オープニング


「『トレインウォー』への参加、お疲れさまでした」
 リベル・セヴァンが、旅人たちに向かって言った。
「みなさんの協力を得て、無事、ディラックの落とし子の撃破に成功しました。ですが――」
 彼女の指が、導きの書のページをめくる。
「ディラックの落とし子は、侵入した世界内の存在に影響を与え、変質させていきます。私たちが到着する以前に、すでに同地の野生動物たちが落とし子の影響で変異してしまっていました。大半は『トレインウォー』の過程で駆逐されましたが、いくつかの群れがまだ同地に健在のようです」
 すなわち、もともと大雪山系に生息していた北海道の野生動物――ヒグマやキタキツネ、エゾシカといった生き物たちが、ディラックの落とし子の影響で変異し、まったく別の、本来は壱番世界に存在するはずのない怪物になってしまったらしい。
 変異した生物をもとに戻す方法はない。これらを放置しておけば、現地住民に被害が出ることも予測される。残念だが、すべて駆逐するしかないのだと司書は告げた。
「私たち世界司書が、それぞれの居所を特定する作業を行いました。数名ずつのチームに分かれて、対処を行います。『北海道遠征』の残務処理となりますが……、今しばらくおつきあい下さい。どうぞよろしくお願いします」

 ※ ※ ※

 リベルから説明を引き継いだエミリエ・ミイは、ぱらりと『導きの書』を開く。
「えーっと……皆が相手をすることになる敵は、兎が三匹だよ」
 白くてもっこもこの赤目兎の変異獣らしいのだが、何だかちょっとビッグサイズらしい。
「とりあえず、皆の背丈は優に越すくらいの大きさだね。……でも可愛いよ。ふわふわのもこもこ!」
 その兎はぴょんと跳ねてダイブしてきたり、突進したり、かりかりと齧ったりしてくる。
 兎ダイブは雪もクッションになって大変心地好いらしいが、突進とかりかりは異様に痛い。
 突進されると吹き飛ばされて雪の中埋もれることになったりする可能性もあるし、かりかりされると噛まれどころによっては大惨事となる。
 真っ白な絨緞が文字通り鮮血に染まるということも有り得るのだ。
「見かけとふわもこに騙されて油断しちゃだめだよ!」
 ……ある意味強敵だ。
「場所は雪原だよ。到着する頃にはふわふわ雪が降ってきそうだね。足場は悪くって、場所によっては軽く膝くらいまでずぼっと埋まっちゃうかも知れないね~」
 くすくすと笑いながら、エミリエは『導きの書』をぱたりと閉じた。

「それから、お仕事が無事済んだらみんなで観光してきていいよ」
 行き先は木製二階建ての大きな建物。
 一階には様々な種類のオルゴールが、二階には硝子細工が溢れている。
 美しい硝子細工の数々に魅せられるもよし、心惹かれるがままに音色に耳を傾けるもよし。各々楽しんできて欲しい。
「館内は飲酒喫煙は元より、食べ歩き厳禁だよ。気をつけてね! 見つかると追い出されちゃうかも!」
 エミリエはそういってにこやかに微笑むと、ひらひらと手を振った。
「皆の楽しいお土産話、待ってるからね!」

管理番号 b03
担当ライター
ライターコメント  皆様初めまして。
 ロストレイルにお邪魔させて頂くこととなりました、聖(ひじり)と申します。
 文章傾向はダークからほのぼのまで、コメディも多少嗜んでおります。
 どこかで見かけた気のする方々も、本気で初めましてという方々も、以後どうぞお見知りおきを。
 そんな訳で宜しくお願いいたします。

 今回はモンスター化した巨大兎さん三匹のお相手をして頂くことになります。
 気をつけつつ、くれぐれも気をつけつつ(二度言った)もっふり遊んで退治してください。
 お仕事が終わったら、音と硝子のきらきら世界へご招待致します。
 是非楽しんでらして下さいね。

参加者一覧
西 光太郎(cmrv7412)
マルティナ オルダースン(ccxv6930)
滝山 マサキ(cxhs6383)
森間野 コケ(cryt6100)
坂上 健(czzp3547)
冷泉 律(cczu5385)

ノベル


「……変異生物に罪はないけど、放っておけば誰かが傷つく」
 防寒具に雪原用ブーツ、仲間たちの準備を確認した光太郎が<停車場>から雪原へと飛び出す。
「そうなる前に、何とかしないと」
 彼に続き雪原へ飛び出した律は、雪駄を履いて雪上での動きがどの程度制限されるかを、日課である武術の型を取りながら確認している。
 ゴーグルで吹き付け舞い踊る風雪から視界を確保し、マサキは目の前に広がる白銀世界に目を凝らし油断なく構えていた。
 寒いのは大敵ではないけれど、感覚が鈍るから――コートの下に着込んで少し膨らんだ服をぽしぽしと手のひらで撫でて、コケは銀のショベルを手にさっくりと雪の上に飛び降りた。
 何処へ視線を彷徨わせど彼らの視界は一面真っ白だ。もしかすると件の巨大兎の姿も、この真っ白な雪に紛れて見分けが付かないかも知れない。そう思われた矢先――ずむっと軋む雪の音と共に、こんもりとした雪山が宙を舞う。
「……でかっ」
「北海道。でっかいどう」
 マルティナは初めて見るもこもこの巨体に瞳を輝かせている。巨大カマキリより強いのだろうか――戦うに相応しい相手に違いない、と。
「俺らより大きい、兎?」
 呟く健の足元で、紅い瞳がぱちぱちと瞬いた。
 あれ、もしかして踏んじゃってた? そういえば雪にしては弾力があるというか、滑らかというか、ふかふかというか。そんな想いが脳裏を過ぎった瞬間、健の身体はぽーんと宙を舞っていた。
「……あ~?」
 カリカリ対策にと選んだ金属製の防具の重みがちょうど良かったのか、ものすごく小気味の良い音と共にぼすっと雪中に埋まった健を温かい目で見送りつつ、光太郎は自身のトラベルギアであるクラインの壷に手を入れる。
「今度は何が出るか……マトモな武器を頼むぞ!」
 南無南無念じながら彼が取り出した獲物は――。
「なんじゃこりゃぁ!?」
 何かマジックハンドみたいの出てきたー!?
 カシカシ。
 カシカシカシカシ。
 光太郎は呆然としながらマジックハンドをにぎにぎカシカシさせている。
 ……どうしよう、コレ。
 そんな彼の心の声が、今にも聞こえてきそうだ。
 光太郎の傍らではマルティナがホットになるためにフォックスフォームのセクタン・コケの狐火操りで、その辺を掘り返して集めた薪にファイヤー☆
「気合ダーッ!!」
 景気づけに叫べば、何だか身も心もホットになった気が!
 ニンジンをぶら下げる間もなくぴょいと跳ねて突っ込んでくる巨大兎の突進を退き交わし、マルティナはダンベルを手にした。
 さぁ、戦闘開始か――と思われたその隣では、何か律がふわもこ兎をバッシバシと激写している。何かものすごく楽しそうだった。
 ぴょいと大きく飛び上がった兎を見て、彼は瞳をきらきらと輝かせて笑顔全開で自らあたりに行った。どもふっとすごい音と共に律と兎が雪にぱっふりとダイブ!
 兎が退いたその跡には、めろめろとした律が至福の表情で埋まっている。
 見た目の可愛さに負けて戦闘意欲の出ない律に、兎のきらりん前歯のかりかり攻撃が襲いかかる! 寸でで光太郎のマジックハンドが巨大兎のもふもふちっぽをぎゅむっと掴みあげ、ついでにつぶらな紅い瞳にコケのショベルから飛んできた雪がべっしりとぶつかった。
 途端に目をこしこししてぴょんぴょんと律から離れていく兎。
 ――危ないところだった。あのままかりかりされていれば、あわや出血大惨事だ。ナイスチームワーク! ――と思いきや。
「もこもこな兎……本当にもこもこ。挟まれたい」
 ……あれ?
 思わず零されたコケの本音。無表情ではあるが、実は視線は常にもふもふちっぽをマークしている。そんなコケの隣で、マサキもまたこくりと頷いた。
「もふっと兎ダイブはされてみたい!」
 解っている。解っているのだ。見かけは可愛くても、放っておけば皆が迷惑する――だが兎がぴょんと飛び上がった瞬間、マサキは思わず至福の笑みを浮かべ両手を広げ待ち構えた。
 かも~んもふもふ~♪
 マサキに乗っかったもふもふの上に更に律が乗っかり、ふわもこちっぽにコケの魔手が迫る!
 ふかふか~♪
 表情こそ変わらないものの、コケの頭には小さな花が咲き乱れ、嬉しそうにぽわぽわと風に揺れている。
 兎はイヤイヤとばかりに尻尾をぴるると震わせて、三人の元からぴょいと跳んで逃げていった。何という連繋攻撃。皆に連繋して戦うようにと呼びかける光太郎の真意も、きっとここに在るに違いない。たぶん。
「尻尾、弱点みたい」
 一応それを確かめる狙いもあったらしい。この場合、兎にとっての弱点と言うよりも、多くのロストナンバー達の弱点と言う方が正しそうだが。
 雪中から律に救出された健は、咳払いを一つ。手にしたトンファーにポッポの炎を纏わせ雪を溶かせないかと考えたが、雪深く無謀であることに気付くと、その場に足を留めて突進してきた兎を交差させたトンファーでぎりりと受け止めた。
 マルティナがその背に飛び乗りむんずと耳を掴みあげる。兎はぷるぷると耳を振って逃れようとするが、マルティナも怪力勝負ならば負けないとばかり力任せにぎゅぎゅーっと耳を掴んでいる。
「暗殺者の毒針!」
 次第にぐったりとしてきた兎目掛け、マサキの手にしたカードから毒針が飛び出す。
 兎は腹に穿たれた刃に身を捩るも、追い打つように突き出された健のトンファーを急所に打ち込まれ、身を折りどさりとその場に崩れ落ちた。
「相手は3匹、こっちは6人! 負けるかっての!!」
「まず一匹」
 遥か上空では律のオウルフォームのセクタン・礼がゆっくりとした速度で飛行し、戦場を見張っている。
 コケ目掛け突進してきた兎が、その小さな身体をぼすっと雪の中へ突き飛ばした。雪崩れ埋もれた雪の中から、た……助けて、と篭った声が響けば、律が慌てて雪を掻き手を伸ばす。
「大丈夫か?」
「……これだけ寒いと、兎がもこもこになるのもよく分かる。生命の神秘」
 助け出されたコケは、花の代わりに綿毛をふわふわと生やしている。何だかとっても温かそうだった。
「多少の怪我やったら治るやろ。ナイチンゲール!」
 マサキのカードがコケのダメージを癒し、健の抑えた兎目掛けコケの手にした繊細な銀細工のようなショベルが宙を掻き、弧を描いた。
 どごすっ!!
 重々しい音を響かせて殴打された兎が――ブッ飛んだ。
「……」
「……」
 あ、あれ? 意外と……。
 ぐったりとして動かない兎。その姿を目の当たりにした仲間達が言葉を失い、ぎしりと空気が凍りついた。
 隙を突くように飛び込んできた兎がマルティナをかりかりしようとするも、光太郎のマジックハンドが兎を殴打し、律の棍が突き飛ばす。
「ワームさえ出現しなければ、変異することもなかった。普通の可愛らしい兎でいられた」
 刀のギアを棍から引き抜いた律の足がずりりと地を掻いた。雪上の軌跡は乱れなくついと刻まれる。
「歪められた生き方から本当なら助けてあげたいけれど、もう戻せない。……なら、せめて苦しませずに、一撃で……!」
 細い身体を捻り、飛び掛る兎の攻撃を上体を逸らし交わした律がその懐へと飛び込んだ。健が回転させたトンファーで鋭い牙を押さえ込み、首元へ滑り込んだ律の白い腕が刀を空へ振り抜いた。
 ずっ――滑り落ちるように、白い巨体が雪の大地に伏した。
「次に生まれることがあるなら、どうか幸せに」
 白く淡い吐息が天へと昇る。
 手を合わせそう願う律の傍らで、黙祷を捧げる光太郎。
 雪はふわりと風に舞い上がり、また降り積もる。
 空も大地も真っ白に埋め尽くして。

 * * *

 扉が軋む。
 踏みしめるたびに木板はひのり、きしきしと啼き声をあげる。
 微かな足音を響かせて、彼らは風と共に建物の中へ足を踏み入れた。
 途端に溢れ出る沢山の旋律。
 響く音色が反響し合い、彩りに満ちた空間。
「……こういう中が見える手回しオルゴールが好きだな。金属が突起を弾いて音を立てる瞬間……こう背筋が伸びるっていうか、打突のインパクトに通じるものがあるって言うか」
 呟く健に光太郎と律がくすりと微かな微笑を零した。
「そうだ、エミリエにも土産に一つ買ってくか?」
「俺もお土産に幾つか買っていこうかな」
 親友や友人たちのためにと、律もまた旋律を零す小箱を手に取りその音色に耳を傾けた。マルティナはオルゴールよりも腹が減ったと言って、皆より一足先にその建物を後にした。
「硝子細工が並んだところって、通るの緊張するわ」
 古い建物だけに通路は余り広くはない。二階へと上ったマサキは、周囲に気を配りながらも色鮮やかに光を弾く、繊細な硝子細工に視線を落している。
「飴かと思ったけれど、食べられないらしい……残念」
 初めて見る飴細工のような硝子――木々から零れ落ちる雫を模した繊細な硝子細工を指先で突きながら、コケはほんの少し残念そうに頭のオジギソウをしょんぼりさせている。
「でも綺麗。コケもいつかこういうもの、作ってみたい」
 階下から微かに響くオルゴールの音色や、穏やかな雰囲気を醸す古びた木製の建物に安堵したらしい。
 硝子細工を眺めながらうとうととし始めたコケを光太郎が背負い、彼らはその建物を後にした。
 彼が日記に綴る思い出がまた、一頁。
 皆と過ごした今日のことを、忘れないように。

クリエイターコメント  皆様初めまして、聖です。
 このたびは『【北海道遠征】雪原の死闘』へのご参加ありがとうございました。
 どのくらい遊びに来るかな、などと思いつつ待ち構えておりましたが、思わず笑みが零れるくらい可愛らしいプレイングやキャラクターとしてのギャップなどがあって、楽しく書かせて頂きました。
 皆様に少しでも楽しんで頂けていれば幸いです。
 またいつかのご縁がありますように。
 参加者の皆様、お疲れ様でした。

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螺旋特急ロストレイル

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