オープニング


 ズ、ズズ……
 鬱蒼と茂る森の奥、なにがしかの建物が建っていたと思われるその場所に、不気味に蠢くモノがいた。
 石造りの壁は崩れ、天井も全て抜け落ちていた。
 ソレは時折体を動かし、うっかり通りがかった生き物を捕食する。ある時は丸呑みにし、またある時はびっしり生えた牙で噛み砕く。
 ガキ、ゴリ、ガリリ……
 大きな口を何度も動かし、獲物を噛み砕いていく。滴り落ちる血が床を汚していくがおかまいなしだ。
 ゴクン
 哀れな獲物を飲み下し、満足したソレはとぐろを巻き、眠りに落ちる。
 そのわずか後方にぼんやりと光を帯びた物がある。崩れた瓦礫が作った隙間に守られる形で鎮座していた物――竜刻だった。

「ああ。やっと来たか、命知らずな冒険者ども」
 訪問者の顔を見るなりカチンとくる言葉を投げつけたのは、リベルでもシドでもエミリエでもなかった。
 壱番世界の日本人と呼ばれる人種に見えるこの男、名を戸谷千里(とや・せんり)という。 
「今回、行って欲しいのはヴォロス。かつて竜が支配していたとされる世界だ」
 彼等の不快気な表情をものともせず彼は続ける。
「君達の任務はそこにある竜刻を回収する事だ。……ああ、竜刻のある場所ははっきりしているので探し出すのは難しくない。こう言うと簡単な仕事のように思うかもしれないが、実はそうでもない」
 集まった面々はゴクリと喉を鳴らす。
「まあ、その竜刻のある場所には厄介な生き物がいてな、そいつをどうにかしないと持ち帰れそうにないんだ」
 厄介な生き物と聞いて彼等は不安げに顔を見合わせる。
「君達、爬虫類系は平気か?」
 そう言い、この世界司書はニヤリと笑う。嫌な予感がその場に駆け巡る。
「壱番世界でいうアナコンダ。そいつにとてもよく似た生物が、今回回収してもらいたい竜刻のある場所に陣取っている。奴は大食漢でな、大概腹を空かせている。食われないように対策を練っておけよ」

 ヴォロスの南の方にある森で発見された竜刻。
 湿地帯でもあるこの場所は、たどり着くのに少々時間を要する上、危険な生物が待ちかまえているという。
 さあ君はこの任務を遂行する? それとも放棄する?

管理番号 b16
担当ライター 摘木 遠音夜
ライターコメント 皆様、初めまして、もしくはお久しぶりです。
ゆるWRの摘木遠音夜(つき・とねや)と申します。
今回、皆様に行って欲しいのは『竜刻の地・ヴォロス』です。
竜刻の回収が目的なのですが、土地と場所に難有です。
情報を箇条書きにすると以下のようになります。
・ジャングルのような土地で、湿地帯の上、足場が悪く滑りやすい。
・人為的な罠はありませんが、落とし穴的な場所があったりして危険です。
・アナコンダ的生物は口の中にたくさんの牙がありますが毒は持っていません。
・とても大きく、大概の生き物は一口で飲み込めます。
・外皮はとても硬く、外からの攻撃には強いのですが、中からの攻撃には弱いようです。
・竜刻を回収するにはこの生物を倒すか、誘き出す必要があります。
・稀に食事の為に場所を移動しますが、基本的にいつもこの場所にいます。
・竜刻はそれほど重くも大きくもありません。非力な人でも両手で抱えて移動できます。
以上の情報を元に、対策を練り、竜刻を持ち帰って下さい。
ジャングル内の危険について推理していただければ、シナリオ内にて採用させて頂く場合があります。
どうぞよろしくお願い致します。

参加者一覧
流芽 四郎(cxxx5969)
ドラン・ラルフ(cxun6227)
桐島 怜生(cpyt4647)
絹越 とうふ(cecv4508)

ノベル


 ピィー……チチチ
 ギャアギャア……
 ロストレイルから降りると、鬱蒼と茂るジャングルが広がっていた。一見したところ、壱番世界のジャングルとさほど変わりない感じがした。
「しかしジャングルって初めてだけど、日本じゃこんな場所、まず見られないだろうな」
 辺りを見渡しながら第一声を発したのは絹越とうふ(キヌゴシ・トウフ)だ。
「ふむ。わしはジャングルで戦った経験が乏しい故、ジャングル内の危険に皆目見当がつかんのじゃが……」
 その隣で少し思案気に首を捻ったのはドラン・ラルフ。不安気な言葉とは裏腹に、筋骨隆々といった風体の男だ。
「あ、それなら大丈夫。色々調べてきたから。まーかせて!」
 地図に方位磁石、虫よけグッズ等のアイテムを見せながら桐島怜生(キリシマ・レオ)が言う。
「ほう、なかなかに用意周到で頼もしいねぇ。あっしは流芽四郎(ナガシメ・シロウ)といいやす。以後、よろしゅう」
「貴殿は流芽四郎と申すか。わしはドラン・ラルフじゃ。よろしくのう、コンダクター諸君!」
 ラルフはガハハと笑いつつ、挨拶を返す。
「あ、僕は絹越とうふと言います。よろしく」
 慌てたように絹越が言うと
「自分は桐島怜生であります。以後、よしなに!」
 桐島がビシッと敬礼したあと、ニカッと笑う。
「今回もしっかり頼むな、もめん」
 絹越はそう言うとオウルフォームのセクタンを空に放った。
「さあ、行きましょうか」
 流芽のかけ声で一行は歩みを進める。アナコンダ……いや、竜刻の元へと。
 
 
 
「なんか、じっとりしてきたな」
「確かに。……ここいらは木々が密集しているせいやもしれませんな」
 絹越が汗を拭いながら言うと、流芽が辺りを見回し見解を述べる。
 ロストレイルから降りた辺りとは違い、この周辺は木々が折り重なるように生え、日の光を遮っていた。湿度も幾分高くなっているように感じる。
「む、皆の衆、そろそろ休憩を入れるかの?」
 絹越の言葉に疲労の色を感じ取ったラルフは提案する。
「あ。でも、もう少し歩いた方がいいと思うぜ」
 来た道筋を忘れないように、木々に印を付けながら歩いていた桐島が横から口をはさむ。
「それは何故(なにゆえ)?」
 本気で解らないといった風のラルフが聞いてきた。と、その時、
 ……ボト
「!!?」
 絹越の肩に何かが落ちてきた。確認しようと首を巡らせた絹越は完全に凍りき、動けなくなる。
 絹越の視線の先で蠢くモノ、それは蛭だった。20~30cm位のけっこうな大きさだ。ぬらぬらとてかる体をくねらせ、露わになっている肌に吸いつかんと這いずり回る。
「――!!!!」
 声なき悲鳴を上げる絹越。口先が肌に触れようとしたその時、ジュッという微かな音と共に、蛭の体が転がり落ちる。蛭の体を蹴り上げ、茂みの中に遠ざけたのは桐島だった。手には火の点いた煙草を持っている。
「間一髪。俺ってば頼れる男だろ?」
 ん? と同意を求める桐島へ、息を整えた絹越が顔を向ける。
「あ、あんた。未成年じゃ……」
「大丈夫。今、禁煙中だから!」
 晴れやかな笑顔で返す桐島に、いや、そういう問題じゃないだろうと絹越は項垂れた。
「なるほど、こういう危険があるのじゃな」
 ドランは感心したように何度も頷いている。
「確かにこんな気持ちの悪いモンに吸いつかれちゃあ、たまんねえなぁ。ちぃと先を急ぎましょう」
 休憩が少しばかり引き延ばされたが、異論を唱える者はいなかった。
 
 
 
 少し進んだ所に日当たりのいい、ひらけた場所があった。
「ふむ、ここならば良かろう? 近くには水場もあるようじゃし」
 ラルフが言うと、皆は肩から荷物を下ろし、腰を落ち着けた。
 絹越が空を仰ぐと、ちょうどオウルフォームのもめんが降りてくるところだった。
「お疲れ、もめん」
 もめんの顎の辺りを撫でてやると、気持ち良さそうに目を細める。
「そういやぁ、あんた。そいつを飛ばして何をしてたんで?」
「ああ、アナコンダをおびき出すのに有利な場所はないか探してたんですよ」
「で、良さそうな所はありやしたか?」
「んー、まだ奴の根城までは距離がありそうだし、なんとも……」
「地図で確認してみたんだけど、まだ半分くらいだしな~」
 桐島が地図に視線を落としながら呟いた。
「半分かー。まだまだだなぁ」
 溜息をつきながら絹越がミネラルウォーターに口を付ける。
「アナコンダ以外にも敵はあり、ですねぇ」
 流芽が言うと絹越は先ほどの蛭の感触を思い出し、ぶるりと体を震わせる。
「あああ、気色悪かったぁ~」
 しかし、怖がってばかりはいられない。バシバシと両頬を叩き、気合を入れる。
「あ、竜刻回収の作戦を決めておいた方がいいと思うんだけど、どうだろう?」
「そうですねぇ、件の場所に着いた時、作戦を立てる余裕があるかどうか解りやせんし」
 桐島の提案に異論を唱える者はいなかった。
「わしは待つのは性に合わんし、攻撃あるのみと思っておったが、やはりまずいかのう」
「うーん、ただ闇雲に、てのはまずいだろうね。僕は地形を利用してのおびき出し作戦がいいんじゃないかと思うんだけど……。たとえば木々に体が巻きつくように誘導して、取り囲むように戦う、とか」
 絹越が意見を述べる。
「なるほどねぇ。あっしも絹越の坊っちゃんと似たような感じですがね、おびき出したあと、背後なんかの敵の注意が向かない場所に攻撃を仕掛けたいと思っていやすが、いかかでしょうや」
 次に流芽が提案する。
「俺は三人がアナコンダを引きつけて、一人が竜刻を回収したらいいんじゃないかな、て思ってんだけど。あ、俺は引きつけ役の方に立候補な!」
 最後に桐島が意見を述べる。ラルフ以外は基本的におびき出し、攻撃もしくは竜刻の回収で意見が一致しているようだ。
「おびき出しは桐島とラルフさんと流芽さんが担当。ラルフと流芽さんは攻撃も兼任。で、僕は竜刻回収に回った方がいいのかな?」
「うん、そうだな。なんか他にもいい案が出たら歩きながらでも話そう」
「ああ」
 一行は再び竜刻へ向かい歩き始めた。
 
 
 
「うわ、ここら辺はまた凄いな」
 密集する木々や岩肌には苔が生えており、滑りやすくなっている。
「ぼんやり歩いてるとすっ転んじゃうぞ」
「そういうお前こそ気をつけろよ」
「へっへーん、俺様に抜かりはないっ」
 と桐島は自分の足を見せる。靴の裏にはスパイクが付いていた。世界司書から現地の様子を聞いて、それなりの装備で来ていたのだ。
「うわ、ちゃっかりしてやがる」
 自分達よりも年若い二人のやり取りをラルフと流芽はほほえましく見ている。
「結構歩いて来やしたが、まだですかねぇ」
「ふうむ。アナコンダの相手をする前に疲れてたらどうしようもないしのう」
「おおい、お二方。目的地はまだですかい?」
 流芽が前を行く二人に声をかけた時、木の根に足を取られてしまった。
「うおっと、と……!」
 慌てて、体勢を立て直そうしたのだが、根に生えた苔で滑ってしまい、そのまま倒れこみそうになる。
「危ない!」
 とっさにラルフが手を伸ばし、流芽の腕を掴む。その時、流芽の足場がガラガラと崩れ、ぽっかりと闇が口を広げた。
「なんてこった」
 ラルフが流芽を引きずり上げ呟く。
 パンパンと泥を払い、身なりを整えた流芽も口を広げた闇を覗きこみ、改めて礼を言う。
「助かりやした、ラルフの旦那。こりゃあ、底なしですかね?」
 闇の中には地面を失った木の根がぷらぷらと揺れるだけで、底がまったく見えない。あのまま落ちていたらと思うとゾッとする。
「大丈夫ですか?」
 戻ってきた絹越が声をかける。
「へぇ、ラルフの旦那のお蔭でなんとか」
「凄いですね、これ。アナコンダをここに誘い込むのもアリですよね」
「そうだな。作戦の一つとして覚えておくのもいいだろうな」
 桐島が絹越の後ろから覗きこみ頷く。
 その時、パタパタと絹越のオウルフォームセクタンが降りてきて肩にとまった。
「あと少しで目的地に着くようです。相手に気付かれないよう、慎重に行きましょう」
 絹越の言葉を受けて、メンバー全員に緊張が走る。
 
 
 
 どんなに気を付けて歩いていても、多少なりとも人が移動する音というのは出てしまうものだ。しかし、幸いかな、件のアナコンダは気にする風でもなく、呑気に寝そべっていた。
「いきなり襲われなかったのはいいけど、これじゃあ、竜刻の確認ができないな」
「となると最初の作戦通り、あやつをおびき出すしか方法はありやせんね」
「ああ。じゃあ、行くぜ」
 そう言うと桐島はビニールで密封していた生肉を取り出した。それをロープで縛り、さらに自らの腰に結わえる。
「え!? ちょっとそれ、危なすぎないか?」
 絹越が声をかけるが、桐島は大丈夫とばかりにウインクをしてみせる。
「大丈夫でさぁ。あっし達が援護しやすから」
「うむ、血が滾るぞい」
 ラルフはぶるりと武者震いし、不敵に笑う。
 流芽はハンマー型のトラベルギアを、ラルフは大戦斧を手に桐島に続く。
「生臭ぁ……」
 生肉の臭いに辟易しながらもじりじりとアナコンダに近づいて行く。
 ズッ
 肉の臭いに気付いたか、アナコンダが身動ぎをする。
 慎重に一歩一歩進む。ドクドクと鼓動が速くなる。
 崩れた石造りの建物にアナコンダはいる。壁の隙間からアナコンダの体が見えた。先程まで微動だにしていなかった体が、今は蠢いているのがわかる。
 少し後退しながら、アナコンダの頭がどちらを向いているかわかる位置へと移動していく。
 ちら、とアナコンダの頭部が見えたと思った瞬間、グワッと襲いかかってきた。
「っと!」
 間一髪、避ける事ができたが、同時に恐ろしい事実を突き付けられる。
「おいおい、冗談じゃないぜ」
 それはアナコンダの口に生えている牙だ。上顎・下顎に生えている牙は、顎のラインにそった一列だけではなかった。両顎一面に生えていたのだ。
「いざとなったらのまのまされて、腹の中からの攻撃でもと思っておったが、無理そうじゃのう」
「へぇ、食いつかれたら最後、そのまま食い千切られてしまいやすね」
 しかし、桐島は臆する事なくアナコンダと対峙している。
 ラルフは世界司書の言葉を思い出す。
 ――任務を遂行する? それとも放棄する?
「愚問じゃ。そこに戦うべき敵がおるのに、何を引く理由があるものか!」
「あっしには、天に愛されたようなツーリストに比べりゃ特技はないに等しいが、とにかく叩いていきましょうか」
「いざ!」
 バッと二人は左右へと散り、攻撃の機会を窺う。
 アナコンダは桐島の括り付けている生肉に狙いを定めているのか、それとも桐島自身になのかわからないが、左右に散った二人には目もくれず、桐島ただ一人を睨みつけている。
 桐島が動く。
 ズザザザザ
 乱立する木々の間をジグザグに走り抜けるとアナコンダは桐島の後を追いかけてきた。
「よし!」
 狙い通りのアナコンダの動きにニヤリと嗤う。
 
 うまく桐島達がアナコンダを誘い出してくれたお蔭で、竜刻のある廃墟はガラ空きになっていた。
 とはいえ、いつまたこちらに向かって来るとも限らない。アナコンダの動向を気にしつつ、絹越は小走りに建物の中に入る。
 軽く室内を見渡すと、ソレはすぐに見つかった。
「これが……竜刻?」
 崩れた瓦礫の隙間に、ぼんやりとした光を纏う直径15cm位の牙の形状をしたモノが鎮座していた。
 石とも骨とも見えるソレを絹越は抱え上げる。
 ふわりと目に見えぬなにかが、絹越の手を伝い、体全体を包み込む。
「暖かい……」
 しかし、それだけではない。みぞおちの辺りから力が湧いてくるのだ。これが竜刻の力なのか。
「あ、そうだ。竜刻を回収したこと、どうやって知らせようか」
 ちょっと頭を悩ませたが、あるものの存在を思い出した。
「用意した理由と使い方は異なるけど、結果オーライだよな」
 竜刻を布に包んでカバンにしまい、一本の発煙筒を取り出す。蓋を外し、すり薬で摩擦させ発煙させる。実はこの発煙筒、アナコンダの探知能力の阻害を狙う為に持っていたのだ。
「気付いてくれよ」
 絹越は大きく手を振りながら移動し、合図を送った。
 
 木々に肢体を絡ませアナコンダはもがいている。
「お前に恨みはないんだが、悪いな」
 ふと、瓦解した石造りの建物の方に目をやると煙が立ち昇っていた。ラルフと流芽もその煙に気付いたのか、同じ方向を向いていた。
「どうやら、回収に成功したようじゃな」
 三人は目配せを交わす。
「それじゃ、撤収ー!」
 桐島が声を上げる。――しかし
「あっしの目的は革にできそうなあいつの外皮。すまねぇな」
「なんと、貴殿とは気が合うのう。わしは肉の方じゃがな!」
「え?! ちょっとー?」
 桐島の制止の声にも関わらず、二人はアナコンダに躍りかかる。
 ガキッ
 ラルフが大戦斧を振り落す。
 ゴッ
 流芽が鱗の継ぎ目を目指しハンマー型のトラベルギアを打ち付ける。
「くそっ……!」
「こりゃあ、硬ぇや」
 全く歯が立たない。渾身の力を入れて振り下ろしたにも関わらず、傷一つ付ける事はできなかった。だが、少なからずともダメージを与える事には成功したようだ。
 アナコンダが身を捩る。体を絡ませた木々が軋む。 
 ミシ、ギシ……
「まずいな」
「ふんむ!」
 ならばと流芽がアナコンダの目をめがけ、ハンマーを振るう。
 グジュと嫌な音を立てて、片目が潰れる。キィーともギャーとも聞こえる金切り声を上げてもんどりうつ。
 バキバキバキ!
 アナコンダの締め上げる力に負け、ついに木々は音を立て倒れていった。アナコンダはグアッと大口を開け襲いかかってくる。
「ジュゲム頼むぜ!」
「桐島殿!?」
 大きく開いた口中に桐島が勢いをつけて飛び込んでいった。
「痛っ……!」
 さすがに無傷で、というわけにはいかなかった。不気味に並ぶ牙のいくつかに腕や足などを引っ掛けてしまったのだ。
「くそ!」
「おおおおお!」
 ぶうんと大戦斧を回転させ、アナコンダの口めがけて叩きつける。
 ビッ
 切れ目が入った。口の内側から切り込まれ、また、上顎と下顎の境目に刃が食い込んだのが功を奏したようだ。
「いけるぞ!」
 ラルフの言葉に流芽が頷く。
 
「結構狭いな」
 暗くて何も見えない。立ち上がる事もできない狭い空間だ。
「だけど、やるしかねぇな」
 肉壁に両手を押し当て蓄積した氣を放出する。
 ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!
 氣が放出されるたび、ボコボコとアナコンダの腹が膨らむ。
 グバッ
 最後の一発で腹に大穴があいた。そこから桐島が這い出てくる。
「まだだ!」
 腹を裂かれてもアナコンダはまだ生きていた。怒り狂った凶獣は体を縦横無尽にくねらせ、攻撃を仕掛けてくる。
 ラルフはもう一度、アナコンダの顎の境に向けて大戦斧を振るう。
 ビビビビビとアナコンダの口が上下に裂けていく。
 そこへ流芽のハンマーが捲れた上顎めがけて飛んできた。
 グシャリ
 アナコンダの頭部から脳髄と血を撒き散らし、ハンマーが飛び出す。
 どう、とアナコンダが倒れた。
「やったか?」
「おそらく」
 ピクリとも動かなくなったアナコンダを絹越が恐る恐るひのきのぼうで突く。動かない。
 ――終わった。
 全員が息を吐き、体の力を抜いた。
 歯の根を震わせながらヘナヘナと膝を付いたのは桐島だ。
「お、同じ事やれって言われても、次はイヤかな!」
 とVサインを出す彼を見て全員がドッと噴き出す。
 飛び込んで行ったのはあんただろう、と誰かが突っ込む。弱々しく笑う桐島の体に傷はなかった。代わりに彼のセクタンがぐったりと服の胸元におさまっていた。
「ありがとな、ジュゲム」
 そっと撫でると微かに笑った――気がした。
 
 桐島の回復を待っている間、ラルフと流芽はアナコンダの解体作業を行っていた。流芽はかばんから道具を取り出し、手際良く皮を剥いでいく。
「ほう、見事なもんじゃのう」
 ラルフは感心しながらも隣で肉を切り取っていった。火を起こし、肉を炙る。
「お主らもどうじゃ」
 勧められて三人も肉を頬張る。旨かった。臭みはなく、鶏肉のような味がした。
「――さあ、そろそろ戻りましょうか」
 流芽の言葉に腰を上げ、帰り支度を始める。
 ロストレイルへ戻る道中、アナコンダの死骸はあの穴の中へと捨てた。証拠隠滅だ。アナコンダの一部を食べた事も皮を剥いだ事も、あの巨大なアナコンダが存在した事すらもなかった事にする為に。
 
 
 
「お帰りなさいませ」
 ロストレイルへと戻ったメンバー達を車掌が出迎えた。
 絹越と桐島が搭乗したところで車掌がラルフの進路を遮る。
「異世界の物、持ち帰ってはいけません」
 しぶしぶとラルフは隠し持っていたアナコンダの肉を捨てる。
 流芽もドキリとしたが、車掌との暫くの見合いのあと、無事に搭乗する事ができた。
 車掌の姿が見えなくなってからこっそりとアナコンダの皮を取り出す。
「見つからなくてよかっ――」
「イセカイノモノ、ダメ」
 いきなり発せられた声に驚き、皮を車外へと落としてしまった。
「ああああああああ」
 ゴトン……
 ロストレイルが発車する。もう、拾いに行く事は不可能だった。

クリエイターコメント このたびはβシナリオへご参加いただき、ありがとうございました。
多少なりとも楽しんでいただけければ幸いです。
これからのロストレイルの旅路が楽しいものになりますよう、お祈り致します。

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螺旋特急ロストレイル

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