オープニング


「『トレインウォー』への参加、お疲れさまでした」
 リベル・セヴァンが、旅人たちに向かって言った。
「みなさんの協力を得て、無事、ディラックの落とし子の撃破に成功しました。ですが――」
 彼女の指が、導きの書のページをめくる。
「ディラックの落とし子は、侵入した世界内の存在に影響を与え、変質させていきます。私たちが到着する以前に、すでに同地の野生動物たちが落とし子の影響で変異してしまっていました。大半は『トレインウォー』の過程で駆逐されましたが、いくつかの群れがまだ同地に健在のようです」
 すなわち、もともと大雪山系に生息していた北海道の野生動物――ヒグマやキタキツネ、エゾシカといった生き物たちが、ディラックの落とし子の影響で変異し、まったく別の、本来は壱番世界に存在するはずのない怪物になってしまったらしい。
 変異した生物をもとに戻す方法はない。これらを放置しておけば、現地住民に被害が出ることも予測される。残念だが、すべて駆逐するしかないのだと司書は告げた。
「私たち世界司書が、それぞれの居所を特定する作業を行いました。数名ずつのチームに分かれて、対処を行います。『北海道遠征』の残務処理となりますが……、今しばらくおつきあい下さい。どうぞよろしくお願いします」



「今回の敵は山羊です」
 リベルは敵について説明をし始める。
 山羊……?と首を傾げる者も居たが、愛らしい動物さえも落とし子の影響でモンスター化してしまうのだ。山羊がそうなってもおかしくはない。
「その山羊は一頭だけで行動していますが、首が長く伸びた上に二つに分かれ、その首がそれぞれ意思を持って襲い掛かってくるのだといいます」
 元々は人に飼われていたものが逃げ出し、それが影響を受けて変異し、雪の中を縦横無尽に走り回る双頭の怪物になったらしい。
 首の長さはそれぞれ一メートルほど。攻撃方法は噛み付きと長い首での鞭打ちのような攻撃、そして首を支えるために発達した四肢での蹴りだ。
 一番注意すべきは噛み付きだという。
「単純な攻撃ですが、噛み付く力は尋常ではないものになっています。どうかお気をつけを」
 場所は雪原である。足場が悪く、それが原因で避け損なえば血を流すことになるかもしれない。
 ロストナンバー達は頷き、各々準備をしようと動き始める。そこへリベルが慌てて付け加えるように言った。
「すみません、言い忘れていました。今回は追加の報酬として、観光に出掛けても良いという許可が下りているんです」
 観光先はとある温泉地で、そこには世界でも珍しいモール温泉というものがある。
 モール温泉とは植物起源の有機質の含まれた温泉のことで、琥珀色、またはもっと濃い色の湯が特徴の温泉だ。
 そんなに温度の高い温泉ではないため、熱いのが苦手な者も楽しめるだろう。
「湯の手触りが独特……つるつるしている、とでも言うのでしょうか。そんな珍しい温泉と聞き及んでいますので、皆さんも疲れた体を休ませながら楽しんできてください」
 説明し終えると、いってらっしゃい、とリベルは笑顔でロストナンバー達を送り出した。

管理番号 b02
担当ライター 真冬たい
ライターコメント 初めまして、ロストレイルよりお世話になることとなりました真冬たい(まふゆ ‐ )と申します。
皆さんの最初の活躍を書くシナリオ……ということで少々緊張していますが、頑張らせていただきたいと思います。

今回はモンスター化した双頭の山羊退治+温泉を楽しむ、という形になります。
戦闘がメインの予定ですが、早く戦闘終了した場合は温泉を楽しむ時間がやや長くなります。
尚、一発で片が付くような強力な能力はトラベルギアにより制限されますので、ご注意ください。

それではご参加、お待ちしております。

参加者一覧
皇 靖人(cssn8244)
アルファルファ・ワーズ(cxvv3065)
小竹 卓也(cnbs6660)
夏野 日景(cbfz7517)
ローナ(cwuv1164)
歪(ceuc9913)

ノベル


 吐く息は白く、その度に視界を曇らせた。
「防寒具をしっかり用意してきて正解でした……」
 アルファルファ・ワーズがコートの前をぎゅっと握りながら言う。
 雪は降っていないが、積もった雪で辺りは真っ白だ。日中だと目がちかちかするくらいである。
「異形と戦うのは慣れている。……目が見えんでも、支障はないさ」
 皆と雪原を進みながら言うのは歪。
 彼は元々獣の姿をした異形と戦ってきたため、冷静さに揺らぎはないようだ。
 ジャバウォックの影響で変質してしまった山羊を憐れには思っていたが、退治することに躊躇するつもりはない。
「ここに山羊が居るんだな!」
 ふーっ、と白い息を面白そうに吐いていた夏野 日景が周りを見回す。
 晴れているおかげで見晴らしは良い。さてどこに居るのだろうか……と視線を動かしていると、景色に不釣合いな影が見えた。
「居ましたね」
 自己増殖で四人に増えたローナの本体が呟くと、その影もこちらに気がついたかのような仕草を見せた――と同時に、徐々に速度を上げながら走ってくる。
 それは正しく話に聞いていた双頭の山羊だった。
 一メートルほどの不気味な首を持ち、その先にはそれぞれ山羊の面影を色濃く残した頭が付いている。しかし雪を掻き分け進む四肢は通常の山羊のそれではない。
「こ、こんなのが自分の知らないところで発生してたのかよ!」
 小竹 卓也はそう叫ぶように言い、トラベルギアを射撃二刀タイプに変更する。
 投擲して攻撃も出来る形状だ。あまり近寄りたくないこの敵を相手にするには良い形状だろう。
 近づいてきた山羊は長い首をもたげ、早速見つけた獲物に噛み付こうと走りながら口を大きく開けた。糸を引くそこには山羊らしからぬ鋭い牙が並んでいる。
「いい的になりそうですね……狙わせてもらいますよ!」
 後衛に位置していた皇 靖人がトラベルギアのタロットカードを素早く投げつける。
 もちろんただのタロットカードではない。鋭い刃物と化したカードは右側の首に当たり、山羊の動きを止めた。
 突如首に走った意図せぬ痛みに驚いたのだろうか、山羊に大きな隙が出来る。
「今ならいけるかも!」
 噛み付きに警戒して前に立っていなかった日景だが、良いチャンスだと地面を蹴って進むと剣を振りかざす。
「やぎごめんっ、でもガーンッ!」
 ブゥンッと振り下ろされた剣は先ほどと同じ位置に当たった。血と毛が舞う。
 切断まではいかなかったが、それ相応のダメージを与えたようだ。

 メエエエエェエェェッ!!

 それは怒号だろうか、悲鳴だろうか。山羊の鳴き声がこだまも巻き込んで雪原に響き渡った。
「鳴き声は変わらないのかよ!」
 卓也がツッコみ、慣れた手つきで二本の棒を構えながら山羊に近づく。
 興奮した山羊は首を大きく上げ、勢いをつけて叩きつけてきた。
「ぐッ……!」
 トラベルギアでなんとか防ぐが、相当の衝撃だ。そのくせ山羊はその強靭な足のおかげか反動すら受けていない様子だった。
 痺れているところへ二打目が逆方向から襲ってくる。それを受けると両足がズンッと雪に埋まった。
「ちょ、まっ。これは攻めの手が激しすぎやしませんかー!?」
 再度構えなおそうと慌てる卓也の前へと、歪のトラベルギア「刃鐘」の一片が滑り込む。
 ギィンッ!!
 それは甲高い音をさせ、盾となり衝撃を吸収した。
「あれだけ鳴けば位置の特定は容易いな」
「ふう、助かったぜ……」
 卓也が一旦退き、その隣でローナが20mmアサルトライフルを構える。
「やはり走り回られると厄介ですね」
 まずは移動にも攻撃にも使われる山羊の足を狙うべきだろう。
 そう考えた四人のローナは山羊の後ろ足に狙いを定め、アサルトライフルを一斉に放った。
 雪がクッションになっているのか着弾の音や薬莢の落ちる音はしない。
 ただその数多の銃弾は確実に山羊の後ろ足を捉え、一瞬にして赤く染めた。
「まだやる気みたいですっ……!」
 アルファルファが警戒を促す一言を仲間に向ける。
 後ろ足を封じられた山羊だが、前足だけでも移動が可能なようだ。ただし後ろ足を引きずるような形になるため、素早い動きはもう出来ない。
 山羊は雪を血で溶かすのも構わずに進み、口を外れんばかりに大きく広げる。
「日景さん、危ない!」
「わーっ!?」
 アルファルファの注意に日景が思わずしゃがむと、山羊の噛み付きは空を切ったようだ。
 空気を食むことになった山羊だが、攻撃はそれだけでは終わりそうにもない。
「栗栖!」
 靖人が自分のフォックスフォームになったセクタンを呼ぶ。
 返事をするように鳴いた栗栖は炎の弾丸を撃ち出した。
 突如現れた熱源に山羊はよろめき、炎はその足元へと着弾する。一瞬で解けた雪がその熱さを物語っていた。
「足場を悪くするのであまり使えませんが、有効ではあるようですね」
 怯んだ山羊をアルファルファがキッと睨む。
「仲間をこれ以上傷つけられては困ります!」
 シルクハットを勢い良く振ると、中からまるで手品のように飛び出してきたのは……真っ黒な墨。
 綺麗な放射線を描いて飛んだ黒い墨は山羊の二つの目を封じる。
 あと二つ……もう一方の頭の目は生きているが、これで視界はグンと悪くなったはずだ。
「山羊さん山羊さんっ、背中ががら空きですよっ!!」
 リベンジと言わんばかりの勢いで走り出したのは卓也だ。
 背後に回るが山羊は出血と視界の悪さに反応しきれていない。卓也がその背中へ思い切り棒を叩き込むと、その瞬間にやっと気付いたようだった。
 慌てて距離を取ろうと動くが、もう遅い。

 ババッババババッ――!!

 乾いた音がし、ローナの銃弾――正確にはローナ達の銃弾――により、目の生きている方の山羊の頭が撃ち抜かれた。
「一発も外さずに済みましたね」
 ふう、とその黒い瞳を細める。
「……すぐ楽にしてやる」
 呟いた歪は視界を奪われ闇雲に首だけ動かす山羊へと刃鐘を走らせた。
 反射光を残し、刃鐘は上から下へと一直線に下ろされる。
 こうして山羊は断末魔の声も無く、長い長いその首を二本とも雪の上へと沈ませたのだった。



 靖人は琥珀色をした湯を覗き込む。
 湯気は通常のそれと変わらないが、湯の色は何とも不思議なものだった。
「温泉には初めて入りますが、この温泉はこの世界でも珍しいものなんですね」
「面白い感触だなぁ、しかしこうして雪見風呂っていうのも乙なもんだ」
 んー、っと足を伸ばす卓也も初めは驚いていたが、風呂文化な日本人として入らざるを得ない、っと掛かり湯をしてから一番に入っていた。
 その姿を見、靖人も髪を纏め上げてから湯に浸かる。
 ふう、と息を吐き出すと、その息すら温まったような感覚だった。
「暖かく、そして身体を癒す魅惑の癒し空間だと聞き及んでいましたが……本当だったようです」
「気に入ったか?」
「ええ」
 それを聞き、卓也はちょっと嬉しそうな顔をする。この世界の住人としてなんだか誇らしい。
「わー、すごいぞ、ほしー!」
 そこへ届いたのは日景の歓声。
 空を見上げてみれば、そこには大小様々な星が、まるで宝石のように散りばめられていた。
「これまた見事な……」
 雲も少なく、星座もきちんと確認出来る。
 残念ながら月は確認出来なかったが、それを差し引いても余りあるくらい美しい。

「聞いてはいましたが、こんな色の湯に入るのですか……?」
 後から入って来たアルファルファは少し戸惑った顔をしている。
 彼にとってのお湯とはこういう色をしていないため、気にかかるのだ。しかも温泉という文化が無かったのなら余計にだろう。
 恐る恐る足を入れてみると、見た目と同じく感触も変わっていた。
「不思議ですね。こうもツルツルっと……ううむ、確かに体には良いような気が……?」
「きっと胃腸にもいいぞ!」
「ええ、胃腸にも……え?」
 振り返るアルファルファ。
 目に映ったのは、何の躊躇いもなくお湯をごくごくと飲む日景。
「……」
 良い飲みっぷりにアルファルファは上手く言葉が出てこない。
 しばらくして満足したのか、口元を拭いた日景は笑顔でグッと親指を立ててみせた。

「まさか女は自分一人とは……」
 その事実に内心慌てていたローナは服を湯浴み着に変化させ、温泉に浸かっていた。
 混浴なため、さすがにタオルでは不安があったのだ。
「それにしても広いですね」
 湯船はそれなりの広さがあり、貸し切りではないためそこにはぽつりぽつりと先客が居た。
 どうやら一番近くに居るのは二人連れの女性客のようだ。
「美容に良いって聞いたからここまで来たけれど、本当に良さそうね~」
「うんうん、こんな手触り生まれて初めてかも」
「でも湯上り後のケアは大切よ、忘れちゃダメだからね?」
 何か大変な目にでもあったことがあるのだろうか。女性の片方がそう熱く説いている。
「ケアか……」
 ローナも美容に関して気にしていない訳ではない。自然と耳に入ってくるその会話に思わず反応してしまう。
 するとそれは女性客の耳にも届いたようだった。
「あら、貴女もここに泊まってるの?」
「あ……ええ、まあ」
「見たところお手入れは行き届いてるみたいだけれど……私の編み出した極意、聞く?」
 ローナは目を瞬かせる。
 その後、のぼせる直前まで美容について語り合ったのは言うまでもない。

 一方その頃、歪は端でゆっくりと足だけを湯に浸けていた。
 入浴のためには包帯を外さねばならない。しかしそれは避けたかったので、こうして足湯に止めているのだ。
 足先だけでも十分に体は温まったため、支障はなかった。
「そういえば……」
 温泉へ向かう前に寄ったカウンターの隣、そこに土産物屋があったのを思い出す。その時に日景がとてもはしゃいでいたので間違いない。
 あそこで何か弟に土産を買っていくのも良いかもしれない……そう考え、歪は一足先に温泉から上がった。
 手早く足を拭き、土産物屋へと向かう。
 饅頭や煎餅などといった食べ物が多く並んでいたが、出来るなら形に残るものの方が良いだろう。
 だからといってキャラクターものはよく分からない。事前知識無しで買うには勇気の要る物が多い気がした。
 しばらく悩んだ末、
「これを貰いたい」
 歪は一対の湯のみをレジに置いたのだった。

「実に参考になる話を聞けました……」
 湯から上がったローナは浴衣に着替え、湯船での語らいを思い出しながら廊下を進む。
 そこへ聞こえてきたのはカンッ!コンッ!っという音と、日景と卓也の声。
「必殺、まくらがえしー!」
「なんのーっ!」
 卓球台があるということは、ここ推奨の遊びなのだろうか、とローナは考える。
 入浴後にわざわざ汗をかくというのがよく分からなかったが、二人とも楽しそうだ。
「温泉の後には卓球、がお約束らしいですよ」
「……それもお約束ですか?」
 説明に現れたアルファルファの片手には牛乳瓶がしっかりと握られていた。
 しかもポリエチレン製ではなく、古き良き紙製のフタのものだ。
「はい、風呂上りに浴衣で牛乳……面白い文化ですよね」
 アルファルファはにこりと笑う。
 日景と卓也の声を聞きながら、そうですね、とローナも笑い返した。


 無事に仕事を終えた六人はこうして温泉でのひと時を楽しみ、それぞれ身体を休める。
 いつかまた、武器を振るうことになるその日のために。

クリエイターコメント 今回は数あるシナリオの中から、このシナリオにご参加くださりありがとうございました。
戦闘、そして温泉と色々と書くことが出来て書き手としても楽しかったです。

今後の皆さんの活躍を期待しておりますね。
それでは、これからも良き旅を!

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螺旋特急ロストレイル

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