オープニング


 世界の大半が海である、ブルーインブルー。その世界に存在する海上都市の一つである海上都市ジャンクヘブンの港で、荒々しい男達が浮かない顔をしていた。
「これまでで、何隻やられた?」
「2隻だ。くそ、フェスティバーレでは大規模な祭が催されるというのに!」
 男たちは、船を見上げる。
 たくさんの荷物を積み込んでいる商船が、停泊している。祭に使う為の食料やテント等の雑貨も積み込まれている。だからこそ、早くフェスティバーレに届けてやりたい気持ちが大きい。
 しかし、航海路に存在する巨大イカによって、これまで2隻の商船が沈められてしまっていた。荷物も、予算も、あと1隻分しか残されてはいない。
「大魔王イカめ」
 男の一人が、忌々しそうに呟いた。


 世界史書リベル・セヴァンは、ボードに航海路の書かれた地図を貼り、集った一同を見回した。
「これが、ジャンクヘブンからフェスティバーレまでの航海路です。これまでの襲撃情報から、丁度中間に当たるこの周辺で大魔王イカが出現すると思われます」
 リベルはそう言い、航海路の真ん中付近に赤ペンでバツ印を書き込む。
「この辺りの海流は読みにくいため、他の航海路を使う事は不可能です。よって、フェスティバーレに行く為には大魔王イカを避けることは出来ません。出現時間をずらすという方法も取られましたが、結局は襲撃されています。この事から、航海路を通る船を感知し、時間に関係なく襲い掛かると思われます」
 次に、とリベルは集った一同に紙を手渡す。そこには、大魔王イカについて、と題されている。
「そこに書かれているのが、集っている大魔王イカに関する情報です」
 大魔王イカは、全長10メートル。見た目はイカそのもの。長い足を鞭のように動かして攻撃し、船に巻きついて沈めようとするらしい。また、イカらしくイカ墨を吐いて視界を奪うのだとか。
 もっとも、イカ墨も通常のイカと同じく、毒性は無いようだ。
「船には大砲が数台設置されていますが、弾の装填に時間がかかるそうですから、使いたい方は注意するようにとの事です」
 リベルはそこまで言い、今一度皆を見回してから「それでは」と告げる。
「宜しくお願いします」
 リベルの言葉に、皆が向かおうとする。すると、リベルは「ああ、そういえば」と口を開く。
「余力があれば、倒した大魔王イカを使って出店を開くそうですから、手伝ってあげてください」
 皆はもう一度、大魔王イカの説明をした紙を見る。そこには、最後に「味は美味」の文字が書かれているのであった。

管理番号 b18
担当ライター 霜月玲守
ライターコメント  初めまして、こんにちは。霜月 玲守(しもつき れいも)と申します。銀幕から続けてお世話になります。
 シナリオは、割とぬるめのほのぼの・シリアスな内容が多いと思います。また、心理描写を書くのが好きなので、ぐっと内面に踏み込んだプレイングを書かれますと喜びます。

 今回のシナリオに関しまして、シンプルに大魔王イカを倒していただきます。大魔王イカの攻撃方法等はOPにあります。普通のイカがでかくなって、船を襲いにかかっていると思っていただけると良いかと。
 討伐後は、フェスティバーレの祭を楽しむ、出店を手伝う、戦いの疲れを癒す為に休む……等といったプレイングを、宜しければお書き添え下さいませ。

 それでは、宜しくお願いいたします。

参加者一覧
エルエム・メール(ctrc7005)
郭嘉・鹿男(cdbp5828)
言霊ン(cctu9363)
ウルケル・ピルスナー(cfzt9800)
瞬 殺(cvrr8192)
村正 ヨーコ(cuya9383)

ノベル


 エルエム・メールは「面白そうだね!」と楽しそうに言った。
「大魔王イカって、船を沈める化け物イカなんでしょ?」
「そのようですね。面白いかどうかは、分かりませんが」
 エルエムの言葉に、郭嘉・鹿男が頷きながら言う。船員がそれを聞き「本当だよ」と苦笑する。
「面白くはねぇぞ。こっちが沈められたら、目も当てられねぇ」
「メモアテラレネー……メモアテラレネー……」
 船員の言葉を言霊ンが繰り返す。が、姿は誰にも察知されていない。ただ、空中をメモ用紙が船に向かって飛びかかり、ひらひらと当たる事無く海の中に落ちて行くだけだ。
――メモ、当てられねぇ。
 感じ取った音をそのまま繰り返し、同音異義語で表現できる範囲で、世界の法則をゆがめているのだ。
「おい、これで全部か?」
 船員が、不意に肩をたたかれた。振り返った先には、ウルケル・プルスナーがいた。そして、ウルケルの隣には船に積み込まれる予定の灯火がある。
「ああ。今日積んでいく灯火は、それで全部だ」
「なら、大丈夫だ。相手がイカだって分かってれば、いくらか準備できるものがあるからな」
 ウルケルはにっと笑う。灯火の点検をしているらしい。
「対策なんて、特にいらねぇぜ。オレサマがマルカジリしてやるぜ」
 瞬 殺が楽しそうに言う。それに対し「そうですわね」と村正 ヨーコが頷く。
「所詮、でっかいつまみですものね」
 ヨーコは微笑む。背中に大きな包みを抱えて。包みはヨーコが動くたびに、がしゃんたぽんと音がしている。
「これで全員だな。よし、船に乗り込め!」
 集った皆を見回し、船長が叫ぶ。「おお!」と船員達が答える。
 かくして、大魔王イカのいる海原へと出発するのだった。


 大魔王イカが出るというポイントにつくまで、皆にはヨーコが持ち込んだ風呂敷の中身が振舞われた。
 中身は、酒。ロストレイルに貯蔵してあったという酒を、一升瓶ごと持ってきていたのだ。
「よくこんなに持ってきましたね」
 鹿男が感心したように言うと、ヨーコは「景気づけですわ」と言って微笑む。
「まずは、船長や船員、皆様方と仲良くなりませんとね」
「それにしても、よく飲むな。酔わないか?」
 ずらりと並ぶ空瓶を見ながらウルケルが言う。
「酒が入らないと、頭が冴えませんの」
 船酔いなんて関係なくなりますわよ、とヨーコはにっこりと笑う。どぞー、と勧めながら。
「それでね、エルはその時ずばっと決めてやったわけよ!」
 おおー、と、エルエムを取り囲む船員達が手を叩く。甲板で大魔王イカの事を聞いていたエルエムだったが、何故か途中から武勇伝を話すことになっていたのだ。
「凄いぜ、エルエムチャン。それで、その後は?」
 感心しながら聞いている中に、楽しそうにしている殺の姿もある。
「勿論、沈めてやったよ。これなら、いつ大魔王イカが来ても大丈夫!」
「大魔王イカ、来る来る!」
 意気投合する二人。その殺の言葉を、繰り返す目に見えぬ生き物、言霊ンの事も知らずに。
「ダイマオウイカクルクル……ダイマオウイカクルクル」

――ざっぱーん!!

 突如、海原の真ん中から巨大なイカが、くるくると回りながら現れた。
「おい、来たぞ!」
 ウルケルが構える。
「確かに来ましたが……どうして回っているんでしょうか?」
 小首をかしげながら、鹿男は言う。
「どうだっていいよ! エルが、ばっちり決めてやるんだからっ」
 エルエムはそう言い、ぐっと拳を握り締める。
「大魔王イカ、オレサマ、マルカジリ!」
 こちらも妙に楽しそうに、イカに向かって吠える。
「確かにどうだっていいですわね。大事なのは、でっかいつまみが暴れているという事ですものね」
 いきますわよ、村正水酔軍のみなさま、とヨーコは声をかける。
「……酔の字、違わないか?」
 思わずウルケルは呟く。ヨーコは何も答えず、笑うだけだ。
「よーし、いっくぞー!」
 エルエムは、先陣を切って大魔王イカに向かっていく。大魔王イカは、くるくると回るのを徐々に止め、船に向かい始めていた。何処と無くふらふらしたのは、回りすぎたせいだろう。
 イカの触手がついっと船に向かってくる。それを、エルエムは手足につけた飾り布「虹の舞布」を使って切り裂く。たんたん、とリズム良く足を踏み鳴らしながら。
 まるで、舞を踊っているかのようだ。
「オレサマ、切り裂いてやるぜ!」
 殺もエルエムと同じく、触手へと向かっていく。うおおお、と吠えると両手から鋭い爪が生え、それによって大魔王イカの触手が切り裂かれていく。
 二人の間を縫うように、大魔王イカの触手が船へと伸びてくる。そして、ついに一本が船に到達してしまった。
「さあ、今ですわ!」
 ヨーコが叫ぶ。と同時に、船員は大きな斧をふるって触手を斬りおとした。びちびち、と甲板にイカの触手が暴れている。
「次はあちらから参りますわよ!」
 甲板を見渡せる場所から、ヨーコが指示していく。そんなヨーコに、船長が「ほほう」と感心した様に笑う。
「あんた、中々指示が上手いじゃねぇか」
「わたくし、コマンドの経験もありますから。さあ、今の内に砲台の準備を」
 船長は「了解」と答え、船員に指示を出す。
「触手、中々やっかいですね」
 鹿男が大魔王イカの様子を見て言う。延びてくる触手は、エルエムや殺、ヨーコに指示された船員達によって効率よく切り裂かれていくが、如何せん再生能力が高い。切られた先から触手が再び伸びている。
「こちらの動きを見られるのは、不利かもしれませんね」
 鹿男はそう言い、酒瓶を取り出す。「桂花陳酒」だ。蓋を開けると、ふわふわと酒の香り漂う霧が発生する。そして、まっすぐに大魔王イカに向かっていき、周囲を取り囲む。
「よし、じゃあ俺の出番だな!」
 ウルケルはそう言い、船用の灯火を持って甲板を蹴って飛び上がる。出発前にしっかり点検していた、灯火だ。
 翼を以って大魔王イカの周りを飛びまわる。光を見た大魔王イカは、光に向かってくる。が、霧が発生している為、光を上手く追いきれず困ったようにあたりをうろうろと動き回っていた。
 イカは、光に集る。その走光性を利用しているのだ。
「図書館で読んだイカの生態と同じだな」
 にっ、とウルケルは笑う。光によって惑わされたイカは、船に対する攻撃の手が緩められてしまっている。
 その上、大魔王イカは伸ばした触手を切られている状態を気にかけているようだった。至る所に伸ばされていた触手は、主にエルエム、殺、斧を持った船員達の三箇所を集中的に攻めている。
「ほらほら、こっちこっち!」
 エルエムが叫ぶ。大魔王イカの触手がエルエムに向かっていくが、紙一重で避けられ、切り裂かれたり格闘技で返されたりしていく。
 まるで、遊んでいるようだ。
「当たったら危ないですよ」
 鹿男が苦笑しながら言う。エルエムは「まさか」と言って笑う。
「エルがイカなんかに、そんな間抜けするわけないじゃん。平気平気っ!」
「ヘイキヘイキ……ヘイキヘイキ……」
 言霊ンがエルエムの言葉を受け、繰り返す。途端、船員達が「うおおおお!」と叫ぶ。斧をふるって疲れていたにも拘らず、力が戻ってきたのだ。
「オレサマも、負けないぜ!」
 殺も張り切って触手を斬りおとし、殴りつける。大魔王イカは勢いづいた攻撃に押され、ふらり、と船から少し離れる。
「さあ、撃って下さい!」
 ヨーコは砲台に向かって、大きく腕を振る。すると、砲台からドーン! という大きな音と共に、鉛玉が大魔王イカの体にぶち当たる。
 見事、クリーンヒット!
 大魔王イカはたまらず、よろよろとふらつきながら海の中へと潜ろうとする。波が大きくうねり、船自体もぐらぐらと揺れた。
「おおお!」
 揺れによって、船員の一人が海に落ちる。ウルケルはすかさず落ちた船員に向かっていき、救出してやった。
「わ、悪いな」
 げほげほと咳き込む船員に、ウルケルは「大丈夫か?」と声をかけてやる。そして、船の甲板に辿り着くと、船員に尋ねた。
「樽とか、何か重いものはあるか?」
「そりゃあるが……」
 船員は不思議そうに言いながら、甲板の隅にある樽を指差した。ウルケルは頷き、樽へと向かっていく。
 大魔王イカ討伐まで、あと少しだ。
「よーし、コスチューム、ラピッドスタイル!」
 エルエムは叫び、衣装の一部を脱ぎ捨てる。それによって、高機動形態に返信する事ができるのだ。防御力は大幅に低下してしまうものの、運動能力が上昇する。
 エルエムは一番近い触手に、ぴょん、と飛び乗る。大魔王イカは触手を慌てて引っ込めようとするが、殺によって阻まれる。
「エルエムチャン、行け行け!」
 殺はぐいっと触手を引っ張る。エルエムは触手を伝って大魔王イカ本体の所まで行き、攻撃を叩き込んでいく。
 大魔王イカも必死になっている。だすだすと受ける攻撃に耐えかね、ぶっと真っ黒な墨を吐き出した。
 あっという間に、あたりが真っ黒になってしまう。
 エルエムは視界を奪われ、慌てて再び船のところまで戻る。すると、鹿男がエルエムに水をかけて墨を流してくれた。
「普通のイカ墨と同じで、毒性が無いのが助かりましたね」
 真っ黒の水を払いながら、エルエムは「もう!」と膨れる。その隣で、同じく墨攻撃を受けた殺が水を被って、ぶるぶると水滴を撒き散らしている。
「墨に毒性が無いのならば、さっさと流してしまいましょう」
 ヨーコはいい、海水を入れたバケツで墨を洗い流すように指示する。イカ墨によってまっくろになっていた船は、徐々に元の姿に戻っていく。
 ちょっぴり、生臭いが。
「あ、逃げようとしてますよ!」
 鹿男が皆に声をかける。イカ墨で皆をひきつけている隙に、潜ろうとしているのだ。
「手を出せなくなるじゃんか!」
 エルエムが叫ぶ。ようやくイカ墨が落ちたというのに、と。
「そうはさせるか!」
 ウルケルが再び灯火を持って甲板を蹴る。再び、イカの走光性を利用してやるのだ。
 暫く灯火でおびき寄せていると、砲台の方から「いたぞ!」という声が響く。
「二時の方向に、頭がある!」
「ウルケルさん、その辺りを旋回し、徐々にこちらへとひきつけて下さい!」
 ヨーコが叫ぶ。砲台の射程範囲内に入れてやろうというのだ。ウルケルは「了解」と答え、灯火で大魔王イカをおびき寄せていく。
「上がって来い、上がって来い!」
 殺が楽しそうに言う。
「アガッテコイ……アガッテコイ……」
 言霊ンが続ける。すると、ふわりと鯉が突如海から舞い上がった。

――揚がって鯉。

「何で、鯉がいるんでしょうかね。淡水魚だと思っていたのですが」
 小首を傾げつつ、鹿男は言う。
「今はそれを考えている場合じゃないですわね」
 不思議ですけど、とヨーコは言う。確かに、今は不思議現象よりも大魔王イカだ。
 ウルケルの灯火によって、大魔王イカは大分砲台の射程距離までやってきている。また、潜ろうとしていた体も、光に誘われて海面に出てこようとしていた。
「砲台、用意!」
 ヨーコが手をあげる。
「ウルケルさん、そろそろ引き上げて下さい!」
 鹿男が声をかける。ウルケルは頷き、灯火を持って戻ってくる。
 甲板では、エルエムと殺が構えている。
「よーし、あがってこい、ひきょーものっ」
「ひきょーもの、オレサマ、ぶっ潰すぜ」
 どこか楽しそうに二人は言う。
 皆の様子を、言霊ンは特に何もせずに見ている。
「撃って下さい!」
 ヨーコの合図で、砲台から一斉に弾が発射される。大魔王イカの周りに砲弾が打ち込まれ、反動で大魔王イカがゆるりと浮上してくる。
「よし、いっくぞー!」
 エルエムは甲板を蹴り、浮上してきた大魔王イカの体に攻撃を打ち込んでいく。
「オレサマ、お前、マルカジリ!」
 殺はそう叫ぶと、ふよふよと動いていた触手の一本をぐいっと引っ張り、大魔王イカを引き寄せていく。
 大魔王イカの別の触手が船を目指そうとすると、鹿男の霧によって視界を奪う。
 そうして、大魔王イカがフラフラになった辺りで、霧のはるか上空から、重たそうな樽がどーん! と落とされた。
 空を見上げれば、ウルケルがいた。船員に聞いていた樽を、大魔王イカに向けて落としたのだ。
「高々空からの落下物の威力、甘く見ないほうがいい」
 ぷか、と浮かんできた大魔王イカに向かって、ウルケルはにやりと笑って言う。
 大魔王イカは、もう、動かなくなっていた。
 ただぷかぷかと海原に漂っているだけだ。
「大魔王イカ、仕留めたぞー!」
 船長が叫び、続いて船員達が「うおおおお」と叫んだ。
「シトメタゾ……シトメタゾ……」
 言霊ンが言葉を続ける。途端、大魔王イカがぴくりと動く。

――死、止めたぞ。

 言霊ンの変換が、悪い方向に動いたのだ。それに気付き、エルエムが大魔王イカに攻撃を打ちこみ、再び動きを沈黙させた。
「勝利のポーズ!」
 びし、とエルエムが浮かぶ大魔王イカの上でポーズを決める。軽やかなダンスと共に。それを見て、殺がぱちぱちと拍手している。
「一件落着、ですね」
 鹿男がほっとしたように言う。船員達はしとめた大魔王イカにロープを張り、フェスティバーレまで引っ張っていけるように準備をし始めていた。
「これでつまみもたっぷりですわね。ご苦労様です、村正酔軍の皆様」
 にっこりと笑うヨーコに、船長はただただ笑って返すのだった。


 その後、特に何も無く船はフェスティバーレに到着した。到着後、船員達は早速大魔王イカを引き上げ、イカ焼きの屋台準備に取り掛かった。
「わたくしもお手伝いしますわ」
 ヨーコはそう言い、大魔王イカの屋台を手伝い始める。一体何人分でしょうか、と巨大なイカを見上げながら。
「本当につまみになったな」
 笑いながら、ウルケルは言う。早速焼きあがったイカを、船員から受け取りながら。
「本当ですわね。……と、忘れないうちに手帳にメモしておかないと」
 屋台準備を一旦中断し、ヨーコは黒革の手帳を取り出し、メモをする。今回の戦闘についてのメモだ。
「オレサマも、イカ、食うぜ!」
 いい匂いに誘われ、殺も手を伸ばす。ヨーコは「はいはい」と答え、手帳をしまってから再び調理にかかる。
「いい匂いですね」
 にこにこと笑いながら、鹿男もやってくる。
「つまみですからね。ああ、お酒もいかがです?」
 ヨーコの勧めに、鹿男は苦笑交じりに「いえ」と断る。
「私、下戸でして」
 鹿男の言葉に、その場にいた皆が「え」と顔を見合わせる。鹿男が発生させていた霧は、お酒の匂いを漂わせていたのでは、と。
「ええと……そういえば、エルエムさんは何処に行ったんだ?」
 その場の空気を読み、ウルケルがあたりを見回す。
「ああ、エルエムさんなら、フェスティバーレの祭に参加するといって、中央広場の方に行ってましたよ」
 鹿男がイカを受け取りながら言う。
「踊り子コンテストやら、武闘大会やら、色々あるからなぁ」
 のんびりした口調で、船長が言う。
「武闘大会、オレサマも出たい!」
 イカを飲み込みながら殺は言い、勢い良く中央広場へと向かっていく。
 中央広場では、船長の言っていた通り、様々な大会が行われる予定になっているようだった。色とりどりの衣装に身を包んだ者、いかつそうな格好をした者など、様々な人々が行き交っている。
「ブルーインブルーにも、エルの名前を残してあげるっ!」
 広場で踊る踊り子達の輪の中に、エルエムがいた。広場に流れる音楽に合わせ、軽快にステップを踏んで踊っている。
「今年の祭、賑やかだなぁ」
 ふと、誰かが呟いた。
「活気付くよな」
 また、誰かが呟いた。
「カッキヅク……カッキヅク……」
 言霊ンが繰り返す。すると、より一層祭りが盛り上がっていく。
「武道大会……おっと、武闘大会、始まるぞー!」
 今度は中央広場の方で声が上がる。ちょっと間違えて叫んでしまったようだ。
「ブドウタイカイ……ブドウタイカイ……」
 今度は、間違ったまま言霊ンが繰り返してしまった。それにより、中央広場には葡萄が沢山持ち込まれてしまった。
 武闘大会ならぬ、葡萄大会。
「武闘大会、オレサマ、参加するつもりだったのに」
 不満そうに、殺が呟いた。が、仕方ない。言霊ンが繰り返してしまったのだから。
「こりゃ、見事な葡萄大会だな」
 ウルケルはぷっと吹き出しながら言う。突如始まる奇妙な大会が、おかしくてしかない。
「平和でいいかもしれませんね」
 鹿男はイカ焼きを手にしたまま、言う。葡萄の甘い香りと、イカ焼きの香ばしい匂いは、微妙に合ってないが。
「ま、何でもいいや。とにかくエルは名を残してやるんだからっ」
 大会主旨はがらりと変わってしまったが、エルエムは参加する気満々だ。
「甘さに飽きましたら、イカ焼きがありますからね」
 屋台を手伝いつつ、ヨーコが言う。
 言霊ンはふよふよとそこら辺を漂い続けている。

 こうしてフェスティバーレの祭は、無事に盛り上がっていくのであった。

<香ばしい匂いと甘い香りに包まれ・了>

クリエイターコメント  この度はβシナリオにご参加いただきまして、有難うございました。
 少しでも気に入ってくださいますと嬉しいです。
 それでは、またお会いできるその時まで。

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螺旋特急ロストレイル

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