オープニング


「『トレインウォー』への参加、お疲れさまでした」
 リベル・セヴァンが、旅人たちに向かって言った。
「みなさんの協力を得て、無事、ディラックの落とし子の撃破に成功しました。ですが――」
 彼女の指が、導きの書のページをめくる。
「ディラックの落とし子は、侵入した世界内の存在に影響を与え、変質させていきます。私たちが到着する以前に、すでに同地の野生動物たちが落とし子の影響で変異してしまっていました。大半は『トレインウォー』の過程で駆逐されましたが、いくつかの群れがまだ同地に健在のようです」
 すなわち、もともと大雪山系に生息していた北海道の野生動物――ヒグマやキタキツネ、エゾシカといった生き物たちが、ディラックの落とし子の影響で変異し、まったく別の、本来は壱番世界に存在するはずのない怪物になってしまったらしい。
 変異した生物をもとに戻す方法はない。これらを放置しておけば、現地住民に被害が出ることも予測される。残念だが、すべて駆逐するしかないのだと司書は告げた。
「私たち世界司書が、それぞれの居所を特定する作業を行いました。数名ずつのチームに分かれて、対処を行います。『北海道遠征』の残務処理となりますが……、今しばらくおつきあい下さい。どうぞよろしくお願いします」

●倒せ変異獣

「こんにちは、皆さん。戦い続きで申し訳ないのですが、世界の為にもう一頑張りお願いいたします」
 説明を引き継いだ少女が、まずは集まってくれてありがとうと礼を言った。
「さて、皆さんに倒していただきたい変異獣なのですが……一言で言い表すと、『鮭』です。巨大な鮭に立派な脚が二本生えてます」
 真剣な面持ちで少女は語るが、やはり真剣な表情で話を聞いていた旅人達の間に何とも言えない空気が漂う。
「あ、そんな微妙な顔しないでください! 私だってふざけてこんなこと言ってるわけじゃないんですからっ!」
 少女は若干恥ずかしそうな表情で説明を続ける。

「陸に上がった魚なんて弱そうと思うかもしれませんが、鱗の一枚一枚が鉄の鎧のように頑丈になっていてけっこうタフみたいです」
 その鮭の攻撃方法は主に尾びれの振りを使っての強力な攻撃。
固まっていると一気になぎ払われてしまうだろう。その他、イクラをとばしての遠距離攻撃も可能としている。
 攻守に優れているようだが、勝機はある。
 まずは元々が魚だけあって、地上での動きは素早いとはいえないこと。動きを見極めればなぎ払いを避けるのはそう難しくないだろう。
 もう一つは鱗は頑丈だが中身は脆いこと。攻撃を工夫してもいいし、あるいは確実に数を当てていけば鱗ははがれていくだろう。
 現場は近くに川の流れる少し開けた場所で広さは十分。旅人達が着く頃には雪は降っておらず、地面には昨晩の雪がうっすら積もっているくらいだ。
「油断はしちゃだめですよ? 時期はずれに苦労して川を昇ってきたのに可哀相ですが、被害が出る前に倒してあげてください。お願いします」

 それから、と少女は続ける。
「戦いが終わったら、ちょっとしたご褒美が待っています」
 少女はにっこりと笑うと、なにやらパンフレットを取り出して旅人達に差し出す。
「北海道の味覚楽しみ放題ということで、鮭のちゃんちゃん焼きをご用意しましたよー……って微妙な顔しないでくださいってば!」
 別に変異獣を食べるわけじゃないんですからとぶつぶつ言いながら、少女は自分もパンフレットを開き写真を指し示す。
「観光客向けの牧場でバーベキューの予約がしてあります。あ、食べるだけじゃないですよ」
 ほら、ここを見てくださいと指を指された場所を見ると、手作りソーセージ体験と書いてある。
 作り方は簡単。材料は既に下準備されているので、腸が破れないように気をつけながらお肉を絞り出して食べやすい大きさにひねるだけ。壱番世界で一般的な調味料類もおいてあるので多少のアレンジも可能だ。
 あとの処理は牧場の人がやってくれるので、ソーセージはバーベキューで食べられるという。
 ちゃんちゃん焼きは最初に作られた分だけらしいが、バーべーキューの方は牛肉、ラム肉、地元産のかぼちゃやとうきびなどの野菜に茸類とたくさんの食材が用意されており、全て食べ放題だ。更には絞りたての牛乳も飲めるという。
 存分に楽しんくださいと少女は笑った。

「それでは、お気をつけて。良い旅を!」

管理番号 b05
担当ライター 北里ハナ
ライターコメント はじめまして、新米ライターの北里ハナです。
皆さんの旅をお手伝い出来るのが嬉しくてたまりません。これからよろしくお願いいたします。

さて、今回は北海道で鮭退治&ソーセージ作りです。
鮭の遡上時期はすぎているのですが、何かの間違いで来ちゃったみたいです。季節はずれの桜みたいなもんです。
やられない程度にはっちゃけてください。

鮭の全長(脚部以外)はマグロを想像してください。
脚は平均的な大人の脚の長さくらいですので高さはあまりありません。
背の低い方にも尾びれのなぎ払いは当たるものと思って行動してください。
戦場に関しては、ごく普通の雪山装備であれば戦うのに困る事はないでしょう。
雪の下が凍っていてツルツルなんていう雪国トラップも今回は発生しませんのでご安心くださいませ。

ソーセージ作りはやった事のない方も多いかもしれませんが、OPの通り難しい事はありません。
北里が中学生の時にやった事があるくらいですので大丈夫です。
大きさの選択と、後はちょっと調味料を足してオリジナルの味を追求したり好きなように楽しめます。
やっぱりよくわからないなという方は食べる事に集中してくださっても構わないと思います。
せっかくのご褒美ですので、楽しんだ者勝ちです。
皆様の楽しいプレイングをお待ちしております。

参加者一覧
モルティ・ゼグレイン(cwrh9914)
三才 巻名(czac5252)
黒葛 一夜(cnds8338)
狩谷 幸次郎(cvsb4329)
津田 重之(cudx5900)
藤崎 ミナ(cnws2774)

ノベル


●真っ白な世界

 一面の銀世界、本来なら滅多に人の立ち入る事のない山中を彼らは歩いていた。
辺りには人の姿は勿論、動物等の気配もなく静まりかえっていた。足下から彼らの踏みしめる雪の音がキュッキュッと鳴っているくらいだ。
 山の木々の間を二列になって一行は進んでいた。

「こんな寒い中じゃぁ鮭も冷凍になってしまいそうだね?」
 鮮度は保たれていいかもしれないねと狩谷 幸次郎が穏やかに微笑む。吐く息は白く、その寒さが目に見えるようだ。
今日も愛用のチューリップハットをしっかりかぶり、肩には相棒のセクタンが止まっていたが、トベタンも心なしかいつもより寒そうに彼に寄り添っていた。
「凍り付いてしまう前に早く帰りたいものだね……」
 この寒さに明らかにやる気が落ちているのは三才 巻名。幸次郎の隣で寒い寒いと呟きながら防寒具のフードをしっかりとかぶり直す。
どこか神秘的な雰囲気を持つ女性は早く暖かいところでいつもの格好に落ち着きたいものだとフレームレスの眼鏡をあげる。
 そして、二人の後ろをついていくのは、巻名と同じくやる気があまり見えないモルティ・ゼグレイン。
髪こそカフェオレ色で日本では浮くけれど小学生の男の子にしか見えない彼だが、よくよく見ると耳当てなどではなくふさふさの耳としっぽが生えている。
 モルティの隣には同じ年頃という事で親近感を持った藤崎 ミナが慣れた足取りで歩く。
ピンクと白のスキーウェアはまるでスキー学習の小学生だが、自分の生まれ育った土地を守るんだという強い意志が見える。
 そんな子ども達の後ろで二人を暖かい眼差しで見守るのは黒葛一夜。
 モルティとは先の戦いで共に戦った仲だし、ミナは丁度彼の妹と年頃が近いらしく放っておけないようだ。
 
 一方、その一夜と同じ年頃の津田重之は竹刀をぶんぶん振り回しながら、
「ふ……ついに俺の最強の能力を解放する時が!」
 そんな事を叫んでいた。
 解放する前に封じられている力がありません。気合いは十分だが落ち着きがない21歳男性、心は永遠の14歳。
そこそこの身長、無造作に整えられた(ほったらかし?)黒髪、澄んだ琥珀色の瞳。見た目だけなら、なかなかの好青年。
「俺の竹刀が輝き叫ぶっ! 俺の大活躍を見るがよい!」
 見た目だけ好青年は更に叫ぶとアニメか特撮かというような動きで竹刀を振りかざしたり雪に突き刺したりしている。
そのテンションの高さにミナが思わず振り返るが、そのせいで足下の木の根に気づかずバランスを崩す。
「……キャッ!」
 目の前に迫る地面に思わず目を瞑りそうになった瞬間、ふわっと体が浮くのをミナは感じた。
「大丈夫ですか? 気をつけてね」
 ミナを咄嗟に抱きかかえた一夜が、そっと地面に彼女を降ろした。
綺麗なストレートの黒髪がさらりと流れる。真っ黒な瞳は優しげにミナを見つめ微笑んでいた。
「どうもありがとうございます!」
 慌ててきちんとお礼を言うミナだが、
(一夜さんってかっこいいな。津田さんは……クラスの男子みたい)
 そんな事を思うのであった。ちなみにミナは十歳。
 共に同じ年頃、背格好も近く、それなりに整った顔立ちの青年二人だったが、早くも少女の評価は分かれてしまっていた。
「気にしないで。変異獣に会う前に怪我をしたら大変だしね」
「そうだよ! 大事な食べ物を狩る前に怪我をしたらいけない」
 モルティの瞳がきらきらと輝いている。表情では分かりづらかったが、その目には大きくごはんと書いてあるかのようだ。
どうやら彼にとっては『大きな鮭=大きな食べ物』らしく、やる気満々だったようだ。
「怪我がなかったなら何よりだ。しかし鮭はまだなのかな?」
 よかったねとミナの頭をなでると幸次郎が首を傾げる。
「話によれば巨大鮭が出るのはこの辺だと思うっすけどねー」
 重之も辺りをキョロキョロ見回す。皆もおかしいね、そろそろじゃないかと話し合う。
 そんな中で、巻名だけが不思議そうな顔をしている。
「巨大鮭だって?」
「今回の変異獣ですよ。聞いていなかったのかな?」
「巨大鮭……それはプラズマの仕業だ!」
「えっ!? いや、変異で……」
「プラズマか。そして巨大な鮭……食材確保のリベンジ! やる気が出てきたよ」
「……やる気が出てきたならよかったです」
 頓狂なことを言い出した三才巻名に優しく訂正を入れようとするも見事にスルーされる狩谷幸次郎。
このメンバーの中では少なくとも外見は最年長。お父さんは苦労しそうです。

「……何か気配がするよ」
 不意にモルティの耳がぴんっとたつ。まさかと一同が注意深く辺りを見回す。
ガサリと微かに音がしたその先に視線が集中する。立ち枯れた植物の陰に隠れてそれは見えた。


●山の中に海の幸

「「「…………」」」

 鮭。最近の壱番世界のお子さんは切り身しか知らないかもしれないが、けっこう顔つきは厳つい。
人から見るとどこを見てるのかよくわからない目、何を食べる為にそんな形なんだと聞きたくなるような口。
 それが巨大化してるのだからそれだけでも立派な化物だというのに、こいつにはご丁寧に立派な足までついている。
一見、足は肌色っぽく、人間の足のようにも見えるが、よく見ると胴体に比べると薄く防御力はなさそうだが鱗がびっしりと生えていた。
 
 その姿はつまり、

「何アレ気持ち悪い信じられないっ!イヤアァァァァ!!」

 北海道の雪深い山の中、ミナの絶叫が木霊する。気持ち悪い、当然の反応である。
心優しい少女は変異獣を倒すことに胸を痛めていたが、そんなもの吹っ飛ぶ気色悪さであった。
 気色悪かろうがなんだろうが、倒さなくてはいけない。それが今回の使命なのだから。

(鮭! 生、焼き鮭、ムニエル……食べる!)
(イクラはこの網でキャッチ!)
(食べられないかなあ。足もついているし捌くのも大変だろうし大味はあまり美味しくないっていうから無理かな)
(仰向けにして捌けないだろうか……?)

 そして、ミナ以外は案外ポジティブかつ食いしん坊万歳な一同であった。
 だが、足の生えた鮭もどうかと思うが、虫取り網で採れるようなイクラも食材とみなしていいのか甚だ疑問である。
冬山にそぐわなすぎる巻名の虫取り網だったが、多種多様のトラベルギアを見慣れてきてしまっている一同は意外と気づかない。
 そんな中、最初に飛び出していったのはモルティ。

 ズンッ

 素早い動きで尾びれの攻撃をかいくぐり、その小さな身体からは信じられないくらいの重さのパンチが変異獣を捉えた。
 だが、変異獣はすぐさま身体を捻り再び攻撃を仕掛けてくる。モルティもすぐに後ろに飛び退いたが、尾びれが身体をかすめて顔を顰める。
 敵が強いのか、それとも彼の本来の力がトラベルギアによって抑えられているのか。どちらにせよ、立ち止まってはいられない。
怯むことなく次々と繰り出される攻撃に変異獣の鱗がぱらぱらとはがれ落ちていく。

「体は鱗に覆われていても足元なら……!」
 モルティのような戦闘能力は持たない一夜もトラベルギアを片手に頭脳を駆使して攻撃に加わる。
何とか隙をつき、変異獣の脛を狙い彼のトラベルギアのガムテープを伸ばす。
「くっ!」
 うまく弱い部分を狙おうと試みたものの、そこに尾びれの攻撃が来た為にやむを得ず離れる。
「ワタシだって!」
 一夜を援護しようと、ミナのトラベルギアから小規模なブリザードが放たれる。それに怯んだ変異獣が後ろに下がる。
 その隙に一夜が諦める事なく、今度はテープの粘着力を利用して鱗を引き剥がしにかかる。それを見てミナも続く。
「母さんがこうやってウロコ取ってたの、ワタシ見てたから!」
 直視したくない相手ではあったが、きちんと動きを見極め、見事な装飾のハルバードを軽々と振り回しイクラをはじき飛ばしながら変異獣に接近する。
尾びれの攻撃もギリギリで避け、尾から頭に向け鱗を削いでいく。鱗と共にハルバード、『ジェラルド』から氷の刃が輝きながら零れ落ちる。
「うん、上手だね。お母さんはお料理上手かな?」
 少女の見事な手際に料理人の幸次郎も笑顔を見せると、一瞬で真剣な表情に切り替わり、魚を捌くかのような動きでそれに続く。
 皆の連携に変異獣の鉄壁かと思われた鱗は徐々に剥がれ落ち、その脆弱な本体をさらけ出そうとしている。

「エターナルフォーブフッ! 危ないだろうがっ!!」
 皆に続けとばかりに、自分的必殺技を繰り出そうとした重之に思いっきり飛んでくる。
重之が難なく避けたイクラがドスッと背後の樹にぶつかりはじけた。元はイクラとはいえ、当たればバレーボールくらいには痛い。そのくせに潰れる。
「うわっ生臭っ! 気をつけろみんな!」
「魔法名? なんて叫んでる場合じゃないです!ワタシ達は普通は魔法なんて使えないんだから!」
「使えてたじゃん! 俺だってこれで一瞬で相手の周囲の大気ごと氷結して相手は死ぬはずなのに!」
「何ですかそれ! あれはトラベルギアの力ですっ!」
「俺の竹刀は108式あるぞ!」
「それ、後学のために聞いておきたいなー。一から百八まで」
「そ、そう簡単に奥義の秘密は明かせなっ……! こんのっイクラ丼ー!?」
 にやりと笑い突っ込みを入れた巻名に重之が動揺し、立て続けに飛んできたイクラを避けきれずに一人で喰らっている。
あれだけのイクラを浴びていたら後でカペカペに白くなりそうだ。
彼のセクタンだけがもうこいつどうにかしてくれよという空気を醸し出しながらも華麗に変異獣の攻撃を避け続ける。

「さて、それじゃあ私は魔法を使ってしまおうかな?」
 壱番世界の出身ではない巻名は重之達とは違った。ふっと笑うとその特殊能力を発揮する。
「か、かわいいっ!」
「なんだコレ?」
「もふもふ……くまですか?」
「鮭といえば熊!」
 巻名の力により絵本の世界からこの世界に実体を手に入れたくまさんが飛び出す。
そのフワフワのモコモコのキュートな姿に小学生女子の皆はもちろん、実はモルティの事も密かにモフモフしてみたかった一夜の視線も釘付けだ。
(熊の手って高級食材だなぁ……もふもふしてるけど)
 一同が大騒ぎしている間も変異獣を牽制していた幸次郎が尻尾攻撃を避けながらそんな事を思う。
「すげー! これって俺の漫画にも出来たりする?」
「出来ると思うけ……あいたっ! イクラってこんなに硬くなるんだ」
「ちょっ!大丈夫ですか三才さん!」
「あ、すみません隊長。この間って私動けないんですよねー」
「それは早く言おうぜっ! ……今度、戦場じゃないとこで是非その力を!!」
 慌てて飛んでくるイクラをばしばしと竹刀で打ち返しながら重之はキラキラとした瞳で巻名にお願いする。
 そんな事をやっている間にも、重之のココアがだめだこいつと諦めオーラ全開で淡々と変異獣の攻撃を避けていた。あらゆる意味でスルー能力の高そうな気がするセクタンだ。

 そして、くまさんは巻名が動けない分を補って余りうる動きで、その可愛いお手てで変異獣をぺしぺしと殴っていた。くまさんがその力強いお手てでガシッと変異獣に組み付く。
若干動きの鈍った変異獣にモルティがすかさず飛びついてガブリと噛みついた。
「…………!!」
 変異獣が激しい動きで熊を振り切り、モルティも振り落とそうとするがモルティは絶対に離さないぞという気迫で食らいつく。
「やるな! これじゃあ俺いいところ何もないじゃないか!」
 自分より小さな少年が奮闘する姿に重之もようやく真面目な顔つきで変異獣に向き合う。
「しょうがない! 地味でもいいから役に立つぞ……!」
 呼吸を整え、竹刀をしっかりと握り直し、変異獣に向かって構える。
「……はっ!!」
 気合一閃、スパンッと鋭い音と共に竹刀が振り下ろされる。
剣道に関しては確かな実力を持っていた重之の攻撃に変異獣の身体がぐらりと傾ぐ。
「すごいっ! かっこいい!」
「すごく効いてるようだよ!」
 沸き上がる歓喜の声。しかし当人は地味だなぁと不満そうである。
 モルティ達の攻撃は確実に変異獣を押しはじめていたし、幸次郎も包丁を手に善戦しているが、まだ決定打には至らない。
 そこに再び、一夜が前に進み出た。

「ギアとしては謎ですが、ガムテープとして有能なところを見せてあげますよ!」
 覚束ない足取りになっていた変異獣の足をうまく引っかけ転ばせる。そしてトラベルギアを再び伸ばして足に巻き付けて動きを封じる。
 変異獣は必死に足を動かすが、弱った身体では幾重にも巻かれたテープを破ることが出来ない。
仕方なく地面に横たわったまま激しく身体を跳ねさせるが、ここまで戦ってきた彼らにとって避けることは容易い。

「流石だね、隊長は」
「うん、すごい。これで攻撃が怖くない」
「モルティ君、三才さん、攻撃は任せます!」
「津田さんもさっきみたいにお願いね!」
「地味だけどなぁー……っていうかすげーシュールじゃね?あの光景。ビッチビチだぜ」
「それは言わないお約束ですよ。さて、僕もそろそろ鮭の調理は終わらせてソーセージ作りに移りたいかな」

 これが最後の総攻撃。
 巻名のくまさんががうっと吠えると変異獣の頭に組み付き、その口を開かせる。そこに本来の役割とは大分違う使い方だが、思いっきり投げつけたガムテープが当たる。
ミナの斧槍の氷の刃もその後を追う。想定外の部位への立て続けの攻撃に変異獣は声なき叫びを上げる。
 ダメージが出るようには思えないが、トベタンにココア、一夜のアルフォートとミナのノンノもそれぞれなりに攻撃に加わろうとする。少なくとも皆の士気は上がるであろう光景だ。
 更にモルティが動きの鈍くなった尾びれを大胆にも掴み持ち上げると、地面に叩きつける。
 仰向けに倒れ見えた腹に幸次郎の包丁が入り、動きを封じられつつも藻掻く足を重之が今までのお返しとばかりになぎ払った。
 それでも抵抗を続ける変異獣だったが、段々とその力が弱くなり、そしてぴくりとも動かなくなった。

「手ごわい敵だったぜ……」
「最初から本気を出していればよかったのに」
 かっこつける重之にやれやれといった風にミナ(とセクタンが)ため息をつく。まるでミナの方がお姉さんのようだ。
「大きさは別として、足以外は割と普通の鮭っぽいな……」
「さあ、一度列車に戻りましょう」
 動けるようになるなり変異獣をじっと観察していた巻名に一夜が声をかけると、巻名は頷き列車へと歩き出す。
「おなか、すいた……」
「すぐにご飯の時間だよ。僕も腕を振るうよ」
 運動してお腹の空いたらしいモルティに今度は本領発揮出来るよと幸次郎が笑う。
 すぐに列車は彼らを道内の牧場へと運んでいく。


●おいしいごはん

 牧場に到着し、牧場のおばさんにソーセージの作り方をレクチャーされる一同。
ソーセージを作ったことはありますか?という問いかけに対して首を振るメンバーの多い中、
「学校の授業で一度ソーセージ作り体験した事あるんです」
 そう言って頷いたミナは手際よく綺麗な形のソーセージを作り、おばさんにも褒められている。
「肉をつめて、愛情と、愛情と、気合をつめる……!」
「大きいの作ろうっとー」
 モルティのソーセージは肉が詰まりすぎて狐のしっぽのような形になってしまっている。重之の物も同様に大きさがえらい事になっている。
「ちょっと辛めなのもおいしいかな?」
 一夜も持ち前の器用さで上手くソーセージを作っていく。七味唐辛子を加えてみたりと楽しんでいる様子だ。
 そして、注目したいのはやはり料理人である幸次郎だ。用意されていた調味料だけでなく、手持ちのハーブを使い更に本格的なソーセージを作り上げる。
まだ生の状態なのだが、おいしそうとモルティの口から今にもよだれが垂れそうである。
「本当はあの鮭を使ってみたりしたかったんだけどねぇ……流石に持ってこれなかったからねぇ……」
「あ、それなら私が持ってきましたが」
 使います?と懐から何かを取り出す巻名に慌てて一夜が止めに入る。
「何時の間に! ポイしてくださいっ! ポイッ!」
「……味見してみてもいいだろうか?」
「ダメー!」
 ごくりと唾を飲む幸次郎の腕にミナが縋り付き止める。状況が状況でなければ、まるで親子のように微笑ましい光景だっただろう。
どこか残念そうな巻名と、料理人としての血が騒ぎすぎた幸次郎だったが、そこは素直に諦めてソーセージ作りに戻る。
(変異獣の切り身はその後、然るべき処置が取られました)

「「……あっ」」

 奇しくも同じタイミングで声が上がる。モルティと重之だ。
見ると双方とも肉を絞りすぎたらしく、ソーセージの腸がべりっと破けてお肉がモリモリとはみ出していた。
「俺の愛が重すぎたと言うのか……」
「破けちゃったー」
「大丈夫?手伝うよ?」
 経験を活かしてミナが手伝い始める。
「わっ! びっくりした」
「え、びっくりしますかコレ?」
 一夜も他の面子を手伝おうかと見回すと、巻名の手により順調にソーセージが量産されていた。が、何故かどれもこれも藁人形のように人型をとっていた。
「逆にすげぇなコレ」
「逆というか正当にすごいといえばすごいですよ。そこまでよくうまく形作れましたね……」
 何はともあれ、山盛りのソーセージが出来上がる。後の処理はおばさんに任せて、一同はバーベキュー会場へと向かう。
 そこにはもうホカホカと湯気を上げて料理が待っていた。まず目に飛び込んでくるのは鮭のちゃんちゃん焼きだ。

「無残な姿になりやがって……」
「はい?」
「お前のこと、忘れないぜ」
「もしかして、変異獣のこと?」
「これは普通の鮭ですよ」
 物凄くストレートなツッコミが入るが、ここの傷とかさっき俺がつけたやつだとかなんとか言って重之は聞いちゃいなかった。
「俺が戦ったライバルのことを忘れるわけないだろ……?」
「……」
 どこか切ない表情でちゃんちゃん焼きに話しかける青年。実に残念な光景である。
 だが、そんな重之の事はおかまいなしで料理にかぶりつくモルティ。
「アッーー!!」
「どうしたの?なんで食べふぁいの?」
「俺の……ライバルと書いて今日の友……」
 重之の嘆きもなんのその。鮭をモグモグと咀嚼し飲み込むとモルティはパアッと笑顔になって言う。
「おいしいー」
「おいしい? よかった。どんどん食べなよ」
 自分は食べるより食べるのを見てる方がいいからと、次々とバーベキューの肉類を焼き、お皿に盛ってあげる巻名にモルティはお礼を言うとどんどん食べる。
どこに入るんだろうというくらいの量が次々と平らげられていく。
 その様子に巻名は満足そうにしている。精神体に近い彼女にとっては食事そのものよりも皆が楽しむ様子がご馳走のようだ。
 一方でテーブルの下ではこっそりとセクタン達もお肉を貰っていた。彼らも食事は必ずしも必要ではないはずだが、こちらはどうやら食べる事も好きな気配がする。
四匹のセクタンはつんつんと巻名をつついては追加を貰って食べている。彼らは声は上げないけれど、どことなく幸せそうな気配。
 次々と焼かれていくお肉や野菜を食べていた一行に遅れてソーセージが到着する。
「わぁ! 売ってるソーセージみたい!」
「こうしてみると、みんなけっこう上手に出来たね」
「おいしいーおいし……!?」
「あ、僕の唐辛子入りの食べちゃった? 急に辛いとびっくりするよね」
 はい、これで口直ししてと牛乳を一夜が差し出す。ミナにもしっかりカルシウム取らないとねとコップに注いであげる。
モルティは牛乳もあっという間に飲み干した。口にはうっすらひげが出来ている。
「これもおいしいー」
「あ、本当だ」
「どれどれ?」
 壱番世界で飲み慣れているはずの者も目を丸くする。搾りたてで成分調整もされていない牛乳は市販の物と比べてずっと味が濃い。
「うまいなーお土産とかなんかもって帰れないかなぁー?」
 そんな重之の呟きに、丁度追加の食材を盛ってきてくれていたおばさんが笑顔で牧場で作ったバターを使ったクッキーがありますよと言う。
「お、言ってみるもんだな」
「クッキー! デザート!」
「え、ここで食べちゃうの?」
「え、食べちゃだめ?」
 モルティとミナのやりとりに皆が笑う。デザートの前にまだまだご飯は残っているよと幸次郎が自分で制作した分のソーセージを勧める。
「ん? なんかコレだけ高級な味がする気がするぜ! ほら、食ってみろよ」
「すごい……ベースの材料は同じでもこんなに変わるんですね」
「唐辛子もぴりっと効いてていいね。それに、形はミナちゃんのには適わないなぁ」
「……ありがとうございます」
 ハーブの風味に関心する一同に幸次郎は少し照れながらも、他の皆のソーセージも褒める。そうすると褒められた方もまた照れる。
そんな様子にまた皆が笑う。

 皆の活躍により訪れた穏やかな時間。
 北海道の事件は一段落ついた。けれど、これから何が待っているかはわからない。
 それでも彼らはこの一時を存分に楽しむのであった。
 

クリエイターコメント ご参加ありがとうございました。
皆様にとっても自分にとっても初めての冒険でしたが、とても楽しかったです。
皆様にも少しでもそう思っていただけていたら幸いです。
生き生きとしたプレイングや設定により、皆様の大切なキャラクターさん達は今も北里の頭の中で動き回っております。
こんなに彼らは動いてくれているのに、それを北里が文章で表現しきれているかは怪しいです。
こちらのイメージで自由に動かしてしまった部分もありますので、皆様のイメージにそぐわないところも多々あるかと思います。
けれど、本当にとても楽しかったです。
少しでもこの気持ちをお返しできるように頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。
どうもありがとうございました。

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螺旋特急ロストレイル

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