オープニング


 ブルーインブルー。大陸のほとんどが海に沈んだが故に、海上都市を築き人々が生活を営んでいる世界。何か特別な力を持つ訳でもない人々は、少ない陸地を移動する為に帆船で大陸を行き来している。
「今回はジャンクヘヴンから、フェランに向かう交易船の護衛をして頂きます」
 そう言って、図書館のロストメモリーであるリベル・セヴァンは数枚のチケットを取り出した。
 ちょうど今はフェランという港町で、少し変わった小さな祭のようなものをやっているという。祭、とは言っても堅苦しいものではなく、露店をメインとした言うなれば観光客集めの行事に近い。そこで如何に大物を釣るか競う釣り大会は有名なイベント事となっているようで、その時期を狙って商売の為にフェランへ向かう商船が多くなっていた。
 ただの航海ならば、護衛など必要はしないだろう。見る限りでは美しく雄大な海には、その代償というかのように脅威が存在していた。
 海上を跋扈する海賊は勿論だが、それと同等に警戒される存在。海洋生物にも似たそれ等の名を、ブルーインブルーの住人達は「海魔」と呼んでいた。
「『導きの書』が映し出したものに依ると、『海魔』は今回護衛をして頂く商船を襲うようです。これまでも何隻かの船が既に被害に遭っており、ジャンクヘヴンからフェランに向かうルートが最も襲撃されているとの事です」
 襲撃に遭い、手持ちのランタンを振り乱している内に命からがら助かった者の言では、その海魔は複数で襲って来たらしい。特に問題も無かった航行中に船がいきなり止まった時は船のトラブルか、もしくは海賊かと思ったが、如何にも違う――状況を把握しようと混乱状態になっていた所の隙を突いて来たようだった。
「その『海魔』――ブルーインブルーの住民は『テニエル』と呼んでいるようですが、非常に高い跳躍力を有しており、通常で動きを捉えるのは困難を極めるようです」
 二足歩行ではあるが全身は灰緑、鮫肌で見た目に似合わず俊敏。恐らく海中を移動する際に発達したのであろう両の腕は長く魚の鰭のようにも見えるが、一振りで丸太程度なら両断出来る程らしい。普段は海底に潜み、海面を走る波のように現れるのだという。
 乗り込む商船には既に話を通してある、との事。ロストレイルの「駅」があるジャンクヘヴンの港で待っている商船に乗り込む手筈になっていた。
「船員20名程度の船で、貴方がたの事は『遠国から来た腕利きの者達』として説明がなされています。航行中では慣れない事も起こり得るかもしれません。特にこの所、海上は悪天候に見舞われる場合が多いようですのでくれぐれも気を付けて下さい」
 それでは宜しく御願いします、と説明を終えたリベルはトラベラー達に向かって一礼した。

 ――海は変わらず青く陸を囲んでいる。
 その青さの下、光さえ届かぬ深き所から蠢くものがある事を今は誰も知る由も無く。
 フェランで行われる祭の事で楽しげに噂し合う人々には、打ち寄せる波が何かの前触れのように静かである事に気付かなかった。

管理番号 b17
担当ライター 月見里らく
ライターコメント  初めまして、今作からライターとして参加させて頂きます「月見里 らく(やまなし らく)」と申します。
 得手はほのぼのを中心に緩いギャグや甘い恋愛、シリアス戦闘まで雑食に。個性の無い器用貧乏ともいいます。プレイング形式は特に問いませんので、個性溢れるプレイングをして頂けると嬉しいです。
 シナリオは既に商船に乗り込んでからの海上(船上)戦闘が主、おまけとして到着地での観光イベントパートを予定しております。
 主戦闘イベントでは、商船を襲う「海魔」を撃退して下さい。主に船上での戦闘が予想されますので、大規模な破壊行為は程々に。商船に乗り込んでいる船員は、基本的に普通の人間と同じ戦闘能力です。なお、商船なので大砲などの兵器は搭載されていません。観光パートではイベントや露店等、自由に楽しんで頂ければ幸いに思います。釣り大会では大物を釣れるかもしれません。
 では、皆様のプレイングを御待ちしております。

参加者一覧
フカ・マーシュランド(cwad8870)
モカチーノ・101Adu(cted7345)
レーシュ・H・イェソド(cbne1278)
斎田 龍平(ctsm6129)
石川 五右衛門(cstb7717)

ノベル


 青の中の青、と呼ばれるその世界の名に相応しく、雄大な青海の上を船は行く。
 出発地であるジャンクヘヴンの港はもう見えず、一行はフェランへ向けて海路を進んでいる最中。その船上では航行上必要な船務をしている船員達の他に、ロストナンバー達は『導きの書』が映し出したという海魔の襲撃に備えていた。
「おいフカ子、準備の方は如何だ?」
 航海の事で先程までこの船の船長と話をしていた斎田 龍平は、広い甲板で作業に勤しんでいるフカ・マーシュランドに声を掛ける。後ろに付いて来ているらしいセクタンの足音と共に声に気が付いたフカは、作業は続けながらも手と言うべきかどうかは微妙だがちょうど手にあたる部分をひらひらと振って応えた。
「順調よ。あとちょっとで完了って所ね。あ、レーシュ、今度はこっちの方やってくんない?」
「おう、分かった」
 指示に従い、レーシュ・H・イェソドが頷く。
 海を行く船の甲板に広げられているのは、大量のドラム缶程度の大きさをした缶とそれに応じた爆薬。フカは缶の中に爆薬を詰め、それらを渡されたレーシュは、船のあちらこちらに設置する。
 この爆薬を詰めた缶は、いわゆる「爆雷」である。斎田が船長に話を付けて喫水が浅く、速力の高い商船を使うように交渉したものの、所詮は「商船」である事には変わりない。初めから戦闘用に造られた軍艦という訳でもないので、普段の武器の扱いから考えても火薬類に詳しいフカに簡易的な爆雷を取り揃えさせ、それを船に搭載させるという応急的な戦闘準備措置を取っていた。
「此方は搭載出来ました。他に運ぶ場所は御座いませんか?」
 同じように爆雷の搭載作業をしに行っていたモカチーノ・101Aduが甲板に戻って来て周囲を見渡す。先程からずっと爆雷の搭載作業をしているが、特に疲れているような様子は見られない。
 船上にはトラベラー達の他に、商船の船員達が約20名。船の徴用が出来た辺りそこまで余裕は無いとは言えないが、船員を他の作業に易々と利用出来る程でもない為、「海魔」に対する準備事はほぼ船員以外のトラベラー達が行っていた。
「こっちも終わったぜ」
「それなら後は……」
「石川のオッサンとこだな。……っと、噂をすれば、だ」
 モカチーノと共に甲板を見回した斎田が、ちょうど此方に近付いて来る姿に向かって手を振る。
 甲板に集まっている一同に気付いた石川 五右衛門は、己も手を振り返しながら近寄って来た。
「御疲れ様です、石川様」
「否、まだまだこれからって所だろ。……にしても、少し遅かったんじゃねーの?」
 戻って来た石川に対し労いの言葉を掛けるモカチーノを横目で見ながら、レーシュは訝しげに問い掛ける。
 「海魔」の襲撃に備えて船員達にも協力して貰う為に船長と話していた斎田、爆雷を詰めていたフカを除く他の三人は、完成した爆雷の搭載作業を請け負っていた。レーシュが爆雷を取りに甲板へ戻り、搭載をしてからまた此方に戻って来た回数分を数えると搭載の場所的な問題はあるだろうとはいえ、石川が戻るのは少し遅いように感じる。そうした疑問に、石川は短く頷くと煙草をふかしつつ甲板から船外を示した。
「ちょいと風と潮の流れを読んでいてな。見た限りじゃ、少しばかり怪しくなりそうなんだが」
「あまり……天候が荒れるような事にならなければ良いのですが……」
 今は一見穏やかな海と空の風景だが、山に限らずその天候は変わりやすい。流れる雲と一緒に吹き付けて来る潮風にモカチーノは微かに顔を曇らせる。興味があってこの船に乗り込んだ身とはいえ、金属製のボディは海水に強いとは御世辞にも言えない。もしもこれ以上強い潮っ気に晒されるような事があるようなら、錆びてしまう事が心配だった。
 襲撃に備えての準備にあたり、特別に戦闘部署を編成した斎田も同意を示す。航海長に任命したこの商船の航海士に依ると、如何やら海路は良くなさそうだった。
「で、他は如何なんだ?」
「この船は帆船だから詳しい所までは流石に万全という訳じゃないが、襲撃に備えての事はしといた」
 爆雷の搭載も終え、元は商業用の船は今、ちょっとした戦闘用帆船という所だろうか。本来ならばその必要も無いのだが、「海魔」の襲撃という事がある為、それぞれ万全の準備をするに越した事は無い。
「それにしても……随分と紛らわしい奴が居たものよね」
「あぁ……絶対、海魔と間違えられそうだよな」
 自身のトラベルギアを組み立てながら、眉間に皺を寄せたフカにレーシュがぽつりと呟く。そのレーシュの言葉に、皆の視線が何となくフカに集まった。
 今回、襲って来る「海魔」の種類は、ブルーインブルーでは「テニエル」と呼ばれている。二足歩行で鮫肌、何処と無く魚類を思わせる姿だという。対して、フカの方は鮫肌ではないものの、一見は「テニエル」と特徴が似通ったようにも見えるかもしれない。もっとも、旅人の外套がある限りは基本的に人間種族しか居ないブルーインブルーでも特に気にならないようになるので、フカに限らず「人間」とは明らかに異なる外見のレーシュに関しても周囲には騒ぎになるような事にはなっていないのだが――それでも何となく流れた沈黙に、微妙な空気が漂う。
「……絶対、間違えて攻撃したりすんじゃないわよ? 絶対によ!?」
「否、そこまで言わなくても良いんじゃねぇか」
「御心配なさらなくても……」
 若干の不安に襲われたのか、念押しをするフカに斎田が呆れ、モカチーノが困ったように微笑む。
 緊張していたその場が緩み掛けたのも束の間、不意に風向きが変わる。あれ程綺麗に青に染まっていた景色は、船が進み行くごとに曇り出した。
「天気が……」
 石川が読んだ通りに、曇り出した空に自然と皆の緊張が高まる。トラベラー達だけではなく、天気の変化に船員達も俄かにざわめき出した。
「嵐か……否、違うな」
「これは――霧だ」
 吐息と共に漏らした斎田の言葉を、石川が引き継ぐ。
 雲色は悪い。ただ、雨が降る程ではない。風は弱く生温いが、しかし――視界を覆い尽くす程の深い霧が気付けば生まれていた。
 そんな中、追い打ちを掛けるようにして逸早く異変に感付いたフカが声を上げた。
「……来たわよ!」
 同時、船体が大きく揺れる。割合不安定な足場でも平気な面々が多かったのでそれ自体には驚きは無かったものの、その揺れに乗じるようにして見え辛い視界の先に影が揺らめいた。
 瞬間。
 濃霧そのものを切り裂くように、鋭い影が横切る。はっとしてモカチーノが咄嗟にトラベルギアのタンパーを前へ突き出すと、滑った長い影がぶつかった。
 身と比べて明らかに長い腕。魚の鰭にも酷似しているが、トラベルギアと当たった時の音は見た目よりも硬質的な響きを含む。発生した霧の所為で分かり難かったその表皮は、汚れたような灰緑色をしていた。
 「海魔」――テニエル。この霧の中で、甲板に上がって来たらしかった。
「モカ嬢ちゃん、下がりなっ!」
 その一声に、モカチーノはテニエルの腕を受け止めていたタンパーを持つ両腕と共に身を一歩引かせる。それとほぼ入れ替わりに、石川は腰元に差していたサバイバルナイフを横合いからテニエルに向かって振り下ろした。
 振り下ろされた刃が、避けようと引いたテニエルの腕を真ん中から断つ。ぬるついた体液を撒き散らしながら両断された腕は、魚のように跳ねて甲板上に転がった。腕を断たれた事にテニエルが金切り声にも似た叫び声を上げ、ふらつく。体勢を立て直そうとでもしたのか、身を低くした瞬間の硬直を狙って今度はレーシュが尻尾の一撃を叩き込んだ。
 まともに攻撃を受けたテニエルは、それきり動かなくなる。それを確認したのも束の間、甲板外から船員達の悲鳴が聞こえて来た。
「他にも船に上がってきやがったのか!」
 事前にリベルから知らされた説明では、テニエルは複数で襲撃を行うという。前例を聞く限り混乱に乗じて襲って来たというから、自然現象であるこの濃霧を利用して船に上がって来たのだろう。
 武器であるトラベルギアなどを持つトラベラー達とは違い、この船に乗っている船員達はごく普通の人間である。当然、戦闘能力は余り期待出来ないに等しく、このまま放っておけば航行に甚大な支障が出てしまうであろう事は明白だった。
「どの道、如何にかしないといけねぇが……悪い、暫くの間頼むぜ」
「あんたの方こそ、頼んだわよ!」
 数瞬だけ眉間に皺を寄せていたが、直ぐにそう告げた斎田の言葉にフカが応える。やや大声であるのは、海魔に此方の存在を示す為だろうか。
 皆々の代弁のような台詞に頷くと、斎田は甲板から身を翻す。あまり戦闘が得意ではない事はわかっていたので、他の船員達のフォローに回った方が得策だろう。それに、霧の所為で分かり難い上にそこそこ沖合からはもう離れているとはいえ、他に安全な場所に海魔を誘導しなければならなかった。
 斎田が走り去る足音に混じり、人間とは異なる濡れた音が聞こえて来る。それも一つではなく、複数。距離は遠くないようだが、霧で視界の状態は悪かった。
「……とくれば、だ……!」
 振り下ろしたサバイバルナイフを構え直し、石川はそこから動き出す。感じる気配を頼りにしているものの、それでは視界にハンデがある状態で俊敏を特徴とするテニエルに対するにはやや心許無い。トラベルギアである三叉鉾は、些か狭い甲板上では扱い辛かった。
「――っ」
 飛び出した直後、脇腹ギリギリの場所をテニエルの腕先が掠める。切断力を持つテニエルの腕の振りに軽く冷や汗ものの所だったが、何も考え無しに飛び込んだ訳ではなかった。
 石川を攻撃したテニエルの背後に、レーシュが回り込む。
 不自由な視界に俊敏な敵。普通に相対して戦う事が難しいのならば、此方から敢えて身を晒す事で動きを捉える。石川の方にテニエルの意識と動きを引き付け、そこを狙いレーシュはテニエルの腹部に拳を叩き込んだ。
 確かな手応え。しかし、これで終わりにはならない。次なるテニエルが、此方の注意引きに釣られるようにして霧の中で影を揺らめかせる。
 空気を切る音を聴覚が拾うか否かの所で、レーシュは練術で跳躍力を強化し、その場に高くジャンプする。跳んだ足元でテニエルの腕が甲板の床に振り下ろされるのを見て取り、重砲を構えたフカに合図した。
「正面っ、行けるぜ!」
「分かってるわよっ」
 掛け合いのような言葉を出しながら、フカは重砲で射撃を行う。索敵をしていた事と合図の御蔭で、多少見え辛い距離があっても問題は無い。攻撃後の硬直をちょうど狙われたテニエルは、重砲による射撃で甲板の外まで吹っ飛ばされた。
 命中を音で確認し、フカは次の攻撃に備える。重砲を構え直した直後、霧に乗じてテニエルが間合いを詰めて来た。
「全く……私のイメージ、ガタ落ちじゃないの!」
 イルカのようにつるつるの肌をした身で、フカは重砲の砲身を使いテニエルを殴打する。正直心象とか敵にとっては関係無いだろう、と石川は思ったものの、素手で追撃とトドメを与えるのを代わりにして口にする事は止めておいた。
 その間にもレーシュが背後や横合いからの一撃で応戦していると、不意にテニエルからの攻撃が鳴りを潜める。それを不審に思っていると、船体が大きく揺らぐ。波にではなく船底から響くような揺れに、傾きと共に聞こえた水音に一つの推測が浮かんだ。
「海に潜ったのか……!」
 船上では、些か形成が悪いとでも判断したのだろう。船の上が無理ならば、海の中から、という所だろうか。先程の水音はテニエル達が海へ飛び込む音で、その後の船体の揺れは海中からの攻撃に依るものだったらしい。
 テニエル達が海に潜ると、それを追い掛けるようにしてフカが重砲を抱えて海中に飛び込み、石川もイルカを呼び寄せ、トラベルギアの三叉鉾を展開してその背に跨った。
 一方、船員達の指示に向かっていた斎田も船底からの衝撃に視界は悪いながらも状況を察する。
 沖合からは随分離れた筈。船に上がって来たテニエルが海中に潜ったのならば、今こそが機となるだろう。そう判断し、斎田は船員達に聞こえるよう大声を張り上げた。
「対潜戦闘よーい!」
 船に乗り込み、「海魔」の襲撃に備えて事前に指示は与えておいた。後は、それに従って貰うだけ。最初こそ襲撃に戸惑っていた船員達も、斎田の号令で気を取り直したかのように配置につき始めた。
 足元から伝わる揺れから、まだ船を襲う心算である事を感じる。長い腕を持つとはいえ、そこまで遠くからの攻撃は出来ない筈だから、船の近くに居るのだろう。
 思い、頃合いかと周囲に視線を巡らせた直後、振り返った先に長い腕が影を引いて襲って来た。
 もう全て海中に潜ったかと思っていたが、如何やらまだ残っていたのが居たらしい。しかも、霧の為に普段よりも視界が不自由で今まで気付くのが遅れてしまった。突然の事に目を見開いた斎田と襲い来るテニエルとの間に、さっと素早くモカチーノが割り込んだ。
 モカチーノは斎田とテニエルの間に割って入ると、テニエルに向けて片腕を突き出す。そして本来は戦闘に使う為のものではないが、その腕の指先からスチームをテニエルの顔部分に向けて噴射した。
 熱気を伴ったその不意打ちにテニエルが面喰らって一歩退いたその隙に、モカチーノはもう片方の手に持ったタンパーを胴元へ向けて一薙ぎする。それにテニエルが船上に倒れ込むのを確認すると、モカチーノは斎田の方に振り返った。
「船員の皆様の準備は出来たとの事です。……御怪我は御座いませんか?」
「そっちのフォローに回ってくれていたのか。それなら……爆雷投下!」
 船員達がテニエルに襲われないように補助に回っていたというモカチーノの問い掛けに大丈夫だと頷き、斎田は爆雷投下の指示を飛ばした。
 斎田の指示に従い、配置についた船員達が爆雷を投下する。数度に渡る落下音の後、海中で爆発する音と先程までとは違った衝撃が船を僅かに揺らした。
 数秒間それが続き、治まったかという所で海では連携が取り難いだろうと甲板上に残っていたレーシュは海の方を覗き込む。霧が徐々に晴れて来て見えやすくなって来た視界からは、海面は穏やかに波打っているように見える。船底からの揺れも、ぴたりとしなくなっていた。
「上手く行ったみたいだな」
「あぁ。さっきので一網打尽って所か」
 爆雷が投下されたと同時、海上から船尾に待避した石川は霧が晴れて来た周囲を見渡しながら同意する。暫く経っても船や周囲に異常が無い事から、上手く無力化出来たらしい。
 程無くして通常通りの運航が行われる船の上、甲板へ斎田とモカチーノが様子を窺いに戻って来る。それを石川とレーシュは迎え入れるが、ふと何やら引っ掛かりもう一度海の方を見遣ると、フカが海中から顔を出していた。
「ちょっとー! 間違えないでよって言ったじゃないのよさ!」
 海へ潜ったテニエルを追って自らも海中に赴き、狙撃を主にしながらの戦闘をしていたフカ。元々海中での動きを得意としている為、逆にテニエルを翻弄していたのだがその最中に爆雷が投下された。船底に近い海中に居たので、それが気付き難かったらしい。大した怪我は無かったものの、海魔と間違えたのかと思わず不満の声が出ていた。
「あー、船乗りにはロボ子のコーヒーが欠かせねぇなぁ」
 そんなフカの抗議を聞きながら、斎田はモカチーノに淹れて貰ったコーヒーを啜る。
 問題無く海上を行く船の先には、もうフェランの港が見えていた。

 フェランという港町は普段静かな所なのだが、この時期だけは賑やかさに溢れる。
 港を中心として全体に飾り付けが行われ、数々の船が集まり、その船によって運ばれた交易品が露店に並ぶ。
 祭独特の賑やかさの中で、船から降りたトラベラー達はフェランの港で祭を楽しんでいた。
「どっから如何見てもナイスバディなお姉さんだっていうのに、海魔と間違えるなんて!」
 両脇に露店が構えられ、人波が激しい所為だろう。時折行き交う人々にぶつかりそうになる事もしばしばで、人と目が合う度に露店を冷やかしているフカがやや納得行かないといった顔をする。
「あー……何だ、ほら、海魔の仮装だとかそういう風に見られてんじゃねーのか」
 フカの傍らで、同じく露店を見ているレーシュがなるべく目立たないようにしながらそうフォローの言葉を掛ける。しかしながら若干、フォローになっていない気がしないでもない。
 ブルーインブルーでは基本的に住民は人間しか居ない。旅人の外套がある限りはそれ程気にならない認識にはなるものの、これだけ人が多くぶつかるような事があるのならば多少不審に思われても仕方無い所だろう。
「失礼よね。……んっ、コレ美味しいわね」
「……おいフカ子、それってフカヒレじゃねぇか……?」
 露店で買った串焼きを美味しそうに頬張る様子に、斎田がぼそりと呟く。世界が違っているとはいえ、それは共食いになりやしないだろうか。本人が気にしていなければ、それで良いのだろうとは思うが。
「この世界にも、様々な種類の豆があるのですね。……そういえば、石川様はどちらへ……?」
 この地ならではの飲み物は見付からなかったものの、各地から来た船が運んで来た交易品は物珍しい物が多かった。胸に露店で買った数種類のコーヒー豆を抱えながら、モカチーノが首を傾げる。暫くは同じように露店をぶらついていたが、このフェランで行われる釣り大会に参加している筈だった。
「灯台近くの方でやっているって言っていたな」
 行ってみるか、と言いつつ、深海魚を串焼きにした「海魔焼き」なるものを食していたレーシュは灯台がある方角を見遣る。既に始まっているのか、其方が騒がしい。元より小さな港町、然程距離がある訳でもないので様子を見に行ってみようとそこへ向かった。
 釣り大会の会場に向かうと、人々のざわめきは露店が立ち並ぶ場所よりも大きくなる。ちょっとした目玉にもなっているだけあるようだ。
 人々が集まっている為に海際の所まで自然と追い遣られるような形になりつつ、様子を窺ってみる。
 ざっと見る限りでは、居ないようだ――そう思った所で、斎田の背後を何者かが思い切り押した。
 体勢を立て戻すには遅過ぎる。衝撃の数瞬後には、盛大な水音と飛沫が辺りに飛び散った。
「斎田様っ……」
「こりゃ派手に落ちたもんだな」
 口元に手をあて、気遣わしげに声を掛けながらも海水に気軽に触れる訳にはいかないので見守るモカチーノの背後から、斎田を押した張本人――石川がまるで他人事のように感想を漏らしながら海面を覗き込んだ。
「あんた、釣りの方は如何したのよ?」
「あぁ、飽きたんでな」
 怪訝そうに眉を潜めたフカの問い掛けに、石川はあっさり答える。最初の方こそ真面目に釣り糸を垂らしていたものの、早々に飽きてしまっていた。
「だからって、人をいきなり海へ突き落とすんじゃねぇよ……」
 奇襲同然でモロに海に落ちた斎田は、恨めしげに石川を睨む。簡単に溺れるような性質ではないが、何の理由も無く背中を押されて海に落とされて不満に思わない筈が無い。抗議の言葉と視線を受け、石川が悪戯っぽく口元に弧を描く。
 その斎田の横で足元に付いて来ていた所為で巻き添えを食らった形になったらしいセクタンが、ぷかぷかと穏やかに寄せては返る波間に漂っていた。



クリエイターコメント  御待たせ致しました、リプレイを御送りさせて頂きます。全てのプレイングを反映させる事は技量不足故に出来ませんでしたが、其々特徴ある行動を一つひとつ興味深く読ませて貰いました。そしてこの度、シナリオに御参加頂き誠に有難う御座いました。

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螺旋特急ロストレイル

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