話にもなる。
 それが二匹……いや、五匹だったとして、貴方は次々と噛み付いてくる肉食シマリスから逃げ切れるだろうか?
 大きな森に散らばっていたシマリス達が次々と集まり少しずつその数を増やし続け、ざっと数百はいるだろう。今も森の奥ではシマリス達が食い散らかしたキタキツネやエゾシカ、そしてヒグマの屍骸が転がっている。狙う獲物が大きくなるにつれ、シマリス達が数を増やし、力をつけていると、教えている。
 何より懸念すべきは、その数百のシマリスを束ねる、一匹だけ恐ろしく知能の高いリーダーリスがいることだ。それを討伐せねばまた群れを成す可能性があるため、数を減らし、かつ、数百の中からリーダーである一匹のリスを見つけ、討伐せねばならない。
「ジャバウォックが撃破された後、彼らはある洞窟の奥から出てこなくなりました。幸いな事に洞窟の入り口は一箇所だけで、ほかに逃げ道はありません。ですが、いつまでも出てくるのを待ち続けるわけにもいきません。彼らほどの数であれば、穴を掘って違う場所から出て行く可能性も、あります」
 辺りの天候は良好、積雪も歩くのに支障がない程度だが天気がよすぎるので眩しい可能性があり、逆に洞窟内では明かりが必要だと思われる等、わかる情報全てを伝えたリベル・セヴァンはぐるりと旅人達を見回すと改めてこういった。
「最優先事項はリーダーリス「ニウェオ」の撃破、同時に肉食となったリスの討伐です。固体が小さい為全てを、とは言いません。リーダーリス「ニウェオ」だけは確実に仕留めてください。以上です」 
 リベルは乗車チケットを君達に渡しながら、ふと思い出したように付け加えた。
「相手の数が大いので寄り道はできないかも知れませんが、札幌市にカップルで訪れると高確率で破局すると有名なライトアップイベントが開催されているようです。帰りにロストレイル車内から見えるかもしれませんね」

管理番号 b01
担当ライター 桐原 千尋
ライターコメント  はじめまして、もしくは、ご無沙汰しております。桐原千尋です。
 特にこういったこういった文章が得意ですとも言えず、特徴を聞かれると変化球?と首を傾げて言ってしまうWRではありますが『PCさんらしく』を目指して全力で書かせて頂きますので、これからよろしくお願いいたします。
 
 このノベルはイベント『トレインウォー』の後始末という形になっておりますが、掲示板イベントに参加されていなかった方でもご参加いただけます。
 今回は戦闘がメインです。力に自信のある方はもちろん、自信のない方も洞窟という場所を生かして罠を張ってみたり、サポートをしてはいかがでしょうか。戦い方はさまざまです。皆さんで手早く終わらせられたら、ライトアップを見に行けるかもしれません。
 それでは、皆様のご参加、お待ちしております。

参加者一覧
アウロラ・ソレンスタム(cysr2957)
博昭・クレイオー・細谷(cyea4989)
祇十(csnd8512)
虚空(cudz6872)

ノベル


 天気も良く雪は解けているようだが、ただ呼吸をするだけで吐かれる息が真っ白な世界。その純白の世界にどす黒い塊が転がっていた。踏み固められた雪が血肉で真っ赤に染まり、そんなのは見たくないと誰かの思いを代弁するかのように樹から雪の塊がドサリと落ちる。枝が反動で揺れ、辺りをきらきらと輝かせる下を一人の男が歩いて来る。四角いフレームの眼鏡をかけた、60半ばの男は“硬”と書かれた借り物の番傘を片手に無残な姿となった死骸を見下ろし
「世界が歪められるというものは、実に悲しいことでございます」
 言葉と真っ白な息を漏らした。ざくりざくりと雪を踏みしめる音がして、男――博昭・クレイオー・細谷が眩しすぎる世界を番傘の隙間から覗く。一つに纏められた雪のように銀色に輝く髪をひょんひょんと揺らし、駆け寄ってくる少女――アウロラ・ソレンスタムは眩しさを和らげる為につけた黒いサングラスを持ち上げる。
「祇十さんと虚空さんの行った道だったようです」
 洞窟に向かう途中辺り一面にリスたちの足跡が散乱し道が消えていた。氷の世界で旅をして生きてきたアウロラがリスの本能的行動を推測し足跡を見分け、二つの道までは発見することができた。どちらかが洞窟への道に繋がっているというアウロラの言葉を信じた彼らは二手に別れて行動していたのだが、細谷とアウロラが来た方には食事中のリスの群れは居たものの洞窟は無かったようだ。
「左様でございますか、では戻りお二人の後を追いましょう。アウロラさんが居て下さったお陰でこの雪の中でも随分と動きやすく、大変助かっております」
 雪道を歩く中ふいに向けられた細谷の賛辞に、アウロラは柔らかい笑顔を返した。


 もう一つの道を来た二人――祇十と虚空はリス達と戦いながら進んでいた。サングラスをかける短く切り揃えられた銀髪の男、虚空は樹木を蹴り落雪を利用しながら移動する。方々から絶え間なく放たれる小苦無は皮手袋から離れると炎を纏い、リス達を襲う。無駄が一切無いさっぱりとした動きだ。祇十はといえば少々大雑把というか乱暴というか、荒々しい行動が多かった。大筆を振り下ろし、墨で線が書かれるとその部分が刃物で切られたようにすっぱりと切断されている……が。
「だぁぁぁぁぁ! イライラしやがる! 俺ぁ細けぇこたぁ嫌ぇなんだ! 男ぁなんでも豪快っつーのが当たんめぇだろうがよ! ばっと斬ってしめぇじゃねぇのか! このさんぐらすってのぁなんだ見えずれぇじゃねぇか!」
 祇十が言うほどリス達に攻撃が当たっていないわけではないのだが、足場も悪くリス達も小さい為ちまちまとした行動が続いている。その事が耐え切れない祇十は先程から同じような事を叫びサングラスを外しては眩しい事にイラつき、という事を繰り返している。そんな祇十の行動に虚空は最初こそ心配していたが、祇十が怪我一つ負わないことを確認するとだんだん面白くなり苦笑するだけだ。
 イライラが頂点に達したのか、祇十はリスを一匹鷲掴むと一枚の小さな紙切れと一緒に群れへと投げ返す。ボンッ!ササザザザザドドドドッ!と大きな音がすると同時に祇十の声が消えた。虚空が先程まで祇十のいた場所を確認するとそこはぽっかりと穴が開き、岩肌が姿を見せており、祇十のおこした小さな爆発で雪崩が発生し、隠されていた洞窟の入り口が露になったようだ。虚空が穴の奥を確認すると下半身を雪の中埋めた祇十の声が反響していた。どうやら群れが洞窟の奥に逃げていったらしい。
 やれやれと苦笑する虚空の耳に雪を踏みしめる音が聞こえ、振り返ると細谷とアウロラの姿が見えた。



 雪で濡れた着物に冷たい寒いと叫ぶ祇十が“乾”と一文字書く。一瞬にして着物が乾く様に虚空は便利だなぁと言葉を漏らす。
「あぁ、あったけぇな」
「風が無いだけでも暖かくなりますし、この洞窟も鎌倉の役目をしているのでしょうね」
「そういえば……リスって冬眠しなかったか?」
「ニウェオ……エゾリスは冬眠しませんが、シマリスは冬眠する筈であります」
「彼らがここにいるのも固まって行動するのも暖かいからでしょうね」
「そうか本来なら冬眠している筈のリスに外の寒さは耐えきれないんだな」
 細谷が祇十に借りた番傘を返すと、祇十は番傘を荒々しく雪山に突き刺した。
「でよぉ、さっきから妙な視線を感じるんだが何処だ? このさんぐらすってやつぁ提灯に灯ぃつけてもでぇじょうぶか?」
「大丈夫であります」
 四人とも“誰かに見られている”ような感覚を感じ殺気の篭った視線の元を探す。不機嫌そうに祇十が提灯を灯すと辺りに丸いオレンジ色が広がり“硬”という影が伸びた。その灯と影が現れるのとほぼ同時に虚空が小苦無を放ち、細谷が刀を一振りしていた。二人が武器を使った音が聞こえるより早く、提灯の灯にリスの死骸が数体照らされ、白い息が影を作る。アウロラは皆を見渡すと小さく頷き身体につけたライトを提灯の灯とは逆方向へ照らすと、再度、虚空と細谷の腕が動く。
「決まりだ。博昭の推察通り灯りに反応して突っ込んできた」
「こりゃおもしれぇ! さぁ、どっからでもでてきやがれってんでぃ!」
 祇十はアウロラに提灯を押し付けると、大筆を構え歩き出す。
「元気いっぱいでありますな」
 細谷は穏やかな笑顔でそう言うと祇十と共に先を行く。二人と少し距離が開くと
「では、殿はお任せします」 
 アウロラがそう告げ、方々に灯りを照らして進んで行った。


 彼らの行動はよく纏まり、ムダな行動が一切無かった。アウロラのサングラスは外の眩しさから、それに細谷の術を施す事によって洞窟内の暗闇からも皆の視界を確保し、彼女が照らす灯りに誘い込まれたリス達は祇十と細谷に討伐される。稀に二人の攻撃を避けたリスがいても、アウロラの背後から飛んでくる虚空の小苦無が確実に仕留める。進む間、細谷は壁面に自身の血をつけ洞窟全体を包む術を施していた。異形の物となったリス達は細谷の術に“歪み”としてその居場所が感じられ、最も大きな“歪み”がニウェオなのだがシマリスに紛れ特定が遅くなっている。
 祇十は壁や床に“粘”と書いた紙をべたべたと貼り付け、リスの群れ見つけると誰よりも早く大筆で切りつけて数を減らしていく。
 虚空もまた皆の意見を取り入れた罠を至る所に設置し、各々が得意とする物事を担当する。
「シマリスばっかりだな」
「反応は今も続いているのでございますが、やはりニウェオの統率が優れているようであります」
 言葉を紡ぐ度、呼吸をする度にほわんほわんと白い息が口からもれては、消えていく。
「洞窟の出入り口は一箇所のみ。この事実は疑いようが無いし、穴を掘って逃げるにしても時間がかかる筈だ」
 そう言うと虚空は会話に参加せず、少し離れたところで地面に正座している祇十を見る。所持している紙に新しく文字を書いている祇十は別人のようにじっと紙を見据え、筆を操っている。せわしなく動きしゃべり続ける祇十だが人柄は良く好きなことに向かっている時はじっとしている。よくよく考えると小型犬のようだ。
「故に、シマリスを囮にしてニウェオが逃走するにしても地上を通るのは確実であります。場所こそは特定できませんが、虚空さんの罠より下を移動してる様子もございません」
「しち面倒臭ぇこたぁ考えねぇで、片っ端からとっ捕まえていきゃいいじゃねぇか。そのうちリス共だってこっから逃げ出すぜぃ? それかでっけぇ罠でもはりゃぁいぃ! 洞窟全部にどーーーんってよぉ!」
 いつの間にか側に居た祇十が言うと、三人が祇十の顔を見つめる。予想外の反応に祇十が戸惑う中、四人は改めて作戦を話し合った。



 開かれた番傘が空中で逆さまに吊されている。“硬”と書かれていた部分を消され“暖”と書き直された番傘は本来の用途とは全く逆の姿を晒し、骨組みの上に大量の紙が置かれて居る。
 刺さるような空気が鼻の奥を刺激する。突き当たりの壁に向かい正座する祇十の背はぴん、と真っ直ぐに伸び、顔の辺りから真っ白な吐息が立ち上っている。後ろから見ても判る程白い、白い吐息。祇十を見守る三人の吐息はもちろん地面や岩壁も白く、薄っすらと氷が張っている。茶色い岩壁は、祇十の眼の前だけだ。
 ふぅ、とまた一つ白い塊が立ち上る。祇十が片足を立て、筆を持つ手を壁に向けたと思えば、壁には大きく力強い、それでいて見てるだけでも身体が震えるような錯覚を覚える一文字が書かれた。
 
“凍”

 その一文字を中心に、唯一残っていた岩壁がぴしぴしと音を立てて凍り始める。ぴしぴしきしと音が鳴る中
「来るであります」
 細谷が呟くと地面に張った薄い氷の膜がひび割れ、リス達が細谷達と祇十の間に飛び出してきた。リス達はきちきちと悲鳴のような声をあげながら上に上に、押し合いへし合いお互いを踏み越え、暖かさを求めて番傘に向かっていく。リスの塊がぶつかった番傘は辺りに紙吹雪をまき散らしながら吹っ飛び、何かに引き寄せられるようにアウロラの腕へと収まる。本能のまま動き回るリス達の動きがぴたりと止まった。“粘”と書かれた紙に囚われているシマリスですら、動かない。
 キチと一鳴、その声に合わせてリス達が一斉にアウロラを見た。
 冬眠を邪魔され、食事すらまともにできない、空腹でしかたないというのに仲間を次々と殺されたリス達の眼は、誰の記憶にもある愛らしい眼とは程遠い物だった。血走ったようにぎらぎらと輝き、全身の毛を逆立てちきちきと歯を噛み鳴らす。
 天井近くから地面へ、リス達の背後にいた祇十が大筆で一撃、斬りつける。小さな身体と鳴き声が響くと細谷の刀、大和が祇十が引いた線と同じ場所を空間ごと斬り裂く。真っ二つに割れたリス達のど真ん中を祇十が突き抜けてくる間、祇十に飛び掛るリスは虚空の小苦無、涅槃の刃と炎で退けられる。細谷が刀を紫電も同時に扱い小さな電撃が放たれると。小さな電撃は毛羽立ったリス達の身体を伝い感電していった。
 万が一の場合を考えて全員――特に単独になりそうだった祇十はアウロラが着けていた厚手の防具を借り――その上に“硬”の文字も書いてある。多少齧られた所で無事だろうが細谷と虚空の攻撃はリス達を一匹も祇十に近づけない。
 タイミングを見計らい、アウロラがライトを囮に走り出す。続いて細谷、虚空が遠距離攻撃でリス達を迎撃する中、祇十は残りの“粘”の紙を少しずつ地面に張りながら走っていた。
「祇十さん! あまり無理はなさらずに!」
「て、てやんでぇ! これっくれぇで、へばって、たまるかってん、だぁ!」
 息も絶え絶えに叫ぶ祇十だが、無理も無い。洞窟内全てを凍らせたのだ。同様に全員に暗闇を見る術を施した細谷も洞窟内を監視し、動き回る多くの“歪み”からたった一つの“少し大きい歪み”を見つけねばならない。 走る細谷が電撃を放っていた刀を手放すと祇十は懐から違う紙を一枚取り出し、地面に貼り付けた。大きめに一文字“棘”と書かれた紙から、地面が天井に向かって槍の用に尖る。突如現れた“棘”にリス達も最初は勢い良く突撃していたが、直ぐにその鋭い歯で齧りだす。
「おぉ、食え食え!まじぃだろぉが、よ!」
 ガリガリと齧る音がする中、大筆を構えなおした祇十は自分が作り上げた棘ごとリス達に何度も線を書き続ける。崩れる棘と斬り付けられ飛ばされていくリス達の中心から一際眩しい光が零れた。ニウェオを発見した細谷が、その身体を発光させたのだ。
 彼らは多くのリス達を土に返した。それでもニウェオを囲む壁は存在している。だが、光が漏れる隙間がある。それだけで虚空には十分だった。速乾性と粘着性の高いペイントポールを投擲し、リス達の間を縫ってニウェオに蛍光ピンク色が付着する。特徴的なふさふさの尻尾までべっとりと付いた色は、隙間ができ始めたリスの壁から見つける事も容易い。
 確実にニウェオを仕留める為もう少しリスの壁を排除したい虚空はもう一つの灯り、祇十の提灯を片手に一人別方向へ走りだす。祇十の書いた“凍”の文字を壊し、灯りを陽動に半数近いの怒り狂ったリスが虚空の後を追いかける。
 祇十の文字が無くなり暖かくなった横道の半ばで虚空は振り返り、迫り来るリス達に攻撃を仕掛ける事なく、群れに飲み込まれる。
 ばづん、ばぢんと小さな雷の様なものが発せられ、白眼を剥いたリス達がぼとぼとと地面に落ちる。リスに齧られ穴だらけになった虚空の衣服、その奥に黒いゴム状のものがちらりと覗く。一瞬だけ、ぱちちと静電気のような音が聞こえた。
「……悪いな。お前らに罪はねえが、放っておくわけにもいかねえんだ」 
 虚空は急ぎ、来た道を戻った。
 一人横道に行った虚空の身を案じながらも、三人の動きは止まらなかった。唯一の出入り口を見上げる。ニウェオがここから逃げてしまったら、見つけるのは難しい。アウロラが雪山を駆け上るともう外は薄暗く、息も真っ白になる。アウロラが振り返ると洞窟内を見下ろす形となった。祇十と細谷がリス達と対峙し、直ぐ後ろに虚空の姿も見えるが、何故か群れとは違う場所を皆見ていた。 視界の隅で、ピンク色が動く。群れの中にもピンク色は残っているというのに、いつの間にかニウェオは単独で岩壁を移動している。生き延び、ここから逃げ切る為にニウェオはペイントの付いた自分の尻尾を噛み千切って囮にしたのだ。
「!! ニウェオ!?」
 全員が動いていた。アウロラは叫ぶと同時に手に持っていたぼろぼろの番傘を開き、ニウェオの視界と進路を塞いだ。細谷は電撃をニウェオへ、守ろうとするリス達へと放った。祇十は字が書かれたありったけの紙を紙吹雪のようにばらまき、
「任せたぜぇ!」
 と楽しそうに叫ぶ。虚空は手持ち小苦無を全て、刃を持って投げつける。舞い散る紙の中から“爆”の紙を見つけ、その紙でニウェオ包むよう文字の余白部分に小苦無の持ち手が当たるように投擲したのだ。
 番傘に行く手を阻まれたニウェオは雷撃を受け、身体を紙に拘束され小苦無で岩壁に縫い付けられる。炎を纏った小苦無が紙に引火するとキチチ、とニウェオが鳴く。ボンっと小さな爆発音がした後は、何も残っていなかった。


 薄っすらと紫色がかった空から6車線の道路に向けてロストレイルが降りてくる。ビルの間を通り樹木の上まで差し掛かると何も無かった道路に臨時停車場が出現した。
 扉が開いてすぐ飛び出てきたのは祇十だ。列車が停車するまでのあいだ。ずぅぅぅっとなんだあれなんだあれと呆けたような顔で不思議がっていたのだが、列車が下りるにつれテンションが上がってきたらしい。彼は色とりどりの電球の下を走り回り、転ぶ。雪に突っ込んだ事すら楽しいのか、祇十は思いつく言葉をぽんぽんと口から出し続ける。
 楽しそうな祇十を見て自然と顔が緩んだアウロラは雨の雫を思わせる青いドロップ型の電球が吊るされているのを見上げ
「綺麗ですねぇ……」
 と呟いた。
「そうだな、アイツにも見せてやりたい」
 一番世界の住人である虚空には祇十やアウロラと違い、ライトアップの仕組みはわかっている。それでも、暗闇に浮かび上がる何色ものライトを使ってスズランやラベンダー等の花、時刻を示す赤い電波塔にはデフォルメされた梟が羽ばたく姿は、綺麗だった。
「……あ! だ、だめですよ虚空さん!」
 ふいにアウロラが慌てだし、意味のわからない虚空が首を傾げると
「恋人と来たら、だめです!」
 と、言う。アウロラは真剣に“カップルで訪れると高確率で破局する”事を心配しているらしいが、虚空は笑い出した。
「ははっ、アイツって言い方が悪かったかな。見せたいのは家族だから、大丈夫だぜ」
 早とちりをしたアウロラは恥ずかしそうに俯き、謝った。

 細谷は一人、列車の傍にいる。自分が居た世界と酷似し、友人が語っていた故郷の話と同じ言葉が存在した壱番世界。違うのはわかっているのだが、なんとなく、細谷は淋しい気持ちを覚えた。どうせなら友人と共に彼の故郷を訪れたかった、ともはや叶わぬ願いを思い、直ぐに小さく頭を振った。急いではいけない。それでも、思いを寄せる前にやることはある。
「今頃は、あなたが眠る場所も雪の花を咲かせているのでしょうね。皇国を守るため、必ずそちらに帰ります。あなたが命を捨てて救って下さったこの命、けして無駄にはいたしません」
 誰に言うでもなく呟いた細谷がふと鮮やかな明かりの中にいる三人の影を見ると

  カーーーーーン

 鐘の音が響き、辺りの電気がフッと消え始めた。まばらに、虫食い葉のようでありながら、花も動物も雫の明かりも次々と消えていく。カーーン、カーーンと何度も鐘が鳴り、丁度10回目の鐘の音と共に唯一光っていた赤い電波塔の明かりも、消えた。
「お、おいおいなんでぃ、何事でぃ。全部消えちまったぜ?」
「何かあったのでしょうか」
「敵襲でありますか?」
「いや……たぶん、終わっただけだと思うぜ?」
 虚空がそう言うと三人ともほっと肩を落とす。終わってしまった事は残念だが、何も起きていないのならそのほうが良いに決まっている。
「っくし、あ~~、寒くなってきやがった。ついでに腹も減ってきやがった」
「風邪をひいては大変であります、車内に戻りましょう」
「そうだな。食堂車で何か暖かいものでも食べようぜ。何も無かったら何か作ってやるよ」
「でしたら私は香草茶をいれますね」


 列車は空へと飛び立っていった。

クリエイターコメント  シナリオにご参加いただいた四名様、ありがとうございました。
 無事ニウェオは討伐され、皆さんの行動が素早かったのでライトアップも見に行ける運びとなりました。
 皆様の魅力や楽しかったと思っていただけると、嬉しいです。
 
  
 それでは、また次の旅行でお会いできるのを願って。

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螺旋特急ロストレイル

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